教室の壁は回し蹴りで
−銀河鉄道いじめ物語−
2010.1.17

【まえがき】
「銀河鉄道の夜」はいじめの物語の側面も持っています。主人公のジョバンニは、 ザネリたちにいじめられています。星野慎司たちのクラスでは、 学習発表会で「銀河鉄道の夜」を上演することになります。慎司はジョバンニ役を押しつけられます。 教室で練習がはじまります。劇中劇は、賢治先生の授業の場面。ジョバンニは 授業中の態度についてザネリにいじめられます。「お父さんかららっこの上着が来るよ」 というからかいに切れたジョバンニは、ザネリにかかっていきます。揉み合う内に 劇中劇の理科室を囲った壁を倒してしまいます。暗いいじめがみんなの目に曝されます。 ジョバンニへのいじめを見ていた同級生もいます。先生は、ジョバンニへのいじめにこと寄せて、 慎司へのいじめについてみんなに考えさせようとします。
さて、このいじめの行方はどうなるのか、それは観てのお楽しみ。では、

【はじまり、はじまり】
                   登場人物 約25〜30名
〈一場の登場人物〉
  生徒(星野慎司) ジョバンニ
  生徒(三隅) カンパネルラ
  生徒(花村) ザネリ
  宮沢賢治先生 劇中劇で生徒会長が演じる理科の先生
  生徒E
  生徒F
  生徒G(倉田) いじめっこ
  生徒H(森下) いじめっこ
  生徒I(藤原)
  生徒J
  二場の登場人物 まわりで観ている

〈二場の登場人物〉
  一場の登場人物
  生徒K(演出の係り)
  生徒L(鈴木)
  生徒M(佐藤)
  生徒N(浜口)
  生徒O(大道具)劇中劇の壁を支える役
  生徒P(大道具)劇中劇の壁を支える役
  生徒Q(大道具)劇中劇の壁を支える役
  竹原先生(女性) ジョバンニの担任

  お化けA
  お化けB
  お化けC
  お化けD
  お化けE
〈三場の登場人物〉
  通行人1、2
  慎司の母
  通行人3、4、5
  一場、二場の登場人物 ストップモーションのまま、後で朗読

【一場】 (教室の中に作られた劇中劇の理科室)
 (劇中劇「銀河鉄道の夜」の練習、場面は段ボールを建てかけて囲った理科教室。
 黒板の上に学習発表会「銀河鉄道の夜」の看板が掲げられている。
 理科室の舞台のまわりにスタッフの生徒たちがちらばって練習を見ている。 いじめを見ている生徒たちでもある)
賢治先生 「では、みなさん、天の川だと言われたり、 ミルクの流れたあとだと言われたりしているこのぼんやりと白いものがほんとうは何か知っていますか?」
(先生は、黒板に貼られた星座の図を指しながら、問いかける)
(生徒B(カンパネルラ)、Eが手を挙げる。生徒A(ジョバンニ)も手を挙げようとするが、迷って止める)
生徒C(ザネリ) 「おい、ジョバンニ。なぜ止めるんだよ。 オマエ、知ってるんじゃないのか? 星座オタクのオマエが知らないっていうのはおかしいよ」
生徒G 「そうだよ。何で手ぇをひっこめたんや?」
生徒H 「星が好きなんじゃなかったのか……」
賢治先生 「ジョバンニくん。君はわかっているよね。はい、答えてください」
生徒A(ジョバンニ) (立ちあがるが)「……」
生徒C(ザネリ) (振り返ってくすっと笑う)「何か言えよ。突っ立ってないで……」
生徒A(ジョバンニ) 「エーと……」(と、もじもじして頭をかく)
賢治先生 「大きな望遠鏡で銀河をようく調べると銀河はだいたい何でしょうか?」
生徒A(ジョバンニ) 「やっぱ、それは……」(と、言いよどむ)
賢治先生 「ジョバンニは、今日はおかしいね。……では、カンパネルラ」(と指名する)
生徒B(カンパネルラ) (勢いよく立ちあがるが)「それは、うーん……」(と答えられない)
賢治先生 「二人とも何ですか、……では、いいから。 ……さっきジョバンニにちょっかいをかけていたザネリに聞こう、 このぼんやりと白い銀河を大きないい望遠鏡で見ると、何が見えますか?」
生徒C(ザネリ) 「小さい星が見えます」
賢治先生 「はい、そうですね。もうたくさんの小さな星がいっぱい見えるのです。 ジョバンニ、そうだな?」
生徒A(ジョバンニ) (うなずく)「……」
賢治先生 「太陽や地球もやっぱりその星の一つです。この模型を見てください。 (と教卓の上から銀河の模型を取り上げる)天の河の形はちょうどこんななのです。 レンズみたいな形ですね。
それならこのレンズのおおきさがどれ位あるか、またそのなかのさまざまの星についてはもう時間ですから、 このつぎの理科の時間にお話しします。では、今日はその星のお祭りなのですから、 みなさんは夜星をしっかり♪見あげてごらん、夜の星をー♪(とテノールで歌う)ですね。 では、これで理科の授業は終わり。つぎは教室です。本やノートを忘れないように。では、終わります」
生徒F 「起立、礼」(生徒たちばたばたと立ちあがり、そろわない礼をする)
(賢治先生が教室から出て行く。生徒I、Jが退場。生徒A、B、C、G、Hが残る)
生徒C(ザネリ) 「ジョバンニ、オマエうざいぞ、何で答えなかった?  そのためにオレが答えさせられたじゃないか」
生徒A(ジョバンニ) 「星だってこと忘れてた」
生徒C(ザネリ) 「嘘つけ! オマエが知らないわけないだろうが……」
生徒G 「そんなばからしい質問には答えられません、というわけですか?」
生徒B(カンパネルラ) 「ジョバンニはそんなことは考えてないよ」
生徒H 「だったらなぜ答えなかった?」(彼は後ろ手に黒板消しを隠し持っている)
生徒G 「頭がまっ白になったってか……」
生徒H 「こんなふうにかよ」(と、不意に黒板消しでジョバンニの頭を叩く。 ジョバンニの髪は、チョークの粉(米粉)で白く染まる。舞台の回りの暗がりから笑い声が聞こえる)
生徒A(ジョバンニ) 「何をするんだよ」(と、頭の粉を払う)
生徒I(藤原) 「ひどいわ。やめなさいよ」(と、Hから黒板消しを奪い取る)
生徒J 「答えられなかったってだけで、何も悪いことしてないのに……」
生徒B(カンパネルラ) 「忘れてたんだよ、なあ。ぼくの家で星の図鑑を見たことはあるよね、 ジョバンニ、でも、なぜか二人ともど忘れしちゃって……」
生徒C(ザネリ) 「カンパネルラ、なんでジョバンニをかばうんだよ。オマエもグルか?」
生徒B(カンパネルラ) 「ぼくは……」
生徒H 「お坊ちゃんは、黙ってた方が……」
生徒G 「ジョバンニみたいなことになっても知らないよ」
生徒C(ザネリ) 「まあ、そのくらいにしといてやるか、お祭りだし……、 なあ、今日の銀河の祭り、みんなでいっしょに行こうや……、ジョバンニはダメだけどな。 オマエは、印刷所の活字拾いのバイトだよな。残念だけど行けません」
生徒A(ジョバンニ) 「いいよ、ぼくは印刷所に寄って、後から行くから……」
生徒B(カンパネルラ) 「お母さんの牛乳も買いに行くんだろう。 栄養を付けるために毎日飲まないといけないから……」
生徒A(ジョバンニ) 「そうだった。……牧場にね」
生徒B(カンパネルラ) 「牧場に行っての帰りに祭りに来れば間に合うよ」
生徒A(ジョバンニ) 「ああ、そうする」
生徒E 「カラスウリ流しに間に合うかな」
生徒F 「今晩は冷えるかもしれないわね」
生徒G 「オレ、コートを着ていくよ」
生徒C(ザネリ) 「ジョバンニも上着を着て来るよね。 ……お父さんかららっこの上着が来るよ」(とからかう)
生徒H 「お父さんかららっこの上着がくるよ」(と繰り返す)
生徒E 「らっこの上着がもらえるの」
生徒B(カンパネルラ) 「ジョバンニのお父さんが単身赴任から帰ってくるって、 うちの父さんが言ってたよ」
生徒A(ジョバンニ) 「ぼくは知らないんだ」
生徒C(ザネリ) 「どこに行ってたのかなー、……でも大丈夫だよ、 お父さんはらっこの上着をもって帰ってくるから……」(と、ふたたびからかう)
生徒A(ジョバンニ) 「お父さんをからかうのはやめろって言ったやろう」 (と、とびかかっていく。ザネリが不意をつかれて倒れる)
生徒B(カンパネルラ) 「ジョバンニ、止めろ。落ち着いて……」
生徒C(ザネリ) (立ちあがりながら)「突き飛ばしたな。 先に手を出したのはオマエだからな、……ジョバンニがオレを突き飛ばしたんだぞ」
生徒H 「ジョバンニが暴力をふるった」
生徒A(ジョバンニ) 「わざとじゃないよ。ごめん、イヤなことを言ってからかうから、……」
生徒C(ザネリ) 「何もいやなことは言ってないぞ。ほんとうのこと言っただけだ」
生徒G 「ザネリに謝れよ。先に手を出したんだから……」
生徒H 「謝らないんなら、ザネリにもおなじようにさせるよ」(と後ろから体を押さえる)
生徒C(ザネリ) 「このやろう」(と、両肩をもって揺さぶる)
(ジョバンニとザネリ、生徒G、Hが揉み合い、カンパネルラが止めたりしているうちに、 ジョバンニとザネリが理科室の壁にぶつかってしまい、突然、段ボール壁がバタバタと倒れる。 劇中劇の仕切りがなくなり舞台は自分たちの教室に広がる。スタッフの生徒がまわりにいる。 彼らはジョバンニへのいじめを見ていた生徒たちでもある)

【二場】 (教室)
生徒K 「カット、カット……どうしたの? しっかり支えてくれなくっちゃ、 壁倒れちゃったじゃないの」
生徒O 「ごめん、ごめん、ちょっと鼻がかゆくなって掻いているところに、 二人が勢いよくぶつかってきたから、なんかよろよろして……」
生徒P 「本番はちゃんと板で支えとくから……」
生徒Q 「でも、二人がぶつかってきたらどうしようもないよね」
生徒K 「そうね、ジョバンニとザネリも気をつけてちょうだい」
生徒A(ジョバンニ) 「わかりました。本番では気を付けます」
(ジョバンニとザネリ以外の劇中劇の役者たちは、その場所でイスに腰掛ける)
竹原先生 「でも、真剣にやっているからぶつかってきたりするのよね。 それだけよくなってきたってことかな。いじめもなかなかの迫力だし……何だかあやしいくらい、 ザネリくん、ほんとうはジョバンニのこといじめてるんじゃないの?」
生徒C(ザネリ) 「いじめてませんよ。何でそんなことを言うんですか?」
竹原先生 「あなたのいじめ方、あんまり上手だから……それにね、 ちょっと引っかかっていることがあってね、最初、ジョバンニの配役が決まらなかったときがあるでしょう。 あのとき、あなたが星野くんにジョバンニを押しつけたんじゃないかって、そんな気がしていて……」
生徒C(ザネリ) 「そんなことないですよ。こいつが自分から立候補したんですよ。なあ、倉田」
生徒G(倉田) 「そうですよ。星野はジョバンニにぴったしだしな」
竹原先生 「何だかいじめられそうな性格っていうこと?」
生徒H 「そんなことじゃくて、顔も体も性格もジョバンニって感じだし……」
生徒A(ジョバンニ) 「ぼくは立候補したけれど、ビミョウなんです。 手を挙げろって言われたわけじゃないけれど、そんな雰囲気だったし……」
竹原先生 「そうよね。たしかにビミョウ、だけど……みんなはどうなの、 あなたたち今のいじめの場面を見ていてどうだったの? 鈴木くん、どう?」
生徒L(鈴木) 「どうって、……劇の話だし……」
竹原先生 「ほんとうに劇の話だけ、ジョバンニさんは本当の世界でもいじめられていて、 それを見ている人がいるんじゃないの……」
生徒L(鈴木) 「どうして、そんなことを言うんですか?」
竹原先生 「見ていてどう思ったのかってこと……、佐藤さん、どうなの?」
生徒M(佐藤) 「ジョバンニがかわいそうです」
竹原先生 「何がかわいそうなの?」
生徒M(佐藤) 「らっこの上着のことでからかわれて……」
竹原先生 「ふーん、それだけ? ラッコの上着のことでからかわれてかわいそうなだけ?  じゃあ、ジョバンニがどうしていじめられているのか、考えてみようか?」
生徒L 「ジョバンニはお父さんがどこかにいっていて家にいないから……」
竹原先生 「それでいじめられているの? それから……」
生徒M(佐藤) 「ジョバンニはお母さんと二人で家がビンボーだから……」
竹原先生 「ふーん、それから」
生徒N 「ジョバンニの家はビンボーだから小学生なのにお金をかせがないといけないから……」
竹原先生 「なるほど、ほかには?」
生徒O 「ジョバンニがひとりぼっちだから……」
竹原先生 「それもあるかもね、それから……」
生徒P 「ジョバンニが星を見るのがすきな子どもだから……」
竹原先生 「オタクさんみたいだってこと、そうか……、ほかには?」
生徒K 「ジョバンニがKYで(空気が読めなくて)、ノリが悪いから……」
竹原先生 「演出担当のあなたは、そんなふうに思うのね……あなたたちは、 ジョバンニがいじめられているのをそんなふうに見ていたのね。ようくわかりました。 で、どうなの、それがジョバンニがいじめられている理由だというのはわかった。 でも、そんな理由でいじめてもいいのかしら?
お父さんがいないからいじめてもいいの?
ビンボーだからいじめてもいいの?
オタクだからいじめてもいいの?
KYだから、ノリが悪いからいじめてもいいの?
ザネリくんは、どう思いますか?」
生徒C(ザネリ) 「お父さんがいないとか、ビンボーとかでいじめてはいけないけれど、 KYとか、ノリが悪いとかは、ジョバンニもなおしてほしいと思います」
生徒G 「そうだよな。ジョバンニも悪いところはあると思います」
生徒H 「付き合いきれないところがあるからな」
生徒A(ジョバンニ) 「ちがうよ。みんなはただぼくがひとりで弱いからいじめているだけなんだ」
竹原先生 「ジョバンニくん、やっと、みんなの前でいじめられてるって認めたわね。……よかった。 とりあえず、ここから出発ね」
生徒A(ジョバンニ) 「やけくそで言っただけだよ。それを、先生みたいに、そんなふうに言わないでくれよ。 そんな言い方は、またみんなの神経に触ってしまうんだ。 そして、またオレがいじめられる。そんなことも分からないのかよ」
竹原先生 「いいえ、違います。……あなたは、みんなにボールを投げたのよ。……、 さあ、みなさん、ボールはあなたたちの手にあるの。どういうふうに返していくの?」
生徒H 「返すっていっても、どうすればいいんですか?」
竹原先生 「考えてみて……、だれか、星野くんを支えてあげないの?  勇気を振り絞っていじめられてるって叫んでいるのに……」
賢治先生 「オレは、星野の話を聞こうかな」(と、賢治先生役の生徒が叫びながら登場する)
竹原先生 「ああ、賢治先生ね。……それがいいかもしれないわね。何と言っても生徒会長さんだからね」
賢治先生 「たよりない生徒会長だけど、……オレ、会長になったら、何だか、そうじゃないときより、 みんなの様子をよく見るようになったんだ。ふしぎなんだよ。なってみればわかるって、……で、 慎司を見ていて、ぼくもそんなことじゃないかと心配していたんだ。以前から疑っていたんだけど、 自分から言い出すのを待っていたというか、きっかけがなかったというか……でも、 さっきのやりとり、勇気があるなあーと思った。あの話をそっちの隅で聞いて、 やっとオレの生徒会長の仕事が見つかった気がした。ありがとな慎治……」
竹原先生 「……直球だね。すごい球が返ってきたよ」
生徒I(藤原) 「内のお父さんが、いじめは、……弱いものいじめは卑怯だって言ってました」
竹原先生 「ふーん、藤原さんのお父さんはいいことをおっしゃるわね。みんな卑怯ってわかる?」
生徒J 「ずるいってことですか?」
生徒I(藤原) 「お父さんはフェァーじゃないって……」
生徒B(カンパネルラ) 「そうだよ。ジョバンニは教室でみんなといっしょに騒がなくても、 みんながおもしろがっているときにひとりしずかにしていても、 それが彼の性格なんだから放っておいてやったらいいんじゃないですか」
生徒C(ザネリ) 「オレ的には、もっとみんなのノリを大切にしてほしいだんよな。 誘ったこともあるけれど、入ってこないから……」
生徒G 「もっと付き合えよな、一人でいられると目障りだしさ」
生徒H 「そうだよね、ジョバンニも悪いよ」
竹原先生 「いじめには理由があるのよね。いじめっ子側にもそれなりの理屈があるってみんな言うのよ。 でも、その理屈が正しいかどうか、聞いてもらえばいいのよ。一度学校の壁を取っ払って、 あなたたちのやってることを考えてみたら……」
生徒C(ザネリ) 「オレは、みんなの前でも言えるよ」
賢治先生 「まあまあ、オレは生徒だから、先生みたいには割り切れないところもある。 いじめっこの理屈も分からなくはないよ。でも、ザネリ、どんなふうな理屈があっても、 人の心を切り裂くようなことはダメじゃないかな」
生徒C(ザネリ) 「オレがそんなに切り裂いたのかよ?」(と、いまにも殴りかかりそうな様子)
竹原先生 「それだけじゃないのよ。ザネリ、あなたには、あなたの理屈がある。 だから卑怯がゆるされるって思っているのかもしれないけれど、それだけじゃないの。 いじめは、いじめられっ子だけじゃなくて、 いじめっ子の方にも悪い影響を残すの、だから怖いのよ」
生徒K 「いじめっこにも悪いんですか?」
竹原先生 「そうなの、どういえばイイかしら、いじめはお化け屋敷に入るようなものなのよ」
(竹原先生のこの言葉で教室が突然青い照明に照らされて薄暗くなる。 破れ提灯とか柳の木とかが現れて、教室がお化け屋敷になる。ここは笑いの場面)
生徒C(ザネリ) 「お化け屋敷って何なんだよ」
竹原先生 「お化け屋敷はお化け屋敷。……いじめられっこは出口のない お化け屋敷にいるような気がするし、いじめっこは、そのときは気持がいいかもしれないけれど、 後でいやーな気持になります。いつまでも後悔します。そこからの出口はありません」
(ジョバンニやザネリの背後からお化けが現れる)
お化けA(ジョバンニの耳元でささやく) 「うらめしやー、おまえはつまらないやつだ。 いじめられるのは自分のせいなんだ」
お化けB 「おまえは弱いやつだ。だからいじめられるんだ」
生徒A(ジョバンニ) 「やめてくれ、ほっといてくれ、そんなことを言うな。 ぼくはこんなお化け屋敷からは出て行く。(と、逃げるそぶり)出口はどこだ?  どこなんだ。(と逃げ回るがなかなか出口が見つからない)ああ、出口が見つからない。 どうすればいいんだ」
お化けC(ザネリに) 「うらめしやー、一人になれ、一人になれ」
生徒C(ザネリ) 「オマエはだれなんだ」
お化けC 「オレはささやきお化けだ。だから、こうしてオマエの心にささやきかける。 うらめしやー、一人になれ、一人になれー」
(ザネリ、生徒G、Hから離れる)
お化けD 「そうだ、やっと今オマエは一人になった。どうだ、いじめはおもしろいか?  そのいじめも一人じゃできないだろう。 情けないのー、いやな性格だ。…… 何ていやなやつなんだ」(とささやく)
生徒C(ザネリ) 「オレは、そんなにいやなやつじゃないぞ」
お化けD 「いや、オマエはたしかにいやなやつだ。オレが保証してやる」
お化けE 「まわりで見ているオマエたち、 オマエたちはどうしてジョバンニを助けてやらないのだ。うらめしやー、 おまえたちもいやなやつだ。後悔するぞー」(と他の生徒の耳元にささやいていく)
生徒C(ザネリ) 「こんなお化け、だれがこわいものか……、 おれはいくらでも言ってやるぞ、ジョバンニ、お父さんかららっこの上着がくるよー」
生徒A(ジョバンニ) 「やめろ、お父さんのことを言うのはやめろって言ったろう。 それに、ぼくは、ぼくは星野だ。星野慎司だ。ジョバンニなんかじゃない。 ムリヤリジョバンニにさせやがって、チクショウもういやだ」
生徒G 「ジョバンニじゃんか、自分から立候補したのにやめんのかよ」
生徒A(ジョバンニ) 「やめてやるよ。こんな暗い学校なんて学校まるごとやめてやる。 (と、キョロキョロと見まわす)ここからの出口はどこなんだ。ああ、見つからない。 ……ええい、こうしてやる」(と教室の壁に突進して突き倒そうとする)チクショウ、 むりやりジョバンニにさせやがって、チクショウ」(押し倒せないので、今度は蹴り始める。 それでもどうにもならなくて、悔し涙。涙を拭い、「チクショウ」とキッと身がまえる。 この瞬間慎司の何かが変わる。 彼がその構えから助走して勢いよく回し蹴りすると、壁の崩れる音が響く)
生徒C(ザネリ) 「おい、やめろ。そんなことしたら器物破損で警察に捕まるぞ」
お化けA〜D (口々に)「やめてくれー、やめろー、 壁をこわすな。オレたちはくらーいところしか住めないんだ」
お化けA 「オレたちを殺す気かー?」
お化けD 「お化けいじめだー」
お化けA〜D 「やめろー、やめてくれー」
(慎司は、お化けを振り払い、決然と壁を蹴り、体当たりを繰り返す)
生徒K 「慎司くんの気持わかるわ。私も手伝う」(と壁を倒し出す)
生徒L〜Q 「オレたちもやるぞ。みんなでやれば、こんな壁なんて……、それ、ヨイショっと……」
(とみんなで壁にぶつかって、倒してしまう。
竹原先生は「気を付けてね。ケガしないように」と言うだけで、 手出しも止めもせず見守る。
教室の壁が倒れると、そこは一般の人たちが歩いている舗道)

【三場】 (教室の壁がいっせいに倒れると、そこは舗道)
(壁が倒れるとき、生徒たちのキャーという叫び。徐々にお化け屋敷だった教室が浮かび上がる。
「ヒュー」と風が吹き込む音)
生徒K 「うわー、気持ちいい風」
生徒L 「ああ、新鮮な空気だ」
(と、生徒たち、それぞれが気持ちよさそうに深呼吸する)
(そこに、夕陽の赤い光がサッと射し込んでくる)
生徒たち (いっせいに)「うわー、まぶしい」
(その声を発して、生徒たちの動きが止まる(ストップモーション))
(固まっている生徒たちの間を縫って何人かの歩行者が行き来する。 中年のおばさん二人組(通行人1、2)が歩いてくる。立ち止まって不思議そうに生徒たちを見る。 ふとお化けたちに気づく。お化けたちも驚いて動きを取り戻す)
通行人1 「キャー、何、このお化け……」
通行人2 「ちょっと叫ぶほどのことないじゃないの。このお化けさん、 夕陽の中で見るとかわいいわよ(と、じろじろと睨め回す)。……何よ、ようく見たらいじめお化けじゃないの」
通行人1 「ほんとだわ、何も気持ち悪いことないね、こわいこともないわ」
(二人のおしゃべりの勢いに押されてお化けたちは後じさる)
お化けA 「おばちゃんにはかなわん」
お化けB 「いじめお化けは外の風には弱いからな」
お化けC 「いじめお化けは、みんなに見られたら消えるしかないか……」
お化けD 「ぼくたちの住みかはお化け屋敷、その中に消えましょうか……」
(と、お化けたちすごすごとお化け屋敷の舞台裏に消えてゆく)
通行人1 「いじめお化け見たのははじめてかなぁ……」
通行人2 「私は、中学のときいじめられていたから、会ったことがあるような気がする」
通行人1 「あら、あなた、いじめられっこだったの。今のあなたからは想像できないわね。 あんなお化け束になってかかってきても蹴散らしてしまうほどの立派な貫禄なのに……」
通行人2 「それって太ってるってこと、ハッハッハッ……、今は冗談で言えるけど、 そのときは出口が見えないような気がして苦しかったのよ。教室に入ろうとすると、 いじめお化けがいて、何かつぶやいてくるのよ。今日、ひさしぶりにアイツの顔を見て、昔のことを思い出したわ」
通行人1 「フーン、いまだに覚えているの……」
通行人2 「この歳になっても、絶対に忘れられない。心の中に傷があるから……」
通行人1 「私もふっと思い出していやーな気持になることがあるの。 ……私はいじめていた方だけどね」
通行人2 「そうか、いじめっこにも傷が残るんだね。はじめて知った、 ……じゃあ、お互いにすねに傷があるんだ。傷の種類は違うけどね、ハッハッハ……」
(と、二人は笑いながら退場。通行人が幾人か行き来する。そこに慎司の母親が登場する。 母親が慎司に話しかけると、彼が動き始める。他のものは止まったまま)
慎司の母 「おや、慎司、こんなところで何をしているの?……、今日は遅くなるのかしら?」
生徒A(ジョバンニ) 「いや、これから買い物をして帰るところ……今日は劇の練習をしていて、 こんなに遅くなってしまった」
慎司の母 「すまないね。掛け持ちのパートをしていて、オマエに主夫なんかやらせて……」
生徒A(ジョバンニ) 「もう、いいよ、そんなこと、それより今日は何しに来たんだよ?」
慎司の母 「通信簿をもらいに来たんだよ。終業式の日は仕事を休めないんで来れないから……」
生徒A(ジョバンニ) 「そうか、……だったら、少し話があるんだけど……」
慎司の母 「なんだい、話って?」
生徒A(ジョバンニ) 「これまでも何度か言おうとしたことはあったけど、 言えなくって……、思い切って言うよ、オレ、学校でいじめられてるんだ。 ……竹原先生はとっくに気づいていたようだけど、どうすればいいのか相談してほしいんだ」
慎司の母 「ふーん、やっぱりね。いつ言うか、いつ言うかと待ってたのよ」
生徒A(ジョバンニ) 「知ってたの?」
慎司の母 「いくら忙しいっていっても母親だからね、……よく話してくれたわね。 それで、誰にいじめられているの?」
生徒A(ジョバンニ) 「詳しい話はここでは言いにくいから、竹原先生から聞いて?」
慎司の母 「わかったわ、竹原先生と相談しておく、しっかりした先生だからね、もう心配しなくていいよ」
(慎司の母、退場。慎司は再びストップモーション。通行人3、4登場)
通行人3 「この学校でいじめがあったって噂よ」
通行人4 「いじめっこ集団が一人の生徒にイヤなことを言ったり、暴力をふるったっていうんでしょう」
通行人3 「ふーん、ケガをさせたのかしら?」
通行人4 「唇がきれてすこし血がでたらしいわ」
通行人3 「それで学校はどうしたのかしら、警察?」
通行人4 「警察沙汰になったかどうかは知らないけれど、……そうなる前に、止められなかったのかねぇ……」
通行人5 「学習発表会で生徒会長が泣いて訴えたって聞いたけど……」
通行人3 「それでどれだけ効き目があったか……」
通行人4 「いじめは何人かでやるから、いじめられる方はいつも弱い立場だから……」
通行人5 「昔は弱いものを寄ってたかっていじめるなんてことなかったものよね」
通行人3 「最近の中(小)学生は体格もいいしね、暴れ出したらたいへん」
通行人4 「中(小)学生で大麻を吸飲していたという事件もあったでしょう」
通行人3 「何でもありってことか」
通行人4 「怖い世の中になったものね」
通行人5 「だから、私たちもようく見ていなくっちゃ、私たちの地域の学校なんだから……」
(通行人3、4、5去る)
(通行人が静かに行き交う中で生徒たちが動き始める「まぶしいな」「いい風だわ」とか、 「お化け屋敷が消えちゃった」とかいう声にはじまり、口々にしゃべりながら、舞台の前に三々五々集まってくる)
生徒たち(全員で朗読する) 「ぼくたちの学校は、この町にあります。
ぼくたちは学校で人間のこころを育てています。社会を学んでいます。
その学校で、いじめがありました。残念な、悲しいことです。生徒会長は泣いて訴えてくれました。
でも、どうしても出口が見つからないので、試みに教室の壁を取っ払ってみました。
町の人たちに学校のようすが見えるように。僕たちも、町の人たちの目で自分たちの姿が見られるように。
すると教室全体が明るくなって、風通しがよくなって、暗いところが好きないじめお化けがどこかに去っていきました。
そこで、もう一度、教室の壁を建てて、またその中で勉強していこうと決めました。
でもまた、時々は教室の壁を取っ払ってみようとも思います。風通しが必要ですよね。
ぼくたちの劇を観ていただいてありがとうございました」
竹原先生 「夕焼けだわねぇ。……明日もいい天気かな。……さあ、さあ、みなさん、 教室の壁をもう一度建てますよ。このままじゃ授業できないんだから、……みんなで協力してやってください」
(生徒たち、教室の壁を建てはじめる。作業が続く中、しばらくして暗転)

                                  【完】
【補注】 劇中でザネリが、ジョバンニをからかって、何度か、「お父さんかららっこの上着がくるよ」 ということばを口にします。『銀河鉄道の夜』からの引用ですが、このことばの意味は、そこにおいてもはっきりしません。 ただ、そのことばを浴びせられたとき、「ジョバンニは、ぱっと胸がつめたくなり、そこら中きぃんと鳴るやうに 思ひました」とありますから、よほど深く彼の心を抉るからかいのことばであるようです。
そこに含まれている揶揄というか、悪意といったものは、意味不明のままでもその響きの中に活きていると考えて、 この劇でもいじめの要となるからかいのことばとして使わせていただきました。


追補
この脚本を使われる場合は、必ず前もって作者(浅田洋)(yotaro@opal.plala.or.jp)まで ご連絡ください。


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