◇2001年4月号◇

[見出し]
今月号の特集

ホームルームで「吉本新喜劇」

アイボがわが家にやってきた

知的障害児の高校進学ということ




2001.4.1
ホームルームで「吉本新喜劇」

ホームルーム学習の時間、1時間何をしてもいいのでみんなで相談するようにと 担任が提案をされました。希望を聞いたら、「吉本新喜劇」をやりたい、 というものとバドミントンをしたいというものが伯仲していたのですが、 最後に「吉本新喜劇」に決まったらしいのです。
昼食時にそのことを聞いて、副担任のぼくとしてもぜひ見せてもらいたいと教室にいきました。 まず、机をまわりに片づけて、九人が車座に座ってどんなグループ分けでいくか相談しています。 お互いに声を掛け合って「おれと組むか?」とか誘いあったりしていましたが、 そのうちに何だか三人グループができそうな気配になってきました。 九人学級なのですが、何を勘違いしたのか、「三人、三人やったら人数が足りへんから、 三人、三人、二人にしたらええねん」とか、わけの分からないことをいうものもいて、 分かっているはずのものも訂正しないままに、話し合いがすすんでいったのです。 そのうちに三人のグループが三つできたようなあんばいになって、 グループ分けはきまったのでした。
それまでに15分経過、「それでは、15分くらいで何をやるか考えてきなさい」 と担任が言われて、それぞれのグループは廊下やら、隣の空いた教室に出ていきました。 残った一つのグループは、分けるときもどちらかというと取り残された方で、 これは自分たちで考えるのはちょっと無理かなという様子だったので、 ぼくが相談に乗ることにしました。廊下を通りかかった先生が、 「廊下で生徒たちが何かやってますが、大丈夫ですか」と聞きに来たりして、 話をしているうちに時間が来てふたグループももどってきました。
「さて、では発表会といきますか」ということで、椅子を並べて客席をつくりました。 グループ順をじゃんけんできめて、先ほどの先生もパソコン室におられたのを わざわざ呼んで観客に来てもらって、さてどうなることかと発表会がはじまったのです。
まずはじめに三人が並んで挨拶、つぎに一人だけが廊下に出て、扉を開けて「 おじゃましまんねぇやわ」で入ってくるところからはじまって、 サッカーのアルシンドが「サッカーをして、ああーしんど」 (と、ここで他の二人がずっこける)とか、お笑いの柳沢慎吾が慎吾ママとか (ここでもずっこける)、ここまではまあ分からないこともないことば遊びですが、 それからはアイスクリームを天ぷらにして食べたら「あーまずかった」 というわけのわからないものやら、広島カープにスマップの木村拓也がいますとか、 おさむいギャグの連発で、ほかの二人は、彼らなりにギャグは言うのですが、 ほとんどはずっこけっぱなしでした。それでも最後はならんで礼をして締めくくったのでした。 他の二人から「ずっこけてばっかしやった」ということばが思わずでたほどですが、 観客としては何かおおしろくって大うけでした。
二組はまったく教師の指導なしに、よく考えたなと感心するくらいまとまっていました。 最後のグループは、卒業生を送る会でやったことのまねごとのようなギャグになりましたが、 それでも結構おもしろかったのです。
「吉本新喜劇」やりたい、という生徒の希望でしたがどうなることやらと心配していたのが、 こんな楽しい発表になって生徒の力を再認識させられたのです。
先ほども書いたように、卒業生を送る会で似たようなことをやったので、 どうすればいいかわかっていたということもあると思うのです。 でも、あのときは教師がグループごとについて「指導」していたのです。 それが今回は自分たちで考えたのです。関西地方だけのローカル番組なのでしょうが、 土曜日のお昼に「吉本新喜劇」が放映されています。生徒たちはそれを見ているのですね。 あらためて吉本のギャグの力というか浸透力のすばらしさを思い知らされたのでした。 生徒たちもそのギャグの意味を分かって楽しんでいるとともに、 同じようなギャグを考えさせるだけの普遍的なパターンをそなえているのだと思います。 いままでは生徒たちが動きのドタバタに反応して笑っているのばかりが目についていたのですが、 ちゃんとことば遊びができている生徒も多いということが分かって、 とてもうれしい気持ちにさせられたのでした。先月号にも書いたことですが、 卒業生を送る会の出し物を考えていく中で、生徒たちのかなりのものが漫才の 「ボケとツッコミの構造」を理解していることが分かりました。また、今回のことで、 ことばあそび、ことばずらしなどの「ずっこけの法則」も使いこなせるものがいる ということが分かったのでした。(同僚によれば、このことを発達理論のことばで 語ることもできる、というのですが、とりあえずは、 事実として述べるにとどめておきます。)
そこで考えたのは、こんなふうにギャグのコントを演じるという課題を 授業に入れられないかということです。たとえば、「吉本新喜劇をやってみよう」といった授業。 劇となると生徒だけで筋を考えるのは難しいのですが、 吉本新喜劇まがいのドタバタ劇の一場面なら、生徒たちだけでかなりできそうな気がしました。 どこかの授業に3時間くらいのパックとして組み込むことができないでしょうか。 楽しくて創造性に富んだ授業ができそうに思うのですが……。


2001.4.1
アイボがわが家にやってきた

おひなさまのつぎの日曜日、小学校の四年生の姪が遊びに来ました。 ペットをつれてやってきました。ペットといっても、 ソニーのロボ犬「アイボ」なのです。
スイッチを入れると、(やはりロボ犬ですね、スイッチがあるのです。) しばらくして、(このしばらくしてが、いいですね。すぐに動き出すなど、 安っぽくていけませんね。)、やおらのびを始めました。 なんだかいろんなしぐさをするのですが、すべてのびの儀式のような感じでした。 それがすむと立ち上がりました。歩きます。ピンクのボールを持ってきていて、 それにじゃれはじめました。みごとにキックして、またそのボールを追いかけています。 ほんとうは何とかという名前をつけたのですが、「ハロー、ハロー」と呼びかけているうちに 、自分の名前をハローと思いこんでしまったようなのです。
そのうちに何か片手を猫科の動物のように曲げて振って、 ひとをこばかにするようなそぶりもするのです。「こばかにするような」というのは、 こちらの方で意味付けをしているわけですね。 アイボのしぐさに自分の気持ちを読んでいるわけです。名前を呼んでみるのですが、 なかなか反応をしてくれません。「お手」もしてくれません。 こばかにしたようなしぐさがまじります。「なめとんかいな」と、 思わずののしってみても、それで言うことを聞くそぶりもありません。
わたしの勤務する学校の生徒たちならどんな反応をするだろうかと、 つい考えてしまいました。自閉症の生徒は犬をこわがることが多いのです。 それは犬の反応が読めないから、つぎにどう動くのかが予想できないからだと わたしは考えているのですが、では、このアイボはどうでしょうか。 自閉症の生徒をこわがらせるような生き物の気まぐれさをもっているのでしょうか。 まだまだその領域には達していないようにも思われるのですが、しかし、 それでも動きにわけのわからない要素はある。そんなところでしょうか。
アイボが爆発的に売れた理由もそのあたりにありそうな気がします。 技術的な未熟さもあって、アイボの気まぐれさはまだまだ本物の域には達していません。 それが愛好される理由でしょうか。技術がもっと進んで気まぐれさがほんものに近づいたとき、 自閉傾向の生徒をこわがらせるほどになったとき、その気まぐれ度の設定を もうすこし下げてほしいと注文する飼い主が増えるのか、それとも一つまちがうと かみつくほどの凶暴な気まぐれさがもとめられるのでしょうか。
そんなことを想像させてくれたアイボとの楽しい一日でした。


2001.4.1
知的障害児の高校進学ということ

2001年3月19日の朝日朝刊35面は、つぎのような記事で埋められていました。
知的障害児の高校進学 大阪府が特別枠で門戸
共に学び育つ場求めて
この春、大阪府立高校が特別枠で知的障害のある子どもの入学を認めた。 なぜ高校へといぶかる人もいるかもしれないが、同世代の仲間と共に学び共に育つことは 、子どもたちや親にとって切実な願いなのだ。知的障害児の高校進学運動は、 二十年前ごろから盛んとなり、ここ数年、全国で千八百人前後が入学している。 しかし入試の壁は厚く、募集定員に達しない場合に入学を許可された「定員内合格」がほとんどだ。 全国初の大阪の試みは、卒業後の進路も含め、受け入れ後のあり方を探るテストケースとなり、 将来の「制度化」も視野に入れている。実現の背景と課題を探ってみた。」
といった概説があり、企画報道室・五孝隆実記者の署名があります。
内容を全部引用することはできませんが、ほん一部を抜粋するとつぎのようなものです。
まず、府教委の新しい試み
「今回は、大阪府教委が学校教育審議会の提言を受け、知的障害のある子どもの 後期中等教育のあり方を探ることを目的に踏み切った。府内の四校で調査・研究(五年)のあと 、入学枠を正式な制度として発足させるか、協議する。(中略)調査・研究指定校には、 これまでに知的障害のある生徒の受け入れや交流の実績があり、地域の中学校との連携や 支援が期待される高校が決まった。西成(大阪市)、柴島(同)、松原(松原市) 阿武野(高槻市)の四校だ。特別枠には十六人が希望し、 三月初めまでに八人の入学が決まった。」
この試みに対する府教委の留意事項
「個々の要望にこたえる教育を志向するなか、『知的障害のある生徒が生涯にわたって 自立していくための教育』も検討対象になった。教委内部の検討委員会では、 @これまでの入学者選抜方法と異なる方法によるA個々の状況に応じたプログラムを提供する B可能な限り障害のない生徒と共に学ぶ−の『留意事項』をまとめた。」
こういった調査・研究の試みに至った背景、考え方
「障害のある子どもの教育については、1979年に養護学校が義務化されて以降、 養護学校入学を勧める教育委員会と地域の小中学校を希望する親とが対立するケースがあった。 しかし大阪府では、親の希望がほぼ通り、障害のある子の八割が地域の学校に進む。 全国でもず抜けて高い率だ。自然と高校へも一緒に通いたいとの願いが起こり、 中学・高校の教諭や人権教育をかかげる部落解放運動も後押しした。 知的障害以外の子どもたちには点字受検、時間延長、拡大問題用紙、 代読など受検上の配慮が整えられ、高校へ進む壁が全国的に取り除かれつつある。 高校進学率約96%のなかで、親たちには知的障害児だけが高校から排除されている との思いが強く、『0点でも高校へ』が運動のスローガンとなった。」
「高校はいま、教科を学ぶだけでなく、十五歳から十八歳の時間を過ごす『生活の場』でもある。 知的障害のある子どもや親も、同世代と一緒に過ごす『生活の場』として高校進学と望んでいる。 卒業後の地域での暮らしとも結びついている。」
堀智晴氏(大阪市立大助教授(障害児教育論))のコメント。 「知己障害のある子が高校に行っても、なんにもならないではないか、という声は出るだろう。 希望する親も子どもの学力を考えないわけではない。学力面では『お客さん』的にされるだろう。 それでも、行きたいのだ。同世代の友だちのなかで青春をすごしたい、学びたい、生活したい、 障害があるからといって別扱い(差別)されたくない、からだ。この気持ちは大切にしたい。 (中略)教師の姿勢に生徒は敏感だ。彼らと向き合い、問題が起きれば、 解決するためにすったもんだする。それでいい。いろいろあっても、 全体として受け入れていくクラスづくりに努めてほしい。教師の基本姿勢が問われている。 周りの生徒にとっても、いろいろな価値観をもった人とかかわり、もまれることは、 人を学ぶ基本だ。障害のある友だちと共に生活することで得難い経験をするだろう。 授業がわからないからという理由で、安易に場を分けないでほしい。 同じ場を共有することがいかに大切か、私は実践研究を通じて確認してきた。」
わたしの考え
たしかに、堀氏のいわれるように、「周りの生徒」にとっては、「得難い経験をするだろう」 ということは想像に難くありません。「授業がわからないからという理由で、 安易に場を分けないでほしい。」というのは、府教委の留意事項にある 「可能な限り障害のない生徒と共に学ぶ」ということであり、小・中学校の障害児学級の ような形態をとらないで一緒に、ということだろうと思います。
記事を書かれた五孝氏が訴えたいことや、コメントを寄せられた堀氏の考えは分からないでは ありません。また、大阪府教委の試みも、選択肢を増やしたという意味で評価しなければ ならないのでしょう。
しかし、高等養護学校の教師として、養護学校側からの風景を提示することにも何らかの 意味があるかもしれないと考えて、これを書いているわけです。高等養護の教師である私の 視点から府教委の試みはどのように見えているのか、新聞記事の内容をどのように 受けとめるのか。(ちなみに、私は大阪府の公務員ではありません。 大阪に高等養護学校はありません。)
以前にもこの「うずのしゅげ通信」で話題にしたことがありますが、 高等養護学校の存在価値はどのようなところにあるのでしょうか。 中学校の障害児学級から進学してきた生徒たちは、 どのような環境でどのように成長をしていくのでしょうか。 あるところにつぎのように書いたことがあります。
高等養護学校のメリットは、「まずなによりも生徒たちが自分たちの力で伸びてゆくことです。 彼らは入学してくると対等の人間関係の中に放り出されることになります。 つぎの授業場所はどこなのか、体操服に着替えるのかどうか、だれも教えてはくれません。 周囲を見回して、自分で考えなければなりません。友だちになるのもけんかも、 異性を好きになるのももちろん対等の関係です。対等の集団、それは何ものにもかえがたい 成長の環境なのではないでしょうか。だから教師としては、その場を保障することが 大切なように思われます。」
親友ができる、あるいは好きになったり、好きになられるかもしれないという 可能性が感じられる、そのような関係が本当の対等な人間関係なのではないでしょうか。 人間が生きていく上で、一時期であれ対等な人間関係は絶対必要なように思われるのです。 そのような関係の中で、社会自立を目指して勉強しているわけです。また、文化祭では、 ここのホームページにあるような劇をやったり、ホームルーム学習では吉本新喜劇を したりということもあるわけです。
どちらの環境を選ぶのか、難しい選択であるようにも思われます。
対等な人間関係ということでいえば、知的な障害をもたない生徒とだって対等ということはある、 と主張されるでしょう。本来の人間関係はそうあるべきだと。現実にそのような関係が無理なら、 記事にもあるように「差別されるために高校に行く」という意見だってありえます。 それが対等の最初の一歩だと。そして、人間の成長に対等の関係がどうしても必要なら 私生活の中でそういう人間関係を保障すればいい、と反論されるでしょう。 対等の人間関係を学校で保障するのか、それとも私生活で保障するのか、 という選択になるのでしょうか。
地域の学校と養護学校、同世代と一緒に過ごす高校と養護学校の高等部。 それらのどちらを選ぶか 、難しい選択だといいましたが、これは二律背反の選択肢ではないかもしれません。 二つの集団があってゆききできること、それが保障されることが、 一番大切なことなのではないでしょうか。そんなふうに考えたいような気がします。 とくに小・中学校のときは、地域の学校と養護学校との壁が取り払われてゆききできるように しておくことが必要なのではないでしょうか。
北欧の先進国においては、しかし、障害者も普通校に進学するのは当然なようです。 ということは、私の言っていることは、時代遅れな主張をしているのかもしれません。 しかし、上に述べた考えは掛け値なしに、現在私が身をもって感じ、 自分なりに考えてきたことなのです。
「異論、反論、オブジェクション」があることは承知しています。また、メールをいただくなり、 掲示板に書き込んでいただくなりしていただければ幸いです。


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