八色の想い 一つの恋
〜2〜
その少女に対する最初の印象はただ―。
「……まったく、また酷く弱々しい姫君もいたものだね…」
月明かりが差し込む、屋敷の一室にて、友雅はぽつりと呟いた。
「……友雅殿、…龍神の神子殿に対して何という…」
隣で何やら書類と格闘している鷹通は、顔をしかめながら言った。
龍神の神子、そしてそれに仕える八葉。
それに自分が選ばれたと聞き、この屋敷に赴いたのが数日前。
それからすぐ翌日、西の札を得るため、天地の白虎である二人は召集され、
神子と共に幾日かを共にしたのだが…。
最初、その弱気そのものな態度を目にし、多少なりとも覚悟はしていたものの、
やはり、彼女の弱々しさは多少目に余っていた。
初めて戦いへ赴いた時はそれこそ命からがら、なんとか勝利したとはいえ、神子の采配が良くなかったことは明白だった。
傷ついた二人に、神子はひたすら涙ながらに謝り、そして早々と帰路に付く。
そんなことの刳り返しだ。
はっきり言って、札の入手どころか、そのありかさえ今だ何一つ分かってはいない。
友雅は静かに仕事を続ける鷹通の脇で、月を眺めながら時折気が向けば話しを振っていた。
「しかしそうは言っても、鷹通。 君だって少しは思ったんじゃないのかな…。 本当にあの姫君に、この京を救う事などできるのか、と」
友雅の言葉に、鷹通はぎくりとなる。
確かに、似たようなことは心当たりが有る。
決して声に出してはいけない思いなのだけど、彼女を見るといやおうなしに思う。
本当に、大丈夫なのか。 と。
しばらく黙した後、鷹通は静かに月を見上げた。
先程までこうこうと闇夜を照らしていた輝きは、いつのまにか群雲に覆われていた。
「おはようございます、神子殿」
「…あ、えっと……頼久さん、でしたっけ?」
朝、いつものように藤姫に促され、出かける準備をしていたあかねに、頼久は唐突に声をかけた。
「どうしたんですか、頼久」
藤姫はきょとんと呟いた。
「……その…。 神子殿、今日はこの頼久を同行させては頂けないでしょうか?」
まっすぐにあかねを見据え、頼久は言った。
初めてこの少女と出会ったその日以来、まともに顔を合わせたのはこれが初めてだった。
札探しがうまく運ばず、彼女は毎日のように白虎の二人を連れ外出し、そして決まって酷く落ち込んだ顔で帰ってくる。
天真にこの少女について聞いたあの晩から、様々なことを考えた。
そもそも、彼女は別に神子になりたくてなったわけでもない。
神子となるべく育てられたわけでもない。
そんな少女に、周囲の対応はあまりに厳しく思えた。
しかしどうだろう。
いつも酷く落ち込んではいる。
神子の務めを果たしているとも言いがたい、だが。
彼女はあれ以来、一度も涙を見せない。
毎日毎日、神子の使命に明け暮れ、それがうまく行かないことは全て自分の積だと、気を落とす。
彼女のその心はいったい何処からくるものなのか。
しかしそれでも尚、やはり成果の出ない者に周囲は冷たい。
彼女の表情は日に増して強張り、隠遁としている。
「……それは良いかもしれませんわ。 今日はお札の事は忘れて、ゆっくりと京を散策してくださいまし」
頼久の意図を察してか、藤姫はにっこりとあかねに言った。
「で、でも、ただでさえまだ何にも出来てないのに…」
あかねが思わず言い返すと、
「神子様、たまには息抜きも必要ですわよ。」
にこにこと藤姫にそう返され、あかねはしばらく押し黙り、そしてちらりを頼久を見ると、小さくコクリと頷いた。
「おや、今日は神子殿はお休みかい?」
あかねと頼久が出かけたすぐ後、いつものように現れた友雅は訝しげに呟いた。
「……ええ、…気分転換も必要かと思いましたの」
藤姫はにっこりと呟いた。
「……じゃ、私に用は無いね。 内裏に戻るとしようか」
何の感慨も無く呟くと、友雅はすぐにきびすを返した。
まるで、神子の事を微塵も意識に止めていないその態度に、藤姫は少しだけ心が痛んだ。
「……ここ、こんなに綺麗な所だったんですね…」
神仙苑のほとりで、あかねは思わず呟いていた。
京の散策とはいえ、怨霊の巣食った地がまだほとんどを占めていて、あまり行き来が出来る場所は少ない。
加えて、藤姫の館から程近いという安全性も含め、二人はこの場所に辿り着いていた。
「あの時は、景色をみる暇もなかったな…」
小さく呟き、あかねは周囲に咲く小さな野草をしゃがみこんで見つめていた。
頼久は注意深く周囲を見渡しつつ、あかねに目をやると、
普段からは考えられぬほど穏やかな笑顔で、小さな名も無い花をつんつんと指先ではじいている彼女が目に映った。
そんな姿にしばし呆然と見とれていると、あかねはふと表情を曇らせた。
「…ごめんなさい、頼久さん」
突然呟かれたその言葉に、頼久が思わずうろたえると、あかねはかまわずに
「心配、かけちゃったんですよね…、あたし」
静かに、そう呟いていた。
「分かってるんです。 …だって何やってもうまく行かないし。 こんなんじゃ神子失格ですよね」
力無く呟くその姿に、頼久はいたたまれない気持ちになって、神子を見据えた。
「…あなたは、神子になりたくてなった訳ではない。 …それなのに何故…」
歯を噛みしめて言う頼久に、あかねは一瞬戸惑い、そして静かに微笑んでいた。
その笑顔に頼久が不思議そうな顔をしていると、
「……頼久さん…、…ありがとうございます。 そういう風に思ってくれてるなんて思わなかった」
心底嬉しそうにあかねは呟いた。
そして、笑顔を見せた後しばし、
少しだけまじめな面持ちをして、
「でも、…やっぱりあたし、…望もうが望んでなかろうが、神子…なんだから」
神仙苑の波紋一つ無い水面を見つめながら、あかねは言った。
「戦いはやっぱり怖いし、物忌みとか方忌みとか、面倒なことだらけだけど…。 でも、これは、あたしにしか出来ないことだって、そう思うから」
静かな、決して力強いとは言いがたい口調。
だが、頼久には、その言葉がとても心強く胸に響きいるのを感じていた。
あかねは視線を変えずに小さく行きを吐き、そしてにっこりと頼久を見た。
「…本当はね、やっぱり嫌なんですよ。 こんなこと」
苦笑いを浮かべながら、あかねは呟いた。
「でも、…ここにいる皆は京を守るために必死だから。 それが出来るのはあたしだけって言うから。 だから…」
そこまで言って、あかねは言葉を詰まらせた。
「神子殿?」
頼久が問いかけると、あかねは俯いた顔を慌てて上げた。
瞼には、少しだけ潤いが残っていた。
「…ダメですよね、…もっと、頑張らなくちゃ…」
言いながら微笑むその姿は、少し痛々しくも思えた。
「…なんだ、…誰かと思えば、こんな所で神子殿と逢瀬かい? 君も中々だねぇ、頼久…」
「と、友雅殿?」
唐突に聞こえた見知った声に、あかねと頼久は同時に振り向いた。
にこにこと頼久を冷やかして遊ぶ友雅に、頼久は思わずその名を強く呼ぶ。
「…ははは、何もそんな顔をしなくとも良いではないか。 …藤姫から伺っているよ」
笑いながら事も無げに言う友雅に、頼久は思わずため息を洩らした。
「すみません、いきなりお休みしちゃって…」
おずおずと言うあかねに、友雅はにっこりと笑顔を見せると、ぽんぽんとその肩を叩いた。
「…そんなに肩肘を張るとことじゃないよ。 それに折角の休みだ、充分に楽しまなければ勿体無い」
にこにこと、友雅は呟いた。
その間、時折除く友雅の真剣な眼差しに、頼久は顔をしかめた。
何というか、とても彼女を気遣っているような、そんな感じがしたのだ。
つい先日までは、そんな素振りは少しも無かったのだが。
友雅の言葉に、小さく微笑を返すあかねに、友雅もにっこりと笑みを返し、
「…ん。 大分良い顔で微笑むようになったね」
小さな声で、そう呟いた。
そして、そのままきびすを返し、
「じゃ、私はそろそろ退散するとしよう」
一言呟くと、友雅はさっさと歩き出した。
「あ、友雅殿!」
思わず追いかけようと近づく頼久に、友雅は小さく顔を近づけ、
「…君が護衛するのは、私ではないはずだよ。 …小さく儚いが、中々芯の強いの姫君じゃないか」
一言耳打ちすると、クスクスと微笑みながら、友雅は去って行った。
そのまま、残された頼久は、何となく気がついていた。
つまり、先程までのあの会話、
全て彼は聞いていたのだろう。
もしかしたら、自分が出て行く機会をうかがっていたのかもしれない。
彼は、そういう人間だ。
何食わぬ顔をして、自然と周りに気を配る。
ふと、去り際の友雅の顔を思い出し、頼久は少し表情を緩めた。
思わず、きょとんとしている神子の姿を見てみる。
あれはおそらく、現時点で、彼女に対しての最高の賛辞。
本当に、不思議な少女だと思う。
力無く、気弱で、すぐにでも消え入ってしまいそうかと思えば、
計り知れない程の、芯の強さを兼ね備えている。
やはり、彼女こそが、龍神の神子であると、頼久は最近心から納得していた。
「あ、ここまでで良いですよ」
夕暮れが空に満ちた頃、藤姫の屋敷の片隅で、あかねは頼久に向かってにっこりと呟いた。
「…では、私はこれで。 …今日はお付き合いくださってありがとうございました」
頼久は立ち止まると、これ以上無いほど仰々しく礼をした。
あかねはそんな姿に思わず苦笑いをして、ふと頼久の顔を覗きこんだ。
「あの…」
小さく呟いた声に、頼久はふと顔を上げる。
「また、こんなふうに、一緒に出掛けたりしても良いですか?」
おそるおそると言ったふうに呟く神子の姿に、頼久は思わずはにかむ。
「…神子殿の仰せであれば、いつなりと」
微笑みながら言ったその言葉に、あかねは満面の笑みを返した。
「友雅殿?」
屋敷の片隅で、鷹通がふと呟いた。
「やぁ鷹通。 …おや、まだ仕事かい?」
「…えぇ、…今日は八葉の務めが休みだったので、たまった物を色々と」
答えながら、鷹通は忙しそうに書類を振り分ける。
「…まったく、…せっかくの休みなのだから、しっかりと休んだらどうだね」
「私は、友雅殿とは違います。 …第一、休むといっても、突然に頂いた暇で何が出来るというのですか?」
真面目に答える鷹通に、友雅は思わず吹き出し。
「……そうだね。 …神子殿とご一緒に、湖を眺める…、なんていうのはどうかな?」
含み笑いをしながら言う友雅に、鷹通はきょとんとした顔で言葉を失っていた。
そんな鷹通の姿に、友雅はさらにクスクスと笑い始める。
水辺に光る、儚げな笑顔がよぎる。
今度、あの姫君とゆっくり語り合ってみたいものだと、友雅は静かに心に思っていた。
シリーズ2話同時UPって、もしかしたら開設時以来でしょうか(^^;)
なんとなくUPを踏みとどまっていて、気がつけば2話まで書いていたもので。
とりあえず、こんな感じで、頼久×神子が念頭にありつつ、毎回メイン人物を変えて、という形式にするつもりなのですが…。
なんか、あまり書ききれてませんね(汗) …文才の問題です、ハイ(汗)
なんとなく、時間をかけて周りに認められていく、弱気神子ちゃんが書けたら嬉しいな、なんて。
気がつけばハーレム状態な自覚ゼロの弱気神子と頼久って、かなりマイドリームなカップリングであります(笑)
…ま、この話の趣旨はそういうことで…(苦笑)
よろしければ、次回も宜しくお願い致します。
…多分、UPは来月になります(^^;