学ランの兵隊
      −いじめからの脱走−
2009.12.25

【まえがき】
いじめはどこの社会でもみられます。人間の悪い本性に根ざしているからでしょうか。 だから、いじめを払拭することはできません。
しかし、人間は悪い本性と同時に、善い本性も持ち合わせていると信じたいのです。
あまりにひどいいじめに常時曝されていると、人というものの善い本性を信じられなくなるのではないでしょうか。 それは怖いことです。中高生の年齢でそんな絶望が刷り込まれると、後の人生がどれほど生きづらくなるか、 考えてもぞっとします。
ひたすらいじめにたえる、がまんする、そんなことをしていては心が取り返しがつかないほど傷ついてしまいます。 逃げればいいのです。何も恥ずかしいことはない。学校などに拘ることなど毛頭ないのではないでしょうか。 自死を考えるなどもってのほかです。緊急避難、これにつきます。まわりのものもそういった主義、方法で 心と体の安全を守ってゆくというのはどうでしょうか。
そういった思いがあって、いじめをテーマにした脚本を書いてみました。
演者も観客も中高生を想定しています。
文化祭前日の教室から劇ははじまります。
主人公の慎司と友人の中根、彼らは同級生三人組からいじめられています。 学級の出しものの的あてゲームで的に扮した慎司は練習と称してボール攻撃を受け、 また科学部の展示で中根たちが作ったプラネタリウムが壊されたりします。
彼らにとっては厳しい、出口のない状況です。
慎司は、学校を休もうとしますが、いじめのことに薄々気づいている両親は仮病を疑い、探りを入れてきます。
文化祭は何とか乗り切ったものの状況は変わらず、慎司は思いあまって同居しているおじいちゃんにいじめのことを もらしてしまいます。
おじいちゃんは、戦争に征ったことがあり、軍隊でもいじめがあったという経験談を語ってくれます。
それからしばらくして慎司と中根は、いじめグループから呼び出しを受けます。彼らが文化祭前日のことを 教師にチクッたというのです。散々殴られて倒れこんだ彼らに、軍人勅諭を暗唱するおじいちゃんの声が聞こえてきます。 それを聞いて慎司はある決意をもって立ちあがります。 彼は隠し持っていたカッターナイフを取りだして、自分の掌にあてがいます。 もしも、これ以上暴力をふるうのなら、自分を傷つけるというのです。……
さて、この顛末いったいどうなるのでしょうか。 この出口のない状況に救いはあるのでしょうか。
慎司には、そのとき、かすかにではありますが、出口が見えてきたようなのです。
いじめの妙薬というわけではありません。 そんなものはあるはずがないからです。かすかな光明、……
慎司はおじいちゃんから聞いた兵隊のいじめにヒントを得て一筋の光明を見出したのです。
どんな光明かって……。
それは見てのお楽しみ、ということで……。

【では、はじまり、はじまり】

登場人物

 三井慎司     科学部
 父(均)     養護学校教師
 母(美香)
 祖父(敬二郎)
 祖母(千里)   入院中

 中根       同級生、科学部
 会田さゆり    同級生
 広田       同級生 いじめグループ
          同級生 いじめグループ
 清水       同級生 いじめグループ
 エイタン     兵隊(賢治先生役と兼ねる)
 田島先生     担任(男性になっているが、女性でも可)
 宮沢賢治先生   科学部顧問

【一場】
(前半は教室、後半は中庭)
(幕が開くと文化祭前日の教室、黒板の上に『ガンダムなんかやっちまえ』の看板。 黒板にチョークで「ボール3個で100円」、その他いろいろと書いてある。 黒板から少し離れて机が置かれていて、上にいくつかの箱が載せてある。 箱の中にはボール3個)
黒板を背にガンダムが立っている。作り物のように動かないが中に人が入っている。
(広田、谷、清水が入ってくる)
広田 「おー、ガンダムさんはまだおられたんですか。 それは、それは、わざわざオレらを待ってくださってたとは……。 では、せっかくですからちょっと練習させてもらいますか。 明日の文化祭本番で失敗でもしたら『広田、コマッチャウ』ですから……」
 「ほんとほんと……」(と、言いながらまずボールの箱を広田に渡す)
(そこに会田が入ってくる)
会田 「あんたたち、何してるの? さっきまでみんなで準備してたんよ」
清水 「ちょっとクラブの方が忙しゅうて、ごめんな」
会田 「口先だけで謝られても……」
清水 「お見通しですか、さゆりさん」
会田 「気色わるー、言わんといて……」
広田 「キモイ言われとるんはオマエやぞ、もううるさいからあっちに行っとれ、 オレら明日のために練習するねんからな。じゃあ、やるぞ」(と、その場所でボールを振りかぶる)
(会田は、教室の片づけを始める)
ガンダム(慎司) (それまで固まっていたのが、突然口を利く) 「近すぎ、近すぎ……そこの線からや」(と、手にした剣で指し示す)
 「こらガンダムが動いたらあかんやないか、動くのはボールが命中して叫ぶときだけや」
(広田が、ビシッとボールをぶつける)
ガンダム(慎司) 「イタッ」(と、体をかばう)
 「痛いわけないやろ、鎧着とるんやから。黙っとれ」
広田 「もっとビシッといかんとな……」
(と思いっきり振りかぶって投げるが、力みすぎてはずれる)
ガンダム(慎司) 「イタッ」(と、体をよける)
清水 「あれっ、いま当たらんかったよな。かすりもせんのに『イタッ』はないやろ」
ガンダム(慎司) 「えっ? 当たってない。…… ほんまに痛かったんやけど……」
 「嘘つけ……こいつふざけとるで……」
広田 「そんなやつなんや、こいつは……、ほんじゃ、行くで、最後はストライクを決めんとな……」
(と、振りかぶって投げる。今度は体に当たる)
ガンダム(慎司) 「イタッ、ほんまにイタッ」(と、体を撫でる)
会田 「止めなさいよ、あんたたち、また、慎司くんをいじめてる」
広田 「どこがいじめなんや、こんなボール痛ないで、……練習ですよ、練習」
 「あっちに行っとれ。(と、会田を押しやる。彼女はそのまま出て行く)今度はオレやるわ」
(谷がボールを振りかぶって投げて命中)
ガンダム(慎司) 「痛いって……」(と、体をねじる)
(どこかから拍手と歓声が聞こえてくる。同級生たちが見ている雰囲気。
谷が二個目のボールをぶつけるとまた歓声、拍手)
広田 「百発百中やな、けどおもろないな。バシッと鎧を破るくらいやないと……、もっと堅いボールにしたらどうや」
 「公式のテニスボールくらいがいいんとちゃいますか」
清水「明日はそれ持ってこようか?」
ガンダム(慎司) 「そんなんやめてくださいよ。せめて軟式のテニスボールくらいで……」
広田 「まあ、考えとくわ……、こんなん1回で飽きるで、おもろないなぁ、 他のクラスの準備見にいこか」
清水 「慎司も来えへんか?」
ガンダム(慎司) 「こんなガンダム着て出て行かれへん」
 「ほっとけや。行こう」
(三人、舞台袖に入る。担任教師の田島が会田といっしょに現れる)
会田 「あれっ、広田君ら、もう行ってしまったの?」
ガンダム(慎司) (かぶりものを脱いで、フーとため息をつきながら) 「他の準備を見てくるって……」
田島先生 「また、三井がいじめられてるって言うから来たんやけど、 何されてたんや?」
慎司 「ボールをぶつけられてただけです」
田島先生 「ボールをぶつけられるのは明日のオマエの役割なんとちがうんか」
慎司 「それはそうですけど……接近しすぎというか、思いっきしというか……」
田島先生 「それでいじめか?」
慎司 「ぼくはいじめなんか言ってませんけど、……ビミョウな線ですね」
田島先生 「何がビミョウなんや? はっきりせえや、いつも肝心なところではっきりせんやつやで」
会田 「ほんとうはあの線から投げるんですけど、広田くんはめちゃちかくから力一杯投げてたんです」
田島先生 「ほんまに……、で、痛かったんか?」
慎司 「まあ、そうですけど、この鎧着てますからね、紙の張りぼてやけど……」
会田 「『痛い、痛い』言うて、悲鳴上げてました」
田島先生 「そんな情けないんなら、何で、役割分担のとき、手ぇ挙げたんや、自分で立候補したんやで」
慎司 「それはそうですけど、先生、分かってませんね。……これもビミョウなんやけど、 自分から手を挙げたのか、手を挙げさされたというか、そんな雰囲気だったんですよ」
田島先生 「誰に?」
慎司 「みんなにというか、……あいつらにというか」
田島先生 「誰か立候補せえ言うたんか?」
慎司 「いえ、誰にも言われてませんけど……」
田島先生 「言うてることの筋が通ってないぞ。まあ、きょうは何ともなかったんやから、 ビミョウということで収めときますか……、 まあ、明日はしっかりやってな」
(田島先生、教室から出て行く。慎司と会田が残る)
慎司 「あれくらいで先生呼ばんでもいいんや。狼少年みたいになってしまうからな(と、少々不機嫌に言い) ガンダム脱ぐの手伝ってくれる……、一人では後ろの方はずせないんや」
(会田、黙って手伝う。慎司も黙ってガンダムの鎧を脱いで机の上に置き、)
慎司 「じゃあ、おれ帰らせてもらいますから……」(と、会田に声をかけて、鞄を持って教室から出て行く)
(外は中庭。慎司を追うように会田も出てくる)
(そのとき、「わっしょい、わっしょい……」(とかけ声をかけながら、谷と清水が、担架を御輿のように担いで登場する。 担架の上には、張りぼてのプラネタリウムがパッカリと割れた状態で乗せられている。 広田が団扇を持ってかけ声で煽り立てる。御輿はにぎやかに舞台を巡る)
広田 「おい谷、ノリが悪いぞ、もっと派手にやれや」
(谷調子にのってさらにふざけて「わっしょい、わっしょい」と練り歩く。どこからともなく 「わっしょい、わっしょい」に唱和する声や拍手、歓声が聞こえる)
(中根が彼らを追って現れて、御輿に取りすがる)
中根 「やめろや。せっかく作ったのに……プラネタリウムが壊れてしまうよ」
広田 「何? 壊れてしまうって、……(と急に血相をかえる)、もう壊れてるじゃねえか」
中根 「とにかく、おろしてください。お願いします」(と、泣きそうになりながら頼む)
広田 「おい、おろせ、御輿おろせって言ってんだよ」
(谷、清水、御輿をおろす)
広田 「何を半べそかいてんだよ。こんなばかでかい張りぼて作ったのは誰なんだよ。 お前たちだろうが、科学部のオタクだろうが。張りぼてのプラネタリウムが大きすぎて 部室から出ないって聞いたから、 おれたちが手を貸してやったんじゃじゃねえか」
 「そうですよね。わざわざ技術室でのこぎりを借りてきて、ゴシゴシ切って……」
清水 「あのままやったら、部室も出ぇへんし、理科室にも運び込まれへんで……」
広田 「うまいこと切ってあるやないか。まっぷたつや」
中根 「のこぎりじゃなくて、カッターでやったらどうかって、相談してたのに……、 みんながカッター取りに行ってる最中に乗り込んできて、のこぎりで切ってしまうなんて、……オレの責任や」
広田 「カッターはムリ、危ないッス。のこぎりじゃないとムリッス……」
 「わざわざ保健室から担架を借りてきて運んでやってるのに、 なんでそんなふうに半べそかかんならんの? わかりませーん」
清水 「プラネタリウムを壊されたと思うとるんちゃいますか」
中根 「壊してしまったじゃないですか」
慎司 「科学部のものが頼んでへんのにそんなことするのはおかしいよ」
広田 「あれっ、慎司、オマエ科学部ちゃうやろ、ふーん、ねくら連中の肩持つんかいな。 さっきの腹いせか」
慎司 「そんなんと違う。おんなじ切るにしても作ったものが切った方が、あとの修理もしやすいし……」
 「そんな変わらんて……、それに広田さんがのこぎりで切ったの、うまいこといってるで……」 (と、御輿の上のプラネタリウムをなでる)
中根 「もうこれ以上触らんといてくれよ。(と、谷の体を押しやる)せっかく苦労して作ったのに……」
」 「何するんや。(と、中根を突き飛ばす)運んでやっているのに……」
広田 「谷よ、オレたちが壊したんだとよ。あのままやったら部室も出ない。理科室にも入らない。 文化祭の出しものがだいなし……そんなふうに科学部のためを思って手伝ってるのに、 壊したといわれたらしょうがないな、 ここらに置いとくか、オマエらで担架は返しとけよ。迷惑かけてすんませんな」
(三人で声をあげて笑う)
清水 「広田、もう時間や、壊しに行こう」
広田 「そうやな。……清水のおじさんがアパート持ってはってな、それもう古なって解体するらしいんや。 明日から壊しにかかるんやけど、それで今日はめちゃくちゃに壊させてくれるんやて、 『お前たち、壊したいやろ、ここで発散したらええやろ』言うてくれはってな、 これから壊しにいくんや、バットで壊しまくるんや、スカッとするで、どうやうらやましいやろ。 いっしょに行けへんか? 行かんわな。 それがあるから、きょうはこれで赦したるわ、こんどからは容赦せんから覚悟しとけよ」
(彼らの去っていく背中に向かって会田が叫ぶ)
会田 「あんたたち壊したんだから、責任持って直していきなさいよ」
広田 「人聞きの悪いことをいうな、キモイお姉さん、オレたちはてつだってやっただけですよ。 それにね、おれたち、壊すのは得意なんだけど、作るのは苦手なの、ごめんね」
(と、三人舞台下手に消える)
(入れ替わりに上手から賢治先生が登場)
賢治先生 「どうしたんですか、部室に行ってみたらプラネタリウムがなかったので、 もう理科室に持っていったのかと思っていたのですが、……」(と、特徴的な咳払いをする)
中根 「プラネタリウムが大きすぎて部室の扉を出なかったんです。あいつらがその噂を 聞きつけてやってきて、のこぎりで切ってしまったんです」
賢治先生 「ムリヤリですか?」
中根 「僕達が、どういうふうに切るか相談して、カッターを取りに行ったすきに、いきなりやってきて、 のこぎりでごりごりやりだしたんです」
賢治先生 「それは乱暴な……」
中根 「それでいて手伝ってやったっていうんですよ」
賢治先生 「まあ、彼らはそう言い張るでしょうね」
中根 「どうしても切らないと扉を出ないことは分かっているんです。でも、 自分たちが苦労してつくったものだから、また理科室で組み立てるときのことを考えて どんなふうに切るかは僕達が考えてやりたかったんです。自分の手で切ってやりたかった」(と、泣き出す)
賢治先生「それはそうだが、……問答無用だったんですね。」(と咳払い)
中根 「ムリやりやられて、こんなふうに桃太郎のモモみたいになってしまいました。」
賢治先生 「それで、何か暴力がありましたか?」
中根 「いいえ、今日は、あいつらも用事があるっていうんで、急いでいて、突き飛ばされたくらいで、 殴られたりというのはありませんでした。……」
賢治先生 「突き飛ばされた……、大丈夫ですか?」
中根 「その前に、ぼくが谷を押しましたけど……」
賢治先生 「それじゃあ、まあ小暴力の痛み分けということで……」
中根 「そのことはいいです。……でも、いつもはこんなじゃないんです。先生、助けてください。 あいつら、オレたちをねらい打ちしてくるんですよ。お願いします。」
賢治先生 「分かった、聞いてはいるんだが、……これからも暴力的に何かしてきたら必ずぼくに言ってください。 今日のこともなんとか考えてみましょう」
(賢治先生、咳払いしつつ舞台袖に去る)
慎司 「さっき突き飛ばされたの大丈夫か? あいつらの手やな、手伝ってやるいうて、 壊してしまう。それで困らせて喜んでいるんや」
中根 「そうやな、オレらを困らせて楽しんでるんやな」
会田 「もっと毅然としなさいよ、嫌なものはいやって言えばいいのに……」
中根 「それが言えたら苦労はないよね、……何かがんじがらめだな、 自分で自分に巻き付けているようなところもあるけれど、……」
慎司 「お先真っ暗で出口が見つかれへん。どうしたら抜け出せるのかわからん。 こんなことしていたら世間がぜんたい怖くなってくる。閉じこもってしまいそうや」
中根 「ぼくもそうや、科学者になるのが夢やけど、 このまま学校続けたら、なんか人が信じられなくなるかもしれん。これはぼくにとっては大変なことなんや。 科学者はな、人への信頼がないとなれへんと思うねん」
慎司 「みんなオタクやネクラや言うけど、中根、オマエよう考えてるな。 見直したわ、その夢、こんなことで諦めたらあかんで。…… オレらは学校刑務所の囚人みたいやけど、どこかに外に抜けるトンネルがあるかもしれん、 ……それ見つけたら、中根、どうする、学校から逃げ出すか。転校するか。 オレはいつもそんなこと考えてる。でもな、学校から逃げることに後ろめたさがあるねん。 そんなことしたら、逃げ癖がついてしもうて、自分が根っこからダメになりそうで……」
中根 「そうやな、オレもおんなじや。堂々巡りやな。……いったい出口はどこにあるんやろうな……」

(暗転)

【二場】
(三井家の慎司の部屋)
  (慎司がベッドに寝ているところに、母(美香)が入ってくる。)
母(美香) 「慎司、どうしたの? いつもは自分で起きてくるのに……、今日は文化祭でしょう。 遅刻はまずくないの?」
慎司 「オレ、今日休むよ。風邪をひいたのか、ちょっとしんどいから……」
母(美香) 「風邪? 寒い部室でプラネタリウムを作っていたから……(と、額に手をおく)、 熱なんかないわよ。どこかおかしいの? 喉がいたいとか?」
慎司 「えへん、(と咳払いして)うん、喉が痛い。熱が出る前みたいな寒気もする」
母(美香) 「ほんとうに? あやしいな……、今日は日曜だから、お父さんも行くって言ってるのに、 あなたが休みじゃ行く意味がないような……」
慎司 「そんなことないよ、行ってこいよ、オレ、家で寝てるから」
(母(美香)、ベッドの足許に腰掛ける)
母(美香) 「ねえ、慎司、あなた、何か隠してない? 何かあるんじゃないの?」
慎司 「何かって、何だよ?」
母(美香) 「たとえば、何か友だちから暴力を受けているとか」
慎司 「(一瞬ことばに詰まるが)それって、いじめってこと?」
母(美香) 「そう、あなた、このまえ遅く帰ってきて、そのまま寝てしまったことがあったでしょう。 つぎの朝起きてきたとき、ほっぺたが腫れぼったかったわよ。 それでね、何かあるんじゃないかって思って……」
(父(均)が現れる)
父(均) 「どうしたんだ。体の調子でも悪いのか」
母(美香) 「ああ、あなた、慎司ったら、しんどいから学校を休むっていうのよ」
父(均) 「風邪か?」
母(美香) 「熱はないようなんだけど、喉が痛いって……、でも、 私の勘で、ほんとうは何かわけありのズル休みだと思うの、だから追及していたところ……」
慎司 「何で、そんなこと言うんだよ、何か証拠でもあるのかよ、ちくしょう、 かってに想像でものを言うな」(と、枕を投げつける)
父(均) 「やめなさい。母さんに何の罪もないんだから。やっぱりわけがあるようだな。 今日の文化祭で、何か嫌なことでも押しつけられているのか」
慎司 「いや、嫌なことなんて押しつけられてないよ」
父(均) 「クラスでは、なんだったかな」
慎司 「クラスの出しもの、……『ガンダムなんかやっちまえ』っていうボールあてゲーム」
父(均) 「ガンダムにボールを当てるのか?」
慎司 「そうだよ、ガンダム……」
父(均) 「ガンダムの人形?」
慎司 「ガンダムの着ぐるみだよ。……中身はオレだけどね」
父(均) 「それがイヤなのか?」
慎司 「誰もイヤだなんていってないだろう。自分で立候補したんだから……文句は言えないよ」
母(美香) 「何でそんなものに立候補したのよ。ボールあてられたら、痛いでしょうが」
慎司 「痛くなんかないよ、ゴムボールやから……それに張りぼてやけど、鎧をつけてるからな」
父(均) 「的のガンダムに立候補したって言ったけど、もしかして立候補させられたということはないのか?」
慎司 「誰にも、そんなこと強制できるわけないじゃないか」
父(均) 「そうかな……、お父さんの学校は高等養護学校やけど、 中学校から障害をもった生徒が入ってくるやろう。そんな話をよく聞くぞ。…… 中学時代にいじめを受けた生徒たちが多いんだ。 あんないいやつらを、弱いとか、ノリが悪いとか、付き合いが不器用というだけで、いじめたり、 自分たちがやりたくない係を押しつけたり、……弱い者いじめは しないっているルールがどこかに吹っ飛んでしまっている。おかしいだろう……」
慎司 「オレも、いじめられているっていうのかよ……そんなこと、 決めつけないでほしいな。オレはそんなに弱くないよ」
父(均) 「いまのいじめには弱いとか強いとかは関係ないようだ、強くても被害者になることはある」
母(美香) 「あなたが弱いとかそんなことをいっているんじゃなくて……」
(母親が言い募るのを制して、)
父(均) 「私はオマエが学校に通い出すようになったとき、大検の案内書を買ってきた。 もし、学校に適応できないようなことがあったら、学校なんか行かなくてもいいと思っていた。お父さんは教師だけど そう思い定めていたんだ。…… そんなときはお父さんが勉強の面倒をみてやろう。あとは何とでもなる。もし大学に入りたいというんなら、大検を受ければいい。 大学になればいじめはないだろう。友だちとの関係が厭になったら引いて、気の合うものを探せばいいわけで、 ……ムリに付き合うことはないんだから……それにフリースクールというテもあるし、……」
(さらに父が言い募るのにかぶせて、)
慎司 「もう、うるさいな。ほっといてくれよ。学校へ行くから、さあ、あっちへ行って……」
母(美香) 「あらあら、さっきまでのだるいのはどこへいったの? ほんとご都合主義なんだから……」
父(均) 「まあ、もし困ってるんだったら必ず親に言うこと、いいな、相談に乗るからな」
慎司 「分かった、分かった、着替えるからあっちへ行って、あっちへ行ってください」
(暗転)

【三場】
(家の近くの公園)
(慎司が学校から帰ってくる途中、公園の前で祖父(敬二郎)に出会い、近くのベンチに腰掛けて話し始める。)
祖父(敬二郎) 「こんなところで会うというのは、めずらしいな」
慎司 「散歩?」
祖父(敬二郎) 「いや、散歩は午前中、今日はおばあちゃんの病院に行ってきた」
慎司 「おばあちゃんはどうしてた。もうだいぶんお見舞いに行ってないね」
祖父(敬二郎) 「ああ、元気だった。よろよろしてるけど、しっかり食べているらしい。 だいぶんボケが進んできたような気がする。もう、慎司を見ても分からんかもしれんな」
慎司 「ちょっとでも分かるかな」
祖父(敬二郎) 「どうかな、いっぱいヒントをやったら分かるかもしれんが……」
慎司 「じゃあ、少しでも分かるうちに行くよ。今度連れてって……」
祖父(敬二郎) 「わかった。そうしよう。でも、学校があるから、土日しかあかんな」
慎司 「もう学校なんか休んでもいいから、いつでもいいよ」
祖父(敬二郎) 「学校を休むって……、そんなに気楽に休んでもいいものかいな? おもしろないんか?」
慎司 「おもしろないし、もうイヤになってしまった。毎日朝起きると腹が痛くなる、ほんまに痛いんやで」
祖父(敬二郎) 「それで、このごろはお母さんに起こされて、学校行かん言うてごねてるんか……、 これまではそんなことなかったのにな。何があったんや?」
慎司 「もう学校がいやで、いやで出口がないんや、どうしたらいいんやろう」
祖父(敬二郎) 「出口がない……、ふーん、なんかいじめか?」
慎司 「どうしていじめってわかるの?」
祖父(敬二郎) 「いじめでなくて、出口がないなんていうことにはならんからな。…… どんなやつや、いじめてくるんは?」
慎司 「同級生やけど、おじいちゃんの知らんやつ」
祖父(敬二郎) 「そうか、そんなことになっとるんか……。みんなむずかしい年頃やからな。…… で、どうして、そんなことになったのか、何か思いあたることあるんか?」
慎司 「そんなものはないよ。ぜんぜん身に覚えがない。オレ考えてんけど、理由なんていらんねん。 いじめるやつがいて、いじめられるやつがいるだけなんや。……いつはじまったのかも分からへん。 ある日突然オレって、これ、いじめられてるんちゃうかって気がついた」
祖父(敬二郎) 「そんなものかな。で、殴られたりするんか?」
慎司 「それもある。からかわれるときもあるし、 うまいこと乗せられて、あとで嫌な目にあうこともある、いろいろや……」
祖父(敬二郎) 「殴りかかってきたりするとき、向かっていくことはできんのか?」
慎司 「あかん。でけへんなぁ。そんなことしたら、後でもっとひどい目にあう。何人もつるんでるから……」
祖父(敬二郎) 「そうやろうな。どこでもいっしょやな」
慎司 「どこでもって?」
祖父(敬二郎) 「出口が見つからないって……ワシもそんなふうに思ったときが 二度ばかりあるな。……」
慎司 「ふーん、二回もあるんか……」
祖父(敬二郎) 「そうや、二回……一つはな、軍隊でいじめられていたときやな。 もっとも軍隊ではいじめとは言わなんだな。内務班と言うて生活を一緒にする連中の中でやな、内務班の宿舎で、 たるんどるとか、気合いが入ってないとか、ようなぐられたもんや。鉄拳制裁やな。あの時ばかりは、出口がないと思った。 軍隊から出て行ったらそれこそ脱走やわな。えらい目にあわんならん。憲兵とか警察とか世間の目ぇとかで 囲まれてるわけや。……毎日、やれ小銃の手入れがなってない、 脚絆の巻き方がヘタや、軍人勅諭が暗唱でけへん、理由はなんぼでも見つけられる。 なにしろ向こうさんはいじめたいだけなんやから……。班の一人でもヘマをしたら、連帯責任と言うては殴られる。 何に因縁をつけられるか、毎日がビクビクもんや。ビンタを取るとか言うてな、パーありグーありで、 殴られっぱなし、蹴飛ばされっぱなしや。夕食の後、兵舎で衣袴(いこ)いう作業衣や軍服をたたんだりしとると、 古年兵が何人か揃って戻ってくるやろ。またまた殴られるのかとつい身がまえてしまわな。すると、 口に中に血の臭い湧いてくるんや。ワシはとくに集中攻撃されてたんやないかと思う。 おじいちゃんな、旧制の中学を卒業してるからな。 幹部候補生に志願するように勧められていたんやが、志願せんかった。それでよけいひどい制裁を 受けたんかもしれん。 軍隊では、上官の命令は、その上の上官の命令であり、さらにその上の上の上官の命令であり、 というふうにどんどん遡っていって、最終的には天皇陛下の命令ということになって、何でも天皇陛下なんや。
『気を付けッ、おそれ多くも天皇陛下から授与された三八式歩兵銃や擬製弾を粗末にするとは何ごとか』
『気を付けッ、おそれ多くも天皇陛下から賜った軍人勅諭を暗唱でけんとは何ごとか』
せやから今思うと、おじいちゃんほど天皇陛下に怒られた兵隊はおらんやろう。ハッハッハ(と、愉快そうに笑う)。 まあ、何でも天皇陛下のせいにして難癖をつけよるんやから変な感じやな。 大日本帝国公認のいじめみたいなものやな。百年戦争言われてたから、なんか終身刑を受けているような気持やった……」
慎司 「そんないじめがずっと続いたの?」
祖父(敬二郎) 「いや、それが助かったんや。エイタンのおかげでな」
慎司 「エイタン? それ誰?」
祖父(敬二郎) 「おばあちゃんの実家の材木屋に出入りしてはった、まあ農民や、 大きい農家の跡取りでな、おじいちゃんより少し年上やったから、二年くらい先に兵隊になってて、 そのときはもう立派な古年兵やった。 軍隊では、同じ階級でもちょっとでも古株の方が上なんや。………」
慎司 「ふーん、でもエイタンて変な名前やな」
祖父(敬二郎) 「まあ、そうやな。ほんまは栄一とか、栄吉とか、何かそういう名前なんやけど、 村のものはみんなエイタン、エイタン呼んでたんや。そのエイタンがおじいちゃんを訪ねてきてくれてな、 古年兵やから顔が利く。要領も使うようになってて、忘れもせんソラマメの煎ったのを差し入れてくれた。 しばらくぶりやから、村の話かなんかして、別れ際に『がまんしなはれや』いうて励ましてくれた。 そしたら、つぎの日から、ワシ個人への制裁がすっと緩まったんや。 初年兵が連帯責任で殴られるときは仕方なかったけどな、ワシ一人へのいじめはおさまったんや」
慎司 「そのエイタンいう人、何か言うてくれたんかな?」
祖父(敬二郎) 「いや、そんなことはなかったはずや。何でやろな、 エイタンがどこかで見てるということがあったのかもしれんな」
慎司 「ふーん」
祖父(敬二郎) 「オマエにもエイタンが居てくれたらいいねんけどな。 どっかで見とってくれる……、そんな人おれへんか?」
慎司 「見てくれている人な……いるかな、……いないかもしれんな」
祖父(敬二郎) 「まあ、よう考えてみ、……」
慎司 「おじいちゃんは死のうとは思わんかった?」
祖父(敬二郎) 「死のうとは思わんかったな。何もわざわざ死なんでも、 戦場に出て行ったら死ぬかもしれんからな……」
慎司 「そうやな。ほんまの戦争やからな……」(と、「ふふ」と笑う)
祖父(敬二郎) 「慎司は死のう思うたことあるんか?」
慎司 「それは、まだないけど……」
祖父(敬二郎) 「おじいちゃんも思わんかったし、おかげさんで同じ連隊で自殺したやつもおらんかった。 他の隊には自殺や逃亡の噂もあったようやけど、ほんとうのところはわからん……、 せやけど、慎司は死んだらあかんで……」
慎司 「分かってる、分かってる。安心して、約束するから。……それで、 さっき言うてたおじいちゃんが出口がないと思ったもう一つは、何?」
祖父(敬二郎) 「よう覚えてるな。おじいちゃんは忘れてたわ。…… 出口ないと思うたのな、それは、以前、おばあちゃんの介護をしているときや。 オマエも知っているようにおばあちゃんにボケが来てワシが介護していたときや。 オマエのお父さんもお母さんも手伝ってはくれたが、ワシが中心に面倒を見ていた。 だんだん手に負えんようになってきて、どうにもならんようになった。 あのときも出口がないと思うたな。それで、役場にいって福祉課に相談したら、 さっそくケアマネージャーさんが来てくれた。他人いうのはたいしたもんやな。 あのケアマネージャーが来てくれたとき、家の中にそよ風が吹き渡ったような気がしたで。 助かったと思った。それからいろいろ相談にのってもらって、今は入院しているけどな。 あのケアマネージャーさん、エイタンみたいなものやったんかな。……そうかもしれんな」
慎司 「……」(黙って考えながら、祖父(敬二郎)を見つめている)

【四場】
(生徒が帰った後の教室)
(広田は左半身学ラン、右半身軍服、谷は左半身軍服、右半身学ラン、清水は左半身学ラン、右半身軍服
そして、広田、清水は下手向き、谷は上手向きに立っている。だから、客席からは学ランしか見えない。
三人は、すごむように意識的にすこし前屈みの姿勢、下から睨め上げるように慎司たちを見る)
 「来よった、来よったわ、賭けは広田の勝ちやな」
広田 「いただきやな。オレの思ったとおりや……、あいつらはオレが怖いから よう逃げんて……。オレは最初からそう言うとったやろう」
 「まいったな。千円の損や」
(そこに慎司、中根、しばらくして会田が登場)
広田 「お前らよう来たな。オレは信じとったけどな、 こいつは怖じ気づいて来ない方に賭けとったんやで……」
 「千円損したわ、いずれは返してもらわんとな」
広田 「むちゃ言うたらあかんで、な、お前らの知らんとこで、賭けして 損したから払えいうのはむちゃや。はは、なあ、清水」(と上機嫌)
清水 「オレも来る思てたけど……」
広田 「賭けといたらよかったのに、……それで、お前ら、呼び出したわけ、 分かってるんやろうな……(と、二人をねめ回すようににらむ)、お前ら、文化祭の準備でオレらが したこと先公にチクったやろう。分かってるねんで。ガンダム被って立ってたらボールをぶつけられたとか、 張りぼてのプラネタリウムをのこぎりで切られたとか。……おかげで、 生徒指導の松村のやろうにひどい目に あわされたわ。担任と宮沢のやつ松村に相談しよったらしい。おれの推理、何かちがいますか、三井くん、中根くん……」
 「チクリというのは、重い罪なんや。学校ではな、死刑とまではよういわんけど、 終身刑くらいの重い罪なんやぞ」
中根 「チクってなんかいませんよ。あのとき、賢治先生が現れただけなんだから……」
広田 「それで、話をしたんだろう。あいつはな、世界ぜんたいいじめがなくならないうちは 個人の幸福はあり得ない、なんてことをみんなの前で言うようなやつだぞ。そいつに、わざわざ チクるとは最低やな。
 「なんやそれは、けっ、反吐が出るわ。そんなやつにチクったんか、何て言うたんや、 あいつらがプラネタリウムを壊しましたって言うたんか」
清水 「おれたち壊してませんよ。手伝ってやっただけじゃないか」
中根 「でも、かってにのこぎりでギコギコ切ってしまったじゃないですか」
 「誰かが切らんかったら部室から出えへんかったやろうが……」
中根 「それはそうですけど……」
清水 「そのくせ何で壊しました、なんや」(と、机を両手で机をドンと打ちつける)
中根 「暴力はヤメですよ」
広田 「誰に言ってんのや」(と、バシッと頬を打つ)
 「慎司、オマエもそうや、田島にボールをぶつけられました言うたやろう」
慎司 「それは言いましたけど……」
 「ぶつけられるのがイヤならガンダムになるな。調子にのって手を挙げるな。バーカ」
広田 (後ろで見ている会田に)「そもそもは、オマエが職員室に行って、田島を連れてきたのが元はといえば元やけどな」
会田 「私は、いじめを見かけたらいつでも職員室にいきます」
広田 「いじめ? いじめちゃう言うてるやろう。こいつ自分からガンダムに立候補したんやで。 調子に乗ってたら女やから言うて手加減せぇへんど」(と、胸ぐらをつかんで突き放す)
慎司 「会田さんは、関係ないです」(と、かばう)
広田 「人をかばえる身分か、このバカが……」(と、頬をパチパチといたぶるように打つ)
 「ちょっと可愛がったりますか?」
広田 「気合いをいれたれ」
(三人で、慎司と中根を殴ったり、蹴ったりする。離れて見ている会田には手出しをしない)
(しばらく乱暴狼藉が続いた後。中根は座って泣いている。慎司は倒されて、かろうじて起きあがろうとしているとき、)
祖父(敬二郎)の声が響きわたる。「上等兵殿、軍人勅諭、自分が暗唱するであります」
(いじめ三人組は、その瞬間、(軍服が見えるように)左右入れ替わってくるっと向きを変えて、 かかとを打ち合わせて気を付けの姿勢を取り、聞く体勢になる。兵隊に変身した 三人は、背筋が伸びてしゃんとなり、胸を張って立ち、きびきび動き、毅然たる態度をとる。 その場面で、入口から、もう一人の兵隊、エイタンが現れて、会田と並んで立ち、みんなの様子をジッと眺めている。 最後まで一言も言葉を発しない。エイタンは、賢治先生役と兼ねる。兼ねていることを咳払いで表す)
(慎司は座ったままあっけに取られたように声の主を捜し、中根は泣きやむ)
「一つ、軍人は礼儀を正しくすへし 凡(おおよそ)軍人には上元帥より下一卒に至るまて其間に官職の階級ありて 統属するのみならす同列同級とても停年に新旧あれは新任の者は旧任のものに服従すへきものそ 下級のものは上官の命を承(うけたまわは)ること実は直(ただち)に朕か命を承る義なりと心得よ 己か隷属する所にあらすとも上級の者は勿論停年の己より旧きものに対しては総へて敬礼を尽すへし 又上級の者は下級のものに向ひ聊(いささか)も軽侮驕傲の振舞あるへからす」
広田 「『気を付けッ』(と号令をかけて、慎司と中根を立たせ、気を付けを強制)、おそれ多くも 天皇陛下より我ら軍人に賜りたる勅諭である。休めッ、三井続きを読め」(と詰め寄る)
慎司 「おれは、できないよ。そんなの覚えてないもの」
広田 「覚えとらん、貴様はそれでも大日本帝国陸軍軍人か?  陸軍の兵隊はな、みんな暗唱できるんだよ。軍人勅諭も暗唱できないとは何たる腑抜け。 ええい、たるんどる。気合いが足らん。 性根をたたき直してやる。奥歯を噛みしめろ」(と、再びビンタを食らわす)
 「つぎは貴様だ、中根、続きを暗唱してみろ」(と、中根に迫る)
中根 「覚えてません。聞いたことないです。勘弁してください」
清水 「一行でもいい。覚えているところを言ってみろ。そうしたら、広田古兵も赦してくださる」
中根 「むりだよ。慎司、どうなってるんだ。助けてくれよ」
広田 「なんという女々しいやつだ。貴様の性根も鍛え直してやる」(と中根にビンタを食わそうとしたとき、 慎司がポケットからカッターナイフを取り出す)
慎司 「やめろ。もうビンタはやめろや。……(と、ナイフをかざして、三人を脅す)離れろ。 (と、三人を牽制しておいて、前に突きだした左手の掌にカッターナイフの刃先をあてがう)、 それ以上近づくと掌を切り裂くぞ。オレは本気だからな」(と、三人を脅す)
広田 「そんなことをしても、ムダだ。カッターで掌を突くだけでは死ねんぞ」
慎司 「だれが死ぬといった。そんなことは分かっている。オレは、オレは掌を突いて血を一杯出してやる。 いいか、近づいたら出てきた血をつけるぞ。(と、三人を脅しながら、中根に) ぼくが突いたら、救急車を呼んでくれ。(それだけ言って、再び三人に向かい) 血は一リットルくらいは出ても大丈夫らしい。調べたんだ。それだけ血が出たら、 死ねないかもしれないけど、騒ぎにはなるからな。どうする? 騒ぎになるが、 お前らが罪になることはない。近づくな。本気なんだからな」
 「えらいことを考えてきよって、オマエというやつは……」
広田 「なにがえらいやつだ、(と隠してあった銃剣を取りだして、それに手を掛けながら) 貴様は、身体髪膚これを父母に受く、という 大切な体を、『気を付けッ』 (と、号令を掛けると今度は谷と清水とエイタンの三人が気を付けの姿勢を取る)、おそれ多くも天皇陛下に捧げた体を 傷つけるというのか。休めッ。貴様の体は貴様の体であって貴様の体やないんや。陛下の体なんだぞ」(と金切り声で叫ぶ)
 「さあ、ナイフを渡せ。もう、殴ったりせえへんから……」
慎司 「近づくな。……お前たちの言うことは信じへん。オレはオレのやり方でいくんや」
清水 「痛いぞ、カッターナイフは……、オレもやったことがるから……」
(そこで慎司は会田が自分をじっと見ているとに気がつく)
慎司 「ずっと見ていてくれたのか?」
(会田が頷く)
慎司 「エイタンが見てくれている、僕達のことを……」
広田 「わけのワカランことを言うな。貴様、自分のしていることを分かっているのか? 営倉行きだぞ。 おい、お前たち(と、谷と清水に向かって)こいつを捕獲せよ」
慎司 「近づくな。お前たちにオレを自由にはさせないぞ。オレはここから出て行く。 いま分かったんだ、教室の出口はそこだ。……そこを退け」(と、ナイフをかざして二人を退かせる。このあたりに なったら学ランが見えても気にしない)
中根 「オレも出て行く。いっしょに行こう」
慎司 (中根に)「やっと出口を見つけたんだ。いっしょに行こう、 こんなところで終身刑を悩んでいる必要なんかないんだ、出て行けばいいんだ。後のことは出てから考える」
(二人揃って教室の扉を出る。三人とエイタンは立ちつくしたまま、身じろぎもせずに見送る。扉を出た途端に光をあびる二人。 会田も後ろから出てくる)

【五場】(そのまま続きの場面のようであり、前場から日にちがたっているようでもある)
慎司 「おじいちゃん、オレは、しばらく学校を休もうと思う。とうとう脱走してしまったよ。 ……これまではそんなことをしたら、自分がダメになってしまいそうで、 逃げ癖がついてしまいそうで、怖かったけど、もう怖くないような気がする」
中根 「どうしてあんなやりかたを思いついたの?」
慎司 「一回きりだよ。こんな脅しは、もう一回やったら笑いものや」
中根 「刺したらすぐに救急車を呼ぶつもりやった……」
慎司 「実際にそんなことにはならんと思ってたけど」
中根 「おじいちゃんに兵隊のいじめの話を聞いたから?」
慎司 「そうかもしれん。脱走する方が正解かもしれんと思った。戦争の頃を今振り返ったら、そうやろう。 実際にはできんかったかもしれんけど、脱走の方が正解やったんや。…… だから、ぼくたちの脱走もいつか正解になるかもしれんて……。おじいちゃん、そうやろう」
祖父(敬二郎) (声だけ)「そうだな。慎司、そうかもしれんな。」
慎司 「軍隊でもいっぱいいじめがあったらしい。軍隊から逃げることはできないから、 苦しかった思うわ。脱走兵とか、徴兵拒否とか言われて生きていけなくなるから、もっと出口なしだね。 でも今から考えると、がんばることは正しくなかった。逃げ出す方が正しかったように思う。歴史を振り返るとそんな気がする」
中根 「それで、いまのいじめからにげてもいいんだって考えたのか?」
慎司 「そうだよ。どうどうと逃げればいいんだよ。ぼくたちには出口があるっていうことに気がついたんだ。 逃げる、逃げるっていうとなんか悪いことのように聞こえるから、 避難するといった方がいいかな。……緊急避難」
中根 「僕たちが出て行くといったとき、あいつら手出しできなかったからね」
慎司 「会田さんがいてくれたから助かった。ありがとう。やっと出口がみつかったんだ」
会田 「私何もしなかったけど……見つけたのはあなたでしょ」
慎司 「いや、そうじゃないんだ。……おじいちゃん、オレにもエイタンがいたよ」 (と、先ほどの声の方へ呼びかける)
中根 「エイタンて、何?」
慎司 「おじいちゃんのいじめられないお守りみたいなものかな」
中根 「ふーん、慎司んちにはそんなものがあるのか……、効き目があったってことだね」
慎司 「登校しないでぶらぶらしていたら、清水から手紙が来た」
中根 「へーえ、あいつが手紙を書くのか……驚きだな。で、何が書いてあったの?」
慎司 「この手紙を書くのに、あいつだいぶん苦労したと思うよ。 書き直しの後が汚れたりしているから……読んでみるよ。」
(慎司が手紙を読みはじめる。慎司の声に 清水の声がかぶさってやがて清水一人の朗読になる)
清水 (声だけ)「オレは、オマエをいじめていたのかな。なめていたのかな。 よくわからないけど、もしそうならどちらもゴメン。 オレんとこのオヤジがきびしいてよう殴られとったから、 じゃれてるつもりでつい手を出してしまうのがくせになっとった。 高校に入ってからは、強いやつもいるからあんまり手え出さんようにして、 友だちとのノリを一番大切だと思ってやってきました。
ノリの悪い慎司にはいらいらさせられるところがあり、そのせいで、いろいろしたのかもしれません。 それがいじめだったのかな。
文化祭の前の日に、おじさんのアパートに行って、 つぎの日に壊す部屋の中をバットやら消火器やらでめちゃくちゃにさせてもらいました。 気持ちよかったけど、 やってるうちに『オレなにやってるんやろ』って気がしてきました。 やっぱ、友だちと何かやってる方がたのしいと思います。
この前、教室で中根とオマエがおれたちのことをチクったんじゃないかというので、 焼きをいれていたとき、みんなが突然むかしの兵隊みたいなことを言い出したもんで、 びっくりしたけれど、あのときのオマエはなんかしゃんとしているような気がしました。 オレも反省したほうがいいかなと思いました。
田島先生にそんな話をしていたら、手紙でも書いたらどうやというので、あんましわかっていないけど、 いろいろ書きました。
まあ、もしいじめていたのならなめていたのならごめんな。また、学校来いや」

(暗転)

                            【完】
【補注】
1、作者の育ったのが大阪南部ということもあり、劇中では河内弁の言い回しが使われています。 上演の際は、適宜、その地方のことばに直してください。
2、脚本で使われているエピソードは私が教師をしている間に見聞きしたものですが、 いじめに対する考え方は、内藤朝雄「いじめの構造」(講談社新書)を参考にしました。



追補
この脚本を使われる場合は、必ず前もって作者(浅田洋)(yotaro@opal.plala.or.jp)まで ご連絡ください。


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