「「銀河鉄道の夜」のことなら美しい」 一幕三場

【あらすじ】
「生徒の父親が死んで、ひさしぶりに登校してきます。 そこで、賢治先生の命(生死について)の授業がはじまります。 賢治先生の妹のとしさんが死ぬときの様子が能舞台で演じられます。 賢治は、若くして死んでいく妹のために死ぬとはどういうことかを説明しようとします。 しかし、途中でとしは死んでいきます。生徒たちは能舞台を取り囲むようにして、 「永訣の朝」を群読します。そこから賢治ととしの死の旅路がはじまります。 銀河鉄道の旅です。その旅に生徒たちも同伴させてもらうことになります。 銀河鉄道の白鳥駅の近くに地球からのひかりが地層をなして積もっているところがあります。 そこで生徒たちはひかりの結晶を掘り出して、幼い頃の光景や生前の父の姿をみつけます。 そしてふたたび乗り込んだ銀河鉄道で時間が回帰する不思議な現象(おなじことの繰り返し) に出くわします。それからどうなるか?そこは、読んでもらうしかありません。」

【では、はじまりはじまり】
ナレーター 宮沢賢治先生が私たちの学校にこられたてんまつは、 「賢治先生がやってきた」で演じたとおりです。わずか半年の間でしたが、 賢治先生の授業はどれも楽しかったのです。とりわけこころに残っているのは、 先生が死について話してくださったことです。「雨ニモマケズ」の「詩」ではなく、 人間が「死ぬ」ということについてです。
  ところで、みなさん、世界でいっとう美しい物語を知っていますか。 それは「銀河鉄道の夜」です。宮沢賢治先生の書かれた童話です。 世にもまれな美しい物語でありながら、それはまた、死の物語でもあるのです。 それは不思議でもなんでもない、あたりまえのことなのです。 世にも美しい死の物語、それが「銀河鉄道の夜」なのです。
  「「銀河鉄道の夜」のことなら美しい」
  宮沢賢治先生にならって、そんな言い回しでこの劇を始めたいと思います。

一場
  (幕があく、舞台中央に能舞台のようなものがしつらえられている。 その前に教室の椅子が不規則におかれ、生徒たちが適当に座っている。 そこに賢治先生が入ってくる。ふと立ち止まり、 「ほーほー」と奇妙な叫び声をあげ、 跳びあがって足を打ち合わせ、フワッと着地する。 さらに何かを考えているふうで立ち尽くしている。 生徒達が「賢治先生はふしぎな先生」の歌を歌っている間も、 首にかけたシャープ・ペンシルで思い付きのメモをとったりしている。)

生徒達 (歌う)
賢治先生はふしぎな先生
賢治先生はふしぎな先生
なんでも教えるふしぎな先生
  ふしぎを教えるなんでも先生
山でさけべばこだまがこたえる
天の川にも銀河鉄道フリーパス
賢治先生はふしぎな先生
こころにのこるあの叫び
賢治先生 「ふしぎな先生」はもういいよ。さあ、授業をはじめようか。
生徒 先生、ひさしぶりに花沢君がきています。
賢治先生 ああ、花沢、大変だったな。お父さんが亡くなって……。
生徒 突然だったのか?
花沢 入院してました。
生徒 病気で。
花沢 病気で、ガンでした。お医者さんがておくれでした。 (すこし自閉的なもの言いになっている。)
賢治先生 泣いたか?
花沢 泣いたか?(オーム返し)
賢治先生 泣かなかったか?
花沢 泣いた。ちょっとだけ泣いた。
賢治先生 そうか、ちょっとだけか。泣ききれなかったのかな。 それで、また、自分ででこちんを壁に打ちつけたやろ。
 (紙を取り出して書き付ける。)「自傷のついに打ちつけし額の傷は白毫の位置」
生徒 「白毫」てなんですか?
賢治先生 三つめの目、仏像にある。花沢君もでこに目ができて仏さまみたいになってるぞ。
生徒 花沢君のお父さんはいなくなったんやな。
生徒 そら、そうや、死んでしもたんやから。
生徒 死んだときどんな顔してた?
花沢 仏さまみたいな顔してたで。
賢治先生 じゃあ、ほんとうに死んだんだ。
花沢 賢治先生、死んだらどうなるんですか? お父さんはどこいったんやろうか?
生徒 燃やされてしもたんやろう。骨と灰になってしもうて、それでおしまいや。
花沢 おしまいやあらへんよ。お父さんの顔も目に残っているし、 お父さんの声、聞こえることあるもん。たばこのにおいもするで。
生徒 そうかもしれんな。
賢治先生 お父さんはね、君のために死んでみせてくれたんだよ。
花沢 ぼく、見ていました。
生徒 こわなかったか?
花沢 ほんまに死んだときは、こわかった。お父さんが波みたいにきえていかはったから。
賢治先生 最後にいのちのひかりをしぼりだして、しぼりだして、 フーといのちの力がぬけてしまったんだ、蝉のぬけがらみたいに。
生徒 大往生や。
生徒 よくわかりません。
生徒 「いのちのひかり」ってなんですか?
賢治先生 これはなかなかむずかしいんだが、まあ説明してみよう。 月夜のでんしんばしら、出てきなさい
月夜のでんしんばしら1 (頭に稲妻をつけながら出てくる。)あれ、 おれたちの出番はつぎの場面じゃなかったんですか
(下手に模造紙に描いた地球の絵を持つ人、上手に望遠鏡を覗いている宇宙人が登場)
賢治先生 いいやないか。たのむ。
月夜のでんしんばしら1 まあ、いいですよ。
賢治先生 じゃあ、そこにある花沢君のお父さんの写真をもって。いいかい、 これがいのちのひかりだ。花沢君のおとうさんが死んだ。すると、 宇宙のみんなにそのことを知らさなければならない。 それで、でんしんばしらのひかり君が「花沢君のお父さんが死んだよ」 って宇宙中にふれてまわる。
月夜のでんしんばしら1 おれははやいんだぞ。世界でいっとうはやい。
賢治先生 はやいことははやいが、星までは遠いから、 そこの星から望遠鏡で地球を見ている宇宙人にその知らせが届くまでに時間がかかる。 何年も、何万年もかかる。
地球の絵をもつ人 ひかりはたもち、その電燈は失われ。(と叫ぶ。それを合図に、 月夜のでんしんばしら1が、花沢君のおとうさんの黒枠の写真をもって 地球から宇宙人のほうにゆっくり歩いていく。)
賢治先生 その知らせがまだつかないから、この宇宙人は花沢君のおとうさんはまだ生きてると おもっているよ。
宇宙人 (望遠鏡を覗きながら)生きている生きてる。花沢君のおとうさんは元気だよ。
賢治先生 そんなふうにして、花沢君のおとうさんは最後のひかりをしぼりだして 死んでいかれたんだ。
生徒 そんなに何万年もかかるんですか。
賢治先生 かかるよ。だから、宇宙にはまだ、花沢君のおとうさんが生まれたという 知らせもとどいていない星もある。君達が生まれたという知らせも飛び交ってるよ。
(月夜のでんしんばしら2〜6、裸の赤ちゃんの写真をもって「赤ちゃんがうまれたぞ」 と叫びながら走り回って消える。)
生徒 それからどうなるんですか。
賢治先生 どうなるんやろう、ぼくにもわからん。ぼくも、死にかけたこともあるし、 妹のために、そのことをひっしで考えてるんだが……。
(舞台がだんだん暗くなっていく。)
賢治先生 妹がなくなる前に約束したんだ。だから、ぼくはずーと考えている。 妹が死んだときは、こんなふうだった。みんな、しっかり見ておきなさい。
(生徒たち、派手な音をたてながら能舞台のそでに椅子を持っていって座る。 賢治の妹のトシが橋がかりから現れる。)
トシ わたしは賢治の妹のトシです。ここにあるのは能舞台。
生徒 「能」てなんですか
トシ 日本の古いお芝居ね、謡や舞やらで演じられるお芝居。薪能とか、 聞いたことがあるでしょう。そのお能をやる舞台。
(トシは、能舞台の中央に横たわる。)
生徒 奈良の興福寺で見たことがある。
生徒 じゃあ、お芝居ですか?
賢治先生 いや、ほんとうのことだ。この舞台の上ではうそはほんとう、ほんとうはうそ。
生徒 えー、うそはほんとう、ほんとうはうそ。
(生徒たちの不審の声を無視して)
賢治先生 では、チョン、チョン、チョーン、はじまり、はじまり。
(暗転)

二場
(舞台が明るくなると、一場の続きで、妹のトシが能舞台中央の布団に 寝ている。月夜のでんしんばしら1から6が歌いながら行進して登場)
月夜のでんしんばしら1〜6
ドツテテドツテテドツテテド
でんしんばしらのぐんたいは
はやさせかいにたぐいなし
ドツテテドツテテドツテテド
でんしんばしらのぐんたいは
きりつせかいにならびなし
でんしんばしら1 おれたちは賢治先生がかいた童話から抜け出してきた月夜のでんしんばしら。
でんしんばしら2 そら電報だ、ツー、トツー(と、電 報を見せびらかす。)、 お父さんから東京にいる賢治さんに電報だ。何がなんでもいそげ、いそげ、ツー、トツー、 ほら、東京までたのむ。(電報用紙を手渡す、以下、その電報用紙があちこちに行き交う。)
でんしんばしら3 電話がなければ電報しかないツートツー、それいそげいそげ。
でんしんばしら4 トツー、トコロデいったいなんの電報だ?
でんしんばしら5 どれどれ、読んでみよう、ツー、ツート。
でんしんばしら6 それは個人の秘密でまずいんじゃないすか? ト、トツー、トンデモナイ (決して吃音のふうでなく。)
でんしんばしら5 うるさい。じゃあ、おまえは聞くなトツーツー。
でんしんばしら6 いや、聞く聞く、聞くツーてんの。
でんしんばしら5 トシ キトク スグカエレ チチ。
でんしんばしら1 そりゃたいへんだ。賢治さんの妹のトシさんが危篤だとトトト。
でんしんばしら2 その危篤ってなんだ。
でんしんばしら1 危篤、それはつまり……ツー、ツー、つまりようわからん、 秀才のあいつにきいてみろよ。
でんしんばしら3 きとく、死にかけてるということ。結核で死にかけているんだ。
でんしんばしら1 そりゃたいへんだ、いそげ、いそげ、東京へいそげ、東京へいそげ。
(また、電報用紙が手渡されて行き交う。)
でんしんばしら4 賢治をさがせ、賢治をさがせ、いそげ、いそげ、ツーことだ。
でんしんばしら5 東京へいそげ、東京へいそげ、トツー、トツー下車なし。
でんしんばしら1〜6
ドツテテドツテテドツテテド
でんしんばしらのでんぽうは
はやさせかいにたぐいなし

でんしんばしら6 そら、電報で−す、賢治さん、電報でーす、トツー。 (と、舞台奥にむかって叫ぶ。)
(暗転)
(しばらくして賢治の叫びが聞こえる。)
賢治 トシ、いまかえったぞ、トシ。
(舞台が明るくなる。賢治が橋がかりから大きいトランクをもって現れる。 母イチと弟の清六がついてくる。)
賢治 トシ 大丈夫か、血をはいたんだって。両手にあふれるくらいの。
トシ 兄さん、もどってきてくれたの。(上半身を起こす。)
イチ トシ、寝ていなさい。
トシ 大丈夫、兄さんの顔をみたら、すこうし元気が出てきた。山羊の乳よりきくみたい。
(賢治、大きなトランクを置く。)
清六 その大きいトランクの中身は何ですか?
賢治 童話だ。東京で書いてきた。童話やら詩やらいっぱいあふれてくるんだ、 一月で原稿用紙三千枚。
清六 ヒェー、三千枚。
(トランクを開いて中の原稿を清六やトシに見せたあと、蓋を閉めて脇の見えない場所におく。)
トシ その童話を読んで聞かせて。
賢治 少し休ませてくれ。慌てることはない。みんなおまえのために書いたものだ。
イチ つもる話はあるだろうけど、賢治さんも疲れているだろうから、 後にしたら。食事の準備をしましょう。清六さん、お医者さんにいって薬をもらってきて。
清六 そうだった。忘れていた。おれいってくるよ。
(イチと清六去る。賢治とトシが残される。しばらく沈黙。)
トシ 兄さん、何か話しをして。
賢治 又三郎、出てこい。
(いつのまにか能舞台の下に、片側のみの大きなトランクが置かれていて、 そのふたがこちら側にひらいて、又三郎が出てくる。ふたはすぐにしまる。以下同じ。)
又三郎 ど、ど、どどどどど(鬼太郎のリズムで)
 青いくるみも吹きとばせ
 すっぱいかりんも吹きとばせ
 (小さい声で歌いながら現れる。)
生徒達 又三郎くん。(と、声をかける。)
賢治 二人だけではどうも気詰まりだ。
トシ それで、又三郎さんを呼んだの?
賢治 東京の下宿で書いたんだ。「風の又三郎」、東京からの旅にもついてきた。 おれにつきまとってはなれないんだ。
又三郎 うそをいうなよ。自分が困ったときおれを呼んでるだけじゃないのか。
トシ 又三郎さん。よろしく。
又三郎 あなたには、ぜひ読んでもらいたいんです。
トシ 兄さん、わたしはもうすぐ死ぬわ、お医者さんもこころのなかでそう思っている。 私には、それがわかるの。
賢治 ばかなことをいうもんじゃない。
トシ いいえ、わかるの。兄さん、こわいの。死ぬってどういうことなの。 わたしにわかるように説明して。お父さんは西にある浄土に行くことというけれど。
生徒達 (朗読)南ニ死ニサウナ人アレバ、行ッテコハガラナクテモイイトイヒ。
賢治 (うなだれて考えていたが)死ぬっていうのは……、 トランクの中のおれの仲間に聞いてみよう。グスコーブドリよ、出てこい。……死ぬって何だ?
グスコーブドリ 死ぬっていうのは、この世からいなくなくなることですよ。 なにもむずかしくありません。それだけです。
賢治 そうだろうか。火山にとびこんだグスコーブドリはそんなふうに覚悟していたのか。 では、よだかはどうかな。よだか、出てこい。
よだか 死ぬっていうのは燃え尽きることです。青い炎をだして星になって燃え尽きることです。
賢治 アメリカのロスおばさんはどうですか?
ロス わたしは、たくさんの死にかけた人や死んでいく人と話しをしました。 そして、死ぬというのは、たましいが蝶々のようにあの世に飛び立っていくことだと 考えるようになりました。
トシ 人間はさなぎですか?
ロス そうです。死ぬとき、さなぎが蝶になるのです。蝶になって長いトンネルを抜けていきます。 ひかりを めざして暗い穴をくぐります。
賢治 それは、美しいイメージですが、しかしぼくの考えとは少し違います。 ブルカニロ博士、あなたはどうでしょうか?
ブルカニロ博士 死ぬというのは、生け花が枯れるようなものだと、 わたしは思います。梅の枝は木から切られて一本立ちの梅太郎になったときから 枯れる運命なのです。(と、梅の枝を花瓶に生ける。)
賢治 わからなくはないが、たとえがむずかしすぎる。なめとこ山の熊、おまえはどうだ?
なめとこ山の熊 おお、ようわからんが、おれには死ぬというのは人に食われることだ。
賢治 そうか、わかった。では、ゼンジードーゲンはどうですか?
センジードーゲン 死ぬというのは、生きているときすわっているイスいすから、 死んだらすわるイスにすわりかえることじゃ。おまえたちはイスにすわって 夢をみているんじゃぞ。(と、生徒を立たせて、イスにすわる。)
トシ 夢ですか?
ゼンジードーゲン そうじゃ、夢。死人のイスでも夢をみるかどうかは知らん。 生きているときに死ぬことを考えても無駄、死ぬときがくれば死ねばいいのじゃ。
(能舞台の上にあがって座禅を組む。)
賢治 難しすぎて、わけがわからん。どれもぴんとこないな。では、セロ弾きのゴーシュ、 おまえはどうだ。おまえなら、どう説明する。
ゴーシュ 死ぬっていうのは、電線でつながった電灯が消えるようなもんですよ。 電灯がきえちゃったらセロも弾けない。
賢治 そうだ、おれもそんな気がしているのだ。
ゴーシュ 命の電灯が消えるからといって何かがなくなるわけでもないんですよ。
賢治 そうかもしれん。だけど、その先がわからない。まっくらだ。 でも、トシ、約束するよ。おれはきっとおまえに死ぬということについてなっとくさせてやる。 それまでは絶対に死ぬなよ。
トシ おねがいね。
ゴーシュ ぼくもセロを弾きながら考えてみましょう。友だちのカッコウさんが喉から 血を吐くまで叫び続けるように。でも、カッコウはカッコウとこだまして、 またカッコウとこだまして、湖にまるい波が広がるように森中をカッコウ、 カッコウとこだましていつまでも消えませんよね。
賢治 人の発したことばも、そんなふうに死んだのちもいつまでもこだまし続けるというのか ……わからん。
ゴーシュ カッコウ、カッコウ、カッコウ(とつぶやき続ける。)
トシ ゴーシュさんて、おかしいかたね。ゴーシュさんがセロを弾いて、 カッコウさんと、セロとカッコウの二重奏なんかされるの……。
(トシが笑いながらむせる。とつぜんこみ上げてきたように、血を吐く。 両手から血があふれて、倒れる。)
賢治 又三郎、父か母か清六を呼んできてくれ。トシ、大丈夫か、しっかりしろ、トシ、 トシ…….

(暗転)
(しばらくして舞台ほのかに明るくなる。トシを囲ん で、賢治、父政次郎、母イチ、 弟清六がいる。能舞台の周りでみている生徒達が詩の朗読をする。)
生徒達 こんなにみんなにみまもられながら
おまえはまだここでくるしまなければならないか
賢治 トシ、しっかりしろ。兄さんだ。
イチ 死んでいくものも聞く力は最後までのこっているものです。もっと呼び掛けてあげなさい。
生徒達 きょうのうちに
遠くへいってしまうわたしの妹よ
みぞれがふっておもてはへんにあかるいのだ
(舞台に雪が降る。)
トシ あめゆきとてちてけんじゃ
(賢治、トシのことばに聴き入っていたが、舞台から跳び降りて消える。)
政次郎 トシはなにをいったんかな?
清六 雪をとってきてほしいって。
政次郎 それで賢治は走っていきよったんか。
生徒達 うすあかくいっそう陰惨な雲から
みぞれはびちょびちょふってくる
トシ あめゆきとてちてけんじゃ
イチ ふたつのかけたお椀に
おまえがたべるあめゆきをとろうとして
賢治はまがったてっぽうだまのように
このくらいみぞれのなかに飛び出していったよ
(イチがトシの耳に口をあてて、話す。)
(賢治が椀に雪を盛ってもどってくる。手でトシの口に食べさせる。)
トシ あっ、松葉がまじってる、ほっぺたがちくっと……気持ちいい、松林の痛さ……。
賢治 おまえの頬の、けれども、なんというきょうのうつくしさよ
生徒達 鉛いろの暗い雲から
みぞれはびちょびちょ沈んでくる
ああとし子
死ぬといういまごろになって
わたくしをいっしょうあかるくするために
こんなさっぱりした雪のひとわんを
おまえはわたくしにたのんだのだ
ありがとうわたくしのけなげないもうとよ
トシ あめゆきとてちてけんじゃ
 (賢治ふたたび椀をもって走る)
イチ トシ、あなたはまだ年端もいかないけれど、立派に死んでみせるのですよ。 耳はまだ聞こえているわ、耳はまだ。
生徒達 はげしいはげしい熱やあえぎのあいだから
おまえはわたくしにたのんだのだ
そらからおちた雪のさいごのひとわんを
トシ 兄さん、あめゆじゅ……
(上半身を起こそうとして事切れる。)
(イチ、清六泣き崩れる。)
政次郎 トシ、トシ、しっかりしろ。(どなるが、反応なし) こんなむごい思いをするだけなら、こんど生まれてくるときは、人間になんかなるな。
(賢治、椀に雪を盛ってあらわれるが、トシが死んだことを知って、呆然とたたずむ。)
賢治 トシ、トシ。
生徒達 おまえがたべたこのふたわんのゆきに
わたくしはいまこころからいのる
どうかこれが天国の食事になって
(生徒達も泣き崩れる。花沢君は額を椅子の背に打ち付け友達に止められる。)
生徒達 わたくしのすべてのさいわいをかけてねがう(トシの遺体から蝶が飛び立つ)
賢治 ちがうのだ。ちがうのだ。おれは、トシとの約束をまもれなかった。 死んだら、どうなるか、たましいは、どうなるか、おまえにいってやることができなかった。
(舞台はほの暗くなり、生徒がふたり賢治が描いたティアフル・アイの花壇の 設計図を模造紙に写した絵をもってくる。花壇の大きな目から涙がでている。)
生徒 賢治先生が書いた花壇の設計図です。
生徒 この花壇の目もトシさんの死を悲しんで涙を流しています。
(暗転)
ナレーター 「ああ、きょうのうちにとおくへさろうとするいもうとよ。 ほんとうにおまえはひとりでいこうとするのか。わたくしにいっしょに行けとたのんでくれ、 泣いてわたくしにそういってくれ」、賢治は、永訣の朝でそう歌っています。
賢治は北海道からオホーツクまでの北に向かう旅をしました。旅で考えました。 そして、ついに、妹トシのたましいのゆくえをつきとめたのです。

三場
(すぐに明るくなる。舞台はそのまま。トシの遺体のみが横たわってある。)
賢治先生 (生徒の中に降りている。)おれは、必死で考えた。トシとの約束だから。 死んだ妹のトシはどこへいったのか。そしてやっとわかったのだ。
花沢 なにが分かったんですか?
賢治先生 死んだらひかりになる、ということだ。
生徒 ひかりですか?
賢治先生 そう、ひかりです。死んだら体は消えて、いのちのひかりだけがのこる。 「ひかりはたもち、その電灯はうしなわれ」(と大きな声で朗読)、つまり、 電灯はきえてもひかりは永遠にのこるということです。
生徒 ほんとうですか。
賢治先生 この宇宙には、トシのいのちのひかりも、花沢君のお父さんのいのちのひかりも、 君達のいのちのひかりもいっぱい飛び交っている。そのいのちのひかりを 見ることができる場所もあるよ。
生徒 トシさんもそのひかりの中にいますか。
賢治先生 見えるよ。
生徒 死んだ人が見えるんですか?
賢治先生 見えるよ。
花沢 お父さんもいますか?
賢治先生 見える。それだけやなくて、君の赤ちゃんのころのけしきも見えるよ。
生徒 いってみたいな。
賢治先生 みんなもそこへつれていってやろう。
生徒 ぼくたちも死ぬってことですか?
賢治先生 いや、そうじゃない、ぼくの考えた方法ならいけるはずだ。君たちにも行ってほしい。
生徒 ぼくは賢治先生といっしょなら行ってもいいな。
生徒 死んだ後の世界の探検か?
生徒 僕、もうどんなおおきなやみの中だってこわくない。おもしろそうや。
生徒 なにかいいことがありそうや。どこまでもどこまでも僕たち一緒に進んで行こう。
賢治先生 では、出発しよう。さあ、椅子を並べて銀河鉄道の座席をつくろう。 さあ、座って座って。
生徒 (ふざけて)みなさま、本日はようこそ銀河鉄道をご利用いただきありがとうございます。
賢治先生 では、静かに、静かにしてこころを集中するんだ。そうすると、みんな、聞こえないか。 ジェットコースターの音が。さあ、行こう、トシも行こう。
(いつのまにかトシが起きあがって来て、一団に加わる。)
トシ すべてまことのひかりのなかに、いっしょにすむ人は、いつでもいっしょに行くのです。 いつまでもほろびるということはありません。
(トシのつぶやきの間に、生徒達、ジェットコースターのように椅子を並べる。 賢治とトシが先頭にいる。月夜のでんしんばしら1〜6があらわれて「ゴットン、ゴットン」 と繰り返しながら、ゆっくり前から後ろに流れていき、銀河鉄道の動きを表す。 でんしんばしらは後ろに行くにしたがって、背を屈めてゆき、舞台奥ではほとんど膝をついている。 舞台奥から横を通ってふたたび前に回り込んでくる。賢治、トシ、生徒達は椅子をもって、 ジェットコースターに乗っている雰囲気で、前から順次立ったり座ったりしてウエィブをしたり、 椅子を左右にふって体を傾けてカーブを表したりする。でんしんばしらもそれにしたがって流れ方を 変える。どたばたの雰囲気で、「ああしんど」、「銀河鉄道もしんどいな」などの会話がはいり、 笑いをとってもよい。)
(「銀河ステーション、銀河ステーション」の放送)
(舞台暗転)

(舞台側面から青いひかり。「白鳥経由サウザンクロス行き発車いたします、 サウザンクロス行き発車いたします。」の放送)
賢治先生 (暗い中で声のみ)あの青いひかりにむかって飛び出ていくぞ。
(能舞台の上に人が二人あらわれ、模造紙四枚のスクリーンを広げて支え持つ。 模造紙を広げるときのバリバリという音がはいるほうがいい。そのスクリーンにビデオ プロジェクターでジェットコースターが、穴を抜け、ひかりに向かって飛び出ていく様子が映される。 模造紙のスクリーンは揺れたりしている。映像と同時にゴーという走行音が響きわたり、 「キャ−」という叫び声。と、突然、静かになり、いかにも宇宙空間に飛び出した といったふうな音楽が流れる。同時にスクリーンに宇宙から映した地球の映像が浮かび上がり、 つぎの賢治先生の声に重なり、消える。)
賢治先生(声のみ) さあ、空に向かって飛んで行くぞ。
(舞台の前にはられたてぐすをつたって、銀河鉄道の模型が窓に電気をつけて上っていく。 その先のギャラリーには星座の飾り付けがある。銀河鉄道が上りきると明るくなる。)
(能舞台の上に生徒が並んで椅子を持って座った恰好で立っている。能舞台の下は、 星空の模様。星座のでんしんばしら(月夜のでんしんばしらが頭に星座をつけただけのもの)が、 「ゴットン、ゴットン」と繰り返しながら、流れていく。星座は「星めぐりのうた」に出てくるもの。 「ゴットン、ゴットン」は、せりふのじゃまをしない程度に小さく、また大きく、白鳥駅まで続く。)

賢治先生 あの青いリンゴのような星が地球だ。
トシ あなをぬけたときリンゴのいいにおいがしたわ。
賢治先生 銀河鉄道はひかりよりはやいよ。
トシ もうここは天の川の近くね。
賢治先生 もうじき白鳥駅だ。むこうに白鳥座が見えるだろう。
トシ ええ、十一時かっきりには着くはずよ。
(みんなで「星めぐりのうた」を歌う。適当に、「ゴットン、ゴットン」が、 伴奏のように、はやしのように入る。賢治、トシ、生徒たち、左右に体をゆらして ウエィブしながら歌を歌う。)
あかいめだまの さそり
ひろげた鷲の つばさ
あおいめだまの こいぬ
ひかりのへびの とぐろ
オリオンは高く うたひ
つゆとしもを おとす

アンドロメダの くもは
さかなのくちに かたち
大ぐまのあしを きたに
五つのばした ところ
小熊のひたひの うえは
そらのめぐりの めあて

生徒 先生、白鳥駅につきましたよ。
賢治先生 降りてみようか。
生徒 降りよう。
賢治先生 ほら、ここらあたりは天の川のほとりの公園になっている。水音が聞こえるだろう。
(川の流れる水音が、劇のこの場面のおわりまで、たえず大きくなり、 小さくなり聞こえている。)
生徒 先生、水は夜でも流れるのですか?
賢治先生 水は夜でも流れるよ。水は夜でも昼でも、平らな所でさえなかったら、 いつまでもいつまでも流れるのだ。
鳥を捕る人 そもそも、天の川のほとりのこの公園の名物は、 地球からのひかりが氷のようにかたまった岩があちこちにある。 だから、むかしの地球のけしきの化石が露天掘りできる。化石を掘りに来るものがおおいので、 それで、ここらを銀河のほとりけんじゅう公園にしたんじゃ。
生徒 (みんな笑う)
生徒 けんじゅうの公園か。
生徒 兼六公園ならきいたことがあるけどな。
鳥を捕る人 むかしけんじゅうという少年が、このあたり、水晶のちらばったあれた 土地に木をいっぱい植えてまわったらしい。いまじゃ、このあたりはたくさんの白鳥の すみかになってしまった。
考古学者 君たちもむかしなつかし、地球のけしきの化石を掘りにきたのかな?
生徒 あなたたちはだれですか?
鳥を捕る人 わしは公園の管理人けん鳥を捕まえる人。
考古学者 わしは、化石掘りだよ。
賢治先生 トシや君たちのむかしのけしきが化石になってのこっているはずだよ。
生徒 どうして化石ができたんですか?
賢治先生 考古学博士にきいてごらん。
生徒 どうしてですか?
考古学者 うーむ、なかなかむずい問題じゃが。まあ、月夜のでんしんばしらが 手伝ってくれたら説明できるかもしれんて。たのめるかな。
(月夜のでんしんばしら1から6登場)
月夜のでんしんばしら3 あれおれたちの出番はもうすんだんじゃなかったのか?
月夜のでんしんばしら4 この劇団はなんて人使いがあらいんだ。
賢治先生 まあ、そんなこと言わずに手伝いなさい。
月夜のでんしんばしら3 いいけど。
賢治先生 さっきの写真をもってきて。
(下手に模造紙に描いた地球の絵をもつ人、上手に望遠鏡を覗く宇宙人が一場と同様ひかえる。)
考古学者 いいかな。君達の赤ちゃんのころのけしきをもったひかりが、地球を出発する。 宇宙中にかわいい赤ちゃんが生まれたよって知らせにいくんだ。そして、 銀河の中を飛んでここにくる。宇宙人の望遠鏡に届くひかりもあるし、 迷子になってここでつもって化石になるひかりもある。
地球の絵をもつ人 ひかりはたもち、その電燈は失われ
(と叫び、それを合図に、月夜のでんしんばしら1から6、 つぎつぎに赤ちゃんの写真をもって登場して、写真を客席に見えるようにして舞台の前で倒れるよう にうつぶせに寝て折り重なる。)
賢治先生 こんなふうにしてできたひかりの化石をこのひとは掘っているんだ。
考古学者 君達も掘ってごらん。なつかしいけしきがみられるかもしれん。
生徒 さがしてみよう。
生徒 あっ、あった、あった。
考古学者 手にもって、少し溶かしながらのぞく。
生徒 すぐにとけますね。(ガラス片を手でつまんでのぞく。)あっ、 ぼくのお母さんが赤ちゃんを抱いてる。
生徒 じゃあ、抱いてる赤ちゃんは、きみかな。
生徒 わたしもさがそう、あったわ、七五三の服きてる。死んだおばあちゃんもいる。
生徒 空の上にこんな地層があるのか。
生徒 先生、さっきのあのおじさんは何をしてるんですか?
賢治先生 聞いてみたら。
生徒 何してんの?
鳥を捕る人 みたら、わかるじゃろう。白鳥をつかまえとるんよ。
(釣竿でぶらさげた白鳥を次々に取り、魚篭のようなものにいれていく。)
生徒 白鳥をどうするんですか?
鳥を捕る人 もちろん押し花にするんですよ。
生徒 標本にするんですか?
鳥を捕る人 標本じゃありません。みんなたべるんじゃありませんか。
生徒 おかしいね。
鳥を捕る人 なにもおかしくないですよ。ほら、ここに押し花の白鳥があるから、食べてごらん。
生徒 (こわごわ食べる)チョコレートみたいな味だ。もっとおいしいけど。
生徒 ずるいよ、おれにもよこせ。
生徒 あっ、おれの分をとるなよ。
賢治先生 つまらないから、やめなさい。
トシ どこからか、りんごのにおいがする、りんごの花のにおいかしら。
賢治先生 そういえば、もう夕方だ。地球にそっくりのりんごの月が出てる。青いリンゴみたいだろう。 だから、リンゴのにおいがするんだよ。
菩薩 ナマステ、賢治先生。ナマステ、みなさん。
賢治 やあ、ナマステおじさん、ごきげんよう。
菩薩 みなさん、わたしは、あなたがたを決して軽んじません。わたしは、 決してあなたがたを軽蔑しません。
(生徒の一人ひとりにいってまわる。)
菩薩 ああ、まったくたれがかしこく、たれが賢くないかはわかりません。
生徒 変なおじさんですね。(そっと賢治先生につぶやく。)
賢治先生 いつも同じことを言ってまわってるんだ。
生徒 変なおじさん、変なおじさん、ばかりだな。(沖縄民謡調で。)
賢治先生 そんなふうにあのおじさんを軽んじてはいけない。えらいひとなんだよ。
生徒 あっ、また変なおじさんがもどってきた。
考古学者 あったぞ、ついにみつけたぞ。賢治先生。未来の地層をみつけたよ。
賢治先生 あなたのむかしからの夢だったからなあ。
考古学者 この地面の下に過去の地層があり、そこにひかりの化石が埋まっているとすれば、 地面の上、空気の層に未来の地層があるにちがいない、というのがわしの仮説じゃった。 この未来の地層にもひかりの化石があるはずだ。
トシ どのくらい未来の地層なの?
考古学者 二百年くらい未来かな。
トシ 二百年先はどうなっているのかしら。見てみたいわ。
賢治先生 いや、それはいけない。そんなことは許されないことだ。
考古学者 そうかもしれんな。われわれには許されていることと許されていないことがあるからな。
生徒 賢治先生、ほら、こんな大きな化石を見付けました。(大きい氷の塊をもってくる。)
考古学者 大きいな。こんな大きなものはわしでも見たことがない。 これは十年から五十年くらい前の化石だから、いろんなものが見えるぞ。
生徒 ぼくにも見せろよ。
生徒 おれにも。
(奪い合って、おとして氷の塊を割ってしまう。)
生徒 あっ、おれ、知−らない。
生徒 おまえのせいや。
賢治先生 やめなさい。見苦しい。(考古学者にむかって)もうしわけない。 あなたの財産になるものを。許してください。
考古学者 なに、かまいません。ここらにいっぱいあるんだから。
賢治先生 それじゃあ、この破片をもらってかえろうか。なつかしい化石を おみやげにもらってかえろう、なつかしい思い出で、元気がでるように。
(賢治は床に飛び散った氷の破片を拾い始める。)
生徒 先生、さっきのあのおじさんは何をしてるんですか?
賢治先生 (うずくまったまま見上げて)聞いてみたら。
生徒 何してんの?
鳥を捕る人 みたら、わかるじゃろう。白鳥をつかまえとるんよ。
(釣竿でぶらさげた白鳥を次々に取り、魚篭のようなものにいれていく。)
生徒 白鳥をどうするんですか?
鳥を捕る人 もちろん押し花にするんですよ。
生徒 標本にするんですか?
鳥を捕る人 標本じゃありません。みんなたべるんじゃありませんか。
生徒 あれ、おかしいよ。さっきこんな場面があったんじゃない。
生徒 おなじせりふだ。
生徒 おかしい。
生徒 なぜ、ぼくたち同じセリフをしゃべったのかな。
鳥を捕る人 どこがおかしいの。きみたちが会うどんなひとでも、 みんななんべんもおなじセリフを言ったり、りんごを食べたり汽車にのったりしているのだ。
生徒 どういうことですか?
生徒 たしかにおかしいですよ。
生徒 わけがわからん。
生徒 同じセリフをくりかえすなんて、おかしいよ。
生徒 だれに聞けばいいのかな、監督かな。
生徒 演出家。
生徒 どうなっているんですか?(大きい声で舞台裏に問いかける。)
(清六と文学者があらわれる。清六はトランク、文学者は原稿の一部をひらひらさせながら。)
清六 おかしいな。この原稿用紙は同じ台詞だ。
文学者 (めがねをはずして)どうなってるんだ?
清六 先生、兄の原稿の続きがみつかりませんね。
文学者 わからん。もっとこのトランクのなかの原稿をしらべてみないと、なんとも言えんな。
清六 こまった、どうしましょう。ええと、そうだ。先生、まず、自己紹介しないと。 わたしは賢治の弟で清六といいます。この文学者先生といっしょに兄がトランク いっぱいに残していった原稿をしらべているのですが。
文学者 きみ、わからんよ。銀河鉄道の原稿が三つもあって、筋がこんがらがっている。 どうしたもんだ。
清六 (生徒のみんなに向かって)みなさん、ゆるしてください。混乱していて、 「銀河鉄道の夜」の原稿の続きが見つかりません。
生徒 じゃあ、この劇はどうなるんだ?
清六 この文学者先生にトランクの中を全部調査してもらうよ。それまで待ってもらうしかないな。
生徒 そんな、殺生な、ねえ、賢治先生。あれ、賢治先生が消えてしまった。
生徒 トシさんもだ。
生徒 (半べそをかきながら)こんなところに置き去りにされては、地球にかえれないよ。
生徒 あれ、列車がないぞ。何もない。ぼくたちの椅子があるだけだ。
生徒 ここは学校の教室だよ。
生徒 地球にもどったんだ。
生徒 ぼくたちはみんなで夢をみたのかな。
生徒 みんな消えてしまった。
生徒 いすも、銀河鉄道の座席から変わってしまった。
生徒 夢じゃないよ。ほら、ひかりの化石がのこってる。
生徒 ひかりの化石、あっ、ほんとうだ。
生徒 でも、もう少しでとけてしまいそうだよ。
花沢 まだ見えるよ。死んだお父さんの背中が見えるし、タバコのにおいもするよ。
生徒 でも、ああ、どうしようもなく溶けていく。
生徒 賢治先生、この化石、やっぱりこの世ではありえないものなんですね。
生徒 賢治先生。ぼくたちのひかりの化石をほりだして待っててください。
生徒 賢治先生は消えてしまったけれど、銀河鉄道に乗せてもらって、 ぼくたちはあれからとても幸せな気分でいます。
生徒 死ぬということについて考えていたはずなのに、なぜか元気がでてきました。
ナレーター 賢治先生は昭和八年、三十七歳でなくなっています。銀河鉄道の最終駅サウザンクロス までいかれたのでしょうか。賢治先生は死ぬということについて、 つぎのような詩を書いておられます

そしてわたくしはまもなく死ぬのだろう
わたくしというのはいったい何だ
何べん考えなおし読みあさり
そうともききこうも教えられても
結局はっきりしていない
わたくしというものは

(出演者みんなが舞台にあがって「賢治先生はふしぎな先生」の歌を歌う)
賢治先生はふしぎな先生
賢治先生はふしぎな先生
なんでも教えるふしぎな先生
ふしぎを教えるなんでも先生
  山で叫べばこだまがこたえる
天の川にも銀河鉄道フリーパス
賢治先生はふしぎな先生
こころにのこるあの叫び

  賢治先生はふしぎな先生
  賢治先生はふしぎな先生
  なんでも教えるふしぎな先生
  ふしぎを教えるなんでも先生
  畑で叫べばトマトがこたえる
  よだかの星も銀河鉄道フリーパス
  賢治先生はふしぎな先生
  こころにのこるあのジャンプ

(幕)

[作者補注]
常不軽菩薩の「ナマステ」については丹治昭義著「宗教詩人 宮澤賢治」(中公新書)からヒントを得ている。
すこし、台詞がむずかしくなったきらいがないではない。じっさいの上演においては、たとえば、死についての議論やひかりのはやさについての説明など削除してもいいかとも考える。

「賢治先生はふしぎな先生」はオリジナルで、池田洋子さんに作曲していただいた譜面もあります。



追補
この脚本を使われる場合は、必ず前もって作者(浅田洋)(yotaro@opal.plala.or.jp)まで ご連絡ください。


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