落語「銀河鉄道 青春十七切符」
−夢たまごU 賢治先生、いじめに乗り出す−
【あらすじ】
「桂枝雀の「夢たまご」という落語を知っておられますか。
その仕掛けをつかわせていただきました。あるいじめられっこの少年が夜、
いじめを思い出して悶々としていると、夜鳴蕎麦の笛が聞こえます。
腹がへっていたので、ラーメンを注文します。屋台にたまごがあったので聞くと
夢たまごとのこと、これも一つ買います。部屋にもどって食べていると、
ふいに学校に場面転換します。いじめっこに呼び出され、必死に逃げ回ります。
校内の林の中で保護色の布を体に巻き付けて難を逃れたり、
美術室で「月夜のでんしんばしら」の絵にはまりこんでみたりして逃げまどい、
最後に糸電話の木の糸電話で警察に助けを求めます。しかし、駆けつけたお巡りさんも、
いじめっこの変装だったことがわかり、運動場に逃げて、
砂場の蜃気楼の水たまりにとびこみます。
そこで時空移動してたどりついたのが銀河鉄道の待合い室、
わけがわからないまま青春十七切符を買い求めて、
賢治先生といっしょに銀河鉄道の旅にでかけます。ところが、
やっと逃れてきたはずのいじめっこたちも列車に乗り込んでいて……。」
【では、はじまりはじまり】
(出囃子で登場)
なんですな、最近いじめというものがはやりやそうで……。
そんな記事が新聞に載らん日ィがないという……。
まあ、何ですな、どこがどうなっているのか、何が原因なのかわれわれにはとんとわかりまへんが、
時代といえば、こんな時代のせいかもしれませんな。
ほんのちょいむかし、われわれの同業者でざこばというもんが、
動物いじめという落語をやってたことがありましたが、
動物愛護協会とやらいうところからクレームがつきまして、
そのネタをいまはやらんようになってしまいましたな。
人間のいじめにもどこかの愛護協会からクレームでもつけてくれたらいいんでしょうが、
そうもいかないようでして……
(自分の部屋でいじめられたことをぼやいている。)
マサオ「めちゃくちゃしよんで、どうもなってないやろか。傷はないようやね。
せやけどあんだけやられて痣もできとらへんのは、やっぱりいじめのプロやで。麻酔蹴り、
この脚の太股の横あたりをこうして膝蹴りしよんね。傷はのこらへんけど、これが痛いんや。
あのどんがらの大きい和夫が一番かなんねん。力が強いから反撃もできひんし……。
ぼくちんの智宏もオカマの俊樹も助けてくれよらへん。助けるどころか、いっしょに攻撃しよる。
どうしようもないわ。というて、誰にも言えへんしな。お母ちゃんは、心配して、
口うるそうなるだけやし、先公にいうのは、もっといややしな。プライドに反する、
それに屁ェの突っ張りにもならへんからな。……いや、そんなことより、
宿題せんならんことは分かってるんやけど、……せやけど、腹の虫がおさまっとらへんから、
第一教科書読んでも頭にはいらへんわ。国語の宿題あったな。
えー、本文を読んで、答えなさいか。本文て……「風の又三郎」や。ここ、ここ、
宮沢賢治作と……
どっどど どどうど どどうど どどう
青いくるみも吹きとばせ
すっぱいくわりんもふきとばせ
どっどど どどうど どどうど どどう
問題1、この『どっどど どどうど どどうど どどう』というのは、何ですか。
なんやねん、この『どどどう』とかいうのは、えー、はじめからわからへんがな。
わからんかったら、本文を読む、先公がそういうとったなあ。
『さはやかな九月一日の朝でした。青ぞらで風がどうと鳴り、日光は運動場いっぱいでした。』
と……。風の音かいな。せやけど、風はひゅーひゅーと違うんかいな。東北弁では、
なまって『どっどど どどうど』いうんかいな。
せやけど、ほんまに風がなまりよったらおもろいやろなあ。
河内弁の風は、
『どうどどど どついたろか』て、いいよるやろか。
ちゃきちゃきの江戸っ子の風は「どうどどど どしたんでぃ」なんちゃって……。
そんなこというてる場合ちゃうで……。もっと深刻なんやで。
しゃーけど考えたらこの風の又三郎ちゅうのもいじめの話やな。又三郎ちゅうのは、
転校生でおまけに赤い毛ェしてんねん。いじめられる条件そろうてるわな。それでも、
大正時代の話やろ、いじめちゅうてもまだのんびりしてるわ。
現代のいじめはこんなもんやおまへんわ。もっとえげつないでぇー。
ぼくは、おやじが漁船の通信士なもんで、漁業会社の関係で、
二年前にこの町に引っ越してきたんや。
そうしたら、こてこての関西弁やいうて、はじめはおもしろがられてたけど、
中学に入ったら、それでばかにされだして、なんかいじめられるようになってしもうて……。
父親が遠洋航海に出ているんで、いてへんからよけいばかにされるんとちがうかとおもうんやけど、
お母ちゃんにいうてあんまり心配かけとうないし、先公は当てにならんし……、そうや、
この「風の又三郎」を書いた宮沢賢治みたいな先公あったらええやろうな。ぼくの悩みを、
真剣に聞いてくれはるかもしれへんな。どっかの農学校の先生したはったいうし、
いじめの話書いたはるしな。せやけど、なになに著者紹介みたら昭和八年没って書いたある。
賢治先生が現れたら、それこそ幽霊か夢かどっちかしかないわ。現実にそんな先公はいてへんということや。
夢、むなしい夢や。
筆箱は隠される、体操シャツに穴はあけられる……、靴にはピンを入れられる、
更衣のときにパンツをめくられる、このごろは殴りよるようになって、麻酔蹴りとか、
プロレスごっことか、もう学校もいやんなってくるな。やめたろか」
ぴー、ぴぴぴぴぴぴ(と電子音の口まね)
マサオ「12時か。まだ腹の虫がおさまらんと思うてたら、何か腹減ってきたな。」
ぴろろーろろ、ぴろろろろろー(と、チャルメラの音)、ぴろろーろろ、ぴろろろろろー
マサオ「えらい、えータイミングやな、夜なき蕎麦か。ひとつ食うたろか。
こうなったら自棄食いや。」
階段をとんとんとおりていって、外へでますと、ちょうど屋台の車がふらふらとやってまいります。
マサオ「おっちゃん、ラーメン、一杯頼むわ。」
ラーメン屋「へい、まいど。何、しまひょ?」
マサオ「何て?ラーメンやがな。普通のラーメン。他に何かあるんかいな?」
ラーメン屋「何でもありまっせ。かにラーメンに蠍ラーメン、白鳥ラーメン、
オリオンラーメン。」
マサオ「ふーん、けったいなラーメン屋やな。蠍ラーメンて、何や恐そうやな。
食べたら蠍の毒が回って……、
ほんまに蠍入ってるんかいな。」
ラーメン屋「そんなわけおまへんやろ。蠍に似たざりがにが入ってま。」
マサオ「そんなんええわ、普通のラーメン。すんませんけどこの鉢に入れてもらえますか。
お母ちゃんに、屋台のラーメンはよう洗ろうてないから、
自分の丼鉢を持っていって買うように言われてますねん。」
ラーメン屋「へい、そうでっか。えらい不潔で悪おましたな。
せやけど、その丼鉢もかなりきたないでっせ。煙草をもみ消した焼けこげなんかがあって、
内の方がましかもしれまへんで、せやけど、まあそう言わはるんやったら、
そこい置いといてんか、入れまっさかい……。」
マサオ「機嫌悪うせんといてェな。何しろお母ちゃん潔癖性なんや。かんにんしたって……。
おっちゃんとこ夜なきラーメン『銀河鉄道』いうんか、けったいな名前やな、
おっちゃんの趣味かいな。道理で、蠍とか、かにとか、星座の名前のラーメンばっかりや。
宮沢賢治好きなんかいな。屋台にはあわへんようやけどな。」
ラーメン屋「そうでっか。そんなことおまへんやろ。ちゃんと汽笛もなりまっせ。」
(紐をひっぱって「しゅーしゅー」と蒸気を吐く音をならす。)
マサオ「なんや、この屋台は?」
ラーメン屋「冬には石焼き芋を売る屋台に変身しまんねやわ。それで、
そら、こういうふうにピーと汽笛を鳴らすことも出来ますんやで。」
マサオ「へーけったいな屋台やな。そういえば、おっさんの格好もかわっとるわ。
山高帽にマントかいな。おっちゃんはだれかに似とんな。だれやろう。
思い出さへんな、だれか。よう見かける人と思うんやけど、テレビなんかで。有名な人、親戚におらへんか。」
ふしぎそうにしばらく考えていましたが、思いあたらへん。と、
ふと屋台の上のたまごに気がついて
マサオ「これなんですのん。」
ラーメン屋「見たらわかるやろ。たまごや。たまご。」
マサオ「そんなん分かってるがな。おっちゃんやっぱり、
丼鉢のことで腹立ててんとちゃうか?怒らんといていうてたのに。」
ラーメン屋「怒ってへんがな。」
マサオ「たまごはわかってますけど、どうするんですか。」
ラーメン屋「食べるに決まってるがな。ラーメンに入れて食べる、夢たまご言うてな。」
マサオ「ゆでたまご?」
ラーメン屋「いや、何聞いてるねん。ラーメンに入れる夢たまご、言うてるやろ。
ゆ、め、た、ま、ご。お客さんようまちがわはるけど、ゆでたまごやのうて夢たまご、
食べたら夢見がええという夢たまごや。」
マサオ「ふうん。ほんまかいな。食べたら好きな夢が見られるんかな。」
ラーメン屋「さあ、どうですやろ。もともとこの夢たまごは枝雀さんの特許ですねん。
それを仕込んで使わしてもろうてますねん。師匠やったら、こう聞いてこう答えはりますな。
『ちょっとこう、殻の白いのやらちょっと赤みがかったのやら、
まんだらになったのやらいろいろあるけど、
何かいなこれ、このたまご食うたらこの夢が見られるちゅうので、
実はこの夢がみたいのでというたら、お前の方からどうぞこのたまごを、
というわけかい。』『いえいえその手のゆめたまごを商う方もございますけれど、
手前どもはさようではございません。
どれをお食べになってなんの夢をみられるかわからんほうの夢たまごでございます。
ちょっとまあ、お楽しみのおわかりになるお方はこの手のたまごのほうをお好みになりますので、
手前のほうはこれを商わしてもろうとります。』というわけで、
どんな夢をみるかは分かりまへんのや。」
マサオ「おもろそうやな。ほんなら一つもろとくわ。」
ラーメン屋「はい、おまちい、ラーメン、一丁あがり。」
マサオ「ほな、はい、ラーメン代とたまご代、ここにおいとくで。」
ラーメン屋「まいどおおけに。またどうぞ。」
(ラーメンを持って、自分の部屋にもどって来たようす。)
マサオ「うーん。うまそうやな。匂いがええわ。
『焼き豚サービスしときます』いうとったけど、ほんまに二枚入ったあるわ。
鳴門のかまぼこまでのってるがな。渦巻きもようの鳴門、これもサービスやろか。
このかまぼこはけつねうどんちゃうんかいな?あの夜なき蕎麦のおっさん、うどんもつくっとるんないな。」
(ラーメンを食べはじめる。)
マサオ「ええ?、『桂枝雀特許の夢たまご』言うとったな。まあ、
そう言うとるからには、ええ夢が見られるんやろう。ラーメンに入れて食べたろ。
そのままあったら、喉がつまりそうやからな。」(と、ラーメンに入れてかき回して、
食べるしぐさ。汁を飲む。)
マサオ「すすめるだけのことはある。チャーシュー、うまいわ。
渦巻きのかまぼこも食べたろ。うん。なかなかのもんですよ、これは。」
(食べるしぐさ。汁を飲む。)
和夫「おい、マサオ、ちょっと校舎の陰にこいや。」
マサオ「何やねん。ラーメン食べてんのにじゃませんといて。」
(胸ぐらをつかまれて引っ張られていくようす。)
マサオ「やめてください。お願いです。」
智宏「ぼ、ぼくたち何にもせえへんがな。ちょっとつきおうたれや。」
俊樹「まさお、顔まっさおや、なーんちゃって……恐いんかしら?そらそうやわね。
ここあったら誰も助けてくれへんからね。」
智宏「ぼ、ぼくはお前の顔を見たらなんかやりとうなるんや。恨むなや。」
マサオ「そ、そんな殺生な……。」
俊樹「殺生もくそもあるかいな。」
「それ」と蹴りを入れるようす。
マサオ「いたい、いたいやないか。もうやめてくれや。」
和夫「うるさいわい。先公にちくりやがって、そりゃあ、麻酔蹴りや。」
マサオ「うーん」
(倒れたようす。上から踏まれている。)
マサオ(息も絶え絶えに)「インチキやがな。あのラーメン屋め。
夢見がええ夢たまごやいうとったのに嘘やがな。最悪の夢や。
……何とか隙見てにげんならん。……いまや、それっ。」
マサオは一瞬の隙をみて和夫を突き飛ばして、学校の裏手の桜の林に逃げ込みます。
「まてー卑怯やぞ」という声を後ろに聞いて、木の陰に隠れます。
すると、何とそこに枯葉模様の布があります。
マサオ「えー、何や、これ、おかしいな。
なんで、こんなもんあるんやろ。
これまきつけて、ここらへんに寝たろうてたら、枯れ葉と見分けつけへんで。
何でもありやな。……あっ、そうや。夢や、夢、夢たまごやがな。
わかりましたよ。あのたまごのせいで、いい夢見にかわったんや。
擬態や、虫の擬態。うまい具合に木の幹の模様の服とか、枝、葉っぱ、
枯葉もようの布とかがいっぱい置いてある。なんぼでも、かくれられるがな。」
和夫「逃げ足の速い奴や。あいつ。どこへいきやがったんや?」
智宏「ぼ、ぼくら、こんど会うたらしょうちせえへんで。」
歩いていますと、何か踏みつけました。
俊樹「あれ、何や、ウチ、何か踏んでるわ。」
マサオ「いたいー」
和夫「あー、いたー、あいつ、蓑虫に化けてこんな枯葉の中に隠れとった。」
智宏「ぼ、ぼくら……、追いかけんなん、まてー。」
マサオは校舎の中に逃げ込みました。
マサオ「夢たまごの夢や思うたら、ちょっと気が楽になった。
今度は、社会科の準備室や、先生、助けてください。おや、だれもいいひんな。」
俊樹「あらー、社会科準備室に逃げ込んだようよ。先公はいてはらへんかしら?」
智宏「ぼ、ぼく思うに、だいじょうぶや。きょうはいじめをなくす会議や言うとったからな。」
マサオ「そうや、ここに懸けてあるこの恐い仏像の面をちょっとお借りしまっせ。
こう被りまして。」
「わー」と出ていきよった。
いじめっこの連中、びっくりしよった。
和夫「な、なんや。」
マサオ「いかりのにがさまた青さ
四月の気層のひかりの底を
唾し はぎしりゆききする
おれはひとりの修羅なのだ
おれはひとりの修羅なのだーーー
それ、唾攻撃だ、(ぺっ、ぺっと唾を吐きかけながら、逃げ道を開いて)
それー
おれはひとりの修羅なのだ
おれはひとりの修羅なのだーーー
助けてくれー、賢治先生、助けてくれー
わー」
と、声で連中を蹴散らして、廊下を走りましてな、美術室に逃げ込みよった。
美術の先生は現代芸術の作品を作ってはるような人で、なんか、
ようわからん糸電話の樹という作品を作りかけて置いてあったんですな。
こう、大きい根っこを台にして、幹があって、
枝からぎょうさん糸電話がキウイフルーツみたいに垂れ下がっている。
和夫「こら出てこんかい、ここにいるのは分かってるんやさかい、
もうにげられへんで。」
この美術室には、宮沢賢治の月夜のでんしんばしらの絵の模写がおいてあるんですな。
何しろ夢の中やからようわからん。何があってもおかしィない。
そのでんしんばしらが絵から出てきました。
マサオ「うわ、何や、何や、月夜のでんしんばしらが絵ェから出てきよったで。」
月夜のでんしんばしら「追いかけられてるんか。」
マサオ「口きいた。電信柱も関西弁でしゃべりよる。」
月夜のでんしんばしら「かわいそうに。必死やな。」
マサオ「助けてえな。電気でびりびりやるとか何とかして。」
月夜のでんしんばしら「電信柱で頭突きでもしたろか。それとも、
ウエスタンラリーアウトでもしたろか。」
マサオ「せやけど、あんまりあてにならんな。」
月夜のでんしんばしら「学校を特別な場所や思うたらあかん。
せやからいじめがおこるんや。おまえがひどいめにおうとるんは、あれは傷害とおんなじや。
学校やからいじめいうてるだけや。外の世界やったら、立派な傷害やで、警察に電話しィ、
これで線引っ張ったるさかいな。」
でんしんばしらから線を引っ張って、「糸電話で警察に電話したらええがな」
というわけで、110番しました。
マサオ「もし、もし、警察ですか、お巡りさん。
おれは、何々高校の阪井マサオといいます。いま、えげつないいじめっこに追いかけられてるんです。
助けてください。ええ、おねがいします。もしもし、『自分はおかまのお巡りさんです』て、
なんですのん、おかまのお巡りさんて。『どうかしましたか?』て、おかまのおまわりさん、
助けてください。何か、たよりにならんな。けど、助けてください。
追いかけられているんです。……えっ、『校長をだせ。』て、そんな余裕はありません。
いま追いかけられているんですよ。だれにって、いじめてるやつらにですよ。
三人組。麻酔蹴り、回し蹴り、股蹴りですよ。これ傷害事件ですよ。
校長に聞いてからとか、そんな悠長なことをいうてて、後で問題になってもしりませんよ。
おれ、金属バットをもちますよ。これから体育倉庫の方に逃げていこうと思うてるんですから。」
おかまのお巡りさん「さっきパトカーでそのあたりを通ったときは、
そんな連中はいなかったけどな。」
マサオ「いましたよ、さっきから、ずっと追いかけられているんですから。
枯れ葉の布を巻いて蓑虫になってかくれたり、『おれはひとりの修羅なのだ』とか叫んで、
驚かして逃げたりしてたんですよ。殺されますよ。……だれにって、わかってるんでしょう。
連中にですよ。」
おかまのお巡りさん「おまたせしました。ごめんくさい、
これまたくさい。油絵の具のにおいかな?」
マサオ「えー、だれですか。」
おかまのお巡りさん「おかまのお巡りさんです。」
マサオ「はやー、いつのまに来たんですか。」
おかまのお巡りさん「本官はさっきから来ております。
それで、あなたを追いかけているという連中は?」
マサオ「三人組ですよ。背の高い凶暴な顔をしたやつと、
坊ちゃん顔のプロレスラーみたいなのと、陰険な顔のとがった……」
おかまのお巡りさん「こんな顔したやつらかしらー(と、顔を近づける。)」
マサオ「きゃー、お巡りさんが俊樹に変身した。いやー、
俊樹がお巡りにばけとったんやー、助けてくれー……お巡りさんも、
あいつらの身方か、おかしい思うとったんや、何か、おかまのお巡りさんいう雰囲気あったもんな。
あのお巡り、俊樹のおかまチックな雰囲気とよう似とったな。
これでは、もうどうしようもないな。……もう学校辞めたる。」
和夫「こらまてー」
マサオ「あー、また追いかけて来よった。運動場ににげよ。
助けてくれー、ああ、この感じ、夢の感じや、ゼリーの中を走ってるような、
足がスムーズに動かへん、追いつかれる、助けてくれー、捕まる、復讐がおそろしい、
どないしよう、どないしたらええか、せやけど、もう方法ないで、よう考えたらグランドでは、
枯葉に化けるわけにもいかんし、おどすものはないし、これはミスったなー、
どないしよう。そうや、あそこに砂場がある。」
和夫「こらー、まてー」
マサオ「待ってたまるか。あー、もう背中に手が届きそうなくらいや。……」
もうほとんど追いつかれそうになって、絶体絶命。
マサオ「しゃあない、奥の手や。おれは走り幅跳びは得意なんや。見とれよ。それー」
と砂場に向かって跳びました。(右手の指で跳んだようすを表す。)
えいっと跳んだら
マサオ「あー、昨日の雨で砂場に水がたまってる、どろんこやー、と、思うたら蜃気楼の水や、逃げ水や。
逃げて行きよる……と、思うたらやっぱり砂場や、どろんこやー、と思うたら、逃げ水や、と、思うたら、
砂場や、どろんこやー、と、思うたら、逃げ水や。」と、ゼリーのような空中で右往左往しておりますうちに、
逃げ水の中へ「ぼちゃん」と突っ込みよった。そこで、なんて言うんですか、
時空移動とでも言うんですか、違う次元にはいりこんだようで……。
夢の中ですからなんでもできるんですな。
「あれー」と言ってる間に、
マサオ「えー、みょうなところに出てしもたがな。なんか、待合い室のようやな。」
そこで、誰を待っているか、何を待っているのか、分からへんけど、
待合い室のような、ということは分かるんですな。不思議な感覚というやつで……。
なんかそんな劇、ありましたな。「何とかを待ちながら」とか何とかいう……、
あれとおんなじで延々とまっているんですな。
マサオ「いつまで待たせるんやろ。早うけえへんかな。」
とじりじりとして待っております。
マサオ「せやけど、いったい俺は誰待ってるんやろうか。誰とも約束してへんし、
それにここが待合い室やなんてことどうして分かったんやろう。」
と、深刻に考えておりますところへ、「ピーポー、シュー、シュー」
と例の音が遠くから響いてまいります。やがて「ティララーララ、ティラララララー」
とチャルメラの音も聞き分けられるほどになります。
賢治「へい、お待ちー」と、前掛けをしたままのラーメン屋のおっさんが現れます。
賢治「えらい、お待たせしました。ほならいきまひょか。」
マサオ「あれ、ラーメン屋のおっさんや。」
賢治「ちがうがな、あれは世を忍ぶ仮の姿、ほんまは宮沢賢治やがな。」
マサオ「えー、うそやろ。夜なきラーメンのおっさんが宮沢賢治かいな。
まるで、水戸黄門やがな。頭が高いなんていわんといてや。祈りが通じたんやろか、
賢治先生がほんとうにあらわれよった。誰が見てもあの教科書に載ってた宮沢賢治やで。」
まえだれを取って、例のシャッポを被ります。山高帽というやつをかむって、
マントをつけて、後ろ姿の写真のあのカッコウですよ。
あのカッコウをすると、なんか昭和天皇さんに、宮沢賢治が似ているんですな。
戦争に負けてどさ周りいうて、地方を巡幸しやはったころの昭和天皇さんにでっせ、似てはる。
本人はそんなこと知りはりませんわな。昭和八年に亡くなってはるんやから。
しかし、その宮沢賢治が銀河鉄道にのって、星の世界から降りてきやはったんですな。
宮沢賢治は銀河鉄道に乗ってきやはったんや。賢治の好きなマサオにはすぐわかりました。
マサオ「どこへ行くんですか。」
賢治「おまえの行きたい言うてたとこやないか。」
マサオ「銀河鉄道に乗って?」
賢治「決まってるがな。さあ、青春十八切符を買いいな。」
マサオ「あの、ぼくはまだ十七なんですけど……」
賢治「そら失礼しました。そんなら青春十七切符にしたらええがな。」
マサオ「おれ、お金もってこなかったけど……」
賢治「ポケットに何にもないんかいな?」
マサオ「あった、何やろ。こないだ書いた遺書や。あんまりいじめがひどいんで、
本気やなかったんやけどな、遺書書いたんですわ。そのときの紙切れが入ってるわ。」
賢治「それでけっこう、けっこう毛だらけや。青春十七切符を買いまひょ。」
マサオ「賢治先生、寅さんみたいなこと言わんといてください。似合わへんわ。」
と、窓口で切符を買っておりますと、「ゴーガチャン」という大きい音がなって、
「銀河ステーション、銀河ステーション」の放送。待合い室がぱっとあかるくなりました。
ここらあたりは、小説ではどうなっているかといいますと、「銀河鉄道の夜」でっせ、
文学的や。「まるで、億万のほたるいかの火を一ぺんに化石させてそらに沈めたというぐあい」
また「ダイアモンド会社で、ねだんがやすくならないように、わざと獲れないふりをして、
かくしておいたダイアモンドを、だれかがいきなりひっくりかえして、ばら撒いたという風に、
眼の前がさあっと明るくなっ」たんですな。(まぶしそうに眼をこすりながら)
シューポーとかいう汽笛も聞こえてきて、なんやら石炭の煙くそうなってきました。
賢治「さあ、いきまひょか。」
マサオ「そういえば、いま気ィついたけど、えらい関西弁の宮沢賢治やな。」
賢治「そんなことあらへんやろ、花巻出身やで、関西弁使うなんてことはなかんべ。
えー、使うてる?ほんまかいな。知らんうちに……。」
マサオ「ほんまのとこ、どこの宮沢賢治やねん。河内の花巻出身かいな。」
賢治「そんなことええがな。『郷に入っては郷に従え』言うやろう。
細かいことごちゃごちゃ言わんと。そうや、一つ条件を忘れとった。
おまえを銀河鉄道に乗せてやる、それはええんやけど、そのかわりと言っては何やけど、
お前をいじめてとった三人組も砂場の水たまりに突っ込んで空間移動してきとるんや」
マサオ「エー、あの水たまりは蜃気楼やで、逃げ水、逃げ水に追いつけるか?」
賢治「君も逃げ水に突っ込んだからここに来れたんやないか?」
マサオ「そうか、そうやったんか。よう分からんかったけど……、それで?」
賢治「あいつらも一緒につれていこうと思うてるねん……。」
マサオ「そんなん、初耳やで。だまし討ちやんか。あんなやつらは、ほっといたらええんや。」
賢治「そんなことはない。いちど、
銀河鉄道の高ぁいところから地球をみさせてやりたいんや。」
マサオ「えー、あんなやつらにかいな。賢治先生は何考えたはるんですか。
そうか、あの大峰山ののぞきかなんかみたいに、断崖絶壁の上から、
紐でくくってこう前に押し出して、『親の言うことをきくか、友だちをいじめたりせえへんか。
言うことがきかれへんかったら、もっと前に突き出すぞ。それっ。』
『もうしません。もうしません。』というやつ。そやから、
銀河鉄道で宇宙の高っかいところからぶらさげて、もういじめはせえへんか?返事がない。
もっとつきだして、ひーひー泣きながらもうしませんというまで……。」
賢治「そんなんちがう。銀河鉄道から地球を見させたりたいんや。
そうしたら人生観がかわるかもしれへんで。
もういじめなんかせえへんようになったら儲けもんやで。」
と、まわりが暗くなりまして、蛍のような明かりがぺかぺかと消えたり灯ったりしております。
ジーとベルが鳴りまして、
−−「銀河ステーション、銀河ステーション、
銀河鉄道白鳥回り南十字(サザンクロス)行き各駅停車ただいま発車いたします。」
いきなり眼の前がぱっと明るくなりまして、気がつくと銀河鉄道に乗っております。
ぽーぽーと汽笛がなって、シューという蒸気を噴き出す音も聞こえます。
ゴトン、ゴトンと振動もつたわってきて、窓に青い地球が見えてくる。
「車室の中は、青いビロウドを張った腰掛けが」あらかたうまっております。
「すぐ前の席に、学生服を着た生徒」が乗っとります。これが例のいじめっこたち。
和夫「ジョバンニ、お父さんから、らっこの上着が来るよ」
マサオ「なんやねん。おまえ、和夫やないか?何言うとんねん。第一ジョバンニてだれのことや」
マサオはそれだけでおびえた声ですわ。
賢治「銀河鉄道に乗ったら、おまえはジョバンニになるんや。」
マサオ「えー、そんな乗るだけで名前がかわるんかいな。まるで死人みたいやで、
何とか院ジョバンニ居士、戒名やがな……。」
和夫「おー、おれも名前がかわっているのか?」
賢治「あたりまえやで、ザネリくん。」
和夫「えー、ザネリってかいな。けったいな名前や。ジョバンニの方がまだましや。
おい、名前の交換したれや。」
賢治「こらこら。ザネリくん、もうジョバンニをいじめるようなことをいうのはやめなさい。
あの地球を見てごらん。人間同士がいじめあうのなんかばからしくなってくるだろう。」
マサオ「賢治先生、きゅうに標準語になってますね。」
賢治「銀河鉄道に乗るとそうなる。」
マサオ「ほんまかいな?」
俊樹「賢治先生、ねー、お願いよー、電車でゴーみたいにウチにこの銀河鉄道を運転させてー。
おもしろそうだわ。」
−−「とんでもないやつらだ。」後ろの席からぼそぼそした声が聞こえてきます。
俊樹「なんやと、だれや?いまのんは?もういっぺんおっしゃい。ただではすまされないわよ。」
と、凄みますと
−−「おおこわ。いつ切れるかわからんで、
だまっとこ。さわらぬ神にたたりなしや。」
その客といっしょのこどもがむじゃきに話しかけてますな。
−−「このSL、石炭をたいていないねえ。どうして走っているのかな。」
−−「アルコールか電気だろう」
高校生らしいカップルもおります。
−−「りんごを剥いたから食べる?」
−−「おい、あれ地球やなあ。なんか青りんごみたいに見えへんか?」
−−「そういえば、りんごの匂いがしたような気がする。」
−−「ええかげんなこといいなや、口からでまかせばっかり……。」
と、好き勝手なことをしゃべっております。
智宏「ぼ、ぼく思うに、この銀河鉄道というのは、えらい若いのが多いな。
高校生みたいなんばっかりやで。」
賢治「彼らはね、青春十八切符で、いや十七切符かな、それで乗ってきてるんや。」
マサオ「銀河鉄道にも青春十八切符があるんですか?」
賢治「そりゃあある。十七でもつかえる。このごろは、十七歳が多い。
みんな事件を起こした少年たちや。わたしがつれてきたんやけど。」
−−「お母ちゃん、ぼくをゆるしてくれるやろか」
賢治「この少年は、学校でいじめたやつらを金属バットで殴ってけがさして、それから
家に帰って母親まで殴って死なしてしもうたんや。母親につらいおもいをさしとむないというんやろうな。」
マサオ「ほんなら、賢治先生、そろそろ大峰山ののぞきをはじめまひょか。
『いじめはせえへんか。まだするんやったら、もっと銀河鉄道から突き出すぞ。』いうやつ。」
賢治「そんなんせえへんで。心配せんでも大丈夫やて」
−−「白鳥駅、白鳥駅、銀河鉄道は単線ですので、
すれちがい待ちで二十分停車いたします。」
賢治「みんな、そとに出てみまひょか。天の川が流れとってえらいきれいやねんで。」
(みんなで散歩しているようす。)
賢治「これが天の川や。しょむない小さい川やけどな。」
マサオ「きれいな水ですね。河原の砂がみんな水晶やわ。(と、拾って覗く。)中で小さな火が燃えとるで。」
和夫「おや、この石の中にけったいなもんあるで。なんやろ。」
賢治「それは化石やな。百二十万年くらい前のくるみの化石や。」
俊樹「ひぇー、すごいわねー。」
賢治「そこの崖がくずれとるところがあるやろ。このあたりは、
時間の地層がみえるんやで。」
マサオ「ほんまに地層があるわ。」
賢治「地球から飛んできた光がこのあたりで凍ってしまってそれが積もって
地層になってるんや。」
マサオ「光が積もってるんですか?」
賢治「せやで。昔の地球のようすを写した光がここまで来て凍ってしまいよったんや。
昔と言うてもそんなに昔やない光もある。
たとえば十七年位前ぼくがここの望遠鏡で地球を見ていたら、赤ちゃんの顔が見えたんや。
地球から宇宙のここまで、かわいい赤ちゃんが産まれよったでと写真をもった光がやってきよったわけや。
分かるか、あんたが生まれたんやで。ところが、光くん、
赤ちゃん誕生のニュースをはよ知らさんなんあかんというんで、地球を出て
一生懸命に走りよったんやな。それでここらあたりで息切れしてしまいよって、
賢治先生失礼さしてもらいまっさ言うて、寝てしまいよった。光は寝てると凍ってしまう。
そいつは知らんかったんやな。そうして凍ったひかりが順番に積もって地層になりよった。
一番したの地層は縄文時代かな。一番上は十年前くらい。
だから君たちの小さい頃のようすを写した光もきっとあるよ。」
博士「やあ、賢治先生」
賢治「ごきげんさん。南博士、これは青春十七切符の若者たちやねん。
ちょっと光の地層を掘らしたってんか。」
博士「どうぞ、どうぞ」
賢治「こちらはひかりの地層を掘ってはる考古学者の南博士。」
博士「この小さい鶴嘴でほるんだよ。いい経験になるから掘ってみたら?
道具は貸してあげる。どうぞ、どうぞ」
それではと言うんで、みんなしてコンコンと掘りますと、
地層の中から光の凍った氷のかけらのような石が出てきますな。
マサオ「ほら、氷のかけらのようなのが出てきましたよ。」
賢治「手に持つと溶けてしまいよるで。両手でつつんで覗いてみたら、
昔の景色が見えるはずや。」
俊樹「あっ、ほんまやわ。ウチの小さい頃の町がみえる。」
和夫「おばんや。まだ若いな。そばにいるのはおかんやな。赤ちゃんを抱いとるわ。」
賢治「お母さんがいたはるんやったら、赤ちゃんは、和夫、お前やろ。」
和夫「ほんまや、赤ちゃんはおれやわ。似てるもん。せやけど、おばん、
死んでしもうていえへんようになった思うたらこんなとこにおったんか。」
俊樹「これも、見えるわー、父さんと遊園地に行った様子が見えるわ。
でもすぐ溶けてしまいよるね。」
賢治「光の氷は溶けやすいんや。」
和夫「小さい頃は、だれでもかわいいんかいな?」
賢治「そらそうや。思い出したかいな。こころに刻んどきや。」
マサオ「あっ、もう時間やわ。発車するで。急いでもどらんとおいてきぼりや。」
駅にもどるとすぐに「銀河鉄道、南十字(サザンクロス)行き各駅停車発車いたします。」
マサオ「あれ、だれか新しいお客さんがいたはる。頭が禿げてて、誰かに似たはるなあ、誰やろ?」
鳥を捕る人「やあ、みなさん、留守中に座り込んで、すびばせんねー。わたしは鳥を捕る人ですねん。よろしゅうに。
ついさっきまで、外で鳥を捕まえてました。」
マサオ「エー、なにで?」
鳥を捕る人「手ェで、ですがな。」
マサオ「手でですか。まるで枝雀師匠の『鷺とり』やがな。
どうもおかしいな、このおっさんは?枝雀師匠に似てはるし、『鷺とり』そのままの話しやはるし、
ま、まさか師匠の幽霊やないやろな。どうもぶっそうな気配が、そういえば、何か寒気がしてきたような……、気のせいやろか。
あんさん、なんか、こう枝雀師匠のユウレンか、何か?」
鳥を捕る人「えっ、何ですか?いま、何とおっしゃいました?」
マサオ「いや、何でもないんですが、それで、何ですか、
捕らまえた鳥をどうするんですか?」
鳥を捕る人「食べるんですがな。ちょっと食べてもらいまひょか。
鳥をこういうふうに押し花みたいにして巻いてあるんです。
それをこうもどすと、ほら、固まってますやろ。
ぱりっと割って、はい、あげまひょ。」
マサオ「これは、チョコレートの味がする。いや、チョコレートそのものやで。明治の板チョコや。」
和夫「これグリコキャラメルやわ。なつかしい味や。」
智宏「ぼ、ぼく思うにこれはカルピス味や。ひさしぶりやな。」
俊樹「これはするめの味やわ。歯につまるとこもおんなじやないの。」
マサオ「そんなけったいな。鳥がせんべいみたいなお菓子になってるのか。
昔菓子やな。」
鳥を捕る人「それでけっこうですがな。なんかなつかしィなりますやろ。」
−−「賢治車掌、大変です、銀河鉄道が巨大な石炭袋、どほんとあいた宇宙の孔、ブラックホールに異常接近しています。
このままだと渦にのみこまれるかもしれません。
青春十七切符の誰かが勝手に運転席に入り込んで
電車でゴーのゲーム感覚で運転したらしいんです。そしたら
へんな軌道にまぎれこんで、知らんうちに、ブラックホールに近づいてしまったようで……。」
マサオ「おかしいな、賢治先生はいつ、車掌さんになったんですか。」
賢治「それは、実はわたしは、もともとから……。
そんなことどうでもよろしいがな。それどころやない。」
鳥を捕る人「生き死にの問題やで。すびばせんねー、頼れるのはあんさんしかおりません。
賢治先生どうにかしてください。なむさん。」
マサオ「『すびばせんねー』いうのは、枝雀師匠の口癖やったけど、もうどっちでもええわ。」
賢治「どうにかできるもんなら、するけども、わたしにもどうしたらいいかわからん。
そうや、夢たまごを食べて夢をみてるんやから、もう一つ食べて、どうか、夢よ醒めてください、
というのはどうやろ。えー、一つしか買うてない、それではしゃーないな。」
マサオ「あー、ブラックホールがどんどん近づいて来る。どないしたらええんや。
あー、あいつらや、青春十七切符のやつや。運転席から逃げてきて、
客車の座席に座りよったわ。頭かかえとる。」
賢治「あなたたちのせいでこの銀河鉄道はもうすこししたら、
ブラックホールに吸い込まれてしまいます。そら、目をあけてちゃんと見てみなさい。
ものすごいスピードで突進しています。いろいろの星座がほらびゅんびゅん過ぎていきます。
白鳥座、大熊座、射手座、蠍座、ペガスス
ほーら、そんな年寄りみたいに座席にすわって、黙っとらんと、どうしますか。」
−−「えー、銀河鉄道の座席で、正座して反省しております。」
と、話をおわって立ち上がろうとする。
マサオ「えー、賢治先生、これで終わりですか。」
賢治「ええ、終わりです。サゲもいいましたで。枝雀さんの言う『謎解き』のサゲですな。
星の星座と座る正座をかけて、『正座して反省しております。』というやつですな。もう立派なサゲで……。」
−−「それで銀河鉄道はどうなるねん?こらっ、ええかげんにせえよ。
落語家あったら、落語家らしゅう最後まで責任もたんかい。」
(強面にどなられて)
賢治(おびえたようすで)「そんなどならんでも。えー、無責任やて?わかりました。わかりましたよ。
続けます。もうすこし続けますがな。」
(と、あらためて座り直して、突然大声で叫ぶ。)
−−「あー、落ちていく。銀河鉄道がブラックホールに落ちていく。」
−−「賢治先生、たすけてくれー。もう、悪いことはせえへんからー、助けてくれー」
−−「いじめたりせえへんからー。」
マサオ「賢治先生、おれの言うてた通りになってきてますがな。大峰山ののぞきみたいに、
崖っぷちから突き出して、『もう、いじめはせえへんかー』いうやつですがな。
おどしがようきいてますで。」
賢治「いや、それどころやないで、マジで銀河鉄道はブラックホールに突っ込んでいってる。
もう、取り返しがつかんかもしれへんで。」
マサオ「えー、ほんまに?賢治先生の策略とちごうて?マジでー?」
賢治「マジ、マジ。」
マサオ「ひぇー、助けてくれー、おれはまだ死にとうないんやー、助けてちょうだい。」
−−「賢治車掌、変ですよ。ブラックホールが逃げていきます。どんどん逃げていきます。」
賢治「そう言えば、そのような……どうしたんや。こんなことこれまでになかったで。
おかしなこっちゃな。」
マサオ「賢治先生、分かりました。心配いりまへんわ。あのブラックホールは蜃気楼でっせ、
あれは……。宇宙の逃げ水や、夢たまごの夢の中の逃げ水や。そやから、
銀河鉄道の線路の上をどこまでもどこまでも逃げて行きよるんや。
(半泣きで)そらそら逃げて行きよる。逃げて行きよる。よかった、よかった、
はっはっはっ……あれっ、あれー、どないしたんやろ、目の錯覚やろか、
いままで逃げとったブラックホール、こころなしか近づいて来るように見えるでー。おっかしいな。
いや、待てよ、考えてみたら、おれが運動場からこちらの方に時空移動したときは、
追いつけんはずの逃げ水に突っ込んだらしいからな。ということは、この列車が、
あの逃げ水のブラックホールに突っ込んでもおかしない理屈や。そうか、やっぱりそうなんや。
ほんまに近づいてきとるんや。どんどん大きなって、もう鳴門のかまぼこみたいな渦まで見えるがな。
あれー、穴が二つあるで。豚の鼻みたいな穴に星が渦まいて吸い込まれていってるがな。
えー、かんにんしてーな、え、えー、どうにかしてーな、賢治せんせー、助けてー……あー、飲み込まれるー。……
あー、びっくりした。自分の声で目が覚めたがな。夢か、夢や。よかった、夢や。そうやろうな。やっぱり夢や。
ラーメンを食べてすぐにうとうとしてしもうたからな、たまごがまだ胸につかえとるわ。
……そうか、あのブラックホール、豚と鳴門の渦や、なんや、そうか。
せやけど危なかった。もうすこしで『豚に心中』するとこやった。」
〔完〕
演出上の注意:いじめっこグループの和夫、智宏、俊樹を演じ分けるのはむずかしいように思われる。
性格の違う三人組がいるということがわかればよいことにする。
追補
この脚本を使われる場合は、必ず前もって作者(浅田洋)(yotaro@opal.plala.or.jp)まで
ご連絡ください。
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