「理科教育に思う」  
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3年ぶり「理数大好き ファラデー塾」 
 コロナで中止していた「ファラデー塾」、開講から16年目の夏、南阿蘇村図書館から依頼され、第7波が襲う中、人数を大幅に制限しながらも賑やかに実施できました。3年ぶりの実施となり、科学の実験に子ども達が喜び驚く様子を見る事が出来、とても楽しみました。
図書館のスタッフの方々、手伝いに来てくれた高森高校の生徒の皆さんありがとうございました。

「震災遺構」

熊本地震で甚大な被害を受けた東海大学農学部が
震災遺構として残されました。
修学旅行等の訪問者も多く、案内をする機会が得られ
これまでの経験や知識を生かせますし
多才なガイドの方々にも出会え、学ぶことも多く感謝しています。
近年は天災が絶えず、 
それに加え新型コロナが何波も襲っています。
この困難を乗り切るためにも
自然の事物・現象について理解を深め、
科学的な見方や考え方を養う
理科教育の充実が必要です。

「日々に新たなり」


マイクロビットで動く
四足歩行ロボット
30年くらい前、私が勤務していた中学校には
韓国、英国、環太平洋の教員団などから情報教育の視察訪問があった。
ところが硬直化した日本は今ではICT後進国とまで言われる状況にある。
2020年、猛威を振るう新型コロナウイルスで長期の閉校が強いられ
オンライン授業やテレワークが叫ばれるものの、ほとんどの学校が
設備もノウハウも乏しく効果的な利用が出来ないでいる。
2020年、遅ればせながら小学校でもプログラミング教育が始まった。
そのためのテキストを作成し村内の先生方に提供した。
コロナ禍により社会構造は大きく変わるだろう、
先生方は手探りの状況ではあるが、
子供たちの可能性を広げ、情報社会で活躍できる人材を育てて欲しい。


マイクロビットで釣りのシミュレーション

学生達に感謝
平成28年度末をもって10年の大学の非常勤講師を終了しました。
病気で最後の授業まで務められなかったのが心残りでしたが全国各地から阿蘇に集まった素晴らしい学生達に感謝します。
出会った皆さんの活躍を祈ります。




「理数大好き ファラデー塾」 10年目
 ファラデー塾開講から10年目、「南阿蘇えほんの国」から講演を依頼されました。
南阿蘇は地震で崖崩れ、停電、断水と被害も甚大で復旧に追われていた時ですので、明るい光を届けようとイルミネーションLEDを点灯させるミニスタンドを作りました。
 子ども達には「この灯りのように周囲を明るく照らすような人になって欲しい」
ファラデーの言葉を借りて最後をまとめました。



「熊本地震」

平成28年4月14日、日奈久断層が動きM6.5の地震が発生し我が家も震度5の揺れがあり、そして16日には布田川断層が動きM7.3、震度6強の地震に襲われました。
布田川日奈久断層のことは授業でいつも話していましたがまさか今動くとは思ってもいませんでした。幸い我が家は小規模の損壊ですみましたが旧長陽村は甚大な被害を受けました。 国道57号や325号線にJR豊肥線などの主要幹線も崩壊しました。
東海大農学部周辺の被害は特に大きく鹿児島から来た私の昨年の教え子も亡くなりました。阿蘇校舎が使えなくなったため7月から大渋滞の二重の峠を通り熊本キャンバスまで通うことになりしかも7回の休講を補うために4時間半の連続授業でヘトヘトになりましたが、倒壊したアパートの下敷きになりながらもギブスに入ったまま受講している学生もおり、彼の顔を見るに頑張らなければと思いました。
私は70歳を迎え非常勤講師も終わりましたが観光を生業にしている方々には厳しい状況が続いています。一刻も早く復旧もされ、再び学生達も帰って来る事を願うばかりです。


 南阿蘇村は「世界ジオパーク」にも指定されているように教材の宝庫で、次のような目的で「地学巡検」の案内もしていました。(右は地震前の写真)

@写真では得られない大な時間的地理的スケールを感じ取る
A学習の導入や補充とし、理科への興味関心を高める
B地震による地殻変動等を見、自然の猛威を実感し防災教育に役立てる。
C素晴らしい景観を持つ郷土を再認識させる。

布田川断層が走る

阿蘇大橋
    
俵山から立野方面 杵島岳から立野火口瀬 杵島岳から赤瀬方向 烏帽子岳(山頂が崩落)
国道57号とJR豊肥線 黒川(阿蘇大橋が落ちる) 黒川(大規模な崩壊) 鮎帰滝(周囲が崩落)



「内憂外患」
地震・噴火・原発・領土・借金財政・反日と内憂外患の日本、
最近「・・・平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して・・・」が空しく聞こえるようにもなりました。
声を荒げ、拳を挙げ、札束をちらつかせ、力でねじ伏せようとする恥ずかしい国民にはなりたくないですね。
国家百年の計は教育にあります。
戦後の教育により、どこの国よりも平和を愛し優しく善意に満ちあふれた子ども達が育ち素晴らしい成果です。
しかし、それだけではまだ足りない教育があります。

このままでは日本の将来が危ぶまれまれます。




「HU-B ロケット発射」

  2013年8月4日、早朝4時48分に宇宙ステーション補給機「こうのとり4号」を乗せたHU-Bロケットが種子島宇宙センターから打ち上げられました。ロケットの打ち上げを一度は見てみたいと願っていましたのでこれを機会に種子島まで出かけ、宇宙ヶ丘公園から眺めてきました。
 東の空が突然輝き、閃光とともに真っ白くとろける様に輝いた火球がスーッと上昇、それに遅れて地響きのような轟音が伝わってきました。それはもう人工物が発した現実の光ではなく夢の中の出来事のようでした。日本の科学技術はやはり大したものです、予告通りの日時に打ち上げられ宇宙ステーションとドッキングしました。

「光陰矢の如し」

 金環日食(2012.5.21)、金星の日面経過(6.6)と今年は天体ショーの当たり年との事であった。
1987年9月23日に当時小学6年の長男を連れて沖縄へ金環食を見に行きました。早いものでその息子は既に父親になっています。
今回の日食ですが、九州地方はあいにくの曇天、我が家からは諦めていましたが辛うじて見ることができました。金星の日面通過は午前中は学生に、昼は村内の小学生に観察させる事ができました。理科好きの子ども達が育つことを願っています。
 

  
「少年老い易く学成り難し 一寸の光陰軽んずべかず」
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「オリオン座」

 冬の王者オリオンは均整がとれ大変美しい星座で子どもの頃一番早く覚えた星座のような気がします。写真は私が撮りましたが鳥が翼を広げたような形をしたオリオン座の散光星雲M42です。三つ星のすぐ下にあり双眼鏡でも十分に楽しむことができます。
オリオン座のM42では次々と新しい星が誕生していますしリゲルのように今を盛りに青白く輝く星もありますが、一方ベテルギウスのように終焉を迎えつつある赤い星もあります。
最近このベテルギウスがいつ超新星爆発を起こしてもおかしくないと放映されていたが、何か日本の現状と重なって仕方ありません。
星は重さにもよりますが中心の水素を燃やし尽し寿命が近づくとバランスが崩れ大きくふくらんできます。表面の温度は下がっていき、色は赤くなります。つまり赤色超巨星となります。この赤色超巨星は最後にはとてつもない大爆発を起こし天空に輝き周囲のガスを吹き飛ばし一生を終えます。
 日本は貧弱な政治、安易な教育、無責任なマスコミのため、逞しいエネルギーも求心力もなくなり図体だけのスカスカになった赤色超巨星の状態です。大爆発を起こす前に新たなエネルギーと求心力をを見いださなければなりません。それには夢に向って前進する活気溢れる若者の力が必要です。
200mm望遠をタカハシEM10でガイド

「教育課程」

 「国家100年の計は教育にあり」とも言いますが、最近つくづく実感しています。人的資源以外にない我が国の場合、科学技術の遅れは国の衰退に直接つながります。
長く理科教育に携わり、最近の子供たちや指導者の様子を見てみるに、理科教育のありかたに不安を覚えます。
 私が子供の頃を振り返って見ますと、米ソの宇宙開発競争を伝えるラジオや新聞のニュースに胸を躍らせていた記憶があります。南極観測船「宗谷」の悪戦苦闘にハラハラした覚えもあります。エナメル線を巻いてモーターやベルを作った記憶。捨ててあった碍子から硫黄を取り出し燃やしたり、夜店の照明に使われていたカーバイトの破片をもらいアセチレンを発生させて遊んだ記憶も、臭いと共に思い出します。
 また当時の担任の先生から沢山の実験をして頂いた記憶もあります。水酸化ナトリウムと塩酸から食塩ができたのに驚きました。牛脂から石鹸もつくりました。セロファンしか知らない時、初めて見る変な名前の透明の袋「ポリエチレン」に驚きました。科学史の話もありました。カロザースのナイロンや合成ゴムの話もして頂いたかと思います。「君たちがおじさんになった頃、ハレー彗星が来るからね」とも話されました。やはり、理科を教える教師自身が理科の面白さ、自然の美しさ巧妙で整然たる仕組みに目を輝かせ、子どもたちに熱く語る人にならなければと思います。そんな体験や指導者が少なくなってしまいました。
 その上、中学校の理科の授業時数にしても40年前は1,2,3年生すべて週4時間あっていましたが少しずつ減らされ、この前まで1,2年生が週3時間、3年生に至っては2.3時間にまで減らされました。この10年は「交流電流」も「イオン」も「動植物の分類」も「日本の天気」も教えていませんでした。やっと危機的状況になって3、4、4時間に戻されました。
私は現在大学で理科教育も担当していますが、高校では昔のように物化生地の全分野を学ぶようにはなっていません。分野によっては昔の中学生以下の知識で大学に入学しています。高校でも24年度から新教育課程になりますがこの状況は当分続くでしょう。学ぶ機会を奪われた学生が可愛そうです。

 
理科教育だけではありません、これまでの安易に安易に流れる風潮、そして厳しさに耐えることを経験させ ない教育に歯止めを利かせなければ日本の将来は危ういと思っています。


「最後の授業」


「理数大好き ファラデー塾」   

この「理数大好きファラデー塾」2006年、理科や算数数学が大好きな子どもが育つようにとの
科学技術振興機構の地域指定によって始まりました

それ以降、子ども夢基金の支援なども頂き、村教育委員会、村内小中学校、ボランティアスタッフの協力により、
公民館や村の文化祭、理科の授業、放課後子ども教室、学校の科学クラブ、等で開催しています。
H24年11月で50回になりました。
これからもお呼びがあればどこにでも出かけます。





「じねんじょ」

         「じねんじょを 折らずにほり出す子は 科学者になれます」

 私が退職した中学校には永井隆博士の色紙が保管されています。昭和24年第3回卒業生が長崎への修学旅行で原爆の放射能のため床に伏せておられた博士を村内で掘った自然薯を持て「如己堂」にお見舞いに行きました。その時のお礼にいただいたものです。また同時にヘレンケラー女史ゆかりのコスモスの種もいただきました。中学校に咲くコスモスはその時の種が続いているのかもしれません。 
 ところでなぜ科学者になれるのか?色紙を見ながら時々考えました。科学の研究には「先を見通す力と忍耐力」が必要なのかな、と
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