「地獄八景亡者戯もどき」
−原発のゴミ処分場を地獄に?−
          2013.11.25

【まえがき】
3.11の原発事故が起きて、原発ってこんなに怖いモンかと思いましたが、 そもそもウラニュウムたらいうもので発電をするちゅうことに、いろんなむずかしさが あるみたいで、その最たるものが、出てくる廃棄物の処分場がない、ということらしいですな。
最近になって、小泉元首相も、それが理由で原発ゼロを言うたはりますが、誰が考えてもそうなります。
最終処分場をどこにするか、もっていきどころがない。
どえらい金をつけて、立候補地を募集しましたが、一つもありませんでした。
もう、こうなったら思い切って、地獄にでも持っていくしかない、 そんなとんでもないことを考えた官僚がいたはったんですな。
ここからが、もし、という仮定の話になります。もしほんまに地獄に最終処分場を持っていくとしたら どういったことになるのか。
そんな想定を落語にしたのがこの台本です。
実際に演じるのはむずかしいかもしれませんが、せめて読んで楽しんでいただけたら幸いです。

では、はじまりはじまりぃ。

【出囃子】
♪♪♪♪♪
【まくら】
えー、・・・です。よろしくお願いします。
この日本の政治を、底の所で動かしたはるのは、官僚といいますな。
政治家が、こうしたいというたら、たちどころにこういった方法がありますと進言する。
もしかしたら、政治家にこんなふうにさせたいということをじんわりと勧めて、自分の思うとおりに 国を動かしてゆく、そんな官僚もいたはるかもしれまへんな。
ところが、日本の官僚さんには、大胆な発想がないとか言われてます。 受験勉強で答のある問題をはよ解くように訓練を重ねてきてますから、新しい発想には むいてないということですかな。
今の日本には答のない問題がいっぱいですから、というより答のない問題ばっかりやから、 困ってはるんですな。
せやけどそんな官僚ばっかりやおまへん。
中には一風変わった官僚はんもいてはって、答のない問題に、 むりやり答を見つけてきやはるかもしれまへんな。
今日のお話は、そういったところで一席をおうかがいいたします。

(見台を小拍子でパチンと打つ)

(大臣室での会話)
えー、フクシマの事故があってから、原発のゴミをどうするかというのが、 大問題になっておりますが、むずかしいですな。まず処分場を引き受けてくれる市町村がありませんな。
原発担当の大臣が秘書さんに、
大臣 「きみ、どこか適当な場所がないかね。 再処理するにしろ、ゴミ処理をするにしろ、最終処分場がなくては、原発を続けることはできんからね。」
秘書 「はあ、大臣、国内ではもう無理かと思います。フクシマ以来ますます難しくなってきています。 地震の心配がなく、岩盤が安定していて、地下水も漏れてこない、そんなところは、 もう国中くまなく当たってみましたがありませんな。 なにしろ十万年くらい埋めておかなければなりませんから…… もし仮にあったとしても、地元の市町村が受け入れないでしょう。大金つけて調査だけの募集をしても 一つの申し込みもありませんでしたからな。」
大臣 「きみ、そんなことはわかっとるんだよ、そこを何とかするのが、 君たち官僚の役目じゃないのかね。 最終処分場を探してくれば、その施設に十万年は天下りできることになるんだよ。」
秘書 「はあ、分かっております。何とかしたいと思うのですが、どうにも、 ……高レベルの廃棄物というのは、そんなに大層な量ではないんですがね。 国民一人当たりで換算した暇人がいましてね。彼によると一人当たりにすると サイコロ一個分でしかないそうです。」
大臣 「そんな計算にどんな意味があるのかね。現物がサイコロ一個でも、 それはむき出しでは危険なんだから、容器に入れたらそこそこの大きさになってしまうだろう……」
秘書 「さすが、大臣、本質を見抜いておられますね。私もそいつにそんなふうに言ってやったんですよ。 彼は舌を出していましたが……そういえば、大臣、そいつは ちょっと変わってましてね、実家が河内の有名なお寺だというんですが、そのことと関係があるのかどうか、 前回の最終処分場検討委員会に、奇妙な提案を出してきましてね。 みんなの失笑を買ったのですが、あとで考えてみますと、 少しは検討の価値があるようにも思えるのですが、……」
大臣 「それで、その場所というのは何処なんだね?」
秘書 「はあ……、ちょっと言いにくいところでして……彼は、 高レベル放射性廃棄物を埋めておかなければならない十万年という永さは、 人ちゅうもんの想像を超えているというんですよ。人類が生まれてからも、 まだそんなに経ってないでしょう。十万年というのも仏教的だし、 そんな永い時間にかかずらうのは仏さんか、菩薩さんか、 地獄の閻魔さんか、くらいしかないと言うんですよ。」
大臣 「ふん、たしかにそうかもしれんが、……それでどうだというのかね?」
秘書 「彼の名前は無量太といういかにもお寺さんの息子らしい名前なんですが、 ご存じですか、無量大数?」
大臣 「いや、知らん。」
秘書 「教典に出てきまして、とてつもない数字のことなんですが、……」
大臣 「思わせぶりなことを言うなよ、その無量大数がどうしたんだ?」
秘書 「いや、無量大数は関係ありませんが、そんな、何十万年というお経にしか出てこないような 時間を管理しなくてはならないとなると、 あそこしかないというのです。」
大臣 「どこかね?」
秘書 「地獄です。」
大臣 「何? 地獄?」
秘書 「そうです。地獄。あそこなら、十万年もの間を十分に管理してもらえるだろうと、…… 人類が生き延びているなら、地獄はあるだろうし、他の知的生命体に代わっているんなら、 そこでも地獄はあるだろう。だからそこでなら十万年を管理できるだろうというんです。 彼の出してきた企画書の提案がそういうことだったのです。」
大臣 「うーん」
と大臣もうなり声を上げてしまいました。
秘書 「閻魔さまに泣きついて、どうか最終処分場を引き受け手くださいとお願いするしかないと、 そういうんですよ。」
大臣 「うーん、しかしね、われわれがそんなふうに願っても、 引き受けてもらえるかね。閻魔さまを相手にお金にものを言わすわけにもいかんだろうし……」
秘書 「地獄の沙汰も金しだいということわざはありますが、そんなことをしたら、 閻魔様のお裁きがわやくちゃになってしまいますから、 むりやそうで、……そこは、本気で頼むしかないというんですよ。」
大臣 「そりゃあそうだな。……しかし、本気で頼んだとして、仮にだよ、 仮に引き受けてもらえたとしても、つぎのハードルがあるぞ、 地獄の最終処分場までどうして核のゴミを運ぶのかね? 放射線マークを付けたトラックに積んでいく というわけにもいかんだろう。」
秘書 「はい、そのことについても、彼は緻密に考えておりまして、 先ほどの話にもどりますが、高レベル廃棄物を国民一人当たりで計算すると…… ちょうどサイコロ一個分くらいになる、という計算については、すでにお話ししました。 私たちは、原発のゴミを子や孫に残してゆきたくないと思っています。 できれば、自分たちの手で処分したいと。彼の考えではそれが実現するのです。 法律を一つ作るだけで済むのです。国民が死んだら、 その人にサイコロ一個分だけ核廃棄物を持ってゆくこととする、それが条文です。 六文銭の代わりにサイコロ一つを託するのです。いくら危険とはいっても、死者はもう死にません。 子孫に迷惑をかけないようにするには、 いま生きているわれわれが死んだらサイコロ一個分のゴミをもってゆく、 それしかないというのが、彼のレポートの結論でした。」
大臣 「うーん」
大臣は、またまた呻るしかありませんでした。 しかし、大臣としても他に方法がありませんから、とにかく試みてみようということになります。
秘密の内に、そのお寺出身のなんちゃら無量太さんを中心にして、 高レベル放射性廃棄物最終処分場地獄部会を発足させまして、検討が重ねられました。


(見台を小拍子でパチンと打つ)

喜六 「せーやん、オレら、伊勢詣りにも二人で行ったな」
清八 「そうやな」
喜六 「旅はいつも清やんと二人づれやった」
清八 「何を言いたいんや」
喜六 「せやけど、死んで黄泉の国にいくのも、二人連れになるとは思わんかった」
清八 「それは、オレも同じや。喜ぃ公が河豚食うて死んだて、聞いたもんやから、 あわてて駆けつけて、葬儀万端を終わって、仕上げで鯖の刺身を食べてな、 ちょっとおかしいかなと思ったんやけど、エーイと食べたら、食あたりでコロッと逝ってもうた。 それでまたおまえと二人旅や。」
喜六 「それはえらい世話かけてすまんかったな。それで、清やん、ちょっと聞くけど、 このサイコロは何やねん? かかあとお前が持たせてくれたんやと思うけども…… たしかおやじやおふくろのときは、三途の川の渡し賃とかいうて、 六文銭を持たしたように思うんやけど……」
清八 「昔はそうやった。けど、最近は違うんや。これはな、放射能のゴミを固めたサイコロや、 何でも法律で決まったさかいに、六文銭の代わりにサイコロを持たせるように、 お寺さんにお達しがあったらしい。」
喜六 「それで、こんなサイコロを持たせられたんか。せやけど、放射能きついんやろ、 危なないんやろか?」
清八 「オレら、死んでもうてるんやで、何が危ないねん。」
喜六 「そらそうや、死んでるの忘れとったわ、もう、何にも怖いもんなしや。 ふーん、せやけど、ようできたあるな。ちゃんと一から六までの目がついたあるわ、 地獄で博打してもかまわん、ということやろうか、お上のお達しやからな。」
清八 「アホ言うな、地獄にいったら、そんな暇あるかいな。 閻魔さんに命令されて毎日こきつかわれるわ。」
喜六 「地獄いうのは、そんなに働かされるところかいな」
清八 「いや、オレにもはっきりとは分からんけどな、そんなところらしいで……、 そうこう話している内に川に出たわ。はっはーん、ここが三途の川やな。」
渡し守 「あんさんら、新しい亡者かな。」
喜六 「お前はだれや?」
渡し守 「ワテは、三途の川の渡し守や」
清八 「ああ、それやったら、渡してもらおか」
渡し守 「渡し賃が六文やが、……」
喜六 「六文、持ってないがな。兄貴、どうする?」
清八 「最近は、お上からのお達しで、 六文銭の代わりにこのサイコロを持たせることになっとるんや。」
渡し守 「どうも、最近は、六文銭をもった亡者が少ないと思ったが、お上のお達しで、 サイコロを、……それやったら、しゃあないな、せやけどただ乗せたるいうのはおもろうない。 一つそのサイコロの博打で、ワシに勝ったら渡してやろう。どうじゃ?」
喜六 「どうじゃなと聞かれても渡してもらお思たら、やらなしゃあないわな、なあ、兄貴。」
清八 「そやな……」
喜六 「ほなら、ちょうどサイコロが二つあるさかい二人分かけて丁半でいくか?」
清八 「せやな。(と、考えながら、サイコロを掌の上で転がす。)」
渡し守 「ワシは、何でもかまわんぞ。」
清八 「ほな、丁半博打で……、オレとあんさんと一発勝負ということで……」
喜六 「オレが壺振りやらせてもろてもよろしいか、ええなぁ、一回振ってみたかったんや…… というて、ここに盆をしくちゅうても、壺があらへんがな。」
渡し守 「壺ならここにあるぞ。」
清八 「ちゃんと準備したある。これまでも、よっぽどやってるらしいな。」
渡し守 「ちょっと、サイコロを見せてくれんかな。(と、二つを掌に載せて見る) 重たいな、それに何かジワッと温うて、気持わるー、だんだん熱なってきた、あっつっつう (と、サイコロを喜六に抛るように渡す)、お前は熱うないんか?」
喜六 「職人の掌は分厚いからな。こんなときは便利やわ。」
渡し守 「三途の川渡しもただ働きでは、ばからしいからな。 まあ、これくらいの楽しみがあっても誰にも文句言われへんやろ。」
喜六 「ほな、入らせていただきます。よろしゅうござんすか(と、二人を交互に見て壺にサイコロを 投げ込んで振る)それっ、どや?」
清八 「ワイから賭けさせてもらいまっせ。」
渡し守 「おお、かまわんぞ、後でも先でも同じじゃ。」
喜六 「清やん、賭けてんか……」
清八 「ほんなら、オレは、(つぶやくようにもごもごと)〈いちに〉の半や。」
喜六 「何やて? よう聞こえんかったけど、とにかく半やな。」
渡し守 「ということは、ワシは丁やな。」
喜六 「はい、そろいました。お二人さん、ようござんすか? 勝負(と、壺を上げる) 五六の半。」
渡し守 「ありゃりゃ、ワシの負けじゃな。しかたない。負けときまれば、 いさぎよう乗せてやろう。さあ、乗れ乗れ。 お前たちで満杯じゃ、舟を出そうぞ、皆の衆、坐ってくだされ。今乗りこんだそこのぼんくら、もやいの綱を 解いてくれんか。お前じゃ、お前、……さあさあ、縁を掴んでくだされや、倒れんようにご用心。 それ、やっとな。」(と、棹を突いて、舟を出す。)
喜六 「清やん、さっきの五六の半、目ははずれたようやけど、半は当たってたわな。 あれ偶然か? それとも何ぞ勝つ秘訣でもあるんかいな?」
清八 「このサイコロ、ちょっと振ってみい。(とサイコロを渡す)」
喜六 (掌の上で転がして)「なんもかわったとこあらへんで。ふつうのサイコロやけど……」
清八 「分からんか、ほんなら、ピンが出るように願うて振ってみい。」
喜六 「ほら、ピンやでぇ(と、床に転がす)……と、ピン出んと、六出よったで。」
清八 (ささやくように)「もっとちっさい声でしゃべれ、あほんだら、 船頭にきかれたらどうするねん。六が出たやろう。 今度は二がでますようにて振ってみい。」
喜六 「清やん、やっぱりあかんわ。五が出よったわ。」
清八 「わからんか? オレはさっきちょっと試しててわかったんや。このサイコロはな、 転がっとるときに願うと、その目が出んと裏目が出よるねん。 何しろ材料がウランたらいうぶっそうなもんやからな。 ピンや思うたらウラン目の六、二やったらウラン目の五が出よる。ほんなら、さっきみたいに〈いちに〉 の半願うたらどうなるか分かるか?」
喜六 「裏目、裏目やから、六五で、やっぱり半……。」
清八 「そうや、半の裏目はやっぱり半や。せやから、半ちゅうたら、その裏目の半がでよる。」
喜六 「先に半ちゅうたほうが、勝ちか?」
清八 「どうや、分かったか。」
喜六 「なるほどなぁ、ウランやからウラン目か……、やっぱり清やんは頭がええわ。」
清八 「せやからな、先に賭けさしてもろうたんや。」
舟客 「あんさんらは博打に勝って渡してもらわはったんでっか?」
喜六 「そうや、あんたも博打の裏目でこれに乗せてもらはった口ですか?」
舟客 「いや、ワイは博打やのうて、まあ、歌勝負ですな。狂歌をしかけてきはりました。」
清八 「狂歌? それはまた何でんねん?」
舟客 「掛け合いで狂歌を作ってみぃ言うて、そこそこ付けたら渡してやろうちゅうわけでんな。」
清八 「どんな歌ですねん?」
舟客 「船頭さんは、『六文も持たで三途の川渡り』と詠まはりました。六文銭も持たんで、 三途の川を渡る言うのか、ときた。それに 下の句の七七を付けえちゅうわけですな。」
清八 「ひゃー、こらむずかしいわ。ワイらにはとてもできん。」
喜六 「清やんでもできんか。……ワイあったらぜったいむりやな。あの船頭め、 亡者をいたぶりやがって……。」
清八 「まあ、そう怒りないな。で、あんさんは、どう付けはったんでっか?」
舟客 「『折りて返せる道ならなくに』、もう折り返せる道やないんやから 渡してくれちゅうことでんな。」
清八 「『六文も持たで三途の川渡り折りて返せる道ならなくに』か、なるほどその通りやわ。」
舟客 「そうでっしゃろ、われながらようでけた、亡者のくそ力ですな。 渡し守さんもようでけたと誉めてくれはって、それで渡してくれることになりましたんや。」
喜六 「ふーん、あの、船頭め、人を見やがったな。ワイらは見くびって博打勝負と ふっかけやがった。」
清八 「せやけど、博打やから勝てたんやないか。まあ、そう怒りないな。」
喜六 「そら、そうやけどな……。」
渡し守さんに聞こえへんようにそんなことをヒソヒソと話しておりますうちに向こう岸に着きます。
喜六 「船頭さん、おかげで三途の川渡れましたわ。おおきに(と、皮肉たっぷりに)。 ……これからも丁半でやらはるんやったら、 亡者優先でたのんまっせ。」
渡し守 「ああ、ワシは、いつもそうしとるがな。……お客さんは神さまやからな。 おい、そこの客人、降りたら、そこの道をまっすぐ まっすぐ行くんやで。分かってるんかいな。」
舟を降りて、渡し守さんが言うてはったように前の道をまっすぐ歩いて行きますと、 閻魔の庁が遠くに見えてまいります。
喜六 「清やン、話している内に、向こうに大きな朱塗りの門が見えてきたで。」
清八 「あれが、閻魔の庁らしいな。」
喜六 「閻魔の庁言うたら、閻魔さんがいたはるとこか?」
清八 「そうや。」
喜六 「ここで裁かれるンやな。地獄に行くか、極楽か?」
清八 「アホ、何言うとるねん。ワイらは地獄に決まってるやろ。」
喜六 (見上げながら)「そんなことわからへんがな。何もはじめから決めつけんでも……、 それにしても、立派な門構えやな。」
そのあたりから道の両側には、腕章を巻いた赤鬼、青鬼の整理員がぎょ〜さん並んでおります。
赤鬼 「おぉ、そぉ勝手に入ってはいかん、勝手に入っては。四列に並べ、四列に並べ。 男はこっち、女はこっち、四列に並んで行くんじゃ。男はこっち、女 はこっち、……、静粛に来いよ、静粛に!
日本人で娑婆から高レベルサイコロを託されてきたものは、そこのエコリサイクルのゴミ箱に放り込め、 閻魔の庁に持ち込んではいかん。サイコロを持ってきたものは、 いますぐにそこのリサイクルボックスに放り込め。」
喜六 「使用済み核燃料サイコロって書いてたあるわ、な。清やん、 ここにサイコロ入れぇ、ちゅうことかいな?」
清八 「そうらしいな。ほな、入れまっせ」(と、入れる)
喜六 「暇なときにちょっとちょぼいちでもやれるかなと思うていたのに、しゃあないな。 まあ、放り込めっていうんやから、そらっ(と、投げ入れる)、 どうぞ極楽にいけますようにっと(掌を合わせる)」
赤鬼 「こら、そこのやつ、放り込めといっても、後ろから抛るヤツがあるか、 前の亡者にあたったらどうする、賽銭じゃないぞ、ちゃんとそっと入れるんだ。」
喜六 「えらい、すんまへん」
みんなが、ゾロゾロゾロゾロ通って、奥へ奥へ進みます。そうして閻魔の庁の奥へ入りますと、 おのずからなる威厳に打たれるとみえて、みんなが黙ってしまいます。
と、遠くの方から罪人を責める音がかすか〜に聞こえてまいります。
ピシッ、ピシッ……、キラキラキラキラ光っておりますのが生前の悪行を映し出す浄玻璃(じ ょ〜はり)の鏡、血の付いたノコギリやら舌を引 き抜く釘抜きとか、罪の重さを調べる計りてなもんが置いてあったり、 見ただけでもゾッとするような責め道具が並んでおります。
白洲の前に並んで、一同がピタッと静まる。そこへ閻魔大王がお出ましになります。 王といぅマークの付いた冠をかぶりまして、身には道服というやつを纏っています。 手に笏を持って、胸のところで突っ張っております。
閻魔大王 「いかに赤鬼(歌舞伎口調で)、亡者召し連れたか?」
赤鬼 「御前に控えさせましてござります。」
閻魔大王 「本日の亡者、その数いかほどなるぞ?」
赤鬼 「その数は、え〜っ、モジャモジャとまいっております。」
閻魔大王 「モジャモジャではわからん。亡者戸籍簿を持ってまいれ。 なるほど……、ふーん、本日の亡者四千なにがし、男はこれだけ、女はこれだけ。 なるほど、なるほど……、いかに亡者、よく承れ、これより厳しく罪の次第を問いただし、 地獄・極楽の送り先を決めるべきはずのところなれど、 本日は先代閻魔の一千年忌に当たるゆえをもって、格別の憐憫を持ってみな極楽へ通してつかわすぞ。 あとから赤鬼が名前を呼ぶ者だけは残れ。」
喜六 「昔の閻魔はんの、今日は一千年忌やて、そんなことあるんでんな。奇遇ちゅうやつや。 せやけど、オレらには幸せなこっちゃ、これで極楽に決まりや、な」
赤鬼 「あぁ〜ッ、コラッ、私語をしてはならんぞ。今から名前を呼ぶ者はこれへ出ませ。 建具屋喜六、指物師清八、前へ出てこい、それへ座れ、この二人だけは残って、 他のものはみな、極楽へ通ってよろしい。」
喜六 「何でおれらだけ、あかんのやろ?」
清八 「閻魔さま、お恐れながら、何かの間違いではございませんか、 私たち二人はごく平凡な職人で取り立てて悪いことをした覚えもございません。 何でこんなことになったのか……」
閻魔大王 「ええい、黙れ、胸に手を当てて懺悔するがよい。胸に覚えがあろうぞ。 この閻魔大王、浄玻璃の鏡によってすべての所行お見通しである。汝等二人は、一昨年、 伊勢詣りをしたであろうが。」
喜六 「はい、二人で御伊勢さんに参りました。」
閻魔大王 「その折り、道の石を田んぼにけり込んで、それが七度狐に頭にあたり、 えろう怒らせたために、さんざんだまされた。」
清八 「はい、たしかに、そんなことがございました。」
閻魔大王 「あげくのはてに汝等二人は、くだんの七度狐をなぶり殺すハメになってしまいおった。 そうであろうが、いかに?」
清八 「はい、たしかに勢いあまって殺してしまいましたが、それは成り行きで そうなっただけで……」
閻魔大王 「ええい、なりゆきと申すか? ならば、 なぜになぶり殺すようなことをした? 狐とは言え、あまりに哀れ、 そのことに関してはお狐さまからも訴えがまいっておる。 これをおろそかすることはできぬ。一千年忌の温情はなきものと観念いたせ。 これなる事情をもって二人に地獄行きを命ずる。 申し開きは聞かぬ。よいな、清八。」
清八 「ははー、恐れ入ります。」
閻魔大王 「喜六もよいな。」
喜六 「ははー、恐れ入ります。」
閻魔大王 「本来ならば、釜ゆで地獄を申しつけるところ、本日は一千年忌ゆえに 死一等を減じて、核のゴミ最終処分場の刑に処する。」
喜六 「どんなお仕置きになるんでっしゃろか?」
閻魔大王 「防護服地獄じゃ、重い鎧を着て、 亡者が持参する高レベルサイコロを毎日最終処分場まで運ぶのじゃな。」
清八 「何でワイらが、そんな責め苦を?」
閻魔大王 「放射能というのは、な、調べてみると、目にはみえないが、 確率というサイコロ遊びのようなもので人をなぶり殺すものじゃそうな。 そのむごたらしさをお前たちに知らせんがための責め苦である、そう心得い。 これにて一件落着、青鬼、この二人を処分場に引っ立てい。」
青鬼 「ははー。」
と、青鬼が出てまいります。
青鬼 「立ちませい。こっちへこい。」
喜六 「そんなにじゃけんにひっぱらんでも……。」
青鬼 「うるさいぞ、さっさと付いてこい。」
青鬼も、閻魔の庁を出ると、ちょっと表情を緩めます。
清八 「地獄に最終処分場ができたということは、娑婆で聞いたけど、 閻魔さんは、何で最終処分場ちゅうもんを引き受けはったんでっしゃろか?」
青鬼 「何故か、ワシら下っ端の鬼にはわからないが、 引き受けた後でこんな話をされたことがある。
『原発というもの、人間は愚かなモノをつくりよったもんだ。人間の浅智慧は、どうしようもない。 原発のゴミを処分する方法もわからないで、原発を動かし、ゴミがどうしようもないことが 明らかになってからも止めようとしよらん。 放射能というのは、所詮人間の手には負えんものなんじゃ。 人が十万年も管理できるわけがなかろう。 だからワシは、最終処分場を引き受けることにした。それだけの永きにわたって管理できるところなど、 地獄以外にないじゃろう。引き受けたのは慈悲の心からじゃ……』と。」
喜六 「さすが、閻魔さんは、ご立派なもんや」
青鬼 「というて、閻魔大王の意向とはいえ、受け入れがすんなりすすんだわけではない。 当事者の亡者さんたち、というか地獄の利用者さんたちの反対運動もあった。 もしも地獄が放射能に汚染されたらどうなるんや、 地獄に住めんようになったら、極楽の門が開くんか、いうてデモもあった。」
喜六 「亡者のデモでっか?」
青鬼 「そうじゃ、もじゃもじゃとたくさんの亡者が、閻魔の庁におしかけたんじゃ。」
清八 「それで、どうなったりました?」
青鬼 「閻魔大王がおんみずからお出ましになって、人間界は、己の身の丈に合わないものに 手を染めてしもうた。十万年も管理するとなると、この地獄しかふさわしいところがないのだ、と言うて、 説得されたのじゃ。」
喜六 「閻魔さん、えらいもんやな。袖の下でももろうたんちゃうかと疑ってたけど、 見直しましたで。」
青鬼 「閻魔大王は、そんなお方ではない。だからして、閻魔大王なのだ。」
清八 「それでさっき閻魔さんが言うたはった最終処分場の責め苦というのは、どんなもんでっか?」
青鬼 「付いてくれば、分かる」
としばらく歩く。
青鬼 「さあ、付いたぞ」
清八 「えっ、何にもありませんけど」
青鬼 「そこの崖に洞穴の入口があるだろう、上に放射能の黄色い標識が貼ってある。黄色といっても 糞尿の黄色ではないぞ、黄色いパンダのようなマーク、……」
喜六 「ほんまに黄色いパンダでんな。」
青鬼 「といっても、ここに黄色いパンダがいるわけではないぞ。 ここは高レベル放射能の最終処分場の入口じゃ。さあ、行くぞ。」
三人で洞穴の中に入ると縦穴があり、そこを下っていきます。

清八 「それで、ワイらの地獄というのは、どんな責め苦になるんでっか?」
青鬼 「そんなに知りたいか?」
喜六 「そらそうでっしゃろ、責め苦を受けるのはコッチなんやから」
青鬼 「先ほど、閻魔の庁で見かけたであろう、 亡者が娑婆から持ってきた核廃棄物のサイコロを入れる箱、 あの箱を毎日この処分場まで運んでくることじゃ。」
喜六 「そんな簡単なこと」
青鬼 「そうじゃ、が、それがなかなかたいへんなんじゃ。日本の亡者が毎日四千人ぐらいだから、 四千個のサイコロがあのエコボックスに溜まる、それをここまで運んでくるのだ。」
清八 「四千個ちゅうても、たかが40kgくらいちゃいまっか? 二人で担いだら一人あたり20kg、 しれてまっさ。」
青鬼 「そらがそうではない、何しろあのサイコロは核のゴミなのじゃ。放射能をまきちらしておる。 とてもとても素手では持てんしろものじゃ。」
清八 「というと、あの薄っぺらな白い防護服を来て、防毒マスクを着けて……」
青鬼 「察しがいいのう、が、ちょいとちがう。白い防護というのは、あのフクシマの原発で作業員が 着ていたものを想像しているのだろうが、あれは放射能をもったチリが身体に付いて、 飲み込んだりするのを防ぐだけのものだ。ここのは少々違う。最終処分場だからな放射線が高い。 だからといって亡者にはどうってことはないが、一応防護ロボット服を着てもらう。」
喜六 「それは、どんなものでっか? 何かロボットみたいな、鎧みたいなものでっか?」
青鬼 「まあ、そんなもんじゃ、それが重い。最新のものでも70キロぐらいあるから、 鎧の二倍くらいの重さかのう。そこがまさに責め苦じゃのう。」
清八 「よろい二着を着込んだと思ったらいいわけですな。」
青鬼 「それを毎日毎日繰り返す。運んできたら、まずは釜にくべる。 新鮮なゴミはまだまだ熱を出しておるから、地獄の釜の追い炊きに使っておるのじゃ。 温泉の湯を入れておるのだが、ぬるいときもあってな。」
喜六 「釜ゆでの湯は温泉でっか、そりゃええわ。一回入れてもらお。」
静八「何言うてんねん。湯がぶくぶくと沸いてるねんで。」
喜六 「えー? 沸いてるんかいな。」
青鬼 「ぬるいときは、追いだきして沸騰させております。最終処分場ができてからは、 真新しい使用済み燃料の熱を利用させてもろうてます。」
清八 「抜け目ないもんやな。」
青鬼 「ようく手順を覚えておけ、毎日、鎧を着込んで、二人で肥たごのようにサイコロの リサイクル箱を担って山道をのぼってくる、そして、五右衛門釜の焚き口にくべる、 そんな作業が毎日ずっと続くんじゃ、まあ、つらいと言えば辛いもんじゃろう。 まあ、二人で鎧を着込んで放射線という見えない敵と戦う地獄と思えばよかろう。」
清八 「そういえば、放射能のゴミの捨て場がないのは、トイレのないマンションみたいなもんや、 言われてたけど、ここで肥汲みの仕事をさせられるとは思わんかったな。」
青鬼 「さて、そうこうするうちに地下800メートルの処分場に着いた。 これが10万年間核のゴミを保存するところだ。」

喜六 「なんや、薄暗いでんな。」
清八 「青白い光がどこかから射してるみたいやけど……。」
青鬼 「それは、チェレンコフ光というてな、新しい原子燃料を水に入れると発する光なんじゃ。」
喜六 「ふーん、この中はその光だけでっか?」
青鬼 「そうじゃ、地獄にはロウソクはあるが、蛍光灯もLEDもないからな。」
喜六 「そういうたらここに来て、青鬼さんの姿が見えにくうなってきましたで、 青鬼さん、どこにいたはりまんねん?」
青鬼 「ここ、ここ、さっきからお前のよこじゃ。」
清八 「処分場の青鬼さんとかけて……」
喜六 「ほいきた、処分場の青鬼さんとかけて、何と解く?」
清八 「定年後の亭主ととく。」
喜六 「その心は?」
清八 「だんだん影が薄うなる。」
青鬼 「くだらんことを言うな。」
清八 「そない言うても事実は事実ですがな。」
青鬼 「まあまあ、そうやが、……ここでは青鬼は影がうすうなるし、赤鬼は黒鬼になる。 だから、鬼連中はここで働くのを嫌がるのだ。」
清八 「そりゃ誰でもそうやわな。」
青鬼 「しかしな、少しでも光があるうちは、まだましだ。この青いチェレンコフ光というやつはは、 放射能が弱くなってゆくとだんだんくらくなるから、 10万年も経ったらこのトンネルはほぼ真っ暗になるやろな。」
喜六 「そないなったら、そうなったらワイら、こんなとこにようこんな。」
青鬼 「特別な作業をするときは、ロウソクを使う、それで十分じゃ。」
喜六 「そらそうやけど……、考えるだけでも怖いわ。」

喜六 「ちょっと青鬼さん、向こうに地下水が垂れてまっせ、ポトンポトンと、 その下に立ってる水晶か何かにメモリが刻んでますな。」
青鬼 「これは水漏れやない、水時計じゃ。ポトンポトンと地下水の雫が垂れて、 上と下に鍾乳洞のつららと竹の子みたいなものができてくる。その長さで時間を計るわけだ。 メモリの一刻みが一万年じゃから10メモリで十万年、 竹の子の芽が10刻みになるまで、この最終処分場は地獄で管理されるのじゃ。」
清八 「おっそろしい長い時間の時計でんな。」
青鬼 「そもそも地獄には春夏秋冬がない。」
喜六 「そういえば、『地獄海峡冬景色』なんちゅう歌を聞いたことないわな。」
青鬼 「そうじゃ、四季がなくて、まして800メートルの地下や、1年もない、 10年も100年もないのじゃ、だから、鍾乳洞の竹の子の高さで千年、万年を計るしかない。 それに地獄にガイガーカウンターなどないからな、放射線がなくなってきたというのがわからんわけだ。 石の竹の子が10メモリになったら、大丈夫やろうと考えるしかないわけだ。」
清八 「そういうことでっか、想像できまへんな。その時間……」
青鬼 「この水の始末もお前たちの役目だ。最終処分場に水は禁物じゃからな。 下の岩の周りだけ、垂れた水を拭き取るのじゃ、ビチャビチャにしてはいかん、わかったかな。」
清八 「わかりましたが、これも鎧を着てでっか?」
青鬼 「もちのろん、そういうことじゃ」
喜六 「地獄に来てまで、雑巾がけするとは思わんかったな。」
青鬼 「ここには十万年を刻む時計がもう一つあってな、それは、亡者の芸術家が作った ガラスの滝というオブジェで、この処分場の上の公園に飾ってある。」
清八 「何でっか、そのガラスの滝ちゅうのは?」
青鬼 「お前たちが運んできたサイコロは追い炊きに使った後ガラスで固めるのだが、 そのガラスを使って滝のオブジェを創りおった。その芸術家が言うには、 そこにも目盛りが刻んであって時計になっているらしい。 十万年経つうちにガラスの滝は上から下にゆっくりと 流れ落ちるというが、確かめたわけではないので、本当かどうかは分からん。また、暇なときにでも 見てきたらよかろう。」
喜六 「ふーん、けったいなもんありまんなー。」

青鬼 「さて、ついたぞ、ここが縦穴の底じゃ、ここから横穴が八方に通じておる。」
喜六 「トンネルにはマンホールの蓋みたいなものがいっぱい並んでますな。 蓋が上に丸う膨らんでるさかい、何やたこ焼きの鉄板にたこ焼きが並んでるみたいでんな。」
青鬼 「バカなことをいうな。あのマンホールの下には、ガラスで固めた核廃棄物が ステンレスの筒に入って埋め込まれておるのじゃ。」
清八 「なんか、まだ熱そうでんな。このあたりムッとしてるがな。」
青鬼 「そうじゃな。……まだ、百度くらいはあるかもしれん。」
喜六 「そうやろう、やっぱり熱々のたこ焼きや。……せやから、核廃棄物ちゅうのは、 たこ焼きの天かすみたいなもんでんな。……そんなこと考えとったら、 たこ焼き、食いたなってきたな、地獄にはたこ焼き屋おまへんのか?」
青鬼 「そんなものはない、妙なことを言うヤツだ。それより、 そこのマンホールの蓋を見てみるがよい。蓋には閻魔大王のマークの王という字が刻まれておるじゃろう。」
喜六 「そんなマークの入った人形カステラ焼き見たことあるで。」
青鬼 「食べ物のことばっかりじゃの、食い意地のはったやつだ。」
喜六 「そう言えば、何かいい匂いがしてますで、ほんまに人形カステラの匂いみたいや。 気のせいやろうか。」
青鬼 「うん?(と、匂いを嗅いで)ああ、この匂いか、これはキャラメルの匂いじゃ。 そちらの角部屋でキャラメルを作っておるのじゃ。」
喜六 「キャラメルでっか? どうりで人形カステラと同じ匂いや、 ……せやけど、何でまた、キャラメルを?」
青鬼 「甲状腺がんを防ぐヨウ素入りのキャラメル、最終処分場を受け入れるにあたって、 もし事故が起こったときのためにということで、閻魔大王の命令でキャラメル工場を作ったんじゃ。 そうして、今いる地獄の亡者には、これができたときに三粒ずつ配ってある。 それに、毎日来られる新しい亡者さんにも配らんといかんので、 工場はずっと動き続けておるのじゃ。」
清八 「何でまたキャラメルなんやろか?」
青鬼 「おう、それじゃ、昔から、『汚染にキャラメル』と言うじゃろうが、 『えー、おせんにキャラメル、アンパンにラムネ。』……」
お後が宜しいようで。
                            【完】

【注】 閻魔の庁での裁きの場面は、何しろ私も経験がありませんので、 桂米朝さんの「地獄八景亡者戯」の描写を参考にしました。 「先代閻魔の一千年忌」のエピソードも、そのまま使わせていただきました。


追補
この脚本を使われる場合は、必ず前もって作者(浅田洋)(yotaro@opal.plala.or.jp)まで ご連絡ください。



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