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問題篇
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最終章(解決篇2):悔い改めよオットセイ、と飼育係は云った



 「まったく、あいつって、なんでカヲルさんを欲しがったのかしらね・・・・カヲルさんって、頭いいとは思えないんだけどな・・・・マッキーは第六感があるかもしれないって云ってたけど」。
 セイコちゃんが、ぼくにアジをほおり投げながら云う。こんな夜中に食べる夜食は美味しい。
 それにしてもぼくは過小評価されているなあ。 ぼくはセイコちゃんや池田さんたちの言葉を完全に理解できているし、推理力だって伯爵に負けないくらいあるつもりだ。これまで何度も推理に参加してきたのに、誰もわかってくれなかったじゃないか。ぷんぷん。
 伯爵がぼくの名前を見て取った水槽脇に掲げられた看板式のネームプレートを、セイコちゃんは軽くパンチした。キュートだ。
 「《カヲル》さん、って名前も生意気だよね。リアスアーク水族館では、ぜんぶの動物に《さん》をつける習慣だからっていってもねえ・・・でもまあ、もしかしたら伯爵が欲しがるくらい頭、いいのかもね。だって、池田さんの文学談義を理解しているみたいに聴いてるもんね・・・・あたしたちの言葉、わかる? なんなら、いつかカヲルさんの思っていることをあたしが文章にしてあげようか?」。
 そりゃそうさ。ぼくは文字を読むのは苦手だし、書くのも苦手だから、ついつい作家の名前を漢字として理解することが下手糞だ。でも、聴けば解る。ぼくは人間の言葉をほとんど操れる。「シット」レベルなら英語だって知っている。
 そんなことを思っていると、セイコちゃんは、ぼくの推測通りのことを云うのだった。
 「まあ、まさかそんなことってないと思うけどね・・・あ、そうだ。あのね、今しがたね、解剖結果が出たのよ・・・・驚いちゃった。いい?カヲルさん・・・・解ってるのかな?・・・・教えてあげる・・・殺されたのはピカソではなく、雌のアシカ。カリストなのね・・・松尾先生が云っていたらしいけど、あたしの眼をごまかすためにリボンを入れ替えていたのね・・・つまり、3頭のアシカと武井さん、そして親友の酒匂さん、さらにその敵となる自衛隊の人だけにしかわからない意味。これが今回の謎の原因だったのね・・・・松尾先生も、あのあとにアシカたちに接することが出来ていれば・・・でも、先生は珍獣専門だから、見分けられなかったかもしれないわねえ・・・・」。
 やはり。
 松尾先生の推理のなかで、セイコちゃんの眼をくらますために武井さんがピカソとカリストのリボンを取り替えていた、という部分のみは当たっていたわけだ。マッキーや森ちゃんが池田さんと美浦さんに報告していたときセイコちゃんはいなかったから、あのときには松尾先生の推理すべてが却下されてしまった。
 今回、ぼくはなにをしたというんだろう? なにもしてない。
 関係者に知られないように、天才少女カリストこそを自衛隊の人たちの前で「最後のプロテスタント」させる。孤独な闘争。
 これがきっと、武井さんの思いだったのだ。
 その闘いにぼくはなんとなく気付いたけれども、黙っていたのだ。
 自衛隊につれていかれて、よもや戦争の道具にされる。武井さんはそう思ったにちがいない。どうやって軍事利用するつもりだったのかはわからないけれど、カリストと一生逢えなくなるのは確実だ。
 けれども、セイコちゃんの続く報告はぼくの想像を超えて、非道く悲しいものだった。今でもぼくは、武井さんと3頭のアシカの物語を思い出すと、涙がとまらなくなるんだ。
 人間と動物の楽園は、何処にあるんだろう。
 ひょっとして伯爵のところか?
 わからない。
 わからないけど、今のところぼくは、セイコちゃんと一緒に千代市総合動物水族園で働いている(ぼくらは同僚だ。飼育されているなんて云わせない!)。それだけでいい。今のところ、今のところは・・・・
 セイコちゃんの最後の言葉。
 「さっきね、武井さんが自首したの。カリストを失いたくなかったから、誰にも知られないように殺したんだって・・・武井さん、あの伯爵なんかの馬鹿な推理とぜんぜん違う・・・ほんとに優しい、父親みたいなものだったのよね・・・・いずれ自首するつもりだったって・・・・あたしたち、みんな馬鹿だったのね。カリストって、ピカソとエコーの子供だったの。一人娘。愛人でもなんでもなくて、親子だったのよ・・・・ピカソが最近になってカリストにじゃれつくようになったのも解るわ・・・・別れを知ってたのよ・・・・アシカって、むしろ父親の世話によって成長して、大人になるっていう話だもんね・・・・さあ、カリストの遺体も戻ってきたから、これからピカソ、じゃなくてカリストの葬式よ。カヲルさんはここで待ってるんだよ。
 後で報告してあげるから」。
 いってらっしゃい!
 ぼくはおとなしく、コーデリア(やはりぼくは、コーデリアよりもセイコちゃんのほうが好きだなあ)の眠るネグラに戻ろうと思った・・・・
 セイコちゃんが云った。
 「オットセイにしては、ほんと、あたしの言葉がわかるみたい・・・・カヲルさん!」。
 そうさ。
 ぼくはこの世でただ一人、人間の言葉を知るオットセイだ。
 ぼくとセイコちゃんは、いつの日にか、同じ言葉でおしゃべりできるようになるだろう。でもそれは、ずっとずっと後のことだろうとも思う。ぼくはどうしたってペンを持てない!。こっそり池田さんのボールペンを借りて口にくわえて描いてみたアシカの家の地図だって(図参照)、威張れたものじゃないし。
 でも。でもでも!
 いつか、セイコちゃんが、ぼくの悲しい思い出、カリストの思い出を、ぼくに替わって書き記してくれるだろう。みんなが読んでくれるだろう。
 ぼくはそう、信じている。


(了)
(全文翻訳:瀧口聖子)