◇2001年3月号◇

[見出し]
今月号の特集

「Access denied」

生徒のお笑いのレベル

ウオーキングのひそかな楽しみ




2001.3.1
「Access denied」

わが校もやっとインターネットにつながりました。業者の方が来られてパソコンがセットされ、 何度か研修があって、さて、「賢治先生がやってきた」につないでみようかと、 Yahooサイトで、文学、演劇、脚本、自作脚本ときて、クリックしてみると、 何と「Access denied」
何ですか、これは……。ほかの検索サイトでも、当然同じこと。どうしたのか……と、 しばらく考えていましたが、分かりました。どうも、「賢治先生がやってきた」が、 アダルトサイトのお仲間であると判断されて、接続拒否をされているらしいのです。
そういえば、「イーハトーブへようこそ」は、性教育をテーマにしているので、 それらしいことばがいっぱい出てくるのです。アダルトビデオ、H、ラブホテル、 セックス、マスターベーション……。そうか、そうか。わかりました。 どこかでチェック機能が働いて、シャットアウトされているのか、とわかりはしたものの、 何か納得できないしこりが残ったのでした。実際には機械的にことば狩をするようにして 、シャットアウトされているのでしょうが、わたしには、どこかに頭の古くさい映倫の 審査官のような人がいて、いろんなサイトを監視しながら、あれもダメ、これもダメと、 やたらダメをだしているイメージが浮かびました。別に学校からアクセス できなくても痛痒は感じないものの、パソコンクラブでやってみたけれどつながらなかった と聞くとちょっと残念な気もするのです。いくら学校だからといって、 性情報と性教育の区別すらできない頑迷な審査官の監視付きでのみインターネット接続を 認めるというのはどうなのでしょうか。その頑固審査官にこのホームページは 性教育がテーマだから、特別手形を発行してアクセスできるように取り計らう 人間味はあるのでしょうか。それに、生徒たちを有害情報にさらさないために という老婆心から発しているにちがいないこんなシステムがほんとうに必要なのか どうかも議論の余地があると思います。教師がいるのですから、 だいたいは防げるのではないでしょうか。完璧でないというのなら、それでもいいじゃないですかと 言いたいくらいだし、そんなに心配なら、 パソコンの操作をする前にはかならず個人パスワードを打ち込むということにしておけば、 あとで調べることもできるでしょう。それで十分ではないでしょうか。 生徒たちが大人に不信感を持ってもしかたないような気がします。オレたちには禁止しておいて、 自分たちは自由かってにやって、という気持ちでしょうか。この関門の根本にあるのは、 生徒たちは必ず有害サイトに興味を持ち、それを見るとロクな影響を受けないだろうという、 性悪説を踏まえた大人感覚のような気がします。ほんとうに見たければ、 いくらでも見ることはできるのです。わたしとしては、その性悪説を踏まえた というところにいささかひっかかりをおぼえるのですが、いかがでしょうか。 それに、一歩譲って、制限は必要なのかも知れません。しかし、それならば、 関門をできるだけ融通のきくものにして、一応機械的に禁止はするが、 これはだいじょうぶというものは特例処置ですり抜けられるようにしていけばいいのでは ないでしょうか。でないと、たとえば理科の(わたしはもともと理科の教師なので) 性をあつかった単元のホームページなど見ることができないのではないでしょうか。


2001.3.1
生徒のお笑いのレベル

つい最近、わたしの勤務する学校で「卒業生を送る会」が催されました。 1、2年生がそれぞれ趣向をこらして3年生に楽しんでもらおうというのです。 送る会が近づいてきたある日、1年生全員を集めて出し物について相談をしました。 わたしが担当なので、 はじめから生徒の希望を優先して出し物の内容を決めることにしました。 いろいろな意見が出ましたが、まとめるとクイズ、お笑い、歌という例年の定番になりました。 (もっともそれははじめから予想していたのですが。)
生徒の希望で、9人がお笑いグループに来ました。教師は3人、わたしは担当の責任でお笑いを 総括することにしました。三つのお笑いトリオそれぞれに教師が一人つくことになりました。
さて、わたしのグループは、ボケとツッコミの漫才をやることになったのです。 Hくんはことばあそびが好き、Aくんは、目がくりくりしてお笑いむき、 Kくんも目立つことはまんざらではなさそうでした。三人ともにボケとツッコミという 漫才の構造は理解しているようでした。お笑いグループの教室に行くと、 役割の相談をしていました。関西の漫才でよく言われるこの構造は生徒たちにも 浸透してるようでした。Hくんは、お笑いを希望したときから、 いくつかのギャグを考えていて、紙に書いていました。その中で出し物に採用したのは つぎのギャグです。

学校の最寄り駅は近鉄電車の駅で、橿原神宮前行きに乗車してくる生徒も多くいます。 Aくんの名前が「A原」なので、
ツッコミのKくん「3年生のみなさんは、3年間電車に乗って毎日毎日学校に 通いました。ごくろうさんでした。ねえ、A原くん。」
ボケのHくん「えー、1番線にA原神宮前行きがまいります。 A原神宮前行きがまいります。」
ツッコミAくん「それもいうなら橿原神宮前行きやろうが」
ボケのHくん「ああそうか、そうやった。」
三人で「ちゃん、ちゃん」というものです。

とりあえず採用できたのはそれだけだったので、相談をして、 次回の練習までにもっとたくさんのギャグを考えてくることにしました。
2、3日後、理科の授業のあとで教室に帰るHくんに「ギャグ考えたか?」と聞くと、 「あっちの火事はあっちっちや」と新しいギャグを口走りました。もちろん、 「あっちっち」は、郷ひろみの歌のパロディーらしいのです。
隣にいた教師が、「それあったら、こっちの火事はこっちっちかいな」と茶々をいれました。 わたしは「それもらお」、ということで、つぎのようなギャグができました。

ツッコミのAくん「きのう家のむこうで火事見たで。熱かったわ。」
ボケのHくん「あっちの火事はあーちーっちや。」
ツッコミのKくん「ほんなら、こっちの火事はこーちーっちかいな。」
三人「ちゃんちゃん。」
ということになりました。

「あっちの火事はあーちーっちや」は、生徒のレベル。「こっちの火事はこーちーっち」は 教師のレベルということになるのかもしれませんが、生徒の笑いを誘うレベルでもあるように 思います。
そんなふうにして、生徒と相談して、「寒いギャグ5連発」を組み立てたのですが、 だいたいが似たようなものになりました。
わたしが勤務する高等養護学校の生徒のお笑いのレベルはこれくらいなような気がします。
個人的には、もっと微妙なお笑いを解するセンスを持っているものもいますが、 全体に分かってもらうことは難しいように思われます。
「あーちーっち」の寒いギャグなら受けるのです。本番では「あーちーっち」が受けて、 せっかくのKくんのつっこみ「こーちーっち」が充分聞こえないくらいでした。 「あーちーっち」は、あきらかにことば遊びによって笑いを誘ったのです。 生徒の中にすでにそのようなギャグを聞いた経験があるのかもしれません。 そうであってもことばによって笑いを誘発したことは確かだと思われます。
生徒といっしょにお笑い番組を見ていて、生徒が笑う瞬間にちょっとした 違和感をもつことがあります。意味が分かって笑うのではなく、 どたばたに反応しているのではないかといったふうなずれの感覚です。だから、 ほんとうにことばで笑う、ことばで遊ぶのはどのレベルなのかに興味をもっているのです。
生徒が理解できるお笑いのレベルというのはどのあたりなのかを知ることは とても大切なことのように感じているのですが、いかがなものでしょうか……。


2001.3.1
ウオーキングのひそかな楽しみ

ウオーキングを無上の楽しみにしています。いまの季節、歩くのにはいちばんいい季節だと 一人決めしているのです。でも、ほんとうは二月上旬から中旬くらいがもっと 気にいっているのです。まだ春の気配は感じられないが、こころの中にはあと一月で お水取りがあり、暖かくなるという期待がある。でも、世間はまだまだ寒い。 春まだきであって、しかもかすかな気配がなくもない、そこが気にいっているのです。 春になってしまえば、ウオーキングでも汗ばんだりして、ちょっと楽しさもそがれるのです。
ウオーキングのお気に入りコースは、家から近つ飛鳥博物館のある 風土記の丘(古墳公園)まで登り、丘陵を周回するコースです。 このコースは丘陵の自然を楽しめるとともに、なんと博物館の中には喫茶店があって、 おいしいコーヒーも飲めるのです。散策コースにこれほどの条件があるでしょうか。 その上、この散策にはひそかな楽しみがあるのです。それは、夕方など、 空気が澄んでみはらしのいい日であれば、僥倖のように展望台から堺の海が 見えることがあることです。夕日が海面に全反射して見えやすくなるのですね。 そんな日はとても幸せな気分になるのです。 古の人たちはこの古墳群の集まった丘陵からどんな気持ちで堺の海を眺めたのでしょうか。 そんな想像もしてしまいます。
近つ飛鳥博物館に行かれたことはあるでしょうか。
とてもいい博物館ですよ。ここも気に入っています。つい先日の日曜日、 買い物帰りに家内といっしょに、そのときは車で風土記の丘を訪れました。 紅梅がすでに花をつけています。 近つ飛鳥博物館にも立ち寄ったところ、館内ロビーに俳句、短歌、詩などの 作品募集のポスターが掲示されていました。知らなかったのですが、 締切が二月末日だというのです。投稿用紙まで用意されています。 普段はめったに投稿などしないのですが、 近つ飛鳥博物館となると話は別です。何を投稿するか?。 もちろん短歌です。わたしは、何を隠そう数年前までは短歌を作っていたのです。家内を車で帰して、 自分は家まで歩きながら、 歌を考えていました。歩きながら考えるといろんなアイデアが浮かぶのです。 賢治劇も大半が散歩の途中の思いつきから生まれたのです。それで、どんな歌ができたかというと、 こんな歌なのです。

 展望台(みはらし)に陶板地図の冷えてあり 王陵の谷に春日陰れば

風土記の丘の展望台には陶器の板に航空写真が焼き付けられていて、 地図がわりに置かれているのです。その陶板の地図が、春日が陰ると冷えている、 というのです。王陵の谷というのは、風土記の丘に接する太子町の辺りを、 天皇陵など古墳が多いということで、そう呼ばれています。
パソコンを使って行書で清書しました。次の日曜日にでも出かけて放り込んでおくことにします。
三月八日から展示されるそうです。散歩の楽しみができました。 近つ飛鳥、風土記の丘(古墳公園)を主題にしてどんな詩歌が詠まれたのか、 ちょっと興味があります。
なんでも楽しみにする、そんなふうなこころの持ち方を大切にしなければいけない という気がするのです。
ところで、以前にも一度投稿したことがあるのです。昨年の一月、同じ近つ飛鳥博物館が、 古代人になってみようという催しの一環として、参加者が演じる即興劇のあらすじの 募集をしていたのです。新聞で要項をみつけてさっそく応募したのです。 どうなるかと楽しみにしていたら、賞状が送られてきました。 わたしにとっては生涯ではじめていただいた賞状でした。
「勾玉が生きる特別賞
          浅田洋様
平成11年度に、本館が文部省の委嘱を受けて実施した、 「古墳・飛鳥人になりきってみよう」での芝居ストーリーに応募されたあなたの作品は、 厳正なる審査の結果標記の賞が与えられましたので、ここにこれを賞します。
平成12年3月31日
          大阪府近つ飛鳥博物館
          館長 大場 脩   」
封筒には賞状とバッジのようなワッペンが二つ入っていました。
「勾玉が生きる特別賞」というのは、勾玉の製法をからめたストーリーだったからです。 古代人には、ガラスで勾玉をつくり、あとで穴を穿つことはむずかしかったらしく、 溶かしたガラスを注ぐ雌型にあらかじめウニの棘をさしておいて、 あとで炭化した棘をほじくるという方法を用いていたらしい、 ということを絡めた筋だったからです。
おそらく投稿した人にはみんなに何とか賞を贈ったのでしょう。学校でよくやる、 「がんばったで賞」の類か、(「なめとんのかいな」)という気もしましたが、 生まれてはじめての賞状に喜びもあって、「まあ、遊び心、遊び心」と自分に言い聞かせて、 さっそく額に入れて飾ろうとしたのですが、家内に反対されて、あえなく封筒のまま しまいこまれてしまったのでした。(きょう、この文章をかくために探し出してきたのですが、 処分されないで、まだ埃をかぶってあったのが奇跡的なくらいです。)
去年の夏休みに小学生の姪をつれて近つ飛鳥博物館を訪れました。古代の布を織ってみよう、 古代の服装を身につけて弥生人に変身しようという催しがあって、 姪の夏休みの宿題にしようという魂胆でした。そのとき、布の織り方を懇切に説明して くれた係りの人に劇の賞状やワッペンの話をしたりもしたのでした。 その話が通じたというわけではないのでしょうが、昨年秋頃、立派な冊子 「大阪府近つ飛鳥博物館平成11年度事業「古墳・飛鳥人になりきってみよう」実施報告書」が 郵送されてきたときは、驚きました。応募者全員に送っているようなのですが、中身は、 理科の教師としてはなかなか興味深いもので、「なめとんのかいな」という不満は どこかへ吹き飛んでしまいました。
それで、今回の応募になったのです。この短歌がどんな運命をたどるのか、 どんなふうに展示されるのか、またバッジのようなワッペンが送られてくるのか、 とても楽しみにしているのです。


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