養護学校(高等部)生徒のための宮沢賢治
仕事の意味について考える劇

「チャップリンでも流される」 一幕二場

【あらすじ】
「賢治先生は生徒たちが働く職場を探して会社を訪問します。 「雨ニモマケズ」の詩をもじっていえば、「不況ノナツハオロオロアルキ」 といったところです。いつも重たいトランクをもって歩いています。 トランクの中身は生徒の作品です。それらの作品を見てもらって、 かわりに会社の製品を頂いて帰り、工場の勉強に使います。 流れ作業の説明をするために、チャップリンの映画「モダンタイムス」を観ていると、 突然模造紙のスクリーンを破ってチャップリン本人が現れます。そして、 賢治先生の頼みをきいて、「欽ちゃんの仮装大賞」仕立てで、 工場の様子を生徒たちの動きで表現します。それで、みんなは疲れはててしまいます。 そこで、チャップリンは「仕事ばかりしているのは、機械です。 人間はもっと楽しまないといけません。」ということで、 賢治先生の羅須地人協会を見にいこうと誘います。 模造紙のスクリーンの破けた穴を逆に入っていくことで昭和七年の花巻にもどります。 羅須地人協会の看板を出した小屋には、「おれたちはみな農民である」 「ずいぶん忙がしく仕事もつらい」「もっと明るく生き生きと生活をする道を見付けたい」 など、「農民芸術論」の標語が掲げられています。 その夜、羅須地人協会の小屋では、大江光さんの音楽を演奏する会が開かれます。 演奏がおわると、賢治先生をその時代に残して、 ふたたびスクリーンの破れ目から、チャップリンは当時のアメリカに、 生徒たちは現代にもどっていきます。」

【では、はじまりはじまり】
一場
(幕が開くと教室の風景。といっても中幕が閉まっていて、その前に椅子が乱雑に置かれているだけ。生徒達、 てんでんばらばらに座っている。チャイムがなると、いっせいに朗読が始まる。)
生徒達 雨ニモマケズ
風ニモマケズ
雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
丈夫ナカラダヲモチ
欲ハナク
決シテイカラズ
イツモシヅカニワラツテイル
東ニヤメソウナ卒業生ガアレバ
行ツテ話ヲキイテヤリ
西ニツカレタ母アレバ
行ツテ相談ニノリ
南ニ倒産シソウナ会社ガアレバ
行ツテ融資ノ世話ヲヤキ
北ニ就職口ガアレバ
職安ノ人ト訪ネ
内定スレバナミダヲナガシ
不況ノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボウトヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
ソウイウモノニ
ワタシハナリタイ

(賢治先生が教室に入ってくる)
賢治先生 わたしはそんな立派な教師ではないよ。君達の読んだ詩の中で当たっているのは、 「不況ノナツハオロオロアルキ」というところだけだな
生徒 その重たいトランクを持って会社まわりにオロオロ歩くんですか
賢治先生 よく知ってるね
生徒 中身はなんですか
賢治先生 君達の写真、作品だよ。理科で現像した学校の写真、 窯業で作ったお皿、木工の花瓶台、被服の弁当袋、 なんでも詰めてある
生徒 どうするんですか、そんなもの
賢治先生 社長さんに見てもらう。その作品がかがやいているのを見てもらう
生徒 かがやいているんですか
賢治先生 ああ、かがやいている。そのかがやきは工場ではけされてしまうけどね。 でも君達の作品を見てもらう。 見てもらって、もらってもらう。そのかわりに工場の製品をもらってくる。 きょうは工場について勉強する約束だから、 みんなに見てもらおうと思って製品をもらってきた。これがなにかわかるかな
生徒 なんですか、まるいですね
賢治先生 これなにかわかるかな(観客席に聞く)。そう、 これはリンゴの形をしているね。 アイスクリームの入れ物だ。プラスチックの工場からもらってきた
生徒 これはなんですか
賢治先生 貝ボタン。貝殻を丸くけずってボタンにする。中国から輸入したものだ
生徒 あれっ、おしぼりがありますよ
賢治先生 洗濯したおしぼりを丸めてビニールにいれる仕事、 一日中おしぼりを巻いています
生徒 どんな工場で働いているのかな
生徒 機械のある工場です
生徒 お母さんはテレビゲームの機械を作っている工場でパートをしています
賢治先生 流れ作業だな
生徒 流れ作業ってなんですか
賢治先生 ベルトコンベアが流れいて、できかけの製品を並んで組み立てていくような仕事
生徒 製品の流れは夜も流れますか
賢治先生 夜も流れている工場もあるな。夜勤をしている先輩もいるよ
賢治先生 口で言うより映画を見てもらおう。 そのほうが流れ作業がよく分かるから。風の又三郎くん、すこし暗くしてください
又三郎 (舞台下から)はい
(生徒が模造紙のスクリーンを持って立つ。 舞台を暗くするとビデオプロジェクターの青白い光が模造紙に浮き上がる)
賢治先生 みんなはチャップリンってしってるかな。
生徒 あの山高帽子をかぶってちょこちょこあるく
賢治先生 そう、そう、そのチャップリンが撮った映画、昭和七年か、八年
生徒 なんていうんですか
賢治先生 「モダンタイムス」
(このことばをきっかけにチャップリンの 「モダンタイムズ」の流れ作業の場面の映写がはじまる。しばらく映写が続く。 と、突然模造紙を破ってチャップリンが飛び出してくる)
生徒達 わー(と驚く)
賢治先生 あれ、チャップリンさん、おひさしぶりです
チャップリン やあ、賢治さん、 どうされていますか。ぼくがアメリカに行く途中東京に立ち寄ったとき、 偶然あなたに会いましたが、あれからもう六十年くらいたちました。あのころ、 あなたは結核でひどく弱っておられましたが、お体の方はだいじょうぶですか
賢治先生 はい、もうだいじょうぶです。いい薬もできました
又三郎 (本をみながら舞台袖から上がってくる)あれ、でもおかしいな、 この年表を見たら賢治先生は昭和七、 八年には東京に出てきていないはずだけどな
賢治先生 ぼくが、おやに黙って花巻から東京にでてきたときでした
又三郎 ではこの年表はまちがっているのか。そういうことか(と、舞台袖に入る)
生徒 これがチャップリン
生徒 どこかで、みたことがあるぞ
賢治先生 紹介しておこう、こちらはチャップリンさん、テレビで見たことがあるだろう
生徒 みたみた。靴を煮て食べてたひとだ
チャップリン そのとおり、しかし、ぼくはいつも靴を食べているわけではない
賢治先生 靴を食べた話はこちらに置いといて(と、脇におくしぐさをする)、 生徒たちに流れ作業というものを 説明してやってくれませんか、ぼくは、 農業と家の質屋の店番と石灰肥料のセールスはやったことがあるが、 工場で働いたことがない
チャップリン いいよ
(チャップリンが指揮者のように手をあげると、生徒達があらわれて、 はじめから舞台にいた生徒の朗読に合わせて、 欽ちゃんの仮装大賞のようなどたばた劇をする。生徒集団で、 小道具も使いながら、いろんな動きで工場の機械を表現する)
生徒達
工場の流れのことならおもしろい
ぼくらの工場は短めライン
短めラインで速めのライン
つぎからつぎに波おしよせて
チャップリンでも流される
並びたいけど並べない

ぼくらの工場は短めライン
短めラインで速めのライン
ラインを見てると目が回り
チャップリンでも流される
並びたいけど並べない

(生徒達が馬になって並び、横に人が並ぶ。馬の背中の上を製品をのせたパレットがひもに 引っ張られてながれていく。端で紐をひっぱっていたものがパレットを受け取って下に置いていく。 この間、馬役の生徒はコンとベアということばを繰り返し、そのことばにあわせて作業者は同じ動作を繰り返す。 チャップリンもそこに加わって流される。時間が必要なら上の朗読を繰り返す)

ラインを逸れたら離れの小島
みんなと離れてバリ取りゴム通し
服の裏返し糸切りたたみ
値札張り付け箱作り
チャップリンでも眠くなる
眠りたいけど眠れない

(ラインから離れて、一人でバリをとっている生徒。製品の山が島のようになり椰子の木が生えている。 生徒も眠そうで、そこにきたチャップリンもあくびをする。時間が必要なら朗読を繰り返す)

工場の主役はそれでも機械
機械の動きはつくづく不思議
機械の入口はたまた出口
一日三万三千本の
ものを与えてまた取り出して
チャップリンでも飽きがくる
休みたいけど休めない

(機械の箱に生徒が入って、前に立った生徒から材料をつぎつぎにもらい、いったん取り込んで、 つぎにチャップリンに手渡していく。時間が必要なら朗読を繰り返す)

機械は動く、動くは製品
製品はできる、できれば売れる
売れるはお金、お金は給料
給料は使う、使うは楽しい
楽しいはカラオケ、カラオケは機械
機械は動く、動くは製品
製品はできる、できれば売れる
売れるはお金、お金は給料
給料は使う、使うは楽しい
楽しいはカラオケ、カラオケは機械

生徒 どこまでいくんや、もうやめよう
チャップリン わたしもツカレタ
賢治先生 いやあ、ごくろうさんでした。おかげで、 卒業生がどんな仕事をしているかよくわかりました。 ところで、機械の役目をしたみんな、機械の気持ちがわかったかな
(授業中の生徒がインタビューの格好でマイクを差し出すふりをする)
生徒 前に文化祭の劇で木の役をやったけど、 そのときは木の気持ちになれました。でも機械は、 ぼくが機械になりそうでした。何も考えない機械になりそうでした
生徒 (ふーふー言いながら)つかれた。機械はつかれないのかな。 つかれない機械の気持ちはわからないな
チャップリン 仕事ばかりしているのは機械です。 人間はもっと楽しまないといけません。仕事は気をつけ、 気をつけばかりじゃなくて、休めも必要です。ぼくは、わたしは、 機械とはちがいますよって自分にわかるためにもね
賢治先生 遊び、楽しみ
生徒 どんなふうに遊ぶのかな
生徒 ぼくもわからない
生徒 一生懸命ならできるけどな
賢治先生 そうか、確かに一生懸命も大切なんだよ。でも遊びもおなじくらい大切だ
チャップリン 賢治先生、あなたはたしか羅須地人協会という 看板をあげて、農民を集めて遊んだりしていましたね
生徒 何をして遊んでいたんですか
生徒 一度、見てみたいわ
賢治先生 そうか、それじゃあ、みんなを羅須地人協会に招待しよう。 しかし、昭和七年にもどるにはどうすればいいのかな
チャップリン わたしが破ってきたスクリーンの穴、 わたしは昭和七年から来ました。だから逆にあれをこちらから くぐれば昭和七年にもどれます
賢治先生 それはすばらしい考えだ
生徒 じゃあ、いけるんですね
賢治先生 チャップリンさんが、モダンタイムスをつくった昭和七年から、 こちらにこれたんだから、逆にいけばいけるだろう
生徒 いこう、いこう、昭和七年へ。
生徒 岩手県の花巻へ。
生徒 花巻の羅須地人協会へ
(生徒達は叫びを残して、スクリーンの破れ目をくぐって舞台おくにはいる。 みんなが消えた破れたスクリーンに ふたたびチャップリンのモダンタイムスの映像がしばらく流れて、やがて消える)
(暗転)

二場
(中幕が開くと羅須地人協会の建物。扉があって部屋がある。)
(一同、部屋に張られた幻灯のスクリーンを破って現れる。)
生徒 出た出た
生徒 これが昭和七年か
生徒 えらい、田舎臭いところやな
賢治先生 そりゃあ、きみたちから見れば、昭和七年は田舎田舎しているだろうし、 まして東北岩手県の花巻のはずれやから。 しかし、スクリーンを破られてしまった。あした幻灯会があるのに
生徒 ここの黒板にチョークでなにか、書いてある
生徒 「下ノ畑ニ居リマス」
生徒 これ、うそやな。賢治先生は学校に居ったのに
賢治先生 まあ、はいりなさい。チャップリンさんもどうぞ
チャップリン はい、ごめん、くさい
生徒 くさくないよ
生徒 いや、くさいで、先生布団敷きっぱなしにしてませんか
賢治先生 いやあ、よくわかるね
生徒 男くさいわ
賢治先生 どうぞ、すわってください
(生徒達が木の椅子に座ってしまったのでチャップリンさんには坐る椅子がない。)
チャップリン わたし、床にはすわれません。正座無理、胡座無理です。 ごめんくさい。かわってくさい
(生徒の一人が代わる)
生徒 チャップリンさん、どうぞ
(壁に垂れ幕のようにして農民芸術論の一節がかかれている)
生徒 これは、なんですか
賢治先生 羅須地人協会の憲法みたになものかな
(生徒達、一節一節を順繰りに読む)
生徒 「おれたちはみな農民である」
生徒 「ずいぶん忙しく仕事もつらい」
生徒 「もっと明るく生き生きと生活する道を見付けたい」
生徒 「世界のみんなが幸福にならないうちは一人の幸福はありません」
生徒 こちらにもありますね。なになに「芸術でもってあの灰色の労働を燃やせ」
生徒 これはとくにむずかしいな
生徒 単純作業は飽きるしな
生徒 ぼくは単純作業が安心です
賢治先生 みんなにトマトをごちそうしようか、下の畑で作っているんだ
生徒 取るときに食べてもいいかっていいましたか
賢治先生 ああ、言った、「食べてもいいかー」って言った、 もちろん「いいぞう」という返事だ。 トマトとぼくとは特別な関係だからね
生徒 特別な関係ってなんですか
賢治先生 この花巻ではぼくがトマトを食った最初の人間だってことだ (話しながらみんなにトマトを取ってきて配る)
生徒 ほんとうですか
賢治先生 チャップリンさんが靴を食べた最初の人間で、ぼくがトマト、 トマトでは靴にはまけるけどね
チャップリン ゆがいた靴をね
生徒 おいしかったですか
チャップリン まあ、なかなかのもんだったが、 釘が骨みたいにひっかかってじゃまだったな。みなさん、 靴はゆがくまえに釘をとっておきましょう
生徒達 (トマトを食べながらどっと笑う)
賢治先生 きょうは羅須地人協会の光音楽祭があるんだ。もうすぐ、 そろそろ集まってくるからね
生徒 光音楽祭
生徒 なんですか、それは
賢治先生 大江光さんの音楽を演奏する会
生徒 大江光さんでだれですか
賢治先生 光さんはね、昼は作業所にかよっている。そして、作曲もするんだよ。 すばらしい音楽だ
生徒 そういえば聞いたことがあるな。卒業式のときに流れている音楽だ
賢治先生 やあ、みんなまっていたよ
(セロ弾きのゴーシュがチェロを持って現れる。 さらにお百姓さん、数人がクワやスコップ、のこぎり、 ナタなどを持ってあらわれ、それを弦楽器や笛にみたてて演奏する。ゴーシュだけが、 本物のセロを弾く真似をする。流れる曲はバイオリンとピアノ、 フルートのみだがそれでもいい)
賢治先生 みんなに紹介しよう。こちらはセロ弾きのゴーシュ、 そして中村くん、長谷川さん、近藤くん、
(演奏家達が上手に並び、生徒達は椅子を持って下手に移動する)
ゴーシュ では、きょうは大江光さんの「森のバラード」を演奏します。
チャップリン わたしもいっしょに演奏したい。ヴァイオリンを弾きます
ゴーシュ どうぞ、どうぞ。光栄です。では(ゴーシュの合図で曲が流れる。 みんなは演奏のまねをする)
(生徒達、はじめは静かに聞き入っていたが、そのうちに立ち上がってゆっくり踊り始める)
(演奏がおわる。賢治先生生徒達、拍手をする。演奏家達は上手に消える)
賢治先生 すばらしかった。昼は単純労働をしましたが、 夜のこの演奏でこころが洗われました
チャップリン 賢治先生、単純労働はやっぱり灰色の労働ですかね
賢治先生 わかりません。とくに、みんなにどうなのか、考えてみます。 でも灰色でも働かないより働くほうがいい
チャップリン そうですね。働いて時間を刻んでいますから
生徒 単純作業が安心です
チャップリン では、賢治先生、わたしはこれで失礼します
生徒 えっ、もういっちゃうの
チャップリン はい、また映画をつくらなければなりません。 ドイツではヒットラーが出てきました。
生徒 そういえば、チャップリンさんはヒットラーににていますね
チャップリン そう言われました。ヒットラーはあなたがたの敵です。 やっつける映画をつくります
生徒 それじゃあ、みんなで写真を写そう。ぼくは、写ルンデスをもってきたよ
賢治先生 はい、じゃあ並んで、並んで。
(生徒が写真をうつす)
チャップリン では、これで、みなさん、ごめん、くさい
(外に出てふたたびスクリーンの裂け目に潜り込んで消える)
生徒達 チャップリンさん、さようなら。また、楽しい映画を待っています
生徒 賢治先生、ぼくたちもそろそろ帰ります
賢治先生 そうか、名残惜しいがしかたがない。また、 卒業してから仕事でつらいことがあったら、 いつでもこの羅須地人協会を訪ねてきてくれたまえ。いつでも大歓迎だ。トマトもごちそうするよ
(生徒達、チャップリンと同じスクリーンの裂け目から消える)
賢治先生 (一人残ってしずかにつぶやく)世界がぜんたい幸福にならないうちは 個人の幸福はあり得ない
(暗転)
(みたび破れたスクリーンにチャップリンの「モダンタイムス」の流れ作業の場面が映し出され、 その映像にナレーションが重なる)
ナレーター 世界の人たちがみんな幸福にならないうちは、 一人の幸福はないと賢治先生はおっしゃいました。 だから、わたしたちが幸福でないとき、賢治先生もまた幸福ではないのだと思います。 疲れたら羅須地人協会があります。でも、わたしたちも自分が幸福になるように 努力しなければならないのです。 仕事は一生懸命、遊びはおもいっきり。
賢治先生が最後のころ農学校の教え子に出された手紙に「上の空でなしに、 しっかり落ちついて、 一時の感激や興奮を避け、楽しめるものは楽しみ、 苦しまなければならないものは苦しんで生きて行きましょう」 ということばがあります。わたしたちも賢治先生の教え子です。 だから、この手紙はわたしたちへのメッセージ でもあるのです。そのように生きていけたらと思います

(幕)


追補
この脚本を使われる場合は、必ず前もって作者(浅田洋)(yotaro@opal.plala.or.jp)まで ご連絡ください。


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