◇2001年6月号◇

[見出し]
今月号の特集

大江健三郎の定義集

「まど・みちお」っておもしろい

「性教育に人形劇を」LIVE




2001.6.1
大江健三郎の定義集

もともとわたしは理科の教師なのですが、養護学校では、理科をほとんど持たないで、 他の教科を担当したりすることもあります。 窯業を教えたこともあって、楽しませてもらったのです。
そんなふうですから、わたしが社会科を担当しても何の不思議もないのです。 で、数年前、わたしがほんとうに社会科を担当していたとき、 憲法を教えるために、河内弁日本国憲法という 私家版のテキストを使ったことがあるのです。そのプリントを いまだに使ってくださっているのを眼にして、まだまだちょっとむずかしすぎると、 また改訂版でも出すかと想いを巡らしているとき、ふと大江健三郎が、 そんなふうなことを書いていたということが思い浮かんだのです。 彼は、学生時代から同時代の作家として唯一読み続けてきた作家なのです。 だから、かなりの作品が揃っているのです。というわけで、 家中本の捜索をすること2時間あまり、ついに該当の個所を探し当てたのです。
連作短編集「新しい人よ眼ざめよ」中の「無垢の歌、経験の歌」の一節です。 引用してみます。
定義。この世界のなにもかもについての定義集。 (中略)憲法をわかりやすく語りなおすことからはじめるはずの、 この定義集を構想しはじめた段階で、(中略)この定義集を、 実際に絵本としてや童話のかたちで進めてゆこうとしながら、 なかなか実現することができなかったのである。七、八年前、 子供と想像力をめぐって公開の席でした話のなかで、 現に僕は次のようにいってもいる。(中略)
《この障害児学級の息子の同級生たちのために、そのような子供たちが 将来この世界で生きてゆくためのハンド・ブックというものを書きたいと、 私は考えるようになりました。そのような障害児学級の子供に理解できる言葉で、 この世界、社会、人間とはどういうものかをつたえ、それでは元気をだして これらの点に気をつけて生きていってくれ、といいたいと考えたのです。 たとえば生命とはどういうものかを、短くやさしく書く。私が全体を書く必要はない。 様ざまな友人たちが、たとえば音楽についてならTさんが私の息子にむけて 書いてくれるだろう。》」
そんなふうに書いていたのです。「憲法をわかりやすく語りなおすこと」は、 しかしそう簡単ではありません。
日本国憲法の文章は、たしかに難しすぎる。それを、河内弁にどう「翻訳」するか。 現物を見てもらいます。(教材として使ったプリントは憲法原文と河内弁との対訳 という体裁になっていました。)
河内弁 日本国憲法
憲法いうのは、まあ法律の親分でんな。
日本が戦争にまけて、まあ、国の出直しというんで、新しい憲法をつくりよったんですな。 これが親分になったんが、昭和22年5月3日、だから5月3日が憲法記念日になりましてん。
《前文》
これからは「民主主義」や。国会議員を選んで、何でも決めていくんや。 せやからなんというても国民が一番えらいんやで。
日本国民はずーと平和が続くように祈ってるねん。……一生懸命にそうなるように がんばることを誓うで。
第1章 天皇
第1条【天皇の地位・国民主権】
天皇は、日本の顔や、日本人の顔や。それはだれが決めたんでもない、 一番えらい国民がみんなで顔になってもらうようにまかせたんやな。
第2章 戦争の放棄
第9条【戦争の放棄、軍備及び交戦権の否認】
@日本国民は、世界の平和を願うとって、戦争をしたり、おどしたりすることを、 これからずっとせえへんということやな。
Aせやから、陸軍、海軍、空軍などの軍隊や武器はもたへん。戦争することは認めへんで。
第3章 国民の権利及び義務
第11条【基本的人権の享有】
国民は、一人ひとりが人間として大切にされる権利を持ってるんやで。
第12条【自由・権利の保持の責任とその濫用の禁止】
この憲法がしてもいいという自由は、国民がまもらんといかんのや。 また自由やからといってむちゃくちゃしたらあかん。 みんなのために何かええことするのにつかわんとあかんのや。
第13条【個人の尊重と公共の福祉】
すべての国民は、一人ひとり大事にされるんやで。命も大切やし、自由にしたり、 幸福になったりするのは、他の人にめいわくをかけへんかったら、 だれにもじゃまされへんねんで。
第14条【法の下の平等、貴族の禁止、栄典】
@すべての国民は、平等で、人種や考え方、男や女ということ、 世の中のえらさや生まれた家なんかで差別されへん。これは法律に書いてある。
第19条【思想及び良心の自由】
どんな考えをもってもええし、自分のこころのなかにどんなええこころをもとうとかってです。
第20条【信教の自由】
@どんな神さんや仏さんを信じてもかまいません。

まだまだ続くのですが、引用はこれくらいにしておきます。
そもそも河内弁とは何であるのか、ということから説明をはじめるのですが、 「吉本のことば」と言うとそれだけで納得してくれたのです。やはり吉本はたいしたもんです。
大江健三郎の定義ということで言えば、憲法の定義として、「憲法いうのは、 まあ法律の親分でんな。」というのは、どんなもんでしょうか。 「法律の親分」という言い方は、なんだか象徴的で我ながらあまり感心しないな、 と思っています。定義というのはなかなか難しいものです。
また、いちばん迷ったのが、第1条の「天皇の地位・国民主権」の箇所です。
「天皇は、日本国の象徴であり日本国民統合の象徴であって」というなんともお堅い条文を、 「天皇は、日本の顔や、日本人の顔や。」と河内弁に翻訳したわけです。しかし、 「天皇が日本の顔やてか、そういえば、あのうりざね顔はまぎれもない日本人を顔やわな」 というするどいつっこみの声が聞こえてくるのでした。だいぶん迷いましたが、 ほかにいい案も浮かばず、そのままにしてあります。ご意見をいただいて、 またできれば改訂版を出したいものです。


2001.6.1
「まど・みちお」っておもしろい

あるばん、もうねようかとおもって、なんということもなく、ちゃんねるをかえていたら、 たまたまきょういくテレビで、ねじめしょういちさんが、しをよんでいたのです。

 おならはえらい
 おならはでてきたとき
 ちゃんとあいさつする

ぼくは、おもわずひきこまれていったのです。まど・みちおのしでした。
まど・みちおってしっていますか?あの、ぞうさん、ぞうさん、おはなが ながいのね、 というしをかいたしじんです。
ねじめさんのろうどくが、とてもよかったのです。とくに、ことばあそびの 「もぐら」のしなどかんげきでした。
ぼくは、だいぶんまえにちょっときょうみをもって、さかた・ひろおちょの でんきをよんだことがあるのです。きょうみはそのままねむっていたのですが、 いままたかきたてられています。ふるほんやで、ぜんししゅうをさがしてみよーっと……。


2001.6.1
賢治先生のバーチャル授業「『性教育に人形劇を』LIVE」
−−未完の創作ノート−−

性教育は人形劇でやりたい、という気持ちがつねにあって、その一つの試みが 「イーハトーブへ、ようこそ」なのです。
しかし、「イーハトーブへ、ようこそ」は、上演するとなるとかなり大がかりであり、 また、高等養護の生徒たちにとってもすこしむずかしくもあるのです。 (一番進んでいるグループでやっと理解できる程度でしょうか。もうすこし削らないといけませんね。) そこで、もっと手軽に性教育を人形劇で やれないものかと考えてみました。
性教育の導入に人形劇を使って、内容は生徒の参加型で(理想は「しゃべり場」)、 というものです。 生徒の発言のない性教育など考えられないのではないでしょうか。 人形劇で引き込んで、しゃべり場をつくれないか、というのです。
以下は、その試みの創作ノートです。バーチャル授業が延々と続いてるので退屈かもしれませんが、 内容は筆者がこれまでやった性教育を考慮して、いかにもありそうなしゃべり場になっていればと 願っています。未完なので、読みづらいかもしれまでんが、 「真実は細部に宿る」ということわざもあります。 高等養護学校2年生を想定すると、実際の性教育はこんなものではないか、 という感じは出ていると思い、あえて「うずのしゅげ通信」に載せることにしました。

「性教育は人形劇で」

登場人物 賢治先生、生徒(男)、生徒(女)
(三人とも教師が人形を操り、セリフを言う。)
(人形は三体、棒串で胴体を支え二本の棒で手を操る三点人形。)

賢治先生 では、はじめに自己紹介しまーす。宮沢賢治です。 性教育だいすき先生です。よろすく。
生徒(男) 2年生5組のY(男性教師の姓)でーす。体育がとくいです。 とくに体力づくりがすきです。
生徒(女) Yくんとおなじ2年生5組のT(女性教師の姓)でーす。 わたしは音楽がすきです。
生徒(男) それで、きょうの性教育はなにをするんですか?
生徒(女) なにか歌でも歌いませんか?
賢治先生 これこれ、歌は音楽の時間にきまってる。きょうはね、 1年生のときにやった性教育の復習からはじめよう。
生徒(男) 1年のとき何したかな?わすれちゃったぜ。
生徒(女) なさけないわね。おふろの入り方とかやったでしょう。わすれたの……。
賢治先生 よく覚えていたね。そうです、おふろの入り方の勉強をしました。 おぼえているかな?入る前にどうするのかな?
生徒(男) お湯をかぶります。そして、あそこをきれいに洗います。
賢治先生 ちゃんとおぼえてるやないか。
生徒(女) お湯の中に、○○○をいれてはいないのよね。
生徒(男) その○○○というのは何?
賢治先生 みんなにきいてみようか?お湯の中に○○○をいれてはいけません。 はい、この○○○は、なにかな?
(これは、タオルという答がすぐに出てきました。)
賢治先生 ピン、ポーン、はい、そのとおり、タオルですね。 ちゃんとまもっているかな。(「まもってません。」という合いの手が入る。) タオルをいれてないかな。
(アドリブで「せっかく勉強したのにあかんやないか。」と入れると、 「すいません。」という返事が返ってきて、笑いが起こる。)
生徒(女) それから、からだのいろんなところの名前も勉強したわ。
生徒(男) そうそうそうでしたね。ひざとかひじとか、 それから何やったかな……いろいろやりましたね。
賢治先生 よく覚えているね。では、みんなに聞いてみよう。 ひざというのはどこかな?
(これは、すぐ正解がでた。)
 そうそう、では、ひじというのは、どこかな?
(これも、「ここ」ということで正解。)  そうです。よく覚えていました。
生徒(男) はい、はい、もうすこしはずかしいことも勉強しましたね。
生徒(女) はずかしいことって何?
生徒(男) からだがだんだん男らしくなってくるとか、 女らしくなってくるとか……。
賢治先生 そうだよね。1年生で勉強したように、小学校の上級学年になってくると、 男の子は男の子らしく、女の子は女の子らしくなってきますね。
生徒(男) それそれ……。ウーフッフー。
賢治先生 どうなったのかな?
生徒(男) 女の子はー、オッパイがふくれてくる。
賢治先生 そのとおり。おぼえてるかな。
生徒(女) いやらしいー。
賢治先生 なーんもいやらしくないぞ。
生徒(女) 男の子は毛がはえてくるんでしょう。
生徒(男) はずかしい。
賢治先生 なにもはずかしくないぞ。
生徒(男) ひげもはえてくる。
賢治先生 こんなふうに、男の子は男らしく、女の子は女らしくなってくるのは、 なんていうんだったかな?
 みんなに聞いてみようか?
(三人の手が挙がる。eくんに当てると「男の子は女の子はちがう。」という答え。 「ちがうんやで、男の子は男の子らしく、女の子は女の子らしくなることや。 むずかしいことばやで。」とヒントを与える。「知ってます。」ということで、 dくんを指名。「女性ホルモンと男性ホルモンです。」という答え。 思わず「ずっこけそうやね。」と応じてしまう。こんどは女の子が手を挙げる。 「女の子は腋とこらへんに毛がはえてくる。」という答え。 最後に語彙が豊富なiくんを当てる。しかし「成長期です。」という答え。 人形たち、「ありゃりゃ。」とずっこけること頻り。あきらめて、 「2年生5組のYくんに聞いてみよう。」と人形を操っている教師を指名する。)
生徒(男) それはね、第二次性徴っていうんだよ。覚えといてね。
賢治先生 そうです、第二次性徴っていうんだね。覚えてませんか?
 そうなってくると、はずかしいから、更衣も別々になってくるな。
生徒(男) のぞいたりすると、警察につかまっちゃうぞ。
生徒(女) そうよ。のぞいたりしちゃあだめよ。だめ、だめ。
生徒(男) だれがのぞくもんか。へーだ。
賢治先生 体はひみつにしないといけないんだよ。 まさか風呂に親といっしょにはいってないよね?(dくんが「たまには入ってます。」 という声。生徒の「おー」という驚きの声、教師は「おい、おい」と応じるしかないが……。) 風呂からでたとき、すっぱだかでへやを歩いてないかな……。 (これには、dくんも「歩いてません。」という返事。)
 これも聞いてみようか?お父さんやお母さんといっしょにふろに入っている人は dくんの他にいませんか?たまに入ってるのはdくんだけや。よかった、よかった。 そんな人たくさんいたらどうしようかと思ってた。高校生やろ……。
 では、風呂からでたらはだかで歩いている人はいませんか?よかった、 これもいなくてよかった。
 毛がはえてきたら、体をみせてはいけないんだよ。 体のことはひ・み・つにしないといけないんだ。
生徒(男) はい、はい、先生、体のことはなぜひみつにしないといけないんですか?
賢治先生 そうだね。それはね、体の大切なところは自分だけのもので、 人に見せるものじゃないからだよ。だからはずかしのかもしれないね。
 体のことをひみつにするって、とってもたいせつなことなんだよ。
生徒(男) でも、おとうさんが、家族でかくすのはよくないっていってましたよ。
生徒(女) うちでもそうよ。好きな人ができたら、ちゃんと言いなさいって……。 隠したらいけないって……。
賢治先生 それはわかるけどね、でも、ひみつってとってもだいじなことなんだよ。
 からだのひみつが大切な年頃になると、だんだんとじぶんのひみつをもつって いうこともとても大切になってくるんだよ。
 じぶんのはだかをみせてはいけない年頃になったら、じぶんのこころのひみつも大切に しなくてはいけないんだよ。お母さんやお父さんにこころのひみつを大切にしてって言っても いいんだよ。更衣をのぞいてはいけないように、こころのひみつものぞいてはいけないんだよ。
 君たちはお父さんや、お母さんに秘密をもっているかな?お父さんやお母さんに 見られたらまずいひみつが あるかな。ひみつがあってもいいんだよ。 高校生ならひみつがあってもあたりまえなんだよ。
 もっともっとひみつをもとうよ。
生徒(男) どんな秘密をもつんですか?
生徒(女) わたしは、秘密もってるわー。
生徒(男) えー、どんな秘密、教えて、ねえ、教えて……。
生徒(女) そんなの教えられないわよ。秘密なんだもの。
生徒(男) けちー、ぼくにだけないしょで教えてくれたっていいのに。
賢治先生 じゃあ、すこしだけ教えてよ。君はその秘密をどこにかくしているの?
生徒(女) わたしにはつくえに秘密のひきだしがあるんです。
生徒(男) ふーん、つくえのひきだしか……だいじょうぶかな? それで、親にはみられない?
生徒(女) お母さんにぜったいに見ないでねって約束しているの。だいじょうぶよ。
賢治先生 それは、うまいこと考えたな。お母さんにばればれではこまるからね。 ひみつのひきだしをつくって、お父さんやお母さんにぜったいに見てはだめと 、約束してもらうっていうのはいいな。
生徒(男) それがいいかも……。でも、約束をやぶって見ないかな?
賢治先生 だいじょうぶ。更衣をのぞかないという約束があるように、 ひみつのひきだしものぞかないって約束したら、それをまもってくれると思うよ。 秘密を持たないと、わたしはいつまでも子どものままになってしまいますっていうんだよ。 秘密のひきだしをつくって、ぜったいみてはだめと宣言しましょう。
生徒(男) まだよくわからないな。ぼくはそのひみつのひきだしに 何を入れたらいいのかなー。
賢治先生 よし、じゃあ、どんなものが秘密のひきだしにかくされているのか 分かってほしいので、ちょっとタイムマシーンで昔に還って、高校生のころの Y先生の秘密の箱とT先生の秘密の箱をとくべつに見せてもらいましょう。 みなさん見たいですか?(「見たいです」という答えが返ってくる。) 見たいですか。何が出てくるか、楽しみだな。
 では、ひとつクイズにして、箱の中にどんなものがかくされているのか、 みんなであててみましょう。
では、これで人形劇は一応終わりということで、拍手……。
(と、拍手を催促して劇を打ち切る。)

ここからは劇を受けての話し合いの創作ノートになります。よほど興味のある方は、 最後まで付き合ってみてください。かなり長いのでうんざりされそうですが、 どんなしゃべり場ができているか、雰囲気だけはじゅうぶん分かると思います。
(Tは教師の発言)

T「君らひみつの箱ってもってる?」
a「さあ、何のひみつ?」
d「たからものということですか?」
T「いやいや、ひみつのひきだしってある?お父さんやお母さんに 見られたらぜったいまずいものって……、まず見られたらまずいものってある?」
T「見られたくないなーっていうもの。」
a「みられたくないものやったらな、アメ、アメとか……」
b「えっ、アメ?」
T「女の子だけやな。」
T「あるよな。cさん、見られたくないものあるよな。hさんもあるよな。」
c「はい。」
T「男の子はないの?dくん、ありそうやな。eくんは、何かひみつのものない?」
e「ひみつのもんてないです。」
T「ないですか。」
d「おれ、ある。ひみついっぱいある。」
T「fくん、ひみつは?」
f「あんまりないです。」
T「あんまりない。そうか。ひみつなかったらこまるな。」
T「gくん、何かひみつのものある?お母ちゃんに見られたらまずいもの?」
g「いや、あんまりひみつない。」
T「ないの。jくんは?」
j「ちょっとある。なんかのパンフレット。」
T「パンフレット?ふーん、意外とひみつ持ってないんやな。」
g「みられたらまずい。」
T「hさんは、ひみつがあるって言ってたな。それは何?」
h「熊のぬいぐるみ」
T「それは大事にしているもんやな。何かひみつのものはないの?」
T「cさんは、ありそうやな。」
c「オーディションの申込書。」
T「それは、みられたらまずいな。」
T「dくんは、ひみつだらけいう気がするけどな。」
d「モーむすのファンクラブの会員権。」
T「お母さんは、そのことは知らなかったの?」
T「お母さんは、入るまで知らなかった。」
T「なるほど、みんなそういうこと考えてるのか。ひみつってそういうことかな。」  (こんなたわいもない話も多かったのです。)
T「高校生になったらひみつって持ってもええねんで。iくんはひみつないか?あんまり……。」
i「あんまりありません。」
T「お母さんみんな知ってはる?iくんがこんな持ってるってみんな知ってはる?」
i「ひみつなもの、はずかしいものはとくに持っていません。」
T「ふーん、すごいな。よし、それならね、Y先生はぜったいにいろんなものをもってはるで。 Y先生がね、高校時代にひみつのひきだしにもっていたものは何でしょうか? クイズで当ててもらいましょう。」
d「ビーダマ」
a「ヒントを言ってください。」
d「ビデオ」
T「うーん、残念やな。先生の時はね、今みたいなビデオというものがなかった。」 a「はい、はい、はい、絵の具」
T「絵の具なんか秘密にしてどうすんのや?」
T「お母さんに見られたらまずいかなーというものや。」
d「わかった。」
T「はい、dくん。」
d「0点のテストの答案。」(大笑い)
T「あのな、それもあってんけどな……。それもあった。」
a「先生、ヒント、ちょっとたけでも……。」
T「もうちょっと聞いてからにしよう。iくん。」
i「本です。」
T「本でもいろいろあるやろ。本、50%あたっています。」
T「本でもお母さんに見られたらまずいという本はどんな本でしょう。」
a「マンガの本。」
T「マンガの本か。dくん。」
d「エロ本」
T「はい、そうやな。あたりです。ピンポン。」
a「正解は?」
T「正解は、見られたらはずかしいけど、と言うたやろ。 はずかしいものがひみつになるんです。そういう本です。それがここに入っています。 見たいですか?」
T「見たいですって言わないと……。」
d「見たいです。」
j「なんか、見たいですっていってますけど……。」
T「見ると元気になっても困るからな。」
a「やめようぜ。」とか、いろいろの声があがる。
T「男の子はそういう本を見たことはありませんか?ある人?」
a「シーン」
(dくんが手を挙げる。)
T「dくんは、あるの?どこにあったん?」
d「小学校のときに落ちていたエロ本がありました。」
T「ああ、あの道とかに、捨ててるやつがあるわな。そうか。」
d「拾ったエロ本とかを家に持って帰って、お母さんに見つかったらまずいと思って 犬小屋の中に入れたんです。」
T「犬小屋?」(と、大笑い。)
T「やった。なかなかいいアイデアや、それはひきだしより見つからへんわ。」
T「そういえば、立ち読みもしてるというてたな。」
T「せやけど、エロ本を拾うのはやめたほうがええ。衛生的に悪い。汚い。 ちゃんと金だして買え。金だして買うてこっそりと持って帰れ。」
T「男子で、裸の写真……、このごろはマンガの本でも水着の写真とかのってるわな。 そんなの見ない?」
T「iくん、その笑いはどういう笑い?興味あるっている笑い?」
「笑っていません。」
T「いまなんか笑ってたよ。にやっと……。」
T「まずいなって思ったやろ。」
T「dくんは正直言うてるけどさ、iくんはそういう女の人の裸の水着の写真とかに興味ない?」
i「興味ありません。」
T「ほんま?言い切る?」
T「見たいと思わへん?」
i「別に思いません。」
T「ちょっとくらい思わへん?ちらっとみてみたいかなとか。」
i「どうすればいいか分かりません。そこまではわかりません。どうすればいいか。」
T「本屋さんでそういう本を見たことない?」
i「ありません。」
T「女の子に興味ないの?はだかとかじゃなくて。」
i「ふつうです。どうしたらいいか分からない。」
c「友だちがめっちゃ顔を赤くしてじーと本を見てた。」
T「それを横で見てた。」
c「べつに見てませんけど……。」
T「いやいや、姿を見てた?」
c「なんか、いやらしそう。」
T「表情でわかってんな。」
c「なんか、にやにやしてたから、そんな本を見てんねんなと分かってんな。」
T「それいつごろ?」
c「中学校。」
T「中学校?だれか学校に持ってきやはったんか?学校に?」
c「はい。」
T「大胆やな。いまはそうかもわからんな。」
c「男の子がにやにやしていました。」
T「ほかの男子は?そんな本は見たことありませんか?」
T「aくんは?」
a「なし。とくになし。」
T「iくんは?」
i「見ていません。」
a「ありません。」
i「見ていません。」
T「高校生ぐらいになったら、そんなん、見てええねんで。」
a「だめ。」
T「うーん、人の見ているところではあかんけどな。見たって悪いということはないねんで。 そういう話をいましてるねんけど……。」
T「いまでは、本屋さんとかコンビニとかで売ってはるやろ。」
a「売店でも……。」
T「うん、売店とかでも売ってはるやろ。あれは見るために売ってはねや。 だめなもんやったら売られへん。見てはだめということはありません。 君らくらいのとしなら興味があってもいいねん。あんな本見たいなとか……。 そういう気持ちがあっていいねんで。これはダメですって、思ってしまったらダメ。 もうそろそろこんな本を見たいなって思うようになってもええねんで。」
i「そういうのはちょっと興味ないんです。」
a「ぼくも。」
T「そう、興味ないときはまだ見なくてもいいけど、興味出てきたら、 これはダメなことじゃないから、みてもええねんで。」
a「きょうみありません。」
T「いやあ、これからでるかもわからん。」
a「ぜんぜん。」
T「さみしいな。」
T「さみしいで。」
T「Y先生な。きょうはもってこられなかったけど、ほんとうはこのくらい 女の子から来たラブレターひきだしに隠してあってん。」
d「いやらしい。」
T「なにがいやらしいねん。ラブレターっていやらしい?」
a「いやらしくない。」
d「ラブレターは、ほんまは、ひとりで付き合う……。」
T「付き合うとか、手紙に書いてお話するねんな。」
T「ラブレターっていやらしいというのはちょと変やで。 でもラブレターをもらったとき、お父さんやお母さんに見せますか?」
c「いいえ。見せない。」
T「見せないよね。あまり見られたくないよな。だから、 先生は見られないように机のひきだしに入れていました。先生のときは、 机に鍵をかけていました。そういうのがひみつやな。いやらしくないけど、 お父さんやお母さんに見られたくないなというのがひみつやな。」
T「好きになった人に手紙を書くのはなにもいやらしいことないよ。 好きになった人にぼくはあなたが好きですって、まじめに、ものすごくまじめに、 一生で一回くらいものすごくまじめに手紙を書くんやからぜんぜんいやらしくないで。 わかります。それにしても、ラブレターを書くような相手を捜さんなあかんで、 いっしょうけんめいな。」
授業はまだまだ続くのですが、きりがないのでこれくらいにしておきましょう。
今後の展開としては、ひみつということから、男子の場合はマスターベーションに 繋げていく道筋も考えられるし、また恋愛のひみつというところに行くこともできそうです。 あるいは、親にも言えない秘密を打ち明けられるのは友だちだけということで友情論にまで 話は及ぶかもしれません。
さらに付言しておく必要があるのは、このあたりの考え方は、山本直英氏の著作に ヒントを得ているということです。(「私とあなたの「からだ」読本」明石書店)
山本氏はその中でつぎのように書いておられます。
「自慰によって「性はプライバシー」ということが身につきます。 (中略)人間はだれにも「秘密な世界」があっていいし、大人になることは、 自己の秘密をいっぱいもつことなのです。自慰で実感してください。」
ここでは、体の性とこころのひみつが平行に発達してゆき、 やがて自慰にいたる道筋が示されているわけですが、高等養護の生徒たちには、 ことはそう単純ではないようです。おそらくは体の発達の方が先行しているようです。 だから、より詳細な段階をおって、何がひみつであり、それをいかにひみつにするか、 あるいはセックスもまたそのひみつに関係していて、と段階を追って、 肯定的な雰囲気で話し合っていかなければならない、そんなふうに思うのです。
性情報が制限されている(吸収しにくい)生徒たちには、ひみつを認める一方で、 そんなふうに性を肯定していかないと、性衝動がゆがんだり、 はずかしさがともなわなかったり、欲望の解消さえできないという困った 事態になりかねない、そんな危惧さえ抱いてしまうのです。

生徒たちが人形に興味を示していたので、この時間の最後に、 人形を使いながら性教育の感想を言ってもらうことにした。
最初の3人(これは、すべて生徒のアドリブです。)
i「aくん、性教育のこと勉強習ってどう思った?」(これ、教師のことばのようですが、 iくんが発したものです。)
a「うん、よかった。」
i「それぞれによってちがうだろうな。cさんは?」
(聞こえない。)
i「そうか、じつはぜんぜん分からないんだ、ぼくにも。」
a「わからんかもしれん。」
i「じゃあ、aくんは、たとえば、いろんなこととか色々興味ある?」
a「うん、ちょっとは興味ある。」
i「おれもないわ。おれはちょっと普通だけど。」
a「やっぱりぼくも普通です。」
i「そうか。」
c「うちも、ふつう。」
i「そうかな、いまの時期はそんなこと多いよな。」
a「そうかもしれねえぜ。」
i「むずかしいよな。」
a「これ、常識でしょう。」
i「いずれ歳になったら分かってくるでしょう。」
a「とうぜん分かってくるわいな。」

次の3人
d「何でもいいですか?おれは性教育好きだ。」
T「今日の授業はどうでしたか?」(教師が客席から声をかけました。)
j「今日の授業はまずまずでした。」
d「みんな性教育どうやった?」
T「答えたらんな。」
h「性教育は楽しかった。」
d「楽しかったけど、でも好きな人いたっていいんちゃう?」
j「うん、いいんちゃう。」
d「性教育っていうのはたいへんやねんぞ。」

最後の3人(女子はそのまま)
T「何か言いや。」(リーダーがいないので、教師が観客席から声をかけました。)
e「もう、名前は分かってる?」
T「何か言いや。きょうの性教育はどうでしたか?」
e「今日の性教育は人形劇がちょっとおもしろかったです。」
T「はい、はい、そう。それだけか、fくんも何か言いや」
e「性教育は人形劇がおもしろい。」
T「おんなじこといわんと、何か違うこといいよ。」
e「1年のときのビデオがおもしろい。」
T「ビデオの何がおもしろい?水着のやつか?」
e「水着をみたい。」
T「ほんまに?」
「………」
T「じゃあ、終わりの挨拶をしようか?」
h「これで、性教育の人形劇を終わります。礼。」(拍手)
T「はい、そこに置いといて。アドリブにしてはみんな上手やったな。」
a「思いついた、思いついた。」と出てきて、再び人形をもって、 a「本日はすごかったですね。OK、OK、全員今日はすごかったです。 今日の授業はどうでしたか?またいつかのお楽しみに……。ありがとうございました。」
a「はい、おわり。」とaくんが締めくくってくれたのでした。
T「そしたらな、せっかく人形を作ったので、また、つぎにね、 何か人形に言わしたらちょっと自分が恥ずかしいことでも言えるということがあるやろ。 そんなんまた一回やってみようかなと思います。2学期も楽しみにしておいてください。」
「キンコンカンコン、キンコンカンコン」(チャイムの音)

これで、賢治先生のバーチャル授業「性教育は人形劇でLIVE」は、おしまいです。
真実は細部に宿るということを信じて、とにかく詳細にしゃべり場を構成して見ましたが、 最後のあたりになると発言が混乱してきました。未完の所以です。 生徒たちの発言はある程度リアルにできていると思います。では、人形劇のレベルは、 はたして適切であったのかどうか。発達の観点から性教育を一度考え直してみる必要を感じています。 そんなことを含めて、 ご意見をお聞きしたいものです。

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