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北山は城下の北辺にあたり小高い丘陵地が続くところである。鬼門除けや城下防備のために北山五山をはじめ多くの寺社が置かれた。今の北仙台付近から輪王寺あたり,更に西の伊勢堂山あたりまでが古来からの「北山」である。西部北山は今は住宅密集地になっており昭和59年にはJR北山駅もできるなど便利にはなったが,狭い道をたどって行くと家々に囲まれながらも昔からの地所に由緒ある寺社が点在する。 |
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←入口の鳥居。ここから住宅地の中を狭い登りが続く。 鳥居の前の市道を向かって右に行くと JR仙山線,通称「御嶽ガード」。 |
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←本殿。伊勢堂山または天狗山とも言われる小高い 山頂に立つ。 |
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![]() ↑鳥居の参道階段を登った本殿下に大山祇神社の古い 社殿が。もと市内鷺ヶ森にあったものを移転したという。 ←境内に仙台三山神社。出羽三山神社の分社。 |
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宮城郡荒巻村(現荒巻神明町)にあった神明社(伊勢神宮の分社)を伊達政宗が元和7年(1621)この地に移し,あらためて伊勢神宮の御分霊を勧請合祀して神明宮と称し,この地を伊勢堂山と名付けた。天和2年(1682)4代綱村が社殿拡張,以来,藩主継承時に参詣することを常とした。明治2年(1869)荒巻神明社と改称。明治5年(1872)に市内元柳町(現西公園)に遷し,桜岡大神宮と改称したが,当地には小社が残った。 |
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![]() ![]() ![]() 参道入口。→ 鳥居前の向かって左に聖徳太子像と延命地蔵の2体が建っています。 ←右が聖徳太子像,左が延命地蔵。伊勢神明社の別当寺(名称不詳)に あったものと言われているそうです。延命地蔵の胸部には 正徳3年(1713)の記載があるとのこと。明治になって神明社が遷し 別当寺が廃寺になって荒廃した後,昭和58年に地域有志が修復し ここに安置したものです。 |
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藩政時代以前から神明社(伊勢神宮の分社)として旧荒巻村に鎮座。伊達政宗が元和7年(1621)伊勢堂山に遷祀。更に明治5年元柳町に遷され桜岡大神宮となった。現在もここ旧地に小社が残っている。 |
![]() 周囲は住宅街で,ここだけ緑に包まれた小山。残された聖地という感じです。新町名もこの神明社に因んで名付けられたものでしょう。 |