…頭が痛い…。
気がついた時には、もう目の前が軽く回転していた。
京に来てもうしばらくたつけど、今日ほど気落ちした事はない気がする。
「……う〜、寒気してきた…」
布団にうずくまりながら、ひとり呟く。
自分で自分の声がいつもと違うのが判別できるほどの鼻声が部屋に響いた。
こんな時は特に思う。
帰りたい、と。
だって、…元の世界ならば、風邪を引いたって、ちょっと薬局か病院にいって、錠剤あたりを飲んで、氷まくらでもあてとけばいいってのに。
ここじゃあ、朝から、おかしなまじない師がきたり、へんな薬飲まされたり……。
そのくせ一向に体は楽になんないし…
なんだか考え込んだだけで、頭痛が増した気がする。
そもそも、ここには氷も解熱剤もないし…。
何度目かの寝返りを打ちながら、あたしはひとつため息をもらした。
「…失礼する」
静かな室内に、無機質な声が響き渡った。
あたしはぼんやりと目を開ける。
「……神子……?」
小さな声が部屋に響く。
…って、あの声…!
「や、泰明さん…?」
あたしは、相変わらずかすれた声をうわずらせながら、その名を呼んだ。
「どうしたのだ? 一体」
「……ちょっと…風邪…引いちゃったらしくて……、泰明さんこそ、どうしたんです?
そこまで言い終えて、たまらず何度かむせ込む。
「……風邪…? なんだそれは? …まさか物忌みの影響…!?」
泰明さんは血相を変えて詰め寄って来た。
…って。 あぁ、そうだ…。
「…物忌み…、あぁ、そういえば今日って…」
「文を受け取ったので、来た」
そういえばそうだった。
いつものように、泰明さんに手紙を出していたんだっけ。
「それで、神子はどうしたのだ? その様子は尋常ではない。 まさか鬼の仕業…?」
「……ち、違いますよ……。 …昨日の夜、ちょっと…寒かったでしょう……、だからかな…って…」
また何度かむせながら泰明さんに話す。
でも、泰明さんはは不思議そうな顔をするばかりだった。
「……寒いから……なんなのだ?」
「………だ、だから……」
あたしはたまらずその場にうなだれた。
「神子様、お待たせいたしました。 薬師を呼んでまいりましたわ。 あら、泰明殿…もういらしていたのですか」
慌ただしく入ってきた藤姫にまくしたてられ、泰明さんはますますいぶかしげな顔をした。
どうやらまた、おかしな薬の登場にようだけど、…今の状況にはちょっぴりありがたい助け舟だ。
「藤姫、神子はいったいどうなっているのだ?」
「……どうって…神子様はお風邪を召されたのですわ。 ですからこうやって薬師を…」
「…だから、カゼとはなんだ?」
そこまで聞いて、ようやく藤姫はあたしのあつぃ視線に気がついてくれた。
ふっと微笑み、納得した表情を浮かべ、藤姫は丁寧に風邪という病について、泰明さんに語り始めたのだった。
「…人の体とは、やっかいなものだな…」
ぽつりと、泰明さんが呟いた言葉が耳に入る。
藤姫と薬師が部屋を出てからしばし、あたしはなんとか起き上がり、布団にすわったまま泰明さんと向かい合っていた
「…すみません、泰明さん…」
薬師の置いて行った、妙な色をした薬湯を泰明さんから手渡され、あたしは顔をしかめながらそれを受け取る。
「何故あやまる?」
「…だって、…折角わざわざ呼んどいて、これじゃあ…」
言いながら一口薬湯に口をつけ、たまらず思いっきり顔をしかめた。
「…まっず〜〜っ。 何この味…」
「飲み干さなければ効かぬと言っていた」
「………分かってます…」
あたしはうんざりとしながら、目を閉じ一気にそれを飲み干した。
湯のみを空にした刹那、一瞬体が硬直する。
「……人間の飲むモンじゃないわ、絶対…」
思わず肩を落とし俯きながら呟いた。
「…あの、今日はもう結構ですよ…。 あたし、あと寝てるだけだし…」
ごぞごそと布団にもぐりこみながら、泰明さんにそう言うと、何故か泰明さんは顔をしかめ、
「…いや、…物忌みの日に神子のそばに居るのは、八葉の務めだ」
そっけなく、言い放つと、1歩離れた所に腰を据えた。
「…でも、もし染っちゃたら…」
「ウツルとはなんだ?」
「だから…」
……またふりだしに逆戻り。
あたしは思わず肩を落とした。
何度かうつらうつらとしながら、気が付くたびに横を見ると、
そこには、微動だにしていない泰明さんの姿があった。
なんとはなし気恥ずかしくなり、あたしは慌てて寝返りを打ち、背を向ける。
そんなことが、もう数時間は続いている。
熱の相乗効果もあり、妙に鼓動がうるさくなっているのが分かる。
泰明さんは、何とも思わないのだろうか…?
ふと、伺うようにこっそりと顔色を覗く。
しかしやはり、いつもの無表情のままの泰明さんがそこにいた。
…なんか、あたし一人…バカみたい…。
小さくため息をつきながら、またひとつ寝返りを打ってみた。
…だから、いて欲しくなかったのに…。
あたしは、何となく布団を頭から被り、肩をすくめた。
…この人への想いに、最初に気がついたのはいつだったか…。
気づけば、顔を直視するのでさえ、勇気がいるようになっていた。
そしてその想いは、日増しに強くなっていった。
でも、
…泰明さんのほうだって、少しは気がついてもいいようなものなのに、
一向に察する気配すらない。
…まぁ、仕方ないと言えば仕方ないのだけど…。
何度目かのため息を付きながら、あたしは布団から顔を出した。
すると今度は、不思議そうにこちらを見る泰明さんの姿が見えた。
きょとんとしたその表情に、あたしはますます気落ちしていった。
「……ん……」
自分の発する呟き声に目を覚ますと、すでに部屋は茜色に染まっていた。
…もう、夕方なんだ…。
ぼんやりした意識のなかで思いながら、あたしは2、3度瞬きをした。
「…神子、気がついたか…」
すぐ横から、泰明さんの声が聞こえる。
「…あ、泰明さん…、まだ居てくれたんですね…」
心持ち顔を染めながら、ちょっと寝癖を気にしつつ髪をいじくりながら、あたしは答えた。
すると泰明さんは、にっこりと微笑を浮かべ…、
「……!?」
声を上げるいとまこそなく、突然泰明さんの顔が接近し、そして額が軽く触れ合う。
「……熱、とやらは引いたようだな…」
満足げに言うと、泰明さんはそのまま体勢を戻した。
…な、
…何…、何、今の!?
…ってゆーか!
なんで泰明さんが、あの体温の計り方を!?
一体誰に…? 風邪そのものだって知らなかったってのに…。
あたしは、思いっきり混乱して、思わず顔を真赤に染め、硬直していた。
泰明さんは、そんなあたしを不思議そうにあたしを見つめている。
そして再びふっと微笑み、
「…時折、苦しそうにうなされていたので…少し、心配した。」
呟くように、そう言った。
…今気付いたけど、
泰明さんって、笑うとかわいいかも…。
無意識に、数秒の間、あたし達は見つめ合っていた。
「………」
最初に気付いて気まずそうに目をそらしたのは、泰明さんだった。
照れた顔が、新鮮でなんだかおかしい。
くすっと笑いながら、
あたしはふと、気がついた。
そう、
確かにここには、満足な薬もないし、
たかが風邪で、このありさま。
…でも
でも、もし、帰ったら…。
元の世界には、
その場所には、
泰明さんはいないんだ…。
胸の奥が、ひどくしめつけられる。
「…神子?」
泰明さんは心配そうに声をかけてきた。
「……な、何でも…ないです…、なんでも…」
無理に作り笑いを浮かべなら、小さな声を絞り出してみた。
そんなあたしの様子に、泰明さんは益々心配の色を増す。
「神子…」
気まずい沈黙が少し続いた後、ふいに泰明さんが口を開いた。
「…藤姫に聞いた。 今日明日は動かぬほうが良いと。 ……明日もまた、見舞いに訪れていいだろうか?」
いつものようにそっけない、でもなんだかちょっと照れているような口調で、泰明さんは言った。
「え…?」
あたしは思わず聞き返した。
「…物忌みの日、神子のそばにいるのは八葉の務め……、だから、…だから明日は、…八葉としてではなく、お前を見舞いに来たい。 …だめだろうか?」
そう言って、泰明さんはじっとあたしの目を見る。
一心に見つめられる視線に、あたしは思わず我に返った。
…泰明さんって、時々すごいことを言う。
聞いてるだけで、照れを通り越して呆けちゃうような…。
あたしは、赤面しながら軽く吹き出した。
まったく、
人の想いに、気付いてるんだか、いないんだか…。
そんなこと、もうどうでもいい感じ。
「……だめなわけ、ないじゃないですか…」
あたしは微笑みながら、そう答えていた。
そして、その後。
あたし達は、知ることになる。
互いの胸にあった想いを。
なんのことはない、
互いに、互いの想いに気付いていなかっただけ。
それを知り、あたし達はそろって笑い合った。
それは、それから、少しだけ後、
風邪が完治して、数日後のことだった。
遥か第2段、泰明さんが書きたい〜っと、暴走して書き始めたものの……(汗)
…実は、ただ単に、看病する泰明さんと、おでこタッチの体温計りを書きたかっただけだったりもしたんですが…(爆)
なんだか、妙にわけの分からぬ話になってます…。
書きやすいかなぁと思って、一人称にしてみたりもしたんですが…(^^;
こんなものですが、読んで下さってありがとうございます。
う〜ん、それにしても、遥かって、アンジェとかと違って、アドベンチャーなだけに、ゲーム中に結構いろいろキャラとの交流があって、妄想するようなオイシイ場面って、かなりすでにゲームのなかにあったりして、悩んでしまいますね…。
特に、最後の物忌みイベントなんて…(笑)
……というわけで、次はやっぱり(?)ゲーム中でかなわなかった、八葉同士の争そいなんかを書いて見たいです!
遥かは、アンジェと違い、ゲーム中にヤキモチ系なイベントありませんし。
…個人的に、かなり三角関係好きですし!(爆)
…というわけで、次は、多分シリーズな三角関係ネタに走る予定です。
懲りずにへっぽこでしょうが(汗)また見てやって下さると嬉しいです、では…♪