自炊・小屋食・非常食 注釈
- 歩好会(あるこうかい)と言う,名前からして軟弱なサークルである.主な活動は神楽坂界隈での飲み歩きとのことだった.
- この夜の寒さはかなりだった.翌朝,雲取り奥多摩小屋の前で小屋番のカストロ親父(岡部さん)と偶然すれ違ったが,「どこに泊まった?」と聞かれて,「頂上の避難小屋です」と答えると,「若いのに根性あるなあ.合格!」と褒められた.もっとも7年後に奥多摩小屋に泊まった時にこの話をしたのだが,本人はまったく覚えていなかった.
- 神楽坂入り口の蕎麦屋翁庵では彼が二品注文するのは至極当然で,注文数と人数を確認する時にも,「あんたは2つだね」と言われていた.
- 飯田橋の庄屋でマグロ食べ放題の時に4人で55人前を食べたのだが,最後には店長から「もう帰ってくれ」と懇願された.
- 他にも,2Lジュースの糖尿イッキとか,羊羹の1本食いとか,数え上げればキリがない.
- 1985年と言えば,バブルが始まろうとしている時代で,軽井沢や野辺山辺りにタレントショップが次々にできてきた頃である.女の子達の持ち物がテニスラケットからキティちゃんグッズに換わった頃とも言えよう.
- 当時の「山と渓谷」ではモデルが必ずと言っていいほどクライミングズボンとラグビージャージで登場し,やたらと推奨されていた.
- スイス製の高級折りたたみナイフである.
- もっとも,独身男性としては,突然に買いに出るのは必ずしも稲荷寿司だけではないのだが.
- 北岳肩の小屋と言ったら,片足を引きずって歩く犬が有名だったが,この犬が足を悪くしたのは正にこの日である.小屋の前でどこかのオバさんが犬がいるのに気が付かずに踏んづけたのを目撃している.キャンキャンという凄い悲鳴が遠く甲斐駒まで響いていた.
- 別に小屋をけなしているのではない.1986年に泊まった時に,素堀の穴に板が2本渡してあるトイレだったのを思い出して,シロウト半には無理だろうと判断したので,念のため.
- バブル最盛期であれば,インスタントラーメンも「中華三昧」などの超高級品が目白押しになっていた.