霧散の想い
「――くん、…天真くんったら!!」
「んん…?」
頭上から響く声に、天真は思わず顔をしかめた。
「もー、やっと起きた…」
ため息をつきながらも安堵の表情とともに揺れる桃色の髪…。
バサっと。 大きな音を立て、
天真は唐突にその身を起こす。
改めて辺りを見ると、そこは、いつも自分が寝所としてあてがわれている武士団の一室だった。
そして、いつもはそこに居ないはずのその姿。
「天真君が一番最後だよ、目を覚ましたの。 皆心配してたんだから…」
にこやかに言う、見慣れた姿。 …見慣れていたはずの、姿。
「あ、ああ、そうか、そうだったな…」
気まずそうに言いながら、天真は慌てて目をそらす。
一瞬、あかねはいぶかしみつつ、
「じゃあ、支度とか済んだら、いっぺんくらい藤姫の所にも顔だしてね、心配してるんだから」
そう言うと、あかねはすっと立ち上がった。
「あぁ、分かった」
天真の答えにあかねは嬉しそうに微笑む。
「うん、じゃあまた、天真君」
「あぁ、またな、あかね」
トタトタと軽やかな足音を聞きながら、自分の発したその名前に、天真はいやがおうにも違和感を憶える。
彼女の名前は、あかねだ。
それは、今も昔も変わらない。 それなのに。
天真の胸に、ふっとよぎったのは、あの時たなびいた、浅葱の衣…。
「……っ!」
その時、天真は初めて気付いていた。
「あいつの…名前…」
思わずその問いを呟く。
答えは、どこにも無かった。
藤姫の館で、詩紋や頼久、他の八葉とも顔を合わせ、
まるで、あの夢の日々が嘘だったかのように、いつもの日々が始まっていた。
そう、まるで…。
「どうしたの? 天真先輩」
屋敷の隅で不機嫌そうに座っている天真に、詩紋は思わず声をかけた。
「なぁ、詩紋…」
「え?」
「お前、覚えているか? あの『京』で会った…あいつ以外の…その…」
そこまで言われたところで、詩紋はふっと寂しげに微笑む。
そして、静かにかぶりを振り、どこか遠くを見つめる。
「…不思議だよね、あんなに一緒にいたはずなのに…」
目を細めた詩紋の、その視線の先に居るのが誰なのか、
天真には大体の予想はついていた。
「くそっ!!」
夜になり、一人寝所で天真は思わず声を上げていた。
…名前だけではない。
時間を追うごとに、何もかもがおぼろげになるのが自分でも分かる。
あの時の、『彼女』の顔も、もうはっきりとは思い出せない。
言い知れぬ苛立ちに、天真は一人、敷布を握り締める。
「俺が覚えてなくて、…誰が…誰があいつを…覚えていてやれるって言うんだ…」
悔しさに、声は震えていた。
この無力感は、
…そう、
いつかの、あの時に似ている。
蘭が、行方不明になっていた、あの時。
絶望は、容赦なく襲ってきた。
だが、意地でも抗い続けていた日々。
自分が、
自分が信じられなければ、
きっともう、どこにも希望は無くなってしまうと、
そう心に言い聞かせていた。
そう言い聞かせる事で、必死で絶望から抗うこと以外、何も出来ない日々。
あの時の、たまらない無力感に、
いまのそれは、酷似していたのだ。
…約束をしたのに。
ずっと、守ると。
夢が終わっても、彼女の事を想い続けると。
それなのに。
今の自分は、彼女の顔すら、名前すら、
思い出せはしない。
いや、
それだけではない。
全て…全てが消えかかっている。
天真は恐怖心に身を震わせた。
あの夢であった出来事。
いや、そうではない。
あの夢の日々そのものが、あったのだという確信。
記憶そのものが、確かに消えかかっている。
「―――っ!!」
思わず呼ぼうとしたその名さえ、頭のどこにも見当たらず、
天真はただ、襲い来る何かに、必死で抗い続けていた。
「……っ」
目を開けると、
そこは、とても不思議な光景だった。
一面が、白に包まれている。
「天真くん」
唐突に呼ばれたその声に、天真は思わず慌てて振り返る。
そう、この声は…。
そこには、
青黒く煌く髪、浅葱の衣を纏った、……見慣れた姿。
「お前…どうして…」
彼女は、静かに微笑んで見せた。
「龍神様に、呼ばれて」
「は?」
思わず天真は目を丸くする。
「…あの夢での事は、八葉の気を、酷く掻き乱しているって…」
その言葉に、天真は、はっとする。
そうか、と。
静かに思い返すと、
詩紋も、そうだった。
考えてみれば、他の八葉達も、何人かは…。
自分と同じ、痛みを持て余していた。
「だから、それを八葉の心から全て消し去る前に…って」
静かに、彼女は言う。
「…ご丁寧に、お別れの時間ってか」
天真は思わず毒づいた。
「……冗談じゃねぇ!」
「天真くん…」
怒鳴る姿に、思わずたじろぐ彼女の肩を、天真は乱暴に掴む。
「俺は、…俺が守るのは『お前』だけだって、そう決めたんだ、それを変える気は無い」
真っ直ぐに瞳を見られ、彼女は思わず涙をこぼす。
「でも…でも、私は…」
「分かってる、それでも…、お前が居なくなっても、…俺の中からさえも消えちまう日がきても、それでも、俺はーお前の事を…っ」
そこまで言って、
天真の口からはそれ以上言葉を発せなくった。
もがくように天真は声の出ない喉を荒げ、
白い何かに包まれ消え行く『彼女』に向って叫んでいた。
「………天真……くん…」
『彼女』の、消え入りそうな声が、耳に届く。
おそらく、それが、――最後の、声。
心の中で、何かがはじけた。
「るり――っ!!」
ガバっと、
跳ね起きるように手を伸ばした自分に気付き、
思わず辺りをキョロキョロとすると、
他に誰も居ない寝所には、うっすらと朝日が差し込んでいた。
天真は静かに己の手を見る。
「…………るり…」
何気なく反復し、言葉を噛み締める。
そして、ぼんやりと窓を見つめ、
「………って、…何だっけ…」
呟きながら、
良くは分からない、
無性な虚脱感を感じていた。
「ったく、今日は寝不足だって言ってるのによ」
「いいじゃない、今日はなんとなく、天真君と行きたかったんだから」
「とか言って、どうせまた、木属性の具現化でもするつもりだろう」
「う…」
「もー天真先輩、あんまりあかねちゃんをいじめないでよ」
森の中を行きながら、3人は、似たような表情をしていた。
「なぁ」
天真がふと、口を開く。
「昨夜、ヘンな夢、見なかったか?」
「ヘンなって…、どんな?」
あかねが問う。
「……それが、憶えてはいないんだけど…、ただ、何となく…ヘンな夢」
そう言われ、あかねと詩紋は静かに頷いた。
「そうか」
天真は静かに呟く。
何故だろう、…やっぱり、という気がするのは。
少しだけ、腕の宝玉がうずくような、くすぐったい気持ちになる。
無意識に宝玉に手をやる天真を見て、詩紋はふと、
「天真先輩の宝玉って、本当に綺麗な青だよね…」
そう呟かれ、天真は久々にまじまじとそれを見た。
「あ、確か、何かあったよね、こういう色の名前!」
あかねがいつのまにか一緒になって言う。
しばししかめっ面をした後、
「あ、瑠璃色だよ、あかねちゃん」
「あーそうそう」
盛り上がる二人に、天真は少し肩を落とした。
「ったく、だから何だって言うんだよ…」
くしゃくしゃと頭を掻き、
そして、何故かはっとする。
思わず宝玉を静かに見付め、静かにため息を付いた。
「……るり…色……」
何故だろう、何かが引っ掛かるのに、それが何かは分からない。
ただ……。
「ど、どうしたの、天真先輩!?」
驚く詩紋の声に、天真は思わず我に返った。
「どうしたんだよ、いきなり大声だして…」
「だ、だって…」
何が何やら分からずにいると、目の前のあかねは心配そうに、
「天真君、どうして、泣いているの?」
「……え……?」
その言葉に、天真は初めて、頬を伝う己の涙に気付いていた。
「な、なんだ…、これ…」
言いながら、慌ててふき取っても、
涙は、いつまでも零れ落ちる。
伝う涙に濡れた、瑠璃色の宝玉は、
ただ静かに煌いているだけだった。
……なんかまたしても暴走注意報って感じです(汗)
しかも、本気でアンハッピーです(滝汗)
まぁ、基本的にはバットEDだし…なんて思いつつ、全部忘れてしまうという設定をやってみたかったわけですが。
…しかしホント、どうにも盤上遊戯のるり萌えは止まらない勢いです。
一回もCPにしたことないので、どのくらいの強度なのか知らないのですが…、結構強いらしいとか…。
となると、本当はあまり好かれてないキャラなのでしょうかね(汗)
とりあえず、私的には外見が激烈にツボなのですけど…(あかねちゃん顔で黒髪なんてっ!(←本当は青))
とりあえず、今のところバットラブEDは、頼久と天真しか見てないので…、
もしかしたら、ED見るたびに短編増殖するかもしれません…。