◆アジアdeラリアット タイ漫遊記◆

大変長らくお待たせしました。怒涛の多忙期を終え、気が付けばもう今年もあと一ヶ月。
早いもんです。ええ、まったく。
『アジアdeラリアット タイ漫遊記』なんてコーナーすら
もう遠い記憶の彼方へ飛んでしまっていることだと思いますが、どうぞ引き戻してくださいまし。
ということで、第2弾、お付き合いくださいまし。

熱風タイ編・第2回 〜爆走ドライバーの巻〜

●タイのタクシー事情

 タイには夜中の12時に到着。ドン・ムアイ空港からタクシーでバンコク市内のホテルに向かうことにしたのだが、1台のタクシーに4人分の大荷物と2人分のガタイを持つT蔵のおかげで、とんでもないスシ詰め状態となってしまった。車に酔いやすくまたカラダが小さい私はT蔵が持ってきた釣道具一式と一緒に助手席に座ることになった。T蔵の釣竿はさすが海人(ウミンチュ)だけあって本格的なものを何本も持ってきており、黒いプラスチックの筒状の竿入れに収められていた。私達はこの竿入れを“バズーカー砲”と呼んでいた。
この釣竿入れを見た運転手が「何だ?」と聞くので、T蔵は脇に抱え「ドカーン」とバズーカー砲の真似をすると、ただでさえミクロネシア人に間違われるようなコワモテの風貌なのに、「ドカーン」などとするものだから、運転手は本気でビビッて2、3歩後ずさりをしてしまった。
余談になるが、T蔵はトンガに行ったときに、現地人からトンガ人に何度も間違えられた経験を持つ。
「アホ!乗車拒否されたらどうするの!」とバズーカ砲を奪い、中の釣竿を見せ、
「He is  japanese fisherman」と告げると、ドライバーはホッとした表情を見せ、ようやく車はホテルへと動き出したのだった。
しばらく走ると高速道路の料金所付近では紙吹雪がわぁっと舞っていた。
それはあたかも紅白歌合戦の大トリを締める、北島三郎の舞台のようでもあった。私達の乗るタクシーも料金所のゲートをくぐると、運転手はもらった領収書をその場でポイと窓の外に捨てて走り出した。そう、紙吹雪は料金所を通過するドライバーが貰ったときからみんな捨てたものだったのだ。
高速道路に入ると運転手はT蔵におびえていたのがウソのように、目を輝かせサーキットの狼よろしくと言わんばかりに、飛ばしはじめた。チラリと横目でスピードメーターをみると、なんとメーターは動いておらず測定不能。120キロでようが200キロ出ようか0キロなのだ。右に左に大きく揺れるためスシ詰めの車中では「うっ…」だの「ぎぇ〜」などの奇声がこだました。
ドライバーはそれを聞くと「うふふ」とうすら笑いを浮かべて、また加速するのである。
「T蔵があんな悪ふざけするから、報復されたんとちゃうの」
「そうだ、T蔵が悪い」
「T蔵あやまれ」
3人から一斉に攻撃されたT蔵は
「俺が悪かった。頼むから、安全運転しようや。セイフティー・ドライバー、ユー、ノウ?」
と声をかけたが、運転手は「オッケー」と脳天気に答え、やはり加速していたのだった。
このドライバーのおかげで、1時間かかるところを30分ほどでホテルに到着。
ロビーのレストランでご飯を食べて、おとなしく床につこう…と言っていたのに、夜中の“何を言ってもおかしくて仕方ない時間”に突入してしまい、たかがご飯食べるのに2時間以上もかかり、ベットに入ったのは、時間にして午前4時であった。


●貧乏旅行の聖地・カオサンst

 翌日はタイの王様の誕生日とあってタイは祭日。市内の交通量も少なくひっそりしているが、王宮近くに行くと派手なイルミネーションが道路を下品に飾っていた。その中をかいくぐり、トゥクトゥクを捕まえサムイ島までの格安航空チケットを手配しにカオサンstまで出掛けた。その途中、派手で豪華木製家具らしきものを扱っているお店が何件もあった。
「いやん、キレー。あの家具なに?」と前年1ヶ月タイにいたIちゃんに聞くと、
「ああ、あれ?タイの棺桶。入ってみる?」との答え。
「おやじの土産に買って帰らなあかんなぁ」とT蔵はバチ当たりなことを言っていたのだが、正義はやはり正しいものに味方するらしく、T蔵は翌日とんでもない状況に見舞われることになる。
 カオサンstとは、世界各国のバックパッカーが集まる安宿街で、ジャンキー、乱行パーティー当たり前(らしい)のいかがわしい街だ。昼間は観光客も多く危なげな雰囲気もさほどないのだが、夜になると街の姿は一変するという。それを象徴するかのように、喫茶店で私達の後ろに座ったフランス人は、ラリッておった。電話線を指さし、光通信のすごさを英語で説明していたようだが、何度も何度も同じ話を繰り返す山の手線状態になっており、
我らは彼らをフレンチラリラーと命名してやった。
 IちゃんとGさんは喫茶店でビールを飲み、私とT蔵は買い物へ出掛けた。観光客相手の街とあって、どの商品も“ぼったくり値段”が定価である。それをいかに負けさせるかが、観光客の底力となるのだが、我らの強気なこと強気なこと。言い値の半額から交渉し、否定されると
「じゃあ、いらん」と大阪弁でその場を後にするのだ。そうすると必ず
「待ってぇーな、冗談やんお姉さん。」
と後を追ってくるのである。
「そうか、そりゃそうやろ越後屋。ここで商売してる者、そんなあくどいことはできひんやろ」
「へぇ、お姉さんには頭あがりまへん。この程度でどうでっか?」
と結局8割引きぐらいの値段にまで負けさせるのである。
イルボンヌ注)びすこさんは、相手が何人だろうが、何語を喋っていようが、力づくで“大阪弁”に解釈する人です。

「あんたらなぁ、金持ち日本人が貧しいタイであんまり悪どいしんときーやー」と、
Iちゃんから後に少々顰蹙を買う。ちーましぇーん(^◇^;)
 このカオサンもそうだったのだが、
タイで買い物しようと街まで出かけたら、サイフを忘れたのは愉快なサザエさんなんだけど、とにかく、どのお店でも必ず聞かれたのが「Are you KOREAN?」だった。
一発目から日本人か?と聞かれたことがなかったぐらい。
後になった聞いたところの話だと、韓国人に「日本人か?」と尋ねると憤慨されるので、韓国人にしろ日本人にしろ、「韓国人か?」と聞いているらしい…なんて話もあるらしい。
しかし、このタイで散々韓国人に間違えられたのがきっかけとなり、私はその後韓国にハマったのだった。
そんなに韓国人的な顔をしているのなら、実際にどんな国か見てみたいわん♪と…。
余談になるが、この旅行のメンバー、誰一人第一印象日本人とは思われなかったのよねぇ。
私がコリアン、Iちゃんがシンガポールかタイ人、Gさんもタイ人とかの東南アジア系、T蔵に至ってはミクロネシアとかパラオとか(笑)。とにかく「みんな日本人ですよ」と告げると、誰もが一様にのけぞっていたりしたのだった。

●宝物大物産御殿


 IちゃんとGさんも合流してショッピングを続けていると、1件のあやしげの民芸品店を見つけた。タイ北部の少数民族“首長族”の置物をT蔵が物色していると、
黒光りの“逸物”を発見。その他男女合体像や“金玉満堂”と書かれたオヤジの置物など、Gさんのいうところ『宝物大物産御殿』なのである。
「金玉満堂やってー。」と私が指さして笑うと、
「金玉マンゾウ?」とIちゃんは腹を抱えて笑う始末。それ、誰やねん。
それらひわいな商品を手にとりゲラゲラ笑っていると、宝物物産大御殿の女主人は、スキッ歯の口を大きく開いて、
「ええやろ、コレ、ええやろ」と笑うのである。
スキモノなおばばであると踏んだT蔵は、世界共通シモネタでおばばを虜にし早速値引き開始。
「そんなに安くはできないね、フン」
と一瞬でも表情を堅くすると、
T蔵は黒光する木製の“珍棒”を自分の股間にあてて、おばばを喜ばせ、650バーツの人形を強引にも300バーツにまで値切っていた。
「公然猥褻で逮捕されちまえ。」
Gさんはぼそっとぶやいていたのだった。

(つづく・・予定)