<photo & diary> 9/6 ドブロヴニク到着〜旧市街
ホテル・エクセルシオールへ向かう通り
PCに保存しておいたはずの宿泊先の地図が、ゆうべ確認しようとしたら消えていた。ネット接続もできなかったから、1ヶ月も前に見た記憶だけが頼りとなってしまった。

それでも迷うこともなく3時頃には "たぶんこの辺" と思うところに辿りついたのだが、看板はおろか住所表示も表札も見当たらず、尋ねようにも地元の人が歩いていない。
間違ったかな・・・似たような道がいくつもあるのかも・・・だんだん自信がなくなってきた。狭い道で何度も切り返してUターン。少し手前から別の脇道にも入ってみたが、なんか違う。道ばたにいるおじいさんに聞くと 「○×△・・・」 とさらに奥を指さした。
うーん、そんなに旧市街から外れないはずなんだけどなぁ。
そのまま進んでみるが、やはりどんどん離れていくばかりだ。引き返すと、さっきのおじいさんが心配顔を向けていた。
大丈夫! カラ元気で笑って手をふると、彼もニッコリ頷いた。
とにかくもう一度振り出しに戻ろう。一方通行ばかりだから、同じ場所に出るにもぐるりと回って出直さなければならないのだ。

              

それから少々ルートを変えて2周してみたが、やはり最初のところ以外は考えられなかった。お手上げだ。最後の手段は携帯でオーナーに電話すること。私の携帯はイギリス通信事業者の国際ローミングなので、目と鼻の先でも料金が安くないのが悔しいが、そんなことは言っていられない。路肩に停め、車外に出てダイヤルした。
電話口に出た女性は、こちらが名乗るとあわてて男性に変わる。
「お宅が見つからないの」 と言う私にスタンコビッチ氏は 「今どこにいるの?」 と聞いた。
「わかんない」 「城壁は過ぎた?」
「ええ、ちょうど過ぎたあたり。そばに×××って名前のレストランがある」
「店名はあまり知らないんだ。じゃあタクシーで来て」
かいつまむとこんなやりとりだったが、取り次ぐ時間も含めて3分半、640円かかった(通話明細より)。

いったい流しのタクシーなんて来るんだろうか。そう心配しながら通りを眺めていたところに、1台の乗用車がすーっと止まった。
2カップルが乗っているようだ。運転席の男性が窓をあけて話しかけてきた。
「ホテル・エクセルシオールはどこですか?」
ときどき海外の町で道を尋ねられるのはなんでだろう。大きな顔してる? ヒマそう? だいたい今回は自分のほうこそ迷子だというのに・・・。ただその高級ホテル前ならすでに2回通っているから、教えてあげられるんだよね(苦笑)。
「まっすぐ行くと分岐があるからそれを右に曲がって。あとはまっすぐ行けば左側にそのホテルが見つかる。・・・曲がるところは分かりやすいわ。旧市街って書かれた大きな標識がある。急なU型のカーブよ。」
「ここから何キロぐらい?」 「何キロ・・・そんなに遠くない。すぐよ」
テラスから見た通り。右が行き止まりになっている。
看板さえあればそう難しい場所ではないんだけど・・・。
この下、地上階はガレージ。
 

数分後、空車をつかまえた。事情を説明し、最後にまたココへ戻ってくれと頼
む。観光地だからか、たまたまなのか、とにかく英語が通じる運転手で助かっ
た。住所を渡すと、無線で会社に確認していた。

・・・・なんだ、やっぱり最初に着いたところじゃない。キョロキョロ確認しながら
狭い道を進む運転手に 「ここは行き止まりね、さっき来たわ」 と言う。
彼は 「ほう、ここまで来たのか」 と言って、同じように突き当たりに車を停め、
歩いて住所を探してくれる。
そっか、脇にある階段のところが入口で、住所も階段の名前だったんだ!
そろそろと思っていたのだろう、スタンコビッチ家のお母さんが出てきた。最初
に電話に出た女性だ。お互い大騒ぎのご挨拶となった。
そして 「私の車ですぐ戻って来ますね」 とタクシーに乗りこむ。運転手は
「覚えたかい?今度は一人で来られるね?」 と言いながら発進した。 
   表示はドアの横に。これだけ。。。
引き返してくると、お母さんがあとから現れた若い男性を息子のゾランだと紹介し、
「彼は寝ていたの」 と付け加えた。さきほどのスタンコビッチ氏は彼だったわけだ
が、普通は彼が最初に電話を取るのかもしれない。あまり英語が話せないお母さ
んはちょっと困ったのだろう。



ゾランの指示でガレージに車を入れ、階段の道を上がる。スーツケースは運んでもらった。さらに部屋に案内されたあと、キッチン前のテーブルでトルココーヒーをいただきながら、チェックインというのだろうか・・・手続きをする。宿泊者はきちんと台帳につけ、届け出なくてはならないそうだ。そのため毎日お父さんが役所に出向いているという。
そのあともずっと話していた。ゾランは私に聞きたいことが山ほどあったのだ。
どのサイトからココを見つけ、なぜ選んだのか。やっぱりテラスからの眺めを写真で見たから? でもどうして地図をプリントして来なかったんだい? 日本でウチを宣伝する方法はないかな、・・・等々。タクシー代はいくらだったかも聞かれた。「往復で90クーナ」 と答えると、「そんなもんかな・・・もしかしたら10か20、高かったかもしれないよ」 と言う。

話題は予約時のメールのやりとりについてから彼のホームページのことになった。掲載している写真はアメリカ人のゲストに撮ってもらったものだそうだ。そしてホントはもう一枚ほしいんだけどデジカメがなくて、と嘆く。「じゃあ私が撮ってあげる!」
ちょうど空いていた上階のアパートメントのほうに入れてもらい、テラスから写真を撮った。その後はそれをどう彼に転送するかを検討。兄弟で共用らしい彼の部屋に移って、デスクトップPCで彼のページを見たりしながら、チェリー・ジュースをご馳走になりながら、あれこれ話し合った。
1時間ほど話していたのか、もう5時だった。ゾランは 「ごめんね、こんなことするためにドブロヴニクに来たワケじゃないよね」 と謝っていたが、私もけっこう楽しかった。どうせ暗くなる前に到着できれば良かったんだしね。

部屋で荷物を出しクロゼットに押し込んでから、街へ出かけることにする。
  ほぼ一直線に階段を降りていくと、
  ちょうど城壁に囲まれた旧市街の
  東側入口、プロチェ門近くに出る。

  突き当たりには旅行社も兼ねた土産物
  屋や、日用品店などが並ぶ。
  左に折れればハーツの営業所や前述
  のエクセルシオール・ホテルへと至る。


プロチェ門
ゲートをくぐってもすぐ町並みが見えるわけではない。なかなか堅牢な造りのようだ。現在はその途中に画廊やレストランがある。

翌日その画廊に入ってみた。ドブロヴニクの風景画と、クロアチア絵画 "ナイーヴアート" が中心で、ある一枚の絵がとても気に入ってしまった。牛と農夫をコミカルなタッチで描いた、典型的とも言えるナイーヴアート。何度も見返していたら、店主が 「それは有名な画家の作品です」 と、その人の画集を出して見せてくれた。
あいにく名前を忘れてしまったが、第二次大戦前後に活躍した画家で、その絵は戦後の円熟期のものだった。5万円ぐらいしたと記憶している。迷ったあげく買わなかったけど、ちょっと後悔しているかも・・・。
 

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