お客様は神様?
3月にツーソン暮らしを始めて暫くの間は,アパートから南へ2ブロックのキャンベル通りとプリンス通りの角にあるセイフウェイというスーパーマーケットを使っていた.新聞の折り込みチラシで見比べる限りにおいてはここは他のスーパーマーケットに比べてちょっと高級志向(注1)で値段もいくらか高めであったが,アパートから最も近くてしかも大学からのバス路線上にあるので帰りに買い物をしてそのまま歩いて帰ることができたのだ.とにかく3月末には昼間の気温が30度というこの土地では冷房の利いた店内にあった商品をいかに素早く家まで運んで帰るかが問題となっていたからである.こんなことは自動車があればなんてことはないのだが,なにしろ貧乏暮らしで手頃な値段の自動車が見つからず,悲しいかなモータリゼイションの国にいながら徒歩生活を強いられていたのである.
セイフウェイは客質(注2)もそれほど悪くなく,店内は明るくて(注3)清潔,なかなかよい店だった.この町はアメリカといってもL.A.やN.Y.のように日本人が多く住んでいるわけではない(注4)ので元々どの店も日本食の食材(注5)はさほど多く置いてはいないのだが,それでもカルローズ米や醤油,トンカツソース,日本酒,味醂くらいは置いてあり,一年間の生活を開始するにあたって日常の基本的な食材を準備するのに丁度よかった.実は同じ研究室の中国人ポスドクのY氏から中国人が経営していてオリエンタル食材を扱っているスーパーマーケット(注6)を教えてもらっていて,4月初めの日曜日にバスを乗り継いで出かけてみたのだが,辺りは荒れた感じの町並みで歩き回るのは危険(注7)そうだったこと,確かに味噌や醤油,味の素のクックドゥまであるにはあったがいずれも賞味期限が削り取られていたこともあって,結局のところ缶詰のザーサイをいくつか購入した程度で特に重宝して利用するまでには至らなかったのだった.
一方,5月間近になってやっと自動車を購入してからはもう少し行動半径が広がって,市内の他のスーパーマーケットにも出かけるようになった.市内の有名なスーパー(注8)は他にもあるが,アパートからの距離の関係でよく使うようになったのはスミス(注9)である.このスーパーもアパートから2ブロック離れたところにあったが,ダウンタウンから続く一番街沿いにあるためか駐車場や店内の雰囲気がなんとなく落ち着かないので最初のうちは敬遠していた.しかし盛夏になる頃には慣れてきて気にならなくなったし,セイフウェイよりもずっと安かったので次第に使用頻度が逆転していった.
ところで,これらのスーパーで日々の買い物をしている内に店の方針にいくつか日本との違いがあることが分かってきた.第一には日本ではスーパーマーケットのレジというと係のおばさんが商品をチェックして精算し,後は自分で袋に詰めて帰るのが普通(注10)だが,こちらの店では多くの場合にはレジの横に高校生くらいのアルバイトが詰めていて,お金の受け渡しが済むと,「ペーパー,オア プラスチック?」(注11)と声をかけてくる.そしてその後でこの若者が袋に詰めてくれ,高齢者や赤ん坊連れの場合には駐車場まで荷物を運んでくれるサービス(注12)もしてくれる.第二には,客は必要な分だけを買うというシステムができていることだろう.もちろん箱に入った品などは不可能だが,野菜などはすべて量り売りであり,客は自分に欲しい量だけをビニールの袋に入れてレジへ持っていくのだ.第三には商品を選ぶ(注13)のは客であるという姿勢がはっきりしていることである.シーフードや精肉売場,ケーキ売場などカウンターのショウケースの向こう側に店員がいて商品を取ってくれる店では必ず「どれがいいですか.」と聞いてきてくれる.例えばエビを買うのなら活きの良さそうなのが積み上げられた辺りを指さして「この辺のを10匹.」でいいし,ドーナッツやケーキであれば,「右から二番目のクリームの沢山かかったヤツとこっちのイチゴが一番赤くてでかいヤツね.」などと言えばイヤな顔もせずに消費者のわがままを許してくれる.これなら売れるというものを並べる.その中で一番欲しいものを買う.その結果として一番喜んでくれるものが売れる.好き嫌いは消費者が決めること,その選択は消費者の権利であるから当然と言えば当然なのかもしれない.この辺りは非常に合理的だし,正に「お客様は神様」なのである.
この「お客様は神様」思想はいずれもなかなか嬉しいものだが,特に量り売り方式は日本人のみならずアメリカ人にも好評と見えて皆いろいろと拡大解釈をして利用する.そもそも日本ではこんなシステムを使ったこともないので最初の頃は野菜売場で立ち往生することもあったが,周りの人のやり方を見て真似をするようになった.モヤシや絹サヤは綺麗そうなものを選んで,よく水を切って軽くしてから袋に入れる,ブロッコリーやカリフラワーは山の中から手頃なサイズのものを拾い出してくる.この基本スタイルはセイフウェイで学んだのだが,さすが高級店である.その後スミスで見たスタイルとは大違いであった.なにしろスミスの客は欲しいサイズのものを探すのではない.ブロッコリーやカリフラワーは大きな固まりからその場でポキポキと折ってしまうのだ.上級者になると茎を折り取って柔らかい芽の部分だけをきれいにビニール袋の中に詰めていく.レタスやキャベツは必要な大きさになるまでその場で剥いてしまう.中には大根や人参をナイフで切って持っていく猛者まで現れたのには正直いって目からウロコであった.よし,この手でいこう.この日からセイフウェイで覚えたお上品スタイルをスミス方式に改めたのは言うまでもない.こうして我が家は毎日黄緑色の鮮やかな柔らかいキャベツや茎の少ないブロッコリーを食するようになったのである.
さて,野菜で旨い汁を吸うようになると次は他の売場でも,と色気が出てくる.そこでスミスの店内をくまなく見回して新たな獲物を探すことにした.そして見つけたのがやはり量り売りのお菓子(注14)である.ピーナッツの入ったチョコレートやゼリービンズ,バブルガムにポップコーン,ビスケットやキャンデーそして何種類かのライスクラッカー(注15)まで,30種類位のお菓子がドラム缶のような大きな筒に入っていて各自が欲しいものを備え付けの小さなシャベルですくい取るのである.これも最初はごく常識的な利用からスタートした.ピーナッツチョコではよりピーナッツの多いものを,ビスケットは割れていないものを,そしてミックスクラッカーと書かれた筒からは各自の好きな種類だけを選び取って購入したのである.これは別段問題はなかった.レジのおばさんはもちろん,巡回している店員もとやかく言うことはなかった.
ところで30種類もあるとどんなお菓子か分からないものもいろいろある.さらにライスクラッカーなどは湿気ている(注16)ことだってあるだろう.消費者には最高の商品を選ぶ権利があるはずである.少し気が大きくなっていたこともあって購入前には必ず商品チェックをすることにした.商品チェックといっても何のことはない,要するにつまみ食いである.最初のうちは買おうと決めたお菓子を一かけ取り出して味見をするだけだった.しかし慣れるに従い次第にエスカレートして,遂には買わない品物のケースまで開けてつまみ食いする生活が始まったのだった.中でもピーナッツチョコは食べでがあって最高だった.辺りに店員のいないのを確認してしてそっと蓋を開ける.そしていくつものブロックがくっついた一番大きい固まりをサッと取り出して口に放り込むのだ.まあ一品か二品は買って帰るのだからということであまり気にもせずにこのつまみ食いを繰り返していた.そしてある日のこと,いつものようにお菓子売り場へ行ってみるとお菓子の入った筒の蓋に張り紙がしてあるではないか.なんとそこには黒々とした大きな文字で「金を払う前に食べてはいけない.」と書いてあった.とうとう「お客様」は「神様」から「悪人」になってしまったのだった.