2つのフランス


フランス人留学生「シュテファン・ジロ」フランスでの学会


 この年はまさに「フランスに始まりフランスに終わった」年であった・・・

 先ずはフランス人留学生「シュテファン・ジロ ( Stephane Giraud ) 」さん、について紹介しよう。生まれはおフランス、姉と弟との3人兄弟で僕よりも2歳年上の25歳(当時)。兄弟はいずれも秀才なのだが彼はその最たるもので、パリの大学を出た後、超超名門ケンブリッヂ大学に進み修士過程を修了。それらの輝かしい経歴をたどった後、何を血迷ったか日本に留学を希望し、我が慶應義塾大学博士過程に入学。 ま、ざっとはそんなところである。
 そんな彼が研究室を訪れたのは僕が学部4年の冬。何を話していいかも分からず、「Nice to meet you!」ぐらいしか話せなかった気もするのだが、見た目はベルマーレ平塚(当時)の「ロペス」とそっくり。つまりおおよそフランス人っぽくはなく、でも立派な外人さんの顔である。  と、その時には「留学生かぁ、すごいなぁ。」ぐらいで、その後にどんな恐ろしい事が起こるかなんて、考える余地もなかったのである、、、

 恐ろしい出来事は翌年の3月に起こった。なんと彼と同じ研究テーマになったのである!!!しかも2人で!!! ごく一般的な慶応大学生である自分は当然英語など操ることなどもっての他、会ったときの最初の挨拶が「Nice to meet you」ではお話にならない。これからいったいどうなるんだぁぁぁ。恐怖のGS-MBE装置は自分一人ですら満足に扱えない状況なのに、どうやって英語で説明すりゃぁいいのだぁぁぁ。英語ぉ???冗談じゃないよー。

ただただ悲壮に暮れる石川崇22歳の冬であった、、、


 なんだかんだ、ジローさん(←これはあだ名)はすっごく良い人であった。僕がとんちんかんな英語を言っても何とか理解してくれるし、しかも「そこは○○○を使うんだ!」(もちろん英語でだが)と訂正までしてくれてまるで英語の先生だ(僕が日本語の先生になることはない)。実験の合間には二人で単語テストを出し合ったりもして、なかなか楽しかったのである。
 しかし、そんなジローさんは困ったチャンでもあった。というのは彼、非常に「手が早い」のである。慶応に来て数ヶ月ですでに日本人の彼女をゲット、しかも日吉の図書館でナンパして捕まえたらしい。まさに恐るべしである。昼食はたいていジローさんと二人、学食でとっていたのだが、そんな場所でも必ず知り合いの(どこで知り合ったのだ?!)化学科や応用化学科の若い娘事務のおねーさんに声をかけ、一緒に食事をしたものである。ついでに真っ先に覚えてくる日本語は決まって「それ」関係の日本語(広辞苑には載っていないような・・・)ばかりである。一般的な日本語もそのぐらい熱心に勉強してほしいものだ。

 そんな彼も今は茅場町の「ドイツ銀行」で働くエリート社会人である。色々理由はあったのではあるが、、、中退して、その道を選んだのだ。研究室でジローさんと話すのは決まって僕か同僚の仮名C小松君だけで、時々寂しそうにもしていた。隣の研究室のベッドを見て、「アレハナンデスカ?」と片言の日本語で不安そうに質問していたこともあった。研究に対しても生活に対しても不安はたくさんあったに違いない。自分がどれだけ彼の力になってあげられたのか、、、

 とにかく今はジローさんが社会人になって、いったいどれだけの若い娘をナンパしまくっているのか、、、それだけが心配である。(うそ。ジローさんが楽しい生活を送っていてくれれば、、、ただただそう祈るのみです。)


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