パンプキンが降ってきた
−戦争中、模擬原爆で予行演習って、ほんとうにあったの?−
2008.9.1
【まえがき】
太平洋戦争末期、アメリカはすでにマンハッタン計画によって原爆開発に成功していました。
二種類の原爆が実験で試されました。一つはヒロシマに落とされたウラン型のリトルボーイ、
もう一つはナガサキのプルトニウム型ファットマン。どちらも名は体を表すのとおり、リトルボーイは細身で小柄、
ファットマンはずんぐりむっくり、しかしアメリカとしては、後者が本命だったようです。
原爆の実験に成功した米軍は、つぎに投下の実践訓練をするために、ファットマンと同じ形、重さの大型爆弾を作ります。それが模擬原爆パンプキン。つまり、ファットマンという原爆のそっくりさんです。
このそっくりさん、パンプキンという名ににあわず、
おそろしい破壊力をもっていました。
ヒロシマ、ナガサキに原爆が投下されるまでに、日本各地に落とされた模擬原爆パンプキンは49発、
犠牲者は400人以上、負傷者もまた1200人を超えています。
(「その時歴史が動いた −模擬原爆パンプキン 〜秘められた原爆投下訓練〜」
(2008.8.27)参照)
被爆という日本人の経験は、これからも世代を越えて伝えていかなければならない大切な問題ですが、
そのとき、模擬原爆パンプキンの存在もまた忘れてはならないものの一つだと思います。
【では、はじまり、はじまり】
(時は、昭和二十年七月下旬から八月中旬にかけて、場所は大阪郊外の町)
ナレーター「みなさん、日本が戦争をしていたのは、いまから七十年近く前だということは知っていますか。太平洋戦争って呼ばれていました。七十年前というと、
みなさんのおじいさんやおばあさんでも、経験しているかどうかわからないくらい前のことです。
戦争に負けたのが、昭和二十年、1945年8月15日です。アメリカ軍が本土に上陸してきたら、
竹やりで立ち向かえ、一億玉砕、最後の一人になるまで戦え、と叫んでいた人たちが、
なぜ降参したかというと、
原爆が落とされたからです。広島に原爆が落とされたのが八月六日、長崎が九日です。
アメリカは原爆を落とす前に予行演習をしていました。B29という大きな爆撃機に
原爆とそっくりな模擬原爆パンプキンというやつをつんで、日本各地で落とす練習を
していたのです。見た目は原爆にそっくりですが、中身は原爆ではなく、
火薬がいっぱいつまった爆弾です。
パンプキンというのは、何か分かりますか。そうカボチャです。そもそも原爆が
ずんぐりむっくりのカボチャみたいな形だったので、模擬原発パンプキンもそんな
形に作られていました。
そのパンプキン爆弾がまだ完成していないとき、アメリカがパンプキン爆弾のそっくりさんで
原爆投下の練習をしていたとしたらどうでしょうか。
想像してみてください。どでかいカボチャが空から降ってきたらどうでしょうか。
びっくりしますよね。そのびっくりから劇がはじまります。
ある小学校の庭にパンプキン爆弾のそっくりさんのどでかいカボチャがドスンと落ちてきたのです。
こわい話ですね。でも、爆発はしませんでした。
それもそのはず、このどでかいカボチャ、パンプキン爆弾のそっくりさんということで、
B29が原爆投下の練習のために落としたものだったからです。
ほんもののどでかいカボチャ……、
知っていますか、何百キロもの重さの巨大カボチャ、
見たことがあるでしょう。よくコンテストとかやっていますよね。あれです。
原爆のそっくりさんのパンプキン爆弾のそっくりさんのどでかいかぼちゃが
B29爆撃機によって小学校の校庭に落とされたのです。
学校は、大騒ぎになります。生徒も先生も右往左往です。右に走ったり、左に走ったり。
さて、どうなりますか、そこは観てのお楽しみ。では、はじまり、はじまり……」
【一場】
(真っ暗な中に飛行機の爆音。サイレンが鳴り渡り、「空襲警報、空襲警報」の声。
暗い中にドスンという大きい音が響きわたる)
(明転)
(舞台中央に大きい張りぼてのカボチャが落ちている。
ふしぎなことに割れていない)
(生徒たち、駆け込んできて、カボチャのまわりを囲む)
生徒(太郎)「うわー、どでかあ……こんなん落としていきよった」(と、用心深く空を見あげる)
生徒(次郎)「アメリカの爆撃機、何考えとんねん」(と、カボチャを一蹴りする)「イッテー、
これめっちゃくちゃ固いわー」
生徒(太郎)「あたりまえや、見たらわかるやろ……でもな、
なんぼ固くても土の上やったら割れてたかもしれんで……、落ちたところが、
ちょうど農場の藁の上でよかった」
生徒(次郎)「よかったんか悪かったんか、わからん……もしオレらが芋掘りしとったら、やられてるとこやった」
生徒(三郎)「ほんまやなー、……それにしてもどでかい。やっぱりアメリカ、なんでもでっかいぞー」
(と、空に向かって叫ぶ)
生徒(花子)「でも、ほんとうにカボチャなのかしら、太郎君、爆弾かもしれないわよ」
生徒(太郎)「爆弾?」(と、ちょっと腰が引けている)
生徒(葉子)「安心させておいて、みんなが集まってきたところで、とつぜんバン、っていうこともあるかも……」
(みんな「えー」といって、逃げ腰)
生徒(次郎)「葉子、変なこと言うなよ、とても爆弾には見えんけどな」
(と撫でてみる)
生徒(次郎)「ほら、カボチャのぶつぶつもあるぞ。これおっきいニキビみたいや」
生徒(三郎)「そらそうや、爆弾やったら、ニキビなんか付けへんやろう、次郎の言う通りや」
生徒(花子)「それはわからないわよ。芸の細かいアメリカの職人さんだったら……」
生徒(太郎)「花子まで……、疑い深いやつやな。疎開組は疑り深いんか」
生徒(花子)「そんなの関係ないでしょう」
生徒(葉子)「もしかしたら、カボチャ爆弾かしら」
生徒(太郎)「まだ言うてるんかいな、せやから爆弾ちがう、言うてるやろ」
生徒(葉子)「そうじゃなくって、カボチャが爆弾ということ」
生徒(三郎)「カボチャが爆弾……、そうか、そりゃあまー、これが当たったら死んでしまうからな」
生徒(次郎)「ふーん、そうかな。でも、わざわざカボチャをB29に積んで持ってくるか? なんぼなんでもあんまりかしこないで」
(校長、村田先生が駆けつける)
生徒(花子)「あっ、校長先生」
校長「みなさん、だれもケガはありませんか?」(と一同を見まわす)
生徒たち「大丈夫です」
校長「よかった、よかった、何よりです。……夏休み中の登校日で、幸いでした。
ふだんの日なら小さい子もいますし、大騒ぎでした。……それにしても、何ですかこれは?」
村田先生「カボチャですね。どでかいカボチャですねえ」(と、撫でまわす)
校長「村田先生、カボチャは分かってますよ……、どうして、こんな片田舎の学校にB29がカボチャを落としていったのか?」
生徒(太郎)「ぼくたちもいま話していたんです。訳が分からんですよね」
校長「アメリカさんも、爆弾を使いすぎて、不足してきたのかもしれません。カボチャを代わりに使うほどに……」
生徒(次郎)「校長先生も葉子とおんなじこと言わはったで……」
村田先生「そんなバカな、校長先生、バカなことを言わんとってください。
あの物資豊かなアメリカさんが、どうして、爆弾の代わりにカボチャを落としますか?」
校長「そりゃ、そうやが……」
村田先生「それより、何かの練習と考えた方がいいでしょうね」
校長「練習というと?」
村田先生「こわーい爆弾がもう少しで完成する。その爆弾、見た目がなんとカボチャそっくり、
……で、このカボチャで、その新型爆弾を飛行機から落とす訓練をした……どうですか、この推理は?」
校長「カボチャそっくりの爆弾ね。先生はもともとは理科のご出身と聞いとりますが、
何か心当たりでもありますか?」
村田先生「そうですね。アメリカでとんでもない新型爆弾が開発されているという噂を理科の講習会で聞いたことがあります。もっともそれがカボチャの形をしているかどうかは
わかりませんが……」
校長「ふーん、新型の爆弾ですか、……そして、そのそっくりさんがこのカボチャじゃないかと
……、ちょっと
信じがたい話だが……」
(そこへ用務員の北野さんが駆けつけてくる)
北野さん「何ですか、これは? さっきのB29が落としてゆきよったんですか、
このカボチャ……ヒェー、また、どでらいやつを落としよったもんですな」
校長「ちょうどよかった。北野さん、あんた力持ちやから、動くかどうか
ちょっと押してみてください」
北野さん「これは、たしかにほんもののカボチャなんでしょうな。突然爆発したりして……」
(と、北野さんはこわごわ近づき、そっと押してみるがビクともしない。やがて、意地になって
顔を真っ赤にして押してみるがまったく動く気配がない)
北野さん「こりゃあかんわ。重すぎてちょっとも動きまへんわ」
生徒(三郎)「村田先生がこの前の理科の時間に、オレは棒が一本あったらテコにして
地球でも持ち上げられるって、言うてたよな」
校長「ふーん、村田先生、そんなことを言うたんですか。……まあ、生徒の前で言うたからには、
このカボチャちょっとでも動かしてもらわんと……」
村田先生「校長先生まで……、三郎の尻馬に乗らんといてください。それどころじゃないし、……
仮にですよ、……このカボチャ、テコでも動かんという顔をしてるでしょう、
そいつを、仮にですよ、テコで動かそうと思ったら、それなりの頑丈な棒がいるんです」
(生徒に向かって)「そういうことだから、実演はこのつぎにして、まあ、適当な棒を探しておくよ」
(校長に向かって)「それより、このカボチャが何なのか、調べる方が先でしょうが……」
校長「それもそうですな。そうなると、うーっと……、だれか賢治先生を呼んできなさい。
あの人は農学校の出身だから、カボチャには詳しいはずです」
生徒(三郎)「はい、どこにおられますか」
村田先生「分かりませんが、校舎の下の方の農場じゃないでしょうか。たしか、『下にいます』って、黒板に書いてあったから」
生徒(三郎)「探してきます」
生徒(次郎)「又三郎、行ってこい」(と、後ろ姿に叫ぶ)
生徒(三郎)「又三郎ちゃうって……」(振り返って叫んで駆けてゆく)
生徒(太郎)「でも、これカボチャやと思うたら、おいしそうやな」
(腹が「グー」となる)
生徒(次郎)「食べられるんやろうか」
生徒(葉子)「そりゃあ、カボチャだから、食べられるでしょう」
生徒(次郎)「いや、わからんで、どんなしかけがあるか……、食べたらみんな病気になってしまうこわーいカボチャやから、それを爆弾の練習に使うたんかもしれん」
生徒(太郎)「カボチャはカボチャやで。……おいしそうやな、これで何人前やろうか。
百人でも食べ切れんから、学校中の生徒がたらふく食べられるぞ、
それで余ったら家族にも貰って帰れるかもしれへんなあ」
生徒(花子)「アメリカさんが、私たちがあんまりお腹をすかせいるので、哀れんで落としてくれたのかしら」
村田先生「それはないやろうけどな、……戦争やからな……」
(と、そこへ賢治先生、駆けつけてくる)
生徒(太郎)「あっ、賢治先生や」
賢治先生「何ですか? カボチャ爆弾というのは……。三郎君の説明聞いてもようわからんし、……
あっ、これですか、このカボチャが……」
村田先生「さっき、空襲警報が出て、飛行機が一機飛んでいったでしょう」
賢治先生「ええ? 地下蔵にいたので、気にもとめなかったが……」
村田先生「あのとき、このカボチャ爆弾を落としていったんですよ」
賢治先生「ふーん、このどでかいカボチャをね」
校長「それで、このカボチャには毒があるとか、そんなことはないのですかね 賢治先生は農学校の出身だからご存じかもしれないというんで……」
賢治先生「いやあ、こんなカボチャは見たことがありませんが、……
そういえば、学生時代にアメリカから取り寄せた雑誌に、こんなふうな
巨大なカボチャの写真が載っていたな。たしか動物の飼料ですよ。牛とか馬の……」
生徒(三郎)「しりょうって食べ物ってこと?」
賢治先生「そうです。えさのこと、馬とか牛のえさにするカボチャ」
生徒(次郎)「先生、馬とか牛が食べとるんなら、おれたちも食べられるかもしれんね」
北野さん「何をいうとる。オマエはアメリカさんが馬に食べさせとるものを食べるちゅうんか?
なさけない、恥を知れ、恥を」
生徒(太郎)「そんなこと言っても、腹がへってはいくさもできんからな」(太郎のお腹がまた「グー」と鳴る)
賢治先生「太郎は腹が減っとるんだ。ここんとこあんまり食べとらんのだろう」
生徒(太郎)「はい」(「クーとらん」と腹が返事をする)
生徒(花子)「どこもおんなじよね。……私んちなんか、サツマイモの茎をたべているけれど、
サツマイモの茎と、牛のカボチャとどっちが高級なのかしら」
生徒(太郎)「そりゃあカボチャやで、茎は味がせえへんからな」
校長「まずは牛か馬に食べさせて、安全かどうかを確認してから、私たちが食べてみるということにしましょうか」
生徒(太郎)「そんなもったいない。カボチャですよ。ぼくたちに食べさせてください」
生徒(次郎)「そうだよな。今日の昼のおかずはカボチャということにしましょう」
校長「賢治先生、どんなものでしょうか」
賢治先生「牛の飼料というんだから、食べられないことはないでしょう、……
とりあえず煮てみて、教師が試食して大丈夫だったら、生徒にも食べさせるということで
どうですか?」
村田先生「そうしましょう。それがいいですよ。私も賛成だな」
校長「そうですか、動物実験を省いて……、まあ、われわれがモルモットということで、……
賢治先生がおっしゃることですから、そうしますか……では、煮炊きに時間もかかりますから、
さあ、さあ、みなさんは、教室にもどってください。まだ、午前中の勉強が残っていますよ」
北野さん「始業のベルを鳴らすのわすれてました。あとで、カボチャを煮てみましょう。
まずうてもしりませんで……」
(と、あわてて校舎に駆け込んで、キンコンと鈴を降って現れる)
北野さん「さあ、はやく入りなさい。入って、入って、……こらっ、太郎、はやく入りなさい」
(と、生徒たちを追い込む)
(生徒たちと北野さんがいなくなったところで)
校長「このどでカボチャ、固そうですが、切れますかな」
村田先生「トンカチとノミさえあれば、何とかなりますよ。北野さんに任せておけば、
何とかしてくれますよ」
賢治先生「ところで校長先生、このかぼちゃ、警察へは届けられますか?」
校長「さあ、それですよ。賢治先生はどう思われますか。
やっぱりアメリカさんの落とし物ということで
警察には届けておいたほうが無難だとは思うのですが……」
賢治先生「届けるとなったら、食べられませんね」
村田先生「賢治先生まで、……落とし物いうてもたかがカボチャ、
そんな堅苦しいこと言わんと、みんなで食べたらいいじゃないですか」
校長「飛行機から落とされたところは誰も見てないか……」
北野さん(教室から戻ってきて)「警察に届けるいうてもな……それはどうかな。
カボチャが降ってきました言うても、信じてもらえるかどうかわからんし、
かえってやっかいもの扱いされるかもしれんし、……
校長先生は気がふれとる、とか言われて、
変な目で見られるおそれもあるしな……」
校長「ようするに北野さんも、反対いうことですな」
賢治先生「このカボチャが空から降ってきたからやっかいなんですな、……」
校長「そうです。それはたしかだが、まあ、しかし、それだけがたしかなことで、
北野さんの言うように、B29の落とし物であると言っても、信じてもらうのは
むずかしいかもしれん……まあ、なにもムリに信じてもらわんならんこともないか、……は、は、は、
そうしますか……」
村田先生「まあ、そういうことで、生徒たちには、 このカボチャ、B29が落としたという
証拠はないのやから、そんなこと言いふらしたら流言飛語になる、誰にも言うたら
あかんと口止めしときますわ。……ところで、北野さん、味付けはどうするの? 何か調味料ありますか、
いくらなんでも、そのままではまずいでしょうから……。」
北野さん「塩くらいならありますが……砂糖も醤油もなかったな」
(一同、話しながら舞台を去る)
【二場】
(その日の午近く、北野さん、七輪に鍋をかけて煮炊きの準備をしている)
北野さん「それにしても、このカボチャの堅さは、どもならんな。包丁の刃はかけるし、ナイフも歯が立たんし……、
こうなったら、ノミとトンカチで削るしかないか」
(と、ノミを当てて、トンカチでカンカンと打って削り、取れたかたまりを鍋に入れる)
北野さん「とりあえずは、塩味ということで……」(と、塩をふりかける)
(そこへ校長が現れる)
校長「北野さん、どうですか? うまくいきそうですか?」
北野さん「ま、なんとか、ノミで掘り出したのを少しずつ炊いていますが……」
校長「生徒たちは、できあがりが気になって、そわそわして授業に身が入らないようですよ。
昼飯時までに、なんとかできますか」
北野さん「やってみますがね。どうなることやら……さっき入れたのが、少し柔らかくなってきたようです。
校長先生、食べてみられますか?」
校長「ワシが? ……いや、遠慮しとこう。……北野さん、あんた、ちょっと食べてみてください。
料理したものが、役得で一番に味見ということで……」
北野さん「いやあ、ワシも、病気になるのはかなわんからね。子どもも女房もいる身だから……」
(賢治先生、登場)
賢治先生「やあ、どうですか、もう煮えたましたか?」
北野「賢治先生、どうです。一つ、味見をしてください」
賢治先生「いやあ、それは、申し訳ないですな。校長先生を差し置いて……、ではまあ毒味ということで」
(と、北野さんから一切れをもらって食べてみる。校長、北野さん、賢治の反応を興味深く見つめる)
北野「どうです? 賢治先生、お味の方は?」
校長「食べられるようですか? 何か変な味がするとか、しびれるとかはありませんかな?」
賢治先生(さらに一切れを頬張りながら)「いや、大丈夫なんじゃないですか。塩味が薄くて、
すこし水っぽいが食べられないことはないようですよ」
校長「毒がしみこませてあるといったようなことは?」
賢治先生「それは、大丈夫でしょう。カボチャの皮に穴も何もないんだから……」
北野さん「いやあ、ようやく炊けてきました。これくらいあれば、みんなで食べても
大丈夫です」
校長「大きいから、三十人分くらいけずっても、たかがしれていますね。
たくさん残ってしまうから、町内会の人たちにもおすそ分けしましょうか。
午後から会長さんに会うんでね、一度相談してみます」
北野さん「それはいいですが、町内会の分まで煮っ転がしをつくるのはたいへんだから……
国防婦人会で炊き出しでもしてくれと言っといてください」
校長「分かりました。それも言っておきます」
北野さん「婦人会の炊き出しだったら、カボチャステーキでも、カボチャの刺身でも、
なんでもして食べてもろうたら、ええんですわ」
校長「北野さんが、そう言うてたと、伝えときますわ」
(そのとき、村田先生がカランカランとベルを鳴らしながら現れる)
北野さん「村田先生、すみません。私の仕事やのに……」
村田先生「いえいえ、北野さんには、カボチャを煮てもらってるんやから……、
炊けましたか?」
校長「塩あじの煮っ転がしができて、今、賢治先生に毒見をしてもらったところです。
私も食べましたが、だいじょうぶでした」
村田先生「それはよかった。生徒には食べに行くように言ってありますから、
もう来るはずですが……」
(生徒たちが、お皿と箸を持って、舞台に登場、一場で登場する生徒と重複してもよい)
生徒「北野のおじさん、カボチャの煮っ転がし、もうできた?」
北野さん「ああ、でけたで。ぎょうさん食べたらええわ、戦争がはじまってからは腹いっぱい食べるのなんかなかったやろう。……さあ、自分で鍋から取って食べ」
村田先生「さあ、並んで並んで、なんぼでもあるんやから、あわてんでもよろしい」
校長「ゆっくり食べなさい。腹も身のうち、というから、あんまり食べ過ぎないように……」
生徒「うわっ、うまそう」(と、むしゃぶりつく)「塩味やけど、食べれんことないな」
生徒「食べられたらええやん、オレは文句言えへんで」
生徒「ほんとうに鍋にこんなにたくさん食べ物があるの、見たことないわ」
生徒「おい、何か言えよ」
生徒「腹へってて、味なんかわからへんわ」(と、ガツガツ食べる)
生徒「それでも、そんなにこぼすのはかっこうわるいわ」
生徒「アメリカでは、牛やら馬がこんなもん食べてるんか」
生徒「あー、腹がふくれてきたら、やっと味がわかるようになってきたな」
校長「みなさん、校長先生は、謝らなければなりません。あなたたちをこんなふうに
飢えさせたのは、大人の責任です。ほんとうにもうしわけない。今日は腹いっぱいたべてください」
北野さん「さあさあ、校長先生のお許しが出たで、いっぱい食べ」(と、半泣きになる)
賢治先生「食べれば幸せな気分になりますから……」
北野さん「さあ、先生方も食べてください。よう煮えてきましたで……」
校長「北野さんも食べてもらわんと……」
北野さん「いやー、ワシは、味見で腹が大きなってしもうたからな。
腹がへったらひもじいのはみんないっしょや、先生も生徒もあらへん、さあ食べてや、
遠慮はいらんで、アメリカさんのプレゼントや、さあ、他の先生方にも来てもらってください」
校長「じゃあ、呼んでくるついでに箸と皿をとってきましょうか」
(と、先生方が舞台袖に入る)
(暗転)
【三場】
(その日の夕方。夕焼けの中、町内会の婦人会が炊き出しをしている。
大鍋の周りで、町の人たちが、座ったり、あるいは立ったままで、炊かれたカボチャを食べている。
そこに校長と町内会長揃って現れる)
町内会長 「いやあ、校長先生、おかげさまでみんなでいただいてます」
校長 「生徒たちにもひさしぶりにたらふく食べさせてやれました。私たちも
いただきましたが、それでもまだまだ残ったので、食べてもらえば助かります。
世間に知られないうちに処分したいのです」
町内会長 「何人分くらいありますかな。みんなでよばれてもまだ残るかもしれん。
……それにしても、このどでカボチャ、
見たら思い出しますなあ。七年前……、
そうそう前の校長先生と相談して
……支那事変で南京占領したときですわ。カボチャのことナンキンいいますやろ」
校長「このへんではな」
町内会長「それで、南京占領をナンキンにひっかけて、南京取った言うんで、
どでらいカボチャのはりぼて作ってな、……
昭和の13年ですかな、国をあげてのお祝いで、えらい盛り上がりや、
ここの学校でも上級生ががんばって、どでカボチャの張りぼてに棒を挿して、
御輿にしてね、担いだんですわ……」
住人A「そやそや、やったなぁ、家族総出で見に行った。
『とったとった、南京とった、ワッショイワッショイ』いうて、寒いころやのに、季節はずれの
お祭りみたいにどでカボチャの御輿担ぎましたなー」
住人B「みんなで日の丸の旗振って煽り立ててな、運動場を練って回って……
しまいには商店街まで繰り出しよったな」
町内会長「思い出したか? のんきに食べてはるけども、このどでカボチャ、
そのときのうらみこもってるかもしれませんでー」
住人A「南京でひどいことしたらしいからなー、いまになって南京の復讐やろうか」
住人B「南京の復讐やったら、このどでカボチャを落としよったんは、中国のB29かいな?」
住人A「そんなアホなことあるかいな、ええかげんにしとき」
校長「カボチャの張りぼて作って、そんなお祭り騒ぎを、あの時ね……、南京占領でみんな浮かれてましたからな」
町内会長「当時は軍人さんもえらい勢いでしたさかいな、いまとえらい違いや」
住人C(お椀によそったカボチャにフーフー息を吹きかけながら)「いやあ、どでカボチャって聞いたんで、どうやろかと思うとったが、何の何の塩味でもじゅうぶん食べられる」
住人D「ほんまに、ひさしぶりに腹がふくれた、食べられたら味なんかどうでもええ」
住人E(女)「まあ、あんたは昔から大食らいでしたからなぁ、……モチを三十個くらい食べたことがあるでしょう」
住人D「若い頃はな、むちゃもしたからな」
住人E(女)「きょうは遠慮せんと、ぎょうさんよばれたらよろしいがな」
住人A「どうせアメリカさんからのありがたーいおくりものや」
住人B「シー、それ言うたらあきません、さっき町内会長さんに口止めされてしもうた」
町内会長「警察に知られたらうるさいことになるかも知れませんからな。だーれもB29が落としたのを見たものはないんやから、天の恵みということにしといたらええんですわ」
住人F「そういうこっちゃな。さすがに町会長は頭がええわ。だてに会長してないわな」
住人G(女)「それにしてもちょうどお盆にうまいことカボチャが降ってくるなんてね」
住人H(女)「ここ一、二年は、お盆いうても、ご先祖さんに、ナスビの牛もキュウリの馬もカボチャも、なーんもお供えしたことおませんやろ」
住人E(女)「あんたんとこは、以前は毎年お祀りしてはったから……、こんなカボチャがあったらありがたいことですわな」
住人F「ついでにおっきいナスビも落としていってくれたらよかったのになあ、アメリカさんも気がきかんこっちゃ」
住人I「そう都合よくはいかんけどな、……まあふしぎやな、何でこんなどでカボチャ落としていきよったのかな」
住人J「カボチャの爆弾なんて聞いたことないやろう」
住人I「なんかこんたんがあるんかもしれん」
住人J「こんたんて、どんな?」
住人I「さあ、それがわからん」
住人E(女)「カボチャはカボチャやないの、アメリカさんの思惑なんかどうでもいいこと、
食べられるんやったら……食べたらいいんです」
住人K「これうちの庭で採れたカボチャ、
(と、カボチャを取り出して、どでカボチャと並べる)どうです、この桁違いの大きさ。……
日本はこんなにちっこい国や……(と、小さいカボチャを指す)、
それに比べてアメリカさんはこんなに巨大な国や(と、どでカボチャの大きさを強調する)。
こんなどでかい国と戦争して勝てるわけない。もうあきらめなはれ、むりでっせ。
このどでカボチャには、そんな伝言がこめられているのかもしれませんで」
住人I「なるほどな、B29がよう撒いていきよるあのビラとおんなじか、『日本は負けます』とかいうビラな」
住人K「あれは『紙の爆弾』いうらしい。そうするとこれはカボチャの爆弾や」
住人J「オマエ、そんなことを言うためにわざわざ家のカボチャもってきたんか」
住人K「そういうわけやないけどな」
町内会長「ほんにこんなどでカボチャの国と、なあ、戦争してるんかいな、
大和魂で勝てる言うて……、おっそろしいこっちゃな」
住人L「四月には戦艦大和も沈没させられてしもうて……、
ウノさんとこの忠さんも英霊や。この町内で三人目かいの?」
町内会長「そうや、昭和のはじめから数えたら、
満州で八百屋の勇さん、サイパンで欽三さん、……忠さんで三人目やな」
住人M「日本の軍人さんも、戦争とはいえ、あちこちの国で、家族には言えんようなひどいことを
してきたという話やから……、
これからがおそろしい、なあ、どうなるんやろうか?」
住人N「それは、決まってるがな。頭の上からどでカボチャがいっぱい降ってくるねん。
気ィつけや」(と、空を見あげる)
(二・三人が声をひそめて笑う)
(少し前から、周りが徐々に暗くなり、たき火の炎が人物を浮かび上がらせる)
住人O「会長さん、盆踊りはどうなっとるんですやろ」
町内会長「そうやな、そろそろ暗うなってきたし……、みなさん、じゅうぶんにめしあがってもらえましたか」
(と、一同を見まわす)「こんなご時世やからお酒はありませんけどな、まあ、お茶けでガマンということで……」
住人P「ああ、ごちそうさんでした、うぃ」(と、ゲップをする)「これでけっこうです。何よりですよー」
町内会長「では、ぼちぼち臨時の盆踊りということで、まずは、どでカボチャのちょうちんに灯をいれてもらえますかな」
住人Q「はい、はい、オレがつけますよ」
(ロウソクに灯がともされ、カボチャの四角な窓が明るくなる)
住人E(女)「小さい頃、スイカとかカボチャをくり抜いてちょうちん作ったりしたこと思い出すわ」
住人G(女)「今はもったいなくて、そんなことできませんけどね」
住人A「今日は子どもらは呼ばんかったんかいな。喜ぶのにな」
住人B「子どもは騒ぎよるからな。手に負えんところもあるし、
そんなことで駐在さんにしれてもまずいしな。まあ、しゃあないやろ」
住人H(女)「いくら戦争にいってる兵隊さんのことを考えていうても、
ここ五年ほど盆踊りができんかったのはさびしかったわ」
住人E(女)「ひさしぶりやわ、おどるの……」
住人G(女)「隠れて盆踊り……」
住人H(女)「隠れてしかでけへんのはさびしいけど、隠れてでもこんなふうにできるのは、
このどでカボチャを落としてくれはったアメリカさんのおかげやね」
住人E(女)「また、言うてる。それ言うたらあかんて……はい、並びましょう」
(トントントンと太鼓の音が入って、一同どでカボチャを囲んで丸く輪になる)
町内会長「はい、りっぱに灯もはいりました。では、まずは戦死された英霊、
それから空襲やらでなくなった人の供養ということで……、
ただね、お囃子方もよろしいか、太鼓のかわりに桶やけど、
それでもあんまり大きな音だしたらあきませんで。
控えめに、控えめにな……、では、Yっちゃんに音頭をとってもろうてはじめましょうか……、
合いの手もあんまり大きな声ださんと、何しろ静かに踊って、それで、
今年なくなった方々を供養したげてください。Yっちゃん、たのむで」
(と、声をひそめるようにして演説する)
住人(Yっちゃん)「このどでカボチャの上に乗せてもろうて」(と、カボチャの上にのぼる)
「これだけくり抜いてるのにじょうぶなもんやな、ビクともせえへん、さすがアメリカ製やで……
そういえば、会長さん、もし踊りの最中に空襲警報が出たらどうします?」
町内会長「さあ、それやがな、これがなんきんなことや」
(踊りの体勢に入っていた住人たち、このギャグにずっこける)
住人(Yっちゃん)「会長さん、いくら真夏でもこれはさむーい……、まあ、その時はその時ということで、では、ひっそりとはじめまっせ。盆踊りにひっそりいうのははじめてやけど……」
(と、最初はささやくような声で歌いはじめるが、調子に乗ってくるとつい声が大きくなり、町内会長にたしなめられる)
「えー、さーては、一座のみなさまえーえええええ、お見かけ通りの若輩でー」
「えんやこらせーえ、どっこいせえ」(と合いの手が入って、盆踊りがはじまる)
(ここでは仮に河内音頭にしてあるが、地元の盆踊りを踊る。
暗い中で踊り手がどでカボチャをめぐって踊り、その影が大きく背後の壁に影絵となって動く)
(踊りがしばらく続き、突然、「ウーウー」と空襲警報が鳴り渡る。住人たち、ロウソクを吹き消して、クモの子を散らすように舞台から消える)
【四場】
(二週間くらい後。どうしたわけかどでカボチャの上にキノコが生えている)
(賢治先生、村田先生と校長の三人がそろって現れる)
校長「キノコが生えてきたっていうのは、これですね。いやあ、またどでかいキノコだ。
出張からかえってきたら、またカボチャに悩まされる」
村田先生「二、三日前に雨が降ったでしょう。あの明くる日からニョキニョキと出てきたんです」
賢治先生「カボチャに生えるキノコなんて聞いたことがありませんね。キノコは木に生えるものと思っていたが……」
校長「ふしぎですね。どういうキノコですかな、賢治先生、図鑑で調べてみてくださいよ」
賢治先生「調べてはみますがね。何しろアメリカ産ですからね、図鑑にあるかどうか……」
村田先生「アメリカ産か、何しろどでかくて立派ですな」(と、周りからキノコを眺め回す)
「このどでカボチャがここに居座ってから、何だかここが学校の中心のような気がしてきたんです。
賢治先生はそんなことありませんか」
賢治先生「こんな大きいやつにでんと控えておられたらね。……」
村田先生「何か、天皇陛下の御真影を奉ってある奉安殿より、こっちの方が学校の中心みたいな
気がしますよ。……そこにこの立派なキノコの塔まで建ってしまっては、
いよいよ名実共に学校の中心になったような……」
校長「村田先生、うかつなことをおっしゃっちゃあいけませんよ。
奉安殿よりもどでカボチャが中心なんていうのは、物騒な考えですよ。誰が聞いていないとも限りませんからね」
(と、声をひそめて諭していると、そこに町内会長があらわれる)
校長「ああ、これは町内会長さん、おはようございます」(と、突然声の調子が変わる)
「今日は何かご用事ですか?」
町内会長「校長先生、ちょうどいいところで、……今日は遅ればせながらお礼ということで……
先日は、どでカボチャをありがとうございました。あの炊き出して、ひさしぶりに
町内のみなさん、たらふく食べることができました。そのあと、ここをお借りして五年ぶりに盆踊りをさせてもらいました。みなさん大喜びで……、もっとも途中で空襲警報が出たりして、盛り上がるというわけにはいきませんでしたが……」
校長「ほんとうに、あれは心残りなことでした。皆さん無事で? 何よりでした。
それにカボチャの方は、生徒の給食にだしてもまだいっぱい残っていて、
皆さんで食べていただいてこちらも助かりました。
鬼畜米英言うても、こんな贈り物なら大歓迎ですな」
賢治先生「それは、そうですが、これでもまともに人にあたったら死んでしまいますから……」
校長「それはわかっとるが……」
町内会長「ところで、校長先生、聞きましたか? 一週間ほど前に広島に新型爆弾が落とされたってことを……、
そして、三日後に長崎にも、……むごいことですな」
校長「聞きました。原子の爆弾いうて、一発で広島の街が焼き尽くされたらしい……」
町内会長「あまりな噂をたてると、警察がうるさいですが、その新型爆弾が爆発したとき、
広島の街の上にキノコ雲が
のぼったといいますな。その雲が愛媛の松山あたりからも見えたと親戚のものから聞きました」
賢治先生「原子の爆弾のキノコ雲……、もしかして、その原子の爆弾というのは、このどでカボチャのような形を
しているのではないでしょうか」
校長「その原子の爆弾を落とす演習をこのカボチャでやったのでは、というのが村田先生の考えなんですが、……そっくりさんで練習したということは、原子の爆弾はこのあたりに落とされる可能性もあったということですかね」
町内会長「めったなことは言わない方がいいですよ。校長先生、だれが聞いているか分かりませんからな」
校長「ごもっともです。ご忠告ありがとうございます」
(生徒たち登場。生徒(太郎)は、帽子を被って、その帽子を手で押さえている)
生徒たち「先生、太郎の頭にキノコが生えてきました」
賢治先生「頭にキノコが……、どれどれ見せてごらん」(と、帽子を取らせて頭に触る)
「たしかに何かが生えてきているようだ」
校長「私にも見せなさい」(と、太郎の頭をのぞき込む)「ひゃー、ほんとうだ。もっこり膨れてるな。
どうもたいへんなことだ。キノコですな。
どでカボチャにもキノコ、生徒の頭にもキノコ……、賢治先生、
この二つは何か関係があるのですかね」
賢治先生「どうでしょうか? でも、カボチャのキノコと時期的にもおなじですからね。
それしか考えられませんね」(と、むずかしい顔をする)
生徒(太郎)「オレ、キノコ頭はいやだよ。先生助けてください」
村田先生「落ち着けよ。オマエ何を脅えてるんだ。
人間の頭にキノコが生えるなんて考えられないよなあ。
いくらどでカボチャをめちゃ食べて胞子が体の中に入ったからって、
そこからキノコが同じように生えてくるか?……生えてくるものなら、みんなに生えてくるだろうし、……
でも、今のところ、太郎だけだろう、他にも
いるのか?」
生徒(花子)「他にはいませんが、……太郎君はたくさん食べたからじゃないでしょうか」
賢治先生「太郎は、そんなにガツガツ食べたのか? しょうがないやつだな。
腹も身のうちということがあるんだ。
このキノコ、子どもだけに生えるのか。それとも大人にも生えるのか……そういえば、
さっきこのどでカボチャのキノコに触れているとき
頭のてっぺんがむずむずすると思ったら、ふくれてきたよ。オレにもキノコが生えてきたんだ」
(賢治先生は手で頭を探るしぐさをする)
校長「えー、賢治先生にも……」(と驚いて自分の頭を手で探ってみる)
「私は大丈夫なようだが……」
村田先生(頭を触って)「オレもまだできていないようだ」
町内会長(頭を触って)「私も大丈夫だ」
賢治先生「冗談、冗談ですよ。そんなに本気にされたら困ってしまうな。ほら、膨れてないでしょう」
(と、自分の頭頂部を見せる)
生徒(太郎)「賢治先生、冗談なんか言ってないで、……オレ、どうしたらいいんでしょうか?
死んでしまうんですか?」
校長「賢治先生、太郎はどうしたらいいですかな」(と、事情を察して、ニヤニヤ笑いながら尋ねる)
賢治先生「いや、ぼくにもわかりませんが……、まず、何かということ、それがわからないと、
もっとよく見せてくれよ」(と顔を頭に近づける)うーん、これは見覚えがあるぞ、ただの……」
生徒(太郎)「ただの何ですか?」
賢治先生「ただのでんぼ、できものだ。先っぽが少し膿んでるが……オレも中学生のときにできたことがある」
生徒(太郎)「ほんとうですか、じゃあ死ななくてもいいんですね。……よかった。助かったよ。
どでカボチャを食って、頭にキノコができて死んだ、なんてかっこう悪いからな」
校長「がつがつ食べるからだ。いくら育ち盛りで食べるものに飢えていたからといって、
食べ過ぎたら体調も崩してしまうぞ。でんぼもできる。反省せんとな」
町内会長「まあ、よかった。一時は、町内会のみんなの頭にキノコが生えてきたら、どうしよう思ったわ。
たくさんよばれたからな」
北野さん(古風なラジオを持って登場。電線が繋がっている)「みなさん、もうお集まりで……、
あっ、町内会長さんも、……町内の人に全部食べていただいて、中が空っぽに
なったら、このどでカボチャ、音がよう響くようになってな、拡声器みたいですわ。……それで、今日のお昼の放送は
ここで聞いてもらおう思うて……」
校長「それが、いいですな。もうちょっとで忘れるところでした」(と、懐中時計を取りだして時間を見る)
「もう少しで正午ですな。北野さんが準備してくださったので、みなさんここで聞きますか」
生徒(次郎)「何があるんですか? ここで……」
校長「今日正午に天皇陛下の重大放送があるから謹んで聞くようにという知らせが……」
生徒(葉子)「お父さんが言ってた。新聞の特報にも重大放送のことが載ってるって……」
生徒(次郎)「オレはしらんかった。重大放送って、何のこと?……」
校長「どういう話をされるのでしょうか……」
生徒(三郎)「天皇陛下が自分でしゃべるんか?……天皇陛下の声なんか聞いたことないな」
町内会長「誰も聞いたことないんじゃ。天皇陛下が、御自ら放送あそばされます、と言うんやけど……、
一億玉砕、最後の最後まで戦争をやり遂げようということかな」
(そこに、町内会のみんながぞろぞろと登場する)
町内会長「ああ、みなさん、来てくれましたか。ここで聞かせていただきましょう。はい、
集まって、どでカボチャを真ん中に集合、では、静粛にお願いします」
校長「では、北野さん、そろそろ時間ですからスイッチを入れてくれますか」
(北野さん、ラジオをどでカボチャの上に載せて、スイッチを入れ、クモの巣アンテナの向きを調整する。
突然、正午の時報が鳴る)
校長「みなさん、天皇陛下のお言葉です、静かにお聞きください」
(ラジオからはガーガーという雑音が響き、やがて終戦の詔勅の放送が聞こえてくる)
(放送が終了しても、しばらくは誰も何も言わない)
生徒(太郎)「ガーガーだけで、何をいっているのか、なんもわからんかった」
生徒(次郎)「先生、どうなったんですか?」
賢治先生「天皇陛下のお声は聞こえたか……」
生徒(三郎)「ぜんぜん聞きとれんかったよな」
校長「陛下……日本が負ける、そんな、そんなバカなことが……」
(と、叫んで泣き崩れる)
町内会長「最後まで、本土決戦で……戦うんやなかったのですか」
(と、地団駄を踏んで座り込んでしまう。町内会の人の中にも泣いて座り込む人もいる)
生徒(葉子)「どうしたんですか? 賢治先生」
賢治先生「日本は、戦争に負けたって、……」
生徒(花子)「えー、戦争に負けたんですか」
生徒(三郎)「天皇陛下は、そう言うたはったんですか」
村田先生「つらいだろうが、たえがたいこともたえて、がんばろうって……」
賢治先生「そう言えば、私は、以前から天皇陛下に似ていると言われていたんだ」
(と、突然、奇術よろしくどこかから帽子を取り出してきてかぶる)
生徒(太郎)「ふーん、オレは天皇は見たことないから、わからへんけれど……」
賢治先生「その天皇陛下がね、こう言われたんだ。
戦争でたくさんの人たちがなくなり、また
残虐な爆弾でたくさんの罪もない人々が殺された。
このままでは日本が滅んでしまう。
戦いで死んだ人や遺族のことを思えば心が張り裂ける
これからも苦しみはたいへんだろうが、耐えがたきを耐え、忍びがたきを忍び、敗戦を受け容れよう。」
(賢治先生、言い終わって、帽子をとる)
生徒(次郎)「それって、戦争に負けたってことですよね」
生徒(花子)「じゃあ、もう、空襲もないということかしら?」
生徒(葉子)「電気も点けられる? 学童疎開もこれでおわり? 私たちも家に帰れるのかしら……」
賢治先生「そういうことだ」
生徒(太郎)「もう、新型爆弾が落ちることもないんですね」
賢治先生「そうだよ。生まれてから君たちが一度も経験したことのない平和な生活がはじまるんだ」
生徒(次郎)「あれっ、キノコが崩れていく」
(どでカボチャの上に生えていたキノコが傾いて落ちる)
賢治先生「キノコさんもいまの放送を聞いていたんだ。もうキノコ雲はおしまいだ」
生徒(太郎)「それじゃあ、このキノコで、戦争がおわったお祝いにキノコ汁をつくろうや」
生徒(花子)「太郎君は、いつも食べることばっかりね。賢治先生の言われたようにキノコ雲のおばけに襲われるわよ」
生徒(太郎)「そうか、やっぱりまずいよね。まずくてもカボチャでがまんするか」
生徒(花子)「もう、みんな食べちゃったけどね……」
生徒(次郎)「そうか、でも、こんなに満腹の一週間はひさしぶりだったな、
このどでカボチャさまのおかげです」
生徒(三郎)「シェーシェー、パンプキンさん」(と、大げさに礼をする)
生徒(太郎)「賢治先生、もう大きい声で歌をうたってもいいんですよね」
賢治先生「ああ、いいよ。だれにも遠慮はいらない。思いっきり歌ってもいいんだ」
一同(みんなで歌う)
空からパンプキン
(空からパンプキン)
空からパンプキン
(空からパンプキン)
ぼくらの町に降ってきた
ふしぎなだれかのおくりもの
パンプキンでなかったら
(パンプキンでなかったら)
パンプキンでなかったら
(パンプキンでなかったら)
もしかしたらピカドンが
ぼくらの上に落ちたかも
一羽の鶴に折り込めた
心よりそえ ヒロシマに
空からパンプキン
(空からパンプキン)
空からパンプキン
(空からパンプキン)
ぼくらの庭に落ちてきた
ふしぎなだれかのおとしもの
パンプキンでなかったら
(パンプキンでなかったら)
パンプキンでなかったら
(パンプキンでなかったら)
もしかしたらキノコ雲
ぼくらの上に湧いたかも
一羽の鶴に折り込めた
心よりそえ ナガサキに
(歌いおわって、どでカボチャの周りでみんなで盛り上がる中、幕が降りる)
ナレーター「戦争はもっともっときびしいものだと思います。ヒロシマ、ナガサキの原爆では
たくさんの人たちがなくなりました。また、原爆投下の演習をしたパンプキン爆弾でも
多くの人が犠牲になりました。本物のパンプキン爆弾は、カボチャなどではなく、火薬の詰まった大きな爆弾でした。
わたしたちもこの劇をきっかけにして戦争のことをさらに
学んでいきたいと考えています。最後まで見ていただいてありがとうございました。」
【完】
【補注】
1、どでカボチャの品種には、例えば「アトランティックジャイアント」などいくつかあるようです。訳としては、
やはり「巨大カボチャ」、「どでカボチャ」とするのがいいかと思います。
2、劇中で歌われる歌「空からパンプキン」にどなたか曲を付けていただけないでしょうか。
劇の最後にみんなで歌えるシンプルな楽しい曲ができたらいいなと考えています。
追補
この脚本を使われる場合は、必ず前もって作者(浅田洋)(yotaro@opal.plala.or.jp)まで
ご連絡ください。
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