転生ネタ。地味な話です。三成はいません……








自分の拳が相手の細い身体を打つ。
その衝撃は、死に至るほどの強さで臓腑にまで及んだのが、わかった。
相手の身体は記憶よりも筋肉が落ちていて、自分の拳を受け切れなかったのだ。
食に関心の薄い彼だ、まともに睡眠も栄養も摂っていなかったのだろう。
むしろその身体で今までよく刀を振るえたものだと場違いにも感心した。
彼は刀を取り落とす。その身体からゆっくりと力が抜けて、地面へと崩れ落ちる。
死に逝く瞬間の目と目があった。空虚な目だった。怒りも憎しみもなく、虚ろな絶望だけがそこにあった。

家康は叫んだ。いくな、と。
己が手で命を奪っておきながら、それでも、いくな三成、と叫んだ。
つもりだった。



そこで目を覚ました。
高校の校舎の屋上に家康はいた。いつの間にかうたた寝をしていたらしい。
目覚めは最悪だった。
それは夢とは思えない生々しさで掌に感触を残し、目を覚ました後も動悸が止まらない。
呼吸が乱れて苦しくて、起き上がることも出来なかった。

昼休みの終わるチャイムが鳴っていた。
わかっていても、どうしても身体を起こす気になれない。
寝転がって見る空はどこまでも青い。
秋の終わりの風に、寝汗が冷えて寒かった。
遠くで生徒たちのざわめきと、鳥の声と、校庭の木が風にさわさわと揺れる音が聞こえる。
平穏で平和でしあわせな、泰平の世。

(あの少年は、三成と……いうのか)



家康には、小学校に上がる前からたびたび見続ける、ある夢があった。
銀の髪に白い肌の無表情な少年の夢だ。
夢の中の家康は、彼と仲良くなりたいと必死なのだが
相手はいつもこちらに無関心で、思うようにいかない。

夢の中では自分も彼も、和服に袴、履き物は草鞋。
ときおり現れる大人たちも服装は同じ。
それらは小学生の家康には馴染みがないものばかりで、まるで別の世界でも見ているかのようだった。

不思議なことに、家康が中学・高校と成長するにつれて、夢の中の少年も成長していった。
そして徐々に仲良くなり、はにかむような笑顔を見せてくれるようにさえなっていた。
いつしか家康は、その夢を見るのが楽しみになっていた。



家康は夢の中で、少年と一緒に和風の大きな屋敷の中で竹刀を交えたり、素手での格闘術の稽古をしていた。
その夢の影響で、家康は剣道や柔道、合気道など数々の武術を学んでいたが、
高3の今は柔道部に所属し、全国大会に出るまでになっている。
大学の推薦も既に受けており、今後も柔道一本に打ち込むつもりだった。
中学の頃からの悪友である政宗には、何故、剣道部に来なかったと今でも問われるが、
夢の中で武器を捨てて素手で戦う主義になったから、なんて理由だとはとても言えなかった。



その楽しいばかりだった夢が、ある日を境にまったく違った様相を呈してきた。



幼いころから気になっていた少年が――今は青年というべき姿にまで成長していたが――
憎しみに燃えた目で、夢の中の家康を睨んでくるようになったのだ。
もちろん理由も夢で見た。
少年が心酔する男を家康が――殺したのだ。
夢を見ている家康は、自分の行動の理由もわからず苦しいばかりだったが、
夢の中の家康は考えがあるようで、いつも何かを必死に訴えて、説得しようとしていた。
もちろん少年は聞く耳を持たない。日に日に少年と家康の関係は悪化していくばかり。



そして今日の夢だ。
幼いころから想いを寄せていた相手を、自分の手で殺した。
一体何故だ。夢の中の己が理解出来ない。
身体を起こすと、両手で顔をおおった。
たかが夢だ、と自分に言い聞かせるが、あまりにも長いこと見続けてきた夢だけに割り切ることが出来ない。

ふと、近くに人の気配を感じて顔をあげた。
同じクラスの長曾我部元親が少し離れたところに立っていた。

「起きたか。コーヒーのむか?」

頷いて、差し出されたコーヒーの缶を受け取るとあたたかかった。
その温度に少し心がほっとした。

「ありがとう。あたたかい…な……」
「ああ」

前から、剛毅で面倒見の良い元親とは仲良くなれそうだと思ってはいたが、
何故か機会がなくて話したことはなかった。

「起きたか……って、もしかして見られてたのか?」

これを機会に友達になれるだろうかと思い、話しかけてみる。

「すげぇうなされたからな……起こしたほうがいいか、迷ったぜ」

元親は頭を掻いて苦笑した。
家康もあいまいに笑ってみせた。おかしなところを見られたと思うと、少し気まずい。

「なぁ……アンタ」
「ん?」
「さっき、その……」

元親が視線を彷徨わせながら話しかけてくるが、どうにも歯切れが悪い。

「ワシがなんだ? 恥ずかしいところを見られてしまったな」

家康は、内心の動揺を隠して軽く笑って見せる。
それに決心したかのように、元親は家康をまっすぐに見つめて尋ねてきた。

「アンタ、三成のこと思い出したのか?」



心臓を鷲掴みにされたような気がした。



何故、夢の中の少年の、「三成」の名前を。
何故、元親が。
何故「思い出したか?」なんて、まるで実在しているかのような質問を。



こたえることが出来ず、思わず家康も元親を見返した。
元親は黙っている。

既知感がした。
この男と、自分はかつて友達だったことがあったような気がする。
それは、そう、例えばあの夢の中で。
でもそれは、ただの夢。
夢の出来事など言われても、元親も困るだけだろう。
もしかしたら自分は寝言で夢の少年を呼んだのかもしれない。
そう考えると、誤魔化すように言ってみた。


「はは……ワシ、寝言でそんなこと、言ったかな……?」
「……」
「……」

「いや、……すまなかった。それは、ただの……夢だ」

元親は、話は終わりだと言わんばかりに立ち上がると、家康に背中を向けた。
校舎へ入る扉を開けて、最後に一度だけ振り返る。その顔はまるで怒っているようだった。

「三成は『いない』。夢なんか忘れちまえ」
「な……」
「いいか、忘れちまえ。アンタは自分が掴んだ泰平の世を……幸せに生きろ」

疑問が多すぎて言葉もでないうちに、会話は打ち切られた。

「……アバヨ、家康」


はっきりと聞こえたそれは、絶縁の言葉だった。
目の前で軋みながら閉まる扉。





途端に、奔流のように押し寄せてくる、記憶。

ああ。
ああ。
では、あの夢は。

夢ではないのだ。
夢だと思おうとしていた。
夢だと自分に言い聞かせていた。 自分の罪を認めるのがこわかった。

ワシは、泰平の世のために三成を殺したのだ。

おまえにこそ、この平和を見せたかったというのに。
一体ワシはどこで間違ってしまったのだろう。





(2010.08.30)

***



地味な話なのに長くなってしまいました、そして消化不良;ω;
ですがこれ以上、捏ねくり回しても大筋は変わらないだろうと判断して出してしまいます。
細部に関してはそのうち気が向いたら手を加えるかも。

三成死亡(家康・赤ルート)なら、アニキは家康を仇と思ったままで西軍ですね。
政宗・北条さんあたりは家康と同盟関係ですが、幸村も上杉周辺も西軍のはず。



家康さんが幸村のところに行った時の会話の噛み合わなさから、
家康さんの苦悩は、意外に不器用で背伸びした思春期のそれっぽいよね!と思った(いろいろ無視)
そうすると3の家康さんは15〜18歳くらい?(1〜2は12〜14歳で中学生以下)
そんな妄想と、「迷」書いていて
「本能寺から出られなかったら、迷い込んだ者は永遠に戦い続けるのかなー?」
なんていう某サイレン的な想像から出来た話↓の、さらに派生話。

三成はたぶんどこかの無間地獄で永遠に戦い続けてますので、転生しませんでした。
ツンデレ守護霊ミヤコちゃんはお市でもよし刑部でもよし、いっそ能力的に鶴ちゃんあたりでもよし。
(ミヤコちゃん=三成、SDK=家康さんでも良かったかな。っていうかこのほうがぴったりだ。)
(それだと家康さんはしあわせそう。)
そんな話を書こうかと思ったのですが「迷」とほとんど変わらないのでお蔵入りです。



家康さんの歳は迷うところ。あの落ち着きと貫禄は20台前半でも後半でも良い。
三成とはだいたい同い年か、三成のほうが1〜2歳上かな。