三成・赤ルートED。
目の前に横たわるは、かつての友人。
己が殺した。この手で殺した。
ずっとずっとこれだけを望んで生き続けてきたはずだったのに、
亡き主の仇を討ったと快哉を叫んで、この胸は晴れ晴れとするはずだったのに、
胸に残るのは圧倒的な虚無感ばかりで三成を打ちのめした。
これは何だ。この感情は一体何だ。
刀をその場に投げ出して、横たわる友人の横に膝をつく。
家康の顔は穏やかで、今にも起き上がってまたあの笑顔を見せてくれそうな気さえした。
「起きろ、家康。そして私にもう一度殺されろ。」
襟首をつかんで揺さぶるが、もちろんその身体は動かない。
最後に見たのは雑賀の里で会った時だろうか。
この男の顔をまともに見たのはあれ以来か。
憎んで憎んで焦がれ続けた日々の中、繰り返し思い出したのは、
小雨の降るあの夜の、去りゆく姿ばかりだった。
なのに今は、この顔を見ていると胸に懐かしさがこみあげて来る。
幸せだった頃の記憶が昨日のことのように思い出された。
秀吉様がいて半兵衛様がいて、そして隣にお前がいた。
何故あのままではいられなかったのだろうか。
わたしは何を間違ったのだろう。
否、間違ったのか。お前を失うのか。
秀吉様を失ったあの時の苦しみと哀しみを、わたしは自らの手でもう一度招いたのか。
顔を覗き込んで頬に触れると、まだあたたかかった。
まるでまだ生きているかのように。
だがこの目は、もう二度と開かれることはないのだ。
不意に、視界が滲んだ。
反射的にまばたきをすると目からぽろぽろと雫が落ちて家康の頬に滴る。
わたしは泣いているのか、と三成は他人事のように思った。
わたしは悲しいのか、この男が死ぬことが。この男を失うのが。
本当は、わたしはこの男を失いたくなかったのか。
目を背け続けた自らの真意に思い到って、三成は茫然とした。
と、動かないはずの目の前の男が、にこり、と笑った気がした。
それと同時にみぞおちに強い衝撃を受け、状況も理解できぬまま三成は気を失った。
「あいたたた……これは……良く生きてるな、ワシ」
崩れ落ちた三成の身体を抱き支えながら、家康はゆっくりと身を起こした。
強く撃ち過ぎなかったかと三成の脈を確認した。息もある、大丈夫。
お互いに満身創痍のこの状態で、もう一度意識を取り戻せた己の生命力に感謝した。
「ワシは死ねないなぁ……ワシが死んだら、三成が泣くからなぁ」
銀糸の髪を掻き上げて、頬を伝う涙や口元の血を拭ってやる。
きっと憎まれ恨まれて永遠に許されないだろうと思っていたのに、
この涙は家康のためのものだ。三成は自分のために泣いてくれたのだ。
最後の絆は、まだ切れていなかった。
ならばこの絆を手繰って、己がつけたその深い傷を、他ならぬこの手で癒したい。
たとえわずかでも望みがあるなら。己は決して諦めない。
(2010.09.15)