「……あれ？」
呟いた声に目を向けると、見慣れた赤い瞳がこちらに向って輝きを放っている。

「レイ、お前だったんだ、俺のルームメイトって」
シンはほっとしたように赤い瞳を細め、はにかんだような顔で肩をすくめた。
「あぁ」
言葉少なく言うと、レイは再びはらりと金の髪をひるがえし、さっさと目の前のドアをくぐって部屋へと入った。

相変わらずだ。
レイは何となく、そんな事を思った。

シン・アスカ

議長からその名を聞いた事もあったその少年とは、
何だかんだと、もう２年の付き合いになる。
議長の命令で入った士官学校では、ルナマリアと言う少女を含めて３人。
モビルスーツパイロット志願者の同期として、同じく学んでいた同士だ。

そしてまた、配属先も同じ。
実はこれも、前もって議長から聞いていた事だし、
大体、書類を見れば同じ艦の搭乗員分くらい分かることなのに、
どうしてそんなに驚くのか分からない。

ただ、そんな風にいつも感情に正直な姿は、そんなに不愉快とは思わないので、
ずっとそんな感じで放っておいている。

出会いは、２年前。
どうしてかは分からないが、シンの方から話しかけてきたことが始まりだった。

「あ、さっき同じクラスにいたよな。　俺、シン、シン・アスカ。」　
「………」
「…パイロット志望って思ったより少ないのかな、同期って俺達３人だけ？」
「………」
「えぇっと……」
「………」
「何か言えよ！」
「……何を？」
「だから、…名前とか…」
「…名簿を見れば分かるだろう。　…どいてくれないか、急いでいる」

何が不服だったのかは分からないが、
それからしばらく、シンが話しかけてくることは無かった。

しかし、しばらく経つと、再びシンは話しかけて来た。
何故かは、やはり分からない。
「３人しかいない同期なんだし、男同士でしょ、少しは仲良くしてあげたら」
かみ合わない会話が途切れた後、ルナマリアはやれやれと言ってきたが、
それもいまいち、理解は出来なかった。
同期で、同性、だから何だと言うのだろう。

それでもシンは、何かと言うと話しかけてきては、
勝手に不機嫌になって話をやめた。　
そんなことが１年ほど続いただろうか。

段々と、シンの態度が変わってきた事に、レイは何となくだが気付いていた。
最初は、何やら恐れるかのような態度だったのに、今は違う。
何も気にしていない様子で、本当に何気なく言葉をかける。
受け応えると、以前は何やら不機嫌になっていたのに、今は全然そんな感じでは無い。

レイ自身、特に何の悪気も無く言った言葉に、
突然腹を立てられたり、嫌に怖れられたりと言うのが、他人にとられる標準的なリアクションだったので、
そんなシンの変化は、少しだけ興味があった。

別に、だから何をどうするわけではなく、
本当に、「少しだけ」の興味ではあったが。

そして、
ほどなく無事学校を卒業し、議長に命じられるまま、ミネルバと言う戦艦に配属になった。
シンやルナマリアや他のスタッフにも同期が居るらしい。

軍施設の廊下で、渡された配属先書類を見る。
シンの機体は議長が以前呟いていた最新機のようだ。
そして自分が乗るのは新型のザクファントム。
機体としては、指揮官クラスを想定しているらしい。

「あれ、レイ！」
かけられた声に顔を向けると、赤い髪の見なれた笑顔。
「どうした、ルナマリア」
普通に声をかけると、
「…ったく、相変わらずだなー、普通、おぉ！お前も同じ配属か！　とか驚かない？」
やれやれとため息混じりにルナマリアは呟く。
そして、
「シンも一緒だよね。　３人一緒で、これからもよろしく」
にっこりと言うルナマリアに対し、レイはやはり無表情だったが、それでもルナマリアは満足そうに微笑んでいた。

ルナマリアと別れ、レイは廊下を進んでいた。
３人一緒。　その言葉が不思議な感覚を呼び起こす。
何故かは分からない。
けれど、悪い気はしない。

出会って２年。
彼等と供に居ることは、心のどこかで、酷く当たり前になっている。
何故かは分からない。
けれど、悪い気はしないのだ。

「レイ！」
「……」
シンが大声で叫んでいることに気付き、レイは無言で振り向いた。
「何の用だ？」
真っ直ぐ顔を見据え、機械的に問う姿に、シンは思わず笑っていた。
…何がおかしいのかは、さっぱり分からないが。

「レイもミネルバ配属だって、ルナから聞いて」
「…お前もだったな」
レイは至って普通に応えた。
でも普通の人間ならば、こんな時大抵、何故か怒るか落胆するかする。
ルナマリアだと、ツッコミを入れてくる。

けれど。

「これ、このインパルスってやつ。　あ、レイはなんだっけ？」
資料を手にシンは笑顔で告げた。
何の変化もなく、リアクションもなく、普通に。

レイはその資料の片隅を無言で指差す。
ブレイズザクファントム。　資料にそう記された機体。
「え？　これって指揮官クラスの搭乗機って…」
シンがさも不思議そうに言うと、レイはふっと視線をはずし、
「…メインパイロットがお前なら、妥当だと思うが」
至極普通にレイに言われて、シンは思わずずりコケそうになる。

あまりにマイペースなシンの態度は、…嫌いじゃない。
何故か分からないまま不可解な対応をされることには慣れているが、
こんな態度を取る相手は、シン以外知らない。
だから、
心のどこかで、少し、嬉しかったのかもしれない。

また、３人一緒なことは。

そして、
「また、くされ縁…かな」
シンははにかんでレイに手を差し出した。
その顔にレイは心底安堵を感じる。

パシっとその掌を打ったレイは、やはり無表情だった。

そして、その数日後。
進水式を数日後に控え、改めて艦の下見をしていたら、
突然出くわしたシンが、部屋の前で固まり付いていた。

SHINN ASUKA：REY ZA BURREL

部屋のネームプレートには、そう記されている。

同じ艦配属で、同じくパイロットでしかも同期で同性。
取りたてて驚く程の事態ではないのだが。

そのまま部屋に入ると、
部屋の両端にベット。　中央奥にはシャワー。　片隅に机がひとつ。
部屋の設備はそんな感じだった。
まぁ、兵士の部屋としては、広さも含めそれなりに良い待遇だと思う。

「明日からだっけ、ここで暮らすの」
「あぁ、…着任前に環境に慣れていなければ戦えない」
作業的に呟くと、レイはベット適当な片方のベットに近寄りチェックをする。

掛け布は思ったより防寒力はありそうだし、何より軽い。
マットもかなり快適に作られていて、疲労蓄積の心配はなさそうだ。
そんな事を考えていると、

カチャっと、唐突に無機質な音が響き、レイとシンは思わず瞬時に音源に視線を落とした。

床に転がったのは、ピンク色の旧式の携帯。
「あ…っ」
シンはバツが悪そうにそれを慌てて拾った。

どうも、見られたく無い物だったようだ。
なら、気にしないのが一番良い。

レイはその姿に何も言わず、またベットのチェックを再会した。
枕の高さも申し分無い。

一通りベットを見た後、デスクに目をやる。
端末の内臓されたデスクは二人部屋なのにひとつしかない。
だが、シンは端末に張り付いているタイプではないし、問題は無いだろう。
ふと横目にシンを見ると、
何か思い悩んだように俯いている。

何故かは分からないが、別に気にする気もなかった。
シンは、用があれば話しかけてくる。
話しかけてこないと言う事は、話したくないと言う事だし、
何より、良く分かりもしないそれを、気にする理由は無い。

自分の知らない、何があろうとなかろうと、
シンは、シンでしかないのだから。

バスルームのチェック後、シンを見ると、やはりまだ俯いていた。
その手には、先程落としてた携帯が見える。
ピンク色は中々男は持たない色だ、だとしたらシンのものではない。

何かはわからないが、
シンがこうなったきっかけが、『それ』にあるのだとしたら、
シンにとってそれは、何か意味のある物なのかもしれない。

一通りチェックを済ませ、レイは扉へ向う。
一向に動かないシンの姿に、レイは少し近寄り、
「どうした？」
ふいにかけられた声に、シンは思わず肩を震わす。
「部屋の確認は終わった、鍵をかけるから出ろ」
無感情な言葉に、シンは慌ててその言葉に従い着いて来た。

「あ、あのさ」
カードキーをドアのロックに当てていると、シンが小さな声で話しかけてきた。
「さっきの、あの、携帯のこと…」
やたらと言いずらそうにするシンに、レイは表情を変えることなく待った。
しかし、シンは続きを言わない。　レイは静かに肩を落とした。
そして、

「…お前の私物に興味はない」
一言言うと、レイはそのまま半重力の廊下の誘導ラインに手を当てた。
シンも後を追って来ているようだ。

何を気にしているのか分からない。
けれど、
シンが、こんな風に、
どこか塞ぎ込んだ態度を取る姿は、何故か良い気がしない。

何故だろう。
気持ちが悪い。

誰がどう、自分の言葉に対し、どんな態度を取っても構わないのに、

シンにだけは、
気持ちが悪いのだ。
そうされることが。

塞ぎ込んだままのシンにレイはたまらず振り向いた。
つられるようにシンは顔を上げる。

「…俺には分からない。　だが、…大切な物ならば、落とさないよう気をつけろ」

ぽつりと言って、そのままきびすを返す。
シンがおかしな態度になったのは、『それ』を落としてから。
だったら、原因はそれなのだろう。
なら、落とさなければ良い。

そのくらいしか分からない。

でも、それだけなら、分かる。

あれを落としさえしなければ、シンがいつものシンでいられるなら、
それが１番良い。

無言で廊下を進むと、

「おい、待てよ―レイ！」
声に思わず振り返る。

いつもの、声だ。　いつものシンの声。

何故か、溜まらなく安堵する自分が居る。

そして思った。
これからは、コイツと同じ部屋で暮らすのだ、と。

どうしてか、
ただ寝る場所が変わる程度の認識だったその事実が、
妙に感慨深く思える。

シン・アスカ。　その男と出会って２年。
議長から聞かされた単なる名前でしかなかったその存在は、
今では自分でも良く分からない特別な意味を持っている気がした。