「くず」もちとか「くず」きりの、くず。豊臣傘下の同僚時代妄想
夏の強い日差しが世界を白く焼いていた。
立ち昇るかげろうが、景色をゆらゆらとゆらめかせる。
くらりとめまいを感じた三成は、実家で受け取った書付を持ち直すと心持ち足をはやめた。
三成は一年のほとんどを城勤めで過ごす。
滅多に帰らない実家はまるで他人の家のように感じられて、城の方が「帰る」という感覚が強い。
暑い。
辿り着いた屋内に逃げ込んでも、息苦しいほどの熱気が風もなく淀んでいた。
こんな気候では兵士たちの調練どころか、日々の雑務すらもままならないのだろう。
城の中は人影もまばらでどこか閑散としていた。
避暑にでも出ているのか、家に帰ったか。
暑い。
城の中の一角に与えられた自室に戻ると、入口の前で番を務める兵士から、客人をお通ししてあります、と短く報告を受けた。
(またか)
名前は聞かなくてもわかった。
何を気に行ったのか知らないが、ここしばらく三成のもとに足繁く通う男がいる。
この暑い中を……と三成は溜息をつきたい気分になったが、会いたくないわけではない。
実家からの書付を渡してしばらく人払いするよう指示すると、慎重に戸を閉めながら部屋に入った。
三成は自室として執務室や客間など複数の部屋を与えられており、風を通すために各部屋の戸は開け放たれていた。
それを無意識に閉めながら、奥に進む。
一番奥の部屋の窓辺で「客人」はくつろいでいて、三成に気がつくと彼は満面の笑みを浮かべて迎えた。
「おかえり三成。さぞ暑かったろう」
「……わたしの部屋でお前が言う言葉か、家康」
「待ってたんだ、おかえりでいいだろう?」
にこにこと人なつこい笑顔に悪い気はしなかった。きっと自分はこの笑顔が好きなのだろう。
三成の交友関係で、こんなタイプの人間ははじめてで戸惑うことが多い。
それが存外、居心地の良いものだと気がついたのは最近のことだった。
家康が近くに座るよう手招きする。
招かれるままに傍に座ると、家康はわきの小卓から小皿を取り上げた。
皿の上には、透明なやわらかそうな何かが乗っている。
「葛だ」
「……葛」
「酢醤油で食うことが多いんだが、蜜をかけると旨いと聞いて試してな。旨かったんだ。
そしたらお前が思い浮かんで、食べさせてやりたいと思った」
食べてないんだろ?と責めるでもなく言われる。
確かに、ここしばらくの暑さで三成の食はいつも以上に細っていた。
自己管理がなってないとは思われたくなくて、あいまいにうなづく。
家康はなにやら嬉しそうに匙で葛をひとすくいすると、身を寄せてきた。
手づから食べさせる気か。
わたしは子供ではないぞ。
「自分で食べられる。匙をよこせ」
「食べさせたいんだと言ったろう?」
にこにこと笑顔を崩さない家康に、三成はあっさり折れた。
この笑顔に弱い。そんな自分が一番気恥かしい。
口を開けると匙がそっと寄せられる。
この男は身体も手もごついくせに、そんな仕草はいつもひどく優しい。
鍛えればそれだけ逞しくなるその身体を妬ましいと羨んだこともあったが、
いつの間にかそんな感情はどこかにいってしまった。
匙を食む。
つるりと舌の上をすべる感触は、冷えてないのに涼感を感じさせた。
あまい。
三成は目を細めた。
ふと見れば、家康は笑顔のままじっと三成を見つめている。
「なんだ」
「ん」
「何を見ている」
甘露を飲み下して三成は尋ねた。こたえはない。
しゃべりながら唇に蜜のべたつく感触が残っているのを感じて、ぺろりと舐める。
三成を見つめたまま、家康は小皿を卓に置いた。
ことりと小さい音がとても遠く感じた。
家康の左手が、三成の右の二の腕をつかむ。その手は汗ばんでいて、ひどく熱い。
右手が頬をなで耳朶をなで、後頭部にまわされる。
近づいてくる顔が恥ずかしくて、目を閉じた。
手が、吐息が、そっと触れてくる唇が、熱い。
強く引き寄せられてもいい、と思うのに、こんなときまでこの男の気づかいはひどく優しい。
はなれた唇が、かすれた声で小さく「あまい」と囁いた。
(2010.08.23)
***
手土産に風鈴も持ってきたのに家康さんは出せませんでした。
城は伏見あたりを想定。見取り図だと三成の区画は結構広く見える。
三成が政務を執ってた、蟄居直前に立てこもった平城。
その後家康が占拠しちゃうところ。