四人芝居「銀河鉄道いじめぼうし協会」
(一幕五場)
−中・高生を対象に、いじめについて考える劇−
          2012.7.26

【登場人物】
ジョバンニ いじめられている生徒
カンパネルラ ジョバンニの親友
ザネリ いじめている生徒
賢治先生 銀河鉄道の車掌
主要な登場人物はこの四人です。その他には、
生徒たち 黒子の衣装で数人、一箇所しか台詞はありません。
先生の声 男の先生でも女の先生でもかまいません。声だけの出演。

【まえがき】
この劇は、中学生(あるいは高校生)を想定した、いじめ防止を訴えるための脚本です。
文学性よりもいじめを考える材料を提供したいという思いで書いたものです。
ジョバンニは、ザネリにいじめられています。プロレスごっこと言って技をかけられて、クサイ、キモイと 言われています。もう死んでしまいたいと思い詰めたとき、ふと、先日駅前で配られていた、いのちの電話の チラシを見つけます。そこにあったメルアドにメールを送ります。すると、ぼうしの入った箱が宅配されて きたのです。持ってきたのは、宮沢賢治を名乗る宅配業者です。
さて、これから物語はどういうふうに展開していくのでしょうか。ジョバンニのいじめはなくなるのでしょうか。 あとは、観てのおたのしみ。

【では、はじまりはじまり】
ナレーター 「これから、『銀河鉄道いじめぼうし協会』という劇を上演します。
みなさんは、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』という童話を読んだことがありますか。ジョバンニという少年が 主人公で、親友のカンパネルラと銀河鉄道の旅をするという物語です。
ザネリといういじめっこも出てきます。
この旅、一見すると宇宙旅行のようですが、 実は、星祭りの夜、水に落ちたザネリを助けるために河に飛び込んで亡くなったカンパネルラを、 天国に送り届ける旅なのです。まだ読んでいない方はぜひ読んでください。
さて、これからはじまる劇『銀河鉄道いじめぼうし協会』にもこれらの人物が登場します。 作者の宮沢賢治も賢治先生として登場します。
それでは、出演者を紹介しましょう。
まず、主人公のジョバンニです(ジョバンニ登場)。彼は、ザネリにいじめられています。 どうしてなのか、理由ははっきりとはわかりません。ただ、クラスの中で いつも彼だけがいじめられるのです。
つぎに親友のカンパネルラ(カンパネルラ登場)。彼のセリフは少ないですが、大切な人物です。
三人目がザネリ(ザネリ登場)。先ほどから言っているように、彼がジョバンニをいじめている張本人です。 そんなふうに見えませんか? いじめっこほど見かけによらないものはありませんからね。
そして、宮沢賢治、彼は賢治先生と呼ばれていますし、また銀河鉄道の車掌でもあります。なぞの人物です。
他に黒子の衣装をつけた生徒たちと先生の声が登場しますが、これは紹介するまでもないでしょう。
では、劇をはじめることにしましょう。」
【一場】
(教室、机と椅子、二組。ジョバンニとザネリ、教室の椅子に座っている。制服のカッターシャツにズボン。)
(舞台は暗いまま、背景の映写幕に星空と銀河が映る)
先生の声 「ではみなさんは、そういうふうに川だと言われたり、 乳の流れたあとだと言われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか?」(注1)
生徒たち (「ハイ」、「ハイ」と手を挙げる)
(椅子に座ったジョバンニにスポットライトがあたる。ジョバンニは手をあげようとして しばらく躊躇しているが、結局挙げることができない。)
先生の声 「ジョバンニさん。あなたにはわかっているのでしょう。」
(ジョバンニは勢いよく立ちあがるが、答えることができない。)
(椅子に座ったザネリにもスポットライトがあたる。)
ザネリ 「ジョバンニ、答えろや」(と、ジョバンニの椅子を蹴り、バカにしたように笑う。)
ジョバンニ 「えーっと、えーっと」
先生の声 「大きな望遠鏡で銀河をよっく調べると銀河は大体何でしょう。 では、カンパネルラさん」
カンパネルラ (立ち上がるが、答えることができない)「……」
先生の声 「わかりませんか。……では、いいです。……このぼんやりと白い銀河を 大きないい望遠鏡で見ますと、もうたくさんの小さな星に見えるのです。ジョバンニさん、そうでしょう。」
(ここで、終業のチャイムが鳴る。)
先生の声 「では、今日はこれで終わります。ジョバンニさん、次の予習はちゃんとやっておいてね。」
(ジョバンニとザネリ、教科書をしまう。)
ザネリ 「ジョバンニ、お前、何で答えないんだよ。」
ジョバンニ 「別に……、分からなかった。」
ザネリ 「嘘を言え。分かっていたくせに……。」
ジョバンニ 「ほんとうに分からなかった。」
ザネリ 「じゃあ、思い出すようにしてやるよ」
(ザネリ、ジョバンニにかかってゆき、床に組み伏せる。黒子の生徒たちが、 まわりから二人の様子を見ている)
ジョバンニ 「ザネリ、止めてくれよ。もう、まいったよ、まいったから……」
ザネリ 「何が、もうまいったなんだ。まだ、何にもしてないじゃないか。 技がかかってから言ってほしいよな。まず、これがコブラツイスト……」
(見ている生徒からホーという嘆息がもれる)
ジョバンニ 「痛てって、やめてくれよ。痛っ、痛い……」
(技と技の間にジョバンニは逃げようとするが、簡単に捕まってしまう。)
(ここではじめて黒子の手が伸びて、ザネリが技をかけやすいように、ジョバンニを押さえ込む。 カンパネルラは離れた座席で本を片付けながら、ずっと見ないふりを続ける)
ジョバンニ 「やめろや、何すんだよ。」(と、黒子の手を降りほどこうともがく。)
(ザネリは、黒子が助勢してくれるので、自由になった手で、ジョバンニの体の汗を拭う。)
ザネリ 「くさいよ、この汗、ジョバンニよ、オマエ、体洗ってんの?  キモイやつだな。……えー、ところで、お父さんからラッコのグローブ、送って来たか?」(注2)
ジョバンニ 「いや、まだ来ない。」
ザネリ 「エトロフ島だったよな。単身赴任で寂しい思いをさせたって、 お父さんから送ってくる約束じゃなかったのか?」
ジョバンニ 「仕事が忙しいんだよ、きっと……。」
ザネリ 「ラッコは捕獲禁止になったのかもしれないぞ。」
ジョバンニ 「それだったら、ほかのグローブをくれるよ。手を放せよ。痛いから……。」
ザネリ 「まだまだ、これが卍固め……。」
ジョバンニ 「止めてくれよ。それはこたえる。やめろ、痛いって、……止めろや、 痛いって、あー、止めてくれよ、ザネリ、お願いだから、止めてくれよ……カンパネルラ……」
(ジョバンニの叫びとともに暗転)

【二場】
(ジョバンニの部屋、床に座っている。 椅子二脚をならべて布をかけ、ソファに。クッションもある。机の上には本立てと本、蛍光灯スタンド。)
ジョバンニ 「チクショウ、ザネリのやつ。いてっ、関節がぐりぐりしてる。 ほとんど毎日こんなことをやられていたら、まいってしまう。 でも、どうしようもない。先生も、薄々気がついているはずなのに、 プロレスごっこだろうって、見てみないふりをしている。たまに注意するときは、 それくらいにしときなよって言うだけ、そんなふうに言ってしまったら、 プロレスごっこをごっこだって認めることになるんだけど、分かってやってるんだろうか……。
(ジョバンニ、上着を脱いで「チクショウ」と床にたたきつける。)
友だちも、見て見ないふりしてる。カンパネルラは友だちだけど、……ザネリとも同じ塾の友だちなんだ。 だから、みんなの前では、ビミョウな中立……。
暑いな、夜になってこんなに暑いと余計イライラする。……
ザネリのやつ、プロレスをしながら裸にしてゆくんだ。 コブラツイストにしてシャツを脱がせる。 そんなときにかぎって、手をかすやつがいる。カンパネルラはもちろん手をかさないけれど、 助けてもくれない。……、 誰も止めないことが分かっているから、ザネリのやつ、つぎに卍固めにしてズボンを脱がせにかかる。
(ジョバンニ、ズボンを脱いで、「このやろう」と激しく床にたたきつける。そしてパンツだけになって、 急に元気を失ってうずくまる。下をむいたまま、しばらくうずくまっている。)
チクショウ、こんな格好で、さらしもんだ。パンツを嗅いでくさいくさいとか囃したてる。 死んでしまいたい。女の子も笑ってやがる。チクショウ。この前なんか、 この格好でロッカーに閉じこめられた。 暑くて苦しくても、身動きもできない。鍵をかけられてしまったら、もうどうしようもできないだろうが、 と椅子を蹴とばす。今なら刺せるかもしれない。 百均で買ってきたナイフ、(と、椅子から取りあげる。)これで、あいつの心臓を一突きするか、 ……へっ、オレにそんな勇気があるもんか。 そんな勇気があったらとっくに反撃しているよ。……だったらどうする。 自分を刺すっていう方法もあるぞ。でも痛いだろうな。卍固めよりももっと痛いだろうな。 ……卍固めのときは「痛い、痛い」ってわめいてやるんだ、わめくと少しはガマンが出来る……、 すると、「死ね」って言いやがる、ザネリの口癖だな、 ……、死んだら痛くなくなるぞって、……自分が死んでみればいいんだ。 人ごとだと思って、簡単に「死ね」って言いやがる(注3)。かってに死んでいけってことかなんだよな、 オレは知らねぇ、ってことか。……そうすると、僕が自分を刺すってことは、 あいつのことば通りになるってことだ。そんなのは厭だ。……それにそんなことをしたら、 お母さんを悲しませることになるしな。お父さんが単身赴任してからお母さん一人だからな。 ……どうにもならない、行き詰まりだ。チクショウ、ザネリのやつ、エイッ、エイッ(と、ナイフで 目の前にザネリがいるかのように突き刺す。と、そのとき、ナイフに付いているストラップに気がつく。) 何や、このストラップ、あっそうか。こないだ駅を出たところで女の子が配っていた名刺のストラップか。 「いのちの電話」とか言ってたから、ナイフに近いかなって、ここに結んでおいたんだ。 これを配ってた高校生くらいの女の子、ちょっとしたかわいこちゃんだったけど、 「いじめられて死にたくなったら電話ください。」って、大人みたいなことを言ってたな。 「いじめる人生に嫌気がさしたら電話ください」とも言ってた。オレは、いじめられっこか、いじめっこか、 どちらと思ってたのか。そんなことくらい見透かされているよな。あのときは、 いじめっ子の方も嫌気がさすもんかってムカッとしたけど、 どうか分からん。ザネリがいじめに嫌気がさすとも思えない。まあ、ナイフのストラップにしておいたら、 頭に血が上ったとき、何かの役にたつかもしれないと思って、附けておいたんやけど、……(と、まじまじと ストラップに見入る。) 何これ、付けたときには気がつかなかったけど、(NPO法人)銀河鉄道いじめぼうし協会が ぼうしの宅配便をお届けしますって書いてある。 わけわからんな。なんのぼうしや。…… そうや、あのとき、「電話がしにくかったら、メールでもかまいません」って言うてたな。 どんなもんか分からんけど、メールしてみるか、 ダメもとやからな。メルアドは?、……、あったあった、ここに書いてある。 ginga@フニャフニャ.or.jpか、けったいなメルアドやな。まあええか、 (と、メールを打ち出す。)
「ぼくはいじめられています。死にたい気分です。助けてください。」
ちょっと簡単すぎるけど、最初やから、 これだけにしとこう、はい、送信。裸になっても暑いなあ。窓開けよ。」
(ジョバンニ、舞台奥を向いて、窓を開けるしぐさ。映写幕に夜空が映る。 ジョバンニ、窓からしばらく夜空を眺める。)
ジョバンニ 「あっ、流れ星だ。(と、空を見あげている。)けっこう長かったな。 流れている内に願い事を唱えたら、 実現するっていうから、何か願えばよかった。……ザネリのやろう、死んじまえー、 とか……、あいつにはよく死ねとか言われてるからな。…… でも、いざとなると言われへんもんやな、あわててしもうて……」
(ピンポンとチャイムの音、賢治先生の声で「宅配便です」)
(賢治先生、登場。銀河鉄道の車掌の帽子に制服)
賢治先生 「ジョバンニさんに、いじめぼうしの宅配便です。」
ジョバンニ 「さっきメールしたばかりやのに、もう届いたのか。えらい早いですね。」
賢治先生 「はい、いじめの問題は一刻をあらそいますから…… ジョバンニさん、どうしました? えらく落ちこんでいるようですが……。」
ジョバンニ 「あなたは、誰ですか? 宅配便の人が二階まで勝手に上がり込んで、…… 下に母はいませんでしたか? あなたは何者ですか?」
賢治先生 「お母さんは、まだのようですね。それで勝手に上がってきました。 私は宮沢賢治と言います。(NPO法人)銀河鉄道いじめぼうし協会の会長兼理事で、 ぼうしの宅配便もしています。本職は銀河鉄道の車掌です。」(と、帽子の箱を机の上に置く。)
ジョバンニ 「わけがわかんないな……、いじめぼうし協会? ぼうしの宅配便? それから それから車掌さん、何なんですか、これは、……ともかく、いじめられているっていう僕のメールを 見て駆けつけてこられたんですよね。ということは、いじめ防止の先生ということですか?」
賢治先生 「まあ、そうです。いじめを防止したいと願っているものです。」
ジョバンニ 「夜回り先生っておられるでしょう。あんなものですか?」
賢治先生 「まあ、そういうことにしておきましょう。むかし農業高校の教師をしていたことも ありますから……。」
ジョバンニ 「賢治先生か、……それで、賢治先生がどうして来られたのですか?」
賢治先生 「あなたのメールに「死にたい気分」て書いてあったでしょう。それで、 たいへんだというので銀河鉄道で駆けつけたのです。さっき流れ星が流れたでしょう。 あれは、銀河鉄道が地球に突っ込んだときの光です。あの列車の車掌が私で、 君を助けるために急いでやって来ました。君のメールからは助けてくれという心の叫びが 聞こえましたからね。……で、どうしたのですか? いじめられて死んでしまおうとしていたのですか?」
ジョバンニ 「ぶっちゃけ、それに近いかも……。ザネリがいつもぼくをいじめるんです。 プロレスごっことかいっていろんな技をかけてきたり、 クサイ、キモイといって手をつながなかったり、同じ組になるのを避けたりするんです。 自分だけじゃなくて、みんなにも強制して、ぼくを仲間はずれにしたりすることもあります。」
賢治先生 「なるほどなあ、典型的ないじめじゃな。……それで、 あなたはどうしようと思っているのかな……」
ジョバンニ 「いじめをやめてほしいし、……もし、ムリなら、 いつか将来大人になったときに復讐してやろうと思っている、 ぜったいに許さない。アイツの不幸を祈ってやるんです。」
賢治先生 「気持は分かるが、いじめというのは、そんなに単純な行為じゃない。なかなか複雑な もんじゃ。そもそもいじめというのは犯罪なんじゃ、それは分かっとるかな。」
ジョバンニ 「それはよく言われることだけど、犯罪と言っても、学校の中なので、 警察も助けてくれないし……」
賢治先生 「まあ、警察が踏み込んでくるかどうかはさておいて、いじめだけを見ても、 それがれっきとした犯罪だということは、押さえておかないといけないことじゃ。 その証拠にみんなを不幸にする、犯罪もおなじことだ。心の傷跡を残すだけで、 誰も幸福にしない行為なんじゃな。……、では、 いじめが単純ではないということを知ってもらうために、 ご希望どおり、未来の世界に連れて行ってやろう。そこで、思う存分に いじめの仕返しをすればいいじゃろう。」
ジョバンニ 「そんなことができるの?」
賢治先生 「銀河鉄道は、光と同じスピードで走るからタイムマシーンそのものなんじゃ。」
ジョバンニ 「そうか、タイムマシーンなのか。」
賢治先生 「それにしても、パンツ一丁で未来にゆくのは、ちょっと恥ずかしいだろう。 服を着たらどうかな。」
ジョバンニ 「はい、そうします。」(と、服を身につける。)
ジョバンニ 「そう言えば、賢治先生が届けてくれたあの箱には何が入っているの?」
賢治先生 「はっはっは、興味があるかね。しかし、それはタイムマシーンの旅の後で 開けてみることにしよう。 忘れないように鞄に入れてと(帽子の箱を鞄に入れる)……最近、物忘れがひどくてな。もし忘れていたら、帰りの列車で、今みたいに 催促してくれたら……」
ジョバンニ 「焦らせるんですね。ま、いいか、(服を着て)じゃあ、タイムマシーンで、お願いします。」
(二人ともにあやしい光に覆われ、機械音と共に暗転)
 
【三場】
(どこかの劇場の楽屋。公演が終わってまもないざわざわとした雰囲気。 机と椅子が、ばらばらに。机の上には「ジョバンニさんゑ、同級生一同」と墨書された大きな札を挿した花籠。 映写幕に、ジョバンニの笑っている写真をあしらった大きなポスターが映し出される。 その映写幕の後ろに人影、ときどき舞台を覗くが、顔はわからない。)
(ジョバンニは、歌手か、お笑い芸人か、ともかく人気者になっているようす。茶髪に派手な上着)
ジョバンニ 「いやあ、こうして故郷の劇場で公演できるなんて、はんぱなく嬉しいよ。 みんなよく来てくれたね。同窓会みたいだね。ほんとうに久しぶり、何年ぶりだろうか。 ……卒業してから初めてだよ。」
(黒子の同級生と次々に握手する)
ザネリ 「おめでとう。ジョバンニ、いつもテレビで観ているよ。 こんなふうに芸能人になったやつが同級生にいるっていうのは自慢できるもんな。おめでとう」
(と、握手を求めるが、ジョバンニは、手を引っ込めてしまう。)
ザネリ 「どうしたの、ジョバンニ。忘れたのか? オレだよ。ザネリだよ。 よく一緒に遊んだろう。忘れてしまったのか?」
ジョバンニ 「忘れるもんか……、ぜったいに忘れないよ。どんなことがあっても、 これだけは忘れない。」
ザネリ 「えっ? そんなに覚えていてくれたのか?」
(と、ふたたび握手しようとするが、ジョバンニはまた手を引っ込める。)
ジョバンニ 「プロレスごっこ……、」
ザネリ 「そうだよ。よくやったよね。コブラツイストとか、卍固めとか」
ジョバンニ 「止めてくれって、頼んだのに……」
ザネリ 「そういえば、お前はプロレスあんまり強くなかったよな」
ジョバンニ 「いつも技をかけられて……、いじめられた。」
ザネリ 「おいおい、オレ、いじめてないじゃん(注4)。人聞きの悪いことをいうなよ。 オレがいついじめた。あれは 遊びだったろうが。」
ジョバンニ 「遊び?」
ザネリ 「そうだよ。オレが、お前をいじめてたって思ってるの? それは心外だよな。 そんなふうに誤解されてたなんて、知らなかったよ。 えっ、プロレスごっこはプロレスごっこだろうが。…… あれがいじめなの? 遊びだよ、ふざけていただけ、……それを、おまえは恨んでいたのか、 あんなことを根に持って……、たかが悪ふざけじゃないか。」
ジョバンニ 「遊びじゃなかった。」
ザネリ 「ふざけてはいたけど、いじめなんかじゃない」
ジョバンニ 「ふざけというには、あまりにひどかった。」
ザネリ 「ふざけじゃないって? まあ、やられてる方はそんなふうに思うのかも 知れないけれど……。」
ジョバンニ 「プロレスで汗まみれになると、いつもクサイとかキモイとか言われた」
ザネリ 「そんなこと言うかよ。なあ、みんなオレがそんなこと言ってたか?」
(黒子の同級生に聞くが、返事は返ってこない。)
ザネリ 「オレはいじめてなんかいなかったよ。自分でもそんなつもりはなかったし、 客観的に見ても、そうだったんじゃないの……オマエの被害妄想なんじゃないか?」
ジョバンニ 「いや、おれはいじめられていた。 それだけはゆずれない。オレはぜったいにオマエを許さないと決めていたんだ。帰ってくれよ。 オレは握手するつもりはないから……」
ザネリ 「なんだい、せっかく来てやったのに、へんな因縁をつけやがって、 偉ぶるんじゃあねえよ。言われなくても帰ってやるよ。ばかやろう。」
(ザネリ、舞台から消える。)
ジョバンニ 「いじめてなんか、いなかったって、ふざけていただけ?  あのプロレスごっこがいじめじゃないっていうのかよ。……クサイ、キモイって調理実習や 水泳のバディーで手をつなごうとしないで、恥をかかせたのも、いじめじゃないのかよ。 ……お父さんからラッコのグローブが送ってきたかってしつこくからかったのは いじめじゃなかったのかよ」
(ジョバンニ、歩き回りながら叫びをあげる)
ジョバンニ 「ほんとうにザネリはそう思っているのだろうか。 だから、ここにやってきたのか? でも、それなら、オレのこれまでのつらい思いはなんだったのか、 あの苦しさは、まったくの一人ずもうだったのか? 今でもうずいているこの心の傷は、自分で つけたものだとでもいうのか? えー? そんなはずないじゃないか……」
(暗転)

【四場】
(銀河鉄道の中。椅子が列車の座席風に並んで置かれている。机はない。 ちょっと電子音的な汽車の音がシューシューと響き、 発車して走り始めたことがわかる。映写幕に古い列車の内部が映し出される。)
(ジョバンニ、茶髪に派手な上着のまま。)
賢治先生 「えー、銀河鉄道305便、定刻通り22時05分に発車いたしました。 ただいま2022年の未来世界から現代の世界にもどりつつあります。 (と、車掌独特の口調で言いながら歩いてくる。大きな鞄を持っている。)…… (ジョバンニの席に来て)切符を拝見いたします。」
ジョバンニ (もじもじとズボンや上着を探ったりしていたが、 やっとポケットから四つ折りにした緑色の紙をとりだす。)
賢治先生 (その紙をだまって受けとり、丁寧に見て、) 「これは現代の方からお持ちになったのですか?」
ジョバンニ 「何だかわかりません。」
賢治先生 「よろしいのですよ。この切符は、時間の旅だけではなくて、三次元の銀河鉄道なんか、どこまででも 行けますので大切に保管ください。念のため、はい、……では、この列車、現代に到着しますのは、 次の23時ころになります。……それで、2022年の未来世界はどうでしたか?」
ジョバンニ 「僕は、何だか有名人になっていました。お笑いか、歌手か、 ……いえ、たぶん、お笑いの方だと思います。……でも、変な感じでした。 姿を現してはいけないって賢治先生から注意されていたから、僕はポスターの陰から覗いていたんですが、 この僕が未来の僕を見ているというのは、ほんとうに変な感じでした。未来の僕も僕なんですよ。 ……その僕の楽屋に、ふるさと公演が終わった後、友だちが訪ねてきてくれたんですが、 その中にザネリもいたんです。二人になったとき、思い切っていじめのことを聞いてみたんです。 ……でも、ザネリは、いじめていなかったって言うんです。おかしいですよ。 なかったふりをしたのか、忘れてしまったのか、それは分からないけれど、 「いじめてないじゃん」って、平気で言うんです。……ぼくをあれほど苦しめて、 追い込んでいたいじめはなかったじゃん、それで済むんですかね。ぼくがどれほど悩んだか、 ぜったいに許さない、いつかはきっと復讐してやるぞっていうほど、思い詰めていたいじめなんか、 ふざけていただけで、ほんとうはなかったんだって言い張るんです。 あれっ、カンパネルラじゃないか(と、不意に彼の後ろの座席にカンパネルラがいるのに気がついて、 呼びかける)、なあ、カンパネルラ、ザネリはいじめてなかったっていうけれど、 おかしいよな。カンパネルラも知っているはずなんだ。あそこにいたんだから。……」
カンパネルラ (黙ってゆっくりと首をふる)「……」
ジョバンニ 「ザネリは、カンパネルラを身代わりに命を助けてもらったのに、なんにも 変わってなかったんだ。そうだろう、カンパネルラ?」
カンパネルラ (再びゆっくりと首をふる)「……」
賢治先生 「さて、むずかしいぞ、質問だ。カンパネルラが首をふったのはどういう意味か? 二十字 以内で述べよ。」
ジョバンニ 「そんな国語の試験みたいなことを言ってないで、賢治先生、真剣に考えてくださいよ。 こんなことがあってもいいのでしょうか。 オレがこだわりすぎているんでしょうか。 でも、オレが死にたいと考えるほどのいじめが、ザネリにはほとんどなんの心の傷跡もなく 忘れ去られているんです。オレの苦しみはなんだったんだ。教えてください。 どう考えればいいんですか?」
賢治先生 「わかったかい? いじめられるものと、いじめるものとの心はこんなにも違うんだ。 君は、いじめるものの心を反省させることができると思っているだろう。 でも、そんなことは考えないほうがいい。 裁判所だって、人間の心を裁くことはできない、ということになっているんだ。 悪魔でもいじめっこの心の中まではわからないよ(注5)。そうだろう。 君はいじめられていると苦しく思っている、 しかし、相手は、ふざけているだけ、と考えているかもしれない。 せいぜいのところが、悪ふざけがちょっと過ぎたっていうくらいの仮借しか持っていないかもしれないよ。 いまにみていろって、復讐を誓ったとしても、だよ。君はけっして忘れないとしても、 いじめっこのいじめの記憶なんて、頼りないものだ。 いじめている最中でも今言ったように、悪ふざけですましてしまいかねないようなところがあるから、 まして将来ということになると何も残っていないかもしれない。 大人になったときに、過去のいじめられた思い出を理由に、いじめっこを裁こうとしても、 それはもっとむずかしいよ。ザネリもそうだったように、 過去のいじめなんて、消えてしまっているかもしれないんだよ。 相手に何の記憶もなかったら、復讐の意味はあるのだろうか。 いつか恨みをはらしてやるって、復讐を誓ったとしても、それはひとりよがりで、 いじめっこの心には何ものこっていないかもしれない。 もちろん、覚えている場合もあるだろう。口では否定していても、 本当はやましく思っていることもあるかもしれない。 でも、心を裁けないとの同じように記憶もまた裁くことはできない。 悪魔だって、ほんとうに覚えているのか、何もないのかはわからないからね。 そんな状況で復讐をしても、意味がないだろう。そう思わないか?」
ジョバンニ 「ほんとうにそうでした。オレが苦しんできたいじめはどうなってしまったのかって、 探しまわっても何にもないんです。賢治先生、どうしたらいいんですか?」
賢治先生 「いじめはだな、いじめられたその時に、そのいじめの行動を裁くしかないんだよ。 わかるかな。どんな思いでやったのか、っていうんじゃなくて、何をされたか、何を言われたか、 という事実を裁くしかないんだ。だから、誰が言ったのか、何を言ったのか、 あるいは誰が何をしたのかを詳しく覚えておいて、メモをして、親や先生にすぐに訴えるんだ。 それしかないんだよ。いじめは放っておいたら消えてしまう生きものなんだよ。 そういう意味で、さっき宅急便で届けたいじめ帽子を明日から君は被っていくんだ。 これだよ。」(と鞄から帽子の丸い箱を取り出し、蓋を開けて見せるが、 ジョバンニには見えない。)
ジョバンニ 「帽子なんて見えないけど……」
賢治先生 「やはり、見えないか? 私が写真を撮すときに被っていた山高帽なんだけどね。 君には見えない帽子なんだ。でも被ってみると、帽子があるということは分かるよ。」
(と、見えない帽子を箱から取りだしてジョバンニに被せる。)
ジョバンニ 「あっ、本当だ。頭に載ってる。」(と、両手で帽子の縁を持つ。)
賢治先生 「これは「賢治の帽子」といってね、被るだけで、いじめ防止になるんだよ。」
ジョバンニ 「シャレですか?」
賢治先生 「違う、違う。たんなるシャレじゃない。勇気が湧いてくるはずなんだ。 これを被っていれば、勇気が湧いてきて、いじめられたら、大人に訴えることができるようになる。」
ジョバンニ 「ほんとうにそうなんですか?」
賢治先生 「ほんとうだよ。でも、体育もあるし、水泳もある。ずっと帽子を被りっぱなし、 というわけにもいかないからね。それで、ほら、この帽子の箱には、小箱がついているだろう。 中に何が入っているかというと、これだ、「賢治の帽子」シールが何枚も入っている。
(と、帽子シールの一枚をジョバンニに手渡す。) これはね、シャツとか、ジャージとかに貼り付けるんだ。貼る位置にシールを置いて、 上から布を当てて、アイロンを当てれば、熱でくっつくんだ。」
ジョバンニ 「なぜ、こんなものをシャツに貼り付けるんですか?」
賢治先生 「そうだ、そこから説明しないとね。…… 君の部屋で話したようにいじめは犯罪行為だ、それは君にもわかるはずだ。 犯罪は、あらかじめ防止しなければならない。それがこのシールを作った (NPO法人)銀河鉄道いじめぼうし協会の考え方なんだ。どうして、いじめを防止するか? この帽子シールを胸に付けている子どもをいじめたら、その子はすぐに親とか先生とか大人に いじめられたって訴えますよ、ということなんだ。 それは、その子を含む家族の取り決めなんだ。みんなに宣言した生き方なんだ。 それを主義っていうふうに言ってもいいんだけど、銀河鉄道いじめぼうし協会では、 そんなふうに生きることをみんなに勧めているんだ。わかるかな。」
ジョバンニ 「わかるような気がするけれど、それでほんとうにいじめられなくなるのかな?  そんなシールなんて無視されてしまいそうだけど……。」
賢治先生 「大丈夫、いじめぼうし協会の宣言書をたくさん刷って、学校やご両親に 配るからね。みんなそのことは分かっているはずだ。」
ジョバンニ 「その宣言書っていうのは、何ですか?」
(賢治先生は胸ポケットから折りたたんだ、紙切れを取り出す。)
賢治先生 「これが、今夜、日本中で配られているいじめぼうし協会の宣言書だ。」
ジョバンニ (宣言書を受けとり、すばやく目を通す。)「ふーん、あんまりよくわかんないけど、 要するに、このシールを貼り付けている子どもは いじめられたらすぐにチクルからなってことですか?」
賢治先生 「まあ、はっきり言えば、そういうことかな。大切なのは、家族ぐるみで、 いじめぼうしの考え方に賛成しているってことを分からせるってことかな。 お父さんやお母さんも協力しているってことをね。 それにおじいちゃんやおばんちゃんにも協賛会員になってもらえばいい。君の応援団はたくさんいるぞ。 ぼうし仲間に友だちができるかもしれない。退職した先生方も応援団だ。 だから、君はいじめられているって訴えるだけ。何も心配することはない。 そんなふうに考えたら、勇気が湧いてくるだろう。それに、もし裁判になったとしても、 協会がバックアップしてくれる。分かるかい? こんなに心強いことはないよ。」
ジョバンニ 「ふーん、応援団か、……どうなるかわからないけれど、少しでもザネリの いじめがへるんなら、オレも、そのシールを胸のところに貼り付けてみるかな。」
賢治先生 「そうしてくれるか、お母さんには私から話してみるから……さあ、現代に帰ろう。 そのことさえ分かってもらえたら、私がやってきた意味があるってものだ。」
ジョバンニ 「お願いがあるんですが、賢治先生……というか、賢治車掌さん。」
賢治先生 「何?」
ジョバンニ 「えーと、いじめのことがうまくいくかどうかはまだわからないけど、 うまくいかなくっても、うまくいったとしても、一度、銀河鉄道に乗せてもらえませんか……、 宇宙を旅してみたいんです。宇宙から地球をみたら、いじめられたりいじめたりすることが、 違ったふうに見えるように思うんです。」
賢治先生 「たしかにそうかもしれない。分かった、連れて行ってあげよう。 というより、その切符があったらいつでも銀河鉄道に乗れるから、また、日をあらためて……。 そんなふうに言ってくれて、安心したよ。……」
ジョバンニ 「そういえば、今日楽屋に来てくれた友だちの中に、カンパネルラがいなかったな。 どうしたんだろう?」(と、不審そうに賢治先生を見る。)
賢治先生 (「えへん」と咳払いをして、あわてて懐から懐中時計を取りだして時間を確かめる。) 「時間じゃな。では、これで……(口調を変えて) 後、10分で現代に到着いたします。お忘れ物のございませんよう、お降りの準備をお願いいたしまーす。」
(暗転)

【五場】
(一場と同じく教室。椅子と机が二組。ジョバンニとザネリ、並んで座っている。映写幕に星空。)
先生の声 「この前の授業で話しましたが、このぼんやりと白い銀河を大きな望遠鏡で見ますと、 もうたくさんの小さな星に見えるのです。ジョバンニさん、いいですか?」
ジョバンニ (立ちあがって)「はい、分かりました。」
先生の声 「ですからもしもこの天の川がほんとうに川だと考えるなら、 何がその川の水にあたるかと言いますと、それは真空というものです。真空は光をある速さで伝えるもので、 太陽や地球もやっぱりその中に浮かんでいるのです。でも、人間は真空の中では生きていけません。…… そうだ、忘れていました。真空の実験をする予定だったのですが、バスケットに一式を入れて、 持ってくるのを忘れてしまいました。 ちょっと職員室に行って取ってきますから、少し待っていてください。」
ザネリ 「空気がなければどうなるんだろうな? ジョバンニ、実験してみようや」(と、ニヤニヤと 笑いかける。)
ジョバンニ 「そんな実験をしたくないよ。自分でやったら……。」
ザネリ 「オレ、今柔道で絞め技をやってるんだ。一度、オマエに真空を体験させてやるよ。 この前も試合中に相手をグッと締めてやったら、急にぐたっとなってしまってな、 師範が気合いを入れて息を吹き返したけど、…… 後で聞いたら落ちる前は気持よかったってそいつが言ってた。」
(ザネリ、おもむろに立ちあがって、ジョバンニの胸ぐらを掴んで、柔道の体勢。)
ジョバンニ 「やめろ、やめろや、オレは昨日までのオレとは違うんだぞ。…… これ(と、自分の胸を指さし)、このぼうしシールを見ろや、……(ここで、ザネリがふと手を緩めたので 余裕ができて)、このぼうしシールがが目に入らぬか(と、声を震わせながら水戸黄門を真似る。)、 オレは、昨日いじめぼうし協会に入ったんだ。 いじめたらすぐに先生に訴えるからな。」
ザネリ 「これが? いじめ? いじめじゃねえよ。実験だよ。」
ジョバンニ 「いや、実験じゃない。」
ザネリ 「柔道ごっこだよ。」
ジョバンニ 「いや、ごっこでもない。ごっこだったら、役割が入れ替わったりするはずだけど、 いつもオレがいじめられてばっかりだ。だからごっこじゃない。」
ザネリ 「うるさいなぁ、(と及び腰のジョバンニを引き倒して、寝技の体勢に入る。) ごっこだよ。ごっこじゃないって言うんなら、もっと厳しくやってやろうか?」
ジョバンニ 「痛てて……、やめろ。待ってくれザネリ、そのまえにこのプリントを見ろや。」
(ジョバンニ、ポケットから四つ折りにした緑色の紙を取り出す。)
ザネリ 「なんだ、これは?」
ジョバンニ 「銀河鉄道いじめぼうし協会の宣言書」
ザネリ 「宣言書?
「われらはいっしょにこれから何を論ずるか?」(注6) なんやこれは、えらいむずかしいな。
(ザネリがプリントを読み出したので、解放されて、ジョバンニは服を払って立ちあがる。)
「1、いじめは犯罪である。いじめられたものは、ずいぶんつらい思いをするし、心が傷つく。
いじめによって幸福になるものはいない。
世界全体から深刻ないじめをなくさなければならない。」
要するにいじめは、犯罪やから、やめろということか?」
ジョバンニ 「まあ、そういうことかな。」
ザネリ 「「2、なぜいじめぼうし運動がいま起こらなければならないか。
 いじめによって暗い学校生活をよぎなくされている生徒も多い。
 いじめによって死を選ぶ子どもさえいるいま、この状態をそのまま放置することはできない。」
  オマエはいじめられて暗い学校生活を送っているのか?」
ジョバンニ 「そうだよ。」
ザネリ 「何……、おれのせいだっていうのか? オレはオマエと遊んでいるだけ、 ふざけているだけだよ。それをオマエはおふざけじゃないよって言いたいわけだ。……いいえ、 おふざけですよ。いじめじゃありません。 柔道ごっこですよ。」
ジョバンニ 「いや、違う。これはいじめだよ。次を読めば分かる。」
ザネリ 「「3、いじめは、いじめられたものがいじめであると考えたとき、いじめになる。 いじめているものが決めるのではなく、いじめられているものに決定権がある。」
ふーん、そうなんだ。じゃあ、だれでもいじめられていますって言やあ、それがいじめなんだ。……
「いじめぼうし協会の宣言に賛成した子どもは、「賢治のぼうし」のマークを服に付けています。」 なんじゃこりゃあ?」
ジョバンニ (自分のTシャツの胸のマークを誇らかに示す。)
このぼうしのマークを付けている子どもは親といっしょに銀河鉄道いじめぼうし協会に入ったという 印で、もしいじめにあったら、すぐに親や先生に言いつけるし、 協会にも報告することになっているんだ。」
ザネリ 「ゲー、チクリの奨励かよ。」
先生の声 「みなさん、今日はたいへん静かに待っていましたね。」
(先生の声に不意をつかれたザネリは、手にしたプリントを思わず隠そうとする。)
先生の声 「ザネリさんもめずらしくジョバンニさんにちょっかいをかけてないのね。」
ザネリ 「えー、先生もそんなふうに言うのかよ。 そんな目で見られていると思ったらやってられないよ。 オレ、ちょっかいかけてねぇよ、なぇ……。」
先生の声 「いじめてるっていう噂もあるし……。」
ザネリ 「だれがそんなこと言ってんだよ。いじめっていうんなら証拠みせろや、 オレ、いじめてねえよ、なあ、みんな、 オレ、いじめてないじゃん、なあ……」
先生の声 「そうかしら……まあ、そういうことにしておきましょか……。いま職員室にいったら、 机の上にこのチラシが配られてあったの。 銀河鉄道いじめぼうし協会の宣言書。みなさんにも家に持って帰ってもらうように今日配布するらしわよ。 ちょっと読んでみましょうか。
「宣言書」。
「われらはいっしょにこれから何を論ずるか?」
「1、いじめは犯罪である。いじめられたものは、ずいぶんつらい思いをするし、心が傷つく。
いじめによって幸福になるものはいない。
世界全体から深刻ないじめをなくさなければならない。」
「2、なぜいじめぼうし運動がいま起こらなければならないか。
 いじめによって暗い学校生活をよぎなくされている生徒も多い。
 いじめによって死を選ぶ子どもさえいるいま、この状態をそのまま放置することはできない。」
「3、いじめは、いじめられたものがいじめであると考えたとき、いじめになる。 いじめているものが決めるのではなく、いじめられているものに決定権がある。」
「いじめぼうし協会の宣言に賛成した子どもは、「賢治のぼうし」のマークを服に付けています。 彼らは、いじめられたらすぐに大人(親や先生)に、いじめの事実を訴えることになっています。」 ……………」
(宣言書を朗読する先生の声が徐々に小さくなっていって、暗転。)
                               【幕】

【補注】 この脚本は、朝日新聞の連載「いじめている君へ」で2012.7.22に掲載された 細山貴嶺さんの文章「「死ね」の痛み分かって」に触発されて書きあげたものです。
その中で細山貴嶺さんは、自身のいじめられた体験や死のうと思い詰めたことまでも 告白しておられます。そして、いじめを受けたために、 自分が「死ね」という言葉に敏感にならざるをえないこと、 また、自分をいじめていた相手に1年前に「なぜ僕をいじめたの?」と尋ねたところ、 答は「俺、いじめてないじゃん」 であったことなど、いじめの核心を突くいくつかの事実を挙げておられます。

注1、先生の授業は、宮沢賢治「銀河鉄道の夜」そのものです。
注2、「銀河鉄道の夜」では、「らっこの上着」となっていたのを「ラッコのグローブ」に変えました。 そんなものがあるのかどうかわかりませんが、「らっこの上着」が含むニュアンスを使いたかったからです。 適宜変えていただいてもかまいません。
注3、この「死ね」ということばについて、細山貴嶺さんは、「僕は「死ね」という言葉に敏感です。」 と書いておられます。「死ね」には積極的な感情はなく、「勝手に消えろ」という意味しかないと。
注4、細山貴嶺さんの文章では、「俺、いじめてないじゃん」となっています。
注5、ジョン・ダワー「敗北を抱きしめて」に、十五世紀のイギリス人裁判官の言葉として、「人間の 思考を裁いてはならない。悪魔だって人間の思考はわからないからだ」とあります。
注6、この宣言書には、宮沢賢治「農民芸術論綱要」の言葉が引用されています。また、考え方にも 影響があると思われます。

【演出について】 中学生が演じるには台詞が長すぎて、少々むずかしいように思います。 実際の上演では、【二場】の前半のジョバンニの一人芝居のところ、【四場】の賢治先生の台詞など、 台詞を書いたカンペを準備するなどの工夫が必要です。
高校生ならこれくらいの台詞を暗記するくらいはできるのではないかと思うのですが。


追補
この脚本を使われる場合は、必ず前もって作者(浅田洋)(yotaro@opal.plala.or.jp)まで ご連絡ください。



トップに戻る。