「賢治先生はまだ来ない」
一幕三場
2003.9.23


【あらすじ】
倉田花子は養護学校の高等部の生徒で、生徒会長。学校間の交流として、 桜高校の生徒会の役員が、文化祭に招待されてきている。桜高校の生徒会長は、 花子と同じ中学校の出身で、3年間憧れていた鈴木太郎。養護学校では、 文化祭の目玉として、糸電話の樹が作られていて、完成一歩手前、あと少し 賢治先生が手を加えれば、好きな人と話ができる仕掛けになっている。その賢治先生が、 模擬店がはじまる時間が切迫しているのに、到着しない。銀河鉄道の信号機 が故障して、賢治先生の乗った列車が動けないらしい。 主催者として、花子は危機に立たされる。じつは彼女は、 糸電話の樹で、太郎にかつての自分の気持ちを打ち明けたいという気持ちもあったのだが、 それも叶わないかもしれない。そんな彼女をじっと見ているしかない副会長の正夫。 彼はほんとうは花子が好きなのだが、それを打ち明けられないでいる。
さて、文化祭の危機はどうなるのか?三角関係はどう決着するのか? あとは、見てのお楽しみ。トザイトーザイ……。
【では、はじまり、はじまりー】

【一場】

(幕が開くと、文化祭に模様がえされた教室。中央に大きな糸電話の樹(き)が幽玄な照明に 浮かび上がっている。糸電話の樹からは藤棚のように電線が広がっていて、 月夜のでんしんばしらが立って電線を支えている。でんしんばしらの腕木がたまに揺れると、 それにつれて照明が明滅する。
舞台上手には展示や屋内の模擬店のしつらえがしてあり、派手な看板やら 売り物満載の机がいくつかならんでいる。舞台下手は同窓会の遊びコーナーらしく、 古本の棚やらダーツのセットが立てかけて置いてある。遠くから 「賢治先生はふしぎな先生」の合唱が聞こえてきて、拍手が起こる。舞台がはねた様子。)
「るる、るる」「ぴー、ぴー」と携帯電話の呼び出し音があちこちで鳴って、 糸電話の樹に光が明滅する。
(花子が舞台上手から飛び出して来て、光が点滅している糸電話を手に取る。)
倉田花子 あれ、この糸電話通じるのかしら?もしもし、はい、 生徒会長の花子です。
賢治先生(声) もしもし、花子さんかい。申し訳ない。 太陽からの磁気嵐で銀河鉄道の信号機が故障してね、遅れているんだ。 地球ステーションまで、あと三十分くらいのところで停車している。 また、ようすがわかったら電話するから……。
倉田花子 えー、でも、それは困ります。生徒会のみんなで作った 糸電話の樹はどうなるんですか?賢治先生が来なかったら好きな人と 話できるようになりません。夢たまごも……。
賢治先生(声) それが気になっているんじゃが、どうしようもない。 もうすこし……。(と、そこで、雑音が入って、電話が切れる。ツーツーという音が響く。)
倉田花子 どうしよう……。生徒会の出しものがだいなしだわ。 せっかく桜高校の生徒会の人たちにも来ていただいて、学校同士の交流ということで、 いま体育館で劇を見てもらっているけれど……、ああ、まだ胸のドキドキが治まらない。 さっき電話の呼び出し音を聞いたとき、もしか鈴木くんにつながったんじゃないかって 気がして……そんなはずはないのに……この糸電話の樹を見ると緊張してしまう、 だって、……(糸電話に向かって)わたし、中学のときから鈴木太郎くんが好きだったんです。 (と叫ぶ。)賢治先生のこの糸電話で、鈴木くんに打ち明けようと思っていたのに……。
(生徒会副会長の松村正夫、上手から駆け込んでくる。花子は、叫びを聞かれなかったかと 不安な表情で松村を見る。)
松村正夫 どうしたの?花子さん。……困るんだよなあ。会長がいてくれないと……、 副会長ではどうにもならないんだから……体育館の劇がもう少しで終わるよ。 舞台で紹介があるんだから、戻ってよ。
倉田花子 ごめん、賢治先生の歌が聞こえてきたので、分かっていたんだけど……。
(倉田花子、慌てて舞台上手にかけ込んでいき、松村も後に続く。)
(入れ替わりに生徒会の役員らしい生徒たち数人が現れる。)
生徒 交流会が終わってしまうよ。生徒会長も困っている。大変だ。
生徒 実行委員のオレたちも困るよな。
生徒 もう十一時だからな。模擬店がはじまるのに、 賢治先生はまだこないんだから……、どうしたんだろう。

生徒たち(歌う)
 十一時なのにどうしたのだろう
 銀河鉄道まだやってこない
 腹腹時計は十二時なのに
 賢治先生まだ帰らない

酒井 どうしたのだろう、賢治先生。もういっぺんだけ理科室の プラネタリウムで銀河鉄道の運行盤を見て来よう。(と、上手に去る。)

生徒たち(歌う)
 十一時なのにどうしたのだろう
 銀河鉄道まだやってこない
 腹腹時計は十二時なのに
 賢治先生まだ帰らない

 十一時なのにどうしたのだろう
 糸の電話はまだ通じない
 腹腹時計は十二時なのに
 夢のたまごもまだ食べれない

生徒 どうにもならん。
生徒 何か連絡する方法はないかな。酒井は理科室のプラネタリウムを見にいったけど、何か分かるかな?
生徒 何も分からないだろう。
生徒 まだなにもかもやってみたわけじゃない。お前、頭がいいんだからどうにかしたらどうなの。
生徒 うーん、どうにかなるかどうか……。そうだ、あれだ、あれ……、しょうがないから……。
生徒 どうする?
生徒 賢治先生を待ちながら……。
生徒 ふん、待っているだけで、何か、腹へってきたから、夢たまごでも食べにいこうか。
生徒 (ずっこける。)まあ、しょうがないな。模擬店もはじまったようだし。 外の模擬店に行ってみようか。果報は寝て待てというからな。夢たまごでも食べて、 夢でも見ながら待っているか……。
生徒 それがいいかもしれない。行ってみよう。
(生徒たち、舞台下手に入る。)

【二場】

(中幕が閉められていて、その前に校舎の外の模擬店が並んでいる。 その一つが「夢たまご」の店で、 大きい看板が目をひく。生徒三人が、たまご屋の店で忙しく立ち働いている。 薪の釜に鍋が沸騰して湯煙を立てている。そこで、たまごがゆでられているらしい。)
生徒 では、一つ練習するか。えー、夢たまご、夢たまご、 一つ百円、えー、夢たまご、夢たまご、一つ百円。
生徒 うまい、うまい。ええ声や。
生徒 オレも一声。夢たまご、一つ百円、夢が一つ百円、安いよ。安いよ。
生徒 おい、でも今はまだ夢たまごじゃないよ。夢たまごになりかけのゆでたまごだよ。
生徒 そうでした。危ないところでした。えー、ゆでたまご、 ゆでたまご、一つ百円。これでいいかな。
生徒 ゆでたまごだよ。一つ百円、安いよ、安いよ。
(生徒の一段が現れる。)
生徒(客) あれ、ゆでたまごなの?看板には夢たまごって書いてあるけど……。
生徒 今はまだ、夢たまごじゃなくて、ただのゆでたまごなんです。 わけありのゆでたまご。
生徒(客) ふーん、どんなわけなの?
生徒 塩が間に合わなかったんです。月の海の塩がね。
生徒(客) じゃあ、塩っけのないゆでたまごなのかい。
生徒 そういうことですね。
生徒(客) まあ、しかたないか。腹がへってきたし、じゃあ、 そのゆでたまごを一つください。
生徒 はい、ゆがきたてのゆでたまご、一丁。
生徒 おらよ。熱いからやけどしないように……。
生徒(客) わたしにもください。
生徒 はい、どうぞ。
(三人の生徒のお客たちはたまごの殻を剥きながら退場する。入れ替わりに、 生徒会役員が交流校の生徒たちを案内して登場。)
倉田花子 ごめんなさいね。糸電話の樹の準備がまでできていないので、 先に外の模擬店を見てほしいの。
鈴木太郎(交流校の生徒会長) 気にしない。気にしない。 文化祭とか大きい行事をやると、そんなことしょっちゅうあるさ。
倉田花子 そんなふうに言ってもらうとほっとするわ。……糸電話の調整を してくれるはずの賢治先生がまだこられていないの……。
鈴木太郎 そんなの気にすることはないよ。
水口緑(交流校の生徒会副会長) ちょうどお腹がすいてきたし……。
鈴木太郎 緑さんは、出かけたときはいつも食欲旺盛だよね。
水口緑 そうですよ。健康な証拠でしょう。さあ、模擬店で何か食べましょう。
生徒 夢たまご、夢たまご、一つ百円、夢たまご、夢たまご、一つ百円。
水口緑 いま、何て言ったの?
生徒 いや、まちがいました。ゆでたまご、ゆでたまご、一つ百円、 ゆでたまご、ゆでたまご、一つ百円。
水口緑 やっぱり。ゆでたまご?おいしそう。でも、看板には夢たまごって書いてあるわね。 夢たまごっていい名前。どうして、そんな名前をつけたの?
生徒 食べたら夢を見られるからです。
鈴木太郎 好きな夢がみられるの?
生徒 いえ、そんな夢たまごもありますが、これは違います。この賢治先生の夢たまごは、 どんな夢を見るのかはわからないらしいんです。
生徒 夢のシャッフルです。
交流校生徒 シャッフルって何?
生徒 夢をこうして、まぜこぜ。
交流校生徒 ああ、まぜこぜ。
生徒 でも、いまはまだ夢たまごのたまご、夢たまごのできそこないのゆでたまご、 それでいいですか?
水口緑 どうして、できそこないなの?
生徒 賢治先生が月の海から取ってきた夢塩を振りかけないとほんとうの 夢たまごにはならないんです。
生徒 賢治先生が、間に合わなくて。だから、いまはまだ夢たまごのたまごなんですけど……。
鈴木太郎 つまり、夢たまごじゃなくて、いまはただのゆでたまごなんだね。
生徒 そのとおりです。
水口緑 わたしは寝るといつも夢をみれるから、夢たまごなんていらないわ。
生徒 でも、夢っていつもぼんやりしていますよね。それが、 はっきりくっきりの夢が見られるそうです。
水口緑 はっきり、くっきり?
生徒 はい、そうです。
交流校生徒 リアルってことかな?
生徒 そういうことですね。あまりくっきりはっきりなので、夢なのかほんとうの ことなのか分からないくらいだって聞きました。
水口緑 それは、危ないわね。気持ちがよくて夢の世界にいつづけてしまいそう。
生徒 そんな人もいるかもしれませんね。
鈴木太郎 たまごを食べるだけで、どうして、そんな夢が見れるのかな?
生徒 それはわたしたちには分かりません。
生徒 賢治先生に、秘伝のたまごのゆでかたをおしえてもらったんです。
交流校生徒 なんだか、気持ちが悪いな。いまはやりのことばでいうとキショイ……。
生徒 何もキショイことはありません。夢は夢ですから……。
水口緑 おもしろいじゃない。わたし、食べよっと。さっきもらった金券で……。
生徒 ここは、もらった金券は使えません。自分のお金で買ってください。
水口緑 そりゃあそうね、自分の夢を買うんだからね。自分で払わなくっちゃ…… わかったわ。はい、百円。
倉田花子 でも、ごめんなさい。夢たまごじゃないただのゆでたまごなのに百円だなんて……。
水口緑 ゆでたまご、いいじゃない。お腹がすいているんだから……。 夢なんてお腹の足しにはならないんだから。
倉田花子 賢治先生が月の海の塩を持ってきてくださったら、 ゆでたまごが夢たまごになるんですけど、間にあわなくって……。
鈴木太郎 そんなことはいいんだよ。オレも一つもらおうかな。水口さんにつきあうよ。
交流校生徒 わたしにも一つ。
交流校生徒 オレにも一つ。
生徒 はい、夢たまご、五つですね。まいどありがとうございます。
生徒 はい、できあがり。ここに塩があります。ぴりっとからい夢をご希望のかたは、 塩を少々。おもいっきり甘い夢を見たければ、サトウでもふりかけてお食べください。 夢たまごのときはそう言うんです。
鈴木太郎 うまいね。
生徒 練習したんですよ。
交流校生徒 夢たまごのゆでたまごということで、おみやげにしようかな。
生徒 ありがとうございます。でも、おみやげにするんだったら、賢治先生がこられてから、 本物の夢たまごの方がいいと思いますので、あとで準備します。
水口緑 まあ、本物の夢たまごなんてあるって信じているのかしら……。(と、独り言を言う。)
生徒 はい、夢たまご、いまはただのゆでたまごです。どうぞ……。
水口緑 ありがとう。では、温かいうちにいただきましょう。
(一同、椅子に座って殻をむいて食べる。)


【三場】

(幕が開くと、一場と同じ、文化祭に模様がえされた教室。中央に大きな糸電話の樹。)
松村正夫 (舞台上手からあらわれて、糸電話の樹に近づき、 下から見上げてため息をつく。)どうしようもないな。倉田さん、糸電話の樹、 あんなに楽しみにしていたのにな。でも、だれと話すつもりだったのかな?えー、 もしかして、あの鈴木?彼女、中学がおんなじだしな……。
(生徒数人が現れる。)
生徒 やあ、まだのようだね、糸電話。この糸電話うまくいかなかったら、大変だね。 今年の文化祭の目玉みたいなもんだからね。そういえば、松村は、生徒会の糸電話の責任者だったから、 よけい心配だな。
松村正夫 賢治先生が間に合わないんだから、どうしようもないよ。いまはなにもすることないね。
生徒 賢治先生を待つだけか。
生徒 けど、おそいな。
松村正夫 (糸電話の樹の幹に触れると、突然、 月夜のでんしんばしらが信号が入ったらしくてピッピッと反応し、呼び出し音がして、 留守番電話の声がなりだす。)
留守番電話の声 生徒会長はただいま留守にしております。連絡がありましたら、 ピーとなってからお話ください。ピー。
賢治先生(の声) すまない、もうしわけない。もう始まったかな? 太陽嵐で銀河鉄道の信号機が全滅だ。いつなおるか見通しがたたない。どうも文化祭には間に合いそうもない、 許してくれたまえ。
(「カチッ」と電話の切れる音がはいる。)
生徒 あれっ、留守番電話で賢治先生の声が聞こえたな。
生徒 ふーん、どうなっているんやろ。
松村正夫 (糸電話を手に持って)もしもし、賢治先生、 聞こえますか?もしもし、聞こえますか?(と、叫ぶが、どうも応答がないらしい。)
生徒 正夫、何か聞こえるか。
松村正夫 (糸電話を口にあてたまま、茫然としている。)
生徒たち(歌う)
 十一時なのにどうしたのだろう
 銀河鉄道まだやってこない
 腹腹時計は十二時なのに
 賢治先生まだ帰らない

生徒 おい、もうええかげんにしないか。いつまでまっているんだい。
生徒たち(歌う)
 十一時なのにどうしたのだろう
 銀河鉄道まだやってこない
 腹腹時計は十二時なのに
 賢治先生まだ帰らない

生徒 やめろっていうのに。副会長がかわいそうや。
生徒(それでも、一人の生徒が歌おうとして、他の生徒が止めようとするが、 彼は口を塞がれながらもどうにか歌いきる。)

 十一時なのにどうしたのだろう
 糸の電話はまだ通じない
 腹腹時計は十二時なのに
 夢のたまごもまだ食べれない

(そこへ、交流相手校の生徒たちを案内して、倉田花子が入ってくる。)
倉田花子 松村くん、どう?賢治先生たちどうなのかしら……。
松村正夫 (ぼんやりとしたまま、糸電話を指さす。月夜のでんしんばしらが身じろぎをしたのか、 糸電話は、 木からぶらさがったままぶらんぶらんと揺れる。それを見つめながら)いま、賢治先生から連絡が入ったよ。
倉田花子 それで、どうなの?あと、どのくらいかかるのかしら?
松村正夫 見通しがつかならしいよ。文化祭には間に合いそうもないって……。
(倉田花子は、がっかりした様子をおさえて、鈴木たちに向き合う。)
鈴木太郎 これがさっき君が言ってた糸電話の樹?
水田緑 うまく繋がっていないみたいね。
倉田花子 夢たまごが、ほんとうはくっきりはっきりの夢が見られるたまごだったように、 この糸電話もほうとうは自分がどうしても話してみたい人と話ができるふしぎな糸電話の樹なんです。
交流校生徒 ふーん、本当はっていうことは、いまはただの糸電話ってこと?
倉田花子 賢治先生がこられたら、ふしぎな糸電話にしてもらえるはずだったの。
鈴木太郎 また、賢治先生かよ。いったい賢治先生って、誰なの?さっき夢たまごのときも 賢治先生がくれば何とかっていっていたけれど……。
倉田花子 賢治先生は、以前にこの学校の先生だったことがあるの……。
交流校生徒 なんだ、いまおられる先生じゃないのか?
松村正夫 そうだよ。そのもっと前は、花巻農学校の先生だったって……。
鈴木太郎 花巻って、岩手県のかい?
松村正夫 そうらしい。
水口緑 それってどこかで聞いたような話じゃない?。
鈴木太郎 あの宮沢賢治かい……、そんな……まさかね。百年以上昔に生まれた人だよ。 それに死んでから八十年くらいたっているよ。だからもう八十年くらいは死んでいることになる。
水口緑 そうね、古い名前だから、たしかにそのくらいは死んでいそうね。
交流校生徒 そんな先生がいるわけないよな。
交流校生徒 みんな信じているなんておかしいんじゃないの。 みんなで信じればこわくない、なんちゃって……。
生徒たち(歌う)
 賢治先生はふしぎな先生
 賢治先生はなんだか宇宙人
 何でも教えるふしぎな先生
 ふしぎを教える何だか宇宙人
 山で叫べばこだまがこたえる
 天の川にも銀河鉄道フリーパス
 賢治先生はふしぎな先生
 こころにのこるあの叫び

 賢治先生はふしぎな先生
 賢治先生はなんだか宇宙人
 何でも教えるふしぎな先生
 ふしぎを教える何だか宇宙人
 畑で叫べばトマトがこたえる
 天の川にも銀河鉄道フリーパス
 賢治先生はふしぎな先生
 こころにのこるあのジャンプ

松村正夫 賢治先生がこの学校にいたころの歌です。いまでも歌い継がれているんです。
鈴木太郎 さっき見せてもらった劇の最後でも歌われていましたね。
倉田花子 賢治先生は、ふしぎな先生で、動物や草や木なんかとも話ができるんです。 だから、糸電話のこともでたらめじゃないんです。
松村正夫 賢治先生は、ふしぎな先生だけど、あやしい先生じゃありません。
交流校生徒 いいや、あやしいよ。夢たまごなんて、はじめて話を聞いたときから ほんとうかどうかあやしいなって思ってたんだ。
交流校生徒 糸電話の樹だって、そうだよ。自分が話したい人と糸電話で話ができるなんて、 おかしいよ。眉唾のような気がするな。
交流校生徒 ほんとうにそんなことができるのとはおもえないからな。
交流校生徒 できっこないよ。だまされているんだ。
倉田花子 いいえ、そんなことはないわ。糸電話の樹だって、 わたしたち一度やってみたことがあるの。理科の時間に糸電話をつくったとき、 もっと小さかったけれど、糸電話の樹をつくったの。そのとき、わたしのお母さんと話したことがるの。
鈴木太郎 君のお母さんって、亡くなっているんじゃなかったの?
倉田花子 そうよ。でも話ができたの。
水口緑 そんなバカな……。そんな気がしただけだかもよ。
倉田花子 いいえ、ちゃんと話ができたのよ。
鈴木太郎 ほんとうにできるんだったら、5百円でも、千円でも取れるよ。大儲けできるよ。
交流校生徒 十人で一万円、百人で十万円だ。すげえな。
交流校生徒 こいつらお金儲けを考えてないらしいけど、おれたちだったら、ぜったい儲けるのにな。
(交流校の生徒たち、糸電話の樹を取り囲んで、呼び込みを始める。)
交流校生徒 えー、いらっしゃい、いらっしゃい、不思議な糸電話。
交流校生徒 ケータイよりすごい糸電話。
交流校生徒 自分の話したい人と話ができる糸電話、一回一分千円。
鈴木太郎 ひぇー、いつのまにか千円かよ。
交流校生徒 片思いのあの人も、幼なじみの初恋の人も……。
交流校生徒 亡くなったおじいちゃん、おばあちゃん。なつかしい声が聞こえます。
交流校生徒 そんなことできるわけないけど、できたら一回一分千円。こりゃあ安いよ。安いよ。
交流校生徒 さあ、いらっしゃい、いらっしゃい。できたらふしぎ、ふしぎが千円、大安売りだ。
(交流校生徒が呼び込みをする途中で、月夜のでんしんばしらが、屈んで頭をぶつけたり、 長い腕でつついたり、ちょっかいを出し始める。)
交流校生徒 あれ、だれだ、オレの髪の毛を乱したのは? (と、後ろを振り返る。その瞬間でんしんばしらは直立するので、 生徒たちは誰にこづかれたか分からず、不思議そうなそぶり。 この掛け合いが見ている生徒たちに大受け。)
交流校生徒 さあ、いらっしゃい、いらっしゃい、 田舎のおばあちゃん、亡くなったおじいちゃん、……あれっ、こらっ、誰だ。引っ張るな。 (と、振り返る。)おかしいな?誰か、おれの服を引っ張ったやろう?
交流校生徒 さあ、片思いのあの人と話ができて、一分千円。ほんとうだったら、大安だ。
交流校生徒 鈴木会長、生徒会は大儲けですよ。
鈴木太郎 お前たちも悪乗りだのう。
(と、みんなで笑いころげる。)
倉田花子 いったい何の話なの。わたしには何のことかまったく分からない。 あなたたちのやっていることが分からない。ことばもうまく聞こえなかったわ。
松村正夫 これで、お金儲けができるって……。
倉田花子 何でお金儲けなの?この糸電話の樹は自分のすきなひとと 話ができるすばらしい樹なのよ。それが、何でお金儲けなの?
松村正夫 さっきから黙って話を聞いていたら、こいつら夢たまごも糸電話の樹も 疑っているんだ。オレたちみんながありもしないことを信じているっていうんだぜ。 みんなで作ったものをバカにするな。(と、言いながら、鈴木太郎の胸を突く。)
(太郎はバランスを崩して、倒れる。女生徒が叫びをあげて、下手に去る。)
鈴木太郎 何をすんだよ。こいつ……。ふいに暴力かよ。卑怯だぞ。
松村正夫 うるさい。交流で来たのに文化祭にけちを付ける気かよ。
鈴木太郎 そんなつもりはないって……。
交流校生徒 こいつ、おとなしくしてたらいい気になりやがって、鈴木、やっていいかな。
鈴木太郎 いや、手を出すな。そんなことをしたら……。
(女生徒に呼ばれて、教師の井上が小走りに出てくる。)
井上先生 どうしたの?松村くんが桜高校の人たちに暴力を振るっているって?……どうしたの、 正夫くん?あなたはそんなことをする人じゃないのに。
松村正夫 こいつら、夢たまごとか糸電話の樹がまやかしだって、けちをつけたんです。 招待しているからって、がまんすることはないです。
井上先生 そんなことで?松村くんが切れるなんてふしぎね。
女生徒 松村くんは、倉田さんが、糸電話の樹で鈴木さんと話をしたいって言ってたから、 頭にきてるんです。
井上先生 は、はーん。そういうことだったのね。わかったわ。
松村正夫 倉田さんは、こいつに好きだって言いたかったんだろう?
倉田花子 なぜ、そんなことを……。
松村正夫 僕にはわかるんだ。
倉田花子 もういいの。わたしは、分かったのよ。この学校に来て、 ほんとうに好きになったりなられたりするってことがどういうことか分かったの。 中学校のときは、どこかおかしかった。鈴木くんが好きで、片思いだったけれど、 何かおかしな感じだった。鈴木くんが、どうこういうんじゃないのよ。 でも、いま正夫くんが好きで、正夫くんも私が好きなのとはどこかちがっていたわ。 そんなことを確かめたくて、 糸電話の樹に期待していたんだけど、もういいの、自分でもはっきり分かったから……。
鈴木太郎 それって、オレが振られたってことかな。
水口緑 そうかもしれないわね。
鈴木太郎 そのことだけは感じたけれど、それまで花子さんが何の話をしているのか、 ぼくには分からなかった。
松村正夫 ほら、お互いに話が通じなくなってしまっている。
さっき、君たちが糸電話の樹でお金儲けができるって、話をはじめたときから、 話が通じなくなりはじめたんだ。オレは切れるし……。
倉田花子 文化祭の出し物で、お金の話はやめてほしいの。せっかくみんなで楽しもうと 思って作っているんですから……。 (と、太郎に呼びかける。)
鈴木太郎 そうだよな。
松村正夫 なあ、倉田さん。結局、賢治先生がこなくても、糸電話の樹なんて関係なしに、 お互いに話をすることができたような気がするね。
生徒 そうだね。夢たまごは、賢治先生がこなくて、まだただのゆでたまごだけど……。
生徒 月の海の塩を振りかけないとただのゆでたまごだけど、夢たまごを食べなくても、 おれたち夢をみることができるもんな。
生徒 オレなんか、そうだよ、よく夢みたいなことを言ってるって言われるよ。
生徒 お前は、仕事がきまりそうなのに、まだ歌手になるとか言ってるんだものな。
生徒 それは、ぼくの夢。夢たまごは夜の夢。
生徒 どちらが夢でどちらがほんとうなのか?
生徒 それはぼくにも分かっていないのかもしれないな。(と、笑う。)
倉田花子 そうね、賢治先生が来られなくて、糸電話の樹は、 いまはただの糸電話がぶら下がっているだけ……。賢治先生が来られたら、 どうなっていたかしら。糸電話で好きな人と話ができるって、……、でも、そんな電話はいらないわ。 わたしは自分でしゃべることができるもの……。好きな人にはすきだって言えるもの。
松村正夫 ぼくだって、そうだ。
倉田花子 賢治先生がほんとうに来なくても、どこかでわたしたちをみているっていうだけで安心できる、 そんなふうに思えてきたわ。
(と、そこへ生徒が一人駆け込んでくる)
生徒 夢たまごになりきらないゆでたまごもよく売れているし、糸電話もみんなが喜んで遊んでいるよ。 文化祭がすっごくもりあがってきた。
倉田花子 賢治先生に頼るのはもうやめにするわ。自分の力でやってみる。 それでできなければ、またやってみる。それしかないんだもの。
月夜のでんしんばしら(突然腕をゆすり、観客に向かって話し出す。)  そうだよ。人をあてになんかしないで、自分たちでやっていけばいいんだ。ト、ツー、ト、ツー、 ぼくはさっきから様子を見ていたけれど、ト、ツー、君たちは夢をみるのは得意だ。 夢たまごなんていらないね。それに、ことばはなくても、笑顔を人のこころにとどけることができる。 ふしぎな糸電話も必要ないね。自信をもって自分の力で生きていけばいいのだ。ト、ト、ツー。

生徒たち(歌う)

 賢治先生まだこない
 腹腹時計は十二時なのに
 約束時間はとっくにすぎて
 携帯電話にメールもこない
 銀河ステーション音もなく
 雨ニモマケズはもうこない
 風ニモマケズはもうこない
 賢治先生いなくても僕らの夢ははばたくよ
 賢治先生いなくても僕らの言葉はかがやくよ
 ぼくらはぼくらで生きてゆく
 銀河鉄道教室で
 銀河鉄道教室で

 賢治先生まだこない
 駅舎の時計は十二時なのに
 到着時刻はとっくにすぎて
 列車遅れの放送もない
 銀河ステーション人もなく
 夏ノアツサニもうこない
 冬ノサムサニもうこない
 賢治先生いなくても僕らの夢ははばたくよ
 賢治先生いなくても僕らの言葉はかがやくよ
 ぼくらはぼくらで生きてゆく
 銀河鉄道教室で
 銀河鉄道教室で
−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−(幕)
〈注〉「夢たまご」のアイデアは、桂枝雀さんの落語から拝借したものです。 大がかりな糸電話については、以前新聞でよんだことがあり、 それを糸電話の樹というイメージに膨らませました。


「賢治先生はふしぎな先生」はオリジナルで、池田洋子さんに作曲していただいた譜面もあります。
「楽譜のページ」には、こちらからどうぞ。


追補
この脚本を使われる場合は、必ず前もって作者(浅田洋)(yotaro@opal.plala.or.jp)まで ご連絡ください。



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