◇2002年2月号◇

[見出し]
今月号の特集

一人芝居「水仙の咲かない水仙月の四日」を上梓しました

ショートショート「わたしキスをしたんよ。」

「本害」って何?


2002.2.1
一人芝居「水仙の咲かない水仙月の四日」を上梓しました

一人芝居「水仙の咲かない水仙月の四日」は、なかなか難産でした。
一年かかっています。もちろん一年をかけて推敲していたということではなくて、 アイデアが熟さないままに、一年が過ぎていったということです。
最初から二つの方針を持っていました。三年寝太郎を主人公にする。 これは二十数年くらい前に佐竹昭広「下克上の文学」(筑摩書房)を読んで以来、 いつかは寝太郎を取り上げてみたいという気持ちがあったのです。 「下克上の文学」は、すばらしい本でした。三年寝太郎の「ものぐさ」が都に のぼってからは「まめ」に変貌をとげるのですが、その変貌の秘密を「のさばる」の 「のさ」ということばで解きあかしたみごとなものでした。 興味のある方はぜひ読んでみてください。それは、さておき、 今回上梓した脚本を書くにあたってのもう一つの方針は一人芝居を 書いてみようということです。一人芝居の魅力というのはどこにあるのでしょうか。 やはり人生の不条理をかき口説く語り物の魅力につきるように思います。 ということは、一人芝居には老人が似合うということでもあります。 それで、雪婆んごの登場となったわけです。
以上の経緯によって、雪婆んごが三年寝太郎のことを物語るという形式が決まったわけです。 もっとも実際にはそんなに論理的に筋書きが決定したのではありません。
いろんな筋をころろみて、最終的にいまのようなものになったのです。
とりあえずは、読んでみてください。ご意見をいただけたらありがたいのです。
追伸1
「障害者」や「知的障害者」といったことばは出てきませんが、テーマ自体が その問題を扱ったものであることは説明するまでもないことと思います。
「知的障害児」とされる、わたしがひごろ接している生徒たちのかけがえのなさを、 どうにかして取り上げたいというのが最初の動機でした。
おなじような気持ちで書いた脚本に「ぼくたちはざしきぼっこ」があります。生徒たちを、 座敷にいるだけでその家を豊かにするというざしきぼっこになぞらえたものです。 彼らがほんとうのざしきぼっこについて、地球から去ってしまおうというのです。さあ、たいへん。 地球の大変です。続きは、じっさいに読んでみてください。 二つの脚本はおなじ動機から出発しています。 しかし、「ざしきぼっこ」は喜劇、「水仙月」は悲劇、 そこが決定的に違うところです。わたしの個人的好みは喜劇にあるのですが……。
何はともあれ、なにごとも読んでから、ということで、どうぞ、一編なりとお読みいただけたらと、 伏してお願いいたします。
追伸2
言わずもがなのことですが、わたしは当然のことに「水仙月」で雪婆んごが難詰するつまらない 人間の一人であります。弱い、つまらない、くだらない、打算の人間そのものなのです。 だからこそ、理想像としての賢治先生にこだわりつづけているのであり、 また、わたしの学校の生徒たちのことを書かずにはおれないのです。 そんなわたしが養護学校にいて感じる幸せは、生徒たちのすばらしさ、かけがえのなさ、 であり、また賢治先生をうかがわせる先生がおられるということです。そのことには、 どれほど感謝しても感謝しすぎることはないと考えているのです。

2002.2.1
ショートショート「わたしキスをしたんよ。」

さくらさんがキスをしたのです。それも学校で。相手は、さくらさんが好きな男子生徒でした。
そしてそのことがその日のうちに発覚したのです。そういう学校なんですね。
これはまずい、ですよね。
特別指導ということになりました。一日中、別室で先生方からいろんな話しを聞かされました。
その次の日でした。賢治先生の理科の授業で糸電話を作りました。 音は振動が伝わっていくという内容でしたが、 そんなことは分からなくてもかまわないのでした。たくさんの糸電話ができたので、 賢治先生は、みんなで糸電話の樹をつくろうと言われました。
理科室に変なかたちをした観葉植物みたいな樹が持ち込まれてきました。 ちょうど教室の天井にもうすこしで届くくらいの背の高さの樹でした。 枝がツタのように伸びていました。
植木鉢のまわりに細い柱が立てられ、みんなが作った糸電話がつるされました。 糸電話が枝から枝に張り渡されるに従って、樹の上で糸が複雑にからんでいきました。
「なんか蜘蛛の巣みたいになってきたな。」
「果樹園のキウイの樹みたいだ。」
何かとんでもないものに見えるという、生徒たちはそれだけで、 興奮してきました。賢治先生は、ちょっととくいそうな表情で、 もったいをつけて咳払いをしました。
「さあ、できあがりだ。では、やってみようか?」
「何をするんですか?」
「電話をかけるに決まっているよ。すきな人に電話をかけられるんだ。 この糸電話の樹はね、ケータイよりすごいよ。自分が話したい人のことを思って話しかけると 、その人の声が聞こえてくるよ。」
「死んでしまったおばあちゃんの声も聞こえますか?」
とおるくんが、天井から垂れた糸電話を耳に当てながらたずねました。
「さあ、どうかな、やってみないと分からないな。」
賢治先生はちょっとこまったというふうに答えました。
「おばあちゃん、聞こえるか?いま、どこにいるねん。天国か?地獄か?」
「それを聞くなら極楽か地獄かと聞くんだよ。」
「えー、しー、だまって……」
とおるくんは、口に指をあてて賢治先生を制しました。
「なんか聞こえる……。」
とおるくんが、「なんか聞こえる」といったので、みんながいっせいに話し出しました。
「おかあちゃん、聞こえる?」
さくらさんも話していました。
「わたし、キスしたんよ。うん、学校のトイレの前で……。」
さくらさんが、キスの話しをしても、教室中で聞いている生徒はいませんでした。 ちょっと耳をそばだてたのは先生だけでした。
賢治先生は、さくらさんのお母さんは離婚して行方がしれなこと、 生死もわからないことを知っていました。
「わたし、キスしたんよ……。」さくらさんは、もういちど言って、 だまって糸電話を耳に当てました。そして、そのまま身じろぎもしなくなりました。
その時間が終わったあと、賢治先生はさくらさんを残して聞きました。
「お母さんの声は聞こえた?」
さくらさんは、ちょっと考えてから頷きました。
「キスとしたって言ってたね?それで、なんとおっしゃってた?」
「よかったねえって……。」
「ふーん、それだけ?」
賢治先生はもう一度うながしました。
「一生の宝やねえって……。」
さくらさんは、それだけ言って、急いでつぎの授業に行きました。
賢治先生は取り残された気持ちでした。
「あれは、一生に一度のキスだったのか……。」
その可能性もある、と思いました。
賢治先生は、天井からぶらさがっているキウイフルーツのような糸電話の中に、 さくらさんの名前が書いてある糸電話が目に入ったので、何気なくそれを手にしました。 そして、耳に当ててしばらく聞き入っていましたが、何も聞こえないようでした。


2002.2.1
「本害」って何?

わが家では、「公害」ではなく、「本害」についてはすこぶるきびしいのです。 家内など、まさに本を目の敵にしているようなのです。
ごきぶりをいみきらうことは、そうでもないのですが、 本はまさにいみきらわれているようなのです。
もっとも本は、狭いわが家であふれているのも事実なのです。 うかつにも2階に置いていたことがあって、そのときは重さで梁がゆがんで 下の部屋の障子が閉まらなくなってしまったのです。それに懲りて、 1階に移したのですが、いまや一つの部屋を占拠し、その上、 ぼくがむかし子供部屋として使っていた部屋も親戚の本屋から貰ってきた 書棚がいっぱいになるほど溢れているのです。それに始末が悪いことに、 いまだに本は増え続けていて、油断をすると(だれが?)ちょっとの隙間にも 本が積み上げられたりするので、家内など、まさにごきぶり以上に神経を尖らせているのです。
「本を大事にしない。」とよく言われます。埃まみれになっているというのです。 でも、本にはたきをかけることなど、そうできませんよね。
「そんなに目の敵にするのなら、売ってしまう」と売り言葉に買い言葉 、金輪際言ってはいけないことばを吐いてしまったのです。
「そんな本は、だれも買ってくれない。」と家内はいうのですが、……。 「そんなはずがない。」と、身を切るおもいで、売るためにダンボール箱一杯の 本を選んだのです。そして、例のチェーン店の古本屋に持っていったのです。
「箱に入った本は、だめです。きれいな本しか買えませんよ。これだけあっても、 ちょっとしか買えませんよ。」
若い女性の店員さんにつっけんどんに言われて、といっても、いまさらもって 帰るわけにもいかないし、家内の目もあるので、下手に出て、引き取りを頼んだのです。
「しばらくお待ちください。計算ができたら、マイクでお呼びしますので……。」 古本が並んだ書棚の間でどきどきと待つことしばし。
「−−さま。カウンターまでお願いします。」という放送。
「800円です。よろしいでしょうか。」
よろしいも、何もなかった。あれだけの本が、たったの800円。 あの中には、手に入りにくい小説もあるのに、あんな小説の価値もわからない若ものに 価値判断を委ねなければならないのか、と何ともなさけない気持ちになったのです。 売れるみなされて別にされている本はどんなものかとうかがってみると、 ハウツーものの本が多いのです。
「ああ、なさけなやー、世も末だー。」
ぼくは、こころのなかで叫びながら店を出たのです。
帰る途中、その800円でたこ焼きを買って自棄食いしたのは言うまでもありません。
みなさんは、本害、どうしておられるのですか?妙案があったら聞かせてください。


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