地球でクラムボンが二度ひかったよ(改訂版)
―宮沢賢治が原爆のピカを見た(一幕一場)―
2012.1.16

【あらすじ】
賢治先生(宮沢賢治)が、銀河鉄道の駅の近くの展望台から望遠鏡を覗いていると、地球がピカッとひかったのです。 そもそも地球は惑星ですから、自らはひかりません。ふだんは宇宙の闇の中にまぎれているのですが、 その日はなぜか一瞬ひかりを発したのです。賢治先生は、よだかに自分の幻覚でなかったことをたしかめ、 クーボー大博士にその説明を求めます。博士の話によると、展望台は地球から66光年離れていて、 あのピカは、原子爆弾の閃光かもしれないと告げます。 66年前、広島に落とされた原爆のピカが66光年を隔てたこの銀河鉄道の駅にいま届いたというのです。 光と一緒に竃猫からの電報が届いたと月夜のでんしんばしらが持ってきます。 竃猫は、広島にある猫の事務所に四番書記として勤務しているのです。 電文でもたらされた広島の被害状況は悲惨なものです。3通目の電報は、竃猫が飼われている家の主人である 原民喜の詩です。 原爆を記録した詩です。
原爆の被害から、原爆の開発秘話に話が進み、大統領宛に研究を勧める手紙を書いたということで、 銀河鉄道に同乗していたアインシュタインが呼び出されます。
………………………………
原爆の被災を放っておけず、賢治先生は昭和20年の地球に戻ろうと決意します。
しかし、現在地は地球から66光年離れた銀河鉄道の駅です。光の速度で飛行しても地球に帰り着くまでに 66年かかります。瞬間移動できたとしても、現時点の地球は戦後66年の地球です。 では、賢治先生は、どのようにして戦争末期の地球に帰還できるのでしょうか。
あとは読んでのお楽しみ……。

【では、はじまりはじまり】
舞台の背景は星空。銀河が斜めにかかり、それに沿うように銀河鉄道の線路が延びている、そんな絵柄。
場所は銀河鉄道の白鳥駅のプラットホーム。銀河鉄道の列車が止まっている。 コイン式の望遠鏡が二つ客席に向かって並んでいる。白鳥駅の看板、下に左矢印蠍座駅、右矢印大熊座駅。 昔風のベンチもある。

【登場人物】
 宮沢賢治 (賢治先生と呼ばれているが、銀河鉄道の車掌でもあり、賢治の写真にあるような 黒いコートに帽子姿、ただし帽子は車掌帽)
 月夜のでんしんばしら ボール紙を巻き付けてそれらしい扮装で
 クーボー大博士 白髪のお茶の水博士の風貌
 よだか 嘴つきの帽子のような被り物、羽をつけている。
 ジョバンニ ふらっと家を出てきたような私服
 カンパネルラ おなじく私服
 鳥捕り 赤ひげ
 青年 姉弟の家庭教師、学生服
 女の子 姉
 男の子 弟
 アインシュタイン 白いつなぎの作業衣に、アインシュタインのお面を頭に冠り、 パイプを持っている
 バナナン大将 軍服にお菓子の勲章をつけている
 グスコーブドリ 精悍な若者

【一幕一場】
(幕が開くと、宮沢賢治先生とよだかが望遠鏡を覗いているが、幕が上がりきった時点で よだかは賢治先生の後ろに控える)

賢治先生(望遠鏡から目を離して) 「なあ、よだかよ、おまえも見たか、あのひかりを。 わたしはついさっき望遠鏡を覗いていて、偶然目にしたのだ。 天の川の底の砂金の粒が揺れたような小さなピカを……。」
よだか 「はい、賢治先生、たしかに私もみました。 弱々しく見逃しそうなかすかなひかりでしたが、しかしどこか不吉なあのピカを……。」
賢治先生 「あれはいったい何のひかりだったのか?」
よだか 「わたしが空に翔のぼって翔のぼって、ふっと気が遠くなって、 気がつくと自分のからだがしずかに燃えているのを発見したとき、 そのひかりは燐の火のような青い美しい光でした。あんな不吉な光ではなかった。」
賢治先生 「いまもよだかの星は燃えつづけている。みずからを浄める青いひかりを発して……。 しかし地球はちがって、自らはひかりを発しない惑星だ、ふだんは宇宙の闇のなかにまぎれている。 それがきょう一瞬だがピカッとひかったのだ。…… ふしぎなひかりだった。」
よだか 「たしかにあれはふしぎなピカでした。みずから発したひかりでありながら、 みずからを浄めるひかりではなかった。いったいあのひかりは何だったのでしょうか。」
賢治先生 「浄めるひかりというより、 人間の持つどうしようもない悪いものが触れあってパチッとショートしたような、 そんな……ひかりかただった。……。
(ジョバンニとカンパネルラが列車の扉を開けて出てくる)
ジョバンニ 「あーあ、長い停車ですね。……どうかしたんですか?」(と、賢治先生に尋ねる)
賢治先生 「ああ、ジョバンニ、さっき望遠鏡を覗いていたら、地球が一瞬ピカッと光ったのです」
カンパネルラ 「地球がピカッと……、この距離だと、その望遠鏡では、 ふだんは地球なんか見えないですよね」
賢治先生 「そうです。カンパネルラ、望遠鏡の方向を合わせても真っ暗なだけですが、 いまだになつかしくてつい見てしまう。…… ところがさっき覗いていたら暗い中で地球がピカッと光った」
カンパネルラ 「何かあったのでしょうか?」
賢治先生 「はい、何かあったんでしょうね。それも、66光年も離れたこの白鳥駅まで 光が届くということは、よほどの大大爆発のようなものがあったにちがいないのです。 科学的にはどんな可能性があるのでしょうか? それは……と、 クーボー大博士に聞くしかないな。よだかよ、クーボー大博士を呼んでくれ。 グリーン車で本を読んでおられるはずだ。丁重にお願いして、お尋ねしたいことがありますって、……。」
よだか 「はい、わかりました。お呼びしてきます」(と、よだか去る)
ジョバンニ 「クーボー大博士というのは、そんなにすごい科学者なんですか?」
賢治先生 「そうです。光の化石の研究では現代の五本の指に入ると言われている大科学者です。」
ジョバンニ 「ふーん、光の化石って何なのかな。」
賢治先生 「さあ、私にもそれははっきりとはわからないが……。」
(「おほん」という咳払いが聞こえて、列車の扉からクーボー大博士が現れる)
クーボー大博士(学士帽を冠り、口ひげを蓄えている) 「えい、 せっかく読書に集中していたのに、何の用事だ?」(とかぶつくさ言いながら) 「賢治先生、どうかしたのですかな?」
賢治先生 「クーボー大博士、お呼び立てしてもうしわけない。どうしてもあなたのご意見を うかがいたかったのです。実は、今日2011年9月16日(上演当日)、つい今し方、あそこの望遠鏡を 覗いていて、地球がピカッとひかるのを 目にしたのです。ここは地球から66光年離れているから、この光は、……これは博士のご専門ですが、 地球歴で、ウーン(と、筒に巻いたカレンダーを開いて) 昭和20年八月の六日に放たれたものですね。それがつい先ほどここに到達した。 ここまで届くくらいですから、地球でとんでもない巨大なエネルギーの 放出があったのです。…… 地球に何かが起こったにちがいないと、思うのですが、 博士の意見を聞かせてください。」
クーボー大博士 「何、ひかりを放ったと……。きょう、またしても………賢治先生、 実は先月もわがクーボー研究所の天文台では地球からのひかりを観測しているのです。 調べてみると発信地はアメリカのアラマゴードという砂漠のあたりらしい。 何か新しい事態が起こりつつあるのかもしれない、という報告を受けています。」
賢治先生 「ふーん、それはそれは、先月にもピカリと……、それは知らなかった。 それで、いったい何が起こっているのか、博士の考えを聞きたいのです」
クーボー大博士 「日本がアメリカと戦争をしているのは、もちろんご存じですな。 ナチスドイツのヒットラーもアメリカと戦争をしていたが、すでに降伏して、ヒットラーは自殺した。 ドイツに先んじられてはたいへんだというので、 アメリカは、原子の爆弾というおそろしい破壊兵器を秘密裏に研究しはじめていた。 マンハッタン計画というやつです。その研究をはじめるにあたっては、 かの有名なアインシュタインも一役買っていて、 大統領に研究推進を促す手紙を書いたりしておる。こういう大きいプロジェクトは 一旦動き始めるとなかなか止められません。 まして、予算やら何やらがついた研究の雪だるまが斜面をころがりはじめているとなるとなおさら……。 ドイツが負けようがヒットラーが自殺しようが止められなくなっていた。 そしてついに原子の爆弾が完成したのではないでしょうか。 先月のピカはその力試しの実験をアラモゴードの砂漠でしたのではないか、 というのがわがクーボー研究所の見解なのです。」
賢治先生「しかし、きょうのピカは、わたしの感じでは、日本の、それも広島あたりからのピカだった。 空からカブト虫を見つけるすばらしい目をもったよだかもそんなふうに見えたと言っていたが……。」
(と、後ろを振り返る。)
よだか 「はい、私もたしかに目にしました。」
賢治先生「ところで、その原子の爆弾というのはどんなものなのだ?」
クーボー大博士 「おそろしい爆弾です。これまでの爆弾とはまったく違って、ピカッと光って、 ドンと大きな火の玉が 爆発します。光に目がくらむ爆弾、爆弾は英語でボンだから、わがクーボー研究所では暗号名で目がくらむボン、 クラムボンと呼んでいます。」
(どこかから飛行機の爆音が響いてくる。全員、空を見あげる。と、突然耳を聾する原爆の爆発音が響きわたり、 全員身を伏せる)
クーボー大博士 (身を起こして、何もなかったふうに) 「これは、わたしの想像でございますが……おそらく当たっているでしょう。」
賢治先生 「そのピカの光を私はさっき望遠鏡で見たということか……」
クーボー大博士 「それにちがいありません。」
(そこに月夜のでんしんばしらが登場。モールス信号の音が聞こえる)
月夜のでんしんばしら 「トトツー、トトトツーツーと、地球からの電報が届きました。」
賢治先生 「誰からだ?」
月夜のでんしんばしら 「猫の事務所、四番書記の竃猫からです。」(と、電報を手渡して退場)
賢治先生 「竃猫? そういえば、猫の事務所は、たしか広島にあったな、市街のはずれに……。 建物の裏手に大きなクモの巣アンテナがあって、爆風にも壊れなかったのか。それで、 電報で何を知らせてきたのか?」 (と、電報を受け取って声を出して読む)

賢治先生 「ミヤザワケンジ様
ヨンバンショキノカマネコデス
ワタシハ、アサネボウヲシテ、
カマノナカデネテイタノデタスカリマシタ
ナカマハシンダ
イチバンショキノ、シロネコヲカエセ
ニバンショキノ、トラネコヲカエセ
サンバンショキノ、ミケネコヲカエセ
ヨンバンショキ、カマネコ」

(賢治先生、電報から目を上げる)
賢治先生 「広島で何があったのだ?」
月夜のでんしんばしら 「トトツー、トトトツーツーとまたまた電報です。」
賢治先生 「ああ、私は読むことができない。月夜のでんしんばしら、オマエが読んでくれ。」
月夜のでんしんばしら 「はい、分かりました。
ゲンシノバクダンガ
ヒロシマシノ、600メートルジョウクウデ、バクハツシマシタ
セッシヒャクマンドノ、ゲンシタイヨウガ、
1ビョウゴニハ300メートル、5000ドノヒノタマニナッテ
ヒロシマノマチヲノミコミマシタ
ホウシャセンノピカガ、ニンゲンモネコモサシツラヌキマシタ
ナンマンニンノヒトガ、ナンマンビキノドウブツガシニマシタ
ヒロシマノマチハ、ナニモノコッテイマセン
ヒロビロトシタ、パノラマノヨウニ、ヤマガミエマス
以上です。」
(月夜のでんしんばしら、一旦退場登場)
クーボー大博士 「ああ、なんという莫大な被害……、想像を超えている。」
(朗読の途中で家庭教師の青年と姉弟が登場、以下の遣り取りを聞いている)
(月夜のでんしんばしら、三度目の登場)
月夜のでんしんばしら 「竃猫から3通目の電報がまいりました。今度は詩のようです。」
賢治先生 「カンパネルラ、君は詩を読むのが得意だった。読んでくれ。」
カンパネルラ 「コノ詩ハ、私竃猫ノゴ主人サマデアル原民喜ノ書イタモノデス。
 コレガ人間ナノデス
 原子爆弾ニ依ル変化ヲゴラン下サイ
 肉体ガ恐ロシク膨張シ
 男モ女モスベテ一ツノ型ニカヘル
 オオ ソノ真黒焦ゲノ滅茶苦茶ノ
 爛レタ顔ノムクンダ唇カラ洩レテ来ル声ハ
 「助ケテ下サイ」
 ト カ細イ 静カナ言葉
 コレガ コレガ人間ナノデス
 人間ノ顔ナノデス
   (原 民喜『コレガ人間ナノデス』)」

賢治先生 「想像するだに恐ろしい、何という光景だろう。 こんなむごいことがあっていいものだろうか。」
ジョバンニ 「だれがこんなおそろしい爆弾を落としたのですか? 家庭教師のお兄さんなら 知ってますよね。」
青年 「アメリカです。トルーマン大統領が命じたのです。」
 「33代大統領。」
青年 「そうです。この前アメリカの歴史を勉強しているときに教えましたね。」
 「おもちゃをトルーマンだ。ぼくも覚えたよ。」
青年 「原爆の投下は、戦争を早く終わらせて、アメリカの青年の命を救うためというのが 表だった理由ですがね。」
クーボー大博士 「そんなたてまえは、信じることはできんな。 作ってしまえば使わないわけにはいかなかった。…… もともと原爆はルーズベルト大統領が開発を命じたのだが完成しないうちに亡くなってしまって、 トルーマンにバトンタッチされた。さあどうするか? ゴールまで走るしかない。 いまさらレースを止めるわけにはいかない……。」
青年 「原爆が使われなくて戦争がさらに続いていれば、もっと莫大な犠牲者が 出ただろうという言い分は正しいとしても、アメリカ人と日本人の命を秤にかけるような考え方は おかしいと思います。……私たちがタイタニック号で遭難したときも、 誰を先に救助船にのせればいいのかという命の天秤が船の揺れとともに揺れている、 そんなイメージが一瞬頭に浮かびましたが……。」
クーボー大博士 「ルーズベルト大統領に原爆の研究を勧める手紙を書いたのが アインシュタインだと言われています。署名しただけですが、……その手紙も残っている。」
カンパネルラ 「あの有名なアインシュタイン?」
クーボー大博士 「そうじゃ、他にアインシュタインはいないだろう。」
賢治先生 「いっそのことアインシュタインにも登場してもらおうか。」
ジョバンニ 「この列車に乗ってるんですか?」
賢治先生 「科学者はもうこりごり、配管工になりたいとおっしゃるもんだから、 銀河列車のトイレとか水回りの工事をしてもらっている。今ちょうど昼食時間で、たしか 食堂車でカレーを食べておられるはずだ。」
クーボー大博士 「アインシュタイン博士が乗っておられるのを知っていたら、 クーボー研究所にスカウトしたのに。」
賢治先生 「引き受けられないでしょう。自分が配管工として乗っていることも 秘密にしておいてくれとおっしゃっていましたから……」
ジョバンニ 「すごい! ぼく呼んでくるよ。」
(鳥捕りが、列車の扉から登場)
鳥捕り 「車掌さん、車掌さんですよね。銀河鉄道はまだ発車しないのですか。 電車待ち? この鉄道は単線でしたっけ?」
賢治先生 「ああ、鳥捕りさん、もうしわけございません。もう少しお待ちくださいませんか。 ……じつは事情があって引き返すかもしれないのです。」
鳥捕り 「引き返す? じょ冗談じゃない。仕事があるんだよ。はやく行かないと季節の鳥が 飛び立ってしまうかもしれない。そうなったらどうしてくれるんだ。」
カンパネルラ 「それどころじゃなくて、……日本が大変なことになっているんです。」
鳥捕り 「大変なことって、何?」
青年 「アメリカさんが日本に原子爆弾を落としたんです。」
鳥捕り 「原子爆弾……、あの新型爆弾と言われていたやつですか?」
青年 「どうもそのようです。」
カンパネルラ 「すごい威力で、街がまるごと全滅したかもしれない。」
鳥捕り 「えっ、どこの街? まさか鳥取じゃないだろうな。オレの古里なんだ。」
カンパネルラ 「広島らしいです。」
鳥捕り 「斜めのお隣さんじゃないか。……広島にも親戚がいるんだ……。」
賢治先生 「いまはまだ詳しいことはわからないので、もう少しお待ちください。」
鳥捕り 「そんな事情ならしかたないね。待ちましょう。」
(アインシュタイン、ジョバンニとともに登場)
アインシュタイン(アインシュタインのお面を頭に冠り、つなぎの作業衣で現れる) 「おっとパイプを忘れていた。 ボートが転覆したときも手放さなかったお気に入りだ。と、あった、あった。(と、パイプをくわえる) アインシュタインです。いやあ、辛かった、ここのカレーは想像以上に辛かった。今でも舌がヒリヒリして いまうよ(と、舌を出す)。」
青年 「そういえば、そんなふうにベロを出した有名な写真がありましたね。」
アインシュタイン (舌をゆっくりとひっこめて) 「よくご存じで。しかし、私はあの写真は嫌いです。ハーハーハー (と、大きな声で笑う)。」
賢治先生 「それが有名な『アザラシがほえるような』笑い声ですな。」
アインシュタイン 「ユーモアは人生のスパイスですよ。しかし、ここのカレーはスパイスが 効き過ぎです。辛すぎます。料理長に言っといてください。」
賢治先生 「分かりました。アインシュタイン博士のご要望ということで伝えておきます。」
アインシュタイン 「いや、配管工が言ってたと……。しかし、おかしなもんですな。 私とあなたは奇妙な因縁があるのですよ。1922年、私は日本に来て、43日も 滞在しているのです。そのとき、あなたとニアミスしていると思うのです。 東京で出会う可能性もあったのですよ。東京で会えずに、こんなところでアインシュタイン……」
賢治先生 「何ですか? それは……。(と、憮然として)そんなおやじギャグは こちらに置いておいてと……、 1933年でしたか、ヒットラーから逃れてアメリカに亡命されたあなたは、 おだやかな研究生活をおくられるはずでした。しかしその計画は戦争が勃発して乱されることになります。 原爆の開発でナチスに先を越されることを恐れる科学者一派に、 その研究をすすめる大統領宛の手紙に署名させられるはめになったのですね。」
アインシュタイン 「そうです。フランクリン・D・ルーズベルト大統領にね。 それがきっかけでアメリカの原爆開発がはじまるのです。マンハッタン計画といいます。」
賢治先生 「さきほどクーボー大博士からあらましは聞きました。」
アインシュタイン 「けっこうです。では、詳しい話は省略して、 ナチスも原爆の研究はしていたようですが、それができる前に、戦争に負けてしまい、 ヒットラーは自殺しました。ところが、それでもマンハッタン計画は止まりませんでした。 日本との戦争が続いていたからです。そして、戦争が終わる頃になってついに原爆が完成したのです。 アラマゴードで実験が行われました。 そして、ついにその爆弾が日本人の頭上に投下されてしまったのです。 わたしはそのニュースを秘書から聞いてことばを失いました。
あの手紙は私が人生で犯した最大のあやまちです。私はナチスの影におびえて、 アラジンの魔法のランプをこすってしまった。 そうして手に負えない巨人を呼び出してしまったのです。……しかし、 私が手紙を書かなくても遅かれ早かれ 原爆は作られていたでしょう。今は、その時期を少し早めただけだと思うようにしています。」
(バナナン大将列車の扉から登場)
賢治先生 「たしかにそうかもしれない。しかし、まずいタイミングでした。 原爆が開発されたとき日本は死にものぐるいでした。 アメリカの青年の命を救うというたてまえのもとに使われてしまった。 その原子の爆弾で、広島の人たちが、二十万から三十万の日本人が亡くなりました。」
バナナン大将 「新型爆弾か? 新聞では相当の被害と報じられたが、それどころじゃないな。 被害はそんなに甚大なものなのか、まさに『人道を無視する残虐な新爆弾』(朝日新聞)。 残虐非道の鬼畜米英が、ああ、そんなにたくさんの 無辜の民が……、なんというひどいことを……。」
賢治先生 「しかし、バナナン大将、原爆を落とす口実を与えてしまった責任は、あなたがた軍人にもある。」
バナナン大将 「なんと、われわれにも責任があると? 6月に沖縄での組織的な戦闘が終わり、 こうなれば本土決戦、一億玉砕とかけ声も勇ましく、最後の一人まで戦うぞと……」
賢治先生 「そういったから元気のかけ声のためにポツダム宣言の受諾が遅れてしまい、 それが原爆を落とす口実に使われたのです。」
バナナン大将 「原爆、原爆と大きな声で言うな。原爆そのものが秘密なのだ、新聞でも 最初は焼夷爆弾、つぎに新型爆弾とだけ報じられたはず……。私は戦争の大義を露ほども疑わない模範的な軍人だった。 いたって純粋でものを考えない軍人ほど軍隊では有能なのだ。戦争でたくさんの手柄をたてていくつも勲章をもらった。 七場(しちば)大将といえば泣く子も黙るほどの 軍人だった。それが、銀河鉄道の乗ったとたんに、 七場(と空書する)がひっくり返って『ばなな』、バナナン大将と呼ばれるようになった。情けないことだ。」
ジョバンニ 「銀河鉄道に乗ったとたんに、勲章がお菓子になり、肩の肩章がバナナになったんでしょう。 そんなことはみんな知ってるよ。でも、バナナを肩につけてるからバナナン大将って呼ばれていると 思ってた。」
バナナン大将 「何? そんなふうに思われていたのか。恥ずかしいやら情けないやら、トホホ……。 しかし、自分でも、勲章やら肩章をつけて威張りかえっていた自分がばからしくなったのもたしかだ。 お菓子の方がよほど値打ちがある。バナナの方がよほど腹のたしになる。」
ジョバンニ 「軍人さんが真珠湾を不意打ちしたから、恨まれて、ウラン爆弾を落とされたんだ。」
バナナン大将 「それを言っちゃあおしまいだよ。戦争がどんどん残虐になってゆくだけだ。…… ところで、私に電報は来ていませんか? 来るはずなんだが……、

(歌うように、叫ぶように)
もう十二時なのにどうしたのだろう
バナナン大将に電報はまだ来ていない

月夜のでんしんばしら(と、舞台奥に呼びかける)、私に電報はまだ来ていないか?」
月夜のでんしんばしら (列車の扉から登場)「月夜のでんしんばしら、まいりました。閣下への 電報はまだまいっておりません。」(と、軍隊口調で返答、敬礼)
バナナン大将 「わかった。ごくろう。」(と、敬礼を返す)
賢治先生 「何か連絡があるはずなのですか?」
バナナン大将 「そうです。あんな新型爆弾を落とされたのですから、戦争はもう終わりだという 連絡が入るはずなのですが……」
賢治先生 「そうですね。何をおいてもあなたには連絡があってしかるべきものです。」
バナナン大将 (腕時計を見ながら)「1、2、まる、まる、
もう十二時なのにどうしたのだろう
玉音放送の時間なのに
停戦命令の電報はまだ来ていない」

よだか (下手のプラットホームから登場)「賢治先生、また地球がピカっと光りました。」
クーボー大博士 「何? またしてもクラムボンが……。」
バナナン大将 「落下地点はどこだ?」
よだか 「こんどは長崎あたりのようです。」
バナナン大将 「長崎……、私は半年ばかり佐世保にいたことがあるのだ。あの街が……。」
賢治先生 「ああ、二度までも、何ということだ。……私は、やはり原爆に被災した広島に 行かなければならない。長崎にもゆきたい。 苦しんでいる人たちがいるのだ。私は彼らに寄り添いたい。たとえ何もできなくてもそばにいたい。 いますぐにも昭和20年の日本に戻りたいが、どうすればいいのだ……。」
クーボー大博士 「それは、ムリだ。不可能です。ここは地球から66光年離れているのですよ。 ということは、光の速さでもどっても66年はかかるということです。たとえ瞬間移動したとしても、 現時点の地球は戦後66年の地球ということになる。」
賢治先生 「そんなことは分かっています。私は、どうしたらいいのかを訊いているのです。 どうしたら、昭和20年8月の地球にもどることができるのか?」
アインシュタイン 「賢治先生、そんなに焦らないで……、私があなたをお助けできるかもしれない。 さきほどからおっしゃっているように、私の相対性理論では光より速いものはないということになっていますが、 実は、水道のパイプをあっちこっちと配管しているうちに、時空間を自由につなぐ方法、いわゆるワープの理論を 発見したのです。 あの手紙に署名したことの罪滅ぼし、いや、罪滅ぼしなどできないことはわかっていますが、 そうです、せめてあなたたちの地球帰還を助けたい。 銀河鉄道で昭和20年にワープする方法を教えますから、そのやり方で地球に戻ってださい。」
賢治先生 「助かります。ありがとう。……原爆をそのままにはしておけない。 何とか、これ以上使わせないようにしないと……。」
アインシュタイン 「しかし、一つ困ったことがある。これまで銀河鉄道が ワープの線路をはしったことがないのだ。 だから、もしかしたら、時間と空間の迷路に入り込んで出てこれなくなるかもしれない。 あまりに危険と言えば危険な方法なのだ。」
グスコーブドリ (列車の扉から登場)「グスコーブドリです。賢治先生、お久しぶりです。 私がその危険を引き受けましょう。賢治先生やみなさんをそんな危険な旅に連れ出すことはできません。 まず私が試みて、もし成功したらみなさんは次の列車で来ればいい。」
賢治先生 「しかし、あなただけにそんな危険をおっかぶせることはできない。」
グスコーブドリ 「いいえ、賢治先生、私にそれをやらしてください。 お願いです。あなたの許しがでないと銀河鉄道の運転ができないのです。」
賢治先生 「しかし、それは苦しい判断だ。きみはまだ若いし、 これからもいまの仕事を続けていくべきだ。 火山研究でいまの君に代われるものはそうはいないのだから……。」
グスコーブドリ 「私はすでに銀河鉄道に乗ったものです。それに、私のようなものは、 これから沢山でてきます。私よりもっともっと何でもできる人が、私よりもっと立派にもっと美しく 仕事をしたり笑ったりしていくのですから……。」
賢治先生 「わたしがやろう。わたしは今年で、えーと何歳になったか……現世で三十七歳、 銀河鉄道で七十八歳、合わせて、えーと……百十五歳か、もう十分じゃ、これで死ぬなら全く本望というものだ。」
グスコーブドリ 「賢治先生、けれどもこの仕事はまだあんまり不確かです。 あなたにはまだまだやらなければならないことがあります。あなたは、ふたたび地上に降り立ち、 人類滅亡の最後の予言者にならなければなりません。笑われようが何をされようが、 ドン・キホーテのように人々に核兵器の廃絶を説くのです。分かっていただけましたか。」
バナナン大将 「世界中の核兵器をすべて、私の勲章のように、張りぼてにしてしまいましょう。」
ジョバンニ 「そうだ、ミサイルも潜水艦も張りぼてにしてしまおう」
バナナン大将 「軍人の私ならそれができるかもしれん。」
鳥捕り 「いや、現実はそんなに簡単なことじゃないですよ。……しかし、 さすがにグスコーブドリさんはりっぱだね。わたしも列車にご一緒させてもらいますよ。 そして、みなさんに鳥捕りのわざを伝授しましょう。 私の技というのは、車窓から鳥を見つけると列車の中からすっと抜け出る ことができるという箱抜けの奇術みたいなもんです。 ワープして迷路に迷い込んだら、この技を使いましょう。そうすればすっと抜け出ることができますよ」
グスコーブドリ 「おことばに従い、そうしましょう。では、賢治先生。私が運転しますよ。」
アインシュタイン 「もう一つ言っておくことがある。私はこの戦争後の 歴史を少しは知っています。 私は、大統領に手紙を書いたことを悔いて、原水爆禁止運動をはじめました。……しかし、もはや どうしようもなかった。原爆よりもっと威力をもった水爆が開発されて、それが人類を何回も絶滅さすことが できるほどの水爆を蓄えるようになってしまったのです。それが戦後の現実です。……」
賢治先生 「しかし、原爆が落とされて間もない日本にみんなで乗り込んで、絶対反対の 運動をすれば歴史を変えることができるかもしれませんよ。」
クーボー大博士 「鳥捕りさんがおっしゃっていたように現実はそんなにあまくはないかもしれないが、 賢治先生 まあ、どうなるかやってみられたらいい。やらないであきらめるよりも、 ムダでもやるほうがましだ。」
ジョバンニ 「ぼくもそう思います。勇気をだしてやれば、クラスのみんなもぼくを 見直してくれるかもしれない。」
グスコーブドリ 「オイオイ、そんなことで見栄をはらない方がいいぞ。 ジェットコースターじゃないんだから。だいじょうぶか? ……じゃあ、ぼくが運転手だ。アインシュタイン博士、 ぼくのとなりでワープの仕方を教えてください。」
アインシュタイン 「了解、了解」
バナナン大将 「ワシもいくぞ。もう十二時なのにどうしたのだろう。いつまでたっても電報はこない。 こうなったら玉音放送を聞かないでは気持がおさまらん。」
(舞台が暗くなって、停車していた列車も見えなくなる。背景や舞台に満天の星が浮かび上がる。 以下、スポットライトが舞台を照らす)
(グスコーブドリ、ロープを持ってきて、大きな輪っかをつくる。彼を先頭に、 アインシュタイン博士、鳥捕り、ジョバンニ、バナナン大将、 賢治先生の順に並ぶ)
ジョバンニ 「どうしたの、カンパネルラ?」
カンパネルラ 「ぼくはやっぱりみんなといっしょに行くことはできない。」
ジョバンニ 「いつまでも一緒だよって約束したじゃないか……。」
カンパネルラ 「そうだよ、一緒じゃないけど、いつまでも一緒なんだ」
ジョバンニ 「一緒じゃないけど、一緒? そんな……」
賢治先生 「ムリを言ってはいけないよ、ジョバンニ。彼には彼の事情があるんだから。」
ジョバンニ 「そうだね、しかたない……。列車の中でぼくの話を聞いてくれてありがとう。 ザネリに『お父さんから、ラッコの上着が来るよ。』ってからかわれたこと、 君に話したら少し気が楽になったよ。」
カンパネルラ 「いつも一緒というわけにはいかないけれど、ぼくはいつも君の話を聞いているよ。」
賢治先生 「私たちとちがって、ジョバンニ、君には地球に帰ってから、 まだやることがいっぱいある。うらやましいくらいだ……。」
ジョバンニ 「はい?……心の中でカンパネルラと話ながら、何をすればいいか考えてみます。」
グスコーブドリ 「君たちはどうする?」(と、青年に訊く)
青年 「ぼくたちも残念ながら一緒に行けない。」
 「わたしは一緒に行きたい。」
 「ぼくも行きたいよ。」
青年 「いえ、それは駄目です。私の方針に従ってもらいます。 いつも三人一緒、それが私を家庭教師に選んでくださった親御さんの望まれたことですから……。」
賢治先生 「分かりました。しばらくしたら、サウザンクロス行きが来ますので、 それにお乗りください。…… では、お元気で。」
ジョバンニ 「カンパネルラ、……さようなら。」
カンパネルラ 「さようなら、……ジョバンニ。」
賢治先生 「銀河鉄道地球ステーション行き、ただいま発車致します。」
グスコーブドリ「賢治先生、では銀河鉄道超特急といきましょうか。」
ジョバンニ 「ワープだ。ワープで超特急だ。」
アインシュタイン 「いいかい、グスコーブドリ、まずは先ほど教えたパスワードだ。」
グスコーブドリ 「では、ワープのパスワード。歌いますよ、賢治先生いいですか?
 天の川にも
 銀河鉄道フリーパス」
(グスコーブドリ、歌を口ずさみつつ縄電車を進めてゆく。賢治先生もパスワードを繰り返す。 他のものは、両腕をまげて汽車の形をつくり、 ロープを掴んで、パスワードを繰り返す。縄電車が発車すると、 あとはシュッポシュッポとゆっくり蛇行しながら舞台を回る。 行進しながらみんなで賢治先生の歌を歌う。駅に残ったカンパネルラや青年、姉弟は「さようなら」と手を振る)
みんなで 「賢治先生はふしぎな先生、シュッポシュッポ
 賢治先生はなんだか宇宙人、シュッポシュッポ
 何でも教えるふしぎな先生、シュッポシュッポ
 ふしぎを教える何だか宇宙人、シュッポシュッポ
 夜空に叫べば汽笛がこたえる、シュッポッポ
 天の川にも銀河鉄道フリーパス、シュッポッポ
 賢治先生はふしぎな先生、シュッポシュッポ
 こころにのこるあの叫び、シュッポシュッポ」
グスコーブドリ 「賢治先生、だんだん速くなってきましたよ。 もう、天の川に沿ったひかりの道もフリーパスです。それー……」
みんなで 「天の川にも銀河鉄道フリーパス」
(と、早口に歌う。歌を繰り返しつつ、 縄電車は舞台を蛇行して進み、やがてキューンという電子音とともに舞台そでに入る)

                「幕」

注1、原民喜の詩を使わせていただきました。 「コレガ人間ナノデス」の詩です。
 また、中野重治の詩「雨の降る品川駅」の詩句断片をパロディとして使わせていただきました。
   アインシュタインのエピソードは、アリス・カラプリス編「アインシュタインは語る」を参考にしました。 引用は『 』で括ってあります。
注2、宮沢賢治作品からの引用はちくま文庫「宮沢賢治全集」によっています。

注3、「賢治先生はふしぎな先生」はオリジナル曲で、池田洋子さんに作曲していただいた譜面もあります。

【ひと言】
もともとこの脚本は、二人芝居「地球でクラムボンが二度ひかったよ」を改訂したものです。
二人芝居「地球でクラムボンが二度ひかったよ」は、標題の通り二人芝居で、シテが賢治先生を、ワキが他の 人物すべてを演じ分けるという設定になっていました。その形で、08年に札幌新川高校演劇部、 10年に岡山の新見高校演劇部によって上演されました。
しかし、そもそも二人芝居を書き上げたときから、その脚本が上演できるだろうかと、 自分自身でも半信半疑だったのですから、 高校生が演じるには内容的にも少々難し過ぎるし、また二人で演じるとすればあまりに 演者に負担がかかりすぎる、ということは分かっていたのです。 そういった困難にもかかわらず、二つの高校演劇部が舞台にかけてくれたことに驚くとともに、 感謝の気持ちでいっぱいです。
しかし、感謝するだけで、そういう脚本を放置しておくのはあまりに無責任、そう反省して、 今回、かなり内容を刈り込み、登場人物も増やして改訂版を出すことにしました。 まだまだ内容的にも難しいところはありますが、 少しは舞台にかけやすくなったはずです。
演出の仕方もいろんな試みができると思います。リアリズム一辺倒の演出は、私の好みではありません。 むしろドタバタ喜劇に近いものになってほしいという気持があります。 扮装もそれに相応しく奇抜でもいいのではないでしょうか。
「地球でクラムボンが二度ひかったよ」(改訂版)が、いつか、どこかの舞台で、びっくりするような演出で 上演されることを祈っています。


追補
この脚本を使われる場合は、必ず前もって作者(浅田洋)(yotaro@opal.plala.or.jp)まで ご連絡ください。


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