ツーソン動物記(注1)

ガラガラヘビ

アメリカの砂漠地帯といえばまず何といってもガラガラヘビである.子供の頃に読んだ「荒野の少年イサム」(注2)にもこのヘビがよく登場していたのを覚えている.アリゾナに来て,この感はますます強まった.なにしろ,大きな奴がとぐろを巻いている写真とこのヘビの美味しい食べ方のレシピが並んで印刷された絵はがきを売っているくらいポピュラーな生き物なのである.といっても流石にこの時代になって町なかではそうはお目にかかれない.しかしゲートパス(注3)やリンカンマウンテン(注4)にハイキングや乗馬に行くとサボテンの間を這っているのを見ることができる.もっとも初めて見たのは山の中ではなく郊外を車で走っている時で,路上を横断しているのに気がついた時には既に間に合わず,轢いた後だった.その後も何度か見かけたが,それほど怖い思いもせず無事に帰国となった.しかし,2回目の訪問となった1996年は当たり年だったようで,この時はたった1週間の滞在中にかなりの数を見ることになった.何気なく道を歩いていて足下の草むらから警戒音を出されると非常にびっくりする.ただしこの音は何度聴いても「ガラガラ」よりは「シャアシャア」という音(注5)にしか聞こえないのだが.最も恐かったのはゲストランチで夕食後に食堂から部屋へと帰る歩道の上に最大種のダイヤモンドバックと呼ばれるものがとぐろを巻いて,鎌首と鎌尻を持ち上げてシャアシャアしていた時である.なお,絵はがきに出ていた料理は残念ながら扱っている店が見つからなくて一度も食べてはこなかった.


シカ

いくらアメリカには大いなる自然が残っているといっても,そしてアリゾナはその中でもwildnessの地とはいっても,たかだか1年の滞在で野生のシカなどにお目にかかれるものではないと思っていた.しかし結構見る機会には恵まれた.最初に見たのは8月に牧場のリゾートに行って乗馬をした時であった.不慣れな乗馬で必死に鞍にしがみついていたら,先導のラングラーの爺さんが「ほら,シカがいるよ.」と言って指さしてくれた.遥か彼方のサボテンの谷間に茶色の背中が駆け込んでいくのを一瞬見たような気がしたが,なにしろ鞍と必死に格闘中のこと故,シカと見届けた訳ではない.本当にはっきりと見たのは10月にグランドキャニオンへと旅行に行く途中の高速道路,インターステート17号線のフェニックスとフラッグスタッフの間,モンテズマの近くであった.時速60マイルで気持ちよく走っていて,大きなS字カーブを抜けようかとしたその瞬間,カーブの先の路上に大きな獣の死体があるのに気がついた.筑波の西大通り辺りでよく見かけるような奴だが,大きさが違う.身の危険を感じて急ハンドルを切って辛うじて回避し,すり抜ける時によく見ると大きな角が付いていたのだ.いったいどんな車がひき殺したのだろうか.もし乗り上げていたら我が愛車ニッサン・セントラでは完全に負けだったろう.それからはひたすら遭遇しないことを祈って走った.その日の夕方にグランドキャニオンに着いてブライトエンジェルロッジに3泊し,あちこちハイキングをした.3日目の朝一番に車で出かけようとすると,ロッジの目の前の駐車場のゴミ置き場で餌(注6)を漁りながら歩き回る野生のシカの群に出会った.本来なら感動するところだろうが,逢いたくないものに逢ってしまった気がして思わず目を伏せた.相手も恥ずかしかったのかそそくさと森に消えていった.今となって思い出しても,この場面はあまり印象がない.やはり野生との遭遇はピンと張りつめた命がけのものでないと感動を生まないのかもしれない.


ウマ

辺境の地とはいってもツーソンは人口60万を数える大都市である.さすがに警部マクロードのように町なかで馬に乗っている脳天気な人はそうは見かけなかったが,町外れに行くと自然公園の中を馬で散歩する人達は多かった.乗馬は以前から憧れていたし,折角の大西部の地ツーソンに住んでいるのだからと思って,ゲストランチという牧場リゾートへいって乗馬スクールに入った.「先ずは何でもやってみよう」の国民性のなせる技か,日本の乗馬スクールのように馬場の中での口綱を付けての練習も一切せずに,いきなり公園内のサボテンの林の中を散歩に出ようということになった.まあ何とかなるさと軽い気持ちで参加することにしたのだが,いざ乗ってみるとえらく高い位置に座っていることに気がついて恐くなった.そもそもどこにもアクセルペダルもブレーキペダルもない(注7)ではないか.するとラングラーの爺さんが「馬は元来怠け者である.そもそも歩きたくない,歩くにしても道を外れたくない,群からはぐれたくない,という習性がある.よって初めての人でも心配には及ばない.」と説明してくれた.この愛嬌溢れる性格に一応は安堵し,それでも一抹の不安を胸に,いざ出発!となってみると,先導の爺さんの馬の後を何もしなくても我が愛馬は忠実に,しかし実にかったるそうについていくのだ.どうも餌の与え方で調教するらしく,「満腹になると言うことを聞かなくなるので途中で草を食べさせないでくれ.」との爺さんの言であったが,途中の丘の上で休憩をとっているとあたり構わずサボテンの花や実を食べ始めた.そして爺さんが様子を見にくるとバレないように食べるのを止める.愛嬌だけでなく,結構知能もある動物である.2時間ほど散歩を楽しんで牧場に戻ってから感謝と親愛の情を示すのに顔を撫でようとしたら,鼻と口の周り一面にサボテンの棘を刺したままとぼけた顔をしている.これではつまみ食いがバレバレではないか.やはり,知能よりも愛嬌の方が勝っている動物かもしれない.


ウシ

アリゾナをはじめとするアメリカ西部は牧場地帯である.ツーソンにも牧場が幾つもあるのだが,現在では乗馬用のリゾートへと宗旨替えが進行してきている.そのためか馬はよく見かけたがウシはあまり見ることはなかった.最も近くで見たのは,帰国も迫った1月末にレンタカーを借りて丸一日近郊を走り回っていた時であった.一年間の滞在でも気がつかなかった珍しいものを見て回ろうということになって,土産としても風変わりなアリゾナワインのワイナリー(注8)へと買い出しにいくことを一番に考えた.ついでに余った時間で西部開拓の歴史を示すような場所を訪ねてみようということになって,前夜から目を皿のようにしてツーソン市の地図を眺めた.その結果,ガンショット回廊とピストルヒル通りという名前の道を見つけ,これを記念に見に行こうということになったのだった.ガンショット回廊は町の北東,マウントレモン道路から少し入った住宅街に,ピストルヒル通りはシティリミットを越えて南東のはずれでオールドスパニッシュ街道に交差している.そしてアリゾナワインは町の南東方向でインターステート10号のベンソン方向へとしばらく走った辺りにある.そこでまず朝一番にガンショット回廊へと車を走らせ記念撮影,すぐにホートン通りを南下してオールドスパニッシュ街道に入りピストルヒル通りの標識の下で再び記念撮影をした.さて後はアリゾナワインである.これはこのままオールドスパニッシュ街道を通って高速へと入るのが最も便利であった.もうこの辺りはシティリミットを遥かに越えて道幅も狭まり,サボテンの荒野のまっただ中である.そしてオールドスパニッシュ街道を走ること20分,道は放牧地の中を縫うように通っている.と,一面のサボテンとパロヴェルデ(注9)の林の中からのっそりと出てきて道の真ん中に立ち止まったのが白と茶色の斑のウシであった.片側1車線の狭い道の真ん中に巨大なウシが立ち止まって通せんぼうしていては話にならない.ろくに道もない荒野の中ゆえ仕方のないこと.土産のワインのためとあればこそ,急遽Uターンして市内へと逆戻りして迂回したのだった.


オオカミ

オオカミというと人それぞれの印象があると思う.ある人は一面の白銀の平原を群となって走っていく姿を想像し,ある人はインディアン部落のホーガンの中まで聞こえてくる哀調を帯びた遠吠えを思うのではないか.ともあれ多くの人の印象はシートン動物記の「オオカミ王ロボ」やハリウッドの名作「ダンス・ウィズ・ウルブス」そのものであろう.しかし,私にとってのオオカミは,まだ小学校の1年生の頃にNHK教育テレビのブーフーウーで見たものが永遠の一匹である.35年も前のことであり,3匹の子豚の顔すらも覚えていないのだが,風邪ひきで学校を休んだ日の朝にたった1回だけ見ることになった,「お月様は青いよ〜.」と唄うオオカミの姿を何故か今でも鮮明に覚えている.ソンブレロを被り,メキシコ調のちゃんちゃんこを着たオオカミがギターを持って唄うその後ろには柱サボテンが茂っている.これこそが私をアリゾナ狂たらしめた原体験,トラウマであると確信している.さて実際のオオカミであるが,1年間の滞在中に山の方へ入る機会などもかなりあったのだが,残念ながらその姿はおろか遠吠えも聴くことはなかったし,ましてギターの弾き語りでの歌声など本場のこの地にあっても噂すら皆無であった.結局見ることができたのは砂漠博物館で飼育展示されている1匹のオオカミのみである.想像よりも小柄で特に尻の辺りが痩せており,ずっと往ったり来たりを繰り返す偏執狂的な行動と相まって,非常に貧相に見えた.動物園で見る限りはコヨーテの方が威厳があってずっと想像上のオオカミに近く見える.結果として私の中でオオカミのイメージが崩れてしまったのは言うまでもない.


タランチュラ

タランチュラは足まで入れると子供の手のひらより大きいくらいの黒くて毛無垢じゃらのクモである.クモというと何となく陰湿で怖そうなイメージがあるが,この巨大な奴はその最たるものであろう.ゲストランチに泊まっていた際に野外でのディナーパーティ(注10)があり,林の中で焚き火を囲んでステーキを食べながらカントリーの生演奏を聴いていると,そいつはどこからともなく現れたのだ.焚き火の明かりに照らされて,まるで影が歩いてくるようであった.ちょっと目を離すとどこかへいってしまいそうなそんな妖しげな雰囲気がおどろおどろしさを醸し出し,パーティのざわめきは一転して辺りに緊張感が漂った.サイズといい,イメージといい,絶対に危険な毒グモだと思っていたのだが,実はこのクモは非常に穏やかで安全であるということを砂漠博物館のボランティアガイドのお婆さんから教わった.お婆さんはそう説明した後,まるで孫でも可愛がるかのような優しい手つきで1匹を飼育箱から取り出して手のひらに乗せてくれた.確かに大人しくて咬まれもしなかったが,やはり気持ち悪いのは変わらない.もし,朝起きた時にベッドの上をこのクモが歩いていたら,例え安全だと知っていたとしても,007のジェームス・ボンドのように枕で叩きつぶす(注11)だろう.


ハミングバード

日本ではハチドリという名前の方が一般的かもしれない.最も小型の鳥類で非常に高速の羽ばたきのために空中で浮かぶように停止したり,高速で移動したりと自由自在の動きをする.この時のハミングのような羽音が名前の由来である.羽根と胸毛は金属光沢を持っていて光線の向きにより様々な色に変化する.ツーソンではアパートや大学の花壇に時々蜜を吸いに来ていたが,動きが速くてよく見ることはできなかった.しかし1羽ごとに羽根の色が異なるのが印象的であった.この宝石のような姿をもう少しよく見ておきたいと常々思っていた.偶然その夢が叶ったのはモニュメントヴァレーへとドライブの際に立ち寄ったカメロンのスーパーマーケットだった.商品の花か果物に紛れ込んだのだろうか,店の中を1羽のハミングバードが飛び回っていた.胸元の緑と青の光沢が実に綺麗だった.さらに幸運なことに帰国の1ヶ月前になって砂漠博物館にハミングバードの展示館が完成した.大きな鳥かごの中に数十羽が放され,人間もそのかごの中を行き来して観察するのである.当然のこと,間近で長い時間をかけて観察することが可能である.赤,ピンク,オレンジ,緑,ウグイス,青と様々な色彩を輝かせて飛び回るハミングバードはまさに圧巻であった.しかしなんと人間とは欲深いものか.一度だけでいいからよく見て目に焼き付けておきたいとそれだけを願っていたのが,一旦その夢が叶った途端に,動きが速すぎて上手く写真に撮れないことがとても悔しくて素直に喜べなかったのだから.あの動きの速さは鮮やかな色彩を持つこの空飛ぶ小さな宝石のか弱い命を強欲な人間たちから守るために神様が与えたものなのだと今は思っている.


セミ

初めてショッピングセンターへ買い物に出かけてまず驚いたのはアメリカの商品のデカいことであった.ブラジャーのカップやコンドームは予想はしていたが,ケーキやソフトクリームからステーキ用の牛肉のカットまで,何もかも日本とは較べられないほど大きいのである.その中でも特に驚いたのは果物や野菜であった.ピーマンやナス,カボチャ,スイカなど滅茶苦茶大きいのにはびっくりした.そしてこの巨大ピーマンで作った肉詰めピーマンが総菜売場に並んでいたのには呆れ返って言葉がなかった.こんなものを食っているんだからアメリカ人は大きくなって当然だと思った途端に,頭の中を不安と興味が駆けめぐった.こんな野菜や果物を餌にしている昆虫は,はたしてどうなんだろう.ミニ四駆のようなアリやスケボーみたいなゴキブリがゴソゴソ這い回って,否,ビュンビュン走り回っているんだろうか.幸か不幸かこれらの虫には遭遇しなかったが,6月から8月初旬にかけてセミを見ることができた.しかし期待はずれでがっかりした.セミだってコウモリみたいな大きさでバサバサと羽音をたてて飛んできて,木に留まるや否やまるで右翼の街宣車のスピーカーみたいな大声で鳴き出すのかと思いきや,なんと日本のニイニイゼミそっくりの色と大きさで,声も同じく「ニー,ニー」とやけに弱気であったのだ.


ロードランナー

ツーソンの近郊はおろか時には町なかにも現れて人を驚かすのがこの鳥である.姿形は日本のキジかヤマドリを想像すればかなり近い.色はこの土地にあった迷彩色の白と茶の斑模様で,キジのような派手さはない.兎に角,車で走っていると突然に右か左の茂みから現れて,直前を素早く走り抜けるのである.何度急ブレーキを踏んだことか.ロードランナーとコヨーテが主人公のアメリカのテレビアニメがあったが,走る速さは非常によく特徴を捉えている.ただし私が見たもので「ビ,ビ」と啼いたものは1羽としてなかったけれど.


プレーリードッグ

ドッグとはいうものの犬ではない.強いていえば巨大な胴長ネズミか太ったイタチである.名前の通り,ロッキー山脈の東に広がる広大な大草原プレーリーに住んでいるらしい.という訳で野生のものは見たことがない.砂漠博物館で飼育展示されているものを見ただけである.彼らは青天井の巨大な砂場の中で飼われていた.その数は数十匹.いずれもが巣穴からそっと顔を出し,安全と見ると胸まで出し,そして最後には巣穴の塚の上に乗って立ち上がる.安全となれば灼けるような日差しの下で昼寝を決め込む.こんな臆病で,のんきな生活を日がな一日繰り返している.まるで自分の日常を見透かされているようで思わずニヤニヤと飽きもせずに眺めていると,突然黒い影がすっと通り抜けた.それは上空遥か彼方を飛んでいたタカの影であった.キッという警戒音一声,昼寝を決め込んでいたこの臆病者達はあっという間に巣穴へと逃げ込み,その後は幾ら待ってもあんなにのんきな生活を再開することはなかった.飼育されて安穏と暮らしている動物ではあっても,その遺伝子の中には太古から伝え継がれてきた野生が脈々と流れている.そんな分かりきったことを再確認させてくれた貴重な動物である.


ウサギ

ウサギは西部の荒野に多く生息している.その種類も多いが,大きく分けるとジャックラビットとコットンテイルの2種類に分けることができる.ジャックは目がギョロッとして耳が長い大型種で正直言ってウサギの持っている可愛らしいイメージからは離れた存在である.一方のコットンテイルはまさにウサギのイメージそのまま,小型で適度な長さの耳とクリッとした目を持っている.ジャックは大型で動きが速いためかあまり目にすることはなかったが,コットンテイルはツーソン近郊のサグアロナショナルモニュメント(注12)などへハイキングに行くと夏の間はよく目にすることができた.非常に臆病者でウチワサボテンの茂みを伝って隠れながら移動していく.そして立ち止まっては耳を上げてあたりを警戒する.この時のお座りが実に可愛らしかった.ちょっとおどおどしながら,ピンと立てた耳とちょこんとした丸いシッポを小柄で丸っこい身体からポッコリとはみ出させている様子こそが,この動物が愛される一番の理由だと見かける度に思っていた.初冬になってこの愛らしい姿を見かけなくなり残念に思っていたのだが,12月になって大学生協の書籍部の脇の壁で再会した.彼女たちはすっかり成長してレオタードに網タイツをはいてご丁寧にも12種類ものポーズをとっており,もはや子ウサギの頃の可愛らしさから妖艶とした大人の魅力へと変身していた.それでも頭につけた長い耳とお尻のまあるい尻尾だけは変わらずにこの動物の魅力を示し続けていて実に好ましかった.


ハト

日本でハトと言えば神社にいる大柄なものと決まっているが,アリゾナではムクドリ程度の大きさのドーブと,日本で言うところのピジョンの2種類がある.ピジョンは大学の建物の隙間などにいて学食の食べ残しを漁るところなど日本のものとそっくりでつまらない.それに対してドーブの方はスマートで可愛らしく最初は気に入っていたのだが,そのイメージはある事件で一転した.というのは6月になってひと番のドーブが我が家の車庫の梁に巣をかけたのである.実は5月頃からこのような光景はあちこちで見られて微笑ましく感じていた.しかしいざ自分の車庫となると話が違う.抱卵して2週間もすると数羽のヒナが孵って,後は車の屋根が糞の山となっていくのだ.洗車の習慣がなくコイン洗車場などないこの地ではこれは致命的である.早速このカップルには退去してもらうことになったのだが,この方法が問題であった.何しろ動物愛護に熱心な人の多い国で,こう見えても私もその筋の業界人であるから下手なことをしていて咎められたら大事になってしまう.「ハトの巣を壊して逮捕.なんと日本の環境庁職員・・・」なんていう新聞記事が頭に浮かんで夜も眠れなくなってしまった.ここは自主的に退去して頂くのが賢明と考えて,親鳥のいない隙にニワトリの卵大のアルミホイルのボールを巣の中に入れてみた.戻ってきたらピカピカした大きなものがあって怖いから出ていこう・・・というのを期待したのだが,残念ながら彼らも真剣であった.次の朝見るとちゃんとアルミホイルも暖めているではないか.タイムリミットまで後1週間,ここまできたら実力で排除するしかないと判断して,朝夕の出入りの際に周りに人がいないのを確認してからアルミホイルのボールを巣目がけて投げ続けた.最初の3日程は軽く投げていたのだが,何の効果もなく平然と巣に座り込んでいるのを見るにおよんでとうとう全力投球となった.流石のドーブも豪速球には勝てず,悲鳴を上げて夕闇の中へと消えていった.よほど恐かったのだろう,慌てて卵を車のボンネットにまき散らして.これ以来,中華料理屋の店頭で中華丼のサンプルの頂上を見ると食欲が無くなるのである.


リス

リスといってもペットにするようなシマリスではない.エゾリスのようなネズミ色の大きなものである.こいつらは山岳地帯に生息するようで町なかでは見かけなかったが,ツーソン近郊ではマウントレモン(注13),その他ではグランドキャニオンのインナーやアッパーリムの林の近くでかなり見ることができた.あちらの自然公園では監視員によって見物人がしっかりと管理されている(注14)ため人間への恐怖感が乏しく,よくいえば人なつこい,本音をいえば生意気な奴らである.特にグランドキャニオンの展望台付近では観光客から餌を貰ったりするためか,数も多いし非常に人慣れしていた.その中でもキャニオンのインナーのハイキングから帰ってきてブライトエンジェルロッジ横のリムサイドの石垣に腰掛けて遅めの昼飯を食べていたら,スルスルと近づいてきて皿の上から手つかずのホットドッグを持っていってしまった奴はお仕置きものである.本当なら捕まえて逆さ吊りして罪名(注15)を明らかにしてやるところだが,うっかり手出しをするとこちらの方が監視員にお仕置きされるのでこの時は泣き寝入りして悔しい思いをした.しかし,翌朝に朝一番でリムロードをドライブしていたら路上にこいつらの死体が幾つも落ちているのを見つけて,幾らか気が晴れた.何故死んだのかなどは不明であるが,唯一分かったのは,彼らはどうも身体の中でお尻が一番重いらしいということである.何故ならどのリスも白いお腹を空に向けて両手両足を広げたあられもない大胆な姿勢で召天していたからである.


コヨーテ

キットピーク天文台へ遊びに行った帰りに道路脇に大きな犬のようなものが死んでいるのを見つけた.辺りはまったく人家のない荒涼とした砂漠の中で,飼い犬などということはないだろう.こんなところに生息しているのはコヨーテ位のものだろうという考えがふと頭をよぎって,この死体はコヨーテだという判定になった.今となっては確認のしようもないが,今でも信じている.あんな荒野にはコヨーテこそ相応しいと.生きているものは砂漠博物館で見ただけである.


ワイルドキャット

ワイルドキャットは大別して2種類があり,一方は珍しい種類で砂漠博物館で見れるくらいであるが,他方は時と場所を選べば結構見つけることが出来た.砂漠博物館にいるものは大型ネコと説明されているように,ちょっとした犬並の大きさだが,顔つきはニャアとして愛嬌があり憎めない.耳の先端の毛が長く出ているのがチャームポイントである.体の大きさに比べてシッポが不細工に短いのも愛すべき特徴と言えるだろう.一応は肉食獣であるが見たところそれ程危険な感じもなく性格も穏やかそうに見える.ところで,もう一方の種類も普段は普通の格好をしていて保護色になっているので簡単には見つからない.しかし,アリゾナ大学のフットボールやバスケットボールの試合の日になると赤いTシャツを着てどこからともなく現れ大群をつくって徘徊する.ひと番の雄雌が群のリーダーで,人々からはウィルバーとウィルマと呼ばれている.こちらの種類は性格がかなり凶暴で,興奮するとフットボールのゴールポストを引き倒すなど何をするか分からないところがあり危険である.普段はハンバーガーやエンチラーダを食べ,群を作るとビールをがぶ飲みし続ける習性がある.しかし本当は葡萄茶色の服を着てチョビ髭を生やしたデビル君が一番の大好物である.また,元来の根暗で長いこと根に持つタイプで,120年前に行われた陣取りゲームでデビル君に負けたことを今でも恨んでいる.なお,図鑑によれば正式な名前はボブキャットである.しかしここツーソンではどうあってもワイルドキャットと呼ばなければならない.なにしろ全市民が「Born to be Wildcat.」(注16)なのだ.