腹話術台本「星にならなかったよだかと賢治先生」
−いじめ防止キャンペーン用−
(20分公演)
2010.12.1

【言わでもの言い訳】
初級編ということで、人形のセリフには、発音のむずかしいマ行、バ行、パ行の音をまったく遣わないようにしました。
そのために、少々不自然な言い回しになったところもあるかもしれません。
腹話術入門台本(脚本)ということで、ご了承ください。
追補、少し手を加えれば、二人芝居としても上演可能です。

【では、はじまり、はじまり】
(賢治先生が、よだかを抱えて登場。椅子に腰かける。
賢治先生は、山高帽子にコートといった写真にあるような出で立ち。
よだかの人形は、市販されている40〜50センチくらいの大きさで、後ろから手を入れて、 口をパクパクさせる仕組みの人形に、よだかの顔に似せた手作りのかぶり物をかぶらせ、背中に羽をつけたもの)
賢治先生 「みなさん、こんにちは……、わたすは宮沢賢治です。 まんず、自己紹介させてもらいます。みなさんは宮沢賢治って知っていますか」(生徒の反応を探る)
「そうですね。『雨ニモ負ケズ 風ニモ負ケズ』っていう詩とか、『銀河鉄道の夜』っていう 童話などを書いた詩人です。先生をしていたことがあるので、生徒さんは賢治先生と呼んでくれます。…… ところで、みなさん、私は『雨ニモ負ケズ』元気なんですが、きみたちは元気ですかー」(と、大きな声で叫ぶ)
(「元気です」、と返事が返ってくる)「はい、けっこです、元気でなによりです。 みなさんは、元気だけど、ここにいるよだかさんは、あんまり元気じゃないみたいなんです」
(と、ぐたっとしているよだかを眺める) 「さあ、よだかくん、みなさんに挨拶しなさい」
よだか 「ハーイ、こんちは……」(小さい声で)
賢治先生 「何だか元気のない挨拶だなあ、みなさん、よだかくんです。よろしくね。 (「よろしくお願いします」の声)、さあ、みんなは元気がいいぞ、よだかさんも、もう一度挨拶のやりなおししたら……」
よだか 「こんちは、オレよだか、よろしくお、お願い……いたし……」 (最初は力んで大きい声を出すが、だんだん力がなくなって小さい声になり、語尾は聞こえない)
賢治先生 「どうしたの? 何だか元気がないんじゃないの」
よだか 「オレ、きょうは賢治先生に聞いてほしいことがあるんです」
賢治先生 「はい、何でもいいよ、賢治先生は何でも聞きますから……」
よだか 「オレ、……あの、オレさぁ……」
賢治先生 「どうしたの? さあ、しっかりして言ってごらん」
よだか 「オレ、いじわるされてるんです……」
賢治先生 「ふーん、いじわるって、いじめ?(よだか、うなずく)……、それでだれがいじめているの?」
よだか 「タカくんです。……タカくんが、オレにいじわるするんです」
賢治先生 「タカくんか、タカくんがいじめるのか……、わかった、じゃあ、もっとくわしく聞かせてくれる、…… でも、その前に、みんなによだかくんのクラスのことを説明しておくかな。鳥の生徒は何羽いるの?」
よだか 「十二羽です」
賢治先生 「ふーん、少ないね。その中でタカくんは、ガキ大将みたいなものかな」
よだか 「そうです、ガキ大将」
賢治先生 「体も大きいからね」
よだか 「オレなんか、顔は納豆食ったあとのようだし、口はひらたくてかっこうわるいし、こんなんだから いじわるされるのかな」
賢治先生 「そんなふうに考えて、自分のことをつまらない鳥だって考えるのは、 一番よくないよ。……それで、そのタカくんが、どんなことをするのかな」
よだか 「よだかとタカと似ていてややこしいから、いっそのこと、よだかという名を変えたらどうや、 というんです」
賢治先生 「たしかに名前がにているけどね」(と、タカとよだかの実物大の写真か絵が 貼り付けてある白板を見せる。それぞれの 写真の下に名前が書いてある)「タカさんがこれ、タカって書いてあるね。こんなに大きくて強そうだな。 これがよだかくんだ。よだかって書いてあるね。似ているね。タカのところがおんなじだからね」
よだか 「タカくんは、イチゾウに変えろっていうんです」
賢治先生 「そんなことを言うのか……それは、ひどいはなしだね。 名前というのは、生まれたとき、お父さんやお母さんが 願いを込めて付けてくれたものだからね。赤ちゃんのときから、何回も何十回もその名前を呼ばれて育ってきたんだよ。 よだか、よだかって何万回も、何百万回も呼ばれて来たんだ。それだけ大切なものだってことだよ。 そまつにしたり、バカにしてはいけない。まして、名前を変えろっていうのはひどい話だよね」
よだか 「それから、近づいたら汚いキンがうつるって……。オレのこと、鳥インフルエンザっていうんです」
賢治先生 「それは、ひどい……、差別だなあ。汚いものあつかいか、何にもうつるはずがないのにね。 むかし、差別されている人からもらったお金を汚いと言って、水で洗ったのとおんなじような差別だね。 でも、そんなこと無視すればいいんだよ。いちいちかまってたら相手をおもしろがらせるだけだからね」
よだか 「それから、クラス中にオレをシカトしろ、口をきくなって、言いつけたんです」
賢治先生 「ふーん、そんなことを言ってる、ひどいなぁ。(客席に)みんな『シカト』って、分かるかな。 無視することだけど、……みんなにシカトされたら悲しいよね。文句いわれるよりつらいだろう。 教室にいるのにいないみたいだからね。いなくなれって言われてるのとおんなじことだから、 これはいちばんひどいことかもしれないね」
よだか 「以前は、タカくんにああしろこうしろと使われていたんです。そのころは、 シカトされてなかったんですけど……」
賢治先生 「パシリをさされていたのか。そうか、……(客席に)パシリっていうのは、 ガキ大将の命令で使い走りをさせられる人。 使いぱしりからパシリ……」
よだか 「他の子が使い走(はし)りになったら、オレがシカトされるようになったんです。…… このごろは、何か隠されたりするし、……賢治先生、どうしたらいいですか。オレ、わからないんです」
賢治先生 「どうしたらいいか、どうしたら解決できるか、これから二人で考えてみようよ。……でも、 君は、何にもわからないっていうけれど、私にそのことを話してくれたから、もう解決に一歩近づいたんだよ」
よだか 「そうかなぁ、オレ、相談するのこわかったんです。チクったってタカくんに知られたら、 どんなしうちを受けるか分からないから……」
賢治先生 「それは、心配することないよ。チクリが悪いっていうのは、いじめっこの言うことだ。 いじめられっこはチクってもいいんだよ。それに、もしかしたら、それは タカくんのためでもあるんだよ」
よだか 「本当ですか?」
賢治先生 「本当だよ。よだかくんは、これまで、一人でくらーい部屋の中に閉じこめられているような気持で 過ごしていただろう。でも、賢治先生に話して少しは明るくなったんじゃないか……」
よだか 「そう言やぁ、ちょっと明るくなったような……」(と見まわす)
賢治先生 「窓が開いたんだよ」
よだか 「カーテンが開いたのか……社会のカーテンか……」
賢治先生 「そう、カーテンというか、社会の窓が開いたんだ。気分が少しは明るくなった?…… あれっ、よだかくん、今気がついた、こちらの社会の窓も開いてるぞ」
(と、よだかのズボンのチャックを閉める素振り)
よだか 「恥ずかしい」(と、俯いて顔を隠す)
賢治先生 「社会の窓を開けっ放しは困るけれど、自分の部屋の窓は開けないと……窓を開けるように、 いじめの悩みをだれかに打ち明けるんだ。部屋を明るくする。風も吹き抜けて気持ちがいいよ。 それは、自分のためだし、いじめっこのためでもあるんだよ」
よだか 「それって、どういうことですか?」
賢治先生 「この前新聞に出ていたけれど、大人にいじめ調査をしたらしいんだ。するとね、 いじめられたうらみはずーと残るって結果が出てるんだって。 いじめられっこは一生いじめっこをうらむ、ということは、いじめっこはうらまれっぱなしで一生を送るんだよ。 同級生同士がうらみあってすごす、これっておかしくないかな」
よだか 「そうですね。そうならないようにしてほしいです」
賢治先生 「私に話してくれたからには、もうひどい目に合わされることはないし、 うらみが一生残るようなことのないように考えてみようよ。……それから、約束してくれないかな。 私が書いた童話『よだかの星』では、よだかくんは、天に昇ってよだからの星になってしまうんだけど、 あの筋はまちがいだった。……絶対に星になるっていうのはダメなんだ」
よだか 「賢治先生、大大エラーやな」
賢治先生 「そう、大エラー。……だからね、童話のよだかの星になったよだかさんみたいに、 あんなふうに一人で思い詰めないこと、いいかい、約束だよ」
よだか 「はい、わかったよ。約束する」
賢治先生 「じゃあ、約束の指切りげんまんだ」
よだか 「それって、オレなら、羽切りかな」
賢治先生 「ああ、ごめんごめん、羽切りげんまんだな。じゃあ(と、よだかの羽を持つ) 羽切りげんまん、嘘ついたら、針千本飲ーます。羽切った」(と、賢治先生主導で羽切りげんまんをする)
よだか 「賢治先生、オレをよだかの星にしないように、どうしたらいいか考えてや」
賢治先生 「よだかくんもえらい元気が出てきました。……はい、みなさん、よだかさんは、 いじめられていましたが、黙ってないで、賢治先生にこんなふうにいじめられていますって話してくれました。 これが大切な一歩です。先生に話をすることが解決へ近づく一歩です。先生に話しにくかったら、 だれでもかまいません、話をしてみてください」
よだか 「だれだっていいのか?」
賢治先生 「ああ、だれでもいいよ。君が打ち明けてもいいと思う人ならね」
よだか 「じゃあ、保健室の先生だっていいのか?」
賢治先生 「ああ、いいよ」
よだか 「じゃあ、校長先生だっていいのか?」
賢治先生 「ああ、いいよ。一番いいくらいだ」
よだか 「じゃあ、お父さんやお母さんだっていいか?」
賢治先生 「ああ、もちろん、いいよ。家族だからね」
よだか 「じゃあ、倉敷のおじいちゃんだっていいのか?」
賢治先生 「まあ、それでもいいかな」
よだか 「じゃあ、塾の先生だっていいのか?」
賢治先生 「ああ、それも一つの方法だね」
よだか 「じゃあ、ガールスカウトの先生だっていいか?」
賢治先生 「オマエは女か(と、突っ込んで)、はい、それでおしまい……とにかく、だれでもいいから、 まず話すことが大切……。そうしたら、みんな心をこめて話を聞いてくれると思うよ」
よだか 「『よだかの星』の北のお星さんのように、『氷の浮かんだグラスに頭(ヘッド)を突っ込んで、少し 冷やしなさい』とか、言わない?」
賢治先生 「そんなことは、だれも言わないよ」
よだか 「『いじわるされるんはワケがあるからや、 あんたにだってちょっとは悪いところがあったんちがうか』 なんて言わない?」
賢治先生 「そんなことけっして言わないよ。……今日はよだかくんが賢治先生に いじめの話を打ち明けてくれてたいへんうれしかったです。 わたしもむかしは半分くらいはいじめられっこだったから、 よだかくんの気持がわかります」
よだか 「先生、いじわるされていたんですか?」
賢治先生 「そうだよ。だから、これからどうすればいいか、いっしょに考えていきたいと思います。 よだかくん、そうしようね」
よだか 「はい、わかった。オレはOKです。……あんたらだって一人でこらえていないで、オレとおんなじように、 だれかにSOSを出してね」
賢治先生 「みなさん、約束できますか。自分がいじめられている、と思ったらだれかに相談してくださいね。 では、きょうはこれでおしまいです。また、会いましょう」
よだか 「そんじゃあ、さよなら、シーユーアゲインな」
(二人、舞台から退場)


追補
1、もともとこの脚本は、同僚の先生に腹話術の人形を作られた方がおられて、その公演を観て、自分にも何かできないかと考えて書き上げたものです。定年退職したら腹話術の人形を持って施設なりを訪問するのが夢だったのですが、実現できませんでした。この脚本だけが残ったのです。
ところが、2018年の秋、この腹話術の脚本を二人芝居としてPTA教育フォーラムで上演したいという申し入れが、弘前市立第一中学演劇部の先生から寄せられ、実現しました。ということで、少し手を入れることで、二人芝居としても上演可能ということがわかりました。
2、この脚本を使われる場合は、必ず前もって作者(浅田洋)(yotaro@opal.plala.or.jp)まで ご連絡ください。


トップに戻る