二人芝居地球でクラムボンが二度ひかったよ
―宮沢賢治が原爆のピカを見た―
2001.1.3(初稿)
2024.7.21(最終稿)

【あらすじ】
「賢治先生と脇役(一人何役もの役をこなす)との二人芝居ということになっています。
賢治先生が、銀河鉄道の駅から望遠鏡を覗いていると、地球がピカッとひかったのです。 そもそも地球は惑星ですから、自らはひかりません。ふだんは宇宙の闇の中にまぎれているのですが、 なぜか一瞬ひかりを発したのです。賢治先生は、よだかに自分の幻覚ではなかったことをたしかめ、 そこから、ピカの原因究明がはじまります。
あとは観てのお楽しみ。
【では、はじまりはじまり】
舞台の背景は星空。銀河が斜めにかかり、それに沿うように銀河鉄道の線路が延びている、そんな絵柄。
場所は銀河鉄道のどこかの駅。

登場人物
 シテ 賢治先生と呼ばれているが、銀河鉄道の車掌(帽子にマント、ただし帽子は車掌帽)
 ワキ 賢治先生をのぞいた登場人物すべてを演じ分ける
(ワキは演じる人物が変わったとき、舞台の上で扮装を付け替える。
ただ、扮装といっても、たとえばよだかなら鳥の絵に紙の帯を付けた冠りもので十分である。 その早変わりや扮装の付けまちがいが、“深刻劇(?)”を“ドタバタ喜劇”にする。)

(幕が開くと、シテ(賢治先生)が望遠鏡を覗いていて、ワキがその斜め後ろに控えている。 ワキの足下には扮装の小道具類がばらまかれている)

賢治先生(望遠鏡から目を離して)「なあ、よだかよ、おまえも見たか、 あのひかりを。わたしはきょう望遠鏡を覗いていて、偶然目にしたのだ。 天の川の底の砂金の粒が揺れたような一瞬のかすかなきらめきを。 わたしが生まれた日本が宇宙に放ったひかりの一閃を。」
よだか(ワキは、おもむろによだかの冠をつける。)「はい、賢治先生、たしかに私もみました。 弱々しく見逃しそうなかすかなひかりでしたが、しかしどこかまがまがしい色合いをおびたあのピカを……。」
賢治先生「あれはいったい何のひかりだったのか?」
よだか「わたしが空に翔のぼって翔のぼって自分のからだがしずかに燃えているのを見たとき、 そのひかりは燐の火のような青い美しい光でした。あんなふきつな光芒ではなかった。」
賢治先生「いまもよだかの星は燃えつづけている。みずからを浄める青いひかりを発して……。 地球は、しかし水の惑星としてかがやいているが、みずからひかりを発しない惑星の宿命、 宇宙の闇のなかでは暗闇にまぎれてその位置すら分からないのだ。それがきょうピカッと輝いた。 ふしぎなひかりだった。」
よだか「たしかにあれはふしぎなひかりでした。みずから発したひかりでありながら、 みずからを浄めるひかりではなかった。いったいあのひかりは何だったのでしょうか。」
賢治先生「たしかにそのようだった。人がみずからを焦がして浄めるひかりというより、 人間の持つどうしようもない邪悪な暗いものが一瞬触れあいショートしたような、 そんな……ピカッと冷たいひかり方だった。地球に、というか日本に何か大変なことがおこったにちがいないのだ。 それが知りたい……。」
よだか「はい、賢治先生の童話に登場する人物たち、賢治ファミリーが力を合わせて原因を究明いたしましょう。 先生がお呼びいただいたら、ただちに参上いたすことになっております。」
賢治先生「それではさっそくだがクーボ―大博士にあの光について聞いてみたい。 これだけ離れたところにあのピカが届くということは莫大なエネルギーの放出にはちがいない。 科学的には何なのだろうか?クーボ―大博士を呼んできてくれんか? グリーン車で本を読んでおられるはずだ。丁重にお願いして、お尋ねしたいことがありますと、……。」
よだか 「お呼びしてきますが、クーボー大博士というのは、そんなにすごい科学者なんですか?」
賢治先生 「そうです。光の化石の研究では現代の五本の指に入ると言われている大科学者です。」
よだか 「ふーん、光の化石って何なのですかね?」
賢治先生 「さあ、私にもそれははっきりとはわからないが……。」
よだか「およびしてきます。」(と、後ろにさがる)
(「おほん」という咳払いをして、クーボー大博士に変身)
クーボー大博士(学士帽を冠り、口ひげを蓄えている) 「えい、 せっかく読書に集中していたのに、何の用事だ?」(とかぶつくさ言いながら) 「賢治先生、どうかしたのですかな?」
賢治先生 「クーボー大博士、お呼び立てしてもうしわけない。どうしてもあなたのご意見を うかがいたかったのです。実は、今日2020年9月16日(上演当日)、つい今し方、あそこの望遠鏡を 覗いていて、地球がピカッとひかるのを 目にしたのです。ここは地球から79光年離れているから、この光は、……これは博士のご専門ですが、 地球歴で、ウーン(と、筒に巻いたカレンダーを開いて) 昭和20年8月6日に放たれたものですね。それがつい先ほどここに到達した。 ここまで届くくらいですから、地球でとんでもない巨大なエネルギーの 放出があったのです。…… 地球に何かが起こったにちがいないと、思うのですが、 博士の意見を聞かせてください。」
クーボー大博士「何、ひかりを放ったと……。きょう、またしても………賢治先生、 実は先月もわがクーボー研究所の天文台では地球からのひかりを観測しているのです。 調べてみると発信地はアメリカのアラマゴードの砂漠のあたりらしい。 なにがあったのかいま調べているところです。」
賢治先生「ふーん、それはそれは、先月にもこのあたりでピカリと……、それは知らなかった。 それで、どういうことが起こっているのか、博士の考えを聞きたい。」
クーボー大博士「賢治先生が亡くなられた後、世界のあちこちで、戦争がおこりました。 日本も、まず中国と、さらにアメリカと戦争をはじめました。そこから説明しなければなりませんな。 ナチスドイツのヒットラーも欧米と戦争をしていたが、すでに降伏して、ヒットラーは自殺しています。 ドイツに先んじられてはたいへんだというので、アメリカは、原子の爆弾というおそろしい 破壊兵器を秘密裏に研究しはじめていた。 マンハッタン計画というやつです。その研究をはじめるにあたっては、かの有名なアインシュタインも一役買っていて、 大統領に研究推進を促す手紙を書いたりしておる。こういう大きいプロジェクトは 一旦動き始めるとなかなか止められません。 まして、予算やら何やらがついた研究の雪だるまが斜面をころがりはじめているとなるとなおさら……。 ドイツが負けようがヒットラーが自殺しようが止められなくなっていた。人間の思惑を超えて暴走してしまった。 そしてついに原子の爆弾が完成して、先月のピカはその力試しの実験をアラモゴードの砂漠でしたのではないか、 というのがわがクーボー研究所の見解なのです。」
賢治先生「しかし、きょうのピカは、わたしの感じでは、日本の、それも広島あたりからのピカだった。 空からカブト虫を見つけるすばらしい目をもったよだかもそんなふうに見えたと言っていたが…… (と、後ろを振り返る。)、いないようだな。あいつは、この一大事のときにどこをほっつき歩いているのか……。」
クーボー大博士「そりゃあ無理だ。私が舞台に出ているかぎりは、よだかは現れっこない。」
賢治先生「そんなしかけになっているのか?ふしぎなもんだな。」
クーボー大博士「ふしぎでも何でもない。単に予算がないので、一人何役もやらされているだけで………」
賢治先生「そんな内輪の事情を嘆かいでも………、ところで、 その原子の爆弾というのはどんなものなのだ?」
クーボー大博士 「おそろしい爆弾です。これまでの爆弾とはまったく違って、ピカッと光って、 ドンと爆発して、大きな火の玉ができます。光に目がくらむ爆弾、爆弾は英語でボンだから、 わがクーボー研究所では暗号名で目がくらむボン、 クラムボンと呼んでいます。賢治先生の童話のことばをお借りして……」
(どこかから飛行機の爆音が響いてくる。全員、空を見あげる。と、突然耳を聾する原爆の爆発音が響きわたり、 全員身を伏せる)
クーボー大博士 (身を起こして、何もなかったふうに) 「これは、わたしの想像でございますが……おそらく当たっているでしょう。」
賢治先生 「そのピカの光を私はさっき望遠鏡で見たということか……」
クーボー大博士 「それにちがいありません。そのひかりが今とどいたと……」
賢治先生「どうしてそんな爆弾ができるのか?」
クーボー大博士「それを簡単に説明するのはむずかしいですが、たとえばこんなふうなものです。
ここにウランという物質があるとします。 (と、お椀を二つ合わせた丸いものを見せる)このウランをウランちゃんというニワトリだと 想像してください。」
賢治先生「ニワトリならたまごを産むのかな。」
クーボー大博士「さすがは賢治先生、先生のご明察のとおりです。 ウランちゃんはたまごを産みます。このウラン原子に中性子というたまごをこういうふうにぶつけると ウラン原子がこんなふうにパカッと二つに割れて、中性子のたまごを二つ産みます。 (と、お椀を割ってたまごを二つ取り出す)」
賢治先生「クーボー大博士、ばかなことを聞くが、これは奇術ではないんだな。」
クーボー大博士「あたりまえです。奇術なんかじゃありません。科学です。……で、 このウランが二つに割れたとき、熱が出てきます。その上、そこから飛び出したたまごが、 また別のウランと衝突して、パカッと割って、たまごを二つ産ませます。どんどん、どんどんたまごが産まれて、 一度にどっとエネルギーが放出されます。マッチの頭くらいの数グラムのウランが太陽のような熱と光を出します。 それが原子の爆弾なのです。」
賢治先生「そんなおそろしいエネルギーをだすのは、このウランはなにか人間をウランどるのかな?」
クーボー大博士(寒いしゃれにずっこける)「くだらんしゃれをいうもんじゃない。 寒気が背中をかけのぼってきたわ。不謹慎ですぞ。」
賢治先生「すまん、すまん。……そんなおそろしいできたてほやほやの原子の爆弾を 爆撃機につんで広島に落としたのか? ひどい話ではないか。 なあ、よだかよ。」
よだか(冠りものを付け替えながら)「人使いのあらいこっちゃ」
(と、ぶつくさこぼしつつ)「たしかにそうでございます。」
賢治先生「おー、よだかよ。いたのか……。その原子の爆弾が爆発して、何が起こっているのか知りたい。 連絡がとれないものだろうか。」
よだか「賢治先生、こちらから連絡するのは無理です。電波が地球に届くのに何十年もかかります。
しかし、ご安心ください。さっきクーボ―大博士が話しておられた時、月夜のでんしんばしらが地球からの 電報を届けてくれました。
賢治先生「何、電報が来たのか。誰から?」
よだか「はい、あのひかりを追いかけるようにして、トツートツーと電波が届きました。 猫の事務所の四番書記の竃猫からです。」
賢治先生 「竃猫? そういえば、猫の事務所は、たしか広島にあったな、市街のはずれに……。 建物の裏手に大きなクモの巣アンテナがあって、爆風にも壊れなかったのか。それで、 電報で何を知らせてきたのか? よだかよ、読んでくれんか」
よだか(竈猫の電報を読む)〈〈四番書紀ノ竈猫デニャンス。ワタシハ朝寝坊シテ竈ノ中デ眠ッテイタノデ、 ピカヲアビナイデ、 タスカリマシタ。外ニ出ルトノラノ三太ガ血ヲ流シテイタノデ、少シナメテヤッテ、話ヲ聞クト、 飛行機ガ爆弾ヲオトシテイッタソウデス。 ピカットヒカッテドントバクハツシテ、毛ニ火ガツイタト言ッテイマシタ。私ハスグニ家ヲデテ、 ナントモヒドイ道ヲ 歩イテ事務所ニヤッテキマシタガ誰モイマセン。ミンナ死ンデシマッタノカ。

一番書記ノ白猫ヲカエセ。
二番書記ノ虎猫ヲカエセ。
三番書記ノ三毛猫ヲカエセ。〉

よだか「一通目の電報は、これだけです。」
賢治先生「なんと、竈猫だけが生き残って、あとは行方不明か。……しかし、四番書記、 まだ書記としての使命感が一片なりとあるなら、原子の爆弾について被害の大略を述べよ。」
よだか「述べよといっても、賢治先生、向こうに届かないんですから……、でも、 ちゃんと二通目が来ていますよ。……
〈原子ノ爆弾ハ、広島市ノ何百メートルカ上空デ爆発シマシタ。太陽ガ、 モウヒトツデキタヨウデシタ。広島ハオオキナ竃ノ中ノ蜃気楼ノヨウニ浮カンデ消エテシマイマシタ。 人々ヤ猫タチヲヤキツクシマシタ。建物ガ吹キ飛バサレテ、 広島ノ街ハ『ヒロビロトシタ パノラマノヨウニ』見ハルカスコトガデキルヨウニナッテシマイマシタ。〉
賢治先生「なんということだ。それだけの悲劇があのかすかなピカなのか。わたしが見たあのピカは、 そんなとほうもない苦しみなのか……。もっと知りたい。広島で起こったことが知りたい。 なぜ宇宙全体が悲しみの藍色に染まらないのだ。なぜ相変わらず暗黒なのだ。 なぜその死者たちが銀河鉄道に殺到しないのだ。」
(賢治先生は、思案しながら、しばらく舞台を歩き回る)
賢治先生「月夜のでんしんばしらよ。地球から追加の電信は入っていないのか?」
(ワキは、茶色のボール紙を体に筒状に巻き付け、腕にも筒の袖をして月夜のでんしんばしらに扮するのだが、 ボール紙が巻き付けにくく、もたもたして扮装に手間取る)
月夜のでんしんばしら「……ト、ツーと、待ってくださいよ。ツー、トトト、ト、ツーと、……… (扮装ができあがるまで続く。)………ト、ト、ト、ツーっと、電報が来ています。電報が……。 電信柱の仲間たちの被害状況ですね。読み上げますよ。

〈私ノゴ主人原民喜サマノ心覚エノ手帳ヲ引用サセテモライマス。

 火ノナカデ
 電柱ハ一ツノ蕊(シン)ノヤウニ
 蝋燭ノヤウニ
 モエアガリ トロケ
 赤イ一ツノ蕊ノヤウニ
 ムカフ岸ノ火ノナカデ
 ケサカラ ツギツギニ
 ニンゲンノ目ノナカヲオドロキガ
 サケンデユク 火ノナカデ
 電柱ハ一ツノ蕊ノヤウニ
  (原 民喜『火ノナカデ 電柱ハ』)」

賢治先生「えーい、電信柱のことではない。人間のことだ。」
月夜のでんしんばしら〈ニンゲンノ目ノナカヲオドロキガ サケンデユク〉
賢治先生「人々はどうなったのだ? ええい、詩ばかりでは、どうにもならん。 でんしんばしらよ、他に電報は来ていないのか。 人間のことを知りたい。」
月夜のでんしんばしら「人間ですか? ちょっとまってくださいよ。 賢治先生、そんなに苛立たないで……。えーと(と、電報を繰る素振り)あったあった。これならどうですか。

 コレガ人間ナノデス
 原子爆弾ニ依ル変化ヲゴラン下サイ
 肉体ガ恐ロシク膨張シ
 男モ女モスベテ一ツノ型ニカヘル
 オオ ソノ真黒焦ゲノ滅茶苦茶ノ
 爛レタ顔ノムクンダ唇カラ洩レテ来ル声ハ
 「助ケテ下サイ」
 ト カ細イ 静カナ言葉
 コレガ コレガ人間ナノデス
 人間ノ顔ナノデス
   (原 民喜『コレガ人間ナノデス』)」

賢治先生「おしひしゃげられた人間のむごさ、むちゃくちゃさ、 それを『コレガ人間ナノデス 人間ノ顔ナノデス』と…… あのピカをもって人間が、人間が壊れてしまったのか。」
(どこかから飛行機の爆音が響いてくる。全員、空を見あげる。と、突然耳を聾する原爆の爆発音が響きわたり、 全員身を伏せる)
月夜のでんしんばしら「クラムボンが爆発したよ。クラムボンが死んだよ。 クラムボンが爆発したよ。クラムボンが死んだよ。」(と叫ぶ)
(二人、身を起こして、何もなかったふうに会話を続ける。)
賢治先生「月夜のでんしんばしらよ。「クラムボンが爆発したよ。」は正しいが、「クラムボンが死んだよ。」 は違っとるぞ。クラムボンで死んだよ、クラムボンが爆発して、たくさんの人が死んだよ。ということだろう。」
月夜のでんしんばしら「とつーと、そうであります。でんしんばしらの「で」であります。」
賢治先生「あのひかりをこの目で見てしまった私はいつかその光のかけらを集めようと思う。 クーボ―大博士の専門の光の化石を……。 たくさんの死者が出た。だれにも看取られずに多くの人たちが死んでいった。いまわの光景を写し取ったひかりは、 そのとき宇宙へむけて飛び立ったのだ。そのひかりが銀河鉄道沿線のこのあたりに飛来した。 わたしは望遠鏡で目にしたのだ。ひかりは一所懸命に飛び来たって、ここらあたりに達したとき、疲れ切っていた。 『賢治先生、ちょっと休ませてもらいます。』と言ったかどうかわからんが、弱々しく消えてしまった。
クーボ―大博士によるとひかりが飛ぶのをやめると凍ってしまうのだそうです。だから、 凍ったひかりがこのあたりにたくさん積もっているはずだ。博士の部下の考古学の大学士は、そのひかりを掘りだそうとしている。 スコップと鶴嘴で掘り続けているのだ。ひとかけら、ひとかけら。しかしひかりは掘り出すと、すぐに溶けはじめるのだ。 わたしは大学士に助けてもらって、その光の化石を掘り出さなければならない。月夜のでんしんばしらよ、 考古学大学士を呼んでくれ。プリオシン海岸で光の化石を掘っているはずだ。」
(考古学大学士、度の強い近視のメガネをかけ、長靴をはいて、手帳を手にあらわれる。)
大学士「賢治車掌、どうされたのですか。なにか御用ですか?」
賢治先生「いや、ついさっき地球からの光を目にしたのだが、あのピカはもう弱々しかったから、この星に来て、 疲れ切ってきっとどこかで凍ってしまって埋もれていると思う。きっと小さい光の化石になっている。 それをいつか掘り出したいと思うのだが、 どのあたりを掘ればいいか、君に調べておいてほしいと思ってね。」
大学士「地球からのひかですか? それはきっと小さい化石ですね。掘り出すのはかなりむづかしいかもしれませんね。 せめて銀河星雲の胡桃ほどの化石なら見つけやすいのですがね。」
賢治先生「すぐにとはいわないから、これから、地球に行って、またここにもどってくるまでのあいだに、 研究しておいてほしいのだ。……ところで、プリオシン海岸のあたりで、バナナン大将を見かけなかったかな? たしか、列車に座りっぱなしで腰が疲れた。腰を伸ばして体操でもしてこようと、そっちの方に行ったはずだが……。」
大学士「バナナン大将ですか、おられましたよ。勲章のお菓子を食べられたと怒鳴っておられました。」
賢治先生「勲章をたべられたと、……バナナン大将らしい。ちょっと車掌さんのところまでお出でいただきたいと 伝えてください。」
大学士「わかりました。しかし、ちょっと時間がかかるかもしれません。何しろ、勲章やら肩章やらで、 軍服が重くて、着替えるのに時間もかかるでしょうから……」
賢治先生「お願いします。これから日本にもどるので、そこが戦場ではこまる。 バナナン大将に戦争がこれからどうなってゆくのか聞いておきたい……」
(着替えに手間取る間、バナナン大将の歌がゆっくり流れる。)
十時なのにどうしたのだろう。
バナナン大将はまだ帰らない
ストマクウオッチはもう十時半なのに
バナナン大将はまだ帰らない

十時半なのにどうしたのだろう。
バナナン大将はまだ帰らない
ストマクウオッチはとっくに十一時なのに
バナナン大将はまだ帰らない。

バナナン大将(歌に合わせて体操をする動きになり賢治先生に向き合う)
十一時なのにどうしたのだろう。
バナナン大将はまだ帰らない
ストマクウオッチはもう十一時過ぎなのに
バナナン大将はまだ帰らない

「なに? よだかよ、(と、舞台奥の見えないよだかに呼びかける)どうした、……えっ、また地球がピカッとひかったと……、こんどはどのあたりだ。何?長崎……今度は 長崎に新型爆弾か?被害はきっと広島同様甚大なものなのだろう、恐るべし、新爆弾。 ああ、なんというひどいことを……。」
賢治先生「しかし、バナナン大将、原爆を落とす口実を与えてしまった責任は、あなたがた軍人にもある。」
バナナン大将 「なんと、われわれにも責任があると? 6月に沖縄での組織的な戦闘が終わり、 こうなれば本土決戦、一億玉砕とかけ声も勇ましく、最後の一人まで戦うぞと、 そんな威勢のいい大将もたしかに……」
賢治先生 「そういった空元気のかけ声のために敗戦が遅れてしまい、 それが結局、広島だけではなく、長崎にまで原爆を落とす口実に使われてしまった……」
バナナン大将 「そんな大将もいることはいるが、私は違う。このバナナン大将は違う。 日本時間、1,1,丸、2、長崎……、なんということだ、賢治先生のおっしゃるようにもう少し早く決断しておれば、 こんなことにはならなかったのに、……私は半年ばかり佐世保にいたことがあるのです。あのきれいな街が……。」
バナナン大将(歌いながら舞台を歩く)

十二時なのにどうしたのだろう。
玉音放送まだ流れない
玉の音(ね)聞けばおさめる鉾を
玉音放送まだ流れない

賢治先生「よだかよ。出て来てくれ。やはりいますぐ地球にもどろう。あの新型爆弾の落ちた広島にゆこう 長崎に帰ろう。なあ、よだかよ。」
よだか「はい、賢治先生。私もお供させてください。しかし、今から光のスピードで戻っても、地球に 着くのは79年後ですよ。」
賢治先生「それはわかっている。こうなれば、彼の手を貸してもらうしかないと思うのだ。 アインシュタイン博士に頼むしか……。」
よだか「アインシュタイン博士がこの列車に乗っておられるのですか?」
賢治先生「そうなのだ。それは車掌の私しか知らない極秘なのだが、実はこの列車に乗っておられるのだ。」
よだか「客室で見かけたことがありませんが。」
賢治先生「そうなのだ。機関室で仕事をしておられる。……しかたがない、彼に頼んでみよう。」
よだか 「でも、アインシュタイン博士は、賢治ファミリーではありません。協力してもらえるでしょうか。」
賢治先生「たしかに、彼は賢治ファミリーではないが、私は彼に一つ貸しがあるのだ。 彼は次に生まれ変わる時は配管工になりたいと言っていた。それで、この銀河鉄道の機関士としてつかってもらえないか という申し入れがあったとき、私は彼の願いを聞き入れて、 内緒で彼に機関室で配管の管理とかの仕事をしてもらうことにした。」
よだか「物理学者から配管工にかわったのですか。それはやっぱりかわりものですね」
賢治先生「そんなことを言ったらそれこそヘソを曲げられるぞ。……まあ、そんなわけで、 私は彼に一つ貸しがある。 彼は私の頼みを断れないから、まあ准賢治ファミリーのようなものなのだ。それに、彼は新型爆弾とは因縁がありそうだし……。 彼ならなんとかしてくれるかもしれない。ボイラーのところにいって、 彼を呼んできてくれ。」
(よだか、アインシュタインの冠に付け替える)
アインシュタイン(ベロを出したアインシュタインのお面を頭に冠って現れる)「おっとパイプを忘れていた。 ボートが転覆したときも手放さなかったお気に入りだ。と、あった、あった。(と、パイプをくわえる)アインシュタインです。 こんなお面で失礼します。これしかなかったのです。で、はじめに聞いておきますが、これはSFではありませんね。」
賢治先生「SFなんかではありません。地球から届いた現在と地球のいまとが入り交じったりしてややこしいが、 SFでないことはたしかです。」
アインシュタイン「そうですか。それはよかった。ハーハーハー(と、大きな声で笑う。)」
賢治先生「それが有名な『アザラシがほえるような』笑い声ですな。」
アインシュタイン「ユーモアのある話は大好きですよ。しかし、『わたしはSFなんぞ読むべきでないと考えています。 SFは科学をゆがめ、科学を理解したという幻想を人々にあたえる』からです。」
賢治先生「ようく分かります。」
アインシュタイン「私は1922年に東京に来たときから日本が好きになりました。 それに賢治先生の頼みとあらば、何でもしましょう。わたしはユダヤ人です。ヨーロッパにいてはヒットラーのナチスに 命を狙われるというので、 アメリカに亡命しました。1933年です。 あなたもまた、やはりなにものかの手を逃れるようにあわただしく銀河鉄道で旅立たれた年です。」
賢治先生「わたしのことはこちらに置いておいてと……、たしかにそうですね。 そして、アメリカにわたられたあなたは、おだやかな研究生活をおくられるはずでした。 しかしその静かな生活が乱される。相対性理論にかかわりが深い原爆、 その原爆の開発でナチスに先を越されることを恐れる科学者一派に、 その研究をすすめる大統領宛の手紙を書かされるはめになったのですね。クーボ―大博士にききました。」
アインシュタイン「そうです。フランクリン・D・ルーズベルト大統領にね。 ナチスは原爆を作ることができませんでした。そのまえにナチスは崩れ去って、ヒットラーは自殺しました。 しかし、それでもアメリカの原爆製造計画は止まりませんでした。原爆は、アラマゴードで巨大な茸雲を噴き上げたのです。 そして、広島への投下。わたしはそのニュースを秘書から聞いてことばを失いました。
あの手紙はわたしが人生で犯した最大のあやまちです。」
賢治先生「だからというわけではないのですが、博士に頼みたいことがあるのです。」
アインシュタイン「よだかから、事情はききました。79年前の地球に戻りたいということですね。 大丈夫です。 私があなたをお助けできるかもしれない。 ご存知のように、私の相対性理論では光より速いものはないということになっていますが、 実は、水道のパイプをあっちこっちと配管しているうちに、時空間を自由につなぐ方法、いわゆるワープの理論を 発見したのです。論文はかいていませんが……。時々は、銀河鉄道の列車で実験してみたこともあるのです。 ワープの理論が正しいという結果が出ています。 だから、そのワープ走行であなたたちの地球帰還を助けたい。私の罪滅ぼし、 いや、罪滅ぼしなどできないことはわかっていますが、……。 銀河鉄道で昭和20年にワープする方法を教えますから、そのやり方で地球に戻ってださい。」
賢治先生 「助かります。ありがとう。……原爆をそのままにはしておけない。 何とか、これ以上使わせないようにしないと……。」
アインシュタイン 「しかし、一つ心配がある。これまでの実験では、 光の向きを逆走して走らせたことがないのです、だから、理論的には正しいと思うが、実際のところ、 銀河鉄道がどうなるかわからないということです。 もしかしたら、時間と空間の迷路に入り込んで出てこれなくなるかもしれない。 あまりに危険と言えば危険な方法なのです。」
賢治先生「わかりました。グスコーブドリという勇敢な若者がいます。彼と相談してみましょう。 グスコーブドリよ。聞いているか? 出てきて、私を助けてくれ。」
(グスコーブドリ、銀河鉄道の運転手の服、帽子を着て。)
グスコーブドリ「賢治先生、よだかから、あらまし聞きましたよ。僕に運転をさせてください。 私がその危険を引き受けましょう。賢治先生やみなさんをそんな危険な旅に連れ出すことはできません。 まず私が試みて、もし成功したらみなさんは次の列車で来ればいい。」
賢治先生 「しかし、あなただけにそんな危険をおっかぶせることはできない。」
グスコーブドリ 「いいえ、賢治先生、私にそれをやらしてください。 お願いです。あなたの許しがでないと銀河鉄道の運転ができないのです。」
賢治先生 「しかし、それは苦しい判断だ。きみはまだ若いし、 これからもいまの仕事を続けていくべきだ。 火山研究でいまの君に代われるものはそうはいないのだから……。」
グスコーブドリ 「私はすでに銀河鉄道に乗ったものです。それに、私のようなものは、 これから沢山でてきます。私よりもっともっと何でもできる人が、私よりもっと立派にもっと美しく 仕事をしたり笑ったりしていくのですから……。」
賢治先生 「わたしがやろう。わたしは今年で、えーと何歳になったか……現世で三十七歳、 銀河鉄道で八十七歳、合わせて、えーと……百二十四歳か、もう十分じゃ、これで死ぬなら全く本望というものだ。」
グスコーブドリ 「賢治先生、先生は、もうあまりに歳を取りすぎています。 それに、あなたにはまだまだ銀河鉄道でやらなければならないことがあります。あなたは、ふたたび地上に降り立ち、 笑われようが何をされようが、 ドン・キホーテのように人々に核兵器の廃絶を説くのです。そして、よだかが言っていたように、考古学の大学士といっしょに 新型爆弾の光の化石を掘り出すのです。私に運転をさせてください。」
賢治先生「それでは、私はこれまで通り車掌で行こう。ブドリは運転を頼む。アインシュタイン博士を信じて、みんなで 行くことにしよう。みんな集まってくれ。地球に向けて帰還するぞ。」
グスコーブドリ「賢治先生、運転は絶対大丈夫ですよ。よだかと一緒に鳥捕りに箱抜けの秘密を教えてもらったんです。 もしものときは、箱抜けで、脱出すればいいのです。絶対安全です。しかし、賢治先生、みんなといっしょに行くのは無理だ。 舞台には二人しかいないんだから。それは無理です。」
賢治先生「いや、賢治ファミリーのみんな、そしてアインシュタイン博士、地球に帰還しますよ。 出発するぞ」
(と、賢治先生とグスコーブドリが縄電車の前後に立って、呼びかけると舞台袖から黒子の衣装を着けた人影が、 五、六人現れて、縄電車に加わる。舞台が暗くなって、縄電車がスポットライトに浮かび上がる。 背景や舞台に満天の星が浮かび上がる。)
賢治先生(車掌の口調で)「銀河鉄道地球ステーション行き臨時列車が発車いたします。お乗り遅れのございませんように、 お急ぎください。」
グスコーブドリ「賢治先生、では銀河鉄道超特急といきましょうか。」
賢治先生 「ワープだ。ワープで超特急だ……いいかい、グスコーブドリ、 まずは先ほど博士に教えてもらったパスワードだ。パスワードでエンジンが動き出す」
グスコーブドリ 「では、ワープのパスワード。歌いますよ、賢治先生いいですか?
 天の川にも
 銀河鉄道フリーパス」
(グスコーブドリ、歌を口ずさみつつ縄電車を進めてゆく。賢治先生もパスワードを繰り返す。 他のものは、両腕をまげて汽車の形をつくり、 ロープを掴んで、みんなでパスワードを繰り返す。縄電車が発車すると、 あとはシュッポシュッポとゆっくり蛇行しながら舞台を回る。 行進しながらみんなで賢治先生の歌を歌う。
みんなで 「賢治先生はふしぎな先生、シュッポシュッポ
 賢治先生はなんだか宇宙人、シュッポシュッポ
 何でも教えるふしぎな先生、シュッポシュッポ
 ふしぎを教える何だか宇宙人、シュッポシュッポ
 夜空に叫べば汽笛がこたえる、シュッポッポ
 天の川にも銀河鉄道フリーパス、シュッポッポ
 賢治先生はふしぎな先生、シュッポシュッポ
 こころにのこるあの叫び、シュッポシュッポ」
グスコーブドリ 「賢治先生、だんだん速くなってきましたよ。 もう、天の川に沿ったひかりの道もフリーパスです。それー……」
みんなで 「天の川にも銀河鉄道フリーパス」
(と、早口に歌う。歌を繰り返しつつ、 縄電車は舞台を蛇行して進み、やがてキューンという電子音とともに舞台そでに入る)

                「幕」

[注]原民喜の詩を使わせていただきました。
「火ノナカデ 電柱ハ」、そして「コレガ人間ナノデス」の二編です。
 アインシュタインのエピソードは、アリス・カラプリス編「アインシュタインは語る」を参考にしました。 引用は『 』で括ってあります。
 宮沢賢治作品からの引用はちくま文庫「宮沢賢治全集」によっています。

「賢治先生はふしぎな先生」
はオリジナルで、池田洋子さんに作曲していただいた譜面もあります。

劇の内容に、一部科学的に見ればおかしいところもあります。どこがおかしいのか、劇を観ながら、あるいは演じながら考えるのも おもしろいかもしれませんね。宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を踏まえた劇ということで、矛盾は矛盾のままにお楽しみいただければ 幸いです。


追補
この脚本を使われる場合は、必ず前もって作者(浅田洋)(yotaro@opal.plala.or.jp)まで ご連絡ください。


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