前口上
劇をつくる
養護学校の生徒
一人ひとりの顔を思い浮かべて
文化祭の脚本を書く
皆が台詞をもって
舞台に立つ
ことばはいのちそのもの
観客の視線を浴びて
一言の台詞を放つ
それがやがて
どれだけの収穫をもたらすか
たとえ棒読みでも
ぎこちなくても
輝くのは生徒たち
教師は所詮座付作者
座付き作者のつぶやき
わたしは、養護学校の教師を二十数年勤めてまいりました。
生徒を前に、自分がそこにいてもいいのかどうかといった内省をせまられる歳月でもありました。
養護学校の教師としてもっともふさわしいのは誰かと自分の内なる鏡に問いかけたとき、
あの黒板の前に立つ宮沢賢治が思い浮かびました。
だから、わたしの教師生活は、宮沢賢治に寄り添い、もはや聞けない彼の声を聞くことに費やされました。
賢治の唯一出版された著作『注文の多い料理店』の序に、つぎのようなことばがあります。
「これらのわたくしのおはなしは、みんな林や野はらや鉄道線路やらで、
虹や月あかりからもらってきたのです。」
彼のことばに倣って言えば、「この本におさめられた脚本のヒントは、すべてふだんの学校やら行事やらで、
生徒たちからもらってきたのです。」
そのようにして座付き作者として書いた脚本の多くは、
生徒たちが舞台で演じてくれました。
脚本を公開すると、他の養護学校や小学校などでも上演されるようになりました。
教職を退いてからは、小学校や中学校むけの脚本を書くようになりました。
自分ではもう舞台化することができませんので、座付き作者は引退して、
ホームページ「賢治先生がやってきた」に脚本を公開するだけの座して待つ作者に
おさまりました。
ありがたいことに上演の希望がぼちぼちとありますので、
それを励みにこれからも脚本を書き続けてゆきたいと思います。
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