「昨日の火事は孟徳さんが裏で手を引いたっていう、うわさを聞いたんです」
彼女が入ってきて、口から出た言葉に一瞬だが我を失いそうになった。
昨日の火事。
彼女の部屋への付け火。
火災の知らせを受けた時は、
――心臓が、止まるかと思った。
火に巻き込まれた彼女より、…むしろ自分自身に危険を感じたくらい。
何をどうしたかも覚えていない、ただ必死で、兵を向かわせた。
犯人の追撃なんてどうでも良かった。
ただ、彼女を、彼女を無事に救い出せと、それだけを命じた。
気が付けば、部下の制止を振り払い、すぐに自ら後を追っていた。
彼女の無事な姿を見て、
どれほど、この胸に安堵が広がったか―。
…きっと、彼女は知らない。
いや、
信じていない。
あの時、伝えたはずなのに。 君の無事が何より大切だと。
信じていないのだ、彼女は。
この口から発した言葉なんて、ただのひとつも。
それどころか―。
彼女の部屋に、火を?
しかも、それを、孟徳が手を引いた、と。
彼女は、嘘は言ってない。
…それが分かることが、こんなにも苦しいことだとは思わなかった。
そして、ふいに思い出した。
――彼女は、軍師だ。
策を作り、また、見破るのが、彼女の仕事。
では今、
この状況で、一番得をしたのは誰か?
そんなことはどう見ても明らかだ。
思わず笑みすらこぼれそうになる。
少しでも考えれば、容易に出る結論ではないか。
いくらあの本があったとはいえ、これまでも、あの奇策の数々を繰り広げた彼女が、
そのくらいの結論を考えないはずもないではないか。
あの本に他に何の価値がある?
…彼女をこの世界に留まらせること以外に。
そして、それによって得をする人物が他にいるか?
何をどう考えても、自分は怪しい、怪しすぎる。
城内に彼女が言う通りに噂があったことも、知っている。
だから彼女が、
軍師である彼女が、
…そう思ってくるのは、本当に当然のことで。
当然のことなのに、
何故か胸が詰まった。
…心のどこかで、期待していたのかもしれない。
あまりに勝手で都合の良い期待。
城内の噂を聞いた時、無意識に期待した。
『孟徳さんは、そんなことするわけないです』
彼女の声が、聞こえた気がした。
だからつい、淡い夢を、みてしまった。
孟徳は胸のうちでかぶりを振る。
…なんて、愚かだったのだろうか。
身体が震える。
どう接していいか、分からなくなる。
そして、不覚にも自覚する。
…信じていたのだな、と。
あの時、あれほど誓ったのに、誰も信じないと決めたのに。
どうして、いつの間に、こんなにも。
だから、こんなにも苦しい。
そして、どうすれば、苦しくなくなるか。
答えは、思った以上に簡単に出た。
やめれば良い。
信じることを、やめれば、良い。
「鳥の風切り羽を知ってる?」
言葉は考えるよりも先に出た。
嘘は言わない。そう決めている。
でも、本当のことだって、言わない。
そう、
これは単なる、
軍師と武将の騙し合いなのだから。
彼女に向かって次々と思わせぶりな言葉を投げる。
戸惑う彼女に、ほくそ笑む自分。
――だんだん愉快になってきた。
喋っているうちに、疑う彼女の瞳のなかにほんの少しだけど、惑いを見つけた。
でも、その惑いにも気付かないふりをし、自分すらも騙し、
そして、続ける。
終わらない騙し合いを。
――終わらせるものか、
いくらでも続けようではないか、この騙し合いを。
孟徳は冷たい言葉を放ち続ける。
冷たくなる彼女の眼差しを見つめながら。
――それが、彼女と供にある、唯一の手段ならば、それでいい。
…見つめ合うことが出来るのなら。
こうしてならば、いつまででも。
見つめ合うことが出来るのなら。
それでも良い。
ただ、いつまでも彼女と供にありたいと思った。
冷酷な問答は続く。
騙し、騙され合う、軍師と武将として。
…終盤のイベントの時の、内心病みまくってる孟徳への妄想が止まらなくなって走り書いていたものです。
恋戦記初ネタでした。いや、ネタというか、本当に走り書きです。
なのでUPはずっとためらってました。
ちょっと勢いに乗って思わずUP。
なんかこう、…ヤマもオチも意味もないです(汗)なのでUPためらっていたました。
なんか孟徳熱再燃したら、ちょっとUPしてみたくなったので(苦笑)
でも、内心は本気でドロドロ病みまくってるくせに、
外見だけは飄々としているってのは、孟徳の萌えどころだと思ってます。