最後の願い
それは、一陣の風のような出来事。
霞の如く消える、
ただの夢…。
そのはずだった。
「るり殿っ!」
頼久は己が発した声により目を覚まし、
そして静かに辺りを見渡す。
…窓辺から指しこむ初夏の日に、顔をしかめつつ、
静かに想う。
そうか、
すべては、終わったのだと。
「頼久ー、起きてるか? あかね達が待ってるぜ、早く藤姫んトコいかねぇと…」
同じく武士溜まりで寝起きしている天真の声が響いた。
おそらく、
天真もまた、同じ夢を今まで見ていたのだろう。
…あかね。
天真の口からは聞きなれていたその名が、
今は酷く胸に刺さる。
まだ掌に残るほのかな感触に、頼久は静かに顔をしかめていた。
そして静かに立ち上がり、手早く支度を済ませると、
頼久は意を決したように藤姫の館へと向った。
既に館には八葉が集い、
…その中心には―
「あ、頼久さん」
…向けられた笑顔は、
やはり、「彼女」とは何かが違っていた。
困惑する頼久に、一瞬だけあかねはたじろぐ。
その姿に、頼久は慌てて平静を装ってみた。
そして、それからというもの、
神子に供を指名される度、その顔を見る度…、
…「彼女」は、神子の心の一部なのだと、そう星の姫は言っていた。
神子の心の中に、「彼女」はいつまでもいると。
理屈では分かっている。
けれど。
気がつくと、探してしまう。
「彼女」を。
そして、
やはり違うのだと、思い知らされる。
……こんなことではいけないと、
頼久は、静かに頭を振っていた。
「頼久さん、ちょっと…休んでいきますか?」
「え…」
「なんか、疲れてるみたいだし、ね!」
にっこり言うあかねにほだされ、仏頂面の天真と供に手近な場所へ腰を下ろした。
「まったく、何もこんな沼しかねぇ所で休まなくてもなぁ…」
天真はブツブツと呟く。
「良いじゃない別に、ね、頼久さん」
「え…あ、はい」
心無く答える頼久に、あかねは少し切ない表情を浮かべた。
―深泥ヶ池。
そういえば、「あの時」彼女と良く訪れた場所。
気がつけば遠くを見ている頼久を、あかねは静かに見つめる。
「たしか、ここ…好きなんですよね、頼久さん」
唐突に問われ、頼久ははっとあかねを振り返る。
「あの…夢の京で…、そう言っていた気がして」
にっこりと笑う姿に、
頼久は思わず瞳を見開いた。
……夢の京。
あの時この地を供にしたのは、「彼女」だった。
淡い期待が、つい浮かんだ。
…その時の記憶が、今目の前に居る彼女にあるのだろうか、と。
すると、あかねは静かに目を伏せ。
「…でもあの時は、あたし天真君とばかり一緒で、結局頼久さんとここに来れなかったから…」
その呟きに、
頼久は、静かに肩を落とす。
…何故だか、気持ちはやたらと落ち着いていた。
………そうなのか、と。
やはりもう、
「彼女」はどこにもいないのだと。
考えてみれば、
そう考えた方が、どんなにか楽だろう。
なまじ、まだその心の中に在ると、
そう思っているほうが、いらぬ雑念ばかりを呼ぶ。
ならば、
もう…本当にどこにもいないと、
そう思った方が、
心に、決着を付けられる。
こんな風に迷う日々は、
きっと、神子を守る八葉として、武士として、
ふさわしくないから。
空を見上げ、
頼久は一人静かに、ため息を隠していた。
明日からはまた、
ただ一人の「龍神の神子殿」に誠心誠意、尽くしていこうと。
あかねは、そんな頼久の姿を悲しげに見つめ、
隣で天真はつまらなそうにその光景を見ていた。
時は初夏。
全ては終末へ向う、一時のこと。
そして、
それから幾日が過ぎ―、
―我を呼べ…。
そんな声に、あかねは一人目を覚ました。
「今の声……、龍神…?」
きょろきょろと、あかねは辺りを見まわす。
まだ闇に包まれた室内は、しんとしていて無性に寂しい。
思わず戸を開け、庭で外の風に吹かれていると、
「頼久さん…?」
あかねは思わず声を出していた。
「神子殿…、どなさったのですか? このような刻限に…」
頼久の面食らった顔に、そういえば頼久はこの屋敷の見まわりをしていたのだと、あかねは改めて思い出した。
「…ちょっと、目が覚めちゃって…」
呟くあかねに、頼久は静かに歩み寄った。
その姿に、あかねは密かに胸を高鳴らせる。
「夜の京は何かと物騒ですので、たとえ庭でも、あまりお一人でお出にならぬよう…」
困ったように言う頼久に、あかねは小さく「ごめんなさい」と呟いていた。
手近な縁側に腰掛け、
「……もうすぐ…なんですね」あかねはしみじみと呟いた。
おそらく、あと数日で、全ての決着が付く。
そして…おそらくその後は、
…別れが、待っている。
あかねは静かに胸の痛みをこらえていた。
「私は、神子殿にお仕え出来たことを、誇りに思っております」
真っ直ぐに目をみて言われ、あかねは思わず顔をそらしてしまった。
今、目を見たら、
きっと、泣いてしまうだろうから。
顔を逸らしたまま、ふと横目をやると、
頼久は、どこか遠くを見ていた。
そう、いつも、…こうだった。
供に戦い、
鬼の封印を解き、
そして、……無くした心のかけらを、拾って…。
色々なことが、あったけれど。
心のどこかで、知っていた。
この人の心はいつも、自分には向いていないのだと。
いつでも、
どこにもいない、…「誰か」を探してる。
そして、それが誰なのかも、あかねには分かっていた。
「…あたし、そろそろ戻りますね」
「では、部屋までお送りします」
あかねには、変わらぬ態度で接する頼久の姿が、
なんだかとても、痛く思えた。
……再び床に付き、眠れぬまま何度目かの寝返りを打つ。
すると、
……必ず、我を呼べ…。
頭の奥から、最近良く聞こえるその声が、また響いていた。
そして、あかねはふと思う。
―ねぇ、龍神様…。
答えの無いまま、あかねは自らの胸のうちに語りかける。
―もし、あなたを呼んだら…、そうしたら…、
ひとつだけ、……叶えて欲しい願いがあるの…。
出来るかどうか、分からないけど…。
―…神子の願いならば、叶えよう…。
静かに、再び声が響いた。
「うん。 ありがとう…龍神様…」
あかねはそう呟きながら、静かに眠りについていった。
ーそして数日後。
その日は、やって来た。
最後の戦いの中、目の前には眩く光る龍の姿。
「行くな、戻って来いっ!!」
彼方から天真の声が響く。
そして、その横には。
切なげな表情の……。
あかねは、静かに微笑んでいた。
「……龍神様、…憶えてる? 私の願い…」
―しかし、そのような事をしては、神子…汝の身に何が起こるか…。
「うん…でも…」
あかねは言いながら、再び遙か下方のその姿を見つめる。
「お願い…、龍神様なら、出来るでしょう…」
―………分かった。 我が神子よ……
その声は、地上居た全ての者の耳にも届いていた。
「天真くん! 詩紋君!」
あかねは龍神の中から、手を差し伸べる。
気がつくと、天真と詩紋はあかねと供に光の渦に呑み込まれていた。
「帰ろう…元の世界へ」
光に呑まれ、「そこ」に降り立った天真と詩紋に、あかねは静かに微笑んでいた。
「お前…、それで良いのかよ?」
きょとんとする詩紋を横に、天真はぽつりと言った。
あかねは、何も言わずに黙っている。
「…俺、今日の戦い、…お前はてっきり、アイツを選ぶんだと思ってたぜ、なのに…」
「いいのっ!!」
あかねは叫び、そしてポタリと涙をこぼしていた。
「あかね…?」
顔を上げた姿は、涙にまみれていた。
そして、自らの手でそれを拭いながら、
「……だって、…頼久さんが求めていたのは……「あたし」じゃ、ないから…。 お願い、龍神…」
言うあかねの姿は、次第におぼろげになり、
強い光を放ったかと思うと、
ふっと、
何かが京の地へと舞い降りて行く様が見えた。
「良かった……、上手く、いったみたい…」
思わず倒れ伏したあかねを、天真は思わず抱きとめる。
京へと降る、その姿を見て、天真は静かにため息を付いた。
「…無茶しやがって…」
「龍神様にも、言われた…」
「あかねちゃん、あれって…」
詩紋が驚いたように声を上げていた。
「お前、何とも無いのか?」
「分かんない…、でも、天真君達も、心のかけらを無くしてた時、なんともなかったでしょう」
「…っ! お前…」
「あれはきっとね、あたしの心のかけらだから…」
あかねは静かに言った。
「皆も、それを無くしててもあたしを守ってくれてた、だから…あたしだって、…大丈夫だから…」
そう呟くあかねを、天真は何も言えずにきつく抱きしめる。
「帰ろう、…あたし達は、あたし達の世界へ…。 ね」
微笑みと供に、三人の意識は緩やかに霧散していった。
「神子殿!!」
叫ぶ声に、答える者は無かった。
龍神の放った光に呑まれ、鬼の姿は消え、そして、神子達の姿も消え、
残された、八葉と藤姫はしばらくその場で立ち尽くすことしか出来なかった。
すると、
「お、おい、あれ…何だ!?」
イノリの声に頼久は振り返る。
そこには。
浅葱の衣に、青黒く煌く髪。
天女のように舞い降りた、その姿は……。
立ち尽くしたまま、頼久は何が起こったのか分からない顔をしていた。
―神子の願いは確かに叶えた。
声が、頭に直接響いた。
神子の……願い。
その言葉にはっとなり、頼久は顔を上げる。
「頼久さん…」
聞きなれた……でも、確かにどこかが違う、その声……。
「あれは、…まさか……あの時の夢の…!」
隣で酷く驚く藤姫の声が響く。
…ふと、
いつかの夜の、切なげなあかねの笑みが浮かぶ。
全て……分かっていた…?
頼久は思わず小刻みに身体を震わせていた。
………全て分かって、そして、
それで…。
「あかね…殿……」
一度も呼んだことのなかった、その名をぽつりと呟いた。
「いいえ…、…龍神の神子殿…」
言いながら、頼久はふっと天を見つめる。
真の龍神の神子は、やはり…彼女であったと、頼久はそう強く確信をする。
そして、そのまま静かに視線を落とし、
今になって分かった、あかねの想いに胸を痛める。
いや、
本当は、ずっと分かっていたのかもしれない。
でも、どうしも、…彼女の想いに答えることは出来なかったから。
真の龍神の神子である、彼女の想いには。
…答えることは、出来なかったから…。
頼久はそっと想いをはせながら、静かに歩み寄り、
「ずっと…お会いしたかった…」
呟いた声に、懐かしい笑顔が答える。
「私の…神子殿…」
噛み締めるように言った言葉に、
満面の笑みと供に、全身で駆けよって来た姿を、頼久は静かに受け留めていた。
…………と、いうわけで…、
ただ今本気でヤバイです(爆) …もうヤバイ勢いで頼るり萌えが止まらないです(汗)
盤上遊戯の、青髪の神子です、ちなみに。
私的には、実際TVに写った色の印象から、黒髪神子なのですが(苦笑)
しかし、何がヤバイって、
ハッピーEDではなく、バットEDに萌えているあたりがヤバイかと思いますよ、はい(爆)
この話も、バットED後の話で、軽度ネタバレになってますし。
ホント、髪の色変わるだけでこれほど萌えるとは思ってなかったカップリングです(汗)
久々に、小1時間で創作書き上げるなんて荒業をかます始末です。
今後も、唐突に頼るり発作が出る可能性は大ですので、どうぞよろしくです(汗)