アニキ緑ルート大阪冬の陣の後捏造。アニキはふたりの保護者。
文字にしてみたら、カプ色がほとんどなくなったけど家三と言ってみる。








「俺は東軍の本陣に引き上げる。いろいろと報告しなくちゃならねぇが――いいよな?」
元親の言葉に、三成はうなづいた。

勝敗は決した。石田三成は長曾我部元親の前に膝を屈した。
軍を率いる将である二人は、いまだ臨戦態勢にあるお互いの軍を引かせて戦を終わらせなくてはならない。
そののちには敗者と勝者としてのけじめ、戦後処理の取り決めを。

「私も行く」
「……今からか?」
「もちろん」

一見、三成は穏やかだった。
直前の戦いの間に見せた鋭さと苛烈さと苦悩は影をひそめ、元親をまっすぐに見上げる目もどこか柔らかい。
こんな男だとは思わなかった。
噂では、敵には情け容赦なく皆殺しさえも厭わない男と聞いた。
言葉を交わせば居丈高で傲岸不遜。初対面での第一印象は最悪と言っていい。
しかし言葉を重ねていくうちに、その物言いは飾らない本音がそのまま言葉となったものだとわかった。
(三成は不器用だ、裏表がなく自分を取り繕うことが出来ない。まっすぐで純粋で、損な生き方をする男だ。)
家康は三成をそう評していた。その評価は正しい、と元親は思った。

信頼していた親友に裏切られ、自らも裏切りの一端を担ったという事実を知った三成は、敵軍の元親の前に膝を屈した。
その悄然とした姿にそこまで裏切りを嫌うのかと元親は驚いた。三成自身は事実を知らなかったというのに。
その彼が敵軍の総大将のところへ元親と共に行くという。
あれほど憎む主君の仇の元へ、さらに膝を屈して負けを認めるために。
仇の前に敗軍の将として立つことがどれほど屈辱的か、元親には想像もつかなかった。

「いいのか、その……」
「なんだ」
「……気持ちの整理、とかよぉ……しなくて、いいのか……?」

彼にとっては大敗の直後なのだ。信じていた者に裏切られ、喪ったあとなのだ。
親友の刑部の裏切りを知って、悲痛にゆがんだあの時の顔が忘れられない。
だが三成は不思議そうな顔をした。

「何を整理するというのだ。私は私だ、時間を置いたとて変わるものも薄れるものもない」

元親は言葉を失った。

変わらない?
秀吉を討った家康への憎しみが色あせなかったようにいつまでも鮮やかに?

しかし今、三成の顔に家康の裏切りを憎み、慙愧に燃えていたような怒りの表情は浮かんでいない。
彼の性格を考えて、家康の仕打ちを忘れたとも、刑部の裏切りをあっさり許したとも思えない。
だが彼を裏切った刑部は、怒りをぶつける相手は既にいない。
自らが関わってしまった裏切りと共に、家康への憎しみも胸の奥に飲み込んでしまったのか。
その怒りも憎しみも消えたわけではないだろう。
もしかして三成はぶつける相手のいない憎しみを表現出来ないのだろうか。
その無表情はやりどころのない怒りや哀しみを表現できないゆえか?
そうやって、薄れない怒りや哀しみを無表情に抱き続けてきたのか。そしてこれからも抱き続けるのか。

家康があれほど気にかけていたわけが今わかった。なんという不器用な男だろう。
誤解を受けることも多かったろうが、本人にはその誤解を解く気がない。
傷つかないわけでは決してないがうまく立ち回ろうとするには、三成は不器用すぎるのだ。
かけてやるべき言葉が見つからず、ためいきをひとつつくと、目の前の銀色の頭をくしゃりと撫でた。子供のように。
そして元親は身を翻す。
三成が部下たちに兵を引く指示しているのを背中に聞きながら、
東軍の武将たちに三成の助命をどうやって乞おうかと思いをめぐらせた。





郊外に設えられた仮設の東軍本陣には、総大将として座っている家康の左右に、東軍所属の武将がずらりと顔をそろえていた。
石田三成は西軍の総大将であり、この大坂城での戦いが最後の決戦となるかもしれなかったのだ。
家康は総力を集めて大坂城を包囲しながら、その戦いの先鋒を元親にゆだねてくれた。そのおかげで真実を知ることが出来た。
友人の心づかいが嬉しかった。
そして三成を思いながらも、総大将としての責任から最前線に立てなかった友人の心情を慮った。

「――っつーわけで、残すは毛利の野郎だ。」

元親が説明を済ませて今後の進軍について話しているところで、陣の案内役が三成の到着を伝えにきた。
家康がうなづく。

「通してくれ」
「はっ、武器を帯びていますが、武装解除は」
「そのままでいい」
「は……はっ」

案内役に伴われて三成が陣に入って来る。
敵対し続けてきた友との相対に、家康の顔に歓喜が浮かぶのを、元親は見た。
三成は無表情のままだった。心なしか顔が白い。居並ぶ武将たちにひるむことなく家康の前に進み出る。
剣の間合いよりも遠い距離で立ち止まると、腰の刀をはずして床に置く。そしてさらに下がった、刀に手の届かない場所まで。
そこで三成は正座して居住まいを正し、深く深く頭を下げた。
居並ぶ武将がかすかに驚きの声をあげた。あの凶王が……と誰もが思ったに違いない。

「三成」

とまどいを込めて家康が彼を呼ぶ。彼は手をついたまま顔をあげて、背をしゃんと伸ばすと声を張り口上を述べた。

「わたくしは西軍総大将、石田三成。これなる長曾我部殿の寛大な御心に命を救われ、御前に罷り来します。 敗残の将として御前を汚しますことをお許しください。そして、あさましくも、東軍総大将殿にお願い申し上げます。 わたくしに付き従った軍勢のおおもとは豊臣の民。この地は亡き豊臣の地。なにとぞ豊臣の民に寛大な御処置を。すべての罪はわたくしにあります。 わたくしの首一つで全てを贖えるなどとはゆめ思いませぬが、東軍総大将殿の寛大な御心にすがり、あさましくもお願い申し上げます――」

(豊臣――)

そのために彼は来たのか。
臣下の居並ぶ中で旧敵に頭をさげて、自分の命と引き換えにしても、亡き主君の遺したものを守りたいのか。
大坂城に配備されていた天君戦車を思い出した。あれも豊臣の、秀吉の。
そして秀吉を斃した家康にむかって、秀吉の遺したものの救済を乞う不器用さを、元親は切なく思った。
あの無表情さはそのための決意だったのだ。
家康も同じ思いを抱いたのだろう、三成を見る目は悲しげだった。

「三成」
「あー…俺からも頼む、家康。兵たちに罪はねぇ……石田もこうして頭下げにきてるんだし、石田も……なんとかなんねぇか……」
「元親……ワシは前にも、東軍全軍に言ったが降ってきた軍はなるべく安堵するつもりだ。三成も例外ではない。軍そのものは解体しなくてはならないし、減封も覚悟はしてもらうが……秀吉公の残した強兵は、その後に編入される軍を強くしてくれるだろう」

居並ぶ東軍武将は誰も異を唱えなかった。
既に天下は実質的に徳川のものであり、それを勝者として勝ち取った家康の決めたことを覆す者など誰もいない。
また家康が、敵対してもなお旧友の三成に心を砕いていたのも広く知られる話だった。

「ありがとうございます……家康、さま」

三成は再び頭を下げた。
西軍総大将・石田三成が、徳川の下に降った瞬間だった。





なんだか見ていられなくなって、元親はそっと陣を出た。
なんと不器用な男だろう。あんな男を何年も間近で見ていた家康は、一体どんな心持ちだったのだろう。
自分ならば見ていられない。
そして天下という大義のために、その男の心の支えを奪う。それはどんな決意と覚悟だったろう。
むきだしの心が傷ついて血を流し、絶望しながら死んでいく様が目に見えるような気がした。
だが、三成は生きている。元親が死なせなかった。
あのまま、何もかもに裏切られたまま三成を死なせたくなかった。
本質は変わらなくとも、生きていればいつか何かが変わるはずだ。
いや、変わって欲しい、という願望か。
余計なおせっかいかもしれないが……それでも、いつか。


生きていれば、いつか。
失ったものはかえってこないから。


元親は新しい友と古い友の幸せを祈り、可愛い部下たちの冥福を祈り、しばしの間そこに立ち尽くしていた。





(2010.08.20)