バーモントへの旅 あこがれのターシャを訪ねて

 花フェスタにお庭を作りはじめてから、ターシャに出会えることを夢見てきました
今回 岐阜県知事の親書を携え、私達ターシャ・クラブの8名は、ターシャの待つ
アメリカ バーモントへ、2005年9月8日、セントレアを旅立ちました
 


ボストンから約3時間でターシャさんの住む、ブラッテンボローの村に到着、一般道から舗装されていない道路をバスで数分走ると、多くの樹木がそびえる森の中、朽ちた棒に取り付けた大きなポストがひとつ、そこがプロデューサーの伊藤元雄氏から聞いていた、ターシャさんの30万坪の森の入り口です。ターシャさんのお孫さんのウインズローさんと新婚1年の奥さんのエイミーさんがこの入り口で迎えて下さり、お二人に案内されて森の小道を数分歩いたところからが、「ターシャの世界」の始まりでした。
森の中の家 ここはターシャさんの長女べサニーさんの住んでいた家

6月に庭ツアーに行かれた谷葵さんから聞いていたとおり、初めに、エイミーさんのショップがあり、その家を見た途端、不覚にも、もう涙ぐんでしまいました。若い新妻のエイミーさんは、私を抱き寄せてくれ、そんなエイミーさんの優しさに、日本語で、「念願叶い、涙ぐんでしまいました」と話すと、心で理解してくれたようで、さらに優しく微笑んでくれました。それは、とうとうターシャの世界に来られたという感動と安堵の涙でした。
さらに、ショップから十数分歩くと、ウインズローさん御夫妻の家に着きました。
彼らの家は、ウインスローさんの手造り!で、しかもまだ造りかけで、お二人のこれから完成させると言う言葉の中に、ターシャさんの精神が脈々と流れているのが良く分かり、お二人のスローライフな生き方に感動すると共に、後継者のいるターシャさんがとても幸せな方なのだと思いました。
若い住人と同じように、まだ若い家と庭を見て、ターシャさんの家のように朽ちた十数年後の家に思いをはせ、ご夫婦のこれからの歴史を思いました。

ショップの中はとてもアットホームな雰囲気です

ご夫婦の家を離れ、しばらく歩くと家具職人である、ターシャさんのご子息セスさんの工房をセスさんご自身が登場し、案内してくださり、詳細な興味あるお話を聞かせて頂きました。
そこからさらに行くと、セスさんご夫妻の家に着きました。
その間、アメリカ風の木など多くの大木が林立し、なかでも沢山ある、小さい林檎のような、でもそれぞれ形も大きさも異なる実を付けた樹木の名を尋ねると、総称して「クラブアップル」と答えました。彼らは、植物の名にアバウトで、名前には全くこだわりがないのです。そう言えば、本でもテレビでもターシャさんは、植物名を聞かれると、多くを「何て言う名前か、もうとっくに忘れてしまったわ」と答えていました。それは、絵を描くように庭を造り、そこに日々暮らすターシャさんたちにとって大した問題ではなく、私たちが植物名にこだわる意味は、いったい何なのかと妙に恥ずかしく思いました。
さて、セスさんの大きな家は、蔓性植物が屋根まで覆い、ナチュラルでシンプルな広い庭は、自然な森の中に溶け込み、男性的で広大な素晴らしい庭でした。芝生かと見間違う草原に日本の十二単が点在し、森から切り出した、それは、とても面白い!色んな形状の木を使った、この広さに似合う太い立派な木柵は、すでに朽ち初めて、だからこそ自然と一体感を醸し出していました。日本に帰ってから、セスさんの庭を思い出すとき、いちばんにこの木柵が思い浮かびます。
「ターシャの世界」に欠かすことが出来ない大きな石積みは、セスさんの庭でもそこかしこに存在し、ターシャさんとは違う大胆な趣むきでしたが、バーモントでどこを掘っても出てくるであろう、平たい大きな、この石があるからこそ、「ターシャの世界」なのだと実感しました。
そのとき、公園の「ターシャの庭」に思いを馳せ、十数年後、いつの日か庭の石積みも古くなり、ターシャの世界になる日まで頑張ろうと決意を新たにし、それが私たちのライフワークになった瞬間でもありました。

そして、セスさんの家から数分歩いて、最後に念願のターシャさんの家に辿り着きました。そこは、バーモントに移り住んだ56歳から90歳の今日までの歴史を語り、そして「フォーマルガーデンは嫌いなの」と言うターシャさんならではのナチュラルな家と庭でした。
家の裏側が入り口になっていて、切り出した丸太で作った大きなゲートがあり、奇しくも、公園の「ターシャの庭」と同じく、そこから家を廻るように、アプローチの小道があり、廻りこむと、ビデオでいつも見ていた山羊を放していたと思われる、今は朽ちた木柵を過ぎ、盛りは終わり枯れかけた松明草(モナルダ)などの群生を見ながら、蛇行した小道に作られた、小枝のスクリーンの数々を通り過ぎると、蔓紫陽花で覆われた温室があり、「ターシャさんが苗を植えるシーンをビデオで見ました」と思わず日本語で話すと、エイミーさんは、この言葉も理解してくれたのでしょう。
「プリーズ」と微笑んで扉を開けて中を見せて下さいました。
温室は、今は使われておらず、ターシャさんのお体の不調を感じさせて気持ちが塞ぎましたが、それでもビデオで何度も見た、温室でお元気に立ち働くターシャさんの姿を思い浮かべ、想像を巡らせて、お元気なターシャさんのまた来る春を思いました。温室を出て、さらに行ったところが、ターシャさんのお部屋の窓辺になり、
公園の「ターシャの家」に付けたと同じ赤いギンガムチェックの布がベッドに敷かれていました。
さらにターシャさんの好みの白い鳩が屋根や窓辺にいっぱいいて、その向こうに玄関がありました。伊藤元雄氏から借りたプライベートビデオ、写真、ターシャさんが描かれた自宅のスケッチ画、8年前にNHKで放送されたアメリカABC放送制作の「ターシャ・テューダーの世界」など、多くの資料を元に想像していた、ターシャさんの庭の構成がこの瞬間はじめてひとつに繋がり、立体的に理解できました。
そんな「ターシャの世界」は、想像していたとおりで、初めて見たとは思えないほどで、懐かしくさえありました。私たちターシャファンの思いは、みな同じなのかも知れません。その後、ターシャさんがカヌーを漕ぎ出す、クリスマスには子供達とプレゼントを流して受け取る場所でもある池や、鶏を飼っている小屋、ターシャさんの大好きなスイトピーが咲くキッチンガーデン、撫子で作った天使の輪と呼ぶ場所、お気に入りの山羊を連れて裸足で歩くルピナスの草原の小道、芍薬、本で見た頃よりとても大きくなったアザレアや石楠花、ライラックの木など、咲いていなくても、何度も本で見ているから百花繚乱が想像出来ました。
行ってみて分かったのですが、予想したより、私たちの「ターシャの庭」との共通点が多いのに大変満足すると共に、「日本版ターシャ・テューダーの世界」というより、ターシャさんの庭は、日本の山野草が多く、敢えて日本版という必要がないほどで、これは思わぬ嬉しい誤算でした。家の中央にゲート側からも山羊が出入り出来るようになっている、山羊の搾乳場所があり、ビデオで見た搾乳風景が思い浮かびましたが、ここも今は、山羊の姿はなく、使われていないようで、ターシャさんの言う、「これからは、だんだんと自然に帰していくわ」という言葉が浮かび、私たち誰もがいつかは自然に帰るのだと、厳かに実感しました。

可児のターシャの庭ではバラ祭りに絵本やポストカードを皆さんに紹介する予定です

しばらくの間庭を見せて頂くと、最後にエイミーさんの計らいでターシャさんが出て来てくださり、私たちメンバーの前に立ち、挨拶して下さいました。
エイミーさんに手を取られ、いつものように裸足で登場したときは、少し具合がお悪いとお聞きしていた通り、お疲れの様子でしたが、お話されだすと、背筋を伸ばし、すっくと立たれた姿は、後光がさすほど凛として
抑揚のある少し低い厳かな声でゆっくりと話される言葉の意味は、ガイドさんの通訳で分かりますが、たとえ言葉が分からなくとも伝わる心を感じることが出来ました。私たちが持って行った、アルバムに設えた「知事からの親書」、「ターシャの庭」、「ターシャ・テューダー展」の写真をゆっくりと見て頂く、穏やかで微笑を湛えた表情から、ターシャさんが心から喜んで頂いているのが分かりました。






今回、私たちは勿論ですが、ターシャさんのためにも、県知事の親書を届けることが出来て心から良かったと思いました。また、立ち寄る先々で、ターシャさんファミリーから暖かい、手厚いおもてなしを頂き、感謝の気持ちでいっぱいです。
最後にターシャさんに「今は花が少ないので5月に来てください」と言って頂きましたので、是非とも来年5月に行きたいと思います。公園の秋祭りで、お客さまに募って、30人ほどのツアーを計画し、5月にもう一度ターシャさんにお会いし、百花繚乱の花盛りのお庭を拝見したいと思います。
ターシャさんと一緒に、ウインスローさんが写して下さった写真は、近いうちに送ってくださるそうですが、私たちの一生の宝物です。そして、ターシャさんおよび、ターシャさんのファミリーから、2時半から6時半までの長い貴重な時間を私たちに頂け、感謝の気持ちでいっぱいです。ターシャさんの世界にいる間、時の流れがゆっくりと感じられ、18世紀にタイムスリップしたかのような、現実とかけ離れた素晴らしい時間の中で、30万坪の森の空気をいっぱい呼吸しながら、癒しのときを過ごすことが出来ました。それは、日本では味わえない、穏やかな幻想的なひとときでした。
私たちは、この感動を一生忘れないでしょう!また、バーモント州総てがスローライフなターシャさんの世界で、バーモントが大好きになりました。
そして、日本版ターシャ・テューダーの世界「ターシャの庭」を造園出来たことを一層、誇りに思います。ターシャさんに誠実であるためにも、ターシャさんの名誉のためにも、今後も「ターシャの庭」を素晴らしい庭にする努力を続けていきたいと思います。また、日本の総てのターシャファンに応援して頂けるよう、ターシャさんの情報発信地としても頑張りたいと思いますのでこれからも宜しくお願いいたします。

                ターシャクラブ 伊藤左紀子