君、想う故
月の輝く夜は、少し落ち着かない。
普段は漆黒に囚われる夜景が、こうもはっきりと見て取れることは、
なんとも不自然に思える。
普段は、闇にまぎれている、黄泉の国の者達の存在を、露に感じうける、
こんな日は、いつも、笛を奏で気を静め、時を紛らわした。
そう、
いつもと変わらない。
ふと目が覚めて眠れぬ夜。
笛を奏で、月を見た。
ただ、それだけのことなのに、
何故か、
涙が落ちてくる。
肩まである髪を、そっと撫でながら、
永泉は一人、
闇のなかで、涙を呑んだ。
都に初夏の日差しが差し始めた頃。
彼女は、もう、居なくなっていた。
最後の戦いが終わり、
神子の勤めを果たした彼女には、
すぐに、帰還の時が訪れた。
それは、分かっていたこと。
彼女を想ったその以前から、決まっていた未来。
彼女は、鬼を討ち果たしたその後、
最後の夜、永泉のもとに訪れた。
そして、言った。
ここへ、この「京」に、残りたい、と。
嬉しかった。
彼女の口から、その言葉が出たことに、
とても大きな喜びを感じた。
それは、ずっと想っていたことだから。
彼女を想い、そして、二人で誓いを語り合った、あの時から、
ずっと、
想っていたことだったから。
だが、
その時、永泉の口から出た言葉は、
「……お帰りなさい、神子、ご自分の世界へ」
にっこりと、永泉は笑っていた。
「でも…」
「それが、一番、正しいのだと、思います」
微笑みながら否める永泉に、神子は泣きそうな眼差しを向けた。
「…そんな顔をしないで、神子…」
言いながら、永泉は、神子の頬に、そっと触れた。
「神子の気持ちは、とても嬉しい…。 …私も、ずっと思っていた事だから…」
永泉は、神子の顔を真っ直ぐと見据え、また微笑んだ。
「でも、…それで神子は、本当に幸せと言えるのですか?」
少し、儚い笑みに、神子ははっとなる。
「…私は、出家の身。 あなたと、添い遂げる資格すら、ありはしない…」
神子は、少し息を呑んだ。
それは、分かっていたことのはず。
彼を、好きになった、その時から。
「それでも尚、あなたを側に置くことは、…多分、そう難しくは無いことなのだと思います…でも」
永泉は静かに、神子を見据えた。
「私は、あなたに犠牲になどなって欲しくない、…私のために、神子に故郷を捨てさせることなど、したくは無い」
静かに述べたその言葉は、
今までの彼には考えられないほど、毅然としたものだった。
「…犠牲だなんて、…そんなこと、ないです」
神子は、必死で永泉に詰め寄った。
離れたくない。
想いはそれだけ。
だが、永泉は、静かに神子の肩に手をかけた。
「神子の世界とは、どのような所なのですか?」
ふと、永泉は尋ねた。
神子は少し寂しげにはにかんだ。
「どうって…、こことは、大分違います。 …あの山よりもおっきな建物がゴロゴロしてて、…馬より何万倍も力のある、電車とか、車とかもあって、…あ、あと、電話とか…」
はにかみながら話す神子に、永線は静かに微笑みかける。
「神子の大切な方が、たくさんおられる世界なのでしょうね」
にっこりと言う永泉の笑顔に、神子はふと、今まで胸の奥にしまっていた、懐かしい顔がよぎった。
胸の奥がチクリと痛む。
「出きることなら、私も、神子の生まれた、その世界を、この目で見てみたい、…そう思います」
永泉は、神子の内心の葛藤を密かに悟りながら、その肩を撫でていた。
「…でも、私もまた、この京を、愛しいと思うのです…、それは、決して変わらぬ思いだと思うのです」
「永泉さん…」
神子はたまらず、つぶやいた。
神子は、永泉の微笑みを見ながら、涙をこぼしていた。
だって、思ったのだから。
今、永泉に言われて、初めて気がついた。
いつか、きっと、
帰りたくなる、帰りたく帰りたくて、仕方なくなる時がくる。
それはきっと、変えられぬ思い。
自分が、異世界の人間であるかぎり。
そして分かった。
永泉が、「帰れ」と言った、本当の意味が。
永泉は、微笑んでいた。
微笑みながら、彼女を見つめ、そして
「でも、私は、後悔はしていません。 僧の身でありながら、京で生まれながら、、……あなたと巡り合い、あなたを……愛したことを…」
「永泉さん……」
神子は、静かに呟き、その身を彼に委ねる。
「私も…、後悔はしていません…」
静かに、互いを抱きしめ合い、
時だけが流れた。
願わくば、
このまま、時が止まって欲しかった。
「神子……。 どうか、お元気で……」
呟いた言葉は、涙にかすれていた。
彼女を犠牲にして、己の幸せを得ることは、
きっと、正しくない。
己を犠牲にして、彼女の元へ行くことも、また。
永泉の葛藤は、静かに、涙と共に流れていった。
これでいい、
これでいい、と、
心で何度も繰り返した。
都に初夏の日差しが差し始めた頃。
もうそこに、彼女は居ない。
後悔は、したことは無い。
だって、自分で決めたことだから。
逃げることなく、
自分で下した結果なのだから。
だが、こんな月夜は、
少しだけ、淡い想いが蘇る。
永泉は、笛から口をはなし、ため息を付いた。
「やはりお前か」
抑揚の無い声が響いた。
「泰明殿…」
永泉は静かにその名を呼んだ。
地の玄武。
共に八葉として過ごした仲間。
戦いが終わり、八葉はそれぞれ、散り散りとなったのだが、
彼とは、その後も、多少、交流を続けていた。
「どうしたのですか? こんな夜更けに…」
「…笛が聞こえた」
それだけ言うと、泰明はすっと手近な場所に腰を下ろした。
「…まだ、忘れられぬか…」
泰明は一言呟いた。
永泉は少しはにかみながら、ため息を付く。
…忘れる、とか、そういう類のものではない。
でも、
彼の気遣いは、嬉しかった。
「泰明殿。 私は、最近思うことがあるのです。 …神子をお慕いしていたあの頃、僧という自分の立場が、とても恨めしかった。 でも、……今は違うのです…」
にっこりと微笑む永泉を、泰明は表情も変えず、見つめていた。
「今は、自分が僧であって良かったと、心から思えます」
永泉は静かに月を見上げた。
「想像もできぬほど、遠く離れてしまっても尚、彼女の幸せを、御仏に祈ることが出来る…」
永泉は、泰明の方を向き、また、微笑んだ。
そして、小さく息を吐き、
「……私は今、とても幸せなのだと、そう思います」
再び月を見つめた永泉を、泰明は静かに見守っていた。
そして、ふと、
「…そうか」
一言だけ、呟いていた。
…唐突に書きたくなった、永泉さん話です。
……いやはや、なんというか………暗いです、ウジウジしまくってます(爆)
ま、永泉だから仕方ないんですが(待て)
…なんか、永泉は、きっと、神子を京に引き止めるなんてこと、出来ないんじゃないか、とふと思ったのが始まりです。
ウジウジしてるから、とかじゃなく、永泉って、相手の気持ちを考えまくってドツボにはまるタイプだと思っているので、自分のために故郷を捨てろ、なんて言えやしないだろう、と…。
それと、何と言ってもお坊さんだということ(笑)
日本で、お坊さんが所帯を持つのを許されたのって、最近らしいのですよ(^^;
ので、京ED後はどうなってるんだ? とかねがね思っていたのです。
そういえば、私、遥か始めて間も無い頃、…最初に見たのは、現代EDだったのですが、
京に残ってくれと言われるパターンで、断るとまた、現代EDなのかなぁ、と思ったら、見事に玉砕してしまったことがあります(笑)
違うパターンでは、ちゃっかり付いて来てるのに、どうしてこっちだと、現代へ付いてくるっていう、選択肢がないんだ!?
と、すっごく不満だったんですよね…。
ので、この話は、そのへんの不満からも始まりました(笑) …つまり永泉には、付いて行くという選択肢をほぼ持っていません(苦笑)
…ではでは、
次回は…、って、実はこんなん書いてる場合じゃないほど、企画とか切羽詰ってるので(爆)
企画モノ、頑張りますです(自爆)