アニバサ最終話のその後妄想。
秀吉公が死んだ。半兵衛殿も生死不明。
家康のもとにその報告が届いたのは空が夕暮れ色に赤く染まり始めた頃だった。
(三成は……大丈夫だろうか。)
最初に報告を受けた時、家康が真っ先に考えたのは彼のことだった。
「忠勝、ちょっと遠いが三成のところまで飛んでくれるか?」
家康の言葉に、キュイーン、と機械音が了承を返す。
「ありがとう、頼むぞ忠勝。」
家康は全軍に撤退命令を出すと後は任せて、忠勝に乗って単身北へと向かった。
豊臣・徳川の混合軍ではあったが古参の臣がうまく束ねてくれるだろう。
(残念だ、秀吉公。あなたの作る国を見てみたかった。)
秀吉と半兵衛の掲げる、圧倒的な力による支配。
統率する過程において多くの血を流すその手法は、
一国の統治者としては手放しには賛同出来ないものではあったが、
日ノ本という大きな枠組みをさらに超えて、世界に通ずる強き国、という視点には興味を引かれた。
家康も戦国の武将、あの圧倒的なまでの強さの軍に魅せられる部分がなかったわけではない。
一体どのようなものを作り上げるのか見てやろう、という物見高い気持ちもあった。
だがそれが志半ばで潰えるとは。
強き国、をこの目で見られなかったことを家康はただ残念に思った。
しかし、たったひとり遺された豊臣の遺児は。
秀吉の強さを信じ切って迷うことなく己を豊臣のための一振りの刀としていた彼は。
家康が三成を見つけたのは薄暮の森の中だった。
越後からかなりの距離のその森を、たったひとりで走る姿を上空から見つけて、彼らしい、と思った。
きっと報告を聞いて、取るものも取り合えず走り出したのだろう。
三成が率いていったのも豊臣・徳川混成軍だが、
彼の部下ならこういった事に慣れているだろうからそちらの心配も今はしない。
「三成!」
家康が上空から大声で声をかけると三成は足を止めた。
忠勝から飛び降りて近寄ると、背を丸めてぜいぜいと肩で息をしているのがわかる。
顔を上げないまま三成が独り言のように小さく言った。
「家康、秀吉様が」
「ああ。聞いている。」
「秀吉様、が」
「……」
「半兵衛様も」
「ああ。」
家康は彼のこんな弱々しい声を聞いたのは初めてだった。
かけてやるべき言葉も見つからず、揺れる肩をただ見つめる。
やがて呼吸を整えた三成が顔を上げ、家康と目を合わせた。
その表情に家康は息をのむ。
(――なんという表情をする。まるで、幼い子供のようだ。)
初めて会った頃から常にまとっていた、刃のような鋭さが払拭されたその顔は、
今までに見たことのない表情を浮かべていて、心細さに揺れるその目が家康の胸をついた。
と同時に自分の鼓動が速くなったのを自覚して、こんなときに自分は何を、とひそかに狼狽する。
「家康……」
三成が近寄ってきて、家康の服のすそをぎゅっと握った。まるで縋るように。
「わたしは……どうしたら……」
寄る辺ない子供のような様子に、これは泣きたいのに泣けない顔だと思った。
あれほど自分の感情に素直な三成が、素直に泣くことが出来ないというのは意外だった。
だが慰めるためとはいえ容易に触れるのは躊躇われた。
己の中に邪な想いがあるのを、家康は既に自覚していた。
「三成……」
三成の真っ直ぐな目が家康を見つめている。家康に答えを求めているのだ。
どんな形であれ頼られていると思うと、躊躇を忘れて無意識に手が伸びた。
三成を抱き寄せて、その顔を自分の肩に押し付ける。
「三成、哀しいときは泣いていいんだ。ワシはここにいてやる。」
「哀しい? ……わたしは、哀しいのか……」
子供にするように、背中をぽんぽんとあやすように軽く叩く。
しばらくそうしていると、やがて腕の中の身体が震えながら小さくしゃくりあげるのが
聞こえて、少しほっとした。そのまま背中を撫でてやる。
(哀しいのか、だって? お前は……)
何と不器用な、と家康は思った。
そういえば、罵詈雑言は簡単に吐けるのに、他人の好意に対しては無言で返すことが多かった。
三成はこんな生き方だから、好意を向けられることも、それに何らかの形で返すことも慣れてないのだろう。
きっと悲しみも形として表すことが少なかったに違いない。
人づきあいが下手で、本当に不器用で、そして何と愛おしい。
そんな風に思いながら背中をなでてやっていると、
ひとしきり泣き終えたのか、三成にうわずった声で名を呼ばれた。
「家康」
「なんだ?」
「貴様は、ずっとわたしの傍にいるな?」
背中をなでていた手が思わず止まった。
「……秀吉公を失った以上、豊臣の名の元にいるわけにはいかないが」
腕の中にある身体をそっと押しやって、顔を覗き込んで反応を伺う。
泣いた後の、まだ涙の残る赤く潤んだ目が、豊臣の名を出しても怒りもせずに見返してくるのを見て、
ずっと言えなかった言葉を、今なら言えるかもしれないと思った。
(秀吉公、あなたの忠臣を貰い受ける。)
胸の中でこっそりと呟くと、家康は口を開いた。
「秀吉公の掲げた強き国をこの手で作ると誓おう。三成、ワシについてきてくれるか?」
三成の瞳が微かに揺れて、そして頷くのを、家康は歓喜と共に見守った。
「秀吉様の掲げた強い国を……家康と、わたしで。」
その言葉とともに淡く微笑むのを見て、無意識に身体が動いた。
微笑みを形作るその唇に、己の唇でそっと触れる。
触れたのはほんの一瞬で、その一瞬で我に返り、照れ隠しにその身体を抱きしめた。
三成の腕が背中にまわされ抱きしめ返されるのを感じて腕に力をこめる。
手に入らないと思っていた腕の中のぬくもりが、とても愛おしい。
お前の望む世をこの手で作って見せよう、と家康は強く心に誓った。
(2010.09.29)