手話劇「手話ロボ、ただいま参上」(一幕一場)
−手話サークルのための手話劇脚本−
                    2011.11.23

【登場人物】
明夫(ろう者という想定) 男性で、手話中級者。
みなこ(ろう者という想定) 女性で、手話中級者。
テモダチ(ロボット) 頭にアシモのような面を被り、胴体もそれらしく装う。 男女に関係なく、手話初級者。
お茶の水博士 白髪、背広、眼鏡等、それらしい風貌。男女に関係なく、手話初級者でも可。
(演じる人の手話のレベルを仮に上のように想定しましたが、もちろんやり方によっては、 すべて初級者でも充分上演できます)

【まえがき】
この劇は一幕もので、舞台セットなど必要ありません。ロボットのテモダチだけは頭にアシモのお面を被り、 それらしい扮装で。
脚本では、テモダチの台詞だけ、手話を〈 〉で、指文字を[ ]で表しています。 もちろん、それで手話の言い回しを限定しているわけではなく、 自分なりに変えていただいてもかまいません。
また、明夫、みなこ、お茶の水博士の台詞には、そういった指示がありません。手話の力に応じて、 自分なりの手話表現を試してみてください。
また、内容についても、夫婦のエピソードなど、演じる人によって適宜変更していただく方が おもしろくなると思います。
この脚本は、けっして完成したものだと考えてはいません。やりやすいように、おもしろくなるように、 変奏していだだくことに何ら異存はありません。

【では、はじまりはじまり】
(駅前広場、明夫とみなこの新婚夫婦が誰かを捜しながら登場。)
明夫 (流暢な手話で)「わたしは、この駅の近くに住んでいる清水明夫と申します (と、自己紹介する)。頼んでおいた手話通訳のとも子さんがなかなかこないので困っているのです。どうしたのかな。 忘れるような人じゃないのに……メールにも返事がないし……」 (腕時計を見る)
みなこ (手話で)「私は、明夫の婚約者のみなこです(と、自己紹介して)。ほんと、もう10時を20分も過ぎているのに、 何かあったのかしら……、とも子さん、これまで遅れたことなんかないのにねぇ」
テモダチ (アシモのような脚を曲げた走り方で登場。手話をしながら、機械音でしゃべる)「〈遅れてしまった〉。 (と、ひとりごと)、〈清水〉さんは、〈どの〉〈人〉〈かな?〉(と、見まわす)。〈手話〉を〈使う〉〈人〉」
みなこ 「誰?」
明夫 「分からない」
テモダチ 「あー、〈あなた〉〈今〉〈手話〉〈使った〉。〈すみません〉、 〈清水〉[あ][き][お]さん〈です〉〈か?〉」
明夫 「はい、そうです。あなた、誰?、……」
テモダチ 「〈はい〉、〈わたしは〉〈手話〉〈通訳〉〈ロボット〉の[テ][モ][ダ]「チ」〉〈です〉。 〈よろしく〉〈お願いします〉」
明夫 「えー、手話通訳ロボット……、聞いてないよ。とも子さんに依頼していたのに、どうなっているの?」
テモダチ 「[と][も][こ]さんは、〈病気です〉、〈それで〉〈わたしが〉〈かわりに〉〈来ました〉」
みなこ 「まあ、病気、それで来れないのね。とも子さん、大丈夫かしら? 何の病気なの?」
テモダチ 「[と][も][こ]さんは、〈風邪です〉。〈熱が〉〈三十八度〉。〈通訳〉〈無理〉〈なので〉〈研究所〉に 〈電話してきた〉、〈それで〉〈わたしが〉〈かわりに〉〈来た〉」
明夫 「わかったよ。とも子さんには、後で電話して、様子を聞いてみるよ。……じゃあ、手話通訳、お願いします。 私たちは、先月結婚したんだけど、届はまだ。それでこれから市役所に行って届を出したいんだ」
みなこ 「今日は、2011年、11月11日でしょう。今日が結婚記念日だったら覚えやすいでしょう。 だから、明夫と相談して決めたの」
明夫 「11時11分に届を出したいんだ。分かってくれたかな。では、市役所の対応、お願いしますよ」
テモダチ 「〈わかりました〉。〈でも〉〈少し〉〈困った〉〈こと〉〈あります〉」
明夫 「困ったことって何?」
テモダチ 「〈わたしは〉〈手話〉〈通訳〉〈ロボット〉〈です〉〈が〉、〈まだ〉〈作る〉〈途中です〉。 〈だから〉〈手話〉〈言葉〉〈少ない〉」
明夫 「だいじょうぶかな。それで、手話でしゃべれる言葉はどれくらいなの?」
テモダチ 「〈だいたい〉〈三百〉〈くらい〉かな」
みなこ 「えー、三百、……、三百っていうと、三歳の子どもくらいかしら」
テモダチ 「〈わたし〉、〈三歳〉の〈こども〉に〈負ける〉と〈思う〉(と、首をかしげる)。 〈もっと〉〈困った〉〈こと〉が〈あります〉。〈わたし〉〈顔〉の〈表情〉が〈ない〉〈ので〉、 〈顔〉を〈使った〉〈表現〉が〈できません〉。 〈しかたない〉。〈手話〉で〈丁寧に〉〈表します〉〈ので〉〈ご了解〉〈ください〉」
明夫 「困ったなぁ、これから入籍をしたいんだけど、だいじょうぶかな」
テモダチ 「〈それ〉〈何?〉、〈分かりません〉。〈もっと〉〈もっと〉〈もっと〉〈簡単に〉、 〈幼稚園〉の〈こども〉にも〈分かる〉〈ように〉〈話して〉〈ください〉」
明夫 「これ、分からないの? しかがたないなぁ」(と、ぶつくさ言いながら、 持参のスケッチブックに大きく「入籍」と書く。以後入籍という言葉はこの字を指さして表す)
テモダチ 「〈何〉、〈これ〉。〈結婚〉〈式〉の〈申込み〉〈ですか?〉」
みなこ 「結婚式は、先月に済ましたの。そうじゃなくて、入籍、市役所で籍を入れてもらうの」
テモダチ 「それは〈おめでとうございます〉。〈それで〉 〈市役所〉で〈結婚〉の〈報告をする〉の〈か?〉」
明夫 「入籍を説明するのはむずかしいよ。『入籍』は、市役所の窓口で聞くからいいよ。いっしょに来ればわかるから……」
テモダチ 「〈市役所〉に〈いっしょに〉〈行く〉」
みなこ 「そう、いっしょについてきて」
テモダチ 「〈いっしょに〉〈行って〉〈手話〉〈通訳する〉」
明夫 「頼りないけど、まあ、しかたない。11時までに着きたいから、急いで行こう」
テモダチ 「〈待って〉〈ください〉。〈市役所〉に〈行く〉〈前に〉、〈わたしに〉〈教えて〉〈ほしい〉」
明夫 「何を聞きたいの?」
テモダチ 「〈わたし〉〈手話〉〈通訳〉の〈一番〉〈大切な〉〈基本〉は、〈通訳〉の〈相手〉を〈知る〉〈こと〉 と〈教えて〉〈もらった〉。〈だから〉、〈あなたたち〉のこと〈教えて〉〈ください〉」
明夫 「いいけど、何を教えればいいのかな」
テモダチ 「〈新〉〈結婚〉さん、〈いらっしゃい〉と〈同じ〉」
みなこ 「『新婚さん、いらっしゃい』と同じ?」
テモダチ 「〈はじめに〉〈自己〉〈紹介〉〈する〉。〈名前〉〈年齢〉を〈言う〉」
明夫 「はい、はい、わかりました」
テモダチ 「〈わたし〉、〈はい〉は〈一回〉と〈教えられました〉」
明夫 「はい、清水明夫、28歳です」
みなこ 「妻、みなこ、25歳です」
テモダチ 「[あ][き][お]さん、〈仕事は〉〈何〉〈です〉〈か?〉」
明夫 「はい、電気会社でファックスを組み立てています」
テモダチ 「[み」[な][こ]さん、〈仕事は〉〈何?〉」
みなこ 「わたしは、縫製の仕事をしています」
テモダチ 「〈はじめて〉〈会った〉〈とき〉、〈どんな〉〈話をしたか〉〈教えて〉〈ください〉」
明夫 「ろう者の交流会で知り合いました。きれいだなとおもっていたら、二次会で居酒屋に行ったとき、 隣の席になったので、メルアドの交換をしました」
みなこ 「お開きのときに、『付き合って』というメールが来て、『いいよ』って返事しました」
テモダチ 「〈お互いに〉〈恋人〉が〈いなかった〉」
みなこ 「それから毎日10通くらいメールが来て、だんだん好きになっていった」
テモダチ 「〈プロポーズ〉は、〈どちら〉〈から〉」
明夫 「オレからしました。神戸の船の上で、『これからもいっしょの船に乗っていこう』って言いました」
テモダチ 「[み][な][こ]さんも〈OK〉」
みなこ 「その時、わたしは船に酔ってしんどかった。だからはやく船から下りたくてOKしたの」
テモダチ (ずっこけて倒れそうになるが、かろうじてロボットらしい動きで体勢を立て直す) 「〈おかしな〉〈プロポーズ〉」
みなこ 「しかたないでしょう。船酔いのしんどさは、経験した人にしか分からない。ロボットにはムリね」
テモダチ 「〈たしかに〉。〈では〉〈新〉〈婚〉〈生活〉は、〈どうです〉〈か?〉」
明夫 「みなこがペットの犬を買いました。私たちの部屋で飼っています」
テモダチ 「〈あなた〉の〈部屋〉、〈犬〉〈飼っても〉〈かまわない〉〈か〉」
みなこ 「はい、犬を飼ってもいい、というアパートを探しました」
明夫 「それで、古いアパートしかありませんでした」
みなこ 「わたしたちがろうの夫婦だっていうことより、犬を飼いたいという条件の方が難しかった」
明夫 「結婚したら部屋の中で犬を飼うのが、みなこの夢だったからね」
みなこ 「小さい頃から飼いたかったのよ。でも、わたしの家(うち)がマンションだったから ムリでしょう。しかたないから、ぬいぐるみの犬でがまんをしてきたの。ミミっていう名前もつけて、 可愛がっていたけど、ぬいぐるみはぬいぐるみでしょう。本当の犬じゃないわ。結婚したら 本当の犬を飼いたいってずーと前から考えてたの」
テモダチ 「〈それで〉〈買った〉〈犬〉の〈名前〉は[ミ][ミ]〈です〉〈か?〉」
みなこ 「そうです。私たちの耳の代わりだからミミ。ミミは頭のいい犬で、お客さんが訪ねてきたら、 教えてくれます。ミミを紹介します」(と、ポケットからぬいぐるみの犬を取り出して、 生きているかのように動かす)
テモダチ 「〈これ〉が[ミ][ミ]〈です〉〈か?〉、〈なるほど〉、〈かしこ〉〈そうな〉 〈犬〉〈です〉ね」
みなこ 「めちゃ高かったのよ」
テモダチ 「〈いくらですか?〉」
みなこ 「7万円」
テモダチ 「〈高ーい〉、〈でも〉〈役に立っている〉」
みなこ 「そうね。かわいくて、役に立っている。でも、隣の人が来たときは教えてくれないで隠れてしまうの」
テモダチ 「〈なぜですか?〉」
明夫 「隣の人は、ヘビを飼っているんです。以前に、ミミが、隣の人が連れてきたヘビに噛まれたことが あるんですよ。それからは、怖がって隠れるようになったんです。ミミはヘビが嫌いなんです。弱虫ですね」
テモダチ 「〈わたし〉〈も〉〈ヘビ〉が〈嫌い〉〈です〉」
みなこ 「ロボットにも好き嫌いがあるの?」
テモダチ 「〈もちろん〉〈です〉」
明夫 「でも、これまで手話通訳の人に、こんなふうに聞かれたことはなかったなぁ」
みなこ 「そうよね。これって個人情報だからね」
テモダチ 「〈正しい〉〈通訳〉に〈必要です〉。〈だから〉〈決して〉〈他の〉〈人〉には 〈言い〉〈ません〉。 〈これ〉〈です〉。(携帯を取りだして、『他言無用』と書かれた大きなストラップを見せる)。〈これ〉は、〈手話〉〈通訳〉に 〈なった〉〈とき〉、〈お祝い〉に、〈わたし〉を〈作った〉〈お茶〉の〈水〉〈博士〉〈から〉〈もらいました〉」
明夫 「お茶の水博士?」
テモダチ 「〈はい〉、〈お茶〉の〈水〉〈博士〉は、〈いろいろ〉〈翻訳〉〈ロボット〉を 〈作った〉〈えらい〉〈人〉。 〈英語〉、〈フランス語〉、〈ドイツ語〉、〈中国語〉の〈翻訳〉〈機械〉は 〈小さい〉〈パソコン〉〈でした〉〈が〉(と、パソコンを両手で打つしぐさをする)、 〈手話〉の〈翻訳〉を〈する〉〈ために〉〈ロボット〉の〈体〉を〈いただきました〉」(と、胸を張る)
明夫 「君は手話が話せるように立派な体を作ってもらえたんだ。よかったね」
みなこ 「じゃあ、テモダチさんは、英語もフランス語も、中国語もしゃべれるの?」
テモダチ 「〈はい〉、〈みんな〉〈簡単です〉。〈ここに〉〈覚えている〉(と、頭を指す)。 〈でも〉〈今は〉〈手話〉を〈学ぶ〉〈ために〉、〈言葉〉は〈手話〉〈しか〉〈使え〉〈ない〉」
みなこ 「まあ、ひどいわね。いろんな言葉をしゃべれるのに、手話しか使えないなんて」
明夫 「英語とか、中国語がしゃべれるというのは、秘密なの?」
テモダチ 「〈いいえ〉、〈秘密〉では〈ありません〉〈が〉……」
みなこ 「もしかして、それ、テモダチさんの個人情報かもね」
テモダチ 「〈これ〉〈わたし〉の〈個人〉〈情報〉〈か?〉」
みなこ 「そうよ。そうなのよ。でもあなたの個人情報がそれだけだったら、何だか、かわいそう」
テモダチ 「〈わたし〉は〈かわいそう〉〈か?〉」(と、考え込む)
(お茶の水博士登場。みなこに抱かれていたミミが博士に「ワンワン」(みなこの声)と吠える。
みなこ 「ミミ、やめなさい」(と、止める)
お茶の水博士 「怪しいものじゃない。ワシはお茶の水博士(と、清水夫妻に自己紹介して)、 テモダチ、こんなところで何をしてるんだ」
テモダチ 「〈お茶〉の〈水〉〈博士〉、〈わたし〉〈かわいそう〉〈か?〉」
お茶の水博士 「何を言うとるのだ。テモダチはかわいそうじゃない。 オマエが、どうしても手話通訳をすると言って、勝手に飛びだしたと聞いて、 心配で見に来たのだが、やっぱりこんなところで、余計なことをしている」
テモダチ 「〈何か〉〈用事〉〈ある〉〈か?〉」
お茶の水博士「用事がおおありだ。こりゃ、テモダチ、オマエにそんな『新婚さん、いらっしゃい』みたいに 個人情報を根掘り葉掘り聞けとだれが教えた。そんなことは教えちゃおらんぞ」
テモダチ 「〈教えられて〉〈ない〉。〈失敗だ〉、〈失敗〉。〈通訳〉〈できない〉」 (と、ひとりごとを繰り返しながら、 舞台からアシモの走り方で逃げていく)
お茶の水博士 「こら、テモダチ、待て、……逃げるな、逃げるな」 (と、拳を振り回しながらテモダチを追いかけて舞台から去る)
明夫 「入籍はどうなるんだよ。11時が過ぎてしまうよ。逃げないでくれよ」 (と、「入籍」と書いた画用紙をヒラヒラさせながら追いかける)
みなこ 「テモダチ、待ちなさいよ。無責任でしょう。ミミも怒ってるわよ」 (と、ミミのぬいぐるみを振って、「ワンワン」言いながら最後に退場)
                             【完】

 ここで「手話」というのは、「日本語対応手話」を想定しています。
もし、明夫、あるいはみなこをろう者が演じる場合は、台詞を日本手話でしゃべってもらい、手話サークルの みなさんに日本手話を体験してもらうのも一つの演出法かもしれません。


追補
この脚本を使われる場合は、必ず前もって作者(浅田洋)(yotaro@opal.plala.or.jp)まで ご連絡ください。


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