プチ狂言「ほうき縛り」(一幕一場)
−いじめを追いこめ−
                       2013.1.25

【まえがき】
「賢治先生がやってきた」のラインナップの中に、プチ狂言「豆腐小僧は怖い? 怖くない」がありますが、 今回おなじような狂言の形式で、いじめをテーマにした脚本を書いてみました。
もとになったのは「棒縛」という狂言です。有名な狂言なのでご存じの方も多いと思います。
「棒縛」の登場人物は、太郎冠者と次郎冠者、それに主人の三名です。
その主人、所用があって出かけようとしているのですが、留守の間に、 二人に酒を盗み飲みされるおそれが大いにあるのです。盗まれないようにするためにはどうしたらいいか、 考えを巡らせます。 まずは、太郎冠者に相談を持ちかけます。次郎冠者は棒術の腕におぼえがあるので侮れません。 太郎冠者の勧めによって、棒を使うところを見たいと主人が所望し、 頃合いを見て二人で棒縛りにしようという手はずに決します。主人に呼び出された次郎冠者は、 棒術の技を披露したあげくに、 二人に縛られてしまいます。 次郎冠者を縛り上げて一段落、太郎冠者が隙をみせた瞬間、主人が彼を後ろ手に縛ってしまいます。 結局二人ともにいましめられてしまったわけです。これで一安心、酒を盗み飲みされることはあるまいと、 主人は悠々と出かけていきます。 二人きりになると、そこはしたたかなご両人、酒を飲みたいの一心でお互いのいましめられた不自由を補い合って、 酒にありつきます。差しつ差されを繰り返し、たらふく飲んで酔っぱらって、あげくの果てに 窮屈なかっこうで舞まで舞ってしまいます。まさに酒宴たけなわのところに主人が帰ってきます。 酒盛りの声を耳にして怒り心頭に発した主人、「おのれ、打擲してくりょう」と、 二人を追い込んで幕といった内容です。
この「棒縛」の狂言としての枠を出来るだけ崩さないようにして、場面を現代の学校に移し、 いじめのテーマを盛り込むことで、「ほうき縛り」ができあがったのです。
発表時間に制限があるためか、短時間で演じられる脚本を、という要望が寄せられることがあり、 そういう場合にこの狂言はむいているかもしれません。
狂言の形式を借りた短い脚本なので(15分)、そこで描かれるいじめは、そんなに深刻なものではなく、 笑いを誘うような軽いものを、と心がけました。
登場人物は、水木先生、太郎、次郎、花子、柳井、村田の6人です。
では、そろそろ狂言の幕開けということに致します。
とざいとーざーい……。

【はじまりはじまり】
(舞台は、能舞台を模したもので、背景に松が描かれています。 大道具としては、生徒用の机、椅子などを遠景に配置してもよいのですが、 狂言の本来の演出を踏襲するのなら、何もなくてもかまいません。 小道具としては、長い柄のほうきが二本、ハンカチ、タオル、ガムテープを準備してください。
舞台下手に揚げ幕があり、最初にそこから水木先生、太郎、次郎が登場します。 水木先生はそのまま舞台中央に進み、太郎と次郎は呼ばれるまで舞台の後ろにしゃがんでいます)

水木先生 私は、この学校に勤める教師です。 今日はこれから、所用があって山一つあなたへ出張に出かけなければなりません。 それにつき、帰りの会は他の先生に頼んだのですが、いつも私が留守にすると、 掃除をさぼったり、プロレスごっこをする生徒がいて困っています。 今日は両人ともきつくいましめてゆこうと思います。 まずは梶矢太郎くんを呼び出して話をしましょう。太郎くん、太郎くん、居ますか?
太郎 はあー。(太郎、立って来る)
水木先生 えらく早いわね。
太郎 オレ、いつも先生に呼ばれたら、すぐに飛んできますよ。
水木先生 ほんとうかしら? まあ、そうしときましょう。あなたを呼んだのは、ほかでもありません。 私はこれから出張に出かけるけれど、掃除をさぼらないでほしいの。
太郎 ちゃんとやっときますよ。約束します。
水木先生 あなたの約束は、あやしいものね。どうしたら約束を守ってくれるかしら?
太郎 大丈夫ですよ。信じてください。
水木先生 いつも返事だけはいいんだから。
太郎 そんなに信用できないんなら、誰かを監視につければいいでしょう。
水木先生 そこまではしたくないんだけど、……じゃあ、信じてもいいのね。…… それからもう一つ、私がいないからって調子に乗って、 次郎くんをいじめちゃだめよ。 とくにプロレスごっこ、あれはプロレスごっこじゃくていじめだからね。いい、わかった?
太郎 そんなふうに言われると人聞き悪いなぁ、第一、オレ、いじめてなんかいませんよ。
心配なら次郎にも言っといたらいいんじゃないですか。プロレスごっこをしないようにって……。 あいつもやる気にならなきゃできないんだから……。
水木先生 いいえ、それは違うわ。あなただけのやる気でも、プロレスの技はかけられますからね。 あなたにとって次郎くんに技をかけるのはエアープロレスみたいなものでしょう。…… (太郎は、黙って聞いている) でも、まあ、念のため次郎くんにも釘を刺しておこうか、それはいいアイデアかもしれないね。そうしましょう。 ……で、あなたが掃除をさぼったり、プロレスごっこにむりやり誘ったりしなかったか、 明日にでも私から聞くようにします。いい? チクリじゃなくて報告だからね。じゃあ、 次郎くんを呼んでくれる。
太郎 次郎、ちょっと来いや。
次郎 はい、何でしょうか?(次郎、立ってくる)
水木先生 早いわね。あなたを呼び出したのは、ほかでもない。私は、これから出張にでかけますから、 太郎くんを見張っていてほしいの。いま、約束したのよ。もし、太郎くんが掃除をサボったり、 あなたにプロレスのわざをかけようとしたら、明日、私に報告してちょうだい。 いい、私と太郎くんとあなた、三人が認めた約束だよ。
次郎 わかりました。そうします。
水木先生 もう一度言っておきます。これは三すくみの約束だからね、 三人がそろったところじゃないと反故に(ないものに)できないんだからね。 太郎くんが言うなっておどしても、聞く必要なんかありません。 いいわね。じゃあ、行って来ますから。(水木先生が下手の幕に入る)
次郎 キンコンカンコン、キンコンカンコン。(と、次郎が口でチャイムを鳴らしながら、 舞台をまわる。太郎は、舞台上手の窓際の位置に移る)
(花子、柳井、村田の三人が舞台に登場。花子は、二本のほうきを持っていて、一本を次郎に渡し、 床を掃き始める。柳井と村田は太郎の側にやってきて、窓際で三人がふざけあう)
次郎 チャイムがなりました。いよいよやっかいな掃除の時間です。
花子 チャイムが鳴ったわよ。あなた達も掃除しなさいよ。 そんなところにいたらじゃまなんだから……。
次郎 (ほうきを使いながら)太郎くん、柳井くんも、村田くんも、 みんな、先生が言ってただろう。掃除しようや。 今日は教室の当番なんやから。
太郎 掃除、掃除って、うるさいぞ。さっきから何べん同じことを言うたら気が済むんや。 掃除がそんなに好きならお前にゆずるから、一人でやったらいいじゃんか。
花子 (掃きながら)次郎くんは、そんなこと言ってないでしょう。 みんなで協力してやろうって言ってるのよ。
太郎 協力、協力いうんなら、お前が次郎と二人でやれよ、先生のペット同士で協力したらええやん、 なあ、柳井。
柳井 そういうことですよね。
太郎 先生のいないときくらい、ちょいちょいで済まそうや。村田さん、どうですか?
村田 オレも賛成やけど。
次郎 いいよ、明日、先生にちゃんと報告するから……。
太郎 三すくみの約束ってやつかよ。オイオイ、そんなことをいちいちチクられたらたまりませんわ。 ごちゃごちゃ言わんで、自分でやれよ。次郎ぼっちゃま。
次郎 (自分の持っているほうきを太郎に押しつけようとする)さあ、いっしょに掃除しよ。
太郎 チェッ、しつこいやつやな。わかった、そんなに掃除したいんなら、 ほうきと一体にしてやるよ。思いっ切り掃除できるようにな。(と、ほうきを奪い取って柳井に渡し、 次郎にプロレスの技を仕掛ける)
次郎 プロレスは禁止ですって、先生が……。(次郎、腰が引いて逃れようとするが、 太郎に腕をねじあげられて、 たちまち床に倒される)
太郎 先生なんてどこにいるんだよ、ふざけやがって(と、 プロレス技アームロックを掛ける)そら、腕ひしぎ十字固めだ。
(これは、相手の片腕を抱え込んで肘を逆に固め、 自分の両脚を相手の首と胸の上に乗せて体を押さえ込むという技)
次郎 痛ったった、腕が折れる、やめろや。痛い!
花子 やめなさいよ、痛がっているじゃないの。先生を呼ぶわよ。
太郎 呼んでみなよ。後で、お前にも技をかけてやるぞ。女だからって容赦しないからな。
(花子、怖そうに立ちすくむ)
太郎 見て見んふりしとれ。ええか?(と、太郎は、技をかけながら、花子を見あげる)
花子 わかった。私は見ているだけにする。でも、見ないふりはしないよ。しっかりと見ているからね。
太郎 見たことを後でチクルんじゃねぇぞ。
柳井 女はこわいからな。
太郎 そら、次郎、お望みどおり、ほうきと一体にしてやるよ。柳井、そこのほうきを頭の下を通して、 そうそう、そうして、そっちの手首をほうきの柄に縛り付けろ。
柳井 えっ、ほうきに……縛るものがない。
太郎 何でもいいから、……ハンカチとか、タオルとかないのか?
次郎 太郎、やめろ、痛いから、そんなことしたら……。いてて、いてて、いててーよ。 (と、歌うように叫ぶ)
太郎 黙ってろや。
次郎 ほんとうに、痛い、やめろや。……許してください。
太郎 歌うってことは、まだまだ余裕があるってことだ。
次郎 いてて、いてて、いててーよ。(と、やけくそで歌う)
柳井 うるさいな。黙っとれや。(と、ズボンの尻ポケットからハンカチを出して縛る)
次郎 そのハンカチ、さっきお前が鼻をかんでたやつじゃないの? きったねー。
柳井 何で知ってんだよ。大丈夫、大丈夫、水洟だから……。
次郎 ヒェー、やめてくれー。
太郎 花子、こっちの腕を縛れ。
花子 何で私なの?
太郎 いいから、縛れ。
花子 いやよ。私はそんなことできません。見てるだけ。
太郎 チェッ、ブリッコめ、わかったよ。村田、頼む、縛ってくれ。
村田 ホイ来た。まかせといてよ、たろちゃん。(と、ポケットからタオルを出してきて、次郎の 顔の前で揺らせる)これで縛ってやるよ、じろちゃん。
次郎 それはお前が大切にしてるキティちゃんのタオルか?
村田 それが、どうした?
次郎 (次郎は、目の前のタオルにペッと唾を吐き付ける)
村田 何すんだよ。きたねぇやつだ。(と、タオルでバシッと顔を打ち)今度そんなことしたら、 許さないからね。
次郎 それは、こっちの台詞だ。ちくしょう、先生に言いつけるぞ、やめろや。こら……。
(太郎が腕をグッと締め付けると)いてて、いてて、(ここから歌うように)いてて、いてて、いててーよ。
村田 まだまだよゆうのよっちゃんですね。この前のときも、太郎くんの十字固めの後で、何かもごもご つぶやいてやんの、何かと思ったら、涙目のままで、これで塾で勉強するエネルギーをもらったぞって、 負け惜しみ言ってやんの……。
柳井 いてて、いててーよって歌いながら発電してるのかもな。そういえば、この前知ったんだけど、 こいつが班長になったらその班のジャンケンが負けるが勝ちになるんだよ。めっちゃ、変な具合……。
村田 負けるが勝ちって思ってんじゃないの?
次郎 お前なんかに何がわかるか、このバーカ!
太郎 (もう一度、腕を締め上げて)負けるが負けってことをこれからしっかり教えてやるよ。おい、村田、 しゃべってないで、はやく括れよ。
村田 はいはい、それじゃあ、こうして、こうまわして、かたーく縛っときましょう。
次郎 いてて、ちくしょう。ちょっとは手加減しろや。思いっきり縛りやがって。
村田 はいはい、そら、手加減して、がっちりと縛れましたよ。
太郎 さあ、ほうき縛りの一丁上がりだ。次郎、どうだ。はずせないだろう。(と、太郎が技を解く)
次郎 (両手首をほうきの柄に縛られているため自由がきかない次郎は、 花子の助けを借りてどうにか体を起こし、悔しそうな表情で太郎をにらみつける。)
柳井 案山子だ、案山子、うまいこと考えたなぁ。
太郎 さあ、次郎、掃除だ、掃除。ほうき人間になったんだから、さぼったら蹴飛ばすぞ。 さあ、掃除をやってみな。それで床が掃けるかどうか、やってみせろや。
(太郎に小突かれて、次郎は片膝ついて体を傾けてほうきで床を掃く)
柳井 すげえ、すげえ、ちゃんと掃除できるんだ。
花子 やめなさいよ。そんな虐待みたいなことして、何がおもしろいのよ。
次郎 うーん、ちくしょう。(ガマンの限界に達したように次郎は身を屈めたところから、 エイッと飛び上がって、ほうきで柳井に挑み掛かかる。柄で柳井が近づかないように威し、 ほうきを柳井の体を掃くように動かす) それ、それ、コチョコチョ攻撃だ。「ワター」、「ハッ」、「ホッ」 (と、ブルース・リーのようなかけ声をかけて、体を斜にして前後に動き、柄で威し、 ほうきで攻撃したりを繰り返す)
柳井 (ほうきで掃かれるとくすぐったいらしく、笑いながら)やめろや。変なところを掃くなって……。 (と、手でほうきを払いながら逃げる)
(次郎、つぎに太郎を同じように攻撃する)
太郎 (次郎の柄の威嚇とほうき攻撃に笑いながら逃げ回る)こら、やめろや、やめろって。 こんなの不公平だろうが。 オレは何も武器を持ってないんだから。
次郎 じゃあ、ほうきを縛り付けろや。勝負してやるから。
太郎 えらそうに言うな。
次郎 花子さん、そのほうきを貸してよ。それを太郎に縛り付けて……、ガムテープがいいと思うよ。 教卓の抽出に入ってるから。(花子、ガムテープを持ってきて、 「ベリベリ」と口に出しながら剥がす) それを腕とほうきに巻き付けて、三回くらい巻き付けたら、そう、そう。それでいい。
太郎 じゃあ、勝負するか。巌流島の闘いだ。お前は次郎だから、佐々木小次郎だな。 オレは宮本武蔵……。
次郎 いいとも、ソレッ、(とお互いに向き合い、 「ワター」、「ハッ」、「ホッ」とカンフーまがいのかけ声をかけながら、 ほうきと柄で棒術のようなチャンバラを繰り広げる)
太郎 そりゃあ、コチョコチョ攻撃だ。どうだ。
次郎 ヘタッピだな。何もこそばゆくないぞ。ワター、ハッ、これでどうだ。
(棒術のチャンバラがしばらく続いて、そのうちに二人とも息が上がり、 疲れ果てて倒れこむ。そのとき次郎の腕を縛っていたタオルがハラリとほどけて腕が自由になる。 その前から、徐々に緩めていたらしい)
花子 まあ、ほどけちゃったわね。
次郎 太郎。こうなったらオレのほうが強いぞ。ほうきの一刀流だ。燕返しを見せてやるぞ。 (と、はずれたほうきで太郎に討ちかかってゆく。ほうきを長く使えるので、コチョコチョ攻撃がやりやすくて、 太郎が劣勢に立たされる)
太郎 ひきょうなやつだな。お前はそんなことをするのか。
次郎 よく言うよ。どっちがひきょうなんだ。お前こそ、さっき、オレをバカにしたじゃないか。 さあ、掃除してみろや。さっきオレがやったみたいにな。掃除しない者はジャマだから掃きだしてしまうぞ。
(と、次郎が、ほうきで太郎を掃き出そうとする。太郎は抵抗できなくて、よろよろするのみ。)
太郎 チクショウ、だましやがったな。コラッ、このガムテープをはがせ。はがせや。
次郎 いやだよ。(と、迫ってくる太郎から逃げる)
太郎 こうなりゃあ、やけくそ攻撃だ。そりゃあ、武蔵の二刀流だ。小次郎覚悟しろ。 (太郎は、体を左右にねじるように振って、ほうきを回して次郎を攻撃する。)
次郎 オラオラオラ、それ以上近づくと、コチョコチョするぞ。 (ほうきを長く持って突くようにして、太郎が近づかないように牽制する)
太郎 (次郎の攻撃を避けようとして、バランスを失い、奴さん踊りのように斜めに トントントンとよろけた拍子に、 ほうきの柄がガラスを突いたらしい。ガシャンと音がして、扉のガラスが割れる。 この音は、効果音で出してもいいし、太郎が口で「グワチャン、プワリン」と 狂言らしくおおげさに表現してもいい)
あー、割れちゃった。……あーあ、ドジ踏んでしもたなぁ。(と嘆息する)
柳井、村田 (ドジということばに誘われて)ドジ踏んじゃった、ドジ踏んじゃった、 ドジ踏んづけちゃったら割れちゃった。(と、少し抑え気味の声でゆっくり囃したてる)
(太郎も悪のりして、体を傾けてオットットと奴さんのように踊る)
柳井、村田 ドジ踏んじゃった、……。(さらに歌い継ごうとするのを遮って)
次郎 これって踊っている場合なの。えー、ケガしてない? 大丈夫かよ?
太郎 ああ、大丈夫やって、見たらわかるやろ、ほうきの柄で突いただけやから、…… でも弁償だな、ガラス代。あーあ、……。(と、落ち込んでうなだれる) お前がほうきで突いたからや。……
次郎 弁償? ふーん、弁償か、……かもしれん。でもそこへ行くまでが、……これはたいへんなことですよ。 水木先生がどんなに怒るか、きっと校長室に連れて行かれるな、オレ、知ーらない。 太郎のせいだ、校長室は任せるから……。
太郎 コラッ、卑怯者め。お前にも半分は責任があるだろうが。 二人で巌流島やってたんだから。
(太郎と次郎が言い争っているとき、下手の揚幕から水木先生が現れ、舞台後ろから みんなの様子をうかがっているが、誰も気が付かない)
柳井 そんなことより、ガラスがこんなに散らばって危ないですよ。
(と、床のガラス片を拾い上げる)アレッ、ガラスに水木先生の顔が映ってるぞ。 (と、太郎にも見せる)
太郎 これはどうしたことだ。なんと先生の顔が……。
次郎 (ガラスを拾って覗き込んで)ヒャー、水木先生のこわい顔が……。
花子 (次郎の手元を覗き込んで)どうして映っているのかしら?
次郎 オレたち二人が掃除をさぼったり、プロレスごっこをしないように あんなに頼んでいったのに、それでも留守のことが心配でこの教室に心が残っているのかも?……
太郎 そんなことがあるものか。先生のプリクラシールでもガラスに貼ってあったんじゃないの?
(水木先生が抜き足差し足で近寄ってくる)
次郎 (手にしたガラス片を覗き込みながら)ウヮー、顔がだんだん大きくなってゆく。 ますます怒ってる。ワー、ガラスから怒りがはみだしそー、こわー。
水木先生 (突然舞台中央に仁王立ちして)あなたたち、どうしたの?(と、声をかける)
みんな ウワッ、びっくりした。
(次郎、驚いて逃げかけて、思いとどまり、そのままみんなから離れて立つ)
花子 水木先生、帰ってきたんですか?
水木先生 途中で肝心の資料を忘れていることに気づいて、引き返してきたら、この騒ぎ、…… ああ、ガラスまでわっちゃって、何てことを……、誰もケガはしてない? そう、それはよかったけど…… あれ、誰かと思ったら、 縛られているのは太郎くん?、へー、そのかっこうはどうしたの?
太郎 次郎の策略にひっかかってしまって……。
水木先生 えー、それはめずらしいこと、今日は、いつもと立場逆転なのね、 太郎くんが心を入れ替えて掃除人間になったふうに見えちゃうよ。
太郎 そうなんすよ。次郎がうるさいからね。しょうがねぇから、こうなっちゃって、…… ほうきレンジャーです。
水木先生 ほうきレンジャーね、でもそんなかっこうじゃ掃除なんかできないでしょう。 遊んでただけじゃないの、それでガラスを割ったってこと?
花子 そうです。二人でほうきの棒のチャンバラしていてガチャンって……。
水木先生 だいたいはわかったわ。要するに、みんなしてサボってたってことね。
花子 でも、最初にプロレスを仕掛けたのは太郎くんなのよね。
水木先生 プロレス? あんなにきつくいましめておいたのに、やっぱりプロレス、 あーあ、何てことを……。
そこから、ほうきの棒のチャンバラになったってことね。まあまあ、それはそれはおもしろかったでしょう。
太郎 チャンバラに誘ったのは次郎なのになー。
柳井 そうすよ。こいつがほうきで攻撃してくるから……。
村田 チャンバラのふざけあいになってちゃって……。
次郎 ちがうよ、ちがうって……、そんなんじゃないんだって……、ふざけてなんかないし、 策略もしてないし……、チャンバラ攻撃なんかぜんぜんおもしろくないし、……わかってくれよ。
(次郎は、みんなと離れたところから水木先生に向かって叫ぶように訴える)
水木先生 そうよね、次郎くんにしたら、そのまえにプロレスごっこがあるんだから、 チャンバラは二人の責任とは言えないかもね。 でもまあ、そのことは後から訊くとして、とにかく、二人にガラスをかたづけてもらいましょう。 他のみなさんは危ないから廊下の掃除……。
さあ、かなばさみとちり取りと新聞紙を持ってきて、ガラスを片づけるのよ。
さあ、さあ、太郎くん、次郎くん、片づけ、ガラスの片づけ、それから掃除、さぼらせないわよ、コラッ、 待てぇー……。
(水木先生、二人を下手の揚幕に追い込む。他の生徒も後に続く)
                            【幕】

追補
この脚本を使われる場合は、必ず前もって作者(浅田洋)(yotaro@opal.plala.or.jp)まで ご連絡ください。



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