時間軸は適当です。二人が仲良く酒を飲めるような。








部下に祝い事があったので、部屋で寿ぎに軽く酒を飲んだ。
内輪の小さな祝いであったはずなのに、随分とたくさんの銘酒が持ち込まれ、
帰る部下たちに一部を持たせたあとにもかなりの数が部屋に残された。

人が去ったあとの部屋はことさら静かだ。柄にもなく寂しい気さえする。
手をつけたものだけでも空にしようと、そのまま夜風に当たりながら、
ひとり手酌していると、何故か三成がツマミを持って部屋に入ってきた。

「おお三成、気がきくなぁ」

ほろ酔い気分で手招きする。
それに人が来たのが純粋に嬉しくて、笑顔で横に座るように促す。

「廊下で貴様の部下に手渡されただけだ。この部屋に来るつもりではなかった」

招かれて隣に座った仏頂面が、ぷいとそっぽを向く。

そういえば部下が退出するときに、ついでにつまみになるものを頼んだ気がする。
だけど部屋の配置上、三成がワシの部屋の前を通りがかるなんて偶然があるだろうか。

そんな疑問が浮かんだが、酔った頭でもそれは口に出さない方がいい気がした。
代わりににっこり笑ってみせた。

「三成も飲むか。いい酒らしい」
「良さなどわからん」

そういいつつも、家康が干した杯を差し出すと素直に受け取った。

三成と酒を酌み交わすのはこれが初めてだ。
どれくらい飲めるのだろうか。
ちらりと悩んだが、畏まった場でもないし、飲めないなら残すだろうとその盃になみなみと注ぐ。

「手酌はつまらんぞー」

三成は舌打ちすると、盃を一気にあおった。
潔い飲みっぷりに感嘆する。

「酔っ払いめ」
「三成はイケるくちか」
「貴様ほどではない」

盃を返され、律義にさっき注いだのと同じだけの酒が満たされるが、
ひとりで大分飲んだあとだったので、さすがに一息に飲むには多すぎた。

家康は失礼にならない程度に口をつけて盃を置くと、
酔っ払いの無遠慮さで三成をまじまじと見つめた。

白い肌にぽっと血の気が射して、目元が赤い。耳先やうなじが赤い。唇がやけに紅い。
やたらと艶めいて見えるのは、恋する男の欲目だけではないだろう。
三成はこうも綺麗な酔い顔をするのか、と見惚れた。
こちらを向いていたその綺麗な顔が不意に逸らされる。

「家康」
「なんだ?」
「あまり見るな」
「……なんでだ?」

普段の気づかいを忘れて、家康は素朴に問い返す。
桜色だったうなじがさらに上気して、薔薇色に染まるのを見て無意識に手が伸びた。
頤に手をかけて、逸らされた顔をこちらに向ける。

「――ッ? いえやす?」

驚きに見開かれた目が家康を見ている。
薔薇色に染まる頬に、薄く開いた唇。

ああ、本当に綺麗だ。

その顔を目に焼き付けるように見つめてから、
口づけしたい衝動をこらえてその身体を胸に抱き込んだ。
抱きしめるだけならいいよな?と身勝手に決めて。

「三成は、きれいだなぁ」

ふふっと小さく笑う。

「そのようなこと……誰にも言われたことがない」

腕の中の身体が、居心地悪そうに身じろぐ。
その髪を撫でるとさらさらと感触が気持ち良くて、何度も何度も撫でた。

「ワシはずっとそう思っていた」
「……そうか」

酔っ払いの戯言と思ったのか、いつもの刺々しい言葉は返って来なかった。
代わりに三成の身体から力が抜けて、寄りかかられる。

こんなに素直に身を預けてくる三成なんて、夢じゃなかろうか。
そんなことを考えていると、ふわふわした酔いの感覚が手伝って本当に夢のような気がしてくる。

「夢でもいい。三成がこんな風にワシの腕の中にいるなんていい夢だ」

いつのまにか、思っていたことを口にしていたのに気がつかなかった。
胸の中に居た身体が、突然がばっと身を起こす。
天地がひっくりかえるような感覚がして、気がつけば三成に押し倒される形になっていた。

目の前の三成の顔が、唇をかんで睨みつけてくる。
いつもなら怒っていると思うその顔が、
今は不思議と、照れくさいのを誤魔化すために睨んでるのだとわかった。

「夢だと言うのか」

いや、やはり怒っているのか。低い声でそう問われた。
それでも、三成は怒っても睨んでもきれいで、どうしても歯止めがきかなくなった。

「ああ、夢みたいだ。ワシはしあわせだなぁ」

しあわせでしあわせで三成を抱き寄せて、噛みしめられた唇に何度も触れるだけの口づけを繰り返した。
そうしているとかたくなに閉じられていた唇がうすく開いて、招きいれられるように深い口づけに変わる。

三成が自分を受け入れてくれた。そう思うと家康の胸になんともいえない甘いものがこみあげる。
息が出来ないくらいにむさぼりあって、唇が離れるのに名残り惜しささえ感じた。

「夢では、ない」

荒い吐息の中で三成がささやく。

そう、夢ではない、三成がワシの腕の中に居る。
――ああ、ワシは順番を間違えた。まだ一番大事なことを言っていなかった。

「三成、ワシはお前の事が――」

好きだ、という言葉は音にならずに口づけの中に消えた。





(2010.09.09)

***



これでも家三。