……もう、何年になるだろう。
「幸鷹…くん…」
私は静かにその名を呟いていた。
丁度探し物をして部屋をあさっていた時。
何故か目に付いた棚の奥には、
古びた写真が一枚あった。
そこには、眼鏡をかけた利発そうな少年が、
はにかみながら一緒に写っている
彼の名前は、幸鷹君といった。
たしか、だけども。
苗字だってはっきりとは思い出せない。
きっとそれだけ、
このことは、私の中で忘れたいものだったのだろう。
「幸鷹くん…、かぁ…」
もう一度、ぽつりと呟いてみる。
それは、
もう、何年も前の話。
小さい頃、私は両親の都合でヨーロッパで暮らしていた。
そこで出会った、丁度自分と同じ年頃の日本人の男の子。
それが、幸鷹君だった。
他に日本人はあまりおらず、必然のように仲良くなって、
そのおかげで、慣れない外国暮らしも、ちっとも苦じゃなかった。
けれど、
数年後、私は日本へ帰る事になってしまった。
たしか、帰国の当日は、手を振る幸鷹君を見ながら、泣きじゃくっていたような気がする。
それからは、
幸鷹君から折々に届く手紙が、何よりも楽しみだった。
郵便ポストの中にあるエアメールが、まるで輝いているように見えたものだ。
あと、それ以外でも、幸鷹君の噂は良く聞いた。
いわく、
『日本が誇る小さな宝』だとか、
よくネイチャー系の雑誌で騒がれている天才少年として。
なんでも、幸鷹君の物理研究が何かの賞をとったとかなんとか。
もともと向こうに居る時から、彼は良く騒がれていたから、あまり気にもならなかったけど。
そしてある日。 その便りが届いた。
『今度、日本へ帰る事になりました』
いつものエアメールでその一文を見た瞬間、
嬉しくって涙が出たのを覚えている。
ヨーロッパでは自分は外国人で、言葉もおぼつかずに結局馴染めず、
日本に来たら来たで、結局中途半端な日本語しかできずに、慣習もがらりと違って、
どこに行っても、中途半端だった。
自分を一体、何人と呼んだら良いのか、それが分からなくなったりもした。
そんな時いつも、やさしい言葉をしたためてくれたのが、幸鷹君だった。
似た境遇で、だからこそ彼にしか言えない悩みは沢山あって、
本当に、本当に、再開が心から待ち遠しかった。
だけど、その当日。
本当は空港まで行きたかったけど、都合が悪くて行けなくて、
そして、
誰かが血相を変えて、そのニュースを私に伝えに来た。
…誰が伝えてくれたのか、
その時自分がどうしたのか、
そんなこと、まるで覚えていない。
ただ、覚えていることはひとつ。
その時慌てて目を向けたTV画面に移る、高速道路の上に揺らめく炎だけ。
近来稀に見る、大惨事だった。
そして、そこに…、
『彼』が居ると言うことは、
全く、信じることが出来なかった。
それから、何がどうなったかは分からないけど、
夜には両親と共に病院に駆けつけていて、
そこには、幸鷹君のご両親始め、救助された人達が入院していた。
だけど、
いくら探しても、幸鷹君の姿だけは見つからなかった。
そしてそれから、
事故の処理が進み、相次ぐ遺体の回収が行われ、生存は絶望だろうと誰もが思い、
そして、『その』知らせを待っていたのだけど。
何日たっても、
何日たっても、
幸鷹君だけは発見されなかった。
そして数ヶ月後、
幸鷹君のご両親の配慮により、続けられていた捜索は打ち切られる。
その時のおじ様の顔は、今でも忘れられない。
きっと爆風と熱に呑まれ、息子は逝ってしまったのだと、そう自ら告げていた。
今なら分かる。
きっとあれは、己に言い聞かせている言葉だったのだろう、と。
それからの日々の記憶は、しばらくおぼろげだ。
ただ、なんとなく、
毎日のように私は郵便ポストの蓋を開けていた気がする。
もしかしたらそこに、
いつもの、色鮮やかなエアメールが、入っているような気がして。
「ちょっとー、何やってるの〜?」
ふいに聞こえた叫び声で、私は唐突に現実に引き戻された。
いつのまにか握り締めていた古びた写真は、少しだけ湿ってしまった。
私は、写真を元あった棚の奥へと戻すと、
慌てて当たりを見回し、探していたバックを発見してそのまま急いで部屋を飛び出していた。
もう、…何年も前の、小さな、切ない思い出が、まだ胸にうずいている。
そんな思いを、静かに振り払い、息を吸った。
メソメソしていたら、きっと幸鷹君にだって悪い。
そう思って、今まで頑張ってきたんだから。
それに、
これは周りには内緒だけど、
私は、信じているんだ。
幸鷹君は、
彼はきっと、今でもどこかで、
生きているんじゃないかって。
きっと、
いつものように、眼鏡に手をやってしかめっ面を浮かべて。
何故かは分からないけど、
でも、胸のどこかに確信があった。
「もー、置いてっちゃうわよー」
「はいはい〜、今行く〜」
せかす母に返事をして、そそくさと部屋を出る。
今日は、お隣の花梨ちゃんの高校入学祝い。
気を取り直して、笑顔を浮かべながら
私は家族が待つ玄関へと急いでいた。
…なんとも暴走話ですが(汗) ここまで読んで下さってありがとうございます。
オフィシャルにての幸鷹の過去を見て、ふらふらーっと書きたくなってしまったもので…。
ファンタのメイでも似たような話書いた記憶があるのですが(^^;
どうにもこういう異世界召還話って、いつも、「残された側」というのが気になってしまうのですよ。
突然行方不明なった、身内ないしは知り合いを持っていたら、それはそれは大変なことだろうと、ホントに思うのですが…、いかんせん物語とは外れているから語られない部分ですから。
ので、気になるあまりこうしてでっち上げ話を作ってみたり(爆)
でも、オフィシャル様の設定は本当に頭が下がるほど良く出来ているなぁと思いました。
花梨はともかく、幸鷹は色々帰ったら問題あるだろうと思っていたので。
なるほどと、本当に納得しました。