「賢治先生がやってきた」(小学校バージョン)
一幕九場

【あらすじ】

「ある日突然、賢治先生が学校に赴任して来られます。 考えごとをしながら歩いていて、ふいに「ほー」と叫んで跳びあがったり、 何かをメモしたり、賢治先生はふしぎなんです。 いったいどこから来た先生なのか、生徒たちは疑問に思います。 その疑問をめぐって筋は展開します。賢治先生は「月夜のでんしんばしら」 という奇妙な絵を描いています。「じゃあ、月から来た先生?」。 疑いをもった生徒の耳には、「ドッテテドッテテドッテテド」という「月夜のでんしんばしら」という曲も、 「ドッセイドッセイ」と聞こえます。 「じゃあ、土星から来たの?」。いえいえ、賢治先生は、 「雨ニモマケズ」の詩も書いています。この詩を見るかぎり地球人のようでもあります。 生徒たちの疑惑は深まるばかりです。賢治先生は、学級農園でトマトを作ったりしています。 夕方になると、「一番星見ーつけた」と嬉しそうに叫びます。 一番星は金星、「じゃあ、金星から来たのかも?」。 そんな賢治先生が、農作業をしているとき、傷ついたよだかが農場に落ちているのを助けます。 そこで、賢治先生は、トマトと話しできるだけではなくて、 よだかとも話せるということがわかります。賢治先生は理科も教えます。 秘密の実験をするので、理科室に入ってはいけないと禁止されていたのに、 生徒たちはついのぞいてしまいます。そこで、賢治先生が銀河鉄道の車掌の仕事を しているのを目にします。理科室が振動して動き始めます。生徒たちはいつのまにか銀河鉄道に乗り込んで いたのです。銀河鉄道で、 宇宙に飛び出していきます。さあ、たいへん、生徒たちがいなくなったことに気づいた賢治先生が、 元気になったよだかに乗って追いかけます。生徒たちは白鳥駅で星にされるところを助けられて、 無事地球にもどります。めでたし、めでたし、なのですが……残念なことに、秘密を知られた賢治先生は、 学校にとどまることができず、 銀河鉄道に乗って去っていきます。」

【では、はじまりはじまり】
ナレーター その前の夜、大きな流れ星がみえました。四月はじめのなんだかかすんだような 夜だったのに、流れ星は長く尾を引いて流れました。まるで宇宙からきた列車のような 長い光の尾だったそうです。
(客席の後方から舞台脇まで張りわたされた線を伝って、窓に点灯した銀河鉄道が急降下して くる)
【一場】
(幕前の張り出しで)
(校長、賢治先生、生徒五人がいる)
校長 みなさんに紹介します。宮沢賢治先生です。岩手県の花巻農学校から こちらに来てくださいました。先生、どうぞ。
賢治先生 宮沢賢治です。よろすく。
(帽子に外套のいでたち、賢治は最後まで帽子を被っている)
(礼をして舞台の生徒の前を歩いていく。「ホーホー」と叫び跳び上がりざま 空中で足を打ち合わせ、すこし走って立ち止まるやメモをとる。 ふと顔をあげて、足ばやに去る)
生徒 おかしな先生やな。
生徒 「ホーホー」って叫んで、跳びあがって……、それに何か書いてたぞ。
生徒 あの「ホーホー」は、なんやねん。
生徒 何を書いてたんやろ。
生徒 不思議な先生やな。
生徒たち (みんなで歌う)
  賢治先生はふしぎな先生
  賢治先生はなんだか宇宙人
生徒 いったいどこから来たのかな。
生徒 何をおしえてくれるのかな。
生徒 たのしみやな

【二場】
(幕があく。中幕は閉まったまま)
(賢治の絵そのままに、月夜のでんしんばしらに扮した生徒が額縁の中に立っている。 生徒たちは張り出しにいて、その絵を怖々のぞきこみにくる)
月夜のでんしんばしら わたしは月夜のでんしんばしらであります。 (と、画面から一歩踏み出して、敬礼をする)
生徒たち 「おー」(というおどろきの声をあげて、後じさる)
生徒 うごいた。絵がうごいた。
生徒 すげえ絵だな。
生徒 ふしぎやな。
生徒 たしか、この絵が美術室に飾ってあったぞ。
生徒 けったいな絵やな、電信柱の人間か。
生徒 月夜の晩に人間が電信柱に変身するのか?……
生徒 えー? 電信柱が人間になるんじゃないの?……
生徒 こんな絵をかくなんて、もしかしたら賢治先生は月から来たのかもしれないよ。
生徒 そうか、月だったらあの「ホーホー」ジャンプももっと高く跳べるよ。(と、 「ホー」と跳んでみせるが、うまく足打ちができないでよろめく)やっぱ、地球じゃだめだ。
生徒 オマエがドジなだけ……。
生徒 音楽室で太鼓をたたいて作曲もしてるらしい。
(生徒が五人、賢治作曲『月夜のでんしんばしら』の歌を歌いながら行進してきて、 月夜のでんしんばしらの前でとまる。曲に合わせて月夜のでんしんばしらも足踏みをする)

合唱隊 ドッセイドッセイドッセイド
 でんしんばしらのぐんたいは
 はやさせかいにたぐいなし
 ドツテテドツテテドツテテド
 でんしんばしらのぐんたいは
 きりつせかいにならびなし

生徒 ふしぎな音楽やな。
生徒 地球の音楽じゃないみたい。
生徒 ドッセイドッセイって言ってるよ。土星から軍隊が攻めてくるんや。…… 賢治先生は地球をさぐりに来たのかもしれん。
生徒 それは聞きまちがい、どんな耳してるの、ドッテテドッテテでしょうが……。
生徒 それに地球に攻めてくるなんて、マンガの読み過ぎよ。
生徒 そうかな、……ドッセイドッセイって土星の行進曲みたいに聞こえたけど……。
生徒 作曲だけじゃなくて童話や詩もかいてるらしい。
生徒 どんな詩を書いているのかな?
(制服の生徒が五人出てきて『雨ニモマケズ』を朗読。月夜のでんしんばしら、合唱隊はそのまま)
朗読隊
  雨ニモマケズ
  風ニモマケズ
  雪ニモ夏ノ暑サニモマケヌ
  丈夫ナカラダヲモチ
  慾ハナク
  決シテ瞋ラズ
  イツモシヅカニワラツテヰル
  (中略)   ヒデリノトキハナミダヲナガシ
  サムサノナツハオロオロアルキ
  ミンナニデクノボウトヨバレ
  ホメラレモセズ
  クニモサレズ
  サウイフモノニ
  ワタシハナリタイ

生徒 「雨ニモマケズ、風ニモマケズ」って聞いたら、やっぱり地球人のようでもあるな。
生徒 でも、今の地球にこんな人はいないと、思う。
生徒 校長先生が「花巻農学校からいらっしゃいました」と言われたから、きっともともとは 花巻出身なんや。
生徒 そうか、そうだ、きっとそうだ。花巻出身の宇宙人や。
生徒 わけわからん……。
生徒 賢治先生は、放課後農園で作業していることが多いやろ、それで夕方になると 「一番星見ーつけた」って嬉しそうに叫んでいるよ。
生徒 ぼくも聞いたことがあるよ。運動場で遊んでいて……。
生徒 一番星って金星でしょう。
生徒 そうか、それじゃあ、賢治先生は金星から来たのかも知れないね。
(暗転、張り出しの生徒は退場。中幕が開くと背景は農場)

【三場】
(農場で賢治先生が授業している)
賢治先生 草引き休めぇー。少し休憩しようか。 君たちが鋤き込んだ堆肥をたっぷり吸い込んで、 じゃがいもは、ほら、ほっこりうまってる。(じゃがいもの根方をなでるように押える) こっちのは、もっこりうまってる。こっちのじゃがいもはかっちりだな。じゃがいも家族は 土の中で手をにぎりあってるね。鈴木君、どうかな。
生徒(鈴木) こっちのは、ぴったりうまってます。(と、根方にさわる)
賢治先生 いいぞ、こっちのは、どうかな、山崎君。
生徒(山崎) ぺったりうまってます。
生徒 先生、土が暖かいです。
賢治先生 土が暖かくて、じゃがいも一家は幸せだ。じゃがいもさんたちはこれでいいぞ。 じゃあ、こっちのトマトはどうかな、木下さん。
生徒(木下) ほっぺたみたいにほっぺりしています。(と、トマトに触れる)
賢治先生 そうかそうか、ほっぺたみたいか、じゃあこっちのはどうかな。
生徒 むちむちしています。(みんなが笑う)
賢治先生 そうか、じゃあ、このほっぺりトマトとむっちりトマトをすこしいただこうかな。 もぎたては、おいしいぞ。いいかい、しずかに、しずかに。「トマトをたべてもいいかな。」 (と、ちいさく叫ぶ)
(どこからか「いいぞ」という声が聞こえる)
生徒たち あれっ?……
賢治先生 きこえたかな。
生徒 なんかきこえたかな。
生徒 ようわからんかった。
賢治先生 じゃあ、きみたちもきいてごらん。
生徒たち トマトをたべてもいいかな。
(何もきこえない)
賢治先生 だめだ、だめだ。もっとこころをこめて、ほんとうにいただきますという 気持を込めて呼びかけるんだ。
生徒たち トマトを、たべてもいいかな。
(「いいぞ」という声がかすかに聞こえる)
賢治先生 そうらきこえた。みんなはとても上手だ。
生徒 ふーん。おかしいな。
生徒 せんせい、口の中で何かいってませんか。
生徒 ○○先生の腹話術みたいに。
賢治先生 いってないよ。じゃあ、トマトのお許しがでたから、みんなでいただこうか。
(風がふいてくる。『ゲゲゲの鬼太郎』の音楽にのせて 「ど、ど、どどどのど」という声が響いてくる。)
賢治先生 あっ、又三郎がきたようだな。わたぼうしのように、この風にのって。
生徒 又三郎ってだれですか。
賢治先生 しー、みんなで、呼んでみよう。はずかしがりやなんだ。
生徒たち (『ゲゲゲの鬼太郎』の曲にのせて)
  ど、ど、どどどのど
  ど、ど、どどどのど
  青いくるみも吹きとばせ
  すっぱいくゎりんも吹きとばせ
  ど、ど、どどどのど
  ど、ど、どどどのど
(ひゅうという風の音とともに、くるくるとまわりながら、又三郎があらわれる。異様な風体)
又三郎 おれ、風の又三郎だ、みんな、仲間にいれてくれや。
生徒 どこから現れたんだ。
又三郎 ど、ど、どどどのど(スローテンポの『ゲゲゲの鬼太郎』の音楽) おれは風、風にのって飛んでくる。時間の壁もひとっとび、たつまきまきであらわれる、 というわけだ。よろしく。
賢治先生 森のなかを風が吹きぬけるとき、枯葉をおっかけて又三郎がとびでてくる。
生徒たち 風の又三郎はふしぎなこども
  風の又三郎はふしぎなこども
(歌っているところに別の生徒が鳥をかかえて現れる)
生徒 先生、この鳥が向こうにおちてました。
賢治先生 えっ、鳥、どうしたんだろう。死んでいるのかな。
生徒 あっ、動いた。
賢治先生 大丈夫だ。生きてるぞ。
生徒 なんの鳥かな。
賢治先生 これは、よだかだな。こんなところにもいたのか。 とにかく理科室で手当をしてみよう。
(賢治を追って生徒たち去る)
(中幕閉まる)

【四場】
(幕の前で。賢治先生、よだか、又三郎)
よだか (苦しそうに羽ばたきながら)わたしは虫を食べなければいきていけません。 虫を殺して……。それが、わたしには苦しいのです、死にたいほど苦しいのです。
賢治先生 そうか、でも、苦しいのは、よだかさん、あなただけではないんだよ。 ぼくもそのことでは悩んでいるんだ。
よだか はい、だからお日さまに相談しようとおもって。
又三郎 天にのぼっていったのか。ひばりみたいに。
よだか はい、かけのぼって、かけのぼって、やっとお日さまに声をかけました。 そしたら、お日さまは、おまえは夜の鳥だから、星に相談したらよかろうとおっしゃいました。 そこで力がぬけてふらふらと落ちて、落ちて、気がとおくなりました。
又三郎 でも、頭をうたなくてよかった。打ちどころが悪かったら死んでたよ。 それに、賢治先生の学校に落ちてもっとよかった。
よだか そうですね。ありがたいことです。
賢治先生 ここでしばらく休んで、体がよくなったら、ぼくが天の川の星のところまで案内しよう。
よだか 本当ですか。たすかります。
又三郎 おれも強い風を吹かせてお前を天まで吹き上げてやるよ。
よだか ありがとうございます。
賢治先生 むこうに鳥小屋がある。そこで休みなさい。(賢治先生とよだかが去る。 又三郎が残っている。様子を窺っていた生徒が現われる)
生徒 いま、賢治先生は鳥としゃべってなかったか?
生徒 しゃべってた。おれは見たぞ。しゃべってたな、又三郎君。
又三郎 しゃべってたよ。
生徒 賢治先生はトマトだけやなくて鳥ともしゃべれるのか。ふしぎやな。
生徒 どうしてやろう。
生徒 正体不明やな、賢治先生の歳はいったいいくつなんやろか?
生徒 さあ、わからんな。又三郎君、いくつなんかな。
又三郎 百歳。
生徒 ひぇー、百歳。
生徒 NHKの『百歳バンザイ』に出られるな。
生徒 せやけどとても百歳にはみえへんで、どうみても三十五歳くらいや。
−−−ここは、つぎのように演じる案もあります。
又三郎 百十七歳。
生徒 ひぇー、百十七歳。
生徒 ギネスブックに載せてもらえるな。
生徒 せやけどとても百十七歳にはみえへんで、どうみても三十五歳くらいや。
−−−
又三郎 そりゃあ、そうだ、賢治先生は三十七歳で死んでるんだから、それから歳とってないよ。
生徒 えー、死んでる……。だったら、賢治先生は幽霊。
生徒 まるで学校の怪談みたいや。こわ、ああこわ。
生徒 せやけど足あるで。(賢治をまねて、「ホー」と叫んで、跳びあがって足を打ち合わせる)
生徒 賢治先生は死んだかもしれんけどたしかに生きてるよ。(強い調子で)
生徒 わたしもそう思うわ。
生徒 賢治先生はふしぎな先生やな、死んでも生きてる。生きているけど、ほんとうは死んでいる。
生徒 このふしぎはもっと、調べてみたいな。『ふしぎ発見』や。
(チャイムが鳴る。)
生徒 あっ、つぎの授業がはじまるで、行こうか。

【五場】
(中幕が開く、星空の背景、青の暗めの照明)
賢治先生 さあ、みんな暗室の暗さに目がなれてきたかな。……これは、 プラネタリウムといって、天井に星空が映るようになっている。
生徒 わあ、きれいだ。
生徒 本当の夜空みたいや。
賢治先生 ほら、そこのミルクの流れたあとのようなのが天の川、 銀河だ。星が砂のように集まった天(てん)の川。
生徒 すごく明るい星があります。
賢治先生 この明るいのがデネブ。
生徒 えっ、デネブー?
賢治先生 デネブーじゃなくて、デネブ。白鳥座の星だ。こういうふうに天の川を 白鳥が飛んでいて、そのおしりのところ。
生徒 だから、白鳥のおならでデネブーか。(生徒おしりをつきだす。他の生徒が笑う)
賢治先生 これがカシオペア、そして白鳥、近くにこと座、そのさきがわし座。 さそり座は見えない。天の川にそって走るととってもきれいだ。
生徒 何に乗って走るんですか?
賢治先生 そう、何がいいかな……。ぼくは、百年まえに宇宙飛行士になりたかった。
生徒 百年前……、やっぱり百歳。(と、生徒同士でめくばせする)
賢治先生 そう、百年前に……。
生徒 百年まえにロケットはあったのかな。
生徒 ロケットどころか、飛行機もあったかどうか。
賢治先生 大きいトンボみたいなプロペラ飛行機ができたくらいかな。 ロケットもなかったし宇宙船もなかった、だからぼくは考え出したんだ。
生徒 何を考え出したんですか。
賢治先生 銀河鉄道。
生徒たち 銀河鉄道?
生徒 それはなんですか。
賢治先生 この地球から天の川までかけのぼるジェットコースター。 天の川のほとりを走る宇宙の超特急だ。
生徒 そんなのありませんよ。
生徒 スペースシャトルよりすげえや。
又三郎 ほんとうは死んだ妹のたましいを天の川まで送りとどけるために考え出したんだ。 (客席にむかって暗くひくい声でつぶやく)
生徒 銀河鉄道なんて、そんな電車はきいたことがないな。
生徒(小島) ぼくの全国時刻表にものってないかな。
賢治先生 全国時刻表。そうか、小島君はいつも時刻表をもってるからな。 そこにものってませんか?  じゃあ、電気をつけるぞ。(舞台明るくなる)
生徒(小島) はい、時刻表。(と、賢治先生に時刻表をつき出す)
生徒 先生、小島君は電車のことなら、なんでも知ってますよ。 行き帰りの電車のなかで、車掌さんのまねをしてるくらいですから。
生徒 この前なんか、校外学習で赤目へ行くのに電車のことは小島君が全部時刻表で調べたんですよ。
賢治先生 そうか、じゃあ、銀河鉄道の時刻表を調べてもらおうかな。
生徒(小島) (パラパラとページを繰って)のっていません。
賢治先生 ほんとうかな。もっとよく調べてごらん。小島君がほんとうに銀河鉄道に 乗りたいと思ってさがしたら、きっと見つけることができるよ。
生徒 そんなの、あるわけないです。
生徒 賢治先生、からかわないでください。
賢治先生 ごめんごめん。じゃあこのはなしはこれくらいにしようか。もう時間だから。
生徒(小島) 銀河鉄道999(スリーナイン)。
賢治先生 えっ、小島君、いまなんて言った。
生徒(小島) 銀河鉄道、スリーナイン。乗ってみたいな。(ジェットコースターのゴーッという音が 遠くから聞こえる)
生徒 いまの音聞こえなかった?
生徒 いや、聞こえたような聞こえなかったような、何の音かな……。
(チャイムが鳴る。)
賢治先生 チャイムがなったね。それではこれで終わりにします。ぼくはこれからここで、 たいへんあぶない実験をしますので、きょうは理科室に近付かないように。
生徒 先生、どんな実験ですか?
賢治先生 それは秘密。いつか話してあげよう。でもいまは秘密。 絶対に近寄ってはだめだよ。
生徒たち わかりました。
賢治先生 じゃあ、これで終わります。
生徒 起立。礼。
(暗転)

【六場】
(五場と同じ理科室。賢治がひとりスポットライトに浮かび上がる。 駅員の帽子を被っている。)
賢治先生 (マイクを持ったふりで)銀河鉄道地球ステーション、地球ステーション。 銀河鉄道終点でございます。お忘れもののございませんようにお降りください。
(放送を終えて、かたわらに去る。)
(舞台、明るくなる。生徒たち、理科室をのぞいていたようすで、こわごわ現れる。)
生徒 賢治先生が駅員さんになってたぞ。
生徒 銀河鉄道地球ステーションってなんだろう。
生徒 理科室は何かの駅なのかな。
生徒 なんだか、こわいわ。
生徒 やっぱり約束をまもって来なけりゃよかった。
生徒 どこかへ連れて行かれそう。
賢治先生(声) 銀河鉄道、白鳥駅行き、発車いたします。
(ガタガタとものがゆれる音がする。立っていた生徒たち思わず椅子に座る。)
生徒 なんだ。なんだ。
生徒 理科室がゆれてるよ。
生徒 地震かな。
生徒 ちがうよ。教室が動いてるんだ。
生徒 こわいわ。どうしちゃったの。
生徒 賢治せんせーい、たすけてー。
(生徒たち、突然座ったままの姿勢で椅子をもって立ちあがる。しばらく右往左往して、 やがて一列に並ぶ。ジェットコースターのような、ゴーという音がたかまってきて、 生徒たちは一列にならんでウェイブしながら悲鳴をあげたりして動きまわる。さらに、 椅子を並び替えてウェイブを繰り返す。)
(暗転)
賢治先生 (スポットに照らされて)何か生徒の悲鳴が聞こえたようだが。
(ゴーという音と悲鳴が尾をひいて、暗転)

【七場】
生徒 賢治先生、たいへんです。
賢治先生 (準備室から現れる)どうした。
生徒 小島くんたちが、学校のなかで行方不明です。
生徒 学校中がおおさわぎ。みんなで捜しています。
賢治先生 どこでいなくなったのかな。
生徒 理科室に行くと言ってました。
賢治先生 あぶないから近付かないように言っておいたのに。
生徒 賢治先生の秘密をさぐるって。
生徒 賢治先生の『ふしぎ発見』とか言ってたよな。
賢治先生 本当にあぶない実験だったのに。
生徒 先生、どうしましょう。
賢治先生 職員室の先生に話してきなさい。ぼくは捜しに行く。
又三郎 賢治先生。みんなは、銀河鉄道に乗って行ったんですか。
賢治先生 どうもそうらしい。
又三郎 切符はどうしたんだろう。
賢治先生 生徒たちは切符がなくても乗れるんだよ。
又三郎 そうか。でも、列車はもう発車したあとだし、どうするんですか。
賢治先生 そうだ、よだかにたのんでみよう。よだかなら銀河鉄道においつけるかもしれない。
(賢治歩きながら考えている。と、突然「ホー」と叫んで跳びあがりメモを見る。 しばらく空を見上げていてやがて心を決めたように大股に去る。)
又三郎 おれも行く。おれの風でよだかを吹き上げてやるぞ。
(風の又三郎がついていく。『ゲゲゲの鬼太郎』のテーマ曲にのせて「ど、ど、どどどのど」。 風の音。又三郎が消えるとすぐ羽ばたきの音)
生徒 あっ、この前のよだかだ。空を飛んでいく。
生徒 賢治先生を乗せているのかな。
生徒 よだか、賢治先生、又三郎。
(舞台そでからよだかが青い炎につつまれてのぼっていく)
生徒 あっ、よだかが青い火を噴いている。
生徒 ロケットみたいだ。
生徒 たのんだぞ。
生徒 よだか、賢治先生、又三郎。
(暗転)

【八場】
ナレーター 学校中がおおさわぎになりました。保護者のかたもかけつけました。 みんなはまちくたびれて理科室で眠ってしまいました。
さて、ここは星の世界、天の川にある銀河鉄道白鳥駅です。
賢治先生 (スポットライトに照らされてよだかに乗って現れる)よだかよ。 さあ、銀河鉄道白鳥駅についた。ありがとう。ここでお別れだ。
よだか わたしこそありがとうございました。超スピードで宇宙に舞い上がったとき、 わたしの体が青い炎をまとって燃えだしました。そのとき、わたしの苦しみが嘘のように消え去って いくのを感じました。
又三郎 そこまでいくのは苦しかったろう。
よだか はい、でも、これですくわれました。
賢治先生 君はよだかの星になりなさい。
よだか 賢治先生、又三郎さん、どうか青い星をみてわたしのことを思い出して下さい。 ではさようなら。(よだか、去る。)
(「銀河鉄道白鳥駅、銀河鉄道白鳥駅」の放送)
賢治先生 さて、この白鳥駅にみんなはいるかな−。
 (暗転)

(暗い舞台に、頭に夜行塗料の星をつけた生徒たちが登場。いろんな星座の隊形を組んで、 ポーズをとったりする。)
(舞台あかるくなると、さそり、わし、子いぬ、へび、大ぐま、小ぐま、 こと座などをあらわす星や衣装をつけた星座たちが現れる)
さそり どうも並び方がへただな、もうすこしなんとかならないか。
へび もっと気合いをいれてやれ。(とムチをならす)
生徒 そんなこといったって、星座になるのなんてはじめてなんだからしかたないですよ。
生徒 どんなふうに並べばきれいな星座になれるのか、地上から見ないとわからない。
わし つべこべいうな。もう一度、並んで、並んで。そーれっ、カシオペア、 はい、ポーズ。(生徒たちの隊形をしばらくながめている。)だめだ、だめだ。こんな星座じゃ、 だれにも見てもらえないぞ。
大ぐま 体育の時間に隊形の練習もしているだろう。
小ぐま 前にならえとか、両手隊形に開けとか。
生徒 それはやったけど、星座のつくりかたまではならわんかった。
生徒 ああ、しんど。ちょっと休ませてください。
こと 体育の時間もそんなふうにさぼってたのか。
生徒 さぼってませんよ、さっきから立ちっぱなしで疲れました。
子いぬ わかったわかった。じゃあ、しばらく休憩。
生徒 星座を作るといっても、ぼくたちどうすればいいのかわかりません。 一度手本を見せてください。
さそり 手本だと。おれたちにできないとでも思っているのか。やってやろうじゃないの。
へび じゃあ、とびきりウルトラC難度の秋の星座、 白鳥駅の白鳥座というやつから見せてやるか。
星座たち (こと座の伴奏で『星めぐりの歌』を歌いながら舞う。)
  あかいめだまのさそり
  ひろげた鷲のつばさ
  「そ−れっ、白鳥」(という掛声で、さっと白鳥座の隊形にならび、ポーズを決める。)
  あおいめだまの小いぬ
  ひかりのへびのとぐろ
  「そ−れっ、カシオペア」
  (以下同様に「ペガサス」、「オリオン」と続く。)
生徒 わあー、上手だ。やっぱりきれいね。
生徒 さすがだな。
大ぐま こうして毎日練習しているから、きりっとした星座になれるんだぜ。
わし おれたちの実力がわかったか。
生徒 こんなにきれいにいくと、ぼくたちも星座になってもいいな、と思ってしまうよな。
(と、そこへ賢治先生が現れる)
賢治先生 いや、だめだ。君たちはまだ星になるには早すぎる。
生徒たち 賢治先生、又三郎くん
賢治先生 やっぱり、ここにいたな。よかった。よかった。捜していたんだよ。
生徒 心配をかけてすいません。
生徒 でも、いったいここはどこなんですか。
生徒 夜空の上ということはわかるんですけど。
賢治先生 銀河鉄道白鳥駅。
又三郎 白鳥駅の駅前広場。
生徒 へえ、そんなところなのか。
生徒 ぼくたち恐い目にあったんですよ。
生徒 理科室をのぞいていたら、とつぜん理科室が銀河鉄道の列車になって、 宇宙にとびだしていったんです。
生徒 ジェットコースターみたいに。
生徒 ジェットコースターよりこわかった。 目をつむってたから宇宙の景色が見えませんでした。
賢治先生 それは残念だったね。じゃあ、 帰りはゆっくり天の川の景色をたのしんでいきなさい。
生徒 ぼくたち帰れるんですか。
生徒 この星座さんたちが、ここで星座になれっていうんです。
生徒 特訓までさせられて……。
さそり そのとおり。ここまできたからには、星座になってもらわなくては。
大ぐま いくら、賢治先生のたのみでも、帰すわけにはいかないよ。
賢治先生 生徒たちは星になるにはまだ早すぎるんだ。
へび ええい。うるさい。だめなものはだめなのだ。
小ぐま それ。みんなを捕まえろ。
(乱闘になりかける。生徒たちは逃げ腰でかたまる)
賢治先生 しかたがない。ええい、風の又三郎、たのむぞ。風で雲を巻き起こせ。 夜の空をおおってしまえ。
又三郎 がってんだ。とはいったものの、すこしちがうんだけどな。 (と、客席にむかって話しかける。)第一宇宙には空気がないから風も雲もない、 ということなんだけど、賢治先生のたのみだし、まあいいか。それでは、どつどど、どどうど、風よ、 吹け、どつどど、どどうどと、雲よ、来い。「どつどど、どどうど」のところだけみんなも いっしょにたのむよ。
(観客といっしょに。)
  どつどど どどうど どどうど どどう
  青い星座も吹きとばせ
  すっぱいうめ星吹きとばせ
  どつどど どどうど どどうど どどう
  雲よ、来い
賢治先生 雲よ来い。雲よ空をおおいなさい。
雲たち (舞台に雲形の段ボールをもった雲たちが現れ、 その雲を盾のように使って星座を舞台から追い出していく。生徒も加勢してどたばたの乱闘。 雲に押されて星座は舞台のそでに入る)
賢治先生 星座さんたち、悪くおもわないでな。しかたなかったんだよ。
生徒 やった−。
生徒 賢治先生、星座さんを雲がかくしてしまいました。
生徒 やったぞ。エイ、エイ、オーだ。それっ。
生徒たち エイ、エイ、オー
賢治先生 さあ、帰ろう。地球に帰ろう。では、そこいらに散らばっている銀河鉄道の座席に乗った、 乗った。
生徒 また、乗るんですか。
賢治先生 乗らないと帰れないよ。
生徒 先生との約束をまもらなくてごめんなさい。
賢治先生 もういいよ。さあ、出発だ。
(生徒たち、『星めぐりの歌』を歌う)
  アンドロメダのくもは
  さかなのくちのかたち
  大ぐまのあしをきたに
  五つのばしたところ
  小熊のひたひのうえは
  そらのめぐりのめあて
賢治先生 あれがカシオペア、こっちが白鳥、そしてむこうに見えるのがこと座。
生徒 わあ、きれいだ。
生徒 やっぱり、きりっとしてる。
生徒 特訓しているからね。
(「銀河鉄道地球ステーション行き、発車いたします」の放送)
賢治先生 さあ、地球に帰ろう。地球の命にもどろう。
(賢治を先頭に、座った姿勢で椅子を持ち上げて、ゴトンゴトン、 ゴーゴーと口ずさみながら列車の動きを表す。列は右に左にゆっくりと蛇行したり、 ウェイブしたりしながら、やがて暗転)

【九場】
ナレーター 学校に残った生徒たちはまちくたびれて眠ってしまいました。 眠っている間に賢治先生の夢をみました。不思議なことに、みんな見た夢が同じでした。 夢のなかで賢治先生と小島君が何か話していたようでしたが、 どんな話かはっきり聞き取れませんでした。……どれくらい時間がたったでしょうか。 とつぜん遠くに汽車の汽笛が聞こえて目が覚めました。
(銀河鉄道がライトをつけてもどってくる。しばらくして行方不明生徒だけが舞台に現れる。 教室で待っていた生徒たち、校長先生が出迎える)
生徒 ああこわかった。
生徒 賢治先生といっしょでもこわかったわ。
生徒 おかえり、心配してたんやで。
生徒 無事にかえれてよかったね。
生徒 賢治先生のおかげやね、それによだかの。
生徒 又三郎もはたらいたよ。
校長 よかったよかった、みんなも、先生たちも、保護者のかたも心配してくださってたんだよ。
生徒 どうもすみませんでした。わけがわからなくて、びっくりしました。
生徒 近付かないように言われていたのに、理科室で賢治先生の『ふしぎ発見』をしていたら、 ガタガタゆれて、椅子にすわりこんだら、きゅうにジェットコースターみたいに発車したんです。 それが銀河鉄道。
生徒 乗ったらすぐに、すっごく速いスピードで空をとんでいたんや。
生徒 体が「ギュー」とおしつけられてこわかった。
生徒 銀河鉄道の白鳥駅では、もう少しで星座にされるところだった。
生徒 帰りに丸くて青い地球が見えたよ。
生徒 真っ暗な宇宙に真っ青な地球が浮いていてきれいだった。
生徒 賢治先生もリンゴみたいだろうって。
生徒 それで賢治先生は?
生徒 又三郎君は?
生徒 あれっ、いっしょに銀河鉄道地球ステーションについたのに。
生徒 こんどは賢治先生が行方不明。
生徒(小島) あっ、銀河鉄道の時刻表が消えてる、白鳥駅でもらってきたのに……。
(舞台そでから電気をつけた銀河鉄道がのぼっていく)
生徒 あっ、銀河鉄道が発車していくぞ。
生徒 賢治先生と又三郎くんはきっとあれに乗ってるな。
生徒たち 賢治先生、賢治先生。(と叫ぶ)、 又三郎、又三郎。(と叫ぶ)
生徒 賢治先生、ぼくもまた銀河鉄道に乗せてください。
(耳をすますと、遠くから「いいぞ」という声が聞こえる)
生徒 天の川まで連れて行ってください。
(「いいぞ」)
生徒たち みんないっしょでいいですか。
(「いいぞ」)
生徒 賢治先生、百年たったら、また会いましょう。
(「よーし、いいぞー、百年たったらまた会おう……。」)
生徒たち 約束ですよー、賢治先生。
(「いいぞ」)

ナレーター こうして、わたしたちの学校にやってきた賢治先生と風の又三郎君、 よだかさんは去ってしまわれました。賢治先生の『ふしぎ発見』をしたわたした ちのせいかもしれませんが、とても残念です。この文化祭も、 賢治先生に見てもらいたかったのに、又三郎君といっしょに劇をしたかったのに。 でも、賢治先生はきっと、どこかで、わたしたちの学校生活を見守っていてくださると思います。 それに、賢治先生は銀河鉄道に乗せてやると約束してくださいました。 わたしたちはまっています。いつかかならず約束を守ってくださることを信じています。 いつかかならず。

全員で (『賢治先生はふしぎな先生』の歌)
  賢治先生はふしぎな先生
  賢治先生はなんだか宇宙人
  なんでも教えるふしぎな先生
  ふしぎを教えるなんだか宇宙人
  夜空に叫べば汽笛がこたえる
  天の川にも銀河鉄道フリーパス
  賢治先生はふしぎな先生
  こころにのこるあの叫び

  賢治先生はふしぎな先生
  賢治先生はなんだか宇宙人
  なんでも教えるふしぎな先生
  ふしぎを教えるなんだか宇宙人
  畑で叫べばトマトがこたえる
  よだかの星も銀河鉄道フリーパス
  賢治先生はふしぎな先生
  こころにのこるあのジャンプ

わたしたちの劇を見ていただいて、ありがとうございました。
                        【幕】

『賢治先生はふしぎな先生』はオリジナルで、池田洋子さんに作曲していただいた譜面もあります。
「楽譜のページ」には、こちらからどうぞ。


追補
この脚本を使われる場合は、必ず前もって作者(浅田洋)(yotaro@opal.plala.or.jp)まで ご連絡ください。



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