脚本「風船爆弾」  一幕三場
−銃後の戦争−
                      2014.12.18

【登場人物】
ナレーター
小学生  太郎、二郎、三郎、花子、桜子
女学校生 鈴江、松子
中学生  輝夫、隆
久保伍長
宮沢賢治先生
風野又三郎
黒子 2名

【あらすじ】
戦争末期に作られた風船爆弾の話です。
小学生や中学生、女学校生を動員して、風船爆弾が作られています。 爆弾を積む巨大な風船は、和紙をこんにゃく糊で貼り合わせたものです。 それに水素を詰めて空高く揚げて偏西風にのせ、アメリカまで飛ばして爆発させようというのです。
自らこんにゃくの糊作りを志願した太郎は、休憩時間に風船の作業場に忍び込みます。 太郎は、風船の籠に潜んでアメリカまで飛んでいって、 爆弾を落とそうとひそかにたくらんでいて、そのために風船の実物を探りに来たのです。 ところが警戒していた兵隊さんに見つかってしまいます。
反省のために閉じ込められた作業場に、隙間風とともに現れたのが風の精である風野又三郎です。 彼は、太郎に代わって風船爆弾をアメリカに誘導して、戦果を見届けてやろうと約束します。
さて、そこから物語りはどんなふうに展開してゆくのでしょうか。
続きは見てのお楽しみ。

【では、はじまりはじまり】
ナレーター  「2014年に日本の和紙がユネスコの無形文化遺産に登録されました。知っていますか? 和食も登録されているし、和紙も登録されて喜ばしいことです。でも、和紙には悲しい歴史もあるのです。今から七十年以上も前のことです。太平洋戦争の終わりの頃です。日本は飛行機もない、戦艦もしずめられて少なくなっていました。そこで、考えられたのが風船爆弾です。和紙を張り合わせて大きな紙風船を作って、そこに水素をつめます。水素は軽いですから、浮き上がります。その風船に爆弾をつんで空に飛ばすと、上空の風の流れに乗ってアメリカまで飛んでゆきます。そこで爆発させようというのです。
今日の劇は、その風船爆弾の話です。……おっといけない。(と唇に指をあてて秘密のしぐさをする) 劇をはじめる前に、知っておいてほしいことがあります。じつは風船爆弾は、軍の秘密兵器なのです。 だから、風船爆弾と言わないで、『ふ号兵器』と暗号で呼ばれています。(と、『ふ号兵器』と 書かれたカードを示す)アメリカのスパイに聞かれたら困りますからね。 もっとも、この『ふ号』の『ふ』(と『ふ』を指差す)は、 風船の『ふ』でしょうから見え見えですけどね。
まあ、ということで、今日の劇は『ふ号兵器』の話、となります。
では、はじまりはじまり」

【一場】
(中学校の軒下。
三郎が、大きなおろしがねでバケツの中にこんにゃく芋をすり下ろしている。 太郎と二郎は手持ちぶさたで、うろうろしたり、バケツを覗き込んだり。
傍らにこんにゃく芋を入れた籠が置かれている)
太郎 「おー、さむい。今日は特別に寒いな」
三郎 「こんな風ビュービューの校舎の軒下で、冷えたこんにゃく芋をおろしてるん やから、寒いのはどうしようもないよ」
太郎 「あの兵隊さんは、そんなことおかまいなしや」
二郎 「そりゃあ、自分たちから風船爆弾手伝わせてください、言うたんやから、 しょうがないですよ」
太郎 「バケツにいっぱいすりおろせ、って命令やからまだまだや」
(と、バケツをのぞきこむ)
二郎 (空を見上げて)「風がきついね。凧揚げにはもってこいの日ぃや」
三郎 「空襲があるかもしれんのに凧揚げする気になるか」
二郎 「こんな田舎にB29も来ないから大丈夫。なあ、太郎」
太郎 「そうそう、この前もやったもんな」
三郎 「たまに空襲の帰りに爆弾を捨てていくB29が来るやろう。凧揚げなんかしてたら、 機銃掃射でダダ、ダダって撃ち殺されるよ」
太郎 「大丈夫、溝の中に跳びこんだら飛行機からは見えない、 兄ちゃんがそう言うとった……」
三郎 「太郎の兄ちゃんは飛行機乗りやからな」
(風の音がヒューと聞こえる)
太郎 「この風、凧揚げにはちょっときつすぎるかな…… そういえば、この前凧揚げをしていたとき、風野又三郎に いたずらされたで。二郎は信じてくれんけどな」
二郎 「風野又三郎なんて、いないやろうが」
太郎 「いや、それがいるんやって、……凧があがって、 しばらくすると静かに揚がってた凧が急にくるっと回るんや。あれっ、おかしいなと思ってたら、 またくるっと回る。そこで、オレは気がついたんや、風野又三郎のやつが来たって、 それしか考えられへん、あいつが見えない手で凧をくるっとまわしよるんや。 すると凧はくるっと一回転して、ひょろひょろっとしよる。それが切りないねん。 何回でもいたずらしよる、こまったやつや」
二郎 「風野又三郎が見えたのか?」
太郎 「いや、はっきりとは見えへんけど、何か凧に近づいたような気がした。 そうやないと凧が回るはずない。じっとしている凧にあんないたずらをするのは 又三郎に決まっとる」
二郎 「ふーん、そうかもしれんね」
三郎 「こんにゃくをすりおろしてると、手が冷たいよな。しびれてきた」
太郎 「花子ってなんにも知らんよな。こんにゃく芋を知らなんだ」
二郎 「こんにゃくがこんな芋からできるかってふしぎな顔しとったな」
三郎 「だから、食べるこんにゃくをのりに使うなんて想像も出来んかったやろう」
(花子と桜子がやってくる)
花子 「あなたたち、今、私たちの悪口を言ってたでしょう」
太郎 「そんなん言ってないよ」
桜子 「嘘よ、顔に書いてある」
(太郎、ふざけて手で顔に触る)
花子 「ふざけて隠そうとしてもダメ、そうなんでしょう」
太郎 「こんにゃく芋を知らんかったって言っただけです」
花子 「やっぱり、でも知らなかったのは本当だけど」
桜子 「そんなの都会から疎開してきた花子が知ってるわけないでしょう」
二郎 「糊になるっていうのも知らんかったし」
花子 「当たり前よ。こんにゃく芋を知らなかったんだから」
三郎 「風船爆弾の和紙をその糊で貼り合わせるってことも知らんかったし、 こんにゃく糊で貼り合わせた和紙は水に強いということも知らんかったし……」
桜子 「こんにゃく芋をしらないんだから、あたりまえよ」
花子 「そんなことより、何か手伝うことある? 私たちにも何かやらせてよ」
太郎 「こんにゃく芋を摩り下ろすのはもうおわったから、もうすることないよ」
桜子 「まあ、いじわるね」
二郎 「いじわるなんかじゃないです。事実です」
(そこに女学生たちが舞台袖に現れて話し始める)
鈴江 「和紙の張り合わせもだいぶん進んだわね。もうすこしで大きな風船になるわよ」
松子 「はじめてだけど、思ったよりうまくいってると思う。設計図通り作っているだけだけど、……できあがったらどれくらいの大きさになるのかな?」
鈴江 「大きいでしょうね。想像できないわ」
松子 「でも、あの柔道場を借りてるってことは、あそこに入る大きさであることは確かね」
鈴江 「楽しみだな。空気を吹き込んで大きなのが膨らんだら、中に入ってみたいわ」
松子 「私も鈴江さんとおんなじことを考えてた。でも、貼りあわせができているか調べないといけないから、どうせ中には入れるわよ。いやになるくらい」
鈴江 「中学生の輝夫さんや隆さんが散髪屋さんから壊れた扇風機をもらってきて 修理をしてるんですって。今は、軍需生産優先で扇風機は作ってないでしょう。だからぽんこつのを もらってきて、廃物利用だって……。こないだ松子さんが言ってた輝夫さんよ。……」
松子 「あの堀口輝夫さんよね。きりっとした」
鈴江 「そうそうあの人よ、それで空気をいれて膨らませるらしいわ。はじめっから水素を入れるわけにもいかないらしいのね」
松子 「もったいないからでしょう。空気をいれて、もれてないってわかったら、次に暖かい空気を入れてまっすぐに膨らませてみるって、兵隊さんがおっしゃってたわ、熱気球みたいに浮かせてみるって……」
太郎 「丸い風船ってどんなふうに作るの?」
(と、離れたところにいる二人に声をかける。鈴江と松子はそこではじめて、 太郎たちに気がつく)
鈴江 「ああ、あんたたち、そんなところにいたの。ごくろうさま。 こんにゃく芋のすり下ろし?」
二郎 「はい、そうです」
松子 「あなたたちの作ったのりはよく出来ているって、みんながほめてたわよ」
二郎 「ありがとうございます」
三郎 「がんばります」
太郎 「風船爆弾の風船って丸いでしょう。丸い風船って和紙をどんなふうに貼り合わせて作るんですか?」
鈴江 「ああ、そのことね。みたことないでしょう。軍事秘密だからね。あの柔道場に小学生は、入れないからね。」
太郎 「兵隊さんに頼んでも、見せてもらえないんです」
松子 「あなたたちも協力者だからね、知っといてもいいわね。風船を作るには、まず和紙を張り合わせるの、和紙を張り合わせて、設計図の寸法でこんなふうな大きな舟みたいな形を作るの」
鈴江 「その船の形をいくつも張り合わせると、こんなふうなギザギザの形になるでしょう」
太郎 「よくわからない」
鈴江 「地球儀を作るときのことを考えてみて、地球儀は丸いでしょう、紙をどんなふうに貼り付けるか知ってる」
太郎 「いえ、知りません。考えたこともありません」
鈴江 「じゃあ、いいわ。ちょっとあなたたち、社会科の資料室に行って持ってきて」
(と舞台袖に声をかけると、「はーい」という返事が返ってくる。しばらくすると、 黒子が二人、舟型多円錐図法の世界地図をもって現れる)
鈴江 「はい、ありがとうね。君たち、はじめてでしょうけど、 これが丸いボールに貼り付ける地図。これは船みたいな形をしているでしょう。 それが赤道のところで横につながっているの。こうして、赤道を丸めて、 この上のとがったところを集めてはりあわせると丸くなるでしょう」
(と実際にやってみる)
太郎 「あっ、丸くなるね。そうか、それでまあるい地球儀ができるんだ」
松子 「それと同じ、大きい舟の形に和紙を貼り合わせてゆくの、それを横につなげて、 先っぽを集めてまあるく貼り合わせると、はい、風船のできあがり」
太郎 「なーるほど、そんなふうに作るのか」
二郎 「その風船に水素を詰めて、アメリカまで飛ばすんですね」
松子 「そうよ。わかった」
三郎 「途中で和紙が破けたりしないのかな」
鈴江 「和紙はね、思っている以上に丈夫なんですって」
太郎 (立って地図のところに行って) 「アメリカは、ここか(と、舟型多円錐図法の地図の上のアメリカを指す)日本はここだから地球の裏表みたいなものか、遠いよな」
鈴江 「風船爆弾は、そこを飛んでいくのよ。ちょっと、そのこんにゃく芋のちびたのを 貸してちょうだい。(と、こんにゃく芋を風船に見立てて説明する)日本から飛ばされるでしょう。 空にあがってあがって、高くにいくと偏西風っていう風が吹いているの、ものすごい速さなのよ。 二、三日でアメリカに着くらしいの。(と、地図の上をこんにゃく芋が飛んでいく様子を示す)、 そして、そこで低いところに下りていって爆発するのよ」
太郎 「ふーん、そうなのか」
(日本は赤く塗られている)
二郎 「この赤いのが日本やろう、地球儀で見ると日本はこんなにちっさいのか」
三郎 「アメリカはでっかいよな」
太郎 「日本はいま、こんなでっかい国と戦争をしているってことか」
三郎 「勝てるわけないよな」
二郎 「弱音をはくなよ、人に聞かれたら捕まってしまうよ」
花子 「みんな、一億玉砕って叫んでるわよ」
桜子 「アメリカさんが上陸してきたら、竹やりで突き刺したり、爆弾を持って戦車の下に飛び込めって先生が言ってたよ」
鈴江 「私たちは私たちの任務を遂行するだけよ。余計なことは考えないようにしているの、私たちに与えられている任務は、和紙をこんにゃく糊で張り合わせて風船爆弾をつくること、さあ、お昼からもがんばってやりましょう」
松子 「そうよね。がんばりましょう」
三郎 「スイトンの雑炊しか食ってないので力がでないよ」
桜子 「じゃあ、こんにゃく芋でも食べたら」
三郎 「えこんなのえぐみがあって、たべられないよ」
花子 「じゃあ、文句を言わないでさっさと仕事しなさい」
鈴江 「あなたたち小学生の癖に、私たちの風船つくりを手伝いたいって志願したんでしょう。だったら一生懸命にやらなくっちゃあ」
(鈴江は太郎にこんにゃく芋を渡して、松子とともに舞台袖に去る。黒子はそのまま)
太郎 「ふうん、こんなふうに日本から飛び立って、(と、鈴江と同じようにこんにゃく芋で 風船爆弾の飛ぶさまを示す)アメリカに着いたら、高度を下げて、そして……」
(爆発音が「バン」と入って、暗転)

【二場】(大きな柔道場。
紙風船の大きい吹き込み口を表す竹の輪が舞台の中央に置かれている。かろうじて人が潜れる 大きさで黒子が二人で支えている。紙風船が膨らんでゆく様子は、スポットライトの白い丸を 舞台袖から壁面に映して、それを大きくして見せるという形もあるが、 輪っかだけで象徴するというやり方でもよい。
少し離れて、風船の下にぶらさげる籠のようなものが置いてある。人が入れるくらいの大きさの 段ボール箱に色付けした籠で、輪っかと数本の紐でつながっている。扇風機は舞台袖に。)
鈴江 「やっとできたわね」
松子 「うまく貼れてるかしら」
輝夫 「あながあいてたら大変だ。貴重な水素がもれたら国家の損害だからね。ぼくたちが 修理した扇風機で空気を入れて試してみようか」
(隆、扇風機を持ってきて、風船の吹き出し口に向けて置く)
輝夫 「じゃあ、いちど膨らませてみよう」
 「回るかな? 回ってくれよ」
(と、スイッチを入れると、扇風機が回り始める)
輝夫 「やったぜ、回った回った」
 「回らんかったらどうしよう思ったわ」
久保伍長 「お前たちもぼんやり突っ立ってないで、このうちわで風を送るんだ。それ、わっしょい、わっしょい」
(みんなでわっしょい、わっしょいの掛け声で空気を送り込む。 舞台袖から壁面に映されたスポットライトの丸が徐々に大きくなってゆく)
輝夫 「賢治先生、膨らみました」
賢治先生 「ああ、膨らんだ、膨らんだ、扇風機の向きを考えて、そうそうもっと右、 うちわ組みは、もっと扇いで、扇いで それ、わっしょい、わっしょ。」
輝夫 「やった、だんだんふくれてきたぞ。折りたたんだ風船がやっと風船らしくなって きたぞ」
久保伍長 「ようし、やめー、かなり膨らんだな。漏れがないか点検するだけだから、 これぐらいで十分だ。しかし、すぐしぼむから、扇風機はそのままでな」
鈴江 「ふくらんだけとはふくらんだけど、……伍長さん、 ちょっと形がいびつじゃないですか」
松子 「そういえば、そうね。まだ中途半端な膨らみ方だけど、 そのせいではなくて、なんかいびつなような……」
 「何か、ヒュルヒュルという音、聞こえないか?」
久保伍長 「ワシには聞こえんが、ちょっと扇風機を切ってくれ」
輝夫 「あー聞こえる、聞こえる、何かな」
松子 「紙のすれる音じゃないの?」
輝夫 「ちがうよ。空気がもれている音じゃないかな」
 「すぐにしぼんできたような気がしてたんだけど、ほんとだ。もれてるんだよ」
鈴江 「どこかしら」
(と、輪っかから入って風船を調べている様子。松子も寄って行って二人で調べる)
鈴江 「ここだわ、松子、音を聞いてみて」
松子 「ほんとう、空気がもれてるみたい」
久保伍長 「じゃあ、とりあえず、そこに補強の紙を貼り付けといてくれ。あとで、重ね貼りするから」
鈴江 「印をつけときました」
久保伍長 「ごくろうさん、やっと完成したな。じゃあ、少し休憩して、あとで、もう一度 全体を点検してみよう」
(みんなが話しながら休憩に行く。ガラガラと扉の閉まる音。 しばらくすると小さく扉の音がして、太郎が周りを警戒しながら忍び込んでくる)
太郎 「中学校にはこんな大きな柔道場があるんだ、ここが秘密工場ということか、…… そうして、うわーどでかいな、これが風船爆弾か、 しぼんでいるけど膨らませたあとがあるぞ、これはもうほとんどできてるんだ。 ふーん、ここに綱があって、そうすると、 これが風船につける籠か、そんなに大きくないな。軽く作ってるんだ。でも、これなら乗れそうだな。 (と、籠に乗り込んでうずくまる)忍び込んで、この籠に乗り込めたら、 アメリカまでひとっ飛びだ。 そこで、爆弾を落としてやるんだ。兄さんと同じ、風船爆弾の神風特別攻撃隊」
(太郎がそんなふうつぶやきながら立ち上がり、籠から出ようとしたとき、 ガラガラと扉の音がして、先ほどの伍長がもどってきた気配。太郎はあわてて、 ふたたび籠の中に隠れる)
久保伍長 「鍵をかけるのを忘れたのに気づいてもどってきたら、 あんのじょうだ、扉が少しあいていて、……さっき、人影が動いたような気がしたが……」
(と、そこらあたりを探す。風船爆弾の籠を覗き込んで、太郎を見つける)
久保伍長 「お前はなんだ。出てきなさい。山崎太郎じゃないか、貴様、 なんでこんなところにいる。ここは軍事機密のふ号兵器を作っているところで、 立入禁止は知っとるはずだ。 それが、なぜ、ここに忍び込んだ。どうしてこんなことをした。正直に言いなさい」
太郎 「ぼくの兄さんは特攻に志願しました。ぼくも兄さんみたいに行きたいんです。 この風船爆弾の籠に乗っていったらアメリカまで飛んでいけるでしょう。 そこで、爆弾を落とすんだ。紙風船の特別攻撃隊です」(と、伍長に敬礼をする)
久保伍長 「それで、風船爆弾の様子を探りにきたのか。ばかなやつだ。 風船に人を乗せられるか、この馬鹿たれが」
(と、太郎を殴りつける)
久保伍長 「お前が忍び込んで乗ったら、せっかく女学校や中学の生徒が苦労して作った風船爆弾がだいなしになってしまうんだぞ。そんなこともわからんのか」
(と、もう一度殴る)
久保伍長 「特攻隊に志願した兄貴の面汚しだな。鍵を掛けてゆくからな、ここでしばらく反省しとれ」
(と、久保伍長が去る。太郎は、袖で切れた唇の血をふきとる)
太郎 「あんなに殴らんでもいいのに……何か軍事秘密だい、ちくしょう」
(と籠をける。そこに風が吹き込んでくる)
太郎 「この柔道場は隙間風が吹き込んでくるのか、おー、さむー」
(風音がして、風野又三郎が歌を歌い、くるくると回りながら現れる。衣装は、よれよれの帽子、 被れた布をマントのように羽織っている)
風野又三郎 「どーどーどどどどどー、どーどーどどどどどー、(「どーどー」と口ずさみながら歩を進め、「どどどどどー」で体を回転させる、といった振り付けで登場)おら、 かぜのーーー(この台詞はあまり聞き取れない)」
太郎 「うわー、びっくりした。兵隊さんは扉の鍵をかけとくって言ってたから、 だれもいないと思ってたら、お前、どこから入ってきたんだ」
風野又三郎 「おら、そこの窓の隙間から入ってきたんだ」
太郎 「隙間から、……ふーん、隙間風みたいだなやつだな」
風野又三郎 「だから、風野又三郎っていっただろう」
太郎 「えっ、ほんとうに風なの? 風野又三郎さん?」
風野又三郎 「そうだよ。風だよ、風の精」
太郎 「この前、ぼくが凧を揚げていたとき、くるっとひっくりかえしたのはお前だろう」
風野又三郎 「おや、気づいていたのか、そのとおり、ちょっとからかってやったのさ」
太郎 「それで、どうして、又三郎さんが、この柔道場に入ってきたの?」
風野又三郎 「風船爆弾というのはいかなるものか、調べにきたのさ、風を爆弾に使うとはどういうしかけなのか知りたくてね。これが風船爆弾か、なるほど和紙をこんにゃく糊で貼り合わせて、 これに爆弾を積んで、風に運ばせるということか、おそろしいことを考えよった」
(と、風船を覗き込んだり、さわったりしている)
風野又三郎 「それで、お前はなぜ殴られたり、こんなところに閉じ込められたりしているんだ」
太郎 「オレは、兄貴が特攻隊に志願してるんだ。オレもこの風船爆弾に乗ってアメリカに行って、爆弾を落としてやろうと思った。でも、久保伍長さんに見つかって殴られた」
風野又三郎 「それは、それは残念だったな。せっかく乗れるかどうか調べにきたのにな」
太郎 「でも、もう目をつけられたからできなくなってしまった」
風野又三郎 「札付きになったからな。もぐりこむことはできなくなった。どうだ、オレがお前のかわりにこの風船爆弾をアメリカまで運んでいって、どうなるか見届けてやろうか」
太郎 「ほんとうにそんなことできるの? 」
風野又三郎 「それはできるだろうさ、オレは風の精の風野又三郎なんだから」
太郎 「じゃあ、アメリカで爆発させることはできるの?」
風野又三郎 「いや、それは無理だ。オレは風だからな。スイッチは押せない」
太郎 「じゃあ、見届けるだけ、それでもいいからお願いします」
風野又三郎 「引き受けた、また報告にくるから、早まってばかなことをするんじゃないぞ。 (と、去ろうとして、ふと思いついたふうに)そうだ。この籠にお前の名前を 書いておいたらどうだ。風船爆弾太郎号になるぞ」
太郎 「そうだね。(と、近くの机から筆をとって、籠の底に書く)オレの代わりに アメリカまで飛んでいけ」(と、籠を撫でる)
風野又三郎 「大丈夫だ。私がついてるから……じゃあ、またな」
(風音がして、又三郎はくるくると回転しながら舞台袖に消える)
太郎 「たのむぞ、又三郎」
(太郎が、又三郎を見送っていると、突然、ウーウーウーとサイレンが響き、「空襲警報、空襲警報」という放送が入る)
太郎 「えー、空襲警報、こんなときに……」
(と、どうしようかうろたえているところに久保伍長が駆け込んでくる)
久保伍長 「山崎太郎、こっちだ、逃げるんだ、いっしょに来い」
(と、太郎の手を引いて舞台袖に駆け込む)
(サイレンと「空襲警報」の放送がしばらく続いて、暗転)

【三場】
(太郎、二郎、三郎の三人が、一幕とおなじ中学校舎の軒下、こんにゃく芋をすり下ろしている。 女の子二人は脇で綾取り遊びをしている。蝉の鳴き声が聞こえる)
三郎 「おー、暑いな」
二郎 「こんにゃくおろしは、汗が垂れてくるぜ。ゆがいたものでもけっこうかたいよ」
三郎 「3年ものを掘り出してきたからな。 ……代わろうか?」
二郎 「じゃあ、お願い」
三郎 「おい、お前たち、代わろうとは思わないのか?」
花子 「いやなこった」
桜子 「私たちは、綾取り中ですからね」
三郎 「ちぇっ、いつも勝手なやつらだ」
(風の音がヒューヒューと聞こえる)
二郎 「今日は、こんなにいい天気だけど、どうしてか風の音がする……」
三郎 「台風でも近づいているんじゃないの」
二郎 「ぜんぜんそんな感じしないけどね」
花子 「戦争がはじまってから、天気予報まで軍事機密だって、ラジオでも言わなくなった でしょう。……ほんと台風が来ていても分からないから、こまるのよね」 太郎 「きっと空の上に風があるんだ、……、なんだか凧揚げがしたくなってきたな、 こんな日は凧が風のある高さまで届いたら、そこからはぐんぐん揚がるよ」
桜子 「夏に凧揚げ? そんなことしてたら、太郎は気がふれたと思われるよ」
太郎 「そうだ、凧爆弾というのはどうかな?」
花子 「何? その凧爆弾って……」
太郎 「凧をな、思いっきり揚げて、そこで紐を切って、 風に乗せてアメリカまで爆弾を飛ばすってことはできないのかな?」
三郎 「凧の爆弾ね、でも、それはちょっとむりじゃないかな」
二郎 「凧はすぐに落ちてくるからね」
太郎 「風野又三郎に思いっきりあおってもらってもむりかな」
二郎 「えっ、風野又三郎? 何それ?」
三郎 「ずっと前に、凧にいたずらをされたって言ってた……」
太郎 「そうそう、そいつ……もう、半年もたつのになんとも言ってこない。 約束したのに、……あの柔道場での話は夢だったのかな……」
(風音がヒューとして、舞台袖からくるくると風野又三郎が登場)
風野又三郎 「どど、どどどどど、どど、どどどどど、誰かオレの名前を呼んだか?」
太郎 「ああ、又三郎、来てくれたんだ。今、又三郎さんの話をしていたところ」
風野又三郎 「おー、それはよかった。今、アメリカから帰ってきたところだ」
三郎 「おどろいた。こいつが風野又三郎か、……おれ、はじめて見たよ」
二郎 「オレもはじめて」
三郎 「はじめまして、だな」
風野又三郎 「こちらこそ、どど、どどどどど、(どどどどどのリズムで)よろしくな」
三郎 「それで、太郎は前から風野又三郎と知り合いなのか?」
太郎 「半年くらい前、知り合いになったばかり、……それで、風船爆弾はどうなったの?」
風野又三郎 「ああ、あの風船爆弾9221号、太郎号ね、 なかなか飛ばしてもらえなかったな。 日本のあちこちで作ってるからね。倉庫の中で順番待ち。半年待って、 十日前くらいにやっと出撃命令が出ましたよ。 千葉の海岸から飛ばされたのを、私は、ちゃんと追いかけていきましたよ。 風船はどんどん空に上っていって、やがて高度一万メートルで偏西風に乗りました。すごい速さだ。見下ろすと一面太平洋の大海原が広がっている。 そして飛んだ飛んだ。小さな島を見かける以外は、まったく海ばかりの太平洋を二日間で渡り切った。 風船爆弾は強いよ。途中で強い風に引き裂かれそうになっても破れない。 雨にぬれてもこんにゃく紙はなんともない、 ふわふわと高度が下がりそうになるとおもりを落として浮上して、すごい速さでアメリカまでたどり着いた。ロサンゼルスのあたりじゃないかな。半島が見えていたからね。 オレの誘導もたいしたもんだよ」
太郎 「それでどうなったの? 爆発したの?」
風野又三郎 「えっ? ああ爆弾ね、もちろんりっぱに爆発したよ」
二郎 「ふーん、ちゃんと爆発したのか? はじめて聞いたときはたよりない話しだと思ったけど、やっぱり軍人さんの言うことは本当だったんだ。ちゃんと計算されていたんだね」
風野又三郎 「オレが爆発させたわけではないよ。爆弾のスイッチは押せないからね。 オレは風だから誘導しただけだ。見下ろすとロサンゼルス近くの田舎の景色だ。風船はそのあたりに ふらふらと下りていった。風船にそんな仕掛けがしてあるんだ。 高度がだんだん低くなってきたところで、犬が見つけて吠えて追いかけてきた。 一人暮らしのおばあさんの犬でね、白いコリーだ。家の芝生から吠え続けて、 ちかくの公園まで追っかけてきた。風船はますます低くなって、 公園の上で送電線にひっかかった。その瞬間スイッチが入って、風船爆弾が爆発した。 犬のちょうど上でね。犬はふっとばされて地面に打ち付けられて、動かなくなった」
太郎 「えー、犬の上で爆発したの?」
風野又三郎 「そうだ、犬は動かなくなった。即死だな」
花子 「えー、死んだの?」
風野又三郎 「ああ、君たちが作ったあの風船爆弾9221号の むこうの損害は犬一匹だった」
太郎 「その犬、死んでしまったのか……、(と、ショックを受けた様子) それで、そのおばあさんはどうしたの?」
風野又三郎 「さあ、わからないね、すぐに引き返してきたからね」
桜子 「どんなおばあさんなのかしら?」
風野又三郎 「風の仲間に聞いたところでは、息子はアメリカ海軍の戦艦に乗っていたんだけれど、一年くらい前に太平洋でなくなったんだそうだ。おばあさんは落ち込んでしまって、犬だけを相手にひっそりと暮らしていたらしい」
太郎 「これからどうして暮らしていくんだろう」
風野又三郎 「さあ、わからないね。話し相手もいなくなってしまったからね」
二郎 「沢木さんのおばさんとことおんなじだ、あのおばさんも息子をどこかの海戦でなくしたんだって。その知らせがきたとき、みんなの前では、名誉の戦死とか言われてばんざいしていたけど、あとで、しょんぼりしてたよ」
三郎 「家では泣いてたって聞いたよ」
桜子 「お骨も帰ってこなかったんでしょう……」
(女の子 泣く。そこに賢治先生が登場するが、泣いているのには気がつかない様子で)
賢治先生 「さあ、みんな今日は、お昼に天皇陛下の放送があるから、集まりなさい」
(女学生や中学生も集まってくる)
輝夫 「賢治先生、いったいどんな話なんですか?」
賢治先生 「それは私にもわからないな」
 「みんなでがんばって本土決戦を続けようということかな」
輝夫 「アメリカさんが上陸してきたら、竹やりで突くの」
 「そうじゃないかな」
花子 「私は、もう家に帰りたい」
太郎 「なさけないことを言うなよ、兵隊さんに聞かれたらどえらいめにあわされるぞ」
賢治先生 「やあ、又三郎君もいたのか? 君も放送を聞いていったら」
風野又三郎 「はい、オレもどういう放送か、いっしょに聞かせてもらいます。
オレは、あの風船爆弾をアメリカまで導いていって爆発させてから、 何だか心が重たくてしかたがないんです。結局犬を殺しただけだけれど、 おばあさんもまきこんでしまった。風で風船爆弾を飛ばしていってよかったのかどうか、ずっと考えているんです」
鈴江 「私もそう、和紙を張り合わせて紙風船を作ったけど、あの爆弾で人が死んだり、動物が即死したなんて聞くと気が重いの」
輝夫 「そんなのくよくよすることなんてないよ。アメリカさんも空襲でいっぱい人を殺しているし、沖縄でもそうだ、……そんなことでおじけづくなんておかしいぞ」
太郎 「そうだよ、あいつらも人殺しだよ」(と、強がりを言う)
 「だから戦争なんだ、戦争なんだよ、今は……」
松子 「そろそろ天皇陛下の放送がはじまるわよ」
久保伍長 (舞台袖から現れて、号令をかける)「ラジオの方を向いて、気をつけ」
(一同気をつけの姿勢をとる。玉音放送(一部)が流れ、終わる)
太郎  「オレ、なんのことやら、さっぱりわからんかった」
花子  「賢治先生、教えてください」
賢治先生  「戦争が終わったんだ」
太郎 「それって、戦争に負けたってことですよね」
賢治先生 「そのようだね。天皇陛下がね、こう言われたんだ。
  戦争でたくさんの人たちがなくなり、また
  残虐な爆弾でたくさんの罪もない人々が殺された。
  このままでは日本が滅んでしまう。
  戦いで死んだ人や遺族のことを思えば心が張り裂ける。
  これからも苦しみはたいへんだろうが、耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び、   敗戦を受け容れよう」
桜子 「じゃあ、もう、空襲もないということかしら?」
花子 「電気も点けられる? 学童疎開もこれでおわり? 私たちも家に帰れるのかしら……」
賢治先生 「そういうことだ」
太郎 「兄さんも帰ってくるかな」
賢治先生 「帰ってこられるだろうね」
風野又三郎 「残虐な爆弾というのは、アメリカが広島や長崎に落とした新型爆弾のことだな」
輝夫 「もう、新型爆弾が落ちることもないんですね」
賢治先生 「そうだよ。空襲もないし、新型爆弾も落ちてこない。 生まれてから君たちが一度も経験したことのない平和な生活がはじまるんだ」
一同(歌う)(ジョン・レノン「イマジン」のメロディで)

  想いみてごらん
  いくさもなく
  国のために
  死ぬこともない
  誰もがいきいきと今を生きてる
  夢ではなく
  ぼくらの道に
  あなたが寄り添うなら
  世界がひとつに

  想いみてごらん
  いじめもなく
  したいことを
  あきらめないで
  誰もがいきいきと今を生きてる
  夢ではなく
  ぼくらの道に
  あなたが寄り添うなら
  世界がひとつに

太郎 私たちの劇をご覧いただきありがとうございました。

                   【幕】


追補1、太平洋戦争で風船爆弾が作られたことは事実ですが、作られた時期、作る方法に、 一部事実と異なるところがこの劇にはあります。脚色上そんなふうにせざるをえなかったということで、 ご了承いただきたいと思います。
風船爆弾がどのように作られたのかは、朝日新聞(2015.2.17)「声 語りつく戦争」欄への牛込やす子さんの投書が参考になります。
「風船爆弾の和紙をこすった」主婦 牛込やす子(群馬県 85)
「埼玉県小川町と東秩父村の『細川紙』などが『和紙 日本の手漉(てすき)和紙技術』として、 ユネスコの無形文化遺産に登録された。私たちの青春を捧げた和紙が文化遺産になるとは考えも しかなった。
戦時中、私たちは学徒動員で『風船爆弾』にする和紙を貼り合わせる作業に明け暮れた。外は 上州名物のからっ風が吹きすさび、火の気のない体育館は寒かった。こんにゃくのりを 使って、約1メートル四方の和紙を数枚貼り合わせる。手のひらの筋が消えるくらい和紙を こすり続けた。
勉学などは遠くに飛び去っていた。着るものも食料もない。『ほしがしません。勝つまでは』 を合言葉に、言われるままに働いた。風船爆弾づくりの一環と知ったのは後のことだ。
昨年、風船爆弾に使う和紙が作られた小川町を、同級生15人で訪ねた。町立図書館で資料を見た。 貼りあわせた和紙は東京の劇場などに運ばれ、水素ガスで膨らませて巨大な紙製の気球が作られた。 爆弾をつり下げて米本土に向けて飛ばしたそうだ。」

追補2
この脚本を使われる場合は、必ず前もって作者(浅田洋)(yotaro@opal.plala.or.jp)まで ご連絡ください。



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