ROOM MATE
-Side S-
「……あれ?」
呟いた声に、目の前の金糸の髪はひらりと揺れて、紺碧の瞳がこちらを見据える。
思わず、少年は赤い瞳を何度か瞬かせた。
「レイ、お前だったんだ、俺のルームメイトって」
シンはほっとしたように赤い瞳を細め、はにかんだような顔で肩をすくめた。
「あぁ」
言葉少なく言うと、レイは再びはらりと金の髪をひるがえし、さっさと目の前のドアをくぐって部屋へと入った。
シンはそんな姿に思わず後頭部を掻く。
―相変わらず…だな。
思わずそんなことを思う。
レイ・ザ・バレル
少し変わった名前のこの男とは、案外と縁がある。
士官学校ではずっと同期で、どの講習でも、大抵彼は隣に居て。
気が付くと、それが普通になっていた。
同じく同期で入った少女、ルナマリアと、合わせて3人。
結局くされ縁だった面子と、整備講習生で仲の良かった、ヨウランとヴィーノ。
卒業記念に写真を撮った時は、これでお別れかとしんみりとしたものだが。
何の因果か、
揃い揃って同じ艦に配属命令が下った。
まぁ、同時期に卒業したのだから、配属先が似か寄るのは当然と言えば当然の事だったのかもしれないが。
ともあれ、2年付き合った学生時代から、レイは何かと分からないヤツだった。
というのもこの男。 まったくと言って良いほど感情を出さないのだ。
いつも仏頂面とも取れる無感情な顔をして、黙々と授業を受けていた姿に、最初は何かよっぽど気に入らないことでもあったのかなと、勘ぐったりもしたものだった。
何せ、初対面からいってこうだ。
「あ、さっき同じクラスにいたよな。 俺、シン、シン・アスカ。」
「………」
「…パイロット志望って思ったより少ないのかな、同期って俺達3人だけ?」
「………」
「えぇっと……」
「………」
「何か言えよ!」
「……何を?」
「だから、…名前とか…」
「…名簿を見れば分かるだろう。 …どいてくれないか、急いでいる」
これで好印象を持てと言う方が無茶だ。
でも、1年も経つとだんだんキャラもつかめてくる。
つまり、レイはそういうヤツだったのだ。
無感情で、無関心で、仏頂面。 それがレイの至って普通のスタイル。
そしてそこには、悪意も敵意も無い。
つまりは、極上のマイペース神経の持ち主なのである、ある意味。
…たったそれだけの事に気付くのに1年かかったのもアレだが。
ともあれ、それが分かってからは、気兼ねなく接することが出来るようになった。
接してみると、これだけ気遣いが必要無い相手も珍しい。
何せ相手が一切の気を使わないのだから、こちらも使う必要無いし、
気を使わずとも全く気にされもしない。
気性が激しく、学生同士でもトラブルを起こしがちだったシンの、気が付けば最たる友人の位置に、レイは居た。
特に何か相談したり、一緒に遊んだり、そういう『友達』らしいことは何一つないのだけど。
それでも、やはり、レイは友と呼べる相手なんだと、シンは感じている。
そして、
切ない卒業式の涙も覚めやらぬうちに、配属になったのは新造艦であるミネルバ。
そして、同じく新造機で、艦のメインモビルスーツ、インパルス。
エースとも言えるその機のパイロット、それがシン・アスカに与えられた任務だった。
最新機体に乗る、艦のエースパイロット。
学校出立てで、レイと比べれば成績は抜群とまではいかなかったはずで、
2年前、ボロボロの心と身体で軍の門を叩いたばかりの自分からは、
それは想像だにしなかったことだった。
そして、さらに想像しなかったことは、
「あれ? シンじゃない、もしかして」
「ルナマリア!?」
配属先を聞かされた軍施設の廊下で呼びとめられた声に、シンは思わず声を上げていた。
ルナマリア・ホーク。 同じく同期のパイロット候補の彼女が、ここに居ると言う事は…。
「もしかしてルナも?」
「うん、ミネルバだって。 ねぇ、レイには会った?」
当たり前のように言われてシンは目をぱちくりとする。
今、なんと言った?
ルナマリアもミネルバ。 戦艦ミネルバの配属? そして、さらに…。
「えぇ〜〜!?」
思わず大声を上げてしまったのは、ルナマリアもレイも、さらにはヨウランとヴィーノまでもが、同じ戦艦配属だと聞いた一瞬後。
「そんなに驚くことでもないでしょーが。 同じ時期に新兵募集してるトコなんて、似たようなモンよ」
シンの驚きにルナマリアは至ってクールだった。
「でも、まさか…さぁ」
シンがため息混じりに言うと、ルナは苦笑を浮かべた。
「ま、今後もよろしく」
にこやかに差し出された手を、シンは微笑みながら受け取る。
そして、ふと思った。
そうか、
もう、『学生』じゃ、ないんだな。 と。
もう自分は、軍人で。
これから行く場所は、戦場なんだと。
そんな実感が静かに湧く。
やっと、ここまで来た。
「あ、これこれ、ザク・ウォーリア、これがあたしの。 カラーは赤にしたんだー」
渡された資料に指差しながらルナマリアは自慢気に言った。
「へぇ、これも新型なんだ」
シンは思わず呟く。
「自分ばっか最新機だからって、図に乗んないでよねー」
からかうようにルナマリアは微笑んだ。
すると、
「あれ?」
シンはふと遠くの廊下を通る見覚えのある金髪に目を止めた。
「あ、ちょっと、シン!?」
ルナマリアの声に、「あれ、レイかも!」と言いながらシンは半重力の廊下を焦って移動する。
ルナマリアはやれやれと肩をすくめた。
「なんなんだかねー、あの二人って」
ぽつりと呟く。
いつもいつも、何故か知らないけど傍に居て。
何話すわけでもないのに、息投合していて。
「ま、いいけど、別に」
クスっとひとつ微笑み、ルナマリアはシンの後は追わずに元々の進路を進んだ。
士官学校の頃からずっと、あんな感じの二人は、案外、嫌いじゃない。
「レイ!」
「……」
シンが急いで呼びとめると、レイは無言で振り向いた。
「何の用だ?」
真っ直ぐ顔を見据え、機械的に問う姿に、シンは思わず笑っていた。
いつものレイだ。
「レイもミネルバ配属だって、ルナから聞いて」
「…お前もだったな」
嬉々としたシンとは裏腹にレイは淡々と応える。
「これ、このインパルスってやつ。 あ、レイはなんだっけ?」
「……」
資料を手に言うシンに、レイはその資料の片隅を無言で指差した。
ブレイズザクファントム。 資料にそう記された機体。
「え? これって指揮官クラスの搭乗機って…」
シンがさも不思議そうに言うと、レイはふっと視線をはずし、
「…メインパイロットがお前なら、妥当だと思うが」
至極普通にレイに言われて、シンは思わずずりコケそうになる。
そして、
「また、くされ縁…かな」
シンははにかんでレイに手を差し出す。
パシっとその掌を打ったレイは、やはり無表情だった。
「よろしく」
そう言ったシンは、満面の笑みを浮かべていた。
そして、その数日後。
進水式を数日後に控え、改めて艦の下見をしていた時。
与えられたプライベートルームの前で、シンは思わず固まった。
二人部屋だとは、一応聞いてはいた。
でも、まさか。
SHINN ASUKA:REY ZA BURREL
部屋のネームプレートには、何度見返しても、その二つの名前。
先ほどばったり会ったレイと、何となく一緒に部屋に入ってみる。
部屋の両端にベット。 中央奥にはシャワー。 片隅に机がひとつ。
それだけの簡素な部屋だ。
プライベートとは名ばかりで、相部屋ではプライバシーも何もない。
「明日からだっけ、ここで暮らすの」
「あぁ、…着任前に環境に慣れていなければ戦えない」
作業的に呟くと、レイはやおら片方のベットに振れ、掛布などを確認している。
……勝手にベット割り決めんなよ。
心でこっそり、シンは呟く。
すると、
カチャっと、唐突に無機質な音が響き、レイとシンは思わず瞬時に音源に視線を落とした。
床に転がったのは、ピンク色の旧式の携帯。
「あ…っ」
シンはバツが悪そうにそれを慌てて拾った。
レイはその姿に何も言わず、またベットのチェックを再会した。
久しぶりだった。
他人に『これ』を見られたのは。
シンは思わず携帯を拾ったまま固まりついている。
こんな、旧式の、しかもどう見ても女の子用の小さなおもちゃのようなそれは、
どう考えてもシンの持ち物としては異質だ。
『なんだよ、それ? すっげーレア!』
『うわ、今どきそんなポンコツ持ってるヤツいねーよ』
『女モン? 誰のだよ一体』
片時も手放した事の無い『それ』を、何も知らない奴等は良いようにはやしたてる。
相手に悪意が無いのは分かるが、それでも…いちいち説明する気も起きないし。
…でも、思い切って説明をしたこともあった、けれど、
いつだったか、誰かに言われた。
『いつまで、そんな物にすがっている?』
それから、『それ』を人目に触れさせたことは無い。
いくらレイでも、疑問を抱くだろう。
何でそんなものを持っている? そう聞かれるだろう声にシンは身構えていた。
「どうした?」
ふいにかけられた声に、シンは思わず肩を震わす。
「部屋の確認は終わった、鍵をかけるから出ろ」
無感情な言葉に、シンは慌ててその言葉に従う。
「あ、あのさ」
カードキーをドアのロックに当てるレイに、シンは思わず声をかけた。
「さっきの、あの、携帯のこと…」
言いずらそうにするシンに、レイはやはり無表情で見入る。
そして、
「…お前の私物に興味はない」
一言言うと、レイは半重力の廊下の誘導ラインに手を当てた。
シンはその言葉に、おずおずと後を追う。
慣れているはずのレイの不精な態度に、なんだか、無性に居たたまれない気分になった。
すると、ふとレイは進み出す前に、シンに振り返る。
シンは戸惑ったように慌てて動きを止めた。
「…俺には分からない。 だが、…大切な物ならば、落とさないよう気をつけろ」
一言言うと、レイはそのままさっさと廊下を進んでいった。
その姿を見ながら、シンは思わずしばらくぼんやりとしていた。
そして、
小さな携帯を、シンは思わず握り締める。
…たいせつなもの。
その言葉が、静かに胸に染み渡っていた。
―レイで良かった。
ふと、そう思った。
プライバシーなんて、あったものじゃない二人部屋。
実は結構不安だった。
でも、
―大丈夫だ、レイならば。
シンはふっと笑顔を浮かべ部屋のネームプレートを見ると、すぐさまその身を翻し、先に行ったレイを追いかけた。
DESTINY初書きです(汗)
もしこれで後々、実はアカデミー時代から寄宿舎同室でした♪
なんて公式で言われたらどうしようと思う創作ですが(爆)
ともあれ、このサイト内でのレイとシンの基本的な関係はこんな感じ、と言うテーマで、
もう一本、レイ側からの全く同じストーリーを書く予定ですので。
まともな後書きはまたそちらで。
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