この身、果てども
…造られたこの身。
それがいつか壊れるのであれば、それは仕方の無い事。
果たすべき役目、
それを果たす為に滅ぶのであれば、
それはきっと、道具として、本望なことなのだろう。
いつか壊れる、その日、
それまでは…。
ここで、静かに、努めを果たそう。
「きゃあっ! や、泰明さんっ!?」
神子のやかましい声が、耳に木霊した。
目の前が瞬間的に暗転する。
先ほどまで、いつものように怨霊と戦っていたはず。
それなのに、いつのまにか、辺りは妙に静かになっていた。
「…大丈夫ですか?」
ゆっくりと目を開くと、心配そうな顔をした神子の顔が映った。
「問題無い…」
言いながら立ちあがろうとすると、肩に力が入らない。
結局、そのまま再び床に横たわることにした。
「ごめんなさい、泰明さん…。 私の力が足りないせいで…」
神子がしきりに呟きかけている。
そういえば、意識を失う前、神子をかばったのだったと、ふいに思い出した。
そうか、それで、神子はこんな顔をしているのか。
泰明は少し納得した。
「何を言う? 私は神子の道具。 神子に言われたとうり努めを果たしきれぬ、私が悪い。 神子が気に病むことなど何も無い」
思ったとおりに言うと、神子は何故か悲しそうな顔をする。
いつもそうだ。
何かにつけ、神子は気にかけすぎる。
そしてその都度、思い悩む。
周りのものは皆、それを、優しさなのだという。
だが、そうだとして、
そんなものに、なんの意味がある?
こうして、神子が苦しむこと意外、何の意味が…。
思いをめぐらせつつ、ふと手の甲に何かの感触を覚えた。
見上げると、神子の瞳から静かに流れるものがある。
水、なのだろうか…、
いや、触れてみたら暖かかったので、それは湯だったのかもしれない。
ともかく、泰明がその液体の名を知るのは、
もう少し、後のことになる。
「わぁ…泰明さん、桜が満開ですね…」
しばらく後、ある日のこと、
いつものように怨霊退治と力の具現化の為神子に連れ立ち外へ出てみれば、
神子はいつのまにか、咲き乱れる花に目を奪われていた。
「…春なのだ。 花が咲くのは当たり前のこと。 先を急ぐぞ」
しれっと言い放ち、その場を去ろうとする。
すると、神子は、くいくいと泰明の着物を引っ張った。
「……もう少しだけ…、お願いします…」
苦笑いを浮かべながら言う神子に、泰明はやらやれと肩を付いた。
「ただ、暦のままに咲き、散り行くだけ。 そんなものを見ることが、そんなに楽しいのか?」
桜の下に座り込み、ずっと上を見る神子に、泰明は不思議そうに問い掛けた。
すると、神子はにっこりと微笑む。
「だって、桜が満開の時なんて、そうそう長くないし…、今見とかないともったいなかな、なんて…」
照れ笑いを浮かべ、神子はまた上を見る。
「…そうか」
少しだけ、分かる気がした。
限り在るもの。
その努めが果てる前に、その存在を認識する。
そう思うと、少しだけ、近い気がした。
この花と、己とが。
泰明はしばらく、花に見入っていた。
そして思う。
大体何故、神子は自分などを連れに選んだのかと。
風流を語りたいのなら、もっと適した者はいる。
気さくに話し合いたいのなら、他の者を選ぶ方が良い。
ならば何故、自分を選び、ここでこうしているのか。
泰明は、ちらりと神子の方を見た。
微かに散る花びらが踊る中、一心に桜を見上げる横顔。
胸のうちで、何かが動いたような、
そんな気がした。
「神子、下がっていろ」
戦いの最中、泰明の声が響いた。
神子が思わず瞳を閉じた瞬間、閃光が泰明に突き刺さる。
一瞬うめいた後、泰明はまた攻撃の構えをした。
「大丈夫ですか?」
申し訳無さそうに神子が問うと、
「いらぬことを気にせず、敵に迎え」
泰明は、振り向きもせずに言った。
いつものように、神子は悲しそうな顔をしていた。
何故かは、今だに良く分からない。
神子に使える道具として、当然のこと。
この身を神子の盾として、それでこの身が壊れるのであれば、それはいたしかたないこと。
自分は、それだけの存在なのだから。
だが、
何故だろう。
神子のその表情を見ると、
自分は、まだ、壊れてはいけないような、
そんな気がするのだった。
「神子…? どうしたのだ」
ある晩、屋敷に用があり深夜まで逗留していたら、
ふと、そばに来ていた人影に気がついた。
「泰明さんが居るって聞いて…」
言ってにっこり微笑むと、神子はそばに寄ってきた。
「何してるんですか?」
静かに問われると、泰明は静かに息をついてから、
「屋敷内の邪気を払っている」
一言呟くと、用意されている呪具に手をかけた。
「邪気?」
「邪気は怨霊を呼ぶ」
神子が思わず問うと、泰明は振り向きもせずに言った。
そして一心に何やら祈祷の準備をしていた。
「あの…、あたし、ここで見ててもいいですか?」
ふいに、神子が尋ねた。
「何故だ?」
思いっきり不思議そうに泰明は返す。
「どうせ、まだ眠れなさそうだし、…それに、面白そうだし…」
にっこりと言う神子に、泰明は何も言い返さなかった。
いや、言い返せないが、正しかった。
神子の微笑みに泰明の目は、いつのまにか奪われていた。
「神子、そろそろ起きたらどうだ?」
「ん……」
朝日が差し込む中、神子は静かに目を空けた。
「あれ…あたし……」
「寝るなら、布団のほうが良いと思うが?」
「あ………」
状況を思い出し、神子は思わず冷や汗をたらした。
「あたし、祈祷の見学してて……それで…えっと…」
その先は思い出せない。 いや、この状況で思いっきりさっしはつくのだが。
「ご、ごめんなさい…」
「何をあやまる?」
心底不思議そうに言うと、泰明はそのままその場を後にした。
夜通しの祈祷の間、
目の前にスヤスヤと横たわる神子が目に映るのは、何故だか心地の良いものだったし、
別段、神子の身に危険があったわけでもない。
泰明にとっては、別段問題は無かったことだった。
ただ、何か少し、胸の奥がくすぐったいような、
不思議な感触が残ってはいたのだが。
「急急如律令呪符退魔」
呟きと共に、目の前の怨霊の気がそがれる。
その瞬間、神子の声が轟き、そして、怨霊は一枚の符に変わった。
「よかったぁ…」
にっこりとしながら、神子は符をしまい、泰明の方を見た。
「良くやった」
一言言うと、神子は心底嬉しそうに笑って、
「へへ…、ほめられちゃった…」
照れくさそうに呟いた。
いつのまにか、戦いで苦戦することは減っていた。
一体いつの間に、神子はこれほど力をつけたのか。
無邪気に笑うその瞳からは、考えもつかない。
ふと、その微笑みに見とれている自分に気付き、泰明は慌てて目をそらした。
どうしたというのだろう。
胸が暖かい。
「どうしたんですか? 早く行きましょう」
不思議そうに微笑み、手招きをする神子に、泰明はやっと我に帰っていた。
最近の自分は、おかしい。
泰明は少しだけそんなことに気付き始めていた。
「桜……もう散っちゃったんだ…」
数日後、
神子と共に、以前と同じ場所に出向くと、
そこには、花のまばらな桜の木が数本。
「花が散るのは当たり前のことだ」
何の感情も無く言い放ち、泰明は神子の方を見た。
何とも言えず、寂しそうな顔。
泰明は何となく、いたまれない気持ちだった。
散って当然の花が散っただけ、
それで何故、こんな顔をするのかは良く分からない。
ただ、思ったことは、
もし自分が、いつか壊れる時が来たら、
その時、やはり神子は、こんな顔をするのだろうか。
そして、少し思った。
神子のこんな顔は、あまり心地良いものではない、と。
「神子っ!」
桜を見上げている神子に、泰明はふいに叫んだ。
良くない気配がした、それも、並ではない。
「怨霊か…、どこにいる?」
泰明が叫ぶと、すぐさま目の前に気配が固まった。
「神子、下がっていろ…」
呟きながら、何枚かの符を取りだし、泰明は構えた。
「泰明さん?」
心配げに呟く神子に、泰明はふと振り返る。
「案ずるな…、神子に心配はかけない」
一言いうと、泰明は再び怨霊対峙した。
感じうるその力は、並大抵のものではない。
だが、それでも
勝たなければならない、なんとしても。
泰明は、初めて、息を飲むような思いをしていた。
神子の前で、むざむざと負けるわけにはいかない。
神子の盾となり、この場を切り抜けることは造作も無い、
だが、
それではだめなのだ。
泰明は、初めて感じる思いに、内心戸惑っていた。
この身を犠牲にはせず、
神子と二人で、この場を切り抜けたい。
そう思った。
そうしなければ、きっと、
神子は悲しむ。
泰明は、やっと、
何となくではあるが、分かっていた。
いつも、神子をかばうたびに向けられた、悲しげな視線の意味が。
「くっ!?」
「泰明さんっ!」
苦戦を強いられ、思わずうめく泰明に、神子はたまらず駆け寄ってきていた。
「下がれ、神子!」
「いやです、あたしも戦う!」
毅然と言い、怨霊と向かい合う姿に、泰明は思わず目を奪われた。
「泰明さん一人じゃ無理です、でも二人なら…」
怨霊と対峙する神子に、泰明は思わず駆け寄った。
「神子の身に何かあったら困る、いいから下がっていろ」
突き飛ばすように、神子の前に立とうとする泰明に、神子は力を込めて抵抗した。
「じゃあ、泰明さんの身に何かあったら、…私は…困っちゃいけないんですか!?」
気がつくと、神子の目には、いつか見た液体が溜まっていた。
「泰明さん、いつもそう…、自分のこと全然考えないで…、あたし、もし、泰明さんに何かあったら、……そんなの嫌ですから。 だから、必死に頑張って、強くなろうって決めたのに…」
いつのまにか、目からぽろぽろと、雫が流れる。
泰明は、何も言えずにいた。
神子が強くなったのは、自分のため…?
その言葉が何故だか胸に突き刺さる。
その瞬間。
「神子、あぶない!?」
突如発せられた閃光と同時に、泰明の声が響いた。
そして、
神子の声が、聞こえたような、そんな気がした後、
意識は、闇に消えていた。
壊れる、というのは、こういうものなのだろうか。
朦朧とするなか、泰明はそんなことを思っていた。
何も聞こえず、何も見えず、
感じるものはただ一つ、
己で押し倒した神子の体温。
なんとか、間に合ったらしい。
神子をかばうことは、出来たようだ。
だが、何故だろう。
これではいけない気がする。
神子をかばい、この身が尽きるのであれば、それで良かったはず。
それなのに、
このまま壊れてはいけない。
そんな気持ちでいっぱいだった。
散り行く桜を眺めた神子の顔が、胸をよぎる。
神子にあんな顔をさせたくは無い、そう思った。
いや、
それだけではない。
桜を愛でる、神子の顔。
怨霊を封印した時の、神子の顔。
目の前で寝入ってしまった、神子の顔。
怨霊と対峙し、毅然とした、神子の顔。
様々な表情が脳裏に浮かぶ。
もっと、共に過ごしていたい…。
ふいに、そう思った。
それは、泰明が生まれて初めて思ったこと。
生きたいと、
生き続けたい、と。
「……まだ……壊れたく…ない……。」
自らの呟きに、泰明ははっとなり目を開けた。
「泰明さんっ!?」
視界が開けた瞬間、神子の身が覆い被さってきた。
周りには、他の八葉の気配も感じる。
「私は……」
呟くと、神子がにっこりと微笑み、
「あの後すぐ、皆が駆け付けてきてくれたんです…」
一言いうと、再びじわっと瞳をうるませ、
「よかった……、ホントによかった…、あたし、このまま泰明さが気付かなかったら、どうしようかと…」
抱きついたまま泣きじゃくる神子の肩を、泰明は静かに叩いた。
いつのまにか、その顔は微笑みをもらしている。
そして、ふいに自らの瞳が気になり、触れると、
そこからは、一滴の涙がこぼれた跡が残っていた。
その後、神子が龍神を呼び、黒龍を倒した後、
泰明は、一つの決意をしていた。
神子と共に、行こう、と。
神子の世界で、神子を見つめつづけようと。
造られたこの身、
いずれは壊れる時が来るのだろう。
ならば、その時までは、
神子のその姿を、出来うる限り見続けたい。
そう思ったから。
いや、出来ることなら、
壊れる日など、来ないで欲しい。
それが正直なところなのだろう。
遠い異国の地の空を見上げながら、泰明は静かに微笑んでいた。
その向こうには、にこやかに手を振る、彼女の姿が見て取れた。
ボーカル目当てで買った、遥かのCDを聴いて書きたくなったネタです。
泰明のキャラソングの歌詞がとっても気に入ってしまって、
泰明に、「壊れたくない」と言わせたくなった、というだけなのですが(苦笑)
ゆっくりとはぐくまれる感じの、泰明とあかねの様子を書いて、かなり楽しんでしまいました。
…突発な思いつきなので、そこかしこ脈略ないのすが…、まぁ、ご愛嬌ということで(待て)
つたないものですが、読んでくださってありがとうございます。
遥か短編創作、今度はイノリとか書いてみたいですねぇ……。