ぼくたちに赤紙が来た
一幕八場(あるいは、三幕八場)


【あらすじ】
たけしたちが座敷でバンドの練習をしています。で、そこに住んでいるざしきぼっこは たまったものではありません。ついに家出を決意して、60年前の世界にいる ざしきジィジィに手紙を書いて、むかしの世界に行きたいと訴えます。 しばらくして、ざしきジィジィから返事の赤紙がきます。 タイムトンネルでカメと蛇バスを送るので、 「それに乗ってむかしの世界においでんなさい」というのです。 そこで、カメ探しがはじまります。そのカメがどこから現れたと思われますか?  何と、学校の古時計。ということは、そこがいまタイムトンネルの入口ということになります。 ざしきぼっこや生徒たち、心配した校長先生が、そこから蛇バスに乗って 60年前の世界に向けて出発します。……
続きは見てのお楽しみ。
では、トザイトーザーイ
ちょっ、ちょっと待ってください。もう一言……。ざしきぼっこがむかしに行くのに、 なぜたけしたちがついていくかって?  おかしいですよね。じつはたけしには悩みがあるのです。この学校に入学してよかったのかどうか、 それを決めかねているのです。それで、タイムトンネルでむかしにいって 学校が創立されたころの先輩に、 この学校に入学したことを後悔していませんかと聞いてみたいのです。
ところが、最初に到着したのが60年前で、戦争の真っ最中、 ざしきジィジィには会えたのですが、 兵隊が現れて一緒に未来に連れて行ってくれと頼まれます。
さて、どうなることやら……
では、では、こんどは本当に、続きは見てのお楽しみ。
トザイトーザーイ
【はじまりはじまり】
【一場】
(幕が開くと、北野たけしの家の座敷。そこでたけしの仲間がバンド演奏の練習をしている。 スポットライトにバンドのメンバーが浮かび上がる。ボーカルはマイクの前、 両側にサングラスのギタリストが三人、後ろにドラマーが一人。 「ワン、ツー、ワン、ツー、スリー」で突然とっぴょうしもない音が爆発し、 バンドの演奏のレコードがかかる。メンバーは音に合わせて演奏の振り。 動きは全般的にオーバーアクションで。ギタリストはギターを揺さぶりながら跳びはね、 ドラマーは太鼓を打ち抜き、ボーカルはマイクスタンドを振り回す。)

たけし ワン、ツー、ワン、ツー、スリー
ボーカル
  探しものは何ですか
  見つけにくいものですか
  カバンの中も 机の中も
  探したけれど見つからないのに
  まだまだ探す気ですか
  それより僕と踊りませんか
  夢の中へ 夢の中へ
  行ってみたいと思いませんか
  ウフフ、ウフフ、ウフフ……さあ
      (作詞作曲 井上陽水)
(演奏の音響を絞る。)
たけしの母(さき) (バンドの音は抑え気味だが、 それでもやかましく負けまいと叫ぶ。)みなさん、そんなに一生懸命にならんと、 まあ、ちょっとやすんで、おまんじゅうでも食べたら……、ちょっとやすんで……。 (テーブルにまんじゅうとお茶をおいて、耳をふさぐようにして)こんな大きな音で、 ざしきでバンドの練習なんかされたら、耳がおかしくなってしまうわ。 ざしきってこんなバンド演奏なんかするとこじゃないんだけどね。
たけし かあさんははようあっちへいって………。もう、じゃまや、じゃま。
たけしの母(さき) はい、はい、わかりましたよ。では、やすむときに食べなさいよ。
 (たけしの母(さき)が退場して、舞台、暗転。ふたたびスポットライトが揺れ動き、 音響のボリュームが上がり、二番の歌詞が聞こえてくるが、 やがてそれもじょじょに消えていく。)

 (音が消えて、メンバーの影が固まって、暗転。ナレーションが始まる。)
ざしきぼっこ(声だけ) それがしは、この家に住まいするざしきぼっこでござる。 (と、狂言口調で言う。エコーがかかっている。)
ナレーター みなさんはざしきぼっこって知っていますか?知らないでしょうね。 いまどきは、ざしきも知らないこどもが増えていますからね。ざしきというのは、 むかしの家で、奥のいっとういい部屋で、畳敷きで、床の間があって、 それがざしき。そこに住んでいるのがざしきぼっこ。住んでいるって言っても、 いつもいつも姿がみえるわけじゃないんです。でもたまには、姿が見えることもある。 そして、『それがしは、……』なんて変な声がするんです。 (謡の調子で)声はすれども、姿は見えず、まるであなたは……。
生徒たち(声のみ) ようかい?
ナレーター いえ、いえ、妖怪じゃありません。でも、似たようなものでしょうか。 だって、ざしきぼっこが家からいなくなると、その家はたちまち貧乏になってしまうという 言い伝えが東北地方にはあるんです。こわいはなしですね。 では、ざしきぼっこさんに登場してもらいましょう。今日は姿がみえるかなー…… (と、舞台を覗き込む。)

 (ザワッ、ザワッとほうきで掃く音がする。スポットライトを浴びて、 ほうきを手にしたざしきぼっこ登場)
ざしきぼっこ(白塗りで現れ) それがしは、この家に住まいするざしきぼっこでござる。 さて、でござる。(ここで、一瞬「ワン」という音が入り、 ざしきぼっこは耳を押さえながら身をすくめる。) それにしてもやかましい。うるさくて話もできない。 むかしは、ざしきというのはもっと静かなものだった。座敷でバンド練習というのは、 あまりにめちゃくちゃだ。もうがまんできない。このままでは病気になってしまいそうだ。 こうなったら家を出ていくしかない。では、どうしたらいいかな。…… (と、舞台を行ったり来たりする。)
おや、こんなところにうまそうなまんじゅうがある。どれ、ひとつごちそうになろう。 (と、食べる。)
 (バンドの音がふたたび大きくなってくる。)これは、うまいが、 こどもたちに見つかるとまずいので、ひとまず隠れよう。(と、舞台上手に隠れる。)  (こどもたち五人、バンド練習の形のままに固まっていたのが、音楽とともに舞台が明るくなると 同時に動きはじめるが、その音楽が突然断ち切られる。)
たけし ちょっと、やすもうぜ。やすんで、まんじゅうを食べようぜ。 あれっ、さっきここにおふくろがおいていったまんじゅうが足りないような気がする。
モモ ほんとうだ。一番上のまんじゅうがなくなったように見えるわ。
二郎 おばさんがおいていったくりまんじゅうがひとつ消えてしまった。
花子 バンド練習をしている内に、だれかねずみでもこそっと食べたのかしら。
三郎 ねずみは、そんなことはしないよ。
二郎 おばさんは一人一個って言ったよな。
モモ おまんじゅうはいくつあるの?
三郎 一、二、三、四……。四つだな。では、こどもは何人いるんだい。
二郎 ひとり、ふたり、さんにん、よにん(ざしきぼっこが幕の横から 白塗りの顔を出して、二郎はそれを数える。ざしきぼっこはサングラスをかけて、 ほうきをギターのように抱えている。)ごにん、ろくにん。
花子 えー、六人。おかしいわね。バンドの練習に来たのは四人だから……、 えーっと、四たすたけしで五人のはず。
たけし でも、いま数えたら六人いたよな。
モモ 数えまちがえたんだわ。きっと。
三郎 もういちど、数えてみなよ。
たけし以外 (みんなで)ひとりも知らない顔がなくおなじ顔もなくて
たけし ひとり、ふたり、さんにん、よにん(ここで、ざしきぼっこがふたたび 顔を出して、たけしはそれを数える。)、ごにん、ろくにん。
花子 えー、また六人。ふしぎだな。
たけし 二回も数えて六人。ということは、ひとりは(声がふるえてくる。) ざしきぼっこだ。(と、叫んで舞台下手に逃げる素振り。)
一同 わー(と、叫んでみんな、後を追いかけるが……。)
たけし じょうだんだよ。じょうだん。ざしきぼっこなんているはずないじゃないか。 何かのまちがいだよ。それより疲れたから、ぼくの部屋ですこし休もうよ。
モモ おどかさないでよ。
たけし ざしきぼっこってなんですか
 みつけにくいものですか
 ウフフー、ウフフー、ウフフー
(と、歌いながら舞台袖に消える。暗転)
ざしきぼっこ(入れ替わりに舞台に現れて、スポットライトの中に立つ。 「ウフフー」というたけしの歌声をひきとるかたちで)
ウフフー、ウフフー、ウフフー、……。
(と、だんだん気味悪い 含み笑いにかわってくる。エコーがかかっている。
威儀をただして、ふろしきの荷物を背負い、ほうきを持って立つ。)
まだ耳ががんがんする。病気になる前に出ていこう。どこかに出ていくのがむずかしいなら、 そうだ、むかしに引っ越すという手もある。むかしのざしきはもっと静かなはずだ。 グッドアイデアでござる。60年前にいるおじいちゃんに手紙を書こう。 ウフフー、ウフフー(と、鼻歌を歌いながら、大きな手紙を書き始める。書いてから朗読する。)
「ざしきジィジィさま
ジサマには、ごきげんよろしいほで、けっこです
うちの子供たちは、ざしきでバンド練習してうるさいです。
むかしのしずかなざしきに引っ越したいので、呼んでください
手紙をまっています。
平成十七年五月十七日
孫のざしきぼっこ 拝」
ハイハイハイ、書けましたよ。立派に書けました。
手紙を出して来よう
ウフフー、ウフフー、ウフフー、ウフフー
(というエコーの中でスポットライトも消える。)

【二場】
(幕が開く。教室の場面、中幕は閉まっていて、その前に生徒達がイスに座っている。 教師は白板の前に立っている。)

賢治先生 ではみなさん、こういうふうにめもりが、2、4、6と 並んでいるのを2飛びといいます。二つずつ飛んでいますね。石川さん、 ためしに飛んでみてください。
生徒L(石川) はい、では飛びまーす。2、4、6(と言いながら跳んでみせる。) 先生、これでいいですか?
(みんなが注目している。)
賢治先生 はい、いいです。では、6の次の四角には、何が入るでしょうか?松村さん、 あなたにはわかっているのでしょう。
生徒M(松村) 8です。
賢治先生 はい、そうです。6の次は8、そのつぎは10、12と続きます。 これが、2飛びの目盛りです。よくあるので、覚えておきましょう。
つぎは、この下の目盛りです。0、次に5、10となっています。
これは、なん飛びですか?谷さん
生徒N(谷) 5飛びです。
賢治先生 そうですね。5ずつ飛んでいます。これもよくある目盛りです。
賢治先生 そして、次が10飛びです。これは、いろんな目盛りに使われていますね……。
生徒M たしか自動車のスピードメーターは10飛びでした。
生徒N 電車も10飛びです。
賢治先生 そうですね。のりものはだいたい10飛びかな……。
(と、先生の話を遮って)
たけし 賢治先生、タイムマシーンの目盛りも10飛びですか、100飛びですか?
賢治先生 えーっ、何だって?
たけし タイムマシーンですよ。むかしにもどったりできる……。 あのタイムマシーンには、30年前とか100年前とか、目盛りがありますよね。 その目盛りは、10飛びですか? 100飛びですか?
賢治先生 うーん、むずかしい質問ですね。そもそも時間を逆にもどれる タイムマシーンなんて、できるのかな。ぼくも、銀河鉄道とかいろんなのりものを考えたけれど、 タイムマシーンはやっぱりむりなような気がするんだ。
生徒L だめですか……タイムマシーンておもしろそうなんだけどなぁ。 むかしにもどれたら、いっぱいいろんなものが見られるかもしれないのに……。
たけし 今年は、ぼくたちの学校ができて30周年だけど、 むかしの学校がどんなだったかも見てみたいような……。そう思わない? それに……
賢治先生 それに何?
たけし ぼくは、むかしの生徒に聞いてみたいことがあります。
賢治先生 どんなことを聞きたいのかな。
たけし ぼくはよくわからないんです。この学校に入学してもう一年もたつのに、 まだそれでよかったのかどうか決められないんです。
賢治先生 まだ、悩んでいるのかい。
たけし 自分でもよくわからないんです。ぼくは、この学校の友だち、 モモとか二郎とか、それに中学校の友だちやらといっしょにバンドをやっています。 それで、いまでも迷っているんです。どうなんだろうって……。 だから30年前の先輩に聞いてみたいんです。「この学校に入学してよかったですか?」、 「そんなことで悩んだことはないですか?」って、タイムマシーンで行って、聞いてみたいんです。 なあ、みんな。(と、呼びかける。)

(みんなが立ち上がって、「タイムマシーンの歌」を歌う。)

タイムマシーンができたらいいな
タイムマシーンができたらいいな
むかしの世界へひとっ飛び
一つのめもりが十年刻み
百のめもりで一千年
会ってみたいな聖徳太子
額田の君とツーショット
Vのサインは夢の夢
タイムマシーンができたらいいな
タイムマシーンができたらいいな
未来の世界へ早送り
一つのめもりが十年刻み
百のめもりで一千年
乗ってみたいな未来の電車
ドラエモーンとツーショット
Vのサインは夢の夢

(暗転)

【三場】
(たけしの家の居間)
(中幕が開くと、隣の座敷から「たこやきのうた」の練習をしている音が聞こえてきます。 「たこやきの歌」は、ジョン・レノンの「Power to the people」の リフレインに乗せて歌われます。)
生徒たちの声のみ (「たこやきのうた」)

 たこやきピープー
 たこやきパーティー
 たこやき 一つ
 たこやき 二つ
 たこやき 三つ
 たこやき 四つ
 たこやき 五つ
 たこやき 六つ
 さんびゃくえん
 ありーがとう

(この歌詞を延々繰り返します。)
(音楽が小さくなり、舞台袖にざしきぼっこが現れる。)
ざしきぼっこ 相変わらずうるさいな。早くおじいちゃんから手紙が来ないかな、 ウフフー、ウフフー、家出の準備をして、郵便屋さんを待っていよう。 では、玄関へまずはそろりそろりとまいろう。
(ノックの音が聞こえる。)
ディレクター(声) こんにちは、こんにちは……。
ざしきぼっこ おや、お客様のようだ。隠れて様子をみてみよう。 (と、舞台そでに隠れる。)
たけしの母(さき) はーい。どちらさまでしょうか?
ディレクター 私は、奈良テレビのディレクターの沢井といいます。 こちらカメラマンの砂田さんです。
カメラマン 砂田です。よろしく。
ディレクター 「たこやきバンド」の取材できたんですが、いいでしょうか。
たけしの母(さき) まあ、まあ、どうぞ、どうぞ。いま練習しているところです。
たけしの父(菊次郎) あんた、ほんとうにテレビ局の人?
カメラマン もちろんです。このカメラ本物ですよ。
たけしの父(菊次郎) だったらおれも写してくれないかな。
ディレクター いえ、おとうさんじゃなくて……、 この番組は「菊次郎とさき」じゃないんですよ。ニュース番組なんですよ……。
(練習が終わったらしく、みんなが話しながら現れる。)
たけしの母(さき) あら、練習が終わったのね。たけし、こちらは奈良テレビの方で、 バンドを取材したいんですって……。
たけしの父(菊次郎) さっきから待ってもらってんだ。
ディレクター 練習風景を撮ってもいいかな?
たけし それはかまわないけれど……、なあ、みんな……。
一同 (頷く。)
二郎 テレビに映るんですか?
カメラマン 明日の6時からのニュースに出ますよ。
たけし ぼくたちの歌がテレビに?
ディレクター そうです。みなさんがテレビに映ります。
郵便屋(声) 郵便です。北野たけしさん、北野たけしさん、郵便です。
たけしの母(さき) はーい、どうぞ。
郵便屋 北野たけしさんにハガキです。
たけし ぼくが北野たけしですが。
郵便屋 北野たけしさんですね。これは必ず本人に渡す決まりですので……赤紙です。 おめでとうございます。
(郵便屋さんは、赤紙を手渡して去る。)
たけし 赤紙? 何かなこの赤い手紙……、どっかにしまってあったみたいで、 シミがついてるよ。
たけしの母(さき) 赤紙と言えば、わたしもはっきりは知らないけれど、 むかし、若い人を兵隊に呼び出した召集令状みたいね。
ざしきぼっこ あっ、その手紙、それはぼくに来たものです。 (不意にタンスの陰から現れる。)
たけし あれっ、オマエはだれなの。いままで姿が見えなかったのに、 きゅうに現れたな。だれなの?
ざしきぼっこ ぼくは、ざしきぼっこでござる。
三郎 ふーん、あやしいやつやな
二郎 この前、いたずらをしたのはこいつとちがうか。
花子 あなたでしょう、おまんじゅうを食べたのは?
ざしきぼっこ すいません。ついおいしそうだったので……。
たけしの母(さき) たけしさんが内のざしきぼっこだと思っていたら、 ざしきぼっこがもう一人いたのね、よかったわ
たけし よかったのかどうか。いたずらばっかりしているよ、こいつ。
ざしきぼっこ だから、あやまっているでしょうが、……それより、その手紙。
たけし ああ、何が書いてあるのかな。ぼくあてだから読んでもいいかな
「北野たけしさま
あなたには、ごきげんよろしいほで、けっこです
ざしきでバンド練習してますか
あした、奈良の公会堂で兵隊さんの壮行会をしますから、おいでんなさい
ギターをもって、孫のざしきぼっこといっしょに
カメと蛇バスを送りますので、カメについておいでんなさい
昭和二十年五月十九日
ざしきジィジィ」
たけし 何これ?
ざしこぼっこ おじいちゃんからの手紙です。
三郎 この「兵隊さんの壮行会」って何のこと?
ざしきぼっこ わかりませんね。行ってみないことには
モモ そのおじいちゃんていうのは、どこにいるの?
ざしきぼっこ 60年前のむかしにいます。
60年前というと日本は戦争中で、じいちゃんの住んでいた家が空襲でやけたので、 いまはしかたなしに奈良の公会堂の隅っこに住んでいるらしいです。
たけしの父(菊次郎) そうかな、奈良はあまり空襲がなかったって聞いてるけどな、 ……まあ、ざしきぼっこさんのじいさんも苦労してんだ。
花子 でも、いくらざしきぼっこでもそんな60年前に行ったりできるの?
たけし タイムマシーンはできないって賢治先生が言ってたよ。
ざしきぼっこ いや、タイムマシーンはむずかしいですが、時間のトンネルがあるんです。 そのトンネルを通っていくと昔に行けるんです。それは何もむずかしくはありません。 ただ、むずかしいのは、トンネルの入口を見つけることです。どこにあるかわかりませんからね。
モモ どうしたら見つけられるの?
ざしきぼっこ ぼくにもわからないけれど、向こうからカメを送ってくれるから、 ……蛇バスって何のことかわかりませんが、カメはカメだから、…… カメが出てくる穴を探せばいいのです。
三郎 ということはカメ探しだな。明日からカメを探せばいいんだ。
ディレクター おもしろいね。バンドの番組よりおもしろくなってきたよ。 こちらも取材しよう。たけしさん、いいですね。
たけし べつにええけど……。
(暗転、司会者登場)
トリビアの泉の司会者 トリビアの泉の司会者です。ということは、 「タイムマシーンはできない」というのはガセということになります。 賢治先生のガセビアです。二度と現れないように、ガセビアの沼に沈めてしまいましょう。
(暗転)
(舞台の前で、生徒たちがカメを探しまわる。) 生徒たち カメはいないかな、カメさん、やーい。カメ五郎、カメ助、カメ太郎、 どこにいるんだ。
【四場】
(学校の玄関、大きなのっぽの古時計が正面にある。動いていない。)
校長 どうぞ、学校の中も取材してもらってもかまいませんが、 ただ、あまり変な場面を撮らないようにお願いしますよ。
ディレクター わかりました、校長先生、いい番組をつくりますよ。 ……ところで、 この大きな古時計はたいそう 立派なものですね。動いていないようですが……。
校長 元は奈良の公会堂にあった時計なんですが、この学校ができた 30年前にゆずってもらって、この玄関に置いてあります。
カメラマン この時計も撮っておきましょうか?
ディレクター そうしてくれ。
たけし あっ、テレビ局の方ですね。
ディレクター やあ、昨日はありがとう。……ところで、 カメの方はどうなったの?
二郎 探してるんですけどね。分かりません。
たけし カメといってもなー。昨日から道を歩いているときも、 カメ、カメ、カメと唱えながらカメを探してるんですが……。
モモ 大きいカメか小さいカメかそれもわからないしね。
生徒R さがしてもさがしてもカメはいませんね
生徒S ゴキブリみたいにそんなにあちこちにはいないですね。
(ざしきぼっこが登場する)
ざしきぼっこ ああ、つかれた、朝からカメ探しでつかれてしまった。
校長 うっ?あなたは誰ですか? 不審者のような気がする。
ざしきぼっこ それがしは、たけしさんの家のざしきぼっこでござる。よろしくでござる。
校長 ざしこぼっこですか、これはまためずらしい。天然記念物みたいなもんだ。
ざしきぼっこ ほっといてください。人を山椒魚みたいに……。
校長 ところで、さっきからみんなが探しているカメというのは何ですか?
ディレクター それが、不思議な話なんです。ここにいる、たけしさんちの ざしきぼっこのおじいさんが、60年前から送ってくれたらしいです。 そのカメの出てきたところが、時間の穴の入口ということで……。
(突然古時計が「ボンボン」鳴り出し、振り子が動き始める。)
生徒R 古時計が鳴ってる。
生徒S あーっ、振り子が動いている。
生徒T 気持ち悪ーい、なんか音が聞こえるよ。おばけがでてきそうだ。
(「ジャン」と蛇おどりの鐘が打ちならされ、それらしい音楽が聞こえてくる。 例えば、マーボハルサメのCMソング。)
生徒R 何か出てきたよ。おばけじゃないぞ。カメだ。
生徒S カメだけじゃないぞ。蛇おどりの蛇も出てきたよ。
(扉が開いて、カメが登場。その後ろから二人の中国服を着た男たちが、 蛇おどりの玉と頭を持って出てくる。玉は時計になっている。)
カメ (プラカードを掲げている。そこには0という数字が書かれている。)
蛇おどりの時計の玉と頭 (うやうやしく礼をして)蛇おどりの蛇バスです。 お迎えにきました。
ざしきぼっこ カメだ。ざしきジィジィが送ってくれたカメだ。
(カメは、プラカードを掲げて、モデルのように一回りして、背中の甲羅を見せる。)
たけし 古時計だったのか……。今は、この古時計がタイムトンネルの入口なんだ。
二郎 ここから入って、蛇おどりの蛇バスに乗って行けば、60年前の世界に行けるんだ。
校長 待ちなさい。60年前と言えば、わしがうまれた年だ。戦争の最後の頃だ。 五月十九日といえば、まだ戦争が続いていた。何か危険があるかもしれない。 やめた方がいいかもしれんぞ。
ざしこぼっこ 君たちはやめたら、ぼくはぜったいに行く
たけし ぼくも行くよ。君のおじいさんから赤紙の招待状をもらったのはぼくだからね。 校長先生行かせてください。
校長 そうか、どうしても、行くんなら、しかたがない、わしもいっしょに行くか……。
二郎 そうしてください。みんなで行きましょう。
たけし 三郎や花子も呼んでくるんだ。
(三郎、花子登場)
ディレクター 校長先生、私たちもついていきますよ。こんなチャンスはめったに ありませんからね。いい番組ができますよ。いいかね、君たちも、カメラさん、いい映像を頼むよ。
カメラマン おもしろくなってきましたね。
ざしきぼっこ じゃあ、ぼくは行きますよ。カメさん頼むよ。ついて行くからね。
蛇のおどりの時計の玉 蛇おどりの蛇バスが発車します。60年前行きです。
蛇おどりの頭 蛇バスの胴体を離さないようにおねがいします。うろうろしていると、 時間の迷子になりまーす。
(古時計は中幕の前におかれていて、扉から入って後ろに出られるようになっている。 「ジャン」と蛇おどりの鐘が鳴って、カメを先頭に、蛇おどりの玉、頭に続いて、 胴体の棒を持った生徒たち一同、舞台で一舞してから、古時計の扉の中に消える。)
二郎(声) うわー、真っ暗だ。(エコーがかかってて、トンネルの雰囲気。)
たけし(声) はぐれてしまうよ。いいかい、棒を離しちゃあだめだよ。
モモ(声) 暗いけれど、蛇でつながっているから大丈夫。
(暗転)

【五場】
(舞台の前の張り出し。場所は奈良市の公会堂の入ったところのロビーという設定。 古時計は舞台の上手、幕の前にある。)
(「ジャン」という蛇おどりの鐘が鳴って、時計の扉が開いて、スポットライトの中に、 カメ、蛇おどりの玉、頭、に続いて一同が現れる。 カメの持つプラカードの数字が60になっている。)
蛇おどりの時計の玉 はい、60年前に着きました。
蛇おどりの頭 お忘れもののないようにお願いしまーす。
モモ あー、まぶしい。やっと出られたわ。
(時計の陰からざしきジィジィが現れる。白化粧して、箒を持っている。)
ざしきジィジィ いらっしゃい、ざしきジィジィですじゃ。 ようこそ60年前の世界へ来られましたな。
モモ キャー、びっくりした。
たけし やっぱり、ざしきぼっこと似ているね。
二郎 顔が白いのだけはね。
ざしきジィジィ (カメと蛇おどりの玉と頭に向かって)いやあ、ごくろうさん、 ごくろうさん。
ざしきぼっこ ジィジィ、会いたかったよ。
ざしきジィジィ おやおや、ひさしぶりじゃな。元気にしとったかな?
ざしきぼっこ うん。元気だけど、座敷がやかましくて……。
ざしきジィジィ バンドの練習をしてるらしいな。それを聞いて呼んでみたんじゃが……。 ところで、北野たけしさんというのは、どなたですかな
たけし ぼくがたけしです。
校長 私はたけしくんの学校の校長です。いま、私たちはどこにいるのですか。
ざしきジィジィ きょうは昭和二十年の五月十九日、ここは奈良市の公会堂ですじゃ。 兵隊さんの壮行会が、この会場で、きょうの夕方6時から開かれるんでな。 たけしぼっちゃんが音楽の練習をしておられるというので、演芸会に招待することにしましたじゃ。
(兵隊が二人どたどたと駆け込んでくる。)
兵隊A ジィジィ、この人たちか? 未来から来られたのは……。
ざしきジィジィ そうですじゃ。
兵隊A それなら、たこやきバンドの人たちにお願いが……、 「ぼくもいくさにいくの」ですが……それで、今日は、その送別会なんです。
ざしきジィジィ こちらは、空襲で焼けるまでわたしがざしきに住まわせて もらっていた家の坊ちゃんとその友だちですじゃ。
兵隊B よろしく。ざしきジィジィに聞いたんですが、あなたたちは、 60年の未来からいらっしゃったそうですね。そこに戦争はありますか?  大日本帝国はまだ戦争していますか?
たけし 戦争なんかありません。太平洋戦争に負けてから60年間、 戦争は全然ありません。
兵隊A そうか、やっぱり戦争に負けるのか、オレたちは負け戦で死んでいくのか。 しかし、オレたちが死んでも、それで日本に平和が来るのなら オレたちの死はムダではなかったということになるのか。その未来の世界、見てみたいなあ……。
兵隊B いや、それでもオレは死にたくない。赤紙一枚で連れて行かれて、 「だれもいないところでひょんと死」ぬなんてあわれすぎる。オレはまだ二十歳だ。死ぬには早すぎる。 おねがいだ。いっしょにオマエたちの時代に連れていってくれ。
モモ そんなことを言っても
兵隊A おい、そんな無理をいっても、できることじゃないよ。
兵隊B おまえは、死んでもいいのか。おれは死ぬのはいやだ。いっしょに行く。
たけし ぼくと三歳しか違わないのに、兵隊にいくのか、 怖いだろうな。いっしょに連れていってあげたいけれど
ざしきぼっこ だめだよ。そんなことをしたら、 何もかもちょうめちゃくちゃになっちゃうような気がする
(空襲警報がなる、生徒たちがうろたえて、舞台は騒然となる。 「空襲警報、空襲警報」の叫びが聞こえる。)
兵隊B めずらしいな。こんな時間に……。
兵隊A 大阪で空襲をしてきたもどりかな。
ざしきジィジィ 奈良には爆弾は落とさんでしょう。
校長 そんなのんきな……万が一ということもある。 みんな急いで時計の中に避難するんだ。カメさんたのむよ、もう少し平和な時代に、 急いで、急いで。
蛇おどりの時計の玉 はい、蛇バスが発車しまーす。お急ぎください。 30年前いきでーす。
一同 (再び「ジャン」と蛇おどりの鐘が鳴って、音楽が早回しでかかり、 一同、カメを先頭に慌てて古時計の中に入っていく。兵隊達も続く。)
(暗転)
(兵隊の台詞中の「 」は竹内浩三の詩より引用)

【六場】
(前場同様、幕前の張り出し)
(暗い中で終戦の詔勅が流れる)
ナレーター 戦争が終わりました。
(「りんごの歌」が流れる。)
(前奏が流れて、美空ひばり、登場)
美空ひばり 美空ひばりです。
 (「リンゴ追分」の一節を歌う。)
リンゴの花びらが
風に散ったよな
(美空ひばり、恭しく礼をして退場)

(眼鏡にちょび髭のエンタツとオールバックのアチャコが登場)
二人 エンタツ・アチャコです。よろしくお願いします。
アチャコ この前の日曜日に、友だちと奈良公園に遊びにいったで。
エンタツ どのあたりに行ったん?
アチャコ 二月堂から三月堂の道を通って……。
エンタツ 四月堂から五月堂、もひとつおまけに六月堂……。
アチャコ なんぼなんでも、それはむちゃくちゃでござりまするがな。
二人 ちゃんちゃん

カメラマン 歴史に残る大歌手と漫才ですね。こんなのが撮せるというのは、 しあわせなことです。
ディレクター しかし、どうもへんだな。エンタツ・アチャコの漫才は、 戦争前じゃなかったかな。ざしきぼっこが言っていたように時間がおかしくなってきて いるような気がする……。
(舞台暗くなる)

【七場】
(幕が開くと、30年前の学校の玄関、ぼんやりと輪郭が見える程度の暗さ。校歌が流れる。)
ナレーター いまから30年前に保護者の方たちの願いによって 高等養護学校ができました。
(「ジャン」と鐘が鳴って、蛇バスが登場する。)
蛇おどりの時計の玉 つぎは、30年前のバス停でございまーす。
蛇おどりの頭 向こうに見えますのが、新しくできた高等養護学校でございまーす。 ……はい、到着でございます。
カメ (30年前のプラカードを掲げて現れる。)
たけし 30年前だね。ぼくたちの学校ができた時代だ。
モモ 古時計は、もう学校の玄関にあるわ。
二郎 西側の半分しか校舎がないね。
校長 そうだよ。東側は後でできたんだ。(と、校長がポケットから髭を出して 鼻の下につける。)
初代校長 いらっしゃい、私はこの学校の初代の校長です。
二郎 どう見ても一人二役のような気がするけれど……
たけし 学校の生活はどんなだったんですか?
初代校長 では、生徒諸君に作文を読んでもらいましょう。
(スポットライトにディレクターが浮かび上がり、カメラが撮影する。)
ディレクター では、30年前に学校ができた頃の生徒さんに作文を 読んでいただきましょう。
(むかしの生徒、男子は詰め襟、女子はセーラー服で登場、生徒達つぎつぎに作文を朗読する。)
(20周年記念文集「杉」より)
むかしの生徒A わたしは8回生です。
「はじめて高等養護学校へ入学してよかったと思います。それに友達がいっぱいできました。 とてもうれしかった。私は、運動会と文化祭がとてもたのしかった。 学校がとっても一番よかったです。マラソンもよかったです。高一年の時にスキーへ行きました。 私は少しだけすべれました。でもしりもちをしました。とてもたのしかったです。」
むかしの生徒B 「ぼくは学生時代のおもいでといえば修学旅行でした。 山口県の秋芳洞と秋吉台、サファリパークがよかったでした。広島の平和記念公園、 原爆ドームもよかったでした。」
二郎 広島に修学旅行に行ってたんだ。
ディレクター では、次は十回生の人……。
むかしの生徒C 「学校での三年間は、いろいろなけいけんをしました。 園芸では、じゃがいもをつくったりして、畑をたがやすのに、こううんきを自分で、 うごかしたのが、楽しかったです。じゃがいもだけでなくいろいろなやさいや、 くだものをつくりました。そのなかでも、温室で、メロンをつくったのがいんしょうに のこっています。メロンをしゅうかくしてから、糖度まではかりました。」
むかしの生徒D 「私の思い出に残っている事は文化祭です。中学校の時、 そんなのなかったので、どんなものかなあとおもいました。特に思い出に残っているのは 、学年べつの学習発表会でした。一年生の時、ちょっと忘れてしまったけれど、 二年の時は「走れメロス」というげきをしました。その時私は、ナレーターと、 マラソンのレポーターをしましあた。私の番が来てぶたいに出た時は、 本当にきんちょうしました。」
ディレクター 30年前に学校ができたころの様子が目に見えるようです。 これで30年前からの中継を終わります。
たけし ちょっとまってくれよ。(と、暗がりから飛び出してくる)
ディレクター どうしたんですか、たけしさん
たけし 聞きたいことがあるんだ。そのためにタイムトンネルでやってきたんだから
ディレクター 何を聞きたいのですか。もう、あまり時間がないので、 手短にしてくださいよ。
たけし あなたたちはもう学校を卒業してしまっているから分かると思うんです。 先輩は、この学校にきてよかったですか?
ディレクター(生徒にマイクを向ける) どうぞ……。
むかしの生徒A どうかな、まだわかりません。これからもズーと 生きてみないとそれはよくわからないけれど、……。
むかしの生徒D わたしは、よかったと思います。楽しい思いでがたくさんできたから……。
むかしの生徒B ほんとうの友だちもたくさんできたしな。
たけし ほんとうの友だちですか?
むかしの生徒B そうです。
たけし この学校に来たことを後悔してませんか?
むかしの生徒C 何を後悔するの? やりなおしはきかないでしょう。 時間はもどらないんだから……。
モモ そうですよね。じゃあ、さようなら。わたしたちは現代の世界に帰ります。 たけしさん、行くわよ。
むかしの生徒A おい、待てよ。聞くだけかよ。先輩に失礼なやつだな。
むかしの生徒C おれたちも連れていってくれよ。30年後の学校がどうなっているのか 見てみたい。
むかしの生徒D 文化祭の劇も見たいわ。
たけし それは、どうかな……(と、ざしきぼっこを見る)
ざしきぼっこ (首を振る。)ダメです。
むかしの生徒D どうしてなの?
ざしきぼっこ そんなことをしたら、時間がめちゃくちゃになってしまうからです。
ディレクター そう言えば、時間がずれてきているのかな、 むかしの生徒もいろんな卒業生が混じっていたし……。
(空襲警報のサイレンが鳴り響く。)
ざしきぼっこ もう時間がどんどんおかしくなりはじめている。 六十年前と三十年前が混じってきた。学校まで空襲警報が追いかけてくるなんて……。
校長 (付け髭をとって)どうなっているのか分からんから、 とにかく、急いで時計の中に入るんだ。
蛇おどりの時計の玉 お急ぎください。現在行き蛇バスが発車いたしまーす。
(「ジャンジャン」と鐘が鳴って、蛇おどりの時計の玉を追って、 一同、ぞろぞろと時計に入っていく。)
(七場、八場は同じような背景なので、ここで蛇バスのお練りを入れるのも一つの 演出かもしれません。時計の中に入った蛇バスが、舞台袖から客席を横切って一踊りして いく。その間、「ウワー、真っ暗だ。」「もうすぐ帰れるのか」などの声。)

ナレーター この30年の間にに男子の制服が学生服からブレザーに変わりました。
女子の制服がセイラー服からブレザーとベストに変わりました。
そんなふうにしてこの学校も30周年を迎えました。とろこで、蛇バスのみなさんは、 タイムトンネルを抜けてもう現代に着いたかな。
(暗転)

【八場】
(現代の学校の玄関。生徒達は反対の舞台袖から入って、「ジャン」という鐘が鳴って、 再び時計から出てくる。続いて、兵隊や漫才師や昔の生徒がぞろぞろとついてくる。)
蛇おどりの時計の玉 はい、蛇バスの終点、現在でございまーす。
蛇おどりの頭 お忘れもののないようにお降りください。
(ここで、むかしから来た人たちのグループと現代のグループが左右に分かれる。)
モモ やっといまの世界にかえってこれたわ。
二郎 どうなることかと思ったよ。
兵隊A(追いかけてくる) これが60年後の平和な世界か。 ほんとうにもう戦争はないの?
モモ 60年間一度も戦争しなかったわ。
校長 日本は戦争はしていないけれど、世界で戦争がなくなったわけではない。 そこが悲しいところだ。
兵隊B 兵隊に行って死ぬ若者はいないのか?
三郎 そんな人は今はいないよ。
兵隊B おれはこの世界に住むことにする。
むかしの生徒A ぼくたちも30年後の学校をすこし見てみたいよ。
むかしの生徒D いま、ちょうど文化祭のようだからきょうは模擬店で何か 食べていきたいわ。
エンタツ 文化祭におじゃましますか?
アチャコ 「か」はいらんて……、もうむちゃくちゃでござりまするがな。
(突然、古時計の文字盤に顔があらわれる。「ボンボン」という音や古時計の声はエコーがかかって 恐ろしげに響く。みんながおどろいて、 古時計に注目する。)
古時計 何をふざけたことを言っているのだ。 むかしの人はむかしにかえりなさい、おまえたちはいまの世界では生きていけないのだ。
兵隊A どうして、許してくれないのだ?
古時計 そんなことをしたら世界がむちゃくちゃになってしまう。自分の時代に帰りなさい。 さあ、カメよ、蛇おどりの蛇よ、おまえたちがつれてきた 兵隊さんを連れていくのだーー。
(「ジャン、ジャン、ジャン」と鐘が急かすように鳴る。)
兵隊B いやなもんだ。かえるもんか。帰ったら命があぶないんだ。 助けてくれよ。(と、膝を落とす。)
古時計 だめだ、こればかりは許すわけにはいかん。……むかしの生徒たちも 自分の時代に帰りなさい。
むかしの生徒A 今日一日だけだよ。文化祭見物するだけだから……。
生徒V ほんのちょっと見物するくらいいいじゃないか。
生徒W 許してやってよ。古時計さん。
古時計 だめだ、だめだ。時間に例外なんかないんだ。むかしに帰りなさい。
蛇おどりの時計の玉 だめだといってるだろう。乗りなさい。
(と、兵隊Bをむりやり立たせて、蛇バスに並ばせる。)
蛇おどりの頭 もうみんなも乗るしかないんだよ。じたばたしないで乗りなさい。
アチャコ むちゃくちゃでござりまするがな。
(むかしの人々、口々に不満を漏らしつつも、蛇おどりの玉や頭にせっつかれて しぶしぶ蛇バスに並ぶ。)
古時計 さあ、はやく出発しなさい。
蛇おどりの時計の玉 では、むかし行き出発しまーす。
蛇おどりの頭 心のわすれものをしないようにお願いしまーす。
(「ジャンジャン」と鐘がなって、蛇バスが古時計の中に消えていく。)
古時計 タイムトンネルの入口を閉じます。五秒前、三秒前、ボンボンボン。
(時計が鳴り終わると、時間から歯車やらゼンマイが飛び出してくる。) これでいいのだー。時間はまもられたー。
ざしきぼっこ あー、古時計が壊れてしまった。あーあ、もう、 むかしの世界にいけなくなってしまいました。
二郎 また、いつかタイムトンネルにつながるかもしれないよ。
モモ あーあ、あの人たちむかしに帰ったらどうなるのかしら……。
三郎 どうなるのかなあ
(一同、深いため息。と、突然たけしがしゃべりだす。)
たけし ざしきぼっこさん、お願いがあるんだ。
ざしきぼっこ とつぜんなんだよ。
たけし ぼくの家を出ていくのはやめてくれよ。君がむかしに引っ越していったら ぼくの家がビンボーになるんだろう。それだけじゃなくて、いまの世界がビンボーに なってしまうよ、頼むよ。出ていかないでくれよ。
ざしきぼっこ そうだなあ、いくらやかましくても、赤紙一枚で兵隊に取られたり、 ざしきジィジィみたいに空襲で焼け出されるよりいいかな。
ディレクター ところで、たけしくん、きみの悩みは三十年前の先輩の話を聞いて、 もう消えてしまったのかな?
たけし この学校に入ってよかったかどうかはわからないけれど、友だちもできたし、 楽しい思い出もあるし、卒業してから後悔しないようにがんばっていくしかないとわかりました。
ディレクター そうだよな。ぼくもそう思うなあ、なあ(と、カメラマンに声をかける)
カメラマン ディレクター、おかしいですよ。(とビデオテープを取り出して、 見ている。)このビデオ写っていませんよ。むかしに行って撮ったビデオ、 みんな写ってないんです。
ディレクター えー、そんなバカな、ちゃんと撮っていたのになー……、 いや、まてよ、もしかしたら、むかしの映像は映らないのかもしれない。
校長 ビデオなんかなくてもいいじゃないか。むかしにいけなくても、 ビデオに映っていなくても、むかしのことは思い出になって残る。それでいいんだよ。 それが一番いいんだよ。
一同(登場)(ジョン・レノン「イマジン」のメロディで)

  想いみてごらん
  いくさもなく
  国のために
  死ぬこともない
  誰もがいきいきと今を生きてる
  夢ではなく
  ぼくらの道に
  あなたが寄り添うなら
  世界がひとつに

  想いみてごらん
  いじめもなく
  したいことを
  あきらめないで
  誰もがいきいきと今を生きてる
  夢ではなく
  ぼくらの道に
  あなたが寄り添うなら
  世界がひとつに

生徒 私たちの劇をごらんいただきありがとうございました。
                        【完】

「タイムマシーンの歌」はオリジナルで、戸上千里さんに作曲していただいた 譜面もあります。
「楽譜のページ2」には、こちらからどうぞ。

追補
この脚本を使われる場合は、必ず前もって作者(浅田洋)(yotaro@opal.plala.or.jp)まで ご連絡ください。


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