5.10はスリッピィ? 注釈
- ファイヴ・テンまたはファイヴ・テニー.アセント社のこのシューズの横には横文字でFive Tennieとあるが,1989年の山と渓谷社刊別冊山渓情報版『山のベストグッズ』の商品名によるとファイヴ・テンとなっている.ちなみにこの言葉は本来は登山用語で岩登りの難しさのグレードを意味しており,そのランクは「まず不可能」であり,これより上は「不可能」と「絶対不可能」の2つである.
- アメリカでは州毎にキャッチフレーズがあるが,アリゾナ州のキャッチフレーズはその名もズバリで"The Grand Canyon State"であった.アリゾナ州に登録してある車は総てこのコピーの書かれた赤茶色のライセンスプレートをつけて走っている.
- いざアリゾナに住んでハイキング関係のガイドブックを買って調べてみたら,『暑くて危険』,『水場無し危険』,『落石危険』,『ガラガラヘビ危険』,『サソリ危険』,『サボテンの棘危険』・・・と危険のオンパレードで結局ハイキングどころではなかったが.ただ,『インディアンの来襲危険』とは書いていなかったのがさすが1992年である.
- 実際にはまともな靴も売っていたので持っていった靴を処分して,茶の革靴とリーボックのクロストレーニング用の2足を土産に買って帰ってきた.
- 何の略だかはよく知らないが,日本の郵便局のやっている海外郵便の一種で,船便よりは速いけれど高く,航空便よりは安いけれど遅い.
- アシックス社のガントレはジョギングシューズタイプの軽登山靴の草分け商品である.名前の由来は岩登りのトレーニング用の意味と勝手に解釈しているが,本当のところは不明である.
- 東西に細長いネパールを5つに分けたとして東から2つ目の北側(ヒマラヤ側)あたりになる.この地域はエヴェレスト,ローツェ,ヌプツェの三巨峰を中心として西にはチョーオユー,東にはマカルーといった巨峰を望み,エヴェレストの裾から流れ落ちるイムジャ・コーラやドゥード・コシの両岸にアマ・ダブラム,カンテガ,タムセルクなど数多の名峰を連ねる正にヒマラヤの中心地である.
- エヴェレストという名前は当時の英国測量技師の名前なので云々という話はよく聞くが,かといってこの山をすべてチョモランマと呼ぶのはおかしい.チョモランマとはこの山のチベットでの名前であり,ネパールではサガルマタと呼ぶのが正しい.ちなみにエヴェレスト街道周辺はネパールのサガルマタ国立公園に属している.
- ネパールや中国チベットのヒマラヤ山麓地方に生息する毛の長い野牛.現地の人は行商や登山隊の荷物運びに利用する他,乳からバターやチーズを作り,長い毛でセーターを編み,時にはその肉を食する.完食後は骨を使って数珠やマニ車などの宗教用の品や装飾品を作る.なお,家畜化したものをゾプキョと呼ぶ.
- 滅茶苦茶デカくて呆れるほどのものが道の真ん中にてんこ盛りになって落ちている.現地の人はこれを拾い集めて壁土や燃料として使用する.最初は気にして避けていたが,しだいに無頓着になったのが敗因であった.空気が乾燥しているために外側から素早く乾燥して硬化しているので,踏んだ瞬間は枯れ木か小石と錯覚するが,次の瞬間に内部のトロリとしたものがムギュとはみ出てくるのが足裏に伝わってきて,言い表せないほど気持ち悪くそして悲しい.
- 日本でも有数の規模を誇る登山用品のデパートである.ただし駿河台下のこの店はICI石井スポーツの支店(本店は新大久保にある)で,同じ名前だがIBS石井スポーツというのが神奈川にある.なお,最近は山とスキーが売りの店になっているが25年くらい前はサッカーとテニスの専門店をそれぞれ新大久保に持っていた.また,随分昔には“いしい〜スポ〜ツ〜,アイシ〜アイ!”などというお間抜けなコマーシャルソングをテレビで流していたように記憶している.
- アイビーリーグなど東部の大学ならいざ知らず,アメリカ西部の大学で背広にネクタイなど会議を控えた教授か韓国からのポスドクくらいしか着てはいない.まして暑さ厳しいアリゾナである.男はTシャツに短パンで毛臑をもろ出しにして,女は膝上のスパッツに乳巻き(正式名はよく分からないが,オヤジのラクダの腹巻きのような筒状のニットのもの)で巨乳を押さえつけ,へそ出しで歩いているのが日常の風景である.ちなみに同大学化学科の某F教授は水色のテニスショーツにボタンがはち切れんばかりの白いポロシャツ,ベレー帽が夏の定番であった.
- アリゾナには背広2着とネクタイ4本を持っていったが,この日を最後に日の目を見ることはなかった.
- とは言うもののこの町でアスファルトの舗装というのはまず見かけない.あまりの暑さのために融けてしまうからかは定かではないが,町中いたるところがすべてコンクリート舗装か砂利であった.
- 必ずしも強い日差しを浴びなくてもいつもユラユラしている人も世の中にはいることはいるのだが,野球同好会の先輩ゆえこの場で誰とは言い難い.
- 1985年6月に右足小指付け根を剥離骨折してからこの手の刺激には敏感である.
- この事件以降,フェニックス空港で暑さのためにタイヤが破裂する危険があり空港が閉鎖されたなどというニュースを見ても,妙に納得してしまうようになった.
- 非公式な記録(公式気温はツーソン空港で測定している)ではあるが,ダウンタウンの銀行のビルの屋上の電光掲示板が48度を指していたのを見たことがある.