養護学校生徒のための吉本風狂言
「ぼくたちは ざしきぼっこ」


【あらすじ】
「ざしきぼっこ」って知っていますか?「ざしきわらし」ともいいますね。 姿は見えないけれど、「ざしきぼっこ」がいる家は栄えるのです。 彼が出ていくと家は没落するという言い伝えが東北地方にはあるそうです。さて、ある家にそのざしきぼっこがいるのですが、 そこの息子が座敷でバンド演奏の練習なんぞをするものですから、 やかましくてざしきぼっこがその家から出ていってしまいます。すると、その家は当然、 落ちぶれてしまいます。ところで、このざしきぼっこ、最近の地球のやかましさ、 環境の汚れにほとほと愛想がつきかけているのです。そんなところにある噂をききます。 賢治先生が以前に教師をしていた養護学校に帰ってこられるというのです。 それなら賢治先生に頼んで銀河鉄道に乗せてもらって地球を脱出しよう、 それがざしきぼっこのもくろみです。でも、ざしきぼっこに地球から出ていかれたら、 地球は「びんぼう」になってしまいます。そのことに気がついた生徒たちは ざしきぼっこを賢治先生に会わせないように画策します。しかし、隠しとおすことはできません。 ついにざしきぼっこは賢治先生を見つけて、銀河鉄道に同乗させてほしいと頼みこみます。 生徒たちはそれを力ずくで止めようとします。自分たちの力がおよばないとわかると、 加勢を頼んで綱引きをしますが、それでも負けてしまいます。最後に生徒たち数人が 「ぼくたちも連れていってください」と顔の半面を白化粧して現れます。 「ぼくたちも、ざしきぼっこになってしまいました。」というのです。 校長先生が、生徒たちを引き留めます。生徒たちが地球のざしきぼっこなら出て行かれてはたいへんです。 生徒たちの訴えにこころを動かされたざしきぼっこは地球脱出をあきらめます。 それを見届けて賢治先生は銀河鉄道で去って行きます。


【では、はじまりはじまり】
【一幕一場】
 (音合わせの音がしばらく続く。一瞬音が途絶え、幕が開く。スポットライトを浴びて、バンドのメンバーが浮かび上がる。 ボーカルはマイクの前、サングラスのギタリストが三人、ドラマーが一人。
「ワン、ツー、スリー、フォー」で突然とっぴょうしもない音が爆発し、バンドの演奏 (本当はレコード)が始まる。メンバーは音に合わせて演奏の振り。 動きは全般的にオーバーアクション。ギタリストはギター片手に跳びはね、 ドラマーは太鼓を打ち抜き、ボーカリストはマイクスタンドを振り回す)

次郎 ワン、ツー、ワン、ツー、スリー、フォー
ボーカル 探しものは何ですか
  見つけにくいものですか
  カバンの中も つくえの中も
  探したけれど見つからないのに
  まだまだ探す気ですか?
  それより僕と踊りませんか?
  夢の中へ 夢の中へ
  行ってみたいと思いませんか
  ウフフ、ウフフ、ウフフ……さあ
     (『夢の中へ』 作詞・作曲 井上陽水)

(バンド演奏の音少し抑え気味になる)
次郎の母 (演奏の音に負けまいと叫ぶ)みなさん、 そんなに一生懸命にならんと、まあ、ちょっとやすんで、おまんじゅうでもお食べなさい。 ちょっとやすんで……。(テーブルにまんじゅうとお茶をおいて、耳をふさぐようにして) こんな大きな音で、ざしきでバンドの練習なんかされたら、耳がおかしくなってしまうわ。 ざしきってこんなバンド演奏なんかするとこじゃないんだけどね。
(音が途絶える。)
次郎 かあさん、はやくあっちへいって………。もう、じゃまや、じゃま。
次郎の母 はい、はい、わかりましたよ。では、やすむときに食べてくださいね。
(次郎の母が退場して、舞台、暗転。ふたたびスポットライトが揺れ動き、 音楽のボリュームが上がり、二番の歌詞が聞こえてくるが、やがてそれもじょじょに消えていく)

  休むことも許されず
  笑うことは止められて
  はいつくばって はいつくばって
  いったい何を探しているのか
  探すのをやめた時
  見つかることもよくある話で
  踊りましょう 夢の中へ
  行ってみたいと思いませんか?
  ウフフ、ウフフ、ウフフ……さあ

 (舞台は暗いままで)
ざしきぼっこ (声だけ、狂言口調で)それがしは、この家に住まいするざしきぼっこでござる。 (エコーがかかっている)
ナレーター それがしは、この家に住まいするざしきぼっこでござる。 (と、狂言口調でいう。)
ざしきぼっこ(舞台の袖から顔をだす。)  わたしはこの家のざしきにこっそりと住んでいるざしきぼっこなんです。(と、しずかに自己紹介して消える。声には すこしエコーがかかっている。)
ナレーター あれっ、どなたですか?(と、舞台をのぞき込む)またいたずらをしていますね。 (ここで口調を改めて)みなさんはざしきぼっこって知っていますか? 知らないでしょうね。いまどきは、ざしきも知らないこどもが増えていますからね。 ざしきというのは、むかしの家で、奥のいっとういい部屋で、 畳敷きで、床の間があって、それがざしき。 そこに住んでいるのがざしきぼっこっていうんです。 住んでいるって言っても、いつもいつも姿がみえるわけじゃないんです。 でもたまには姿が見えることもある。 姿が見えなくて「ざしきぼっこでござる。」って声だけがすることもあるんです。 (謡の調子で)声はすれども姿は見えず、まるであなたは……。
生徒たち (暗闇からの声)ゆうれい?
ナレーター いえ、いえ、幽霊じゃありません。でも、似たようなものでしょうか。 だって、ざしきぼっこが家からいなくなると、 その家はたちまち貧乏になってしまうという言い伝えが東北地方にはあるんです。 こわいはなしですね。では、ざしきぼっこさんに登場してもらいましょう。 今日は姿がみえるかなー……(と、舞台を覗き込む。)

【一幕二場】
(ザワッ、ザワッとほうきで掃く音がする。 スポットライトを浴びて、ほうきを手にしたざしきぼっこ登場)
ざしきぼっこ (白塗りで現れ)しー(と、周りを見回して) わたしはこの家のざしきに住んでいるざしきぼっこです。よろしくな。さて、でござる。 わたしは、今日、うれしいうわさを聞きました。あの賢治先生が、星祭の夜、 銀河鉄道に乗って帰ってこられるというのです。 もしそれがほんとうなら、わたしは賢治先生にたのんでみようと思います。 なにを頼むかって? それはひみつ。 (と、楽しそうに座る)おや、こんなところにうまそうなまんじゅうがある。 どれ、ひとつごちそうになろう。 (と、食べる。)
(バンドの音がふたたび大きくなってくる。)うるさいなー、まんじゅうはうまいが、 こどもたちに見つかるとまずいので、ひとまず隠れようかな。(と、舞台そでに隠れる)
(こどもたち五人、バンド練習の形のままに固まっていたのが、 舞台が明るくなると同時に動きだす。しばらく演奏し、リズムが乱れたのをきっかけに)
次郎 ちょっと、やすもうや。やすんで、 まんじゅうを食べようぜ。……あれっ、さっきここにおふくろが置いていったくりまんじゅう、 一つへってるような気がする。
三郎 ほんとうだ。一番上のまんじゅうがない、ように見える。
花子 おばさんが、あとでお食べなさいって置いていったくりまんじゅうが、一つ消えた?
五郎 バンド練習をしているうちに、だれか、ねずみでもこそっと食べたのかな。
次郎 ねずみは、昼間は出てこないよ。
三郎 おばさんは一人一個って言ったよな。
六郎 まんじゅうはいくつある?
五郎 一、二、三、四……。やっぱり四つだな。では、こどもは何人いるんだい?
次郎 ひとり、ふたり、さんにん、よにん(ざしきぼっこが幕の横から白塗りの顔を出して、 次郎はそれを「よにん」と数える。ざしきぼっこはサングラスをかけて、ほうきをギターのように抱えている。)、 ごにん、ろくにん。
三郎 えー、六人。おかしいよ。バンドの練習に来たのは四人だから……、 えーっと、四たす次郎で五人だ。
次郎 でも、いま数えたら六人いたよ。
花子 数えまちがえたんだわ。きっと。
五郎 もういちど、数えてみなよ。
次郎以外 (お互いに顔を見合わしながら、声をそろえて) ひとりも知らない顔がなく、おなじ顔もなくて……。
次郎 ひとり、ふたり、さんにん、よにん (ここで、ざしきぼっこがふたたび顔を出して、次郎はそれを「よにん」と数える。)、 ごにん、ろくにん。
三郎 えー、また六人。ふしぎだな。
六郎 二回も数えて六人。ということは、ひとりは(声がふるえてくる) ざしきぼっこだ。(と、叫んで舞台下手に逃げていく)
一同 わー、ざしきぼっこが出たー。(と、叫んで、我がちに逃げる)
(次郎の父と母、こどもたちを引き連れて下手から現れる)
次郎の父 なにをばかなことを言っているんだ。 いまどき、ざしきぼっこなんているわけないだろう。このごろじゃあ、 ざしきなんてない家もあるくらいだ。ざしきぼっこなんて迷信だよ、迷信。 お前たちがそんな迷信を信じてどうする。
次郎 でも、まんじゅうが一つへっていたし、 こどもの数も一人多かったんだ。
次郎の父 おまえが数えまちがえたんだろう。
一同 (みんなで)ひとりも知らない顔がなく、おなじ顔もなくて……。
次郎の父 ひとり、ふたり、さんにん、よにん、五人、そら五人だ。
次郎 ふしぎだな。
(一同が納得のいかない顔を見交わしているとき、舞台袖に古畑仁三郎が現れる。 もちろん、他の探偵でもよい。いつの時代にもこどもたちに人気の探偵はいるものです)
古畑仁三郎 突然ですが、古畑仁三郎です。この事件ふしぎですね。 ひとりも知らない顔がなく、おなじ顔もまったくなくて、 ざしきのなかに五人のはずが六人。みなさん、おわかりですか。これが、ざしきぼっこなんです。 古畑仁三郎でした。(退場)
次郎の母 くりまんじゅうも、さっきはもしかしたら数をまちがえて置いたかもしれないわね。 だったら、ごめん。あと一つ持ってくるから。
次郎の父 数えまちがえたのを盗み食いとか疑われては、ざしきぼっこもびっくりまんじゅう。 (一同、少しずっこける)
次郎 何? その寒いおやじギャグ。ヤメてくれよ。こんなときに。
次郎の父 ひとつ足りなくて大騒ぎするくらいなら、いっそ箱ごと持ってきてあげなさい。
次郎 そんなに食べられないよ。
次郎の父 ええ若いもんがまんじゅうの二個や三個食べられなくどうする。
次郎の母 そうね。でも、このごろの若い人はおまんじゅうをあまり食べないのかしら、 甘いものをもらっても捨てることが多くて……もったいないわね。
次郎の父 何がもったいない? どんどん買って、どんどん捨ててもらう。 そうするとお菓子を作っているうちの会社がもうかって、給料があがる。 いいことばかりだ。どこがおかしい。
次郎の母 ほんとうにそれでいいのかしらね。
次郎の父 これでいいのだ。
三郎 さてお腹もふくれたし、これからどうする?
花子 そうね。ざしきぼっこのことは忘れて、もう一回練習しましょうよ。
次郎の母 そうしなさい。あとでジュースも置いときますから。
(次郎の父母、舞台下手に去る)

一同 (ふたたび練習をはじめる)

  ざしきぼっこってなんですか?
  見つけにくいものですか
  ざしきの中もトイレの中も
  探したけれどみつからないのに
  まだまだ探す気ですか?
  それより僕と踊りませんか?
  夢の中へ、夢の中へ
  行ってみたいと思いませんか?
  ウフフー、ウフフー、ウフフー、……
(ウフフーの繰り返しの中で暗転)
ざしきぼっこ(スポットライトを浴びて現れて、こどもたちの「ウフフー」をひきとるかたちで)   ウフフー、ウフフー(と、くちずさんでいたのが)
  空の上へ、天の川へ
  行ってみたいと思いませんか
  ウフフー、ウフフー、ウフフー、……。
(と、だんだん気味悪い含み笑いにかわってくる。エコーがかかっている)
(威儀をただして、ふろしきの荷物を背負い、ほうきを持つ)
やかましくって、やかましくって、むかついてきた。 ざしきがこう超めっちゃやかましくてはとてもがまんできない。 家を出ていこう。いいころあいだ。家出して、○○養護学校にいって、 賢治先生に銀河鉄道に乗せてもらえるようにたのんでみよう。 では、まずはそろりそろりとまいろう。
(ざしきぼっこ 舞台下手に去る)

なにものかの声(男) 平成の大不況だ。
なにものかの声(女) それがいつまでたっても景気がよくならないわ。
次郎の母(の声) 次郎、たいへんだよ。おとうさんの会社がたいへんなの……。
次郎の父(の声) えー、そんな。銀行がつぶれて株券が紙切れになったって……。
次郎(の声) あしたからどうして食べていくんだよ。
ざしきぼっこ(の声) ウフフー、ウフフー、……。
 (「大不況だ、リストラだ。」という声が飛び交う。)(暗転。幕が閉まる。)

【二幕一場】(トマトが実っている学校の農園)
ナレーター みなさんは、賢治先生を覚えていますか? 二年くらい前、 賢治先生が突然銀河鉄道に乗って私たちの養護学校に来られたんです。 じゃあ、賢治先生は宇宙人かって? そうですね。 もと地球人だったけれど、いまは宇宙人でしょうか。 七十年前くらいに自分で考えた銀河鉄道に乗って天上に行ってしまわれました。 自分で考えたんだから賢治先生は銀河鉄道のどこの駅でもフリーパスで行けるんです。 その賢治先生が明日の星祭りの夜、またこの学校に帰ってこられるというんです。 だから、ざしきぼっこは、賢治先生に頼んで銀河鉄道に乗せてもらって 地球を脱出しようとしているんですね。 銀河鉄道よりもスペースシャトルの方がかっこうがいいって?  それは、銀河鉄道をしらないからそんなことが言えるんです。 賢治先生の考えた銀河鉄道がどんなにすごいかいずれわかります。 では、どうなることか、続きを見てみましょう。

ざしきぼっこ (白塗りで現れ、風呂敷包みを背負ったまま、ほうきを支えに立って、汗を拭う) イヤ何かと申すうち、はや学校についた。あー重たい。重たい。 引っ越しもたいへんだな。
(生徒たち、トマトの草引きをしている。)
生徒A あれー、へんな子どもだな。荷物をせおって……。それに、そのほうきは何?
ざしきぼっこ ほうきは掃くものに決まってる。
生徒B オマエはいったいだれだ? ここは学校の農園で、 かってに入ってきたらおこられるぞ。
ざしきぼっこ わたくしは、家出してきたざしきぼっこです。
生徒B 家出してきたざしきぼっこ?
生徒C ざしきぼっこって、なに?
ざしきぼっこ ざしきぼっこはざしきぼっこです。
生徒D へんな子どもやな。
生徒C むかしの子どものようで子どもでない。(節をつけて)
生徒D 白ぬりのお化けのようでお化けでない。(節をつけて)
生徒A それは何かとたずねたら? (節をつけて)
ざしきぼっこ ざしきぼっこでござる。
−−−−−ここは、つぎのように演じる案もあります。
生徒D へんな子どもやな。
生徒C へんな子ども、へんな子ども
生徒D 東北弁では?(と、合いの手を入れる)
ざしきぼっこ へんなわらし、へんなわらし
生徒C またの名は?(と、合いの手を入れる)
ざしきぼっこ へんなぼっこ、へんなぼっこ
生徒D ふーん、そうなんか
ざしきぼっこ それでざしきぼっこでござる。
−−−−−
生徒C ふーん、やっぱりようわからんけど、まあいいか。
ざしきぼっこ さて、ですね。わたし、きょう家出をしてきたのは、実は、 うれしいうわさを聞いたからなのです。 あの賢治先生が銀河鉄道に乗って帰ってこられるというんです。 本当でしょうか。本当ならうれしんのですが……。
生徒C ふーん、そんなうわさがあるのか。
生徒D だれに聞いたの?
ざしきぼっこ 風のうわさです。
生徒E な、なにぃ、ちくったのは風か、あのおしゃべりが……。
生徒B あっちこっちでうわさをまきちらしているんだ。
(そこでヒューという風の音がして、生徒たち服をゆさぶる)
生徒E あっ、風だ。
風の声 賢治先生が、銀河鉄道でかえってき……。(言葉尻がはっきりしない。)
ざしきぼっこ えっ、なんだって? おい待ってくれ。 いま、なんていったんだ。賢治先生が帰ってきたのか?
生徒A (あわてて)まだですよ。星祭りはあしたなんだから。
生徒E 風の噂なんてあてになりませんよ。
ざしきぼっこ おれには帰ってきたって聞こえたんだけど……、 まあ、いいか、いずれ分かることだ。 ……ところで賢治先生というのは、どんな先生だった?
生徒C 二年前の星のきれいな夜にとつぜんこの学校に来られたんです。
生徒D なんでも教えるふしぎな先生なんです。
生徒E ふしぎを教える宇宙人みたいな先生なんです。
生徒A 歩いているときとつぜん立ち止まって、 「ホー」て叫んで、跳びあがるんです。こんなふうに。 (と、「ホー」という叫びとともに跳びあがり、両足のかかとを打ち合わせて着地する)
ざしきぼっこ よくわからないな。
生徒B まあ、歌をきけばわかりますよ。
生徒たち(「賢治先生はふしぎな先生」の歌を歌う)

  賢治先生はふしぎな先生
  賢治先生はなんだか宇宙人
  なんでも教えるふしぎな先生
  ふしぎを教えるなんだか宇宙人
  夜空に叫べば汽笛がこたえる
  天の川にも銀河鉄道フリーパス
  賢治先生はふしぎな先生
  こころにのこるあの叫び

  賢治先生はふしぎな先生
  賢治先生はなんだか宇宙人
  なんでも教えるふしぎな先生
  ふしぎを教えるなんだか宇宙人
  畑で叫べばトマトがこたえる
  よだかの星も銀河鉄道フリーパス
  賢治先生はふしぎな先生
  こころにのこるあのジャンプ

ざしきぼっこ そうか、そんなふしぎな先生なのか。
生徒C なんでも教えるふしぎな先生なんだけど、百年前に生まれたというのに、 なぜあんなに若いのか、それが一番ふしぎなんだ。幽霊という話もあるけれど……。
ざしきぼっこ ふーん、なるほど。それで、賢治先生はなにをしに地球に帰ってくるのかな。
生徒D よくわからないけれど、千年の樟の木に会いに来るんだって校長先生がおっしゃってたよ。
生徒E ○○神社の大きな樟の木に聞きたいことがあるんだって……。
生徒A 賢治先生は木とでもトマトとでも話ができるんだよ。
ざしきぼっこ ふーん、すごいね。それでなにを聞きたいのかな?
生徒B これまでの千年の話を聞きたいんだって……。
生徒C これからの千年の話をしたいんだって……
ざしきぼっこ たしかに千年の話は、千年の樟の木に聞くしかないからね。
生徒D それでざしきぼっこさんは賢治先生になんの用事なの。
ざしきぼっこ たのみがあるんだ。話せばながくなるが、ようするに、 銀河鉄道に乗せてもらおうと思って。
生徒E 銀河鉄道か、いいな。
生徒A ぼくたちも乗りたいけれど、まだ乗せてもらったことはない。
生徒B この前、賢治先生がこの学校の先生だったとき、 ぜったいにのぞいてはいけないと禁止されていたのに、ぼくたちが理科室をのぞいたんだ。
生徒C 理科室は、銀河鉄道のステーションでした。 だから、賢治先生の秘密がばれて、それで賢治先生は行ってしまわれました。
生徒D そのとき、つぎは銀河鉄道に乗せてやるって約束してくれたんだけど、 もうわすれてるかな。
生徒E 銀河鉄道でどこへ行くんですか。
ざしきぼっこ どこということはないけれど、ようするに地球脱出。
生徒A えー、地球脱出
生徒B ざしきぼっこが家をでていったら、その家はビンボーになるんだって、それほんとうですか。
ざしきぼっこ おれ、そんなことしらないよ。
生徒C それがほんとうなら、ざしきぼっこさんが地球をでていったら、地球がビンボーになる。
生徒D 地球がビンボー、そりゃあ、たいへんだ。
ざしきぼっこ そうか、銀河鉄道のステーションは理科室か。 それじゃあ、理科室で待つことにしよう。いや、 さっきの風の声のとおりもう帰っているかもしれない。さがしてみよう。
(ざしきぼっこ 退場。)
生徒E よかったよ、ざしきぼっこは、まだ知らないんだ。 賢治先生がもう学校に帰ってきていることを。
生徒A 地球脱出とか言ってたな。
生徒B たいへんだ。ざしきぼっこが出ていったら、地球がビンボーになる。
生徒C 豊かな森がもっともっと枯れて、緑がビンボーになる。
生徒D 海も川も湖ももっともっと汚れて、水がビンボーになる。
生徒E 空も風ももっともっと汚れて、空気がビンボーになる。
生徒A 地球を脱出なんかされたら困るよ。
生徒B 賢治先生を見つけられないようにするんだ。
生徒C 校長先生にもたのんでくる。
生徒D みんなで力を合わせてざしきぼっこを逃がさないようにしよう。
生徒E 賢治先生をかくすんだ。
(生徒たちが行こうとしたところに、校長、下手より登場。)
校長先生 どうしたのかね。そんなにあわててどこへ行く?
生徒A いま、校長先生のところへ行くところでした。
校長先生 なにかあったのかね?
生徒B 話せば長いことながら、じつはかくかくしかじかで、 ざしきぼっこが賢治先生をさがしているんです。
校長先生 それはたいへんだ。そんなことになったら、地球はたいへんなことになる。 ざしきぼっこを賢治先生に会わせないようにしなさい。
生徒C 賢治先生をかくせ大作戦開始だ。
生徒たち おー。ぜったいに会わせないぞ。
(暗転)

【二幕二場】
(中幕はしまったままで、美術教室の模様で机と椅子がならんでいる。 低い台の上にボールで作った地球儀が置いてある。音楽室の扉も見える)
賢治先生 (美術の授業をしている)星がこんなふうにならんでいるのを白鳥座といいます。 この星が白鳥に見えるには訓練がいりますね。
生徒F あひるにも見えます。
賢治先生 それはすばらしい。では、これは何に見えますか。 (次の絵をめくっているところに、ざしきぼっこが舞台上手から現れる)
ざしきぼっこ えーと、理科室はどこかな。ここかな。 (扉をノックしながら)こつ、こつ、こつ。
生徒G(扉の陰をそっとのぞいて)あっ、ざしきぼっこが来た。
(生徒たち、いっせいに立ち上がり、右往左往する。)
生徒H 賢治先生、隠れてください。
賢治先生 隠れるといっても、どこも隠れるところがない。
生徒I 賢治先生、ここ、ここに……。(と、地球儀をわきによける。)ここに立って、 彫刻になってください。
賢治先生 (あわてて、台に座って)考える人。
生徒I だめですよ。すぐに分かってしまう……。
賢治先生 では、(と、立ち上がり)ミロのヴィーナス(と叫んで、 近くにあった白布を下半身に巻き付けてあやしげなポーズを取る)
生徒H それでもいいや。じゃあ、これをかけてと……。 (巻き付けてあった白布を取って頭から被せて、さらに隠すようにその前に立つ)
ざしきぼっこ 賢治先生はいませんか。ここは理科室ではないのですか。
生徒J ここは美術室です。
ざしきぼっこ おかしいな。(と、疑っている様子。) 賢治先生の声が聞こえたような気がしたのですが……。
賢治先生 (くしゃみをして白布が揺れる)
ざしきぼっこ (生徒Hを押しのけて、白布を取ろうとする。)
生徒H これはミロのヴィーナスですよ。
ざしきぼっこ ミロのヴィーナスは、上半身が裸だから寒くてくしゃみがでたのですか?
生徒F (わざとらしいくしゃみを二、三度して)くしゃみは、ぼくですよ。(と鼻をかむ)
(取り合わないで、ざしきぼっこがふたたび白布に手をかけたとき、 「雨にも風にも負けないでね」という井上陽水の歌声が聞こえてくる)
(『ワカンナイ』 作詞・作曲 井上陽水)
  雨にも風にも負けないでね
  暑さや寒さに勝ち続けて
(生徒の声)
  先生の言葉はだれにもワカンナイ

ざしきぼっこ おおっ、宮沢賢治の歌だ。音楽室だな。
生徒たち(いっせいに外の方を指さす)
ざしきぼっこ しつれいしました。(と、出ていきかけてつまづく)
生徒G あっ、ざしきぼっこがころんだ。
ざしきぼっこ (教室の扉につかまって体を支える。)ふふふ(と、含み笑い)おれがころぶとどうなるか? (両手で目を隠して扉に向き合う)ざしきぼっこがころんだ(と唱えて、唱え終わると同時に振り返る。 その間に生徒は少しづつ動いてざしきぼっこの視線から賢治先生を隠すように立つ)
ニホンオオカミほろんだ。(と唱えて、唱え終わると同時に振り返る)いま、彫刻が動いたようだが。
生徒H そんなことはありませんよ。気のせいですよ。
ざしきぼっこ そうかな。(と、再び扉に向かって目を閉じる)
 ニホンザルがほろんだ。(ざしきぼっこ、振り返る。以下同様。)
 イリオモテヤマネコほろんだ。(だんだん 不気味な声になってくる。)
(ここからは、ざしきぼっこは壁に向かったまま。声は続けさまに唱える)
生徒たち (機関銃で射撃されたようにきみょうな身ぶりで踊る)
ざしきぼっこ ツキノワグマほろんだ。
 ヤンバルクイナほろんだ。
 クマゲラもほろんだ。
 オオサンショウウオほろんだ。
 サツキマスもほろんだ。
 シマフクロウほろんだ。
生徒たち うわー、たいへんだ。地球がビンボーになってしまう。(蜘蛛の子を散らすように舞台そでに消える)
ざしきぼっこ おどかすのはこのくらいにして、賢治先生を捜しに行こう。 さっきの歌は音楽室だった。(ざしきぼっこ、舞台下手に去り、声のみが聞こえる) あれ、音楽室は鍵がかかっている。たしかにあの『雨ニモマケズ』の歌がきこえてきたのに。 ……やっぱり賢治先生はゆうれいみたいだな。 宮沢賢治といえば、百年も前の人らしいから……。おや、張り紙がある。 何々「下ノ畑に居リマス 賢治」、なんだ農園にいたのか、 それではそちらのほうにそろりそろりとまいりましょう。
生徒たち (ざしきぼっこのセリフの間に、こわごわ現れる)あーあ、こわかった。
生徒F ざしきぼっこは行ってしまった。
生徒G (白布の上からくすぐるように触る)賢治先生、 もうすこしで見つかるところでしたよ。
生徒H あぶなかったですね。
生徒I もうだいじょうぶですよ。
生徒J (白布の上から抱きついて)あれ、本当に彫刻になったみたいだな。固まってる。
生徒F このままにしておこうか、ここにいればざしきぼっこに見つかる心配はないから……。
生徒G でも、賢治先生が銀河鉄道でいっしょにつれてきた星の王子さまや、 風の又三郎やよだかが見つかるかもしれないよ。
生徒H そうだ、それをわすれていた。
生徒I たいへんだ。グランドのほうだ。さがしに行こう。(生徒Jを残して、みんな去る)
生徒J 賢治先生、しっかりしてください。(と、白布を取る) 地球があぶなくなりそう。のんきに固まってる場合じゃないですよ。 (と、ボールの地球儀をぽんと手渡すと、賢治先生ふとわれにかえる)
賢治先生 何? 地球があぶないって? ざしきぼっこが出ていくと、 地球がビンボーになって、この青い地球が、こんなふうにあかちゃけた砂漠の地球になって しまうのか? (と、りんごの皮をむくように地球儀の青い皮をめくると、 中から赤茶けた地球が現れる)たしかに理屈ではそうなるかもしれないが……。 (と、ボールの地球を足下におく)
生徒J あれっ、青りんごの地球が泥まみれになってしまった。 こんな赤茶けた砂漠の地球なんていらないや。(と、ボールの地球をぽんと客席に蹴り込む)
(客席の混乱のうちに暗転)

【二幕三場】
(農園、背景はグランド、上手に樟の大木)

ナレーター 賢治先生が銀河鉄道でいっしょにつれてきた風の又三郎とよだかは、 賢治先生が書いた童話から抜け出して、いつも賢治先生について歩いているんです。 星の王子さまは、宇宙にあるほんの小さな星から来た少年です。

(舞台が明るくなると、賢治先生が一人で樟の大木と向き合っている。 とつぜんヒューと風の音がして、風の又三郎があらわれる)
風の又三郎 こうして、ひさしぶりに、地球に帰ってくると、なつかしいなあ。 この風の調子、それ、ヒュー(と、うずまくように体を回転させる)それ、ヒュー、 (と、ちょっと拍子抜けしたようす)やっぱりな。賢治先生、 どうも空気が汚れていて、風の調子がちょっとおかしいですよ。
賢治先生 (だまったまま樟の大木に向き合っている)
(よだかが空を飛んできて、いま着地したという様子で羽ばたきながら現れる)
よだか どうも調子がおかしいなあ。風の又三郎くん、そんなことはないかい。 空を飛んでいても、空気が汚れていて、どうもうまく上昇気流がみわけられない。 それに悲しくもないのに涙が出てくる。クシュン(と、鼻をかむ)
(星の王子さまが現れる。)
星の王子さま わたしも地球に来てから涙がとまりません。どうしたのでしょうか。 風の又三郎さんのいうように風が汚れているからでしょうか、 それともよたかさんのいうように空がよごれたからでしょうか。
賢治先生 むかしは、こんなではなかったんですよ。星の王子さま。
星の王子さま 海も汚れ、川も汚れ、湖も汚れ、いまに、 地球できれいな水は涙だけになりそうですね。でも、 私の涙は風が目にしみただけではありません。私は地球に来て、 私のちっぽけな惑星のことを思い出して悲しいのです。これを見てください。
(星の王子さまはもっていた模造紙の絵を広げる。) 私のちっぽけな惑星はバオバブの木が大きくなりすぎて壊れてしまいそうです。 だから、千年の樟さんに、どうしたらいいかを聞くために地球にやってきたのです。 ……でも地球も私の惑星と同じでした。(と泣く)
賢治先生 そうだな。バオバブみたいに、よくばり人間がはびこって、 地球はもうこわれてしまいそうだ。(樟の大木に向き直って) 千年の樟さん、あなたの千年の知恵をさずけてください。どうして、 こんなことになったのでしょうか。
千年の樟 (大木の幹に顔がある)百歳の賢治先生、 あなたにはほんとうのことを言おう。私が生きてきた千年で水や空気がこんなにまずかった ことはなかった。すべて人間がはびこっているからだ。 バオバブの木が小さな星を壊してしまうように、人間が地球を壊そうとしている。
(隠れてそのようすを見ていたざしきぼっこが、とつぜん現れる)
ざしきぼっこ そんな人間さまに愛想がつきたのです。 だからおれは地球からおさらばなんだ。賢治先生ですね。お願いがあります。 どうか聞いてください。
風の又三郎 なんだ、なんだ。とつぜんに。こいつはだれなんだ。
ざしきぼっこ わたしは、このあたりに住まいする、いや、地球に住まいするざしきぼっこです。
よだか そのざしきぼっこがどうしたのだ。
ざしきぼっこ 賢治先生の銀河鉄道フリーパスの切符で天の川まで連れて行ってほしいのです。 地球にはうんざりです。愛想がつきかけているのです。
星の王子さま でも地球はまだまだきれいですよ。わたしの星など、 この絵のようにもう壊れてしまいそうですよ。
ざしきぼっこ その小さなほしでもいい、銀河鉄道で連れて行ってくれ。
星の王子さま わたしの星に朝が来ます。十歩くらい歩いて裏側にまわると夜になるのです。 そんな小さな星でもいいのですか?
ざしきぼっこ そこに人間はいますか?
星の王子さま 人間はわたしだけ。あとはバオバブの木だけです。だから、 水も空気もとてもきれいです。
風の又三郎 自動車も工場もないからな。ちょっとさびしすぎるけれど……。
ざしきぼっこ けっこうけだらけ、ねこはいだらけ。その小さな星でけっこうです。 銀河鉄道のフリーパス券でなんとか連れて行ってください。
賢治先生 うーむ、どうするか、ざしきぼっこと聞いたからには、 簡単にフリーパスは発行できないし……。
生徒たち (とつぜん現れる)ダメですよ。賢治先生。
生徒K ざしきぼっこが出て行ってしまうと、地球はどうなるの?
生徒L 地球がビンボーになっちゃうよ。
生徒M やめてくれよ。ゆたかな国はビンボーに、 ビンボーな国はますますビンボーになってしまう。
生徒N 賢治先生、東も西も南も北もビンボーだらけになりますよ。ぜったいにざしきぼっこを連れて行ってはダメですよ。
ざしきぼっこ いや、おれは地球から出て行く。それはもう決めたことだ。
生徒O そんなこと言わないで。
校長先生 いまの地球はざしきぼっこににげて行かれてもあたりまえなくらいめちゃくちゃだ。 ざしきぼっこが愛想をつかしてもしかたがないよ。
生徒K ぼくたちがざしきぼっこくんに何かわるいことをしたのかな。
生徒L ぼくたちが、何かいやなことでもしたんだろうか。
ざしきぼっこ いや、君たちはなんにもわるいことはしていないよ。君たちに罪はないよ。
生徒M じゃあ、どうして地球からおさらばするんですか。
生徒N やめてくださいよ。
生徒O あなたは地球の大切な人なんです。
生徒K たいへんなことになるよ。みんなでひきとめようよ。
(生徒たち、並んでざしきぼっこにすがりつく。 「よいしょ、よいしょ」のかけ声をかけて二、三度引き合うが、 手がはずれて、生徒たち尻餅をついてしまう)
生徒M だめだ、ぼくたちだけじゃあとめられない。力持ちのジャイアンを呼んでくるんだ。
(これより次々に登場する助っ人は生徒の希望による)
(ジャイアンのテーマ曲で登場。生徒たち歓声で迎える)
ジャイアン (ジャイアンのテーマ曲で登場)オーレはジャイアン、 ガーキ大将。ジャーン、おれは、ジャイアンだ。ざしきぼっこ、地球から出ていか ないでくれ。えーい(と、取っ組み合うがすぐにはねとばされて退場。生徒たち「ハー」と嘆息。以下その繰り返し)
巡査 何ですか、この騒ぎは?
生徒L あっ、おまわりさん。実はかくかくしかじかで、こういうわけなんです。
巡査 ああ、なるほど。わかりました。では本官もお手伝いしましょう。
生徒N 強い助っ人を呼ぼう。ケンカが強いといえば吉本ですよ。パチパチパンチの島木さん呼んでください。
生徒O もう、チャーリー浜さんも、桑原さんもみんな呼びましょう。おまわりさん、 お願いします。
巡査 (携帯を持ったふりで)もしもし、グランド花月さん。 パチパチパンチの島木譲二さんとチャーリー浜さん、桑原和夫さんの派遣をお願いします。
(吉本新喜劇のテーマ曲にのって三人下手より登場)
島木 おー、わいがパチパチパンチの島木や。なに地球から出ていくんやて、 みんながこれだけたのんどるんやないけ、やめたらんかい。
ざしきぼっこ パチパチパンチ、そんなの知らんな。
島木 なに、吉本のパチパチパンチを知らん? なめとったらあかんで。よう見とれや。 (と、パチパチパンチをして、「パチパチ」と叫びながらかかっていくが、 ほうきで掃き寄せられてやられてしまう。)
チャーリー浜 ごめんくさい。これまたくさい。(で、一同ずっこける。) 君たち、君たち(と、生徒たちに呼びかける。いっせいに振り返ると)君たちがいて僕がいる。 (これで、また一同ずっこける。)こりゃまた、ざしきぼっこじゃあーりませんか。 君たちがいてぼっこがいる。ぼっこがいて君たちがいるんじゃあーりません。 それを地球からとんずらするなんて、やめてくさい。
ざしきぼっこ わけのわからんことを言うな。
桑原 こんにちは、どなたですか、桑原です。おはいりください。しつれいします。
ざしきぼっこ また、わけのわからんやつが出てきた。
チャーリー浜、桑原 (二人で)ほんじゃあ、二人そろったところで、 ギャグ三連発を受けてくさーい。
チャーリー浜 ひとーつ、妻に用事で爪楊枝。(このギャグは生徒が選んできたもの。 ざしきぼっこ、生徒たち、いっせいにずっこける)
桑原 ふたーつ、イタリアにいったりや。
(ざしきぼっこ、生徒たち、またいっせいにずっこける)
チャーリー浜 みーつ、コーラ飲んでおこられた、こーら。(一同三度ずっこけかけるが……)
ざしきぼっこ いつまで、やってんねん。
桑原 しつれいしまんにゃわ。これオレのギャグちゃうわ。
チャーリー浜 チャン、チャン。(と、行きかけるが、生徒たちの「アンコール、アンコール」 の声で調子に乗ってさらに二つのギャグを演じて、最後はほうきで掃き出されて消える)
校長先生 やっぱりお笑いはだめだ。わたしのすきな水戸の黄門さま一行を呼んできなさい。
巡査 TBSですか?黄門さま一行をお願いします。
(テーマ曲とともに黄門一行が現れる)
水戸黄門 助さん、格さん、とんでもないやつだ、地球を出ていくなんて、このざしきぼっこは。 すこしこらしめてやりなさい。
助さん、格さん ご隠居、承知しました。(と、かかっていくが、ねじ伏せられる。 が、すぐに立ち上がって)
助さん ええい、控えろ、控えろ。この紋所が目にはらぬか。
格さん 頭が高い、控えおろう。(と、印篭をみせる)
ここにおわすおかたをどなたと心得る。先の副将軍、水戸光圀公にあらせられるぞ。 頭が高い控えおろう。
巡査 ははー(と、巡査だけが控える)こらっ、みんなも控えて、控えて……。 (生徒たちも控えかけるが)
ざしきぼっこ それ、なんですか。そんな印篭なーんもこわくないでござる。
水戸黄門 こりゃいかん。ききめがないわい。(と、退散する)
生徒K アメリカからクリントンさんが来てくれたよ。
(巡査、敬礼をしてしゃちほこばる)
クリントン (アメリカ国歌で登場)アイ、アム、クリントン。アメリカのプレジデント、 私はアメリカ大統領ね。だけど、スペースシャトル乗せてあげません。なぜならあなた に地球から出て行かれたら困るね。地球ビンボー、これたいへん困るよ。 地球脱出をあきらめなさい。でないとクリキントンぶつけます。(と身がまえるが、 トンボを捕るときのようにほうきを回されて、目を回して倒れて退場)
生徒L 貴の花が来てくれたよ。
貴の花 (太鼓の音で登場、土俵入りをする。生徒たち「よいしょ」のかけ声) ごっつぁんです。どすこいです。まーるい地球の土俵から出て行くんなら、ぶちかまします。 それっ、どすこい、どすこい…(と、かかっていくが、体をかわされて後ろにまわられ、 送り出されるように去る)
生徒O ドラゴンボールの孫悟空さんを、呼んで来るんだ。
巡査 (携帯に向かう調子で)孫悟空、三蔵法師のあれじゃなくて、 アニメのドラゴンボールの孫悟空をお願いします。
孫悟空 イヤー(と、叫びながら出てくる。生徒たち歓声で迎える) オッス!、オラ悟空。こいつか、そのざしきぼっことかいうのは?  地球ほど美しい星はないのに出て行くってか、とんでもない やつだ。いっちょうやったるか。 (と、拳法で攻撃するがほうきで受けられてやられてしまう)うーん、 ほうきを使うとはひきょうなやつだ、それでは、とっておきのカメハメ波を受けてみよ。 (と、隠し持っていた金紙をまぶしたソフトボールを両掌の間でこね回して、「カメハメハー」 の声とともにざしきぼっこめがけて投げかける。が狙いははずれ、ボールは舞台の床に落ちてごろごろところがってしまう。 はじめはたじろいでいたざしきぼっこもこの様を見て悟空をなめてかかるようになる)
ざしきぼっこ そんなへなちょこカメハメ波なんか、へいきのへいざだ。三年はやいわ。 出なおしてこい。
孫悟空 おじゃましました。(と、ひきさがる)
ざしきぼっこ もうおじゃま虫のたねもつきたようだな。では、賢治先生、 そろそろ銀河鉄道の発車の時間です。いっしょに連れて行ってください。
(顔の右半分に白塗りをした生徒たちが五人舞台上手から一列に前のものの肩に手を 置く形で並んで現れる。左半身を見せているので、白塗りは見えない)
生徒たち まってください、まってください。
生徒P ざしきぼっこさん、どうしても、行かれるんなら、ぼくたちも連れて行ってください。
(五人が連なって、ざしきぼっこにすがりつく)
ざしきぼっこ ええい、いまさらなにを……、君らに罪はないけれど、もう手遅れだ。
生徒Q おねがいです、連れて行ってください。
ざしきぼっこ それは、だめだ。
生徒R いいえ、だめじゃありません。
ざしきぼっこ どうして?
生徒S だって、ぼくたちはざしきぼっこになってしまいました。 (と、いっせいに上手を向いて白塗りを見せる)
生徒T だから、いっしょに連れて行ってください。
生徒K〜O ぼくたちも行きます。(と、並ぶ)
生徒たち (みんなで『ぼくたちはざしきぼっこ』を歌う。演歌調の悲しい盛り上がり)

  ぼくたちはきょうから
  この家のざしきぼっこになる
  くらいざしきにいるだけで
  人をしあわせにする
  そんなざしきぼっこになる
  ひとりも知らない顔がない
  ふたりと同じ顔がない
  さんざん数えて一人多い
  数のマジシャン
  ざしきぼっこになる

  ぼくたちはきょうから
  地球のざしきぼっこになる
  樟の木陰にいるだけで
  人をしあわせにする
  そんなざしきぼっこになる
  ひとりも知らない顔がない
  ふたりと同じ顔がない
  さんざん数えて一人多い
  地球マジシャン
  ざしきぼっこになる

校長先生 いや、ダメだ。君たちが地球を出ていってしまったら、大変なことになる。 みんなの心がまずしくなる。心がビンボーになってしまう。
ざしきぼっこ (泣きながら)わかった。わかった。君たちの気持ちはようくわかったよ。 やっぱり地球脱出はやめることにしよう。
生徒P(半ざしきぼっこ) ほんとうですか。
賢治先生 ざしきぼっこさん、そうしてくれますか。あなたはどうしても地球に 必要な大切な人なんですよ。
ざしきぼっこ それがようくわかりました。
星の王子さま それがいいですね。わたしの星に来ていただくのはまたこんどにしましょう。 地球脱出ではなくて、銀河鉄道で宇宙観光に来てください。おまちしています。
生徒P(半ざしきぼっこ) よかった、ざしきぼっこさんが行かなくてよかった。
(生徒の半ざしきぼっこたち、今度はラテン風にアレンジされた『ぼくたちはざしきぼっこ』の歌を 歌い、ポリバケツにガムテープを張った太鼓を打ち鳴らし、ざしきぼっこはほうきのギターを弾いて驚喜の乱舞)
賢治先生 では、われわれもこれでみんなとおわかれだ。 千年の樟さんとも話ができてよかった。
風の又三郎 じゃあ、おさらばだ。
生徒Q いつかまた来てくださいますか?
賢治先生 いつかまた……、君たちがあの星のひかりに見つめられていることを忘れなければ、 いつかきっと……。
(賢治先生、風の又三郎、よだか、星の王子さまたちが退場する)
生徒たち (口々に)さようなら、賢治先生、風の又三郎くん、よだかさん、星の王子さま、 さようなら。
生徒R (背景を振り返って)あっ、よるー。(と、指さして叫ぶ。すると仕掛けが施されていて、 グランドを描いた背景の絵がさっとめくれて星空に変わる)たちまち夜になった。
生徒S 白鳥座があんなに高いぞ。銀河鉄道の発車時刻だ。(汽笛がなる)
生徒T 向こうだ。やっぱり理科室は銀河鉄道のステーションだったんだ。窓に灯がついた。 銀河鉄道が理科室の窓から発車して行く……。
(大きな汽笛に続いて蒸気音が迫ってきて、舞台からギャラリーに張り渡された ピアノ線をつたって、電灯を付けた銀河鉄道が煙を吐きながらのぼっていく)
生徒K 賢治先生、さようなら。
生徒L また来てください。
生徒M また乗せてもらえなくて残念だけど、こんどは絶対に頼みます。
生徒N 又三郎くん、よだか。さようなら。
生徒O 星の王子さま、さようなら。また会いましょう。
(銀河鉄道が去ってしまう。)
生徒P やれやれ、ざしきぼっこさんが地球を出て行かなくてよかったな。
生徒Q あれっ、ざしきぼっこさんがいないよ。(ざしきぼっこがいつのまにか姿をかくしている)
生徒R どこかにかくれたんだ。
生徒たち (みんなで)
  ひとりも知らない顔がなく
  おなじ顔もまったくなくて
  ふしぎなことに一人が多い

 (『夢の中へ』(井上陽水)の前奏がなって止まる。あとは生徒の声だけで歌う)

  ざしきぼっこってなんですか
  見つけにくいものですか
  ざしきの中もトイレの中も
  さがしたけれど見つからないのに
  まだまだ探す気ですか
  それより僕と踊りませんか
  夢の中へ、夢の中へ
  行ってみたいと思いませんか
  ウフフー、ウフフー、ウフフー、……
 (ウフフーの繰り返しの中で暗転)
ざしきぼっこの声 (生徒たちの「ウフフー」をひきとるかたちで)
ウフフー、ウフフー(と、くちずさんでいたのが)
  二十一世紀へ 二十一世紀へ
 (字余りで、調子っぱずれで……。エコーがかかっている)
  行ってみたいと思いませんか
  ウフフー、ウフフー、ウフフー、……。
 (と、だんだん気味悪い含み笑いにかわってくる)
 では、みなさん、またお会いしましょう。さようなら。さようなら、さようなら……。
                     (幕)

劇中で歌われる曲『賢治先生はふしぎな先生』、『ぼくたちはざしきぼっこ』はオリジナルで、 池田洋子さんに作曲していただいた譜面もあります。
「楽譜のページ」には、こちらからどうぞ。


追補
この脚本を使われる場合は、必ず前もって作者(浅田洋)(yotaro@opal.plala.or.jp)まで ご連絡ください。


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