二人芝居地球でクラムボンが二度ひかったよ
―宮沢賢治が原爆のピカを見た―
2001.1.3

【あらすじ】
「賢治先生と脇役(一人何役もの役をこなす)との二人芝居ということになっています。
賢治先生が、銀河鉄道の駅の近くの展望台から望遠鏡を覗いていると、地球がピカッとひかったのです。そもそも地球は惑星ですから、自らはひかりません。ふだんは宇宙の闇の中にまぎれているのですが、なぜか一瞬ひかりを発したのです。賢治先生は、よだかに自分の幻覚でなかったことをたしかめ、クーボー大博士にその説明を求めます。博士の話によると、展望台は地球から五十五光年離れていて、あのピカは、広島に原子爆弾が落ちた閃光であるというのです。五十五年前の広島のひかりが五十五光年を隔てたこの星にいま届いたというのです。賢治先生は、ふたたびよだかを呼び出して、そのことを話すと、「やまなし」
のクラムボンの詩句が原爆を予言していたと突拍子もないことを言い出します。被害はどんなものかと、四番書記の竃猫を呼び出します。彼は原爆被害の概要を述べます。次に賢治先生は、「地球から何か電信は入っていないか」
と、月夜のでんしんばしらに問いだだします。そこで読み上げられる電文は、原民喜の詩です。原爆の被害の有り様を刻んだ詩です。さらに、原爆開発の端緒をひらいたアインシュタインまでが呼び出されて原爆像が徐々に明らかにされていきます。では、なぜ日本に原爆が落とされなければならなかったのか。追求は昭和天皇にまで及びます。そして……。まだまだつづくのですが、あとは読んでの楽しみということにしてください。」

【では、はじまりはじまり】
舞台の背景は星空。銀河が斜めにかかり、それに沿うように銀河鉄道の線路が延びている、そんな絵柄。
場所は銀河鉄道のどこかの駅近くの展望台。

登場人物
 シテ 賢治先生(帽子にマント)
 ワキ 賢治先生をのぞいた登場人物すべてを演じ分ける
(ワキは演じる人物が変わったとき、舞台の上で扮装を付け替える。
ただ、扮装といっても、たとえばよだかなら鳥の絵に紙の帯を付けた冠りもので十分である。その早変わりや扮装の付けまちがいが、“深刻劇(?)”を“ドタバタ喜劇”にする。)

(幕が開くと、シテ(賢治先生)が望遠鏡を覗いていて、ワキがその斜め後ろに控えている。ワキの足下には扮装の小道具類がばらまかれている)

賢治先生(望遠鏡から目を離して)「なあ、よだかよ、おまえも見たか、あのひかりを。わたしはきょう望遠鏡を覗いていて、偶然目にしたのだ。天の川の底の砂金の粒が揺れたような一瞬のかすかなきらめきを。わたしが生まれた日本が宇宙に放ったひかりの一閃を。」
よだか(ワキは、おもむろによだかの冠をつける。)「はい、賢治先生、たしかに私もみました。弱々しく見逃しそうなかすかなひかりでしたが、しかしどこかまがまがしい色合いをおびたあのピカを……。」
賢治先生「あれはいったい何のひかりだったのか?」
よだか「わたしが空に翔のぼって翔のぼって自分のからだがしずかに燃えているのを見たとき、そのひかりは燐の火のような青い美しい光でした。あんなふきつな光芒ではなかった。」
賢治先生「いまもよだかの星は燃えつづけている。みずからを浄める青いひかりを発して……。地球は、しかし水の惑星としてかがやいているが、みずからひかりを発しない惑星の宿命、宇宙の闇のなかでは暗闇にまぎれてその位置すら分からないのだ。それがきょうピカッと輝いた。ふしぎなひかりだった。」
よだか「たしかにあれはふしぎなひかりでした。みずから発したひかりでありながら、みずからを浄めるひかりではなかった。いったいあのひかりは何だったのでしょうか。」
賢治先生「たしかにそのようだった。人がみずからを焦がして浄めるひかりというより、人間の持つどうしようもない邪悪な暗いものが一瞬触れあいショートしたような、そんな……ピカッと冷たいひかり方だった。地球のかけ離れた孤独さを浮かび上がらせるような……。
 一閃のつかのま宇宙の闇深し身捨つるほどの祖国はありや(寺山修司短歌パロディー)
何があのひかりをもたらしたのか。これだけ離れたところにあのピカが届くということは莫大なエネルギーの放出にはちがいない。科学的には何なのだろうか? それは……と、クーボー大博士に聞くしかないな。クーボー大博士、クーボー大博士、お尋ねしたいことがあるのだが……。」
クーボー大博士(舞台の上でよだかの扮装である鳥の冠りものから学士帽に冠り替え、口ひげを付けてクーボー大博士に早変わりする)「えい、いそがしい。」
(とかぶつくさ言いながら)「賢治先生、どうかしたのですかな?」
賢治先生「クーボー大博士、今日、地球歴で、ウーン(と、筒に巻いたカレンダーを開いて)八月の六日、たしかに地球がひかりを放ったのだ。何かが起こったにちがいない。博士の意見を聞きたい。」
クーボー大博士「何、ひかりを放ったと……。きょう、またしても………賢治先生、実は先月もわがクーボー研究所の天文台では地球からのひかりを観測しているのです。調べてみると発信地はアメリカのアラマゴードの砂漠のあたりらしい。何か新しい事態が起こりつつあるのかもしれないという報告を受けています。」
賢治先生「ふーん、それはそれは、先月にもピカリと……、それは知らなかった。それで、いったい何が起こっているのか、博士の考えを聞きたい。」
クーボー大博士「日本がアメリカと戦争をしているのは、もちろんご存じですな。ナチスドイツのヒットラーもアメリカと戦争をしていたが、すでに降伏して、ヒットラーは自殺した。ドイツに先んじられてはたいへんだというので、アメリカは、原子の爆弾というおそろしい破壊兵器を秘密裏に研究しはじめていた。マンハッタン計画というやつです。その研究をはじめるにあたっては、かの有名なアインシュタインも一役買っていて、大統領に研究推進を促す手紙を書いたりしておる。こういう大きいプロジェクトは一旦動き始めるとなかなか止められません。まして、予算やら何やらがついた研究の雪だるまが斜面をころがりはじめているとなるとなおさら……。ドイツが負けようがヒットラーが自殺しようが止められなくなっていた。人間の思惑を超えて暴走してしまった。そしてついに原子の爆弾が完成して、先月のピカはその力試しの実験をアラモゴードの砂漠でしたのではないか、というのがわがクーボー研究所の見解なのです。」
賢治先生「しかし、きょうのピカは、わたしの感じでは、日本の、それも広島あたりからのピカだった。空からカブト虫を見つけるすばらしい目をもったよだかもそんなふうに見えたと言っていたが……(と、後ろを振り返る。)、いないようだな。あいつは、この一大事のときにどこをほっつき歩いているのか……。」
クーボー大博士「そりゃあ無理だ。クーボー大博士が舞台に出ているかぎりは、よだかは現れっこない。」
賢治先生「そんなしかけになっているのか?ふしぎなもんだな。」
クーボー大博士「ふしぎでも何でもない。単に予算がないので、一人何役もやらされているだけで………」
賢治先生「そんな内輪の事情を嘆かいでも………、ところで、その原子の爆弾というのはどんなものなのだ?」
クーボー大博士「ここにウランという物質があるとします。(と、お椀を二つ合わせた丸いものを見せる)このウランをウランちゃんというニワトリだと想像してください。」
賢治先生「ニワトリならたまごを産むのかな。」
クーボー大博士「さすがは賢治先生、先生のご明察のとおりです。ウランちゃんはたまごを産みます。このウラン原子に中性子というたまごをこういうふうにぶつけるとウラン原子がこんなふうにパカッと二つに割れて、中性子のたまごを二つ産みます。(と、お椀を割ってたまごを二つ取り出す)」
賢治先生「クーボー大博士、ばかなことを聞くが、これは奇術ではないんだな。」
クーボー大博士「あたりまえです。奇術なんかじゃありません。科学です。……で、このウランが二つに割れたとき、熱が出てきます。その上、そこから飛び出したたまごが、また別のウランと衝突して、パカッと割って、たまごを二つ産ませます。どんどん、どんどんたまごが産まれて、一度にどっとエネルギーが放出されます。マッチの頭くらいの数グラムのウランが太陽のような熱と光を出します。それが原子の爆弾なのです。」
賢治先生「そんなおそろしいエネルギーをだすのは、このウランはなにか人間をウランどるのかな?」
クーボー大博士(寒いしゃれにずっこける)「くだらんしゃれをいうもんじゃない。寒気が背中をかけのぼってきたわ。不謹慎ですぞ。」
賢治先生「そんなおそろしいできたてほやほやの原子の爆弾を爆撃機につんで広島に落としたのか? ひどい話ではないか。なあ、よだかよ。」
よだか(冠りものを付け替えながら)「人使いのあらいこっちゃ」
(と、ぶつくさこぼしつつ)「たしかにそうでございます。」
賢治先生「おー、よだかよ。いたのか……。どう思う。わたしは遠い地球からのあのひかりをキャッチした。地球の大気は薄いものだ。青いりんごの皮のよう大気、その大気に丸くひろがる光の輪は、極小の金の指輪のようでもあったのだ。そうだな、よだかよ。では、B29爆撃機で広島に原子の爆弾を落としていったエノラ・ゲイの飛行士たちには、原爆はどのように見えていたのだろうか。」
よだか「それは鳥の目でございます。鳥の目を持って見たのです。わたしは鳥でございますから、鳥の目を持っております。だからそのときの恐ろしい俯瞰図が目に浮かびます。しかし、いまは鳥の目が問題なのではなくて、人間にとっては地上の虫の目から見てどのように見えたかということが大事なのだと思われますが……。」
賢治先生「たしかにそうかもしれない。では、よだかよ。虫の目でみたらどんなふうに見えたのだろうか。」
よだか「はい、それは賢治先生、あなたは自分の作品の中にその風景を描いておられます。」
賢治先生「何? わたしの作品の中に? それはどの作品かな?」
よだか「『やまなし』でございます。賢治先生。 例の有名なクラムボンの登場する『やまなし』でございます。

 『クラムボンはわらつたよ』
 『クラムボンはかぷかぷわらつたよ』

……このクラムボンがいったい何であるかと言うことには諸説がありますが、 私は蟹の吐き出す泡ではないかと考えています。『やまなし』は、もともとは蟹の子供らの会話なのですから。 蟹の吐いた泡はぷくぷくと水中を上っていきます。それを水底から見あげている蟹の子どもが 『クラムボンはかぷかぷわらつたよ』『クラムボンは跳てわらつたよ』といったふうに表現したのです。
 (テキストを取りだし、威儀をただして『やまなし』の一節を朗読する)

 二ひきの蟹の子供らが青じろい水の底で話してゐました。
 『クラムボンはわらつたよ』
 『クラムボンはかぷかぷわらつたよ』
 『クラムボンは跳てわらつたよ』
 『くらむぼんはかぷかぷわらつたよ』
 上の方や横の方は、青くくらく鋼のやうに見えます。そのなめらかな天井を、 つぶつぶ暗い泡が流れて行きます。
 『クラムボンはわらつてゐたよ』
 『クラムボンはかぷかぷわらつたよ』
 『それならなぜクラムボンはわらつたの』
 『知らない』
 つぶつぶ泡が流れて行きます。
 蟹の子供らもぼつぼつぼつとつゞけて五六粒泡を吐きました。 それはゆれながら水銀のやうに光つて斜めに上の方へのぼつて行きました。

蟹は虫ではありませんが、川底から見あげていますからこれは虫の目です。 虫の目が見た平和な光景です。そこへ不吉な影があらわれます。

 つうと銀のいろの腹をひるがへして、一疋の魚が頭の上を過ぎて行きました。

(どこかで飛行機の爆音。二人、空を見あげる。と、突然耳を聾する原爆の爆発音が響きわたり、 二人は身を伏せる。しばらくして 立ちあがり)
これは、わたしの挿入でございます。で、

 『クラムボンは死んだよ』
 『クラムボンは殺されたよ』
 『クラムボンは死んでしまつたよ………』
 『殺されたよ』
 『それならなぜ殺された』
 兄さんの蟹は、その右側の四本の脚の中の二本を、弟の平べつたい頭にのせながら云ひました。
 『わからない』
 魚がまたツウと戻つて下流の方へ行きました。
 『クラムボンはわらつたよ』
 『わらつた』
 にはかにパツと明るくなり、日光の黄金は夢のやうに水の中に降つて来ました。 波から来る光の網が、底の白い磐の上で美しくゆらゆらのびたりちゞんだりしました。 泡や小さなごみからはまつすぐな影の棒が、斜めに水の中に並んで立ちました。
魚がこんどはそこら中の黄金の光をまるつきりくちやくちやにしておまけに自分は 鉄いろに変に底びかりして、又上流の方へのぼりました。

『一疋の魚』の『銀のいろの腹』、その不気味さを、賢治先生、 作者であるあなたがどれだけ感じておられるか……その魚の出現がもたらす転調、 『クラムボンはわらったよ』から『クラムボンは死んでしまったよ』に転じる表現の裏に 何が隠されているのか……。もしかすると、『銀のいろの腹』、 ここにあなたは魚以上の何かをあらわしてしまったのです。 たとえば、たとえばですよ、賢治先生、……B29の銀色の機体を、 それもただのB29ではなく、あの原爆を落としたエノラ・ゲイの機影を、 あなたは描写してしまった。そんなことはありえないことでしょうか? ……また、 そのエノラ・ゲイにともなう連想からか、最後に『にわかにパツと明るくな』ったその光も 何か不吉な輝きをおびているように思われるのです。原爆の閃光をおもわせるような『日光の黄金』 ……飛躍しすぎでしょうか。なぜ、そんな連想をしてしまったかというと、そのそも、 このクラムボンが、蟹の泡ではないか、という説は先ほど紹介しましたが、……それとは別に、 私は、ひそかに、『眩むBOMB』、つまり目が眩む爆弾ということで、 原子の爆弾をどこかで暗示しているのではないかと 考えていたからなのです。どう思われますか、賢治先生……、原子の爆弾とやらは、 こんなふうに、エノラ・ゲイによって、何の予告もなしに広島に落とされてしまったと……。」
賢治先生「何という解釈、あまりのことに開いた口がふさがらん(と、しばらく口を開けている)。 ……『やまなし』は、わたしの作品の中では論じられることが多くて、 解釈も出尽くしたと思っていたが、それはよだかの新説だなあ。 そんな解釈は聞いたことがない。少々胡散臭いのが難点だが、しかし、 その説を知ったおかげで、クラムボンがにわかに不吉な影をおびてきたのは 何ともふしぎというしかないな。……それで、広島はどうなったのだ。 と言っても、わたしといっしょにいたよだかに聞いても、 そんなこと知っているはずがないわな。……そうだ、 広島の駅のちかくに猫の事務所があったはずだ。あいつに聞いてみよう。四番書記の竃猫よ、 出てこい。生きていたらワープでも何でもしてここに出てきてくれ。」
竃猫「四番書記の竃猫でにゃんす。」
賢治先生「おお、おまえは無事だったか。よかった、よかった。」
竃猫「無事? そう、一応はそうしておくにゃん。わたしはその日、朝寝をして、竈の中で眠っていたので、あのピカを浴びないで、どうにかこうにか助かったのですが、事務所の同僚はみんないなくなってしまった。死骸もでてこなかった。動物は自分の死骸はさらさないものですが、今回は消えてしまったというしかないようなのですにゃん。
一番書記の白猫をかえせ。
二番書記の虎猫をかえせ。
三番書記の三毛猫をかえせ。」
(と、竃猫が弱々しく叫びます。)
賢治先生「四番書記、まだ書記としての使命感が一片なりとあるなら、原子の爆弾について被害の大略を述べよ。」
竃猫「原子の爆弾は、広島市の六百メートル上空で爆発しました。摂氏数百万度の原子太陽が、一秒後には直径三百メートル、五千度の火の玉となって広島を飲み込みました。放射線の青い閃光、ピカもまた人々を、猫々を刺し貫きました。広島は一瞬原子炉の竃の中に蜃気楼のように浮かび消えてしまいました。建物が吹き飛ばされて、広島の街は『ヒロビロトシタ パノラマノヨウニ』見はるかすことができるようになってしまいました。原爆症で亡くなった人は、数十万、正確にかぞえることなどできないでしょう。まして亡くなった猫、亡くなった生きもの……。」
賢治先生「それだけの悲劇があのかすかなピカなのか。わたしが見たあのピカは、そんなとほうもない苦しみなのか……。もっと知りたい。広島で起こったことが知りたい。なぜ宇宙全体が悲しみの藍色に染まらないのだ。なぜ相変わらず暗黒なのだ。なぜその死者たちが銀河鉄道に殺到しないのだ。」
(賢治先生は、思案しながら、しばらく舞台を歩き回る)
賢治先生「月夜のでんしんばしらよ。地球から何か電信は入っていないのか?」
(ワキは、茶色のボール紙を体に筒状に巻き付け、腕にも筒の袖をして月夜のでんしんばしらに扮するのだが、ボール紙が巻き付けにくく、もたもたして扮装に手間取る)
月夜のでんしんばしら「……ト、ツーと、待ってくださいよ。ツー、トトト、ト、ツーと、………(扮装ができあがるまで続く。)………ト、ト、ト、ツーっと、電報が来ています。電報が……。電信柱の仲間たちの被害状況ですね。読み上げますよ。

 火ノナカデ
 電柱ハ一ツノ蕊(シン)ノヤウニ
 蝋燭ノヤウニ
 モエアガリ トロケ
 赤イ一ツノ蕊ノヤウニ
 ムカフ岸ノ火ノナカデ
 ケサカラ ツギツギニ
 ニンゲンノ目ノナカヲオドロキガ
 サケンデユク 火ノナカデ
 電柱ハ一ツノ蕊ノヤウニ
  (原 民喜『火ノナカデ 電柱ハ』)」

賢治先生「えーい、電信柱のことではない。人間のことだ。」
月夜のでんしんばしら「ニンゲンノ目ノナカヲオドロキガ サケンデユク」
賢治先生「人々はどうなったのだ? ええい、詩ばかりでは、どうにもならん。サンチョ・パンサよ。馬引けい、じゃない、でんしんばしらよ、散文を引けい。散文で知りたい。」
月夜のでんしんばしら「電報ですよ。電報。散文など長くてとても送れませんよ。電報の詩でがまんのほどを……では、これならどうですか。
 ギラギラノ破片ヤ
 灰白色ノ燃エガラガ
 ヒロビロトシタ パノラマノヤウニ
 アカクヤケタダレタ ニンゲンノ死体ノキメウナリズム
 スベテアツタコトカ アリエタコトナノカ
 バツト剥ギトツテシマツタ アトノセカイ
 テンプクシタ電車ノワキノ
 馬ノ胴ナンカノ フクラミカタハ
 ブスブストケムル電線ノニホヒ
        (原 民喜『ギラギラノ破片ヤ』)

おっとまたしても電信柱の被害報告になってしまった……。」
賢治先生「電信柱が並んでいるように人間の死体が『キメウナリズム』をなして並んでいると……。その原子の爆弾が人々の生活の、スベテアツタコト、アリエタコトを剥ぎ取ってしまったと……。人間はどうなったのだ。人間は?」
月夜のでんしんばしら「賢治先生、そんなに苛立たないで……。えーと(と、電報を繰る素振り)、あったあった。読みますよ。

 コレガ人間ナノデス
 原子爆弾ニ依ル変化ヲゴラン下サイ
 肉体ガ恐ロシク膨張シ
 男モ女モスベテ一ツノ型ニカヘル
 オオ ソノ真黒焦ゲノ滅茶苦茶ノ
 爛レタ顔ノムクンダ唇カラ洩レテ来ル声ハ
 「助ケテ下サイ」
 ト カ細イ 静カナ言葉
 コレガ コレガ人間ナノデス
 人間ノ顔ナノデス
   (原 民喜『コレガ人間ナノデス』)」

賢治先生「おしひしゃげられた人間のむごさ、むちゃくちゃさ、それを『コレガ人間ナノデス 人間ノ顔ナノデス』と人間の定義を広げるというやり方もあるが、人間が壊れてしまったと解釈することもできるわけだ。あのピカをもって人間が、あの崇高な人間が壊れてしまったのか。そう言われてもしかたがない面もあるが、しかし、しかし、では、これからどうして立ち直っていくのだ、彼らは……。わたしはあのとき、地球がピカッとひかったとき、地上の人々と一瞬目があったような気がしたのだ。末期の視線が束ねられてわたしに訴えかけたようなのだ。いまになって、そのことをわたしは痛いほど感じているのだ。それにしてもその視線が何を訴えかけていたのかと……。えーい、竃猫じゃあ、この話は無理だ。クーボー大博士、もう一度出てきてくれ。答えて欲しいのだ。人間は壊れてしまったのか。科学的にはどうなのだ。クーボー大博士」
クーボー大博士「いや、人間は立ち直ります。原子の爆弾の悲劇を通してなお復活してくるのです。」
賢治先生「博士、科学者らしくもない。あなたはそんなに断定していいのか。原爆を紀元とする以後の世界、未来の世界のことなど分かりはしないではないですか。科学的な予想だろう。だったら断定は避けるべきだ。そうではないか。」
クーボー大博士「いや、いや、そうじゃない。わたしはちゃんと根拠をもって断定しているのですよ。賢治先生。」
賢治先生「根拠をもって? 必ず復活すると……。」
クーボー大博士「そうです。わたしはすでに知っているのですよ。説明しましょう。賢治先生、きょうあなたの目に入ったピカは実はちょうど五十五年まえのひかりなのですよ。銀河鉄道のこの駅は地球から五十五光年離れているのです。だから、賢治先生が今日見たひかりは五十五年前のひかりなのです(1945年から上演の年までの年を入れる。)。別の言い方をしましょう。原爆が落とされた年を紀元元年とする原爆歴では今年は五十五年なのですよ。いまでは、原子の爆弾を浴びた少年も、生き延びていれば孫を持つ年齢になっておる。そういうことです。」
賢治先生「なるほど、クーボー大博士、あなたは何らかの方法で五十五年後の現代の広島を知っているわけだ。いや、まてよ。わたしの見たピカは広島の1945年の現在だが、それは現在の広島の現在ではないのか。広島の現在は、ピカの現在から見れば未来というべきかもしれないが、……。しかし、あのピカは広島の現在ではないとしても、人間の原罪であって……えーい、ややこしい。」
クーボー大先生「賢治先生、何をぶつぶつと……まだ何か腑に落ちないことでもあるのですか?」
賢治先生「うーむ、事実は確かにそうかもしれない。あなたの言われるとおり……。しかし、だからといってわたしの現在は現在であり、今日届いた広島の現在の死は現在の死であり、悲しみであり、また死をさえ死にきれなかった悲惨はあいかわらず悲惨なのだ。それを過去のこととして遠ざけ忘れ去ることなぞできはしない。」
クーボー大博士「それは当然のこと、わたしはそんなことをいっているんじゃない。原爆の悲惨さでさえも時間をとめることができなくて、遠ざかっていくのを手をこまねいて見ているしかない、そんな宇宙時間の非情さを言うのかもしれませんが、歴史の非情さとはしょせんは時間の非情さ、それはまた宇宙空間の空漠さとおなじものなのです。そう思われませんか。」
賢治先生「しかし、だからといって……」
クーボー大博士「またまた、だからと言ってですか、何度おなじことばを繰り返すのです。」
賢治先生「そうだ。今日から、わたしはひかりのかけらを集めようと思う。たくさんの死者が出た。だれにも看取られずに多くの人たちが死んでいった。いまわの光景を写し取ったひかりは、そのとき宇宙へむけて飛び立ったのだ。そのひかりが銀河鉄道沿線のこのあたりに飛来した。わたしは望遠鏡でみていたのだ。ひかりは一所懸命に飛び来たって、ここらあたりに達したとき、疲れ切っていた。『賢治先生、ちょっと休ませてもらいます。』と言ったかどうかわからんが、弱々しく消えてしまった。
ひかりが飛ぶのをやめると凍ってしまうのだ。だから、凍ったひかりがこのあたりにたくさん積もっている。考古学の大学士は、そのひかりを掘りだそうとしている。スコップと鶴嘴で掘り続けているのだ。ひとかけら、ひとかけら。しかしひかりは掘り出すと、すぐに溶けはじめるのだ。わたしは大学士を助けなければならない。」
クーボー大博士「たしかに、たしかに。五十五年後の日本においてはすでに遠く遠くなってしまったあの被爆の光景は、ひかりの化石としてここいらの地層に堆積しているのはまちがいない。」
賢治先生「その化石は、もし掘り出さればピカに照らし出された一瞬の光景を秘めているはず。悲しみやら苦しみやらの感情といったものをすべて削ぎ落とした無機質のひかりだとしても、それが彼らが生きていた証なのだ。ヒロシマの証はそれしかないのだ。彼らの、しかし、いまわの生はここに刻まれてあるが、死はどこにあるのか、どこにもありはしないのではないか。一瞬の閃光に消えてしまった死、それは死とはとても言えるものではない、そうではないか?」
クーボー大博士「しかし、賢治先生、あえて言わせてもらおう。たとえ、そのひかりの化石が掘り出されたとしても、そのことに何の意味があるのでしょうか。宇宙の非情さはそんな感傷などなんら顧みはしないのです。その非情さを、逆説的に、人にとって慈悲そのものと考えれば別だが……。」
賢治先生「いや、わたしはそんなことを言っているのではない。死を死にきれなかった被爆者の記憶は残されるべきだということをいっているのだ。それが、人智を超えたバケモノを開発してしまった人類のせめてものつぐないではないのか。原爆の開発に手を貸したアインシュタイン博士、あなたはどう思われますか?」
アインシュタイン(ベロを出したアインシュタインのお面を頭に冠って現れる)「おっとパイプを忘れていた。ボートが転覆したときも手放さなかったお気に入りだ。と、あった、あった。(と、パイプをくわえる)アインシュタインです。こんなお面で失礼します。これしかなかったのです。で、はじめに聞いておきますが、これはSFではありませんね。」
賢治先生「SFなんかではありません。地球から届いた現在と地球のいまとが入り交じったりしてややこしいが、SFでないことはたしかです。」
アインシュタイン「そうですか。それはよかった。ハーハーハー(と、大きな声で笑う。)」
賢治先生「それが有名な『アザラシがほえるような』笑い声ですな。」
アインシュタイン「ユーモアのある話は大好きですよ。しかし、『わたしはSFなんぞ読むべきでないと考えています。SFは科学をゆがめ、科学を理解したという幻想を人々にあたえる』からです。」
賢治先生「ようく分かります。」
アインシュタイン「それで、わたしのことですが、わたしはユダヤ人です。うっかりすると殺されかねないというので、ナチスの手を逃れてアメリカに亡命しました。1933年です。あなたもまた、やはりなにものかの手を逃れるようにあわただしく銀河鉄道で旅立たれた年です。」
賢治先生「わたしのことはこちらに置いておいてと……、たしかにそうですね。そして、アメリカにわたられたあなたは、おだやかな研究生活をおくられるはずでした。しかしその静謐が乱される。相対性理論にかかわりが深い原爆、その原爆の開発でナチスに先を越されることを恐れる科学者一派に、その研究をすすめる大統領宛の手紙を書かされるはめになったのですね。」
アインシュタイン「そうです。フランクリン・D・ルーズベルト大統領にね。わたしも、はじめは、原爆の可能性などあまり信じてはいなかった。『[物質をエネルギーに変換できるという見込みは]鳥がすこししかいない国で、しかも暗闇で、鳥を撃つようなもの』と、研究者を揶揄したりもしました。しかし、科学者たちは競って鳥を撃ったのです。そして、たまごを一つぶつけると、たまごを二つ産んで、エネルギーをだすウランというニワトリを意外にはやく撃ちあてたのです。ところが、ナチスの原爆の脅威は杞憂に終わりました。結局ナチスは崩壊し、ヒットラーは自殺した。しかし、それでもマンハッタン計画は止まらなかった。原爆は、アラマゴードで巨大な茸雲を噴き上げたのです。そして、HIROSHIMAへの投下。わたしはそのニュースを秘書から聞いてことばを失いました。
あの手紙はわたしが人生で犯した最大のあやまちです。ナチスの影におびえて、アラジンの魔法のランプをこすってしまった。そうして手に負えない巨人を呼び出してしまったのです。……しかし、わたしが手紙を書かなくても遅かれ早かれ原爆は作られていたでしょう。『猫に鳥をつかまえるなと教えても無駄です。』。たまごを二つ産むニワトリをゲットするネコは必ず現れたにちがいないのです。」
賢治先生「たしかにそうかもしれない。だが時期が問題でした。原爆が開発されたとき日本は戦争のどたんばでした。その原子の爆弾で、広島の人たち、二十万から三十万の人間が死んでしまった。原子の爆弾が広島の上空で炸裂したとき、死でない死を死んだ人間がたくさんいるのだ。原爆を一瞬たりとも生きのびたものは、それから死ぬことができた。悲惨ではあってもそれは人間の死であった。しかし、数十万度の熱をあびて一瞬にして消えてしまった人たち、彼らは本当に死んだのだろうか。彼らには人間的な死などなかったのではないのか、としよ、妹のとしよ、どう思う。」
とし「わたしには分からないわ、兄さん、わたしは兄さんや家族に看取られて死んだんだから。」
賢治先生「これが、としか。としはこんな女形みたいな、気味悪いぶさいくじゃなかったぞ。」
とし「なにいってるの? 経費節約で役者はわたし一人なんですからしようがないでしょう。しんぼうしてちょうだい。」
賢治先生「まあ、あきらめるか。できるだけ顔をみないようにしてな。」
とし(舞台に寝る。)「兄さん、あめゆぢゆとてちてけんじや、あめゆぢゆとてちてけんじや。」
賢治先生「とし、死ぬなよ。死ぬんじゃないぞ。兄さんが雪を取ってきてやるからな。と、まがった鉄砲のたまのように飛び出していく。」
(と実況しつつ、前にウランを表すのに使ったお椀に雪を掬ってくる。)
賢治先生「永訣の朝か、きょうは……
けふのうちに
とほくへいつてしまふわたくしのいもうとよ
みぞれがふつておもてはへんにあかるいのだ」
とし「あめゆぢゆとてちてけんじや」
賢治先生「これは、人間の死なのだ。
しかし、原子の爆弾で一瞬に消えていった人々に人間の死を死ぬことは許されなかったのだ。

けふのうちに
とほくへいつてしまふわたくしのいもうとよ
みぞれがふつておもてはへんにあかるいのだ」
とし「あめゆぢゆとてちてけんじや」
賢治先生「けふのうちに
とほくへいつてしまふわたくしのいもうとよ
みぞれがふつておもてはへんにあかるいのだ」
とし「あめゆぢゆとてちてけんじや」
(とし、お経のように、何度もこれらのフレーズを繰り返す)
賢治先生「実はな、とし、わたしは昭和天皇に似ているという説があるのだ。日本が戦争に敗れて、いわゆる天皇がドサ廻りという地方巡幸をはじめたころの天皇の姿が、わたしのマントに帽子のあの写真の姿に似ているというのだ。」
(それらしいポーズをとって、帽子をぎこちなく振ったりする。客席から、「似てるぞ」
というかけ声がかかる)
検事「わたしは、ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記の世界裁判所の検事です。ざしきわらしを告発した検事です。きゃつがおそれおおくも表の世界に現れたことを告発したのです。われながらほれぼれするような起訴状の朗読でした。」
賢治先生「それにしても長い名前だな。ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記の世界裁判所の検事とはな。」
検事「何をぼそぼそと……賢治先生、お聞きになりましたか? ざしきわらし告発の起訴状の朗読を。(陶酔的に)
『ザシキワラシ。二十二歳。アツレキ三十一年二月七日、表、日本岩手県上閉伊郡青笹村字瀬戸二十一番戸伊藤万太の宅、八畳座敷中に故なくしてほしいままに出現して万太の長男千太、八歳を気絶せしめたる件』
どうです、かっこいいでしょう。
あなたも運が悪かった。昭和天皇陛下、世界裁判所の気鋭の検事の前に出現したのが運の尽きですな。ざしきわらしの判例もある。あやつは出現罪で二十二日間、ムッセン街道のみはりを命ぜられました。立派な判決でした。もっとも陛下の場合は、いかに現人神とはいえ、ざしきわらしの出現罪とはいささか趣を異にしますな。陛下のは、後に人間宣言をすることで自身認められたように現人神詐称罪、それにむやみに戦争を引き延ばした、さしずめ天気優柔不断罪といったところですかな。」
賢治先生「検事、あなたは何か勘違いをされている。わたしは昭和天皇に似ているかもしれないが、昭和天皇ではない。そこのところを分かっていただきたい。」
検事「何をぐじゃぐじゃと……。ここは舞台の上ですぞ。だから似ているということは本人でもあるということでもあるのだ。いいかげん観念したらどうだ。」
賢治先生「そんなチャチな理屈に観念はできないが、まあ、そのことはいいとして、あなたが言われた詐称罪は分からんことはないが、天気優柔不断罪とは何のことなのだ?」
検事「天皇は命令書、いわゆる綸旨を出すとき、『天気此の如し』という文面と御名、御璽のどでかい判こを捺す。ご存じですかな? ここでいう『天気』というのは「天皇の気持ち」
ということで、『此の如し』は、天皇の意思はこんなふうだ、ということ。ポツダム宣言を受諾するかどうかで、その『天気』が定まらなくて優柔不断なまま、原爆を落とされてしまったという罪だ。それがあなたの罪名だ。昭和天皇陛下。」
賢治先生「わたしは昭和天皇なぞではない。わたしは賢治であって、もしこの舞台に昭和天皇が登場するのなら、検事、あなたが消えて代わりに登場すればいいのだ。賢治は賢治のままで、検事が昭和天皇になればいいのだ。」
検事「何、賢治は賢治で、検事のわたしが昭和天皇になれだと。何をいっておるのだ。罪状を認めないらしいな。しらを切るつもりだな。この検事をだましおおせると思っておるのか? いまにみろ、ほえずらかくな。」
賢治先生「たまたま昭和天皇に似ていたためにとんだとばっちりだ。天気優柔不断罪なぞと……。」
検事「似ているんだったら、賢治は賢治なんぞと言わず昭和天皇でいいではないか。不肖わたくしも、検事役の前は、女形になってとしの役を果たしたんですよ。昭和天皇がいやなら、女役を交替しますか?」
賢治先生「分かった、分かった。承知した。わたしは昭和天皇だ。髭、眼鏡、猫背、おまけに帽子の彼その人、ドサ廻りの昭和の天皇だ。」
(と、髭をつけ眼鏡をかけて、それらしく装う。)
検事「それでいいのだー。それで、よろしい。さてと、わたしは、昭和天皇が原子の爆弾にたいしてどれほど罪があるのかを告発して世界裁判所に報告するために派遣されてきたのだ。」
賢治先生(昭和天皇)「わたしが何をしたというのか……。」
検事「わたしとはだれのことかわかっておるのか?」
賢治先生(昭和天皇)「君の思いでは、わたしとは昭和天皇のことだろうが……」
検事「そのとおり。で、……原爆に罪があると認めるのかね?」
賢治先生(昭和天皇)「分からない。原爆を落とされた国の元首がなぜ原爆で告発されるのか分からない。逆ではないのかね。それに、その天気優柔不断罪というやつもますます分からない。」
検事「それでは言ってきかせてやろう。いや、起訴状の朗読をしてやろうか。
……そもそも、昭和二十年においては、日本はすでに負け戦ということは歴然としていた。一刻もはやく降伏するのが得策だったのだ。それを国体の護持が保証されるかどうか、もう一戦をまじえて戦果をあげることで、降伏の条件をすこしでも有利にするためにといった姑息な考えから降伏の時期を逸していった。そのことがあって、あの原爆禍を迎えることになったのだ。
……分かったか。そのことで、何か申し開きすることがあるか? あったら遠慮せずにいいなさい。 ……何、何、フム、フム(誰かが来た様子でひそひそばなしをする)……陛下、いままたあたらしいニュースが入りました。クーボー研究所からの報告によりますと、またまた地球がピカッとひかったそうであります。こんどは長崎あたりらしい。どうです? あなたが優柔不断な態度をとっているあいだに日本はどんどん原爆の被害を受けていくのです。……また、未来のことになりますが、あなたはこんな発言をしておられる。覚えておられますか、戦争責任について問われて……。」
賢治先生(昭和天皇)「『戦争責任? そういう言葉のアヤについては、私は文学方面はあまり研究していないのでよく分かりませんから、そういう問題についてはお答えができかねます。』文学のことは賢治先生に聞いてください。あの人は詩人で、童話作家で、文学者だから……。」
検事「よく言うよ。昭和天皇陛下、あなたは歌会始を主催されているのですよ。『文学方面はあまり研究していないのでよく分かりません』とはよく言えたものですね。それにもう一つつぎの御製を現人神詐称罪の証拠として提出いたします。
 ふりつもるみ雪にたへていろかへぬ松そをゝしき人もかくあれ
これが昭和二十一年の歌会始の御製ですね。この歌において、あなたはいろをかえない松を讃えておられる。降り積もる雪、これはあなたの逆境をあらわしている。そうすると、その逆境にもいろをかえない松、つまり信念を曲げない松が雄々しいということでしょう。「松」
は、逆境が通り過ぎるのを「待つ」
に通じる。で、そうまでして守らなければならない信念とはなんぞやということになります。それは、陛下が現人神であるということを指していると考えられますね。ということは、この歌は人間宣言を否定する心情を表しているということになります。つまり現人神詐称を後悔していないということですな。情状酌量の余地なしということです。そうではありませんか? 陛下。」
賢治先生(昭和天皇)「言葉のアヤについては分からないが、殺生な言いがかりだということは分かる。わたしには何の権限もなかった。わたしは、統帥権を盾にだれにも嘴をはさませることなく戦争に向けて独走する軍人にひっぱられただけだ。」
検事「それは違う。陛下、あなたは満州事変のときも、廬溝橋事件が起こったときも、『天気は晴朗なれども波高し。』だった。『天気は晴朗』、天皇の気持ちははっきりとしていた。軍人の独走を追認していたのではなかったのですか?」
賢治先生(昭和天皇)「軍人に聞いてもらえばわかることだ。」
(と、後ろを向く。昭和天皇、眼鏡をはずして、賢治先生に戻る)
賢治先生「しかし、なあ、軍人といってもわたしの知っているのは、バナナン大将しかいないぞ。飢えた兵士にお菓子の勲章を食べられたという経歴のもちぬしでは、権威も何もあったものではないぞ。いくらなんでも話を聞けまい。」
バナナン大将「失敬なやつだ。わしにも軍人魂はある。この大日本帝国の危急存亡のときに、徹底抗戦あるのみです。敵を本土に迎え撃つ、それしかありません。」
賢治先生(ふたたび眼鏡をかけて昭和天皇になりすます)「何というバナナン大将。勲章を食べられたバナナン大将。それだけで軍法会議ものだぞ。それを、なーにを偉そうな本土決戦などと……おまえの言うとおりにしていたら、『米軍が伊勢湾に上陸して、伊勢神宮・熱田神宮を支配下に置いてしまい、三種の神器を守ることができない。それでは『国体』の維持ができない』ぞ。えーい、もう猶予はならん。天気は定まった。『天気此の如し、御名御璽』(と、判こを押す素振り。)」
バナナン大将「そんなバナナ、これで聖断がくだったのか。ポツダム宣言受諾、日本は戦争に負けてしまった。えーい、こんなお菓子の勲章やバナナの肩章など、アホくさくて付けていられるか。」
(と、勲章がいっぱいついた軍服を脱いで地面にたたきつける。バナナン大将も勲章がなければ、ただの兵士となる) 賢治先生(昭和天皇)「これが三種の神器だ。知っておるか。これがやたの鏡。」
(と、鏡にむかってちょっと化粧の素振り)
兵士「昔の鏡は青銅製か(と、鏡を奪い取って眺めながら)、まるで大きいクッキーのようだ。ここについている青いものはほんもののザラメでありますか?」
賢治先生(昭和天皇)「ほんとうのザラメだとも。」
兵士(かじりはじめる)「これはうまい。じつに結構であります。」
賢治先生(昭和天皇)「あっ、これ……あー、食べてしまいよった。大切なやたの鏡を。」
兵士「これはなんでありますか?」
賢治先生(昭和天皇)「あめのむらくもの剣だ。」
兵士「立派なお作であります。手作りのフランスパンだ。えいっ。」
(と、振って、端から食いつく)
賢治先生(昭和天皇)「ああ、大切な宝刀が、おのれ、かじりおったな。大逆罪だ。死刑だぞ。」
兵士「昭和二十二年に廃止される法律だ。つぎはと……、これは何だ?」
賢治先生(昭和天皇)「やさかにの曲玉だ。行方が分からなくなっていたが、こんなところにあったのか。」
兵士「ひぇー、ジェリービーンズだ。いまどきこんな大きなものがあるとは……。うん、甘い、甘い。」
賢治先生(昭和天皇)「ええい、返せ。大切な曲玉を……。」
兵士「うるさいなあ。急ぎ飲み下そう。ああ、おいしかった、結構、結構。」
賢治先生(昭和天皇)「やってられんわ。(と、眼鏡をとって捨て、ふたたび賢治先生に戻る。)……戦争に負けた途端に軍律厳しい皇軍が地上から忽然と消えてしまった。皇軍の兵士がごろつきの餓鬼になってしまった。」
バナナン大将「腹がふくれたら、またバナナン大将に還った。(と、勲章のついた軍服を着る)食足りて礼節を知るというやつだ。飢えというのはおそろしいものだ。だから、勲章よりも、お菓子の勲章の方がいまや価値があるのだ。お菓子の勲章は食べられるからな。軍服の肩章よりもバナナの肩章の方が価値があるのだ。バナナの肩章はすくなくとも腹の足しになるからな。」
賢治先生「バナナン大将がここに出ているかぎり先ほどのペンネンネンネンネン・ネネムの検事に登場してもらうことが不可能なので、かわりに賢治“イクォール”検事として、わたしに言わせてもらえば、もう少しはやく聖断がくだらなかったものか? そうすれば、原爆を落とされなくてすんだのに……。そのことが何としても残念だ。」
バナナン大将「五十五年たったのにどうしたのだらう。
広島のひかりはまだやってこない。
長崎のひかりはまだやってこない。
原子暦ははや半世紀、
玲瓏銀河を旅するものよ
原子のひかりはまだ届かない。

五十五年たったのにどうしたのだらう。
広島のひかりはまだやってこない。
長崎のひかりはまだやってこない。
銀河マラソンはや半世紀、
オリオン枕にまあ一休み
原子のひかりはまだ届かない。

ところで、賢治先生、最近、わたしはよからぬ噂を聞いたのです。あの考古学の大学士が、この近くの銀河鉄道沿線で広島のひかりの化石を掘り出したと宣伝しているが、あれは捏造だという噂……。賢治先生、どうなのか。」
賢治先生「わたしもそんな話を小耳に挟んではいるが、あの大発見が捏造だなんて、そんなことは信じられないことだ。ともかく本人を呼んで聞いてみよう。大学士よ、大学士よ。出てきてくれ。」
大学士(作業着を引っかけ、鶴嘴とほうきを持って立つ)「賢治先生、いそがしいのです。発掘が目白押しで、用事があるんなら手短にお願いします。」
賢治先生「大学士くん。君の大発見、この近くの銀河鉄道沿線であの日の広島のひかりの化石を掘り出した、そのことについて聞きたい。それで君の手はゴッドハンド(神の手)だと言われているそうじゃないか? あの貴重な広島のひかりを掘り出したんだ。そんなふうに賞賛されてもいいし、つぎに長崎のひかりの化石を掘り出してくれるだろうと期待もされているらしいな。しかし、あの大発見があやしいというものもあるのだ。君が前の晩、ひかりの化石を埋めているのを見たと陰口しているものもいるらしい。」
大学士「だれですか、そんな根も葉もない悪辣な噂を言い触らしているのは?」
賢治先生「銀河鉄道の夜行列車の窓から偶然みかけたらしいのだ。あなたがあやしげなひかりの化石を1945年の地層に埋めているのをね。移植鏝で穴を掘ってひかりの化石をいれて、土をかぶせて、そのあとを踏み固めていたのを写真に撮られているのだ。どうなんだ。それは罪だよ、きみ、人類に対する重大な罪だ。」
大学士「陰謀ですよ。賢治先生。あなただけは信じてくれると思っていたのに……。」
賢治先生「ほんとうのことをいうとね、あのときの光景を写したひかりは神によって封印されたという噂があるのだよ。化石が一かけらもみつかっていないことからもそのことは確からしいとおもわれるのだが、どうだろうかね、大学士くん。見つからないからこそ、君はそんな詐欺まがいの発掘をしたと吹聴しているんだろうがね。そんなことをしては、人類史に残るあの事件の意味自体がなにか胡散臭いものになりかねないじゃないか。南京大虐殺の考古学的発掘に対してなされたような冒涜的詐欺行為にほかならないことになるよ。大学士くん、そこんところをようく考えてくれたまえ。 君のような詐欺的行為は、何が現実なのか分からなくするよ。銀河鉄道に比べればちゃちだが、アポロ宇宙船がはじめて月に着陸したときのあの映像を信じない人たちもいた。あれはNASAがつくった映像だというのだ。君の発見が捏造だとすれば、すべてあやしいという目で見られてしまうことになる。ひかりの考古学の信用は失墜する。そう思わないか?」
大学士「賢治先生、すみません。ウゥー(と、泣き崩れる)……。わたしが馬鹿でした。噂はほんとうなんです。これ以上先生をだまし通すことはできません。お許し下さい。」
賢治先生「なぜそんな発掘の捏造なんかをしたのかね」
大学士「プレッシャーがあったのです。真実を掘り出したいと。」
賢治先生「プレッシャー? どんなプレッシャーなの?」
大学士「プレッシャーというより、遅れてきたものの焦りと言ったほうがいいかもしれません。貴重なひかりも埋まったままだとますます風化していく。そのことを想像するとじっとしておれないのです。大切な光景を失いたくないと。そして、ついつい捏造してしまいました。」
賢治先生「一つの捏造が、針の一穴で、そこからすべての人類の歴史があやしげなものになるかもしれないではないか。そのことを分かってしたのか?」
大学士「いや、そこまで考えていませんでした。」
賢治先生「軽率だ。なぜ、そんなにまでして歴史の真実を捏造しようとするのだ。大学士よ、あなたにそのような悪意があるとも思えないが……。」
大学士「悪意ではありません。むしろ……、賢治先生、ご理解ください。わたしは、溝を埋めたかったのです。今日届いた広島の現在と、いまの広島の本当の現在との溝を埋めたいと……。」
賢治先生「善意だというのか。善意でその溝を埋めるために、あやしげなひかりの化石を埋めたというのか。善意からそんな大それた捏造を……。」
大学士「その点だけは……。」
賢治先生「今日届いた広島の現在ではいまも被爆者は苦しみ、もがき倒れているのだ。そして、一方、ほんとうの現在の広島の現在がある。そのギャップはどうしようもないのだ。そこから出発するしかないのだ。捏造ではその悲惨を伝えることはできない。汚しているだけだ。君の行いはまさに人類への冒涜だよ。」
大学士「いまやっと冒涜の意味がわかりました。賢治先生、わたしは許してもらえるのでしょうか?」
賢治先生「悔い改めるのならば、ほんとうのひかりを発掘することだ、それで汚名を返上すればよい。掘り起こしたひかりを見つめ、そこから目をそらしてはならない。……そして、このような悲惨なひかりの化石が二度と作られないようにしなければならない。それにしても、いまこの現在、地球には人類を何度となく滅ぼすにたる原子の爆弾が保有されているらしい。おーっと危ない、危ない、あゝ全くたれがかしこくたれが賢くないかは分からない。核の研究はできても、核は人が弄ぶには危険すぎる。あのアインシュタインも言っている、核の連鎖反応が発見されたからといって、人類が滅ばなければならないことはないのだ。そのためにも核は即刻廃棄しなければならない。それが半世紀遅れてきたドン・キホーテの決断だ。ええい、槍をもてサンチョ・パンサではない、槍持てグスコーブドリ。」
グスコーブドリ「ははー、おん前に。『槍持て、ブドリ』とお呼びになりましたか、賢治先生、わたしになんでもお申し付け下さい。あなたは遅れてきたドン・キホーテとおっしゃった。ならば、風車にかわる原子の爆弾。相手にとって不足はありません。突進あるのみでございます。」
賢治先生「しかし、銀河鉄道の汽車は何で走るのか。アルコール、電気それとも原子エンジン? 原子エンジンならわたしにも原罪はあるのかもしれないが、しかし……。」
グスコーブドリ(ずっこける)「賢治先生、いまそんなことにこだわっている場合じゃないでしょう。さあ、地球に向かいましょう。」
賢治先生「そうだ、思い出した。この鉄道は想像力のエネルギーで動いているのだ。だからひかりの速さの制約を受けないのだ。」
グスコーブドリ「あたりまえですよ。賢治先生が銀河鉄道を考え出したのは、まだ原子のエネルギーなど想像もつかなかったころですよ。銀河鉄道が放射能で汚染されていてたまりますか。大丈夫です。賢治先生は無罪です。」
賢治先生「グスコーブドリよ、しかし、どのようにして、原子の爆弾とやらを根絶させることができるというのか? 核の風車はどこにある? えい、どうしてくれよう。」
グスコーブドリ「わたしに名案があるのです。核の退治に……。」
賢治先生「それはどんな妙案なのだ。」
グスコーブドリ「はい、それはこうでございます。わたしが銀河鉄道を運転して火山に突っ込みます。それでもって火口にマグマの道を穿つのです。火山の爆発によって、大量の噴煙を噴き上げさせます。その噴煙によって擬似的に核の冬を起こすのです。火山の爆発によって気層のなかに炭酸瓦斯が排出されそれが地球を温暖化させるという説までもっていた賢治先生だから、核の冬のことも理解できるでしょう。人類がたくさんの核爆弾をもって、核戦争になったとき、直接被害を受けなくても人類は核の冬によって破滅するだろうといわれています。噴煙たっぷりで、二酸化炭素が少なければ、地球は冷え込みます。食糧難におちいるでしょう。それによって、思い知らせるのです。放射能の恐怖のない噴煙による冬でさえ、こんなに打撃をあたえるのだからと、核の冬の恐怖を味わわせて核の廃絶にまで持っていくのです。」
賢治先生「それはできるだろう。けれどもグスコーブドリよ、君は遁げられないではないか。」
グスコーブドリ「賢治先生、私にそれをやらしてください。あなたの許しがでないと銀河鉄道の運転ができないのです。」
賢治先生「それはいけない。きみはまだ若いし、これからもいまの仕事を続けていくべきだ。いまの君に代われるものはそうはいない。」
グスコーブドリ「私はすでに銀河鉄道に乗ったものです。それに、私のようなものは、これから沢山でてきます。私よりもっともっと何でもできる人が、私よりもっと立派にもっと美しく仕事をしたり笑ったりしていくのですから……。」
賢治先生「わたしがやろう。わたしは今年で、えーと何歳になったか……現世で三十七歳、天の川で六十八歳、合わせて、えーと……百四歳か、もう十分じゃ、ここで死ぬなら全く本望というものだ。」
グスコーブドリ「賢治先生、けれどもこの仕事はまだあんまり不確かです。だから、あなたにはまだまだやらなければならないことがあります。賢治先生、あなたは、ふたたび地上に降り立ち、人類滅亡の最後の予言者にならなければなりません。笑われようが何をされようが、ドン・キホーテよろしく人々に核兵器の廃絶を説くのです。分かっていただけましたか。」
賢治先生「分かった。グスコーブドリよ。では、お前に鳥捕りのわざを伝授しよう。『銀河鉄道の夜』にもあったろう。彼は、車窓から鳥を見つけると列車の中からすっと抜け出ることができるのだ。ぶつかる直前にそのやり方で、脱出すればよい。」
グスコーブドリ「おことばに従い、そうしましょう。では、賢治先生。地球に向きを変えますよ。さあカルボナード火山島を噴かせましょう。その噴煙によって『青空が緑いろに濁り、日や月が銅(あかがね)いろに』なるほどに……。」
賢治先生「犠牲がなければ、それは妙案。いざ、一万メガトンの核を退治せん。
 ブドリよ、馬引け。
 噴煙をかきたて
 人の想像力もかきたてるのじゃ
 それしか人類の生き延びる道はない
 ブドリよ、馬引け。
 いや、銀河鉄道の向きを変えよ。
 前を後ろに、後ろを前に。
ええい、十数回滅ぼせる核兵器だと……、わたしがもどるまで、地球が無事でいてくれればよいが……。」
グスコーブドリ「賢治先生、では銀河超特急と行きましょうか。」
賢治先生「ワープだ。ワープで超特急だ。」
グスコーブドリ「では、ワープのパスワード。歌いますよ、賢治先生。
 天の川にも
 銀河鉄道フリーパス」
グスコーブドリは、歌を口ずさみつつ、賢治先生の後ろにつく。二人は、思い入れたっぷりに頷き合い、両腕をまげて汽車の形をつくり、シュッポシュッポとゆっくり蛇行しながら舞台を回る。進みながら二人で掛け合いの歌を歌う)
二人「賢治先生はふしぎな先生、シュッポシュッポ
 賢治先生はなんだか宇宙人、シュッポシュッポ
 何でも教えるふしぎな先生、シュッポシュッポ
 ふしぎを教える何だか宇宙人、シュッポシュッポ
 夜空に叫べば汽笛がこたえる、シュッポッポ
 天の川にも銀河鉄道フリーパス、シュッポッポ
 賢治先生はふしぎな先生、シュッポシュッポ
 こころにのこるあの叫び、シュッポシュッポ」
グスコーブドリ「賢治先生、だんだん速くなってきましたよ。もう、天の川に沿ったひかりの道もフリーパスです。それー……」
二人「天の川にも銀河鉄道フリーパス」
(と、早口に歌う。歌を繰り返しつつ、二人は、汽車のかっこうをしながら前後に並んで舞台を蛇行しつつ進み、キューンという電子音とともに舞台そでに入る)

                「幕」

[注]原民喜の詩を使わせていただきました。
「火ノナカデ 電柱ハ」、「ギラギラノ破片ヤ」、そして「コレガ人間ナノデス」の三編です。
 中野重治の詩「雨の降る品川駅」の詩句断片をパロディとして使わせていただきました。
   昭和天皇の御製については、内野光子著「短歌と天皇」から引用させていただきました。
 アインシュタインのエピソードは、アリス・カラプリス編「アインシュタインは語る」を参考にしました。引用は『 』で括ってあります。
 宮沢賢治作品からの引用はちくま文庫「宮沢賢治全集」によっています。

「賢治先生はふしぎな先生」
はオリジナルで、池田洋子さんに作曲していただいた譜面もあります。


追補
この脚本を使われる場合は、必ず前もって作者(浅田洋)(yotaro@opal.plala.or.jp)まで ご連絡ください。


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